第十九回はマキノ省三監督作品「実録忠臣蔵」(昭和3年・マキノ御室)です。
まずは粗筋から。
元禄十四年三月、播州赤穂の藩主浅野内匠頭(諸口十九)は勅使供応役を仰せつかった。
しかし指南役の吉良上野介(市川小文治)は内匠頭からの進物が少なかったことを根に持ち、
執拗な嫌がらせをする。
若い内匠頭はその仕打ちに耐え切れず、江戸城松の大廊下にて吉良に対して刃傷に及んでしまう。
内匠頭は切腹、浅野家は取り潰しとなった。
その報せはすぐに国許にいる大石内蔵助(伊井蓉峰)のもとに届けられた。
藩は「殉死切腹」いや、「城を枕に討死だ」と紛糾する。
問答の後、大石は城を明け渡し、内匠頭の仇を討つことを決意する。
この作品はマキノ省三50歳を記念して作られた映画でして、
若い頃の片岡千恵蔵や嵐長三郎(後の寛壽郎)など、当時のマキノプロのオールスター映画です。
豪華な顔触れではあります。
また、本作品はマキノ省三自ら「後世に遺す映画をつくらなならん」と精魂込めて作った映画でありまして、
実に良い出来であります。少なくとも私が見た忠臣蔵ものの中では最もいいものでした。
全体の流れですが、城明け渡しまではそれほど目立ったものはありません。
この作品が熱を帯びてくるのは後半からです。
まずは大石が遊んでいる遊郭の場面です。大勢のエキストラを動員して遊郭の華やかさを見事に出しています。
中でも大勢の遊女による「うきさま」という人文字を作る場面があるのですがこれが圧巻です。
また、遊び呆ける大石に詰問をしに浪士がくる場面では、
浮橋太夫(松浦築枝)の後ろに隠れる大石の姿がまことに滑稽でこれほどのに演技は初めて目にしました。
もう一つ、これは大石夫人の陸(石川新水)らが大石の下を離れ親元の但馬へ帰るシーンです。
夫の大望のために身を退くわけですが、余計な心配をかけぬよう表面上は大石の行動に腹を立て、
愛想をつかして家出をするという体裁で出て行くのです。
小さい子供たちが「父上も一緒に」と大石に懇願するのですが、
大石はさも面倒くさそうに子供たちを払って、陸も子供たちを引っ張っていってしまいます。
その夜、大石は長男主税(マキノ正博)の前で泣きます。この一連のシーン中の心理描写が匠で感動的でした。
不満を挙げるとすれば、立花左近の勧進帳のシーンがあっさりしすぎていたことです。
普通の忠臣蔵なら本陣の一室で行われるものなのですが、
この作品では道端でちょろちょろっとされただけでした。
ここも見所の一つだけにもう少しよくやってほしいところでした。
ところで大石を演じた伊井蓉峰という人物、私は見たことも聞いたことがなかったのですが、
この作品で主役をはるだけあって大物の役者だったのでしょう。
見事な内蔵助を演じました。真面目な演技からコミカルな所作までうまく演じておられました。
萱野三平を演じた片岡千恵蔵も若くて、実に美男子でした。
御大と呼ばれた頃のどっしりとした貫禄十分の風貌とは違い、
細身で二枚目ここにありという感じでございました。
討ち入り時の槍のキレもよくやはり時代劇人だ、とこのように感じました。
この作品はサイレント、つまり無声映画です。
私は京都府京都文化博物館というところで見たのですが、弁士も音楽も何もつきませんでした。
ただただ無音で映像のみが流れている状態で鑑賞したわけです。
そういった状態でもこの実録忠臣蔵は遊郭の華やかさ賑やかさ、
討ち入りの壮大さを実によく表現していて素晴らしい作品でありました。
今度はぜひ弁士や音楽をつけたものを見てみたいものです。
【追記】(2006.4.30)
伊井蓉峰さんは、新派の役者さんだったようです。
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