第二十六回目は洋画『ラスト サムライ』(平成14年・米国)です。
平成作りということで、私の中では、新しい映画ですね。
いつもなら粗筋が入りますが、今回は省略してもいいですよね。
不思議というか、変なというか、時代劇としてみるのはちょっと違うような作品です。
なんといっても作ったのはハリウッドの人間ですから、やっぱり違和感はありますね。
最も違和感を感じたのは、勝元(渡辺謙)の村です。
最初パッと映った時になんか変な感じがしたのですね。
なんじゃろうなぁ、と原因を探しまして、気づきました。
道沿いの芝生ですね。道沿いというか、道でない所に生えている青々とした芝生です。
私の感覚なのかもしれませんが、芝生ってのは西洋のものだと思うのですよ。
明治初期のああいう山村は、土まるだしの方が合う気がします。
ですから、芝生があると妙に明るくて、ちょっとなぁ、と思ってしまいました。
また、時代劇の目で見ると気になるところが一点。
序盤でオールグレン(トム)が勝元らに連れて行かれる途中に、
長谷川大将が腹を切る場面がありました。渡辺謙が介錯をしたあれです。
その介錯がちょっと気になりました。
(その点について以下書きますが、ちょっと血なまぐさい話ですので、
お読みになりたい方は反転してお読みください。)
首を落とす時に刀をですね、下まで振り抜いていたんですね。
これはちょっとまずい。
『御家人斬九郎』に書いてあったのですが、人間の首には太い血管が通っているのだそうです。
それで、介錯人が下まで刀を振りぬいてしまうと、
首が、首の中を流れている血の勢いでスポーンと前のほうへ飛んでいってしまうのだそうです。
三島由紀夫事件の時の有名な言葉、
「首と胴の距離、1メートル、生死不明。」というのも、
首が飛んでいってしまったからなのです。
そのため、正式には介錯の時は首の皮一枚残しておくのだそうです。
すると、飛んで行かずに、頭部の重みで下にドスンと落ちるようです。
渡辺謙はこのことは知っていたと思います。
御家人斬九郎を長いことやっていましたから。
監督さんの意向だったのでしょう。
今度は役者さんの話に移りましょう。
注目すべきはやはりボブ(福本清三)です。
制作のときにも話題になりましたが、斬られ役云十年の大部屋俳優さんです。
出番はとても少ないのですが、知っている人間からすると、存在感がありますね。
台詞は合戦シーンの、「アルグレンさーん!!!」だけでしたが、
それに続く、斬られざまはやはり見事なものでした。
そして、文句を付けたいのが、たか役。
発音というか、発生というか、どうも大根でしたね。
今のお芝居の流行りなのかどうかは知りませんが、あの衣装であの話し方はいけません。
最後に、立ち回りですが、概ねよろしいのではないでしょうか。
満足とは言いませんが、こんなものでしょう。
とりあえず今回はこのくらいで筆を置きましょう。