第三十回 浮雲

観賞記第三十回目は、成瀬巳喜男監督『浮雲』(昭和30年・東宝)です。
名女優、高峰秀子の演技力光る一作です。
いつものようにまずは粗筋から。



時は昭和21年。幸田ゆき子(高峰秀子)は引揚げ船に乗って日本に帰ってきた。
ゆき子は元農林省の職員で、戦中はフランス領インドシナ(以下、仏印)へ渡っていた。
東京へ向かったゆき子は仏印の同僚で先に引き揚げていた富岡兼吉(森雅之)のもとを訪ねる。
二人は仏印で愛しあっていた仲であったが、兼吉には妻がいた。
しかし兼吉は「必ず妻と別れて君を待っている」との言葉を残して日本に帰ったのだった。
その言葉を信じて兼吉の家へ向かったゆき子であったが、
兼吉は妻と別れておらず、問い詰めるゆき子にも優柔不断に答えるだけだった。

途方にくれたゆき子は駐屯米兵の妾、いわゆるパンパンになって生活していたが、
兼吉がねぐらを訪ねてくると、また惹かれてしまう。
ゆき子は米兵と別れ、兼吉と二人、伊香保温泉に向かう。

温泉地で懇意になった飲み屋の主人・向井清吉(加東大介)の家に泊まることになったが、
その日のうちに兼吉は清吉の妻・おせい(岡田茉莉子)とそういう仲になってしまう。
失意のゆき子は東京に戻り、かつて自分を襲った親類・伊庭杉夫(山形勲)のもとに身を寄せる。



「女」を描かせれば天下無双の成瀬巳喜男作品でございます。
この『浮雲』ですが、原作は林芙美子、ハヤシライスの林芙美子です。二葉亭四迷ではありません。
愛憎渦巻くとでも言いましょうか、ドロドロしたお話ですね。

では、内容から見て参りましょう。
舞台が戦争が済んで間もない昭和21年ということで、物もない何もない、そういう時代です。
映される街並みも瓦礫の山であったり、バラックであったり、闇市であったりと、その時代を彷彿とさせます。
荒廃した人心をその風景描写でよくあらわしております。

闇市でゆき子と伊庭の二人が中華そばを食べるシーンがあります。
会話をしながらの食事なのですが、お互いの顔を見ることもなくただただ麺を啜っていくわけです。
食料のない時代、空腹の時代そのものの光景でした。

今度は役者さんを見てまいります。
まずは主役の、高峰秀子。
『カルメン故郷に帰る』や『二十四の瞳』などでも主演した、日本屈指の名優です。
今回は愛欲のままに流されていくヒロインをよく演じています。
映画の序盤ではまだ純情なその姿が、話が進んでいくごとに堕ちていくその様の哀れさがまた…。

では、相手役の森雅之のほうはどうでしょうか。
『破れ太鼓』では人のよい長男を演じましたが、
この作品では、主役のゆき子を始めとして、3人の女を翻弄する女たらしを好演しています。
脂の乗らない痩せた風貌も、その時代背景とあいまっており、
更にその陰鬱な雰囲気に凄味をくわえています。
苦虫を噛み潰したような、愛嬌の欠片もない男がたらしていくわけですね。

そして、今回の注目俳優、山形勲です。
この人は時代劇ではよく見かけますが、現代劇では私が不勉強なのかあまり見かけません。
時代劇では、『水戸黄門』の柳沢美濃守、錦之助の『一心太助シリーズ』の松平伊豆守などの
大役をやってきた人物です。善悪両方の役をこなします。

で、今作品ではその悪役振りを余すところ無く発揮しております。
ゆき子の姉の連れ合いの弟、親類すじの男の役です。
それでいて、まだ何も知らぬゆき子を押し倒し、奪った人物でもあります。
そして、悪役の真価が発揮されるのは後半。
怪しげな宗教の教祖に納まって荒稼ぎをしているところです。
信者に対して、気功のようなけったいな術をかけている場面があるのですが、
これがまた、見るからに胡散臭いのですよ。
こういう胡散臭さが出せるというのも、悪役の一つの技なんだと思います。


この作品、人によっては、ちょっときついところがあるかもしれません。
私もその一人ですが、裏を返せばそれだけよく描いてあることでもあります。
どうぞ機会があったらご覧になられるとよろしいかと存じます。

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