第三十二回 赤穂浪士 天の巻・地の巻

今回は東映創立五周年記念映画、『赤穂浪士 天の巻・地の巻』(昭和31年・東映)です。
「時代劇の東映」で最初のオールスタ-映画でございます。
いつもなら粗筋の紹介を致しますが、忠臣蔵の筋は大体どの作品でも同じですので、
今回は割愛いたします。


本作品の主演は“北大路の御大”市川右太衛門。退屈のお殿様で有名ですね。
大石内蔵助役で迫真の演技を見せてくれます。
まずは、浅野刃傷の報せを聞いたときのその表情です。
この場面、大石はどのような表情をするかというと、
普通の作品では、「やはりやってしまったか…」という、
前々から予期していたような落胆の表情がすることが多いです。

しかしこの『赤穂浪士』は違います。
大石内蔵助、驚きますねぇ。
「なんということだ!」、「えらいこっちゃ!」と、しっかり動揺してくれます。
でも、普通はそうなんですよね。いかに察しがいい家老だからといって、
自分のところの殿様が殿中で刃傷に及ぶなんて考えもしないことでしょうから。
こういったリアリズムの演出と、それを見事に演じた市川右太衛門の上手さが際立つ場面でした。

もう一つ名場面で、立花左近との対決シーンをあげて見ましょう。
大石が「九条家用人・立花左近」と偽証して旅をしていたのを、
本物の立花左近に見つかって問い詰められるという場面です。
立花左近を演じるのは、“山の御大”片岡千恵蔵。
東映城の頂点に位置する二人の対決シーンです。

偽立花左近(大石)の前に座る本物の立花左近。
「それがしが九条家用人立花左近にござる。」
ここでもまた大石内蔵助、動揺します。狼狽します。
しかしその動揺ぶりは言葉やからだの動きでなく、目の配りだけで見事に演じられるのです。


さて、今度は敵役・吉良上野介。演じるのは月形龍之介です。
東映の看板監督・松田定次をして、最も吉良の上手い俳優と言わしめた役者です。
月形という人自体は演技面からすれば、それほど上手いというわけではありません。
それでいて、なぜこうも吉良上野介という役がはまるか、
やはり本人の持つ雰囲気が大きいでしょう。
その低音で抑揚の無い話し方は悪役としての凄みを増しますし、
所作も剣道有段者だけあってそつがありません。
しかも、なんとなく気品も出ていますし、
そういうところが、従四位上・高家筆頭吉良上野介義央が合う下地なのでしょう。


次は堀部弥兵衛役の薄田研二です。
東映では専ら脇役、どちらかというと悪役のほうが多い人です。
今回は四十七士農地でも最高齢の堀部弥兵衛を演じましたが、
この人、東映オールスターでの忠臣蔵、3回すべてこの弥兵衛役で出ているのです。
3作すべて同じ役というのは薄田研二ただ一人です。
よほど堀部弥兵衛という役が合っているようです。


最後に、監督の松田定次に触れておきましょう。
月形龍之介の項でも書きましたが、東映の中心的な監督です。
いわば屋台骨ですね。
東映では、『旗本退屈男』シリーズや『多羅尾伴内』シリーズなど、
数多くの作品を撮られております。
日本最初のワイドスクリーン(現在と同じ横長画面の映画)作品、
『鳳城の花嫁』も松田監督の作品です。
そして、この作品もそうですが東映オールスター映画全11本のうち、
大半の9本も撮っておられます。

意外と知られていない事実として、この人も実はマキノ一族です。
「日本映画の父」マキノ省三の長男なんですね。
とは言いながら、庶子でしたから、戸籍上はこれも映画監督のマキノ雅弘が長男でした。
で、この東映という会社なのですが、中心監督は松田定次、もう一人の同格にマキノ雅弘がいました。
そして、製作プロデューサーにはマキノ光雄と、初期東映はマキノ一族の力で成り立っていたともいえます。
恐るべし、マキノ一家ですね。

ちなみに、マキノ一族で今も芸能界に関わっているのは、
長門博之・津川雅彦兄弟(俳優)、マキノ正幸(沖縄アクターズスクール校長)です。
未だに大きく関わっているわけですね。


と、今回はこのあたりにしておきましょうか。
月形の吉良、右太衛門の大石、東映では一番の作品です。
今後この作品は見られる機会はあるでしょうから、どうぞご覧になってください。


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