さて、フォーラム記事と同時公開の第41回目です。
今回は森繁久彌主演「小説吉田学校」(昭和58年・東宝)です。
戦後の大宰相・吉田茂を天下の森繁久彌が演じます。
では粗筋からどうぞ。
時は昭和23年、GHQの統治下にある日本は
昭電疑獄により瓦解した芦田内閣の後任選びの最中だった。
次期首相は吉田茂(森繁久彌)、そう決しかけていた民主自由党だったが、
GHQ民生局次長チャールズ・ケーディスはその意向として民自党幹事長・山崎猛首班を示唆した。
この発言に、党幹事長代理の広川弘禅(藤岡琢也)らが乗り、吉田から山崎首班論に急展開。
あとは吉田茂自らが党総務会で総裁職を辞退するのみとなった。
吉田辞職、山崎新総裁及び首班指名でほぼ決するとみられていた総務会だったが、
一年生議員・田中角栄(西郷輝彦)の「首相決定への関与はアメリカによる内政干渉だ」との発言。
この発言で総務会もまた吉田首班論で固まる。
これがのちにバカヤロー解散や造船疑獄、そしてサンフランシスコでの日本の独立を果たす
波乱に満ちた吉田内閣の誕生のときなのである。
戸川猪佐武の「小説吉田学校」「小説吉田茂」「小説三木武吉」を原作として据えた作品です。
私も戸川作品では「小説自民党対共産党」というのを読んだことがありますが、
政治力学への確かな認識と深い洞察力でその複雑な絡みを見事に描いています。
さて、本作ですがタイトルで示されているように吉田茂が主役です。
激動の戦後政治を描いた作品であります。
先ず内容から見てまいりますと、基本的には史実をもとにした構成となっております。
大きく分けて全編後編になっております。
第二次吉田首班指名から、その後の解散による民自党圧勝。
朝鮮戦争勃発による再軍備を求めるGHQ。
日本の独立のための平和条約草案作りを経て、サンフランシスコ講和会議までを描くのが前半。
後編は講和会議後にいたっても首相の椅子を手放さぬ吉田茂と、
追放の憂き目を見るに当たって、吉田に自由党総裁の座を明け渡した鳩山一郎一派との政争であります。
前編についてですが、見所は2点。
1点目は序盤も序盤、始まってすぐにある民主自由党総務会に至るまでの場面です。
GHQの意向を見ていかにもな腹芸を見せる広川弘禅、
対する林譲治(土屋嘉男)・松野鶴平(小沢栄太郎)らの裏の戦いがひとつ。
総務会当日にあらすじにも書いた田中角栄の演説で形勢不利と見るや
ころりと吉田首班を容認した広川の変わりようなどは必見です。
藤岡琢也の上手いところです。
2点目は池田勇人(高橋悦史)と宮沢喜一(角野卓造)2人のアメリカ行きです。
表向きはアメリカの財政・経済の視察、裏では講和に向けての交渉という特命を帯びています。
交渉相手も定まらぬまま、誰に話すべきか考えあぐねる2人、というシーンです。
して、ここのお芝居もさることながら見るべきは二人の置かれた状況なのです。
表向きの交渉が終わってからは行きたくもない名所案内に連れて行かれる、
用意されたホテルもとても一国の大臣が泊まるようなところではない。敗戦国の悲哀ですね。
後編の見所はやはり最終盤。内閣不信任案成立後の吉田内閣退陣間際の場面です。
衆議院解散を主張する吉田茂、しかしそれは確実に負けるとわかっている解散である。
つまり、総理の椅子を手放したくないわけですな。
椅子を手放すにしても、総辞職という自らの負けを認める手は取れない。
個人としての自尊心に関わる、というところでしょう。
ここでの小沢栄太郎扮する松野鶴平のセリフが素晴らしいのです。
「ここに至って解散をするような、そんな総理大臣は除名してしまえ」
総理・総裁を除名ですよ。実際に松野鶴兵が言ったことばらしいですが、
そのセリフをあれだけの迫力を持っていえるというところ、名優小沢栄太郎のなせる技でしょう。
では、ここからは俳優に絞ってみてまいりましょう。
まずは広川弘禅を演じた藤岡琢也。
年をとってからは橋田寿賀子効果で善人のイメージが強い役者です。
しかし、そうなる前まではどちらかというと悪党の役、
それもものすごい大悪党というわけではなく、ずるい小悪党の役が多かったものです。
それで今回の広川弘禅なのですがその通りの役どころです。
藤岡琢也本来の持ち味である、目先の利益に翻弄される小悪党ぶりが大いに堪能できました。
最後には自滅していくところも、ね。
2人目が幣原喜重郎を演じた三津田健です。
まあ序盤にちょこっと出てくるだけのチョイ役なんですが、妙に存在感があります。
飄々としたおじいさんで、何を言われても柳に風と受け流してしまうようなそんな感じです。
ここにあえて出したのは三津田健好きだというのもあるのですが。
3人目にきますのが松野鶴平を演じた小沢栄太郎。
史実における松野鶴平自体、吉田の政治顧問のような立場で、機知のまわる人だったようです。
ついたあだ名は「天下のズル平」
これを小沢栄太郎は見事に演じました。
飄々と以下を書くと前述の三津田健と重なってくるわけですが、
この小沢栄太郎にはそういった演技のある反面で、常に腹芸を決め込んでるという風をうまく漂わせるのです。
そしてやはり決まったのは、「そんな総理大臣は除名してしまえ」
前述のあれですが、あそこでビシッと場面が締まりましたな。ベテランのお芝居です。
4人目にやっと出てくるのが三木武吉を演じた若山富三郎です。
三木を演じるには迫力が必要なんですよ。
表舞台では吉田 vs 鳩山なんですが、実際の闘いは吉田 vs 三木ですからな。
主役と相対することのできるほどの迫力が必要なんです。
また、迫力だけではなく策士の三木でもありますからそういうところも出さねばならない。
そういった難しい役どころを若山富三郎はよく演じきったと思います。
特に迫力、老齢政治家の持つ打倒吉田の炎を大いに燃やしてくれました。
この作品の舞台となった吉田政権の時代、
安保条約が結ばれ、自衛隊ができ、そして55年体制と呼ばれる自由民主党もできました。
その後の日本の政治体制の根幹が築かれた時期といってもいいでしょう。
そして我々が生きている現代、その根幹はまさに代わらんとしています。
憲法改正の問題、アメリカとの関係という政治課題もあれば、
これを書いている時点から見て直近の参議院選挙では民主党が大勝し、
自民党結党以来初めて野党から参議院議長が生まれました。
こういった今だからこそ、この映画を見て、そして考える価値があるのではないでしょうか。
絶対お薦めの一作です。