コンセプト  
■取り組みにあたってのきっかけ〜障害を持つ私の目線から〜 Mika Ishikawa

 私は1995年、通勤途中に駅の階段からの転落事故のため頚髄に内出血を起こし、それ以後、四肢の不全麻痺により四肢の機能をほぼ失いました。わかりやすく言えば、歩けなくなって車椅子を使用する生活になったのです。頚髄損傷の特徴として、下肢のみではなく、上肢も不自由になりました。しかし幸なことに私の場合は、手指の機能としては箸を使ったり字を書いたりという細かいことまで可能であり、腕力が弱い程度くらいにまで回復しています。
 正直なところ、私が高校生のときまでは同じ学年(同じ学校の生徒)に障害を持った生徒はおらず、車椅子に乗った人を見たことがありませんでした。私自身が健康でケガをしたことがなく病院に行くことがなかったためか、障害を持った人が身近にいなかったためか、事故に遭うまでは車椅子すら見たことがなかったわけです。実際はすれ違ったことがあるのかもしれませんが、意識を持って見てはいなかったので目にすら入っていなかったのでしょう。もちろん段差や階段のことを意識して考えたこともありませんでした。車椅子用の駐車場の意味すら分かっていませんでした。幅の広い駐車場を見て思ったことといったら、「もっと詰めて線を引いたら2台じゃなく3台停めれるのに・・・」だったのです。それが1995年8月10日を境に今まで見えなかったものが見えるようになりました。何不自由なかった生活環境の全てのものがエライしんどいものに変わりました。それまでは行けたところが行けなくなり、出来たことが出来なくなり、使えたものが使えなくなったのです。それはカルチャーショック以上の変化であり、自分自身を受け入れるまでに長い時間を要しています。今も障害を受け入れた自分と、受け入れていない自分が隣り合わせで存在しているのです。
 障害を持ってからは、生活の様々な場面での工夫が必要となりました。その理由は簡単、自分にとって使いにくいからです。特におしゃれの面では苦労します。既成品では脱ぎ着が難しかったり、ボタンやファスナーが難しかったり・・・。それでも自分の好みのデザインと着易さを考えて探して購入していますが、いざ家へ帰って着てみると、ショーウィンドウのディスプレイと(鏡の中の自分では)イメージが違っていてがっかりすることも少なくありません。また、着心地が悪かったり・・・。それはきっと、立っている人を対象にデザインされた服だからと思います。車いすを使う人は少数であり、デザインの対象となりにくいからでしょう。
本題に入りたいと思います。毎年夏が近づいてくると店頭には浴衣のマネキンがならびます。それが目に入ると私は浴衣が着たくなります。
 受傷前には毎年のように浴衣を着てお祭りや花火大会へ出かけていました。しかし、車いすに乗ったままでは着ることができません。心の中で「浴衣着たいなぁ・・・。でも車いすに乗っているから仕方ないやぁ」と思いつつ、浴衣の前を通り過ぎていました。きっと私と同じ思いの人がたくさんいることでしょう。
    (イラスト協力・トクさん)


 この胸のうちを夫である石川大輔(当時・山口県立大学大学院生)と、夫の同級生で、服飾デザインを専攻していた蔵重麻里さん(当時・山口県立大学大学院生)へ伝え、一緒に形にしていくことになりました。
 共同作業をスタートさせてわかったことが一つあります。それは日本の伝統文化〜夏の風物詩〜である浴衣は健康な人を対象にデザインされてきたということです。車いすを使っている私が伝統の(多くの日本人が着ているものと同じデザイン)浴衣を着易くするためには、バリアがいっぱい(バリアフルな状態)なのです。その夏の風物詩を楽しむためには、浴衣をバリアフリー化する必要があります。










    (イラスト協力・トクさん)

 自分の心の中の気持ちを整理すると下記の表のようになります。

文化 浴衣に対する概念の捉え方 実現への方法 作成過程
日本の伝統文化 夏の風物詩である浴衣は健康な人を対象にデザイン。多くの日本人が着ているものと同じものを着たいという気持ち バリアフリー化すればみんなと同じ浴衣を着ることができる
既成のものをリフォーム、改造していく
日本の新しい文化 障害を持っている自分が既成の形作られた、その上、着にくいものに自分を合わせていく必要はない。自分に合った、そしておしゃれなものを新しく創造していきたい ユニバーサルデザイン。誰もが着られるもの 素材としての浴衣生地を活かし、生地から新しいものを創る

 二つの気持ち、どちらもが私の中にある正直な気持ちです。それを素直に、つまりどちらをも形にしていきたいとおもい活動を開始しました。


■障害を持つ人たちがモノ創りに参加する意義   Daisuke Ishikawa

 障害を持つ多くの人たちがモノを購入する際は、その選択肢が二つの理由から狭められています。購入機会を得るまでのアクセスの問題と、商品(サービス)自体が障害に適応していないという問題です。今回の取り組みでは、「浴衣」を通して今述べたような問題が浮き彫りになってきます。そして重要であることは、障害を持つ当事者たちがモノ創りに乗り出していくことと考えます。大量生産・大量販売というレールに乗せられない人たちが自ら動き始めるときがきたのです。そのコンセプトは作られた既成のモノに左右されることのない、自らが選び生み出す「かっこよい」生き方にもつながるのではないでしょうか。


■ユニバーサルデザインの意味を問い、市場戦略へ一石を投じます

 できるだけ多くの障害を持った人たちに浴衣を楽しんでもらえるよう、今回の取り組みをスタートさせますが、当面は車いすを利用する人に対象を絞ってデザインを考えていきます。それは障害は多様であり、現在アパレル業界で多用されている意味での「ユニバーサルデザイン」という用語は不適当だと考えるからです。アパレル業界では、この言葉を「万人が着易い」という意味で使用しているように思われますが、それはあくまでも健康な人を対象にし、例えば「やせている」「太っている」などの体格の差などを示しているものでしょう。しかし、障害を持つ人々にとっては、それら「ユニバーサルデザイン」として展開されているものも着易いとは限りません。アパレルメーカー各社と量販店の取り組みは高齢社会をビジネス化させたものであり、私たちの取り組みは、これらの流通戦略へも一石を投じるものになればと考えております。
 私たちは、障害者が主体的に参加することで、個人個人を大切にしたデザインを開発し続け、営利を目的としないことを前提にした上で、供給の裾野を広げていくための活動を永続させていきたいと思っています。

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