モンスターを操る少女






ライティングタワーを出発して彼らは本島に向かっていた。

もちろん、二人は竜に変身して。

行きよりもスピードが遅いせいか、シオンも余裕を持ってのることができる。

だが、そのとき海の青に混ざらない一色をシオンは発見した。

「ん?アルミオン!!あれ、人じゃない!?」

アルミオンの背中をばしばし叩いて、その混ざらない色を指差し示す。

『死んでいるのか?』

その指の方向をフィーナが興味なさげに見た。どうだろうか、ここでは確認できない。

「とにかく、アルミオン。なるべく近づいてみてくれ」

指示通り、アルミオンは水面ぎりぎりに近づき、シオンはそれを引きずり上げた。

女の子だ。シオンよりも年下だろうか。

呼吸はしているが意識はない。

『シオン、ちょっとまて。お前はその女を私たちの上に乗せる気か?』

睨むほどの形相でフィーナ。

「あたり前だろ!見殺しにするっていうのか?」

あたり前、その言葉にフィーナの眉間のしわは深くなる。

だが、シオンはそれに気付いていないのだろうか。

「なぁ、お前はいいよな、アルミオン?」

『ごめんだけど、無理だよ。これは規則だしね』

それだけ言われても、シオンはその少女の体を海に放り投げるようなことはしなかった。

そしてついに・・・



バシャッ



シオンの体が水の中に放り投げられた。

『シオンさん、どうしてもその子を助けたいなら泳いで帰ってきてね』

『貴様は正真正銘のバカだ』

二匹の竜は、言いたいことだけを言い残しさっさと急上昇して飛び去ってしまった。

「あー・・・、もうっ。なんなんだよ!」

極寒の海・・・でないのが唯一の救い。

ぶつぶつと文句を並べた後、シオンは近くの流木に捕まり少女を背負って岸まで泳ぎ始めた。





どれくらい時間がかかったのかは分からない。シオンの体内時計ではあまり経っていないはずだと。

ようやくシオンは近くにあった岬にたどり着くことができた。

そこには、不思議な服を着たあの見慣れた二人。他人からみれば怪しい宗教団体だ。

びしょびしょの服と、まだ意識が戻っていない少女を引きずり上げた。

マントを絞るだけで、どれくらいの水が出てきただろう。

「遅かったな。22分48秒経過だ」

「・・・遅い・・・か?」

げんなりした顔で、冷血なるフィーナを見上げた。

「フィーナは時間にうるさいからね。で、女の子はどう?」

アルミオンが、シオンが救出した(?)少女を診る。

「大丈夫だね。水飲んで、気絶してるだけだからきっとすぐ目が覚めるよ」

「・・・シオン。場合によってはその女、殺すぞ」

神の遣いが冗談でも、「殺す」などという暴言を吐いてよいのだろうか。

だが、フィーナは冗談をいうようなやつではない。



「あの・・・」



シオンの足元から、かわいらしい高い声がした。間違ってもフィーナではない。

「すみませんが、ここは・・・?あなた達は一体・・・?」

あの意識不明少女が、身を起こし珍しそうにアルミオンとフィーナを見上げた。

「黙れ」

弱弱しく、華奢な少女はフィーナの一睨みによって怯む・・・ことはなかった。

だが、フィーナは踵をかえし、岬からスタスタと離れていった。

「あ、フィーナ!シオンさん、その子のことよろしくね」

何についてよろしくなのか、はっきりしないままアルミオンもフィーナを追いかけて岬から離れてしまった。

残された少女は状況に翻弄されるままオロオロしていた。それはそうだろう。

不思議な格好をした二人組みが起きたら目の前にいて、更に自分を殺すなんて会話が繰り広げられていたんだから。

シオンはシオンでどうするべきか、苦笑いを浮べる。だが、これで少女はシオンが敵じゃないと感じたらしい。

優しく微笑んだ。

「あの・・・私がどうしてここにいるか、話していただけませんか?」



少女に、海の真ん中に倒れていたこと、そして自分が少女を助けたこと、と事の流れを話した。

「助けていただき、ありがとうございます!」

「ところで、なんで海の真ん中に?」

深々と頭をさげている少女に、当然の質問をする。だが・・・

「それは――・・・」





「まったく、あのバカにも困り者だな」

岬の離れ、大きな木が一本立っているその下にフィーナはいた。もちろんアルミオンも。

木の陰でめずらしく休んでいる二人。ずっと歩きづめで誰よりも疲れていたのはフィーナかもしれない。

「私たちは、姿をヒトに見られてはいけないというのに・・・。この世が混乱期に陥らないために」

「うん・・・。僕たちの存在をしれば、闇の復活を悟る人が自然と出て来るし・・・。

まぁ、その前にドラゴンをみて混乱しない人もいないけどね」

ヒトが闇を悟れば、恐怖心から更なる闇が生み出される。そうなればもうダークヴォルマの思いのままだ。

テスタルトは混乱期に入り、いずれは勝手に滅びの道を歩むだろう。自らが自らを殺し始めるのだ。

「でも、あの王家の人は?カルナ、さんだっけ?」

アルミオンから不意にだされた言葉。そう、カルナはあんなに平然としていたじゃないか<。

「・・・貴様も知ってるはずだろう。王家・・・。今あの組織の中には、“あれ”がいる。

王家は全部知ってるはずだ」

フィーナが言った“あれ”。アルミオンも、それにうなずく。



「へぇ、そうだったんだ」



アルミオンにしては元気で明るい声が背後から飛んできた。

フィーナとアルミオンはすぐさま、後ろを振り向く。

「あれー?シオンさんとさっきの女の子」

そう、背後にいたのはその二人。

「盗み聞きか?」

フィーナはおもいきりシオンを睨み上げる。

「いや、べつに聞こえただけだって」

「はい。でもあなたたちのことは分かりました」

少女は、フィーナとアルミオンに微笑む。

「そこで、お願いがあるんです」

今度は微笑みを崩し、真剣な表情に変わった。

「私、モンスターズトレーヤーなんです」

少女はモンスターを封印し、そして力の必要なときに召喚する種の人間。

なろうと思えばなれる仕事だが、モンスターとの信頼関係がなりたたないと、もちろん力をかしてはくれない。

それほどの人格が求められるのだ。・・・なるほど、肝が据わってるわけだ。

「うん、その水に濡れた紙を見れば分かるよ」

アルミオンは少女の腰にある紙・・・カードみたいなものを指差す。あれがモンスターを封印するためのもの。

「あいにくだが、私たちはモンスターじゃないぞ。召喚獣だ」

フィーナが冷ややかにいった。

「ち、ちがいます。私はまだモンスターを操ることができないんです」

必死に弁解し、フィーナの誤解を解く。

「力が足りないんです。だから、神々の聖地にいるアルモンゴラに会って認めてもらわないといけないんです」

神々の聖地にアルモンゴラ。専門用語が出てきたが、なんとも口を挟めない雰囲気なので

シオンは聞き流すことにした。この力不足なモンスター使いは、

その旅の不意な水難事故によってあの有様だったわけだ。

「言っておくが、貴様と同行する気はさらさらないぞ」

表情ひとつ変えやしないフィーナ。だが・・・

「僕はべつにいいよ。その神々の聖地の近くに精霊が住んでる可能性だってあるしね。

それに、僕たちのことがばれちゃったんだ。口止めする必要だってある」

アルミオンが言った。どうやら、冗談ではないらしい。

「・・・好きにするんだな」

はき捨てられたようなフィーナの言葉。言葉こそはぶっきらぼうだが、了承の返事。

「あ、ありがとうございます!」

その瞬間少女は顔をあげ、瞳を輝かせた。嬉しさから、笑顔のまま涙する姿。

シオンの肩くらいの大きさの少女にとって、『モンスターズトレーヤー』にかける決意は

それほどに儚く大きく膨大なものだった。



「私、リコリス・ウェーンと申します」

少女、いやリコリスの髪を、涼しげな風が通り抜けた。



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