時の大聖堂






「うー・・・。わらわはもう駄目じゃあー」

しばらく歩いているとリースから例のごとく弱音があがった。

「じゃあここでのたれ死ね」

慣れた口ぶりでしらっと言い放ったフィーナに、どんよりしていたリースはむっとする。

「はっ。いっつも偉そうなことばっかりってる蛇だか竜だかに言われたくないわ!」

そんないつもの会話をとめるのはアルミオンで。

「ほらほらー。リースもそんなこと言わない。あ、町が見えてきたよ!」

アルミオンは殺気立ったリースの背中をおして前にすすむように促した。

時の大聖堂。そこにいくまでに通る町、ストリームだった。

いつも活気溢れる市場且つ宿場町。交易するのに便利な立地で、

老若男女問わずそこにはいつも人がいる。

「でも・・・なんだか様子がおかしくないですか?」

近づくにつれて、噂と違う重くて暗い空気をまとう町が明らかになっていく。

リコリスは怪訝そうな表情で、ストリームを見つめて言った。

「行ってみよう!」

妙な胸騒ぎがして、シオンは一気に駆け出した。



そこでみた光景は凄まじいものだった。一行が自分の目を疑うほど。

宿場町ストリームには人っ子一人いない状態だった。

まるで町ではない。住民がいないどころか、家は壊滅し、

美しかっただろう町並みはぼろぼろの廃町へと変わり果てていた。

歩くたびに、瓦礫や折れた木の枝が音を鳴らす。

「ひどい・・・」

顔をゆがめ、声を震わせるリコリス。そんなリコリスの隣にたって、

リースも痛々しい表情で眺める。

「うむ・・・。これは、災害ではないじゃろうな」

「・・・モンスターだな」

「闇の増幅が始まった証だよ・・・」

リース、フィーナ、アルミオンは1000年前を思い出すかのように静かに呟く。

きっとあのときも、こんな感じで世界のモンスターが錯乱したのではないだろうか。

「これも・・・ダークヴォルマの仕業なのか・・・!」

怒りに手を震わせて、シオンは荒れ果てたここに群がるモンスターに

剣を抜こうとした。だが、それをフィーナが制する。

「シオン、まて。今はこいつらを相手にしている暇はない。先を急ぐんだ」

「じゃあ!フィーナはこんな町をぼろぼろにされて、住民をかわいそうだと思わないのか!?」

「・・・荒れ果てた町を救うよりも、今人々が賑わう町を救うべきじゃないのか」

諭すように言われて、シオンは言葉を呑んで刃を鞘へと戻す。

今向かうべきは、時の大聖堂の情報があるだろうクリャーソーノの町。

二人のやりとりを不安そうに見ていたアルミオンだったが、

クリャーソーノの安否を考えられずにはいられない。

「この様子じゃあ、クリャーソーノももう襲われたあとかもしれない。・・・急ごう」



ここに群がるモンスターを切り捨てながら進んだ。





静かなる町。荒らされた土地。壊された家。やはりというか、

嫌な予感があたったというか。クリャーソーノの町はすでにモンスターに荒らされたあとだった。

幸いなことに、モンスターたちはもう姿が見当たらない。

だが、どこかどこかさきほどのストリームとは違う。一箇所、

町のはずれの倉庫から薄暗い明かりが漏れていた。

バンッ

剣を構えたまま、勢いよく倉庫のドアを開放。

そのとたん、小さなひそめき声が。

「だ、だれ!?」

「モンスター・・・?」

「あぁ・・・お願い、助けて・・・」

狭い小屋の中に隠れ潜んでいる町の人たち。ひどくモンスターに怯えている。

シオンたちをびくびくしながら不信な目で見上げる。

「大丈夫ですよ。ここにモンスターはもういませんでした」

そんな町の人たちに、優しく語りかけるリコリス。それによってか、

町の人たちの緊張も少しとけたようだ。

わずかに表情を緩めて、息をついていた。

「よかった・・・。それで・・・あんたたちは一体・・・?」

少年の剣士に、まだ幼い少女、不思議な格好の3人。それぞれを

訝しげに眺める町人。

「べつに。ただのモンスターの退治屋だと思えばいい。・・・で、

貴様らにききたいことがある」

リコリスの後ろからフィーナが口をはさんだ。

「ここらに時の大聖堂があるときいたのだが」

「時の大聖堂・・・。あぁ、あの開かずの建物のことか。

なにやらモンスターズトレーヤーしか受け入れない聖堂だそうだ・・・。

ここから東の方向にある」

クリャーソーノの町長だろうか。蒼白した顔のわりにしっかりとした声で教えてくれた。

モンスターズトレーヤーが必要ならリコリスがいるから、心配ないだろう。

「そうですか・・・。ありがとうございます」と深々と礼をするリコリス。

「おぬしら町人もここから逃げたほうがいいじゃろう。またいつモンスターが

戻ってくるかもわからん」

そう促したリースに、さきほどまで震えていた町人も「はい」と強く頷いた。







時の大聖堂。時を司るモンスターが眠る場所。

町の人にいわれたとおり、東の方向へ向かっていった。

「あ、あれが時の大聖堂ですかね?」

リコリスが、いち早く人差し指で正面を指差す。

「時の大聖堂・・・?どこ?」

「うむ。わらわにも見えぬが」

シオンとリースが指さされた先を見つめるが何も見えない。

二人がお互いに顔を見合わせて首をかしげた。

「時の大聖堂は、きっとモンスターズトレーヤーのリコリスにしか確認できないんだよ」

アルミオンが似たもの同士の二人の様子に苦笑しながら、補足する。

「とりあえず、リコリス。その位置まで案内してくれないかな?」

「はい、わかりました」

と、何もないところへ歩んでいくリコリス。だが、少し歩いていくと

まるで涙がたまっているかのように視界がぼやけ、そして大きな聖堂が目前となった。

正真正銘の時の大聖堂だろう。

教会のように、繊細で美しい装飾がされた壁にステンドグラス。

こんな何もない土地にはあまりにも不釣合いだが。

いよいよ中に入ろうと扉に手をかけたとき、

ゴンッ

シオンの背後で、鈍い音が。

「ぬぉ!?なんじゃ!?見えない壁か!?」

リースが大聖堂の前で、額をおさえながら何やら嘆いている。

どうやら彼女の前には見えない壁が立ちはだかっているらしい。

パントマイムをやっているように見える。

「どうやら時のモンスターは馬刺しはお気に召さないらしいな」

フィーナが嫌味っぽく笑った。

「なんじゃとー!?このくそモンスターがぁっ!!!わらわを嫌いと申すのか!!」

「リース、早めに帰ってきてあげるからさ。おとなしく待っててよ」

なだめるようにアルミオンが言うと、リースは渋々首をたてに振った。



聖堂内は、暗く足元がようやく見えるほど。

『我が時の大聖堂へようこそ』

不思議で、どこか気味悪い声がどこからともなく聞こえてきた。

シオンは反射的に剣を握る。

「あなたが時のモンスターですか?」

『いかにも』

リコリスは静かに一歩前へ進み出て、その声に話しかけた。

「どうか私に力を貸してくださいませんか?」

その声はアルモンゴラのとき同様、迷いはない。だが、

『お前らどときでは闇の力には到底敵わないだろう・・・』

馬鹿にするわけでもなく、挑発するわけでもなく。モンスターの声はおちついていた。

あまりにもはっきりといわれたので、フィーナはムッとして何やら言い換えそうとしたけれども

シオンに「やめとけって」と止められた。

「いいえ。闇に勝つことはできます。敵うだけの力を持っていると信じています」

そういったリコリスを最後にしばし沈黙が続く。

時のモンスターが何を考えているのかは分からない。



『では・・・。その力・・・私にみせてもらおうか・・・』

目の前の空間が、シュッと音をたてて捻じ曲がる。そこから、

モンスター・・・というよりも髑髏のような顔をした死神が現れた。

こいつが、時のモンスター本体。

2メートルをこえる鎌をかついでいる。

『ゆくぞ。勇敢なるモンスターズトレーヤーよ』

軽々と鎌を振り上げる死神の姿。

「リコリス!」

剣を構えていたシオンが、なんとか鎌を弾き、リコリスは難を逃れる。

「あ、ありがとうございます・・・」

「リコリス、あんなの相手に大丈夫か?」

「・・・はい。私はモンスターズトレーヤーです。あのモンスターを

必ず封印してみせます」

と、間髪いれず魔法を唱えたのはフィーナ。

「メテオストライクッ!」

黒魔法、地属性にして最強の呪文。おびただしい隕石の山が時の

モンスターをめがけて飛んでいった。

だが、シュンッと音をたてて隕石は一瞬にして消えうせた。

「何・・・!?」

『我が時空間の前では、そのようなもの無意味同然』

つまり、魔法すら意味をなさないということ。

「うわっ、どうするんだよ!?アルミオン、タイムなんとかって奴で

あいつを止められないのか?」

時のモンスターの異名を実感したシオンは、慌ててアルミオンに助けを求めるが、

「シオンさん・・・。時のモンスター相手に時間の魔法かけてどうするの・・・」

それもままならない。



と・・・。空を切る音が、時のモンスターの動きをとめた。

トルティス・・・。リコリスの両親の形見のモンスター。

そしてアルモンゴラのときにもお世話になった大切な相棒だ。

「トルティス!時のモンスターの動きをとめて!」

リコリスのその声を合図にしたかのように、トルティスが目標を目掛けてとびかかる。

鳳凰のごとく、美しい炎の羽がゆらめいている。

『無駄だ・・・。トルティスなど、虫けらと同じ・・・』

トルティスがとびかかる前に、時空間へと姿を消す。・・・否、

消したはずなのだが。

時のモンスターはトルティスの炎に巻き込まれていた。

トルティスの武器は、炎の羽でも鋭い爪でもない。圧倒的な素早さだった。

『ぐあ・・・ッ!!トルティスごときになぜ・・・!』

うめき、もがいて時のモンスターは地面へと倒れこんだ。

「このトルティスはお母さんが大切にしてきたモンスター・・・。

普通のモンスターとは桁違いですよ」

トルティスを再びカードに戻しながら、リコリスが静かに呟く。

「私たちはダークヴォルマを封印するために旅をしています。

・・・もう一度いいます。あなたの力を貸してください」

『よもやこれほどの力とは・・・。・・・よかろう、

わが名はプルート・・・』





リコリスがカードを突き出すと、プルートは吸い込まれるように封印された。



戻る >>