聖地の光




太陽は沈みつつあり、空は赤く染まっていた。

風が吹くのも、肌寒いくらいだ。東に向かっていたものの

あたりはまだまだ丈の短い草が無造作に伸びているだけ。

あの洞窟からずっと歩きづめだったせいもあり、フィーナの歩調がいつもの100倍はやく感じられた。

「なぁ、フィーナ。そろそろ休もうぜ?だって、ほら!もう日も沈むし・・・」

「そうですわね。私も疲れましたし・・・」

ずっと先を歩いていたフィーナが、軽く振り返ってため息をついた。

「仕方ないな」



フィーナの許しを得て向かった村は少し先。

早く休みたいという気持ちからか、速く歩くことができた気がした。

ようやく村が見え、付いたころには完璧に太陽の姿は消えていた。

まさに村の門をくぐろうとしたとき、

「シオン。貴様のマントを貸せ」

「は?」

ほら、と手を出して真剣な瞳で見てくる。このシオンのマントを貸せといってくるのではないか。

寒いのだろうか。

「あ、あぁ」

これ気に入ってたのになーと、心の中でぼやきながら慣れた手つきで取り外し

そのままバサッとフィーナに手渡した。どうせ逆らうことは出来ないのだが。

するとフィーナはなんのためらいもなく、頭からその真紅をかぶったのだ。

途中でカルナと目があったが、彼女はまたものめずらしげにフィーナを眺めた。

なんのためだろうか。逆に目だって恥ずかしい。それから何事もなかったかのように

「さっさと宿にいけ」。ご命令どおり、早々と宿へそして部屋へ向かわせてもらった。



「疲れたー・・・」

シオンは剣をベッドにたてかけ、ベッドに倒れこむようにして寝転んだ。

ベッドからは太陽の匂いがする。トールト村にいたころのような、懐かしい匂いだ。

部屋自体もベッドと机のみといった簡単なつくりだった。

もちろん、カルナとフィーナは別室だ。壁をとおしてとなりから話し声が聞こえた。

カルナとフィーナの会話。無意識のうちに聞き耳をたてていたのだが、ごにょごにょとしか聞こえない。

ついには聞く気も失せて、眠りに落ちていった。

彼にとっては久しぶりのような、そうでもないようなそんな不思議な安眠だった。



コンコン

シオンの部屋の木のドアが軽く叩かれる。それでもシオンはまだ寝てる。

「・・・シオン、来い」

しかし低いトーンで言われた声色に反射的に反応して、夢の世界からはだんだん引き戻されていった。

あの声はフィーナだ。

「んー・・・」

眠たそうに目をこすりながら、身を起こす。

どれくらいの時間なのだろうか。外はもう真っ暗で星すら出ていた。

ぼーっとドアを見ていたが、ふらふらとしていた足取りで

ドアまで向かうと簡易式の鍵をあけた。

「ほら、返しに来た」

突き出されたのは真紅の布。シオンのマントだ。

「あぁ、わざわざありがと・・・」

たたまれてもいないマントを受け取った。

(帰りはどうするんだろう)

「帰りは裏からでることにした」

まるで人の心を読んでるかのように言った。

シオンの苦笑を見た後、フィーナは再び部屋へもどっていった。

あくびをしながら汚れてもいないマントを眺め、それとイスにかけた。

そしてまた眠気が襲ってきたのか、ベッドによこたわり瞳を閉じた。



全てが白くて明るい世界。そんなとき黒いシミが、にじんでいくように広がっていく。

前よりもずっと広がり・・・明るい世界の半分を飲み込んだ。

溶けることのない永遠の闇。どうすることもできない人間・・・。

ならば・・・

人間じゃないのならば・・・。



シオンは勢いよく身を起こした。

「・・・夢見・・・?」

ここは宿屋。天井には明るい日差しがさしている。

そんな爽やかな朝とは裏腹に、シオンは汗びっしょりで目が覚めた。

「久しぶりだったな・・・。あの闇」

前にも書いたがシオンの夢見はよく当る。

現在こうしてフィーナと一緒にいるのも夢見が教えてくれらからである。

急いで用意をすませ、剣を腰にマントを背中に羽織り、部屋から出た。



「シオン、遅い」

「そうですわ。かれこれ10分はまっていたんですのよ」

ドアを開けると、壁にもたれかかるようにしてフィーナとカルナが待っていた。

「あ、ごめんごめん」

シオンの寝起きが悪いのはいつものことであり、本人すらも自覚していること。

3人は宿屋の裏へ回り、静かにお世話になった村を発った。(前金で)



「ところで・・・東の聖地ってアウンス聖地のことですわよね?」

カルナがふと、アウンス聖地と呼ばれる東の神殿のことを口にした。

古代に立てられた件物らしいが、今は荒んでいるただのボロボロの建物だ。

「アウンス聖地・・・?の光の灯?」

さらに深く首をかしげるシオン。あんなところに光が灯るのだろうか。

「行けばわかる。・・・あれがアウンス神殿だろう」

フィーナが軽く顎をあげて『あれ』を指した。

いかにも古く、おまけにぼろぼろになった神殿の姿。本当にもとが神殿だったのかすら怪しい。

あれに入るのか、といった顔でフィーナを見たが彼女の表情は一変もせず。

すたすたとアウンス神殿間近まで歩み寄った。



「あらあら・・・。これをみてくださる?」

楽しんでいるのか、困っているのか、声をあげたカルナを方へ移動した。

彼女が槍先でつつくようにしているのものが、ぐるぐるにされた植物の蔓。目を凝らしてみるとそれが入り口だと理解できた。

まるで人が侵入するのを拒んでいる。

「どうするんだよ、これ」

シオンが力いっぱい引いても押してもびくともしない。おまけに不気味であまり触りたくない。

「まかせろ」

シオンをバックさせると、フィーナは手の内から炎を巻き起こす。

しかし、それでも蔓は燃える気配がない。怪しい植物だ。

「光の灯といったな」

慌てる様子もなく、あたりをキョロキョロするフィーナ。

何を探しているのだろうかとシオンも無意味に目をキョロキョロさせた。

そのときに気がついた、近くの壁の違和感。

「あれ?なんかここだけ模様がおかしいような・・・」

粘土質な土を固めて作られた壁に、微妙に色の違う土が重ねられている。フィーナは無言で近づき、

ささっとその違う色の土を払いのける。

金属板のようなものがだんだんと見えてきだした。

「なんですの、これは。・・・目?」

金属に描かれている模様は、片一方の目だけだった。カルナはそれを、まじまじと眺めている。

「目は昔から、不思議な力を持ったものとして扱われるんだ」

フィーナは完全に土をはらい、金属板を露わにした。

「これをとって、あの植物に反射させるんだろうな」

「私がやりますわ」

埋め込まれた金属板をどうやって、取り出すのか。

カルナは槍を構え、弾き出すように金属板へと刃をたてる。

まぁ、いわゆる梃子のようなものだ。

しかし、きっちりと埋め込まれた金属板はなかなかとれず・・・

カァンッ

ついには力に耐え切れず、小さな破片と化してしまった。

「あら・・・」

間の抜けた声を出して、槍を下ろす。

「うわー!!カルナ、どうするんだよ!?」

「私、知りませんわよ?」

悪びれた様子もなく、平然と。シオンは恐る恐るフィーナを見た。

だが、手段を失ってしまったというのに彼女はそんなに怒ってはいなくて。

一人だけ慌てているシオンがなんだか馬鹿らしい。



「まだ打つ手はある」

冷然と言われた一言。フィーナはそれから真上を見上げた。

一瞬、影が一体を包み鳥のようなものが見え・・・

「フィーナ・・・でいいんだよね?どうしたの?」

そこに突如現れたのはあの時のアルミオン。なぜこの人がここにいるのだろうか。

フィーナは彼まで歩み寄って、

「さて。お前の腕を見せてもおう。この植物に・・・目を形の光を当てろ」

いつもと変わらぬ命令口調で堂々とアルミオンを見上げた。

「人にものを頼む態度がなってないなぁ」

苦笑いしながら、『この植物』と指されたそれに言われたことを実行する。

植物の2センチくらい手前で滑らかに目の形を描いていく。

それに従って、光も植物を滑っていった。




「はい、終わり」

「感謝する」

本当に感謝しているのか、変わらぬ表情のフィーナ。

「まぁ、なんですの?今のは・・・」

「あ、扉が!」

カルナとシオンが慌てふためいている間に、植物はしゅるしゅると退いていき

神殿内に繋がる通路がはっきりとなった。

中は薄暗くて気持ち悪い。

「それじゃあ、僕はもういかせてもらうよ」

シオン、カルナのふたりが唖然と神殿内を見ている間にアルミオンの姿はまた瞬間的に消えていた。



「いくぞ、それともここで待つか?」

フィーナに気圧されてシオンは恐る恐る中へと足を踏み入れた。



挿絵提供者:蘭 来水神様


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