紅蒼の記憶


セントラル王国、王城。

エンドリス国王が結婚の儀を行い、そして子供が生まれた。

それは女王エリーリアに似た、女の子だった。

それから5年…子供が生まれることはなかった。

跡継ぎはこの少女一人だけ。しっかりしてるとは思いがたい、あどけない少女。



「どうして女の子だったんだ…」

「あなた、いいじゃないですか。ここまで無事に育ってくれているんだし…」

「だが…女の子なんていらなかったんだ…」


――いらなかったんだ――







「お母様!今、綺麗な花をみつけましたの!」

「そう、カルナはいっつも元気ですものね」

中庭から通路へ走ってきた5歳の少女、カルナはエリーリアに走りよってぴょんぴょんを飛び跳ねる。

すると彼女は微笑んでカルナの頭を優しくなでた。

「そうだわ、カルナ。エンドリスお父様が話しがあるんですって。あとで玉座のところにいってきなさいな」

エリーリアがそういうとカルナは顔をしかめた。その渋った表情にエリーリアは不思議そうに

「どうしました?」

と尋ねると

「だって、お父様怖いんです…」

声のトーンを落し、俯きながら遠慮がちに言った。

事実、王様は国務に追われ、カルナの相手をしたことなど一度もなかった。

いや、エンドリス自らカルナを避けている節もあった。

だから決まってカルナと一緒にいるのは召使いと母親だけであった。

そんな王がカルナを呼ぶなんてことは初めてだった。

「大丈夫ですよ。そんなに心配なら私も一緒について行きましょうか?」

「…はい!」

するとしかめていたカルナの表情が一変し、笑顔に変わった。





「カルナ、お前は少し子供すぎる。もう少し大人になりなさい」

玉座の前のエンドリスの顔は重いものだった。

そんな王を面していたカルナはただただ口を結び、俯いているだけだった。

「そんなことじゃあ、将来立派な人間になれん。もっときっちりそれらしく振舞いなさい。それからエリーリア。

お前も少しカルナを甘やかしすぎるんじゃないか」

今まで黙ってカルナの傍にいたエリーリアも、エンドリスの言葉を聞いておずおずと口を挟んだ。

「でもカルナはまだ5歳ですわ。そんなに厳しくしても…」

「今からでないと手遅れになる。そんなことでこの国を背負っていけると思っているのか?」

だがその抗議もきっぱりと払いのけられた。その強い口調に女王も口を噤む。

「とにかくカルナ。もう少し謹んで行動しなさい」



「あなた、なにも子供にそこまで言わなくても…。カルナも立派に王位を継ぐことはできますわ」

カルナが退出したあとの玉座。周りにいた家来らもすべて下がらせ、エンドリスとエリーリアは二人だけであった。

先ほどのエンドリスの態度にエリーリアは言い聞かせるようにそういった。

「だが、本当のことを言ったまでだろう。今のまま育ってはカルナは不必要だ。大体…私は女に王位を継がせることですら反対なんだ…。

どうして息子が生まれてくれなかったんだ…」

頭を抱え、苦しそうに悩む姿をエリーリアもまた瞳を伏せめがちに苦しそうに見つめる。

(私はいらない子だったんだ…)

さきほど玉座を退室したカルナだったが、扉を背に彼らの話を聞いていた。

話を聞き、ショックとも寂しいとも言えぬ気持ちでその場を逃げようとしたとき…

「うッ…」

エリーリアのうめき声が聞こえ、足を止める。

「エリーリア!」

エンドリスの焦った声が上がった。

踏みつけそうになる長いドレスを持ち上げ、カルナは玉座に飛び入った。

「お母様!?」

エリーリアは絨毯の上に倒れこんでいた。カルナは急いで駆け寄った。

エンドリスは急いで家来を呼び、エリーリアを寝室に運びこんだ。



彼女はもともと病気がちなところがあった。

だがカルナが生まれてからというもの、調子もよくそんな素振りなどまったくみせなかったのだが最近になって悪化したのだろう。

エリーリアはそれから寝たきりの生活になったのだった。

カルナは武芸も勉強もそこそこに、いつもエリーリアの傍についていた。

エリーリアは優しい微笑みを決して崩さなかった。

だが、日に日に弱っていくのが子供のカルナですら目に見えてわかった。

そんな中、エンドリスが彼女を見舞うことは一度もなかった。

仕事仕事で彼女のことを気にかけることはない。

そうして間もなく、女王は崩御された。

カルナは泣いて泣いて泣きはらした。それと同時に父に対する憎しみが募っていく。

どうして母親を看取ってやらなかったのか。どうして母親を一人で死なせたりしたのか。

その怒りは反感へと変わっていき、誰が王位など継ぐものかと思い始めた。

望まれていない自分の王位なら、初めから投げ出したほうがマシだと思ったのだろう。







それからセントラル王国には6年の月日が流れた。

ただ一人、ドレスのまま城の屋根に寝そべり空を見上げるカルナ。

風が優しく当り、心地いい。

下のほうで召使いが必死に探してる声が聞こえるが、出て行ってやろうという気は毛頭ない。

青い空に白い雲が静かに流れていくさまをぼーっと眺めるのがカルナの日課だった。

そのときカタンと下のほうから音がした。やばい、見つかったか、と舌打ちすると屋根に顔を出したのは幼い少年だった。

ひょいっと身軽に屋根へ上る。

蒼い屋根に少年の黒い髪がよく映えている。

目つきが悪く、鋭い瞳。普通の子供とあまり接したことのないカルナでも、少年が普通の子供を逸していることがわかった。

(誰かしら、この子…)

カルナが身を起こし、まじまじと少年をみると少年は不快そうな顔をした。

「…ねぇ、あなた誰?」

興味津々にそう尋ねると、そっけない声で

「ラフィス」

と返ってきた。

「ラフィスって…ラフィス・クロードノア!?」

目を丸くしてカルナが声を上げた。

ラフィス・クロードノア。予知夢をみるという夢見の力を授かったということでセントラル王国に引き取られた少年だった。

変わった少年ということをきいていたが、こんなにも若いとは…。

しかもなにやら城の兵士を何人も打ち負かしてしまったという噂まである。

おいおい、そんなので国が守れるのかよとカルナが呆れたこともあったが、これが噂の少年か。

ラフィスは平然と屋根を歩き、そしてカルナから距離を開けて腰をおろした。

「ねぇ、あなた。私を連れ戻しにきたんじゃないんですの?」

またも尋ねると

「別に。興味ありませんから」

とあっさりした答え。

(かなりナマイキな子供ですわね…)

そんな思いを胸に

「ねぇ、ラフィスは夢見ができるんでしたわよね?この国の将来とか見えまして?」

にっこりと訊くとラフィスはため息をひとつ漏らし

「占いじゃないんです。好きなものが好きなとき見れるというわけじゃありません」

と冷めた口調だ。

第一印象は確かにナマイキな子供であったけれども、傅くロボットのような召使いたちよりもよっぽど人間らしく温かく感じた。

母親を亡くして以来、初めて人間にあったようだった。











「ラフィス、ご苦労様ですわね」

数日後、武術の練習稽古をしている城の兵士達をカルナは眺めていた。

訓練場は、城の裏のほうに設備されたものであまり大きくはなかったけど。広々とした自由な空間でカルナにとっては居心地がよかった。

そしてそこにラフィスの姿もあり、カルナはまじまじと観察するように少年をみていたのだった。

確かにラフィスの武術…というか斧の捌きはまだ6歳の少年のものとは思えない。

まだ力がないせいで動きは遅いが、どこでこんな身のこなしを覚えたのか…。まぁ、言動も少年のものとは思えないものだが。

そして聞くところによると、「ラフィス・クロードノア」とは城に引き取られてから自らが改名したもの。

ある家族のもとに生まれたときつけられた名前は「ステッド・ディアー」という名前だったという。

本当に謎の多い子だ。

「あぁ、カルナ様…」

(本当に暇そうな姫だな…)

訓練用の斧を訓練場の倉庫に直し、まさに城に戻ろうとしてるところを話しかけられたラフィス。

「…お勉強のほうはいいんですか?」

「まぁ、年下なのにしっかりしてるんですのね」

「…(お前の2倍は軽く生きてるんだけどな)」

ラフィスはそう思ったものの、声に出すわけにもいかず無言。しかしカルナは話を続けた。

「…私は必要とされていない子ですから。…いつかここを出るつもりですし」

「そうですか」

淡々と言ったラフィスに、カルナは軽く笑みを漏らした。

「あら、やっぱり反対もお父様にちくったりもしないんですのね」

「まぁ…」

ラフィスは夢見により、神に選ばれた少年がカルナに出会うことも、その少年がここを尋ねることも知ってる。

となると、むしろカルナがこの城を出るほうが自然な流れである。

「でも、必要とされてないわけではないと思いますけど」

城に戻りながらそういうと、カルナもラフィスに並んで歩きだす。

「いえ。お父様は私のことなんかどうでもいいんですのよ。いえ、家族をないがしろにするような最低な父親ですわ」

カルナは早口で言い切った。

「…何かを守るためにはなにかを犠牲にしないといけないということですよ。あなたのお父様にとってその守るべきものはこの国なんでしょう」

足を止めることなく、またもラフィスが淡々と言う。

「じゃあ…あなたも何かを守るために何かを犠牲にしました?」

6歳の少年にこんなことを訊くのはおかしいと思ってはいたけど、なぜかカルナは訊かずにはいられなかった。

「…しましたよ。大切な人を…」

1000年前のあの日、世界を守るために自分を犠牲にし、世界を守るために大切な人を犠牲にした…。

遠い昔のあの日の記憶。そしてこの時代になって、自分と同じ運命にある少年がいる…。

カルナはぽかーんと、遠い目をしているラフィスを見つめる。

その妙な視線に気づいたラフィスは慌ててコホンと咳払いをし「いえ」と短く弁解する。

「しかし、王様も『娘』としてあなたを大切にしているとは思いますよ」

ラフィスはそれだけ言うと、急ぎ足で城の中へ消えていった。

「本当に変な子…」

でもま、感謝はすべきですわね、とラフィスが去っていった方向を軽く笑いながらカルナは一人呟いた。





それから8年後のことだった。

ラフィスが実力を認められ、セントラル国護衛隊長になったのは。

そしてカルナが旅にでようと決めたのは。

「カルナ様、もう一度お考え直しくださいませ」

召使いが一生懸命に説得するも、カルナは鼻歌を歌いながら荷造りしていた。

「もう無理ですわ。ずっと昔から決めていたことですもの」

着ていた長いドレスをベットに脱ぎ捨て、動きやすそうなラフな格好に着替えるカルナ。

それから綺麗な美しい白銀の槍。カルナはそれを満足そうに持ち上げた。ちょっと前に金庫から「拝借」した王家に伝わる槍だ。

まとめた荷物を持ち、部屋を出る。と、そのとき召使いに振り返り

「そうそう。ここの護衛隊長に伝えてといてくださいな。『いってきます』ってね」

カルナの旅立ちをとめようと、たくさんの兵士や召使いが大騒動している隙にカルナは軽々と城を抜け出したのだった。

















「カルナ様、何笑っているのですか」

セントラル城の窓を全開にし、セントラル国のパノラマを見渡してすくすと笑っているカルナ。

そこに控えていた最高指令官が話しかける。

「いえ、2年程度で帰ってくるなんて夢にも思わなかったから。それにあなたも最高指令官になっていたんですのね」

通り行く召使いを尻目にカルナは最高指令官――ラフィス・クロードノアに目をむけた。

「楽しい方達に出会いましたのよ。元気でやってるのかしら」

懐かしそうに話すし、再び視線を窓の外へ戻す。

少しの間何やら考えていたラフィスだったが、

「その中に妙な容姿をした奴はいましたか?」

そう訊くと

「そうですわね。変わった女が一人居ましたわ。変わった術も使いますし、なかなか強かったんですのよ」

とカルナ。それを聞くとラフィスはフッと唇を歪めて軽く笑った。



「きっとまたすぐ会えますよ」






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あとがき
セントラル王国での番外編。
カルナが城を飛び出たときのことをつらつらと…。
あとはセントラル王国にいたラフィスのことを少々。
ラフィスはかなり浮いていた存在だと思いますよ。
この時代のラフィスの生みの親もびっくりでしょうね。あんな子が生まれて。
両親のどっちにも似てない!ってことに…。
ラフィスが転生して一番かわいそうなのは本人よりも、この時代の親かもしれませんね(笑
ちなみに改名した理由は1000年前の名前がラフィスだったので、この時代でもラフィスとして生きようという心持ち(?)。


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