夜の瑠璃光寺

室町文化を今に伝える瑠璃光寺の五重塔
その優しく凛とした立ち姿は
息を呑む美しさです。

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車がいくつかの暗闇をくぐりぬけて坂にさしかかると、
急に視界の一部があかるくなった。
雨の中で瑠璃光寺の塔が、下から照明されて立っているのである。

 塔の光に映えている青葉が、あざといほどに青く、
その青葉を裳裾にして立つ塔は、
おそろしいばかりの古色を帯びている。

 「ちょっと、降ります」と、運転手に声をかけたものの、
この大雨では多少の勇気が要った。
浴衣を尻っぱしょって、下駄をぬいだ。
宿でかりた番傘をひらくと同時に雨中に飛びだした。
まるで大内氏の雑兵のようなかっこうであった。

 駆けて行って塔の下までたどりついたときは
もう肩から濡れそぼってしまっていたが、
正面の塔の古色が尋常でないために自分が幻想の舞台にとびあがってしまったようで、
雨どころではなかった。

 (長州はいい塔をもっている)と、惚れぼれする思いであった。

                            司馬遼太郎

Photo by Yoshinogawa@徳島-san