山口市一の坂、大殿、竪小路エリア周辺の続きザンス
野田神社「能楽堂」
昭和11年に「明治維新70周年記念事業」として長州藩主の末裔毛利元昭公により建立。
総檜造りで橋掛、鏡の間及び泉屋控の間を構え、建築面積は238平方b。
当初の建築場所は、現地より(いつも思うんだケロ、「ゲンチ」って逆から読むと超卑猥じゃん・・・ぐへへ)H3年に移築され
ました。県指定重要無形文化財「山口鷺流狂言」保存会による公演も催されています。 【地図】
「野田神社」
神社の敷地内向かって左側にある神社が「野田神社」です。
御祭神は、毛利敬親(たかちか)及び元徳(もとのり)です。
毛利敬親は、13代目の藩主で、幕末維新の時に藩士を指揮して
近代国家の成立に努力し、明治4年に山口で逝去されました。
元徳は、敬親の養子で、神社の宝として重要文化財の太刀
(銘 助友)の他多数有るそうです。【地図】
「豊栄神社」(とよさか神社)
神社の敷地に向かって右側に位置する「豊栄神社」だよ〜ん
御祭神は、毛利氏中興の祖、毛利元就だす。
彼は、安芸国の吉田出身で、戦国時代に中国地方8カ国を治めた
大名だケロん。
城の内に社を建て、元就の霊を祀っていたが、明治2年に山口に
移り、この年に朝廷から元就の神霊に対し「豊栄」の神号を賜った
そうです。
地図は、上記「野田神社」と一緒です。 駐車場有り。
「絵馬堂」(野田神社&豊栄神社境内内)
この「絵馬堂」とは直接関係有りませんが、毛利氏中興の祖
毛利元就公は、史実に有名なエピソード・・・って優香、結構色んな場で
利用されている格言が紹介されていますが、皆さん知ってはりますか?
まっ、何かと言えば「三本の矢」ストーリーなんですが、それは元就公が、
臨終に伏した時、息子達に
「一本では折れる矢も、束ねれば折れないぞ。意味分かる?」
って、兄弟の協力一致を説いたっちゅう説話が、超有名ザンス
・・・・と、紹介したかったのねスマソ
「旧山口藩庁門」
エリアが全然違いますが、山口県庁敷地内にあります「旧山口藩庁門」
を紹介します。
この門は、元治元年(1864年)に、藩主毛利敬親(たかちか)が、藩政
の本拠地を萩から山口へ移すために建設した山口政事堂の表門として
建造されたものと言われています。
門の構造は、切妻造、本瓦葺きの薬医門で、主材はケヤキと檜が使わ
れています。
明治4年の廃藩置県までは藩庁門として使用され、その後は、山口県庁
正門として、更に、山口県庁の新庁舎が完成した大正5年からは、西口の
門として利用されていました。 【地図】
「川端市場」(左側)&「山口公設市場」(右側)
最後に紹介しますのは、赤レンガエリアにあります「川端市場」と「山口
公設市場」です。
公設市場内のおばちゃんが、
「ここの建物も建築されて早40年余りが経ってしまって、かなり老朽化
しているのよ。
4〜5年先には、対面の中市第2有料駐車場(旧山口銀行跡地)に
1階がお店、2・3階が駐車場、4階から上がアパートの建物が出来る
予定だけど、1階にお店を出そうにも家賃が今より高くなり、私みたいな
高齢者は店をたたむしかないわよ。だって、いつも暇だし〜」
とオイラに話して下さいました。
オイラのオススメは、鮮魚店が入っている向かって左側の「川端市場」
なんですよ。
何故かって?・・・とにかく新鮮な魚の刺身が安い!!!!
これが店内の写真&下は販売されているお刺身の写真の一例です。
一番左は、1パック180円の生サンマの刺身、シメサバ、フクの湯引き
で、3パックまとめて買うと500円です。
真ん中は、1パック280円の刺身盛り。内容は、右上から、時計回りに
ハモの湯引き、フクの湯引き、ワカメ、茹でタコ、鯛、マグロ、ハマチ、
イクラ(これは、人造のってか合成イクラですけど)、貝柱(タイラギ)、うに、
ニシ貝です。(概ね各2枚入っています。刺身のつまもシャキシャキ)
んっね!すごいっしょ? それぞれのお店が、「どうよ、魚なんて安くて
美味くて当たり前だわさ。買ってけ〜」みたいに安い刺身&鮮魚を扱って
ますよ。駐車場は、周りに早い者勝ち&対面に1時間100円の有料駐車
場が有りますよ。ひやかしでもイイから覗いて見てね。 【地図】
店休日は、カレンダーの数字が赤い日、つまり日・祝日で、お刺身が並び始めるのは、午前10時過ぎ頃からです。
いつものところに有るべきお刺身の盛り合わせが無い時は、遠慮無くお店のおじちゃんに聞いてみましょう。
「10分待ってたら出来ちょるよ」と快く注文に応じてくれますよ。
また、お客さんがある時には、大皿盛りも注文してね。安くてボリューム満点のお刺身を造っていただけますよ。
右端の写真はH18年バージョンです。
ウニ、ほっき貝、マグロ、イカ、タイ、
ハマチ、シャコ、甘エビ、穴子、タコ、
酢じめの巻物、ワカメで280円だよ。
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