1786年、イギリス人ジョーンズ(William Jones)がカルカッタで行った講演「インド人について」が一大センセーションを巻き起こし、古代インドの聖典が書かれた言語であるサンスクリット語がヨーロッパに広く知られるようになった。インドのような遠くにある言語が、ギリシャ語やラテン語よりも整備された豊かな言語であり、自分たちヨーロッパの言語と親戚であることがわかったのである。そして、サンスクリット語とヨーロッパの諸言語を合わせて、印欧語族(インド・ヨーロッパ語族)と呼ぶようになった。この後、ヨーロッパの言語研究は、印欧諸語の比較が中心となり、その結果、言語の親子関係がわかってきた。
参考文献「言語学は何の役に立つか」大修館書店
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ギリシア文法学では、能動と受動の中間にあるという意味で「中間的」と名付けた。そこからmiddle voiceという英語の術語が生まれた。インドの文法学では能動態を 「他人に対する言葉」というのに対し、中動態を「自分に対する言葉」と呼んでいる。新しい印欧語では、英語でもフランス語でも、またドイツ語、ロシア語などでも、この中動態は失われて、その機能は再帰代名詞(reflexive pronoun)を伴ういわゆる再帰動詞(reflexive verb)によって示されている。たとえば、現代ドイツ語では「体を洗う」は sich waschen という。
アオリストは、現在形(完了、過去完了)などのように、限定された時の何ものをも示さない。すなわち、一定量の時間をもつ時称に対して、それを全く持たない時称、換言すれば、点的なアスペクトを表す時称である。現在形は過去から未来にのびる行為の持続を表し、その過去形として未完了形を持つ。一度経験し、また完了した行為の現在は完了形であり、その過去形は過去完了(→大過去)形で表される。これに対してアオリストは、基本的には一回的にとらえられた過去の行為を表す。その選択は、話し手のその行為に対するとらえ方にかかっている。
働きは、言語習得中の子どもの言語使用において頻繁に観察される。例えば「起きる」の命令形として「起きれ」という形を使うのは、「走る」:「走れ」、「切る」:「切れ」等々の類比の関係を踏まえてのことであり、/ki-ta/「来た」に対して/ki-nai/「来ない」とするのも、/mi-ta/「見た」:/mi-nai/「見ない」、/ki-ta/「着た」:/ki-nai/「着ない」などに見られる形式間の関係がその背景にある。未熟な話者が、foot「足」の複数形をfootsとし、swim「泳ぐ」の過去形にswimmedを使うのも同じ作用である。これは大人の「正しい慣用」からすれば、「誤った類推」であり、途中で矯正される場合が多いが、これがそのまま慣用されるとき言語変化につながる。音韻以外の意味や文法のレベルで起こる言語変化の根底には、このような類推の原理が常に働いていると見られる。
・弁別的対立の分類
(1)「体系全体と関係による対立の分類」
ある音韻体系において、対立する二項に共通する特徴が、それらだけに固有である場合、その対立を「一次的対立」と呼び、そうでない場合は、「多元的対立」と呼ぶ。例えばドイツ語では、/t/-/d/の対立は、ドイツ語の音韻体系において、歯茎閉鎖音の音素は/t/と/d/だけであるから、一次元的である。これに対して、/d/-/b/の対立は、ドイツ語では多次元的である。なぜなら、この二つの音素に共通な特徴、すなわち弱い閉鎖形成は、この他に、もう一つのドイツ語の音素/g/にも現れるからである。
また、ある対立についてその二項の間の関係が、同じ体系のもう一つの対立(あるいは他のいくつかの対立)項の間の関係に等しい場合は「比例的」、そうでない場合は「孤立的」であるという。
(2)「対立項の間の関係による対立の分類」
(a)「欠如的対立」とは、対立項の一方がある指標の存在によって、他方がその指標の不在によって、特徴づけられているような対立をいう。例えば、「有声」-「無声」、「鼻音化」-「非鼻音化」など。指標の存在によって特徴づけられている対立項を「有標項」、指標の欠如によって特徴づけられている対立項を「無標項」という。
(b)「漸次的対立」とは、その二項が同じ特徴の異なった度合いあるいは段階によって特徴づけられているような対立をいう。たとえば、母音の二つの異なる開口度の対立(ドイツ語の/u/-/o/、/i/-/e/など)。
(c)「等値的対立」とは、ある二項が論理上対等であるような対立、すなわち、その二項が同じ特徴の異なった度合いとも、またある特徴のある・なしともみなされないような対立をいう。たとえば、ドイツ語の/p/-/t/、/f/-/k/など。
(3)「弁別的効力の範囲による対立の分類」
問題の対立が、ある位置においてその音韻的効力を失うことを「中和」、中和が起こる対立を「中和可能な対立」、そうでない対立を「恒常的対立」という。また、中和する二つの音素に共通する弁別的特徴の総和を「原音素」と呼ぶ。中和が起こる場合の多くは、対立の一方の項が中和位置に現れ、「原音素+ゼロ」、もう一方の項が「原音素+ある一定の指標」と見なされる。この場合、当該の音韻体系の観点からは、中和位置に立ちうる対立項は「無標」であり、一方、それと対立する項は、「有標」である。
また、同一の音韻的特徴の存在・不在によって特徴づけられている、欠如的・比例的・一次元的対立関係に立つ音素対の総和を「相関」と呼ぶ。
母音交替は、印欧語では古代から現代まで多用されてきた手続きであるが、セム系の言語においても同じ現象が見られる。 そこでは語根の多くは3子音からなり、これに一定の母音交替を加えて関連した語が形成される。
最後にこの言葉を、
--「再建されたある言語状態と類型論によって明らかにされた一般法則との間に食い違いが生じた場合には、再建の側に疑問がある
」--