万葉集 巻第2
#[番号]02/0086
#[番号]02/0087
#[番号]02/0088
#[番号]02/0089
#[番号]02/0090
#[番号]02/0091
#[番号]02/0092
#[番号]02/0093
#[番号]02/0094
#[番号]02/0095
#[番号]02/0096
#[番号]02/0097
#[番号]02/0098
#[番号]02/0099
#[番号]02/0100
#[番号]02/0101
#[番号]02/0102
#[番号]02/0103
#[番号]02/0104
#[番号]02/0105
#[番号]02/0106
#[番号]02/0132
#[番号]02/0133
#[番号]02/0134
#[番号]02/0135
#[番号]02/0136
#[番号]02/0137
#[番号]02/0138
#[番号]02/0139
#[番号]02/0140
#[番号]02/0141
#[番号]02/0142
#[番号]02/0143
#[番号]02/0144
#[番号]02/0145
#[番号]02/0146
#[番号]02/0147
#[番号]02/0148
#[番号]02/0149
#[番号]02/0150
#[番号]02/0151
#[番号]02/0152
#[番号]02/0153
#[番号]02/0154
#[番号]02/0155
#[番号]02/0156
#[番号]02/0157
#[番号]02/0158
#[番号]02/0159
#[番号]02/0160
#[番号]02/0161
#[番号]02/0162
#[番号]02/0163
#[番号]02/0164
#[番号]02/0165
#[番号]02/0166
#[番号]02/0167
#[番号]02/0168
#[番号]02/0169
#[番号]02/0170
#[番号]02/0171
#[番号]02/0172
#[番号]02/0173
#[番号]02/0174
#[番号]02/0175
#[番号]02/0176
#[番号]02/0177
#[番号]02/0178
#[番号]02/0179
#[番号]02/0180
#[番号]02/0181
#[番号]02/0182
#[番号]02/0183
#[番号]02/0184
#[番号]02/0185
#[番号]02/0186
#[番号]02/0187
#[番号]02/0188
#[番号]02/0189
#[番号]02/0190
#[番号]02/0085
#[題詞]相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首
#[原文]君之行 氣長成奴 山多都祢 迎加将行 <待尓>可将待
#[訓読]君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ
#[仮名],きみがゆき,けながくなりぬ,やまたづね,むかへかゆかむ,まちにかまたむ
#[左注]右一首歌山上憶良臣類聚歌林載焉
#[校異]尓待 -> 待尓 [西(訂正)][紀][金][温]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]あなたが出かけられてから日数が長くなった。山を尋ねて迎えに行こうか。それともひたすら待っていようか。
#{語釈]
山尋ね 山の向こうに尋ね人は行った。或いは山中他界で死んだ。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)
#[原文]如此許 戀乍不有者 高山之 磐根四巻手 死奈麻死物<呼>
#[訓読]かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを
#[仮名],かくばかり,こひつつあらずは,たかやまの,いはねしまきて,しなましものを
#[左注]
#[校異]乎 -> 呼 [金]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]このようにばかり恋い思ってはいずに高い山の磐根を枕として死んだ方がましだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)
#[原文]在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日
#[訓読]ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに
#[仮名],ありつつも,きみをばまたむ,うちなびく,わがくろかみに,しものおくまでに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]このままこうしてあなたを待とう。うち靡く自分の黒髪に霜が置くまで
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)
#[原文]秋田之 穂上尓霧相 朝霞 何時邊乃方二 我戀将息
#[訓読]秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ
#[仮名],あきのたの,ほのへにきらふ,あさかすみ,いつへのかたに,あがこひやまむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]秋の田の稲穂の上に霧がかかる朝霞ではないが、どの方に自分は恋いやめばいいのだろう
#{語釈]
#[説明]
4首一組。起承転結構成を持つ。磐姫皇后の嫉妬は強い愛情の裏返しとも取られる。
1首目は挽歌とも受け取れる。玉台新詠の情詩にも通じる。
#[関連論文]
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)或本歌曰
#[原文]居明而 君乎者将待 奴婆珠<能> 吾黒髪尓 霜者零騰文
#[訓読]居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも
#[仮名],ゐあかして,きみをばまたむ,ぬばたまの,わがくろかみに,しもはふるとも
#[左注]右一首古歌集中出
#[校異]乃 -> 能 [金][紀]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,或本歌,古歌集,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]このまま夜を明かしてあなたを待とう。ぬばたまの自分の黒髪に霜は降るとしても
#{語釈]
霜は降るとも 本歌が白髪になる意味を含んでいるのに対して、こちらは本当に夜更けの霜が降る意味になる
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]古事記曰 軽太子奸軽太郎女 故其太子流於伊豫湯也 此時衣通王 不堪戀<慕>而追徃時歌曰
#[原文]君之行 氣長久成奴 山多豆乃 迎乎将徃 待尓者不待
#[訓読]君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ
#[仮名],きみがゆき,けながくなりぬ,やまたづの,むかへをゆかむ,まつにはまたじ
#[左注]右一首歌古事記与類聚<歌林>所説不同歌主亦異焉 因檢日本紀曰難波高津宮御宇大鷦鷯天皇廿二年春正月天皇語皇后納八田皇女将為妃 時皇后不聴 爰天皇歌以乞於皇后云々 卅年秋九月乙卯朔乙丑皇后遊行紀伊國到熊野岬 取其處之御綱葉而還 於是天皇伺皇后不在而娶八田皇女納於宮中時皇后 到難波濟 聞天皇合八田皇女大恨之云々 亦曰 遠飛鳥宮御宇雄朝嬬稚子宿祢天皇廿三年春<三>月甲午朔庚子 木梨軽皇子為太子 容姿佳麗見者自感 同母妹軽太娘皇女亦艶妙也云々 遂竊通乃悒懐少息 廿四年夏六月御羮汁凝以作氷 天皇異之卜其所由 卜者曰 有内乱 盖親々相奸乎云々 仍移太娘皇女於伊<豫>者 今案二代二時不見此歌也
#[校異]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,古事記,異伝,玉台新詠,軽皇女,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌,植物,枕詞,伝誦
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
右一首の歌は、古事記と類聚歌林と説く所同じからず。歌主も亦異なれり。因りて日本紀を檢ずるに曰く、難波高津宮御宇大鷦鷯天皇廿二年春正月、天皇皇后に語らひて八田皇女を納(めし)入れて妃と為さむとす。時に皇后聴(き)かず。爰に天皇歌ひて以って皇后に乞ふ云々。
卅年秋九月乙卯朔乙丑、皇后紀伊國に遊行(いでま)して熊野の岬に到りまし、其の處の御綱葉を取りて還る。是に天皇皇后の在(いま)さざることを伺ひて、八田皇女を娶りて宮中に納(めし)いる。時に皇后、難波の濟に到りて、天皇八田皇女と合(まぐは)ふことを聞きて大いに恨む云々。
亦た曰く、遠飛鳥宮に御宇雄朝嬬稚子宿祢天皇廿三年春三月甲午朔庚子、木梨軽皇子を太子と為す。容姿(すがた)佳麗(きらきら)しく、見る者自ら感(め)づ。同母妹(いろも)軽太娘皇女も亦た艶妙(かほよし)也云々。遂に竊に通(あ)ひ乃ち悒懐(いきどほり)少しく息みぬ。
廿四年夏六月、御羮汁凝りて以て氷と作る。天皇異びて其の所由を卜す。卜する者曰く、内乱有り。盖し親々(はらから)相ひ奸(たは)けたるか云々。仍ち太娘皇女を伊豫に移すと云へるは、今案叵るに二代二時此の歌を見ず。
乙卯朔乙丑 十一日
熊野の岬 具体的には潮岬。熊野地方の海岸。
御綱葉 ウコギ科の常緑小高木「かくれみの(三津野柏)」か。
雄朝嬬稚子宿祢天皇 第十九代允恭天皇
甲午朔庚子 七日
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]近江大津宮御宇天皇代 [天命開別天皇 謚曰天智天皇] / 天皇賜鏡王女御歌一首
#[原文]妹之家毛 継而見麻思乎 山跡有 大嶋嶺尓 家母有猿尾 [一云 妹之當継而毛見武尓] [一云 家居麻之乎]
#[訓読]妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを]
#[仮名],いもがいへも,つぎてみましを,やまとなる,おほしまのねに,いへもあらましを,[いもがあたり,つぎてもみむに][いへをらましを]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:天智天皇,鏡王女,見る,国見,異伝,贈答,歌垣,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]妹の家も続いて見ようものなのに。大和の大島の嶺に家もあればよいのに。
#{語釈]
鏡王女 未詳
舒明天皇皇女または皇孫 押坂内陵
額田王の姉
興福寺縁起 後に藤原鎌足の正妻。不比等を生む。
大島の嶺 生駒山から南につながる高安山系
#[説明]
難波朝での頃の歌か。中大兄時代のもの。
#[関連論文]
#[題詞]鏡王女奉和御歌一首
#[原文]秋山之 樹下隠 逝水乃 吾許曽益目 御念従者
#[訓読]秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ御思ひよりは
#[仮名],あきやまの,このしたがくり,ゆくみづの,われこそまさめ,みおもひよりは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:鏡王女,和,天智,贈答,歌垣,奈良,女歌
#[訓異]
#[大意]秋の山の木の下を人知らず隠って流れて行く水ではないが、自分こそが勝っているよ。あなたの御思いよりは
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]内大臣藤原卿娉鏡王女時鏡王女贈内大臣歌一首
#[原文]玉匣 覆乎安美 開而行者 君名者雖有 吾名之惜<裳>
#[訓読]玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも
#[仮名],たまくしげ,おほふをやすみ,あけていなば,きみがなはあれど,わがなしをしも
#[左注]
#[校異]毛 -> 裳 [元][金][紀]
#[鄣W],相聞,恋愛,作者:鏡王女,藤原鎌足,娉,名前,贈答,歌垣,比喩
#[訓異]
#[大意]玉櫛笥は蓋で覆うのはいつでも出来るとそのまま開けたままのように、夜が明けてお帰りになったならば、人目についても、あなたの名前はあろうが自分の名前が惜しいことだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]内大臣藤原卿報贈鏡王女歌一首
#[原文]玉匣 将見圓山乃 狭名葛 佐不寐者遂尓 有勝麻之<自> [玉匣 三室戸山乃]
#[訓読]玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ [玉くしげ三室戸山の]
#[仮名],たまくしげ,みむろのやまの,さなかづら,さねずはつひに,ありかつましじ,[たまくしげ,みむろとやまの]
#[左注]
#[校異]目 -> 自 [元][類]
#[鄣W],相聞,恋愛,作者:藤原鎌足,鏡王女,贈答,異伝,歌垣,枕詞,地名,植物,序詞
#[訓異]
#[大意]玉櫛笥を開けて見るその「見」の三室の山のさな葛ではないが、寝ないのではあなたがいられないでしょう。
#{語釈]
将見圓山 三輪山 三室は神霊の宿る場所
さな葛 モクレン科の蔓性植物 ビナン葛か。
有りかつましじ かつ 出来ない、むずかしい あっては出来ないでしょうの意味
寝ないではがまん出来ないでしょう
#[説明]
人目やうわさが気になると言っている鏡王女に対して、共寝をしない(うわさの原因を作る)とがまん出来ないのはあなたでしょうとやり返している。
#[関連論文]
#[題詞]内大臣藤原卿娶釆女安見<兒>時作歌一首
#[原文]吾者毛也 安見兒得有 皆人乃 得難尓為云 安見兒衣多利
#[訓読]我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり
#[仮名],われはもや,やすみこえたり,みなひとの,えかてにすとふ,やすみこえたり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:藤原鎌足,安見児,采女,娶,宴席,歌謡,即興的,口誦
#[訓異]
#[大意]
自分はまあ安見児が手に入った。人はみんな手に入れることは出来ないという安見児が手に入った
#{語釈]
安見児 伝未詳。天皇からの許しがあった。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]久米禅師娉石川郎女時歌五首
#[原文]水薦苅 信濃乃真弓 吾引者 宇真人<佐>備而 不欲常将言可聞 [禅師]
#[訓読]み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも [禅師]
#[仮名],みこもかる,しなぬのまゆみ,わがひかば,うまひとさびて,いなといはむかも
#[左注]
#[校異]作 -> 佐 [元][金][類]
#[鄣W],相聞,作者:久米禅師,石川郎女,歌垣,求婚,掛け合い歌,枕詞,比喩
#[訓異]
#[大意]み薦刈る信濃の真弓を自分が引くと、あなたは貴人ぶっていやだと言うでしょうか
#{語釈]
米禅師 伝未詳
石川郎女 伝未詳。何人かはいるが、すべて別人
み薦刈る 信濃の枕詞
真弓 檀。弓の産地
貴人さびて 貴人ぶって
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]三薦苅 信濃乃真弓 不引為而 強<佐>留行事乎 知跡言莫君二 [郎女]
#[訓読]み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに [郎女]
#[仮名],みこもかる,しなぬのまゆみ,ひかずして,しひさるわざを,しるといはなくに
#[左注]
#[校異]作 -> 佐 [元][金][類]
#[鄣W],相聞,作者:石川郎女,久米禅師,歌垣,拒否,掛け合い歌,比喩,枕詞
#[訓異]
#[大意]み薦刈る信濃の真弓を引きもしないで、強引に誘う(弦を取り付ける)という方法を知っていると言わないことなのに。(言いませんよ)
#{語釈]
強<佐>留行事乎 しいさるわざ 強引に誘うこと
代匠記、考 強は弦の誤り 弦作留 おはくる 弦を張る
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]梓弓 引者随意 依目友 後心乎 知勝奴鴨 [郎女]
#[訓読]梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも [郎女]
#[仮名],あづさゆみ,ひかばまにまに,よらめども,のちのこころを,しりかてぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:石川郎女,久米禅師,歌垣,掛け合い歌,比喩
#[訓異]
#[大意]梓弓ではないが引くのにまかせて身を寄せるだろうが、後々の気持ちを知ることができかねることだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]梓弓 都良絃取波氣 引人者 後心乎 知人曽引 [禅師]
#[訓読]梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く [禅師]
#[仮名],あづさゆみ,つらをとりはけ,ひくひとは,のちのこころを,しるひとぞひく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:久米禅師,石川郎女,歌垣,掛け合い歌,比喩
#[訓異]
#[大意]梓弓に弦を取り付けて引く人は後々の気持ちも知っている人が引くのです
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]東人之 荷向篋乃 荷之緒尓毛 妹情尓 乗尓家留香問 [禅師]
#[訓読]東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師]
#[仮名],あづまひとの,のさきのはこの,にのをにも,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注]
#[校異]問 [元][類] 聞
#[鄣W],相聞,作者:久米禅師,石川郎女,歌垣,掛け合い歌,序詞
#[訓異]
#[大意]東国の人が奉る貢ぎの初物の箱の紐が固く結ばれているように固く妹の心に乗ってしまったことであるよ
#{語釈]
東人の 歌の最初が信濃であるために意識している
荷前 毎年の貢ぎ物の初物
箱の荷の緒 固く結んでいる
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]大伴宿祢娉巨勢郎女時歌一首 [大伴宿祢諱曰安麻呂也難波朝右大臣大紫大伴長徳卿之第六子平城朝任大納言兼大将軍薨也]
#[原文]玉葛 實不成樹尓波 千磐破 神曽著常云 不成樹別尓
#[訓読]玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに
#[仮名],たまかづら,みならぬきには,ちはやぶる,かみぞつくといふ,ならぬきごとに
#[左注]
#[校異]磐 [元][類] 盤
#[鄣W],相聞,作者:大伴安麻呂,巨勢郎女,掛け合い歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]玉葛の実ではないが、実のならない木には恐ろしい神がとり憑くと言いますよ。実のならない木ごとに。
#{語釈]
大伴宿祢 細注にあるように大伴安麻呂。旅人の父。
和銅7年5月 薨去 大納言兼大将軍
巨勢郎女 田主の母 126~8
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]巨勢郎女報贈歌一首 [即近江朝大納言巨勢人卿之女也]
#[原文]玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎
#[訓読]玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我れ恋ひ思ふを
#[仮名],たまかづら,はなのみさきて,ならずあるは,たがこひにあらめ,あはこひもふを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:巨勢郎女,大伴安麻呂,掛け合い歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]玉葛の花ばかり咲いて実がならないのは、誰の恋でしょうか。自分は恋い思っているのに。
#{語釈]
巨勢人卿 比等 比登 天智10年御史大夫(中納言)
壬申の乱で近江朝の将。乱後、子孫とともに配流
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]明日香清御原宮御宇天皇代 [天渟<中>原瀛真人天皇謚曰天武天皇] / 天皇賜藤原夫人御歌一首
#[原文]吾里尓 大雪落有 大原乃 古尓之郷尓 落巻者後
#[訓読]我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後
#[仮名],わがさとに,おほゆきふれり,おほはらの,ふりにしさとに,ふらまくはのち
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:天武天皇,藤原夫人,贈答,掛け合い歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]我が里に大雪が降った。大原の古ぼけた里に降るのは時間の問題だろう。
#{語釈]
藤原夫人 鎌足の娘 五百重娘。新田部皇子の母
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]藤原夫人奉和歌一首
#[原文]吾岡之 於可美尓言而 令落 雪之摧之 彼所尓塵家武
#[訓読]我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ
#[仮名],わがをかの,おかみにいひて,ふらしめし,ゆきのくだけし,そこにちりけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:藤原夫人,天武天皇,贈答,掛け合い歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]我が岡の水の神に言って降らせた雪が砕けたのがそこに散ったのでしょうね。
#{語釈]
おかみ 水を司る龍神
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]藤原宮御宇天皇<代> [天皇謚曰持統天皇元年丁亥十一年譲位軽太子尊号曰太上天皇也] / 大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首
#[原文]吾勢(I)乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之
#[訓読]我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし
#[仮名],わがせこを,やまとへやると,さよふけて,あかときつゆに,われたちぬれし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大伯皇女,大津皇子,伊勢神宮,悲劇,歌語り,斎宮,見送り,羈旅,三重,地名
#[訓異]
#[大意]我が背子を大和へ帰すとしているとすっかり夜更けになって明け方の露に自分は立ち濡れたことである
#{語釈]
#[説明]
日本書紀の記事
#[関連論文]
#[題詞](大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首)
#[原文]二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武
#[訓読]ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ
#[仮名],ふたりゆけど,ゆきすぎかたき,あきやまを,いかにかきみが,ひとりこゆらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大伯皇女,大津皇子,伊勢神宮,悲劇,歌語り,斎宮,見送り,羈旅,三重,地名
#[訓異]
#[大意]二人で行くってもなかなか通り過ぎることが出来ない秋の山をどのようにあなたが独りで越えているのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0107
#[題詞]大津皇子贈石川郎女御歌一首
#[原文]足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所<沾> 山之四附二
#[訓読]あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに
#[仮名],あしひきの,やまのしづくに,いもまつと,われたちぬれぬ,やまのしづくに
#[左注]
#[校異]沽 -> 沾 [金][細][京]
#[鄣W],相聞,作者:大津皇子,石川郎女,歌垣,掛け合い歌,歌語り,枕詞
#[訓異]
#[大意]あしひきの山のしづくの中で妹をひたすら待っていると自分はすっかり濡れてしまったことであるよ。山のしづくに。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0108
#[題詞]石川郎女奉和歌一首
#[原文]吾乎待跡 君之<沾>計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
#[訓読]我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを
#[仮名],あをまつと,きみがぬれけむ,あしひきの,やまのしづくに,ならましものを
#[左注]
#[校異]沽 -> 沾 [金][細][京]
#[鄣W],相聞,作者:石川郎女,大津皇子,歌垣,掛け合い歌,歌語り,枕詞
#[訓異]
#[大意]自分を待つとしてあなたが濡れたあしひきの山のしづくになればよかったはねぇ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0109
#[題詞]大津皇子竊婚石川女郎時津守連通占露其事皇子御作歌一首 <[未詳]>
#[原文]大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之
#[訓読]大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し
#[仮名],おほぶねの,つもりがうらに,のらむとは,まさしにしりて,わがふたりねし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大津皇子,石川郎女,津守通,占い,歌語り,枕詞
#[訓異]
#[大意]大船が泊まる港である津。その津守の占いに出ようとは、そんなことはとっくに知って自分は二人で寝たのだ。
#{語釈]
津守連通 和銅7年正月従五位下。養老五年正月陰陽道の達人として表彰。
時代が合わない。大津皇子事件は686 和銅7年は714年 28年の開きがある
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0110
#[題詞]日並皇子尊贈賜石川女郎御歌一首 [女郎字曰大名兒也]
#[原文]大名兒 彼方野邊尓 苅草乃 束之間毛 吾忘目八
#[訓読]大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや
#[仮名],おほなこを,をちかたのへに,かるかやの,つかのあひだも,われわすれめや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:日並皇子:草壁皇子,石川郎女,大津皇子,大名兒,歌語り,序詞,植物
#[訓異]
#[大意]大名兒よ。あちらこちらの野辺で苅る草を束ねた束のわずかな隙間のようにそのようなわずかな間も自分は忘れていようか。
#{語釈]
大名兒 石川郎女のこと
#[説明]
関連歌 大津皇子自傷歌 03/416 大来皇女追悼 02/163~166
一連の歌物語があったか。
#[関連論文]
#[番号]02/0111
#[題詞]幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首
#[原文]古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 <鳴><濟>遊久
#[訓読]いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く
#[仮名],いにしへに,こふるとりかも,ゆづるはの,みゐのうへより,なきわたりゆく
#[左注]
#[校異]<> -> 鳴 [西(右書)][元][金] / 渡 -> 濟 [元][金]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,額田王,懐古,動物,贈答,吉野,行幸,動物,植物,持統
#[訓異]
#[大意]昔の時代を恋い思う鳥なのだろうか。弓絃葉の御井のほとりから鳴き渡って行くよ。
#{語釈]
弓絃葉 トウダイグサ科の常緑高木 ゆずり葉
御井 常緑樹である弓絃葉が生えていることで、神祭りの折の聖水を取る井戸
そこから鳴いて飛ぶ鳥であるので、天武の魂を運ぶ霊鳥と考えている。
#[説明]
弓削皇子と額田王 持統時代の不遇の弓削皇子
#[関連論文]
#[番号]02/0112
#[題詞]額田王奉和歌一首 [従倭京進入]
#[原文]古尓 戀良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾<念>流<碁>騰
#[訓読]いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと
#[仮名],いにしへに,こふらむとりは,ほととぎす,けだしやなきし,あがもへるごと
#[左注]
#[校異]戀 -> 念 [元][金][類][紀] / 其 -> 碁 [紀]
#[鄣W],相聞,作者:額田王,弓削皇子,贈答,懐古,吉野,行幸,動物,持統
#[訓異]
#[大意]昔のことを恋い思っている鳥はほととぎすでしょう。たぶん鳴いていたのでしょう。自分が思っているように
#{語釈]
ほととぎす 蜀魂亡帝の故事のように、天武天皇の再現と見るか。
望帝杜宇は長江の氾濫に悩まされたが、それを治める男が出現、彼は宰相(帝王、補佐)に抜てきされた。 やがて望帝から帝位を譲られ、叢帝となり、望帝は山中に隠棲した。実は、望帝が叢帝の妻と親密になったのがばれたので望帝は隠棲したともいわれる。
望帝杜宇は死ぬと、その霊魂はホトトギスに化身した。そして、杜宇が得意とした農耕を始める季節゜(春~初夏)が来ると、そのことを民に告げるため、杜宇の魂化身ホトトギスは鋭く鳴くようになったという。 月日は流れて、蜀は秦(中国初の古代統一国家。始皇帝が建国)に攻め滅ぼされた。それを知った杜宇ホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。帰ることが出来ない。)と鳴きながら血を吐いた。ホトトギスの口が赤いのはそのためだ。
#[説明]
額田王も天武時代をなつかしがっている
#[関連論文]
#[番号]02/0113
#[題詞]従吉野折取蘿生松柯遣時額田王奉入歌一首
#[原文]三吉野乃 玉松之枝者 波思吉香聞 君之御言乎 持而加欲波久
#[訓読]み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく
#[仮名],みよしのの,たままつがえは,はしきかも,きみがみことを,もちてかよはく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:額田王,弓削皇子,吉野,行幸,地名,植物,持統
#[訓異]
#[大意]み吉野の美しい松の枝はうらやましいことだ。あなたの言葉を持ってここに通ってくることを
#{語釈]
蘿生松柯 苔の生えた松の枝
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0114
#[題詞]但馬皇女在高市皇子宮時思穂積皇子御作歌一首
#[原文]秋田之 穂向乃所縁 異所縁 君尓因奈名 事痛有登母
#[訓読]秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも
#[仮名],あきのたの,ほむきのよれる,かたよりに,きみによりなな,こちたくありとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:但馬皇女,穂積皇子,恋愛,歌語り,高市皇子,植物
#[訓異]
#[大意]
秋の田の稲穂が一定の方向を向いているように自分の心はすべてあなたの方向に寄ってしまいたい。たとえ噂がひどくあったとしても
#{語釈]
但馬皇女 天武天皇皇女 母は藤原鎌足の娘人氷上娘
穂積皇子 天武天皇第8皇子
寄りなな 完了「ぬ」の未然形+願望の終助詞「な」
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0115
#[題詞]勅穂積皇子遣近江志賀山寺時但馬皇女御作歌一首
#[原文]遺居<而> 戀管不有者 追及武 道之阿廻尓 標結吾勢
#[訓読]後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背
#[仮名],おくれゐて,こひつつあらずは,おひしかむ,みちのくまみに,しめゆへわがせ
#[左注]
#[校異]与 -> 而 [元][類][紀]
#[鄣W],相聞,作者:但馬皇女,穂積皇子,恋愛,歌語り
#[訓異]
#[大意]後に残っていて恋い続けているよりは後を追って追いつこう。道の曲がり角毎に印を付けてください。我が背よ。
#{語釈]
近江志賀山寺 崇福寺 天智天皇建立
悔過の法会 人麻呂近江荒都もこの時か。01/0029
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0116
#[題詞]但馬皇女在高市皇子宮時竊接穂積皇子事既形而御作<歌>一首
#[原文]人事乎 繁美許知痛美 己世尓 未渡 朝川渡
#[訓読]人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る
#[仮名],ひとごとを,しげみこちたみ,おのがよに,いまだわたらぬ,あさかはわたる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:但馬皇女,穂積皇子,恋愛,密通,歌語り,川渡り,うわさ,人言
#[訓異]
#[大意]人のうわさが多くてひどいので、自分のこの世にまだ渡ったことのない朝の河渡りをすることだ
#{語釈]
朝川渡る 恋いの河渡り 傷害になることの喩え
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0117
#[題詞]舎人皇子御歌一首
#[原文]大夫哉 片戀将為跡 嘆友 鬼乃益卜雄 尚戀二家里
#[訓読]ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり
#[仮名],ますらをや,かたこひせむと,なげけども,しこのますらを,なほこひにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:舎人皇子,大夫,恋愛
#[訓異]
#[大意]大夫たるものが片思いの恋いをするだろうかと嘆くけれども、醜い大夫はそれでも恋い思っていることだ
#{語釈]
舎人皇子 天武天皇第6皇子
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0118
#[題詞]舎人娘子奉和歌一首
#[原文]<嘆>管 大夫之 戀礼許曽 吾髪結乃 漬而奴礼計礼
#[訓読]嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ
#[仮名],なげきつつ,ますらをのこの,こふれこそ,わがかみゆひの,ひちてぬれけれ
#[左注]
#[校異]歎 -> 嘆 [元][金] / 髪結 [元] 結髪
#[鄣W],相聞,作者:舎人娘子,大夫,恋愛
#[訓異]
#[大意]嘆き続けても大夫男が来い思うからだろうか、自分の結んである髪がびしょびしょに濡れてしまうのだろうか
#{語釈]
舎人娘子 伝未詳 乳母子か。
我が髪結ひの漬ちてぬれけれ あなたの嘆きが霧となって、自分の髪を濡らし、ほどける
05/0799 山上憶良
3/0370H01雨降らずとの曇る夜のぬるぬると恋ひつつ居りき君待ちがてり
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0119
#[題詞]弓削皇子思紀皇女御歌四首
#[原文]芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢<濃>香問
#[訓読]吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも
#[仮名],よしのかは,ゆくせのはやみ,しましくも,よどむことなく,ありこせぬかも
#[左注]
#[校異]流 -> 濃 [西(右書)][元][金][紀] / 問 [類][古][紀] 聞
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋愛,恋の停滞,地名
#[訓異]
#[大意]吉野川の流れる瀬が速いのでちょっとの間も淀んでいることはない。そのように二人の仲も停滞することなくあって欲しいものだ
#{語釈]
弓削皇子 天武天皇皇子 長皇子の同母弟
紀皇女 天武天皇皇女 穂積皇子の同母妹
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0120
#[題詞](弓削皇子思紀皇女御歌四首)
#[原文]吾妹兒尓 戀乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾
#[訓読]我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを
#[仮名],わぎもこに,こひつつあらずは,あきはぎの,さきてちりぬる,はなにあらましを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋歌,磐姫皇后歌,反実仮想,散る花,植物
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い思ってはいずに秋萩のように咲いて散ってしまう花であればよいのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0121
#[題詞](弓削皇子思紀皇女御歌四首)
#[原文]暮去者 塩満来奈武 住吉乃 淺鹿乃浦尓 玉藻苅手名
#[訓読]夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな
#[仮名],ゆふさらば,しほみちきなむ,すみのえの,あさかのうらに,たまもかりてな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋歌,玉藻刈り,比喩,地名,植物
#[訓異]
#[大意]夕方になると潮が満ちて来るであろう住吉の浅香の浦で玉藻を苅ろうよ
#{語釈]
浅香の浦 大阪南部から堺にかけての海岸
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0122
#[題詞](弓削皇子思紀皇女御歌四首)
#[原文]大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓
#[訓読]大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に
#[仮名],おほぶねの,はつるとまりの,たゆたひに,ものもひやせぬ,ひとのこゆゑに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋歌
#[訓異]
#[大意]大きな船が停泊する港の水がゆらゆらしているように、そのように恋いが停滞して物思いをして痩せてしまった。人間の子であるから
#{語釈]
人の子故に 人は妹のことを指すのか、自分自身を指すのかは不明
妹だとすると、あなたのためにということになる
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0123
#[題詞]三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首
#[原文]多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香 [三方沙弥]
#[訓読]たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥]
#[仮名],たけばぬれ,たかねばながき,いもがかみ,このころみぬに,かきいれつらむか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:三方沙弥,園臣生羽女,恋歌,心配
#[訓異]
#[大意]掻き上げて結ぶとずるずるとほどけ、結ばなければ長い妹の髪は、この頃会っていないが誰かが髪上げをして、掻き上げているのだろうか
#{語釈]
三方沙弥 伝未詳。沙弥は仏門の入門者。出家僧が娘と婚姻するはずはないので、出家した後の名前であろう。
娶園臣生羽之女 伝未詳。
たけばぬれ たくは、髪を結んで上げること。ぬれは、ほどける。まだ結ぶには短いことを言う
かきいれつらむ 髪を掻き上げているだろうか 誰か他の男の手によって髪上げをしているだろうかという不安
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0124
#[題詞](三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首)
#[原文]人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母 [娘子]
#[訓読]人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも [娘子]
#[仮名],ひとみなは,いまはながしと,たけといへど,きみがみしかみ,みだれたりとも
#[左注]
#[校異]皆者 [元][紀] 者皆
#[鄣W],相聞,作者:園生羽女,三方沙弥,恋歌,なぐさめ,安心
#[訓異]
#[大意]人まみんな今はもう長い。書き上げろと言うが、あなたが見た髪であるのだらかたとえ乱れているとしても(そのままにしてあります。あなた以外には書き上げる人はいませんよ)
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0125
#[題詞](三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首)
#[原文]橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而 [三方沙弥]
#[訓読]橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥]
#[仮名],たちばなの,かげふむみちの,やちまたに,ものをぞおもふ,いもにあはずして
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:三方沙弥,物思い,植物
#[訓異]
#[大意]橘の影を踏む道のその八方に分かれる衢でもの思いをする。妹に会わないで。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0126
#[題詞]石川女郎贈大伴宿祢田主歌一首 [即佐保大納言大伴卿<之>第二子 母曰巨勢朝臣也]
#[原文]遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曽能風流士
#[訓読]風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士
#[仮名],みやびをと,われはきけるを,やどかさず,われをかへせり,おそのみやびを
#[左注]大伴田主字曰仲郎 容姿佳艶風流秀絶 見人聞者靡不歎息也 時有石川女郎 自成雙栖之感恒悲獨守之難 意欲寄書未逢良信 爰作方便而似賎嫗 己提堝子而到寝側 哽音蹢足叩戸諮曰 東隣貧女将取火来矣 於是仲郎 暗裏非識冒隠之形 慮外不堪拘接之計 任念取火就跡歸去也 明後女郎 既恥自媒之可愧 復恨心契之弗果 因作斯歌以贈謔<戯>焉
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:石川女郎,大伴田主,贈答,掛け合い,歌語り
#[訓異]
#[大意]風雅を解する人だと自分は聞いていたが、宿を貸さないで自分を帰してしまった。偽物の風流士だこと
#{語釈]
石川女郎 107~110の石川郎女と同一人か。
大伴宿祢田主 大伴安麻呂と巨勢郎女の間の子。旅人の異母弟
風流士 みやびを 教養の高い風雅の士
左注
大伴田主は字を仲郎と曰ふ。 容姿佳艶(きらきら)しく、風流秀絶たり。見る人、聞く者、嘆息せざるは靡(な)し。時に石川女郎有り。自ら雙栖の感を成し、恒に獨守の難きを悲しぶ。意に書を寄せむと欲せども未だ良信に逢はず。爰に方便を作して賎嫗に似せ、己れ堝子を提げて寝側に到り、 哽音蹢足して叩ち戸を諮きて曰く、東隣の貧女、将に火を取らむとして来たる。是に仲郎、暗裏に冒隠の形を識るに非らず。慮外拘接之計に堪へず、念(おも)ひに任せて火を取らせて跡に就きて歸り去らしむ。明後(あくるのち)女郎、既に自媒の愧づ可きを恥じ、復た心契の弗果(みの)らぬことを恨む。因りて斯の歌を作り以て謔戯を贈る
東隣の貧女 司馬相如 美人賦
拘接之計 相手を引き留めて交わること
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0127
#[題詞]大伴宿祢田主報贈<歌>一首
#[原文]遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曽 風流士者有
#[訓読]風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある
#[仮名],みやびをに,われはありけり,やどかさず,かへししわれぞ,みやびをにはある
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大伴田主,石川女郎,贈答,掛け合い,歌語り
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
#[説明]風流士で自分はあることだ。宿を貸さないで帰した自分こそ風流士である。
#[関連論文]
#[番号]02/0128
#[題詞]同石川女郎更贈大伴田主中郎歌一首
#[原文]吾聞之 耳尓好似 葦若<末>乃 足痛吾勢 勤多扶倍思
#[訓読]我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし
#[仮名],わがききし,みみによくにる,あしのうれの,あしひくわがせ,つとめたぶべし
#[左注]右依中郎足疾贈此歌問訊也
#[校異]未 -> 末 [万葉考]
#[鄣W],相聞,作者:石川女郎,大伴田主,贈答,掛け合い,歌語り,植物
#[訓異]
#[大意]自分が聞いていたとおりの葦の葉先のようななよなよと足を引く我が背よ。お大事に。
#{語釈]
左注 右、中郎の足の疾に依りて此の歌を贈り問ひ訊ぬる也
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0129
#[題詞]大<津>皇子宮侍石川女郎贈大伴宿祢宿奈麻呂歌一首 [女郎字曰山田郎女也宿奈麻呂宿祢者大納言兼大将軍卿之第三子也]
#[原文]古之 嫗尓為而也 如此許 戀尓将沈 如手童兒 [戀乎<大>尓忍金手武多和良波乃如]
#[訓読]古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと [恋をだに忍びかねてむ手童のごと]
#[仮名],ふりにし,おみなにしてや,かくばかり,こひにしづまむ,たわらはのごと,[こひをだに,しのびかねてむ,たわらはのごと]
#[左注]
#[校異]伴 -> 津 [元][古][紀] / 大 [紀][温][矢] 太
#[鄣W],相聞,作者:石川女郎,大伴宿奈麻呂,大津皇子,山田郎女,恋歌,恋情
#[訓異]
#[大意]年老いた老婆であるのに、このように恋に沈んでしまうのだろうか。子どものように[恋ごときに耐えかねているのだろうか。子どものように]
#{語釈]
大<津>皇子宮侍石川女郎 大津皇子の侍女 大名児とは別人
大伴宿祢宿奈麻呂 大伴安麻呂の子ども
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0130
#[題詞]長皇子与皇弟御歌一首
#[原文]丹生乃河 瀬者不渡而 由久遊久登 戀痛吾弟 乞通来祢
#[訓読]丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね
#[仮名],にふのかは,せはわたらずて,ゆくゆくと,こひたしわがせ,いでかよひこね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:長皇子,弓削皇子,弟,恋情,川渡り,同性,恋歌,地名,贈答
#[訓異]
#[大意]丹生の川の早瀬は渡らないで滞りなく、ひどく恋い思う我が背よ。さあ通ってきてください
#{語釈]
丹生の川 吉野の丹生川を指すか。
ゆくゆくと ずんずんと 滞りなく
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]02/0131
#[題詞]柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌]
#[原文]石見乃海 角乃浦廻乎 浦無等 人社見良目 滷無等 [一云 礒無登] 人社見良目 能咲八師 浦者無友 縦畫屋師 滷者 [一云 礒者] 無鞆 鯨魚取 海邊乎指而 和多豆乃 荒礒乃上尓 香青生 玉藻息津藻 朝羽振 風社依米 夕羽振流 浪社来縁 浪之共 彼縁此依 玉藻成 依宿之妹乎 [一云 波之伎余思 妹之手本乎] 露霜乃 置而之来者 此道乃 八十隈毎 萬段 顧為騰 弥遠尓 里者放奴 益高尓 山毛越来奴 夏草之 念思奈要而 志<怒>布良武 妹之門将見 靡此山
#[訓読]石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと [一云 礒なしと] 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は [一云 礒は] なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を [一云 はしきよし 妹が手本を] 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山
#[仮名],いはみのうみ,つののうらみを,うらなしと,ひとこそみらめ,かたなしと,[いそなしと],ひとこそみらめ,よしゑやし,うらはなくとも,よしゑやし,かたは,[いそは],なくとも,いさなとり,うみへをさして,にきたづの,ありそのうへに,かあをなる,たまもおきつも,あさはふる,かぜこそよせめ,ゆふはふる,なみこそきよれ,なみのむた,かよりかくより,たまもなす,よりねしいもを,[はしきよし,いもがたもとを],つゆしもの,おきてしくれば,このみちの,やそくまごとに,よろづたび,かへりみすれど,いやとほに,さとはさかりぬ,いやたかに,やまもこえきぬ,なつくさの,おもひしなえて,しのふらむ,いもがかどみむ,なびけこのやま
#[左注]
#[校異]奴 -> 怒 [元][紀][温]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,枕詞,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の海の角の浦のめぐりはよい浦がないと人は見るだろう。よい干潟がないと[磯はない]と人は見るだろう。たとえよい浦はなくとも、たとえよい干潟は[磯は]なくとも、鯨魚を捕る海辺を指して、よい田のある津の荒磯のあたりに青々とした美しい藻や沖の藻に朝に鳥が羽ばたいて起きるような風が寄せて来るだろう。夕方になると波がやって来るだろう。その波と共にあちらによりこちらに寄り、玉藻のように寄って寝た妹を[いとしい妹の袂を]、露や霜のように置いて来たので、この道の多くの曲がり角ごとに何度も振り返り見るけれども、ますます遠く里は離れた。ますます高く山も越えて来た。夏草のように思いしおれて自分のことを偲んでいるだろう妹の門を見よう。靡けよ。この山よ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首
#[原文]石見乃也 高角山之 木際従 我振袖乎 妹見都良武香
#[訓読]石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
#[仮名],いはみのや,たかつのやまの,このまより,わがふるそでを,いもみつらむか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の高角山の木の間より自分が振る袖を妹は見ているだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首)
#[原文]小竹之葉者 三山毛清尓 乱友 吾者妹思 別来礼婆
#[訓読]笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば
#[仮名],ささのはは,みやまもさやに,さやげども,われはいもおもふ,わかれきぬれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,悲別
#[訓異]
#[大意]笹の葉は、み山にもさやさやとさやいでいるけれども、自分は妹のことを思う。別れてきたので
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])或本反歌曰
#[原文]石見尓有 高角山乃 木間従文 吾袂振乎 妹見監鴨
#[訓読]石見なる高角山の木の間ゆも我が袖振るを妹見けむかも
#[仮名],いはみなる,たかつのやまの,このまゆも,わがそでふるを,いもみけむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,異伝,推敲,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]石見にある高角山の木の間からも自分が振る袖を妹は見ていただろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])
#[原文]角<障>經 石見之海乃 言佐敝久 辛乃埼有 伊久里尓曽 深海松生流 荒礒尓曽 玉藻者生流 玉藻成 靡寐之兒乎 深海松乃 深目手思騰 左宿夜者 幾毛不有 延都多乃 別之来者 肝向 心乎痛 念乍 顧為騰 大舟之 渡乃山之 黄葉乃 散之乱尓 妹袖 清尓毛不見 嬬隠有 屋上乃 [一云 室上山] 山乃 自雲間 渡相月乃 雖惜 隠比来者 天傳 入日刺奴礼 大夫跡 念有吾毛 敷妙乃 衣袖者 通而<沾>奴
#[訓読]つのさはふ 石見の海の 言さへく 唐の崎なる 海石にぞ 深海松生ふる 荒礒にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は 幾だもあらず 延ふ蔦の 別れし来れば 肝向ふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど 大船の 渡の山の 黄葉の 散りの乱ひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の [一云 室上山] 山の 雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる我れも 敷栲の 衣の袖は 通りて濡れぬ
#[仮名],つのさはふ,いはみのうみの,ことさへく,からのさきなる,いくりにぞ,ふかみるおふる,ありそにぞ,たまもはおふる,たまもなす,なびきねしこを,ふかみるの,ふかめておもへど,さねしよは,いくだもあらず,はふつたの,わかれしくれば,きもむかふ,こころをいたみ,おもひつつ,かへりみすれど,おほぶねの,わたりのやまの,もみちばの,ちりのまがひに,いもがそで,さやにもみえず,つまごもる,やかみの,[むろかみやま],やまの,くもまより,わたらふつきの,をしけども,かくらひくれば,あまづたふ,いりひさしぬれ,ますらをと,おもへるわれも,しきたへの,ころものそでは,とほりてぬれぬ
#[左注]
#[校異]鄣 -> 障 [元][金][紀] / 沽 -> 沾 [金][温][京]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,枕詞,悲別
#[訓異]
#[大意]つのさはふ石見の海の言葉が通じない韓ではないが韓の埼にある暗礁に海底深い海松が生えている。荒磯には玉藻は生えている。その玉藻のように靡いて共寝をしたあの子を海松が海底深く生えるように心を深く恋い思うが、共寝をした夜はいくらもない。這っている蔦のように別れて来たので、肝が向かう心が痛いので、恋い思い続けて振り返りみると、大船が渡るという渡の山の黄葉の散り乱れる中で妹の袖ははっきりとも見えない。妻が隠る家である屋上の山[一云 室上山]の雲の間より渡っていく突きのように名残惜しいけれども、次第に隠れて来るので、天を伝わる入り日が指して来るので、大夫と思っている自分も敷栲の衣の袖は涙で通って濡れたことだ。
#{語釈]
つのさはふ 「つの」は萌えだした芽 「さはふ」は障ふで、芽の成長の傷害となる岩の意味で「いは」にかかる。
唐の崎 江津市波子町大崎鼻あたりか。千畳敷の韓島とも。
海石 海中の暗礁
海松 ミル 藻
渡の山 所在未詳 江の川に渡津という地名がある
屋上の山 江津市の室上山(島星山)か
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首
#[原文]青駒之 足掻乎速 雲居曽 妹之當乎 過而来計類 [一云 當者隠来計留]
#[訓読]青駒が足掻きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける [一云 あたりは隠り来にける]
#[仮名],あをこまが,あがきをはやみ,くもゐにぞ,いもがあたりを,すぎてきにける,[あたりは,かくりきにける]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]白馬の足掻きが早いので雲居はるかに妹のあたりを過ぎてやって来たことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首)
#[原文]秋山尓 落黄葉 須臾者 勿散乱曽 妹之<當>将見 [一云 知里勿乱曽]
#[訓読]秋山に落つる黄葉しましくはな散り乱ひそ妹があたり見む [一云 散りな乱ひそ]
#[仮名],あきやまに,おつるもみちば,しましくは,なちりまがひそ,いもがあたりみむ,[ちりなまがひそ]
#[左注]
#[校異]雷 -> 當 [元][類]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,植物,悲別
#[訓異]
#[大意]秋の山に落ちる黄葉はしばらくは散り乱れるなよ。妹のあたりを見ようから
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])或本歌一首[并短歌]
#[原文]石見之海 津乃浦乎無美 浦無跡 人社見良米 滷無跡 人社見良目 吉咲八師 浦者雖無 縦恵夜思 潟者雖無 勇魚取 海邊乎指而 柔田津乃 荒礒之上尓 蚊青生 玉藻息都藻 明来者 浪己曽来依 夕去者 風己曽来依 浪之共 彼依此依 玉藻成 靡吾宿之 敷妙之 妹之手本乎 露霜乃 置而之来者 此道之 八十隈毎 萬段 顧雖為 弥遠尓 里放来奴 益高尓 山毛超来奴 早敷屋師 吾嬬乃兒我 夏草乃 思志萎而 将嘆 角里将見 靡此山
#[訓読]石見の海 津の浦をなみ 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 明け来れば 波こそ来寄れ 夕されば 風こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 靡き我が寝し 敷栲の 妹が手本を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里離り来ぬ いや高に 山も越え来ぬ はしきやし 我が妻の子が 夏草の 思ひ萎えて 嘆くらむ 角の里見む 靡けこの山
#[仮名],いはみのうみ,つのうらをなみ,うらなしと,ひとこそみらめ,かたなしと,ひとこそみらめ,よしゑやし,うらはなくとも,よしゑやし,かたはなくとも,いさなとり,うみべをさして,にきたつの,ありそのうへに,かあをなる,たまもおきつも,あけくれば,なみこそきよれ,ゆふされば,かぜこそきよれ,なみのむた,かよりかくより,たまもなす,なびきわがねし,しきたへの,いもがたもとを,つゆしもの,おきてしくれば,このみちの,やそくまごとに,よろづたび,かへりみすれど,いやとほに,さとさかりきぬ,いやたかに,やまもこえきぬ,はしきやし,わがつまのこが,なつくさの,おもひしなえて,なげくらむ,つののさとみむ,なびけこのやま
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,異伝,推敲,島根,地名,枕詞,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の海の津の浦がないのでよい浦はないと人は見るだろう。よい干潟はないと人は見るだろう。たとえよい浦はなくとも、たとえよい干潟はなくとも鯨魚を捕る海辺を指して柔田津の荒磯の上に青い玉藻や海の中の藻に夜が明けてくると波が寄せて来る。夕方になると風が吹いて来る。その波とともにあちらに寄りこちらに寄り玉藻のように靡いて自分が共寝をした敷栲の妹の袂を露や霜のように置いて来たので、この道の多くの曲がり角ごとに何度も振り返り見るが、ますます遠く里は離れて来た。ますます高く山も越えて来た。愛しい我が妻のあの子が夏草のように恋い思ってしおれて嘆いているだろう。角の里を見よう。靡けよ。この山よ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])或本歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]石見之海 打歌山乃 木際従 吾振袖乎 妹将見香
#[訓読]石見の海打歌の山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
#[仮名],いはみのうみ,うつたのやまの,このまより,わがふるそでを,いもみつらむか
#[左注]右歌躰雖同句々相替 因此重載
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,異伝,推敲,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の海打歌の山の木の間より自分が振る袖を妹は見ているだろうか
#{語釈]
打歌の山 所在未詳
#[説明]
推敲説
0138・9 初稿 -> 0131・0134(一云)推敲 ->0135本文・0132・0133
続編を要求される 0136・0137・0138(一云) -> 推敲 0136・0137・0138
人麻呂が石見に地方官人として赴任した時の現地妻との経験をもとにして藤原宮廷で創作した。
同様に地方赴任して現地妻との別れを経験した他の官人たちに評判になる。
続編を要求されて0136以下を詠む。
#[関連論文]
#[題詞]柿本朝臣人麻呂妻依羅娘子与人麻呂相別歌一首
#[原文]勿念跡 君者雖言 相時 何時跡知而加 吾不戀有牟
#[訓読]な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ
#[仮名],なおもひと,きみはいへども,あはむとき,いつとしりてか,あがこひずあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]恋い思うなと人は言うけれども、会う時をいつと知って自分が恋い思わないでいようか
#{語釈]
#[説明]
依羅娘子は、河内渡来系氏族である依羅氏の娘。氏女として宮廷に出仕。
人麻呂の妻として、答える。
持統宮廷での演劇的な所作も伴った別離の歌として披露された。
#[関連論文]
#[題詞]挽歌 / 後岡本宮御宇天皇代 [天豊財重日足姫天皇譲位後即後岡本宮] / 有間皇子自傷結松枝歌二首
#[原文]磐白乃 濱松之枝乎 引結 真幸有者 亦還見武
#[訓読]磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む
#[仮名],いはしろの,はままつがえを,ひきむすび,まさきくあらば,またかへりみむ
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:有間皇子,結び松,自傷,歌語り,謀反,羈旅,鎮魂,和歌山,地名
#[訓異]
#[大意]
磐白の浜松の枝を引き結んで、無事であったならばまた帰って来て見よう。
#{語釈]
磐白 和歌山県日高郡みなべ町岩代 01/0010
#[説明]
有間皇子事件との関連
#[関連論文]
#[題詞](有間皇子自傷結松枝歌二首)
#[原文]家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛
#[訓読]家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
#[仮名],いへにあれば,けにもるいひを,くさまくら,たびにしあれば,しひのはにもる
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:有間皇子,手向け,羈旅,鎮魂,和歌山,地名
#[訓異]
#[大意]家にいると立派な器に盛る飯を草枕の旅であるので椎の葉に盛ることだ
#{語釈]
#[説明]
神饌説と食事説がある。
#[関連論文]
#[題詞]長忌寸意吉麻呂見結松哀咽歌二首
#[原文]磐代乃 <崖>之松枝 将結 人者反而 復将見鴨
#[訓読]磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも
#[仮名],いはしろの,きしのまつがえ,むすびけむ,ひとはかへりて,またみけむかも
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]岸 -> 崖 [金][元][古]
#[鄣W],挽歌,作者:長意吉麻呂,有間皇子,鎮魂,行幸,追悼,結び松,和歌山,地名,植物
#[訓異]
#[大意]磐代の崖の松の枝を結んだ人はまた帰って来てみただろうか
#{語釈]
長忌寸意吉麻呂 持統朝の宮廷歌人
"#[番号]03/0238""#[題詞]長忌寸意吉麻呂應詔歌一首"
"#[番号]03/0265""#[題詞]長忌寸奥麻呂歌一首"
"#[番号]06/0999""#[題詞](春三月幸于難波宮之時歌六首)"
"#[番号]09/1673""#[題詞](大寳元年辛丑冬十月太上天皇大行天皇幸紀伊國時歌十三首)"
"#[番号]16/3824""#[題詞]長忌寸意吉麻呂歌八首"
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](長忌寸意吉麻呂見結松哀咽歌二首)
#[原文]磐代之 野中尓立有 結松 情毛不解 古所念
#[訓読]磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ
#[仮名],いはしろの,のなかにたてる,むすびまつ,こころもとけず,いにしへおもほゆ
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:長意吉麻呂,有間皇子,鎮魂,行幸,追悼,結び松,和歌山,地名,植物
#[訓異]
#[大意]磐白の野の中に立っている結び松よ。心も解けずに昔のことが思われてならない。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]山上臣憶良追和歌一首
#[原文]鳥翔成 有我欲比管 見良目杼母 人社不知 松者知良武
#[訓読]鳥翔成あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ
#[仮名],あまがけり,ありがよひつつ,みらめども,ひとこそしらね,まつはしるらむ
#[左注]右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:山上憶良,追和,長意吉麻呂,有間皇子,結び松,宴席,行幸,難訓,植物
#[訓異]
#[大意]有間皇子の魂は、天をかけって何度も通ってこの結び松を見ているだろうが、人はわからないが松は知っているだろう
#{語釈]
鳥翔成 難訓 天かけり 「鳥羽なす」で鳥の羽のように
見らめども 有間皇子の魂が主語
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]大寶元年辛丑幸于紀伊國時<見>結松歌一首 [柿本朝臣人麻呂歌集中出也]
#[原文]後将見跡 君之結有 磐代乃 子松之宇礼乎 又将見香聞
#[訓読]後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも
#[仮名],のちみむと,きみがむすべる,いはしろの,こまつがうれを,またもみむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,柿本人麻呂歌集,結び松,和歌山,地名,植物
#[訓異]
#[大意]後になって見ようとあなたが結んだ磐白の小松の枝の末をあなたはまた見ただろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]近江大津宮御宇天皇代 [天命開別天皇謚曰天智天皇] / 天皇聖躬不豫之時太后奉御歌一首
#[原文]天原 振放見者 大王乃 御壽者長久 天足有
#[訓読]天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり
#[仮名],あまのはら,ふりさけみれば,おほきみの,みいのちはながく,あまたらしたり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,近江朝挽歌,寿詞,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]天の原を振り仰いで見ると大君の御命は長く天に満ちている
#{語釈]
天の原振り放け見れば 呪的な行動
<太>后 倭太后 生没年未詳 父は古人大兄皇子
#[説明]
長久を願った表現。逆さまの言葉を言うことによって言祝ぎとする
#[関連論文]
#[題詞]一書曰近江天皇聖躰不豫御病急時<太>后奉獻御歌一首
#[原文]青旗乃 木旗能上乎 賀欲布跡羽 目尓者雖視 直尓不相香裳
#[訓読]青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも
#[仮名],あをはたの,こはたのうへを,かよふとは,めにはみれども,ただにあはぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,近江朝挽歌,一書,幻想,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]青旗の木幡のあたりを通っているとは目には見えるが直接会うことは出来ないことだ
#{語釈]
青旗の 木幡の枕詞 青い旗が立ち並ぶような樹木の意味
木幡 京都市宇治市北部 山科御料の南
#[説明]
呪的な幻想
#[関連論文]
#[題詞]天皇崩後之時倭太后御作歌一首
#[原文]人者縦 念息登母 玉蘰 影尓所見乍 不所忘鴨
#[訓読]人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも
#[仮名],ひとはよし,おもひやむとも,たまかづら,かげにみえつつ,わすらえぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,近江朝挽歌,復活,鎮魂,魂よばひ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]他人はたとえ忘れてしまったとしても自分は玉葛ではないが姿に見え続けて忘れることは出来ないだろう
#{語釈]
玉葛 古代祭詞用の冠をカゲといい、髪にかんざしのようなものを垂らしたことから葛のカゲと続く。
#[説明]
実際の葬儀の際の装飾(蔓のカゲ)を詠み込んでいる
#[関連論文]
#[題詞]天皇崩時婦人作歌一首 [姓氏未詳]
#[原文]空蝉師 神尓不勝者 離居而 朝嘆君 放居而 吾戀君 玉有者 手尓巻持而 衣有者 脱時毛無 吾戀 君曽伎賊乃夜 夢所見鶴
#[訓読]うつせみし 神に堪へねば 離れ居て 朝嘆く君 放り居て 我が恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 夢に見えつる
#[仮名],うつせみし,かみにあへねば,はなれゐて,あさなげくきみ,さかりゐて,あがこふるきみ,たまならば,てにまきもちて,きぬならば,ぬくときもなく,あがこふる,きみぞきぞのよ,いめにみえつる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:婦人,天智天皇,近江朝挽歌,鎮魂,復活,魂よばひ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]この世の人間は神ではないので、この世から離れてしまって朝に嘆息する大君よ。いなくなってしまって自分が恋い思う大君よ。玉であるならば手に巻いて持って、衣ならば脱ぐ時もなく、自分が恋い思う大君が昨夜夢に見えたことだ。
#{語釈]
夢に見えつる 復活を示す
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]天皇大殯之時歌二首
#[原文]如是有乃 <懐>知勢婆 大御船 泊之登萬里人 標結麻思乎 [額田王]
#[訓読]かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを [額田王]
#[仮名],かからむと,かねてしりせば,おほみふね,はてしとまりに,しめゆはましを
#[左注]
#[校異]豫 -> 懐 [金][類][古] / 人 [古][紀] 尓
#[鄣W],挽歌,作者:額田王,天智天皇,近江朝挽歌,殯宮,魂よばひ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]このようだとかねてから知っていたならば大御船が停泊していた港にしめ縄を結んで出さないようにしたものなのに
#{語釈]
標結はましを 港の出口に標を張って大君の魂を乗せた舟を出さないようにしたものなのにという解釈
港に標を張って、悪霊が入って来ないようにしたものなのにという解釈
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](天皇大殯之時歌二首)
#[原文]八隅知之 吾期大王乃 大御船 待可将戀 四賀乃辛埼 [舎人吉年]
#[訓読]やすみしし我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎 [舎人吉年]
#[仮名],やすみしし,わごおほきみの,おほみふね,まちかこふらむ,しがのからさき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人吉年,天智天皇,近江朝挽歌,殯宮,滋賀,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]やすみしし我が大君の大御船を待ちこがれているだろうか志賀の唐崎は
#{語釈]
志賀の唐崎 滋賀県大津市下阪本町唐崎 巻1・30 唐崎の松が有名
船遊びの場
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]<太>后御歌一首
#[原文]鯨魚取 淡海乃海乎 奥放而 榜来船 邊附而 榜来船 奥津加伊 痛勿波祢曽 邊津加伊 痛莫波祢曽 若草乃 嬬之 念鳥立
#[訓読]鯨魚取り 近江の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ
#[仮名],いさなとり,あふみのうみを,おきさけて,こぎきたるふね,へつきて,こぎくるふね,おきつかい,いたくなはねそ,へつかい,いたくなはねそ,わかくさの,つまの,おもふとりたつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,鎮魂,近江朝挽歌,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]鯨魚を取る近江の海を沖の方に離れて漕いで来る船、岸辺近くに寄って漕いで来る船よ。沖の船の櫂はひどくは撥ねるなよ。岸辺の船の櫂もひどくは撥ねるなよ。若草の夫の好んだ鳥が飛び立ってしまうから
#{語釈]
夫の 思ふ鳥立つ 夫の思いがこもる鳥 夫の魂がとどまっている鳥
生前に好んでいたものに魂が隠る
夫の魂がこもっていて夫のように思う鳥
鳥には死者の魂が隠る
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]石川夫人歌一首
#[原文]神樂浪乃 大山守者 為誰<可> 山尓標結 君毛不有國
#[訓読]楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに
#[仮名],ささなみの,おほやまもりは,たがためか,やまにしめゆふ,きみもあらなくに
#[左注]
#[校異]<> -> 可 [金][類][古]
#[鄣W],挽歌,作者:石川夫人,天智天皇,悲しみ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]楽浪の大山の番人は誰のために山に囲いをするのか。持ち主である大君もいないのに
#{語釈]
大山守 天皇の御領地の番人 山の整備をする
#[説明]
151から154まで4人構成の場
#[関連論文]
#[題詞]従山科御陵退散之時額田王作歌一首
#[原文]八隅知之 和期大王之 恐也 御陵奉仕流 山科乃 鏡山尓 夜者毛 夜之盡 晝者母 日之盡 哭耳<呼> 泣乍在而哉 百礒城乃 大宮人者 去別南
#[訓読]やすみしし 我ご大君の 畏きや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや ももしきの 大宮人は 行き別れなむ
#[仮名],やすみしし,わごおほきみの,かしこきや,みはかつかふる,やましなの,かがみのやまに,よるはも,よのことごと,ひるはも,ひのことごと,ねのみを,なきつつありてや,ももしきの,おほみやひとは,ゆきわかれなむ
#[左注]
#[校異]乎 -> 呼 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:額田王,天智天皇,殯宮,京都,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]
やすみしし我が大君の恐れ多い御陵に奉仕する山科の鏡の山に夜は夜中、昼は昼中、大声を上げてばかり泣き続けていて、百敷の大宮人は行き別れることだろうか。
#{語釈]
山科御陵 京都市山科区御陵上廟野町
山科の鏡の山 御陵の背後にある山か。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]明日香清御原宮御宇天皇代 [天渟中原瀛真人天皇謚曰天武天皇] / 十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首
#[原文]三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多
#[訓読]みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き
#[仮名],みもろの,かみのかむすぎ,*****,*******,いねぬよぞおほき
#[左注](紀曰七年<戊>寅夏四月丁亥朔癸巳十市皇女卒然病發薨於宮中)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:高市皇子,十市皇女,難訓,夢,復活,三輪山,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]神の宿る神杉を忌み慎むように(夢にだけでも視ようと思うが)寝られない夜が多いことだ
#{語釈]
十市皇女薨時 天武七年四月七日 日本書紀記事
高市皇子 挽歌を詠むのは、壬申の乱で夫大友皇子を自経に追いやった関係か。
已具耳矣自得見監乍共 難訓 新考 已(い)具(目の誤り め)耳(に)矣自(多と耳の誤 だに)得見監(みむと)乍(念の誤 もへ)共(ども)
夢にだに見むと思へども
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首)
#[原文]神山之 山邊真蘇木綿 短木綿 如此耳故尓 長等思伎
#[訓読]三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき
#[仮名],みわやまの,やまへまそゆふ,みじかゆふ,かくのみからに,ながくとおもひき
#[左注](紀曰七年<戊>寅夏四月丁亥朔癸巳十市皇女卒然病發薨於宮中)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:高市皇子,十市皇女,難訓,夢,復活,三輪山,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]三輪山の山辺に祀る麻の木綿。その木綿が短いように短い命だったのに、長くいつまでもと思っていたことだった
#{語釈]
山辺真麻木綿 山のあたりに祀る麻の木綿 長さが短いのであろう
短か木綿 その短い木綿のように命が短い
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首)
#[原文]山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴
#[訓読]山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
#[仮名],やまぶきの,たちよそひたる,やましみづ,くみにゆかめど,みちのしらなく
#[左注]紀曰七年<戊>寅夏四月丁亥朔癸巳十市皇女卒然病發薨於宮中
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:高市皇子,十市皇女,難訓,夢,復活,山中他界
#[訓異]
#[大意]山吹が立ちそろっている山の清水よ。それを汲みに行こうと思うのだが、道がわからないことだ
#{語釈]
山吹の立ちよそひたる山清水 黄泉をイメージしている 山中他界の中で描いている
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]天皇崩之時大后御作歌一首
#[原文]八隅知之 我大王之 暮去者 召賜良之 明来者 問賜良志 神岳乃 山之黄葉乎 今日毛鴨 問給麻思 明日毛鴨 召賜萬旨 其山乎 振放見乍 暮去者 綾哀 明来者 裏佐備晩 荒妙乃 衣之袖者 乾時文無
#[訓読]やすみしし 我が大君の 夕されば 見したまふらし 明け来れば 問ひたまふらし 神岳の 山の黄葉を 今日もかも 問ひたまはまし 明日もかも 見したまはまし その山を 振り放け見つつ 夕されば あやに悲しみ 明け来れば うらさび暮らし 荒栲の 衣の袖は 干る時もなし
#[仮名],やすみしし,わがおほきみの,ゆふされば,めしたまふらし,あけくれば,とひたまふらし,かむおかの,やまのもみちを,けふもかも,とひたまはまし,あすもかも,めしたまはまし,そのやまを,ふりさけみつつ,ゆふされば,あやにかなしみ,あけくれば,うらさびくらし,あらたへの,ころものそでは,ふるときもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,殯宮,飛鳥,地名,枕詞,植物
#[訓異]
#[大意]やすみしし我が大君が夕方になるとご覧になるらしい、夜が明けてくるとお尋ねになるらしい。生きておられれば、神丘の山の黄葉を今日もお尋ねになっているはずだったのに、明日もご覧になるはずだったのに。その山を振り放け見続けて夕方になるとむやみに悲しいので、夜が明けてくると心さびしく一日を暮らし、荒妙の衣の袖は乾く時もない
#{語釈]
天皇 天武天皇 天武九年九月九日崩御 殯宮造営九月二四日 大内陵送葬持統二年一一月11日 二年三ヶ月の殯宮
大后 持統皇后
神岳 03/0324D01登神岳山部宿祢赤人作歌一首并短歌
雷丘、甘橿丘、ミハ山、南淵山のどれか
荒栲の 衣 喪服 麻で出来ているのであろう
#[説明]
天武の魂が生前視ていたものに憑依しているとしたもの
#[関連論文]
#[題詞]一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首
#[原文]燃火物 取而褁而 福路庭 入澄不言八面 智男雲
#[訓読]燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずやも智男雲
#[仮名],もゆるひも,とりてつつみて,ふくろには,いるといはずやも,***
#[左注]
#[校異]澄 [古] 登 (塙) 燈
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,難解,難訓,一書
#[訓異]
#[大意]燃える日も取って包んで袋には入るというではないか。***
#{語釈]
智男雲 難訓 知曰男雲の誤字 しるといはなくも(万葉考)
面知日男雲の誤字 あはむひなくも(注釈)
#[説明]
意味不明。ワザオギの手品のようなものを思い描いているか。不可能なことでも可能になるのだから、死んだ天武を再び顔を見ることも可能にならないかという意味か。
#[関連論文]
#[題詞](一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首)
#[原文]向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月<矣>離而
#[訓読]北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて
#[仮名],きたやまに,たなびくくもの,あをくもの,ほしさかりゆき,つきをはなれて
#[左注]
#[校異]牟 -> 矣 [金][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,難解,一書
#[訓異]
#[大意]北の山にたなびいている雲で青雲が星を離れて行き月を離れていく
#{語釈]
北山 香具山のことか
#[説明]
天文の知識が用いられているか
比喩であるとすると、青雲は天武、月は皇后、星は諸皇子ということになる
#[関連論文]
#[題詞]天皇崩之後八年九月九日奉為御齊會之夜夢裏習賜御歌一首 [古歌集中出]
#[原文]明日香能 清御原乃宮尓 天下 所知食之 八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 何方尓 所念食可 神風乃 伊勢能國者 奥津藻毛 靡足波尓 塩氣能味 香乎礼流國尓 味凝 文尓乏寸 高照 日之御子
#[訓読]明日香の 清御原の宮に 天の下 知らしめしし やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 いかさまに 思ほしめせか 神風の 伊勢の国は 沖つ藻も 靡みたる波に 潮気のみ 香れる国に 味凝り あやにともしき 高照らす 日の御子
#[仮名],あすかの,きよみのみやに,あめのした,しらしめしし,やすみしし,わがおほきみ,たかてらす,ひのみこ,いかさまに,おもほしめせか,かむかぜの,いせのくには,おきつもも,なみたるなみに,しほけのみ,かをれるくにに,うまこり,あやにともしき,たかてらす,ひのみこ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,夢,古歌集,復活,枕詞
#[訓異]
#[大意]明日香の清御原の宮で天の下をお治めになったやすみしし我が大君よ。天高くお照らしになる日の御子よ。どのようにお思いになったのか神風の伊勢の国は沖の藻も靡いている波に潮の香りばかりしている国に味凝り不思議に心引かれる高くお照らしになる日の御子
#{語釈]
靡みたる波に 靡いている波
味凝り 06/0913 あやにの枕詞と見られるが、係り方未詳。
おいしさが甚だしくて、妙だという係り方か。
#[説明]
意味不明。夢の中とあるように印象だけを言葉にしたものか。
天武は高照らす日の御子であり、伊勢の天照らすとのつながりは深い。
#[関連論文]
#[題詞]藤原宮御宇天皇代 [高天原廣野姫天皇<天皇元年丁亥十一年譲位軽太子尊号曰太上天皇>] / 大津皇子薨之後大来皇女従伊勢齊宮上京之時御作歌二首
#[原文]神風<乃> 伊勢能國尓<母> 有益乎 奈何可来計武 君毛不有尓
#[訓読]神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに
#[仮名],かむかぜの,いせのくににも,あらましを,なにしかきけむ,きみもあらなくに
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [金][類][古][紀] / 毛 -> 母 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]神風の伊勢の国にでもいたらよかったのに。どうしてやって来たのだろうか。あなたもいないことなのに
#{語釈]
#[説明]
関連歌 大津皇子歌
朱鳥元年(686)9月9日 天武天皇崩御
02/0105.106
大津皇子処刑 朱鳥元年10月3日 03/0416
大来皇女 朱鳥元年11月16日 伊勢齋宮から帰京
#[関連論文]
#[題詞](大津皇子薨之後大来皇女従伊勢齋宮上京之時御作歌二首)
#[原文]欲見 吾為君毛 不有尓 奈何可来計武 馬疲尓
#[訓読]見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに
#[仮名],みまくほり,わがするきみも,あらなくに,なにしかきけむ,うまつかるるに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]会いたいと思っていたあなたもいないのにどうして来たのだろう。馬が疲れるのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首
#[原文]宇都曽見乃 人尓有吾哉 従明日者 二上山乎 弟世登吾将見
#[訓読]うつそみの人にある我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む
#[仮名],うつそみの,ひとにあるわれや,あすよりは,ふたかみやまを,いろせとわがみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,二上山,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]この世の人である自分は、明日からは二上山を弟だと自分は見よう
#{語釈]
移葬 罪人として墓を大和の境界に移した。殯宮からの本葬ではない。
移葬がいつかは不明であるが、次の馬酔木の歌からみて4月頃か。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首)
#[原文]礒之於尓 生流馬酔木<乎> 手折目杼 令視倍吉君之 在常不言尓
#[訓読]磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに
#[仮名],いそのうへに,おふるあしびを,たをらめど,みすべききみが,ありといはなくに
#[左注]右一首今案不似移葬之歌 盖疑従伊勢神宮還京之時路上見花感傷哀咽作此歌乎
#[校異]<> -> 乎 [西(右書)][金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,二上山,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]磯の上に生えている馬酔木を手折ろうとは思うが見せるべきあなたがいるとは言わないのに
#{語釈]
磯を海の磯と考えた左注者の誤解
大来皇女が伊勢から戻るのは、11月であるので季節に会わない
今案不似移葬之歌 盖疑従伊勢神宮還京之時路上見花感傷哀咽作此歌乎
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌]
#[原文]天地之 <初時> 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 々座而 神分 々之時尓 天照 日女之命 [一云 指上 日女之命] 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重掻別而 [一云 天雲之 八重雲別而] 神下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神随 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神上 々座奴 [一云 神登 座尓之可婆] 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 天下 [一云 食國] 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人 行方不知毛 [一云 刺竹之 皇子宮人 歸邊不知尓為]
#[訓読]天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万 千万神の 神集ひ 集ひいまして 神分り 分りし時に 天照らす 日女の命 [一云 さしのぼる 日女の命] 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別きて [一云 天雲の八重雲別きて] 神下し いませまつりし 高照らす 日の御子は 飛ぶ鳥の 清御原の宮に 神ながら 太敷きまして すめろきの 敷きます国と 天の原 岩戸を開き 神上り 上りいましぬ [一云 神登り いましにしかば] 我が大君 皇子の命の 天の下 知らしめしせば 春花の 貴くあらむと 望月の 満しけむと 天の下 食す国 四方の人の 大船の 思ひ頼みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか つれもなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし みあらかを 高知りまして 朝言に 御言問はさぬ 日月の 数多くなりぬれ そこ故に 皇子の宮人 ゆくへ知らずも [一云 さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす]
#[仮名],あめつちの,はじめのとき,ひさかたの,あまのかはらに,やほよろづ,ちよろづかみの,かむつどひ,つどひいまして,かむはかり,はかりしときに,あまてらす,ひるめのみこと,[さしのぼる,ひるめのみこと],あめをば,しらしめすと,あしはらの,みづほのくにを,あめつちの,よりあひのきはみ,しらしめす,かみのみことと,あまくもの,やへかきわきて,[あまくもの,やへくもわきて],かむくだし,いませまつりし,たかてらす,ひのみこは,とぶとりの,きよみのみやに,かむながら,ふとしきまして,すめろきの,しきますくにと,あまのはら,いはとをひらき,かむあがり,あがりいましぬ,[かむのぼり,いましにしかば],わがおほきみ,みこのみことの,あめのした,しらしめしせば,はるはなの,たふとくあらむと,もちづきの,たたはしけむと,あめのした,[をすくに],よものひとの,おほぶねの,おもひたのみて,あまつみづ,あふぎてまつに,いかさまに,おもほしめせか,つれもなき,まゆみのをかに,みやばしら,ふとしきいまし,みあらかを,たかしりまして,あさことに,みこととはさぬ,ひつきの,まねくなりぬれ,そこゆゑに,みこのみやひと,ゆくへしらずも,[さすたけの,みこのみやひと,ゆくへしらにす]
#[左注]
#[校異]初時之 -> 初時 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,高天原,天武天皇,神話,異伝,推敲,高市皇子,神話発想
#[訓異]
#[大意]
天地の始まりの時に、久方の天の河原に八泊万、千万の神々が集まってこられて、協議された時に、天照らす日女の命は[一云 指し昇る太陽の女の命]は天を領有なさるとして、葦原の瑞穂の国を天地の寄り合っている果てまでお治めになる神の命として天雲の幾重にも重なった中をかき分けて[一云 天雲の厚く重なった雲を分けて] 神として下し、存在させなさった空高くお照らしになる日の御子は、飛ぶ鳥の清御原の宮に神さながらに立派にお治めになり、統治される方のお治めになる国として天の原の岩戸を開いて神としてお上りになってしまわれた。[一云 神として昇りいらっしゃったので] 我が大君の御子が天下を統治なさっていたら、春の花のように貴くあるだろうと、満月のように満ち足りていただろうと、天下の領有される国の隅々の人まで大船のように思い頼んで、天の水を仰いで待つように、待っていた所、どのようにお思いになったのか、ゆかりもない真弓の岡に宮柱を立派に建て、瓦を高くお上げになって、朝のお言葉もお尋ねにならない日月が数多くなったので、それだから皇子の宮人もどこへ行ったらいいかわからないことだ[一云 さす竹の皇子の宮人はどう行ったらいいのか知らないでいることだ]
#{語釈]
日並皇子尊殯宮 草壁皇子の殯宮 草壁皇子は持統3年4月13日薨去
真弓の束明神古墳が実際の墓か。入り口に岡宮天皇陵がある。
天地の 初めの時 天地初発 古事記冒頭と同じ。
天の河原 天の安の河原
千万 古事記には神々が集まる時は八百万であり、千万という記述はない。
葦原の 瑞穂の国 葦原の中つ国 地上の人間世界 神話的名称
さす竹の 地面に刺した竹が繁茂して繁栄するの意で、宮にかかるか。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])反歌二首
#[原文]久堅乃 天見如久 仰見之 皇子乃御門之 荒巻惜毛
#[訓読]ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも
#[仮名],ひさかたの,あめみるごとく,あふぎみし,みこのみかどの,あれまくをしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,異伝,高市皇子,枕詞
#[訓異]
#[大意]久方の天を見るように仰ぎ見た皇子の御門が荒れてしまうのが惜しいことだ
#{語釈]
皇子の御門 島の宮
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]((日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])反歌二首)
#[原文]茜刺 日者雖照者 烏玉之 夜渡月之 隠良久惜毛
#[訓読]あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも
#[仮名],あかねさす,ひはてらせれど,ぬばたまの,よわたるつきの,かくらくをしも
#[左注][<或本>以件歌為後皇子尊殯宮之時歌反也]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,異伝,高市皇子,枕詞
#[訓異]
#[大意]あかねさす日は照らしているが、ぬばたまの夜空を渡っていく月が隠れるのが惜しいことだ
#{語釈]
#[説明]
日は、持統天皇。月は草壁皇子を喩えている
#[関連論文]
#[題詞](日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])或本歌一首
#[原文]嶋宮 勾乃池之 放鳥 人目尓戀而 池尓不潜
#[訓読]嶋の宮まがりの池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず
#[仮名],しまのみや,まがりのいけの,はなちとり,ひとめにこひて,いけにかづかず
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,或本,異伝,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]島の宮のまがりの池の放し飼いの鳥は、人目を恋しがって池に潜ることもしない
#{語釈]
#[説明]
人気がなく荒れていく島の宮の様子を歌う
#[関連論文]
#[題詞]皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首
#[原文]高光 我日皇子乃 萬代尓 國所知麻之 嶋宮<波>母
#[訓読]高照らす我が日の御子の万代に国知らさまし嶋の宮はも
#[仮名],たかてらす,わがひのみこの,よろづよに,くにしらさまし,しまのみやはも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]婆 -> 波 [金][類][古][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]天高く輝く我が日の御子が永遠に国をお治めになるはずであった島の宮であったのになあ
#{語釈]
#[説明]
当時の一世一都制で考えると、島の宮が宮殿となるはずであったいう考え
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]嶋宮 上池有 放鳥 荒備勿行 君不座十方
#[訓読]嶋の宮上の池なる放ち鳥荒びな行きそ君座さずとも
#[仮名],しまのみや,うへのいけなる,はなちとり,あらびなゆきそ,きみまさずとも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]島の宮の上の庭の池にいる放ち鳥よ。すさんではいくなよ。大君がいらっしゃらなくとも
#{語釈]
上の池 島の宮は細川沿いの斜面にあるのでその上手の池という意味
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]高光 吾日皇子乃 伊座世者 嶋御門者 不荒有益乎
#[訓読]高照らす我が日の御子のいましせば島の御門は荒れずあらましを
#[仮名],たかてらす,わがひのみこの,いましせば,しまのみかどは,あれずあらましを
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]空高くお照らしになる我が日の御子がいらっしゃったならば島の御門は荒れないですんだものなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]外尓見之 檀乃岡毛 君座者 常都御門跡 侍宿為鴨
#[訓読]外に見し真弓の岡も君座せば常つ御門と侍宿するかも
#[仮名],よそにみし,まゆみのをかも,きみませば,とこつみかどと,とのゐするかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,殯宮挽歌,真弓岡,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]関係ない所だと見ていた真弓の岡も
#{語釈]
真弓の岡 橿原市真弓
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]夢尓谷 不見在之物乎 欝悒 宮出毛為鹿 佐日之<隈>廻乎
#[訓読]夢にだに見ずありしものをおほほしく宮出もするかさ桧の隈廻を
#[仮名],いめにだに,みずありしものを,おほほしく,みやでもするか,さひのくまみを
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]隅 -> 隈 [金][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]夢にも見ないでいたのに鬱陶しいことに宮に昇ることか。さ檜の隈のめぐりを
#{語釈]
さ桧の隈廻 さは接頭語 現在の檜前(ひのくま)
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]天地与 共将終登 念乍 奉仕之 情違奴
#[訓読]天地とともに終へむと思ひつつ仕へまつりし心違ひぬ
#[仮名],あめつちと,ともにをへむと,おもひつつ,つかへまつりし,こころたがひぬ
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]天地とともに終えようと思い続けてお仕え申し上げていた気持ちに違ってしまった。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]朝日弖流 佐太乃岡邊尓 群居乍 吾等哭涙 息時毛無
#[訓読]朝日照る佐田の岡辺に群れ居つつ我が泣く涙やむ時もなし
#[仮名],あさひてる,さだのをかへに,むれゐつつ,わがなくなみた,やむときもなし
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,佐田岡,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]朝日が照る佐田の岡辺にみんなと群れていて自分が泣く涙は止むときもない
#{語釈]
佐田の岡辺 真弓の一部 皇子の殯宮の場所の名称
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]御立為之 嶋乎見時 庭多泉 流涙 止曽金鶴
#[訓読]み立たしの島を見る時にはたづみ流るる涙止めぞかねつる
#[仮名],みたたしの,しまをみるとき,にはたづみ,ながるるなみた,とめぞかねつる
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]お立ちになっていた庭園をみる時に雨が降ってにわかに水たまりが出来るように流れる涙は止めることが出来ないことだ
#{語釈]
にはたづみ 雨が降って庭ににわかに水たまりが出来ること
07/1370H01はなはだも降らぬ雨故にはたづみいたくな行きそ人の知るべく
13/3335H01玉桙の 道行く人は あしひきの 山行き野行き にはたづみ 川行き渡り
13/3339H01玉桙の 道に出で立ち あしひきの 野行き山行き にはたづみ
19/4160H06行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば にはたづみ
19/4214H11梓弓 爪引く夜音の 遠音にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涙
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]橘之 嶋宮尓者 不飽鴨 佐<田>乃岡邊尓 侍宿為尓徃
#[訓読]橘の嶋の宮には飽かぬかも佐田の岡辺に侍宿しに行く
#[仮名],たちばなの,しまのみやには,あかぬかも,さだのをかへに,とのゐしにゆく
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]多 -> 田 [類][紀][温]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]橘の島の宮では物足りないというからだろうか。そうでもないのに左田の岡辺に宿直をしに行くことだ
#{語釈]
佐田の岡辺 舎人たちが奉仕する場所としての名称 皇子の葬る場所は真弓の岡として地名を区別
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]御立為之 嶋乎母家跡 住鳥毛 荒備勿行 年替左右
#[訓読]み立たしの島をも家と棲む鳥も荒びな行きそ年かはるまで
#[仮名],みたたしの,しまをもいへと,すむとりも,あらびなゆきそ,としかはるまで
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]お立ちになっていた島を我が家として棲む鳥も見捨てて行くなよ。せめて年がかわるまで
#{語釈]
荒びな行きそ 見捨てていなくなること
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]御立為之 嶋之荒礒乎 今見者 不生有之草 生尓来鴨
#[訓読]み立たしの島の荒礒を今見れば生ひざりし草生ひにけるかも
#[仮名],みたたしの,しまのありそを,いまみれば,おひざりしくさ,おひにけるかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]お立ちになっていた島の荒磯を今見ると生えていなかった草が生えていることだ
#{語釈]
荒礒 勾りの池の荒磯
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]鳥(M)立 飼之鴈乃兒 栖立<去>者 檀岡尓 飛反来年
#[訓読]鳥座立て飼ひし雁の子巣立ちなば真弓の岡に飛び帰り来ね
#[仮名],とぐらたて,かひしかりのこ,すだちなば,まゆみのをかに,とびかへりこね
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]M [類][紀] 垣 / <> -> 去 [西(右書)][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,真弓岡,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]止まり木を建てて飼っていた雁の子は巣立ったならば真弓の岡に飛び帰って来てくれ
#{語釈]
鳥座立て 鳥の寝泊まりする木 島の宮で飼っていた鳥のこと。飛び立って帰る時はここ島の宮ではなく、皇子の新たな住まいである真弓の岡に帰れと言っている
19/4154H07嬉しびながら 枕付く 妻屋のうちに 鳥座結ひ 据えてぞ我が飼ふ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]吾御門 千代常登婆尓 将榮等 念而有之 吾志悲毛
#[訓読]我が御門千代とことばに栄えむと思ひてありし我れし悲しも
#[仮名],わがみかど,ちよとことばに,さかえむと,おもひてありし,われしかなしも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]我が御門が千代にも永遠に栄えるだろうと思っていた自分は悲しいことである
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]東乃 多藝能御門尓 雖伺侍 昨日毛今日毛 召言毛無
#[訓読]東のたぎの御門に侍へど昨日も今日も召す言もなし
#[仮名],ひむがしの,たぎのみかどに,さもらへど,きのふもけふも,めすこともなし
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]東の瀧の御門に伺候しているが皇子は昨日も今日もお召しになることはない
#{語釈]
東のたぎの御門 島の宮は東に行くに従って傾斜地になっているので、勾りの池に注ぐ部分が急流の川になっていることから言うか。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]水傳 礒乃浦廻乃 石<上>乍自 木丘開道乎 又将見鴨
#[訓読]水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも
#[仮名],みなつたふ,いそのうらみの,いはつつじ,もくさくみちを,またもみむかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]<> -> 上 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]水が伝う磯の浦のめぐりの岩つつじが繁く咲く道を再び見ることがあろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]一日者 千遍参入之 東乃 大寸御門乎 入不勝鴨
#[訓読]一日には千たび参りし東の大き御門を入りかてぬかも
#[仮名],ひとひには,ちたびまゐりし,ひむがしの,おほきみかどを,いりかてぬかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]一日に何度も参上した東の大きい御門を入ることが出来ないことだ
#{語釈]
入りかてぬかも 入る気力がなくなったの意味
草壁皇子に仕えることもなくなって島の宮に入る資格を失った
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]所由無 佐太乃岡邊尓 反居者 嶋御橋尓 誰加住<儛>無
#[訓読]つれもなき佐田の岡辺に帰り居ば島の御階に誰れか住まはむ
#[仮名],つれもなき,さだのをかへに,かへりゐば,しまのみはしに,たれかすまはむ
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]舞 -> 儛 [金][類][古]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,佐田岡,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]縁もない佐田の岡のあたりに帰っていると島の御殿の階に誰が住むことだろうか
#{語釈]
#[説明]
舎人たちは佐田の岡辺に伺候するので、島の宮には誰もいなくなってしまってさびしくなる様子を歌ったもの
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]<旦>覆 日之入去者 御立之 嶋尓下座而 嘆鶴鴨
#[訓読]朝ぐもり日の入り行けばみ立たしの島に下り居て嘆きつるかも
#[仮名],あさぐもり,ひのいりゆけば,みたたしの,しまにおりゐて,なげきつるかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]且 -> 旦 [金][類][古][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]朝ぐもりして日が翳ってくるので、お立ちになっていた庭園に下りていて嘆くことである
#{語釈]
朝ぐもり日の入り行けば 朝に曇って日が翳ってくるので
皇子が亡くなったことへの比喩的な表現か
朝ぐもりするように日が入っていくのでの意味
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]<旦>日照 嶋乃御門尓 欝悒 人音毛不為者 真浦悲毛
#[訓読]朝日照る嶋の御門におほほしく人音もせねばまうら悲しも
#[仮名],あさひてる,しまのみかどに,おほほしく,ひとおともせねば,まうらがなしも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]且 -> 旦 [金][類][古][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]朝日が照る島の御門に鬱陶しく人音もしないので本当に心悲しいことだ
#{語釈]
おほほしく 鬱陶しい 辛気くさい
まうら悲しも 「ま」接頭語 「うら」は心 ほんとうに心悲しい
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]真木柱 太心者 有之香杼 此吾心 鎮目金津毛
#[訓読]真木柱太き心はありしかどこの我が心鎮めかねつも
#[仮名],まきばしら,ふときこころは,ありしかど,このあがこころ,しづめかねつも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]真木柱のようなしっかりした気持ちはあるが、この自分の気持ちは鎮めることが出来ないことだ
#{語釈]
真木柱 杉や檜などの真木で作った柱。大黒柱 太いの枕詞
#[説明]
#[関連論文]