万葉集 巻第2

#[番号]02/0085
#[題詞]相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首
#[原文]君之行 氣長成奴 山多都祢 迎加将行 <待尓>可将待
#[訓読]君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ
#[仮名],きみがゆき,けながくなりぬ,やまたづね,むかへかゆかむ,まちにかまたむ
#[左注]右一首歌山上憶良臣類聚歌林載焉
#[校異]尓待 -> 待尓 [西(訂正)][紀][金][温]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]あなたが出かけられてから日数が長くなった。山を尋ねて迎えに行こうか。それともひたすら待っていようか。
#{語釈]
山尋ね 山の向こうに尋ね人は行った。或いは山中他界で死んだ。

#[説明]

#[関連論文]


#[番号]02/0086
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)
#[原文]如此許 戀乍不有者 高山之 磐根四巻手 死奈麻死物<呼>
#[訓読]かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを
#[仮名],かくばかり,こひつつあらずは,たかやまの,いはねしまきて,しなましものを
#[左注]
#[校異]乎 -> 呼 [金]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]このようにばかり恋い思ってはいずに高い山の磐根を枕として死んだ方がましだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0087
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)
#[原文]在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日
#[訓読]ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに
#[仮名],ありつつも,きみをばまたむ,うちなびく,わがくろかみに,しものおくまでに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]このままこうしてあなたを待とう。うち靡く自分の黒髪に霜が置くまで
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0088
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)
#[原文]秋田之 穂上尓霧相 朝霞 何時邊乃方二 我戀将息
#[訓読]秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いつへの方に我が恋やまむ
#[仮名],あきのたの,ほのへにきらふ,あさかすみ,いつへのかたに,あがこひやまむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]秋の田の稲穂の上に霧がかかる朝霞ではないが、どの方に自分は恋いやめばいいのだろう
#{語釈]
#[説明]
4首一組。起承転結構成を持つ。磐姫皇后の嫉妬は強い愛情の裏返しとも取られる。
1首目は挽歌とも受け取れる。玉台新詠の情詩にも通じる。

#[関連論文]


#[番号]02/0089
#[題詞](相聞 / 難波高津宮御宇天皇代 [大鷦鷯天皇 謚曰仁徳天皇] / 磐姫皇后思天皇御作歌四首)或本歌曰
#[原文]居明而 君乎者将待 奴婆珠<能> 吾黒髪尓 霜者零騰文
#[訓読]居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも
#[仮名],ゐあかして,きみをばまたむ,ぬばたまの,わがくろかみに,しもはふるとも
#[左注]右一首古歌集中出
#[校異]乃 -> 能 [金][紀]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,或本歌,古歌集,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]このまま夜を明かしてあなたを待とう。ぬばたまの自分の黒髪に霜は降るとしても
#{語釈]
霜は降るとも  本歌が白髪になる意味を含んでいるのに対して、こちらは本当に夜更けの霜が降る意味になる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0090
#[題詞]古事記曰 軽太子奸軽太郎女 故其太子流於伊豫湯也 此時衣通王 不堪戀<慕>而追徃時歌曰
#[原文]君之行 氣長久成奴 山多豆乃 迎乎将徃 待尓者不待
#[訓読]君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ
#[仮名],きみがゆき,けながくなりぬ,やまたづの,むかへをゆかむ,まつにはまたじ
#[左注]右一首歌古事記与類聚<歌林>所説不同歌主亦異焉 因檢日本紀曰難波高津宮御宇大鷦鷯天皇廿二年春正月天皇語皇后納八田皇女将為妃 時皇后不聴 爰天皇歌以乞於皇后云々 卅年秋九月乙卯朔乙丑皇后遊行紀伊國到熊野岬 取其處之御綱葉而還 於是天皇伺皇后不在而娶八田皇女納於宮中時皇后 到難波濟 聞天皇合八田皇女大恨之云々 亦曰 遠飛鳥宮御宇雄朝嬬稚子宿祢天皇廿三年春<三>月甲午朔庚子 木梨軽皇子為太子 容姿佳麗見者自感 同母妹軽太娘皇女亦艶妙也云々 遂竊通乃悒懐少息 廿四年夏六月御羮汁凝以作氷 天皇異之卜其所由 卜者曰 有内乱 盖親々相奸乎云々 仍移太娘皇女於伊<豫>者 今案二代二時不見此歌也
#[校異]
#[鄣W],相聞,仁徳天皇,作者:磐姫皇后,律令,情詩,閨房詩,古事記,異伝,玉台新詠,軽皇女,大阪,伝承,仮託,恋情,女歌,植物,枕詞,伝誦
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
右一首の歌は、古事記と類聚歌林と説く所同じからず。歌主も亦異なれり。因りて日本紀を檢ずるに曰く、難波高津宮御宇大鷦鷯天皇廿二年春正月、天皇皇后に語らひて八田皇女を納(めし)入れて妃と為さむとす。時に皇后聴(き)かず。爰に天皇歌ひて以って皇后に乞ふ云々。
卅年秋九月乙卯朔乙丑、皇后紀伊國に遊行(いでま)して熊野の岬に到りまし、其の處の御綱葉を取りて還る。是に天皇皇后の在(いま)さざることを伺ひて、八田皇女を娶りて宮中に納(めし)いる。時に皇后、難波の濟に到りて、天皇八田皇女と合(まぐは)ふことを聞きて大いに恨む云々。
亦た曰く、遠飛鳥宮に御宇雄朝嬬稚子宿祢天皇廿三年春三月甲午朔庚子、木梨軽皇子を太子と為す。容姿(すがた)佳麗(きらきら)しく、見る者自ら感(め)づ。同母妹(いろも)軽太娘皇女も亦た艶妙(かほよし)也云々。遂に竊に通(あ)ひ乃ち悒懐(いきどほり)少しく息みぬ。
廿四年夏六月、御羮汁凝りて以て氷と作る。天皇異びて其の所由を卜す。卜する者曰く、内乱有り。盖し親々(はらから)相ひ奸(たは)けたるか云々。仍ち太娘皇女を伊豫に移すと云へるは、今案叵るに二代二時此の歌を見ず。


乙卯朔乙丑 十一日
熊野の岬  具体的には潮岬。熊野地方の海岸。
御綱葉   ウコギ科の常緑小高木「かくれみの(三津野柏)」か。
雄朝嬬稚子宿祢天皇 第十九代允恭天皇
甲午朔庚子 七日

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0091
#[題詞]近江大津宮御宇天皇代 [天命開別天皇 謚曰天智天皇] / 天皇賜鏡王女御歌一首
#[原文]妹之家毛 継而見麻思乎 山跡有 大嶋嶺尓 家母有猿尾 [一云 妹之當継而毛見武尓] [一云 家居麻之乎]
#[訓読]妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを [一云 妹があたり継ぎても見むに] [一云 家居らましを]
#[仮名],いもがいへも,つぎてみましを,やまとなる,おほしまのねに,いへもあらましを,[いもがあたり,つぎてもみむに][いへをらましを]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:天智天皇,鏡王女,見る,国見,異伝,贈答,歌垣,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]妹の家も続いて見ようものなのに。大和の大島の嶺に家もあればよいのに。
#{語釈]
鏡王女  未詳
     舒明天皇皇女または皇孫 押坂内陵
     額田王の姉
     興福寺縁起 後に藤原鎌足の正妻。不比等を生む。

大島の嶺 生駒山から南につながる高安山系

#[説明]
難波朝での頃の歌か。中大兄時代のもの。

#[関連論文]


#[番号]02/0092
#[題詞]鏡王女奉和御歌一首
#[原文]秋山之 樹下隠 逝水乃 吾許曽益目 御念従者
#[訓読]秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ御思ひよりは
#[仮名],あきやまの,このしたがくり,ゆくみづの,われこそまさめ,みおもひよりは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:鏡王女,和,天智,贈答,歌垣,奈良,女歌
#[訓異]
#[大意]秋の山の木の下を人知らず隠って流れて行く水ではないが、自分こそが勝っているよ。あなたの御思いよりは
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0093
#[題詞]内大臣藤原卿娉鏡王女時鏡王女贈内大臣歌一首
#[原文]玉匣 覆乎安美 開而行者 君名者雖有 吾名之惜<裳>
#[訓読]玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも
#[仮名],たまくしげ,おほふをやすみ,あけていなば,きみがなはあれど,わがなしをしも
#[左注]
#[校異]毛 -> 裳 [元][金][紀]
#[鄣W],相聞,恋愛,作者:鏡王女,藤原鎌足,娉,名前,贈答,歌垣,比喩
#[訓異]
#[大意]玉櫛笥は蓋で覆うのはいつでも出来るとそのまま開けたままのように、夜が明けてお帰りになったならば、人目についても、あなたの名前はあろうが自分の名前が惜しいことだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0094
#[題詞]内大臣藤原卿報贈鏡王女歌一首
#[原文]玉匣 将見圓山乃 狭名葛 佐不寐者遂尓 有勝麻之<自> [玉匣 三室戸山乃]
#[訓読]玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ [玉くしげ三室戸山の]
#[仮名],たまくしげ,みむろのやまの,さなかづら,さねずはつひに,ありかつましじ,[たまくしげ,みむろとやまの]
#[左注]
#[校異]目 -> 自 [元][類]
#[鄣W],相聞,恋愛,作者:藤原鎌足,鏡王女,贈答,異伝,歌垣,枕詞,地名,植物,序詞
#[訓異]
#[大意]玉櫛笥を開けて見るその「見」の三室の山のさな葛ではないが、寝ないのではあなたがいられないでしょう。
#{語釈]
将見圓山  三輪山 三室は神霊の宿る場所
さな葛  モクレン科の蔓性植物 ビナン葛か。
有りかつましじ  かつ 出来ない、むずかしい  あっては出来ないでしょうの意味
      寝ないではがまん出来ないでしょう

#[説明]
人目やうわさが気になると言っている鏡王女に対して、共寝をしない(うわさの原因を作る)とがまん出来ないのはあなたでしょうとやり返している。

#[関連論文]


#[番号]02/0095
#[題詞]内大臣藤原卿娶釆女安見<兒>時作歌一首
#[原文]吾者毛也 安見兒得有 皆人乃 得難尓為云 安見兒衣多利
#[訓読]我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり
#[仮名],われはもや,やすみこえたり,みなひとの,えかてにすとふ,やすみこえたり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:藤原鎌足,安見児,采女,娶,宴席,歌謡,即興的,口誦
#[訓異]
#[大意]
自分はまあ安見児が手に入った。人はみんな手に入れることは出来ないという安見児が手に入った
#{語釈]
安見児 伝未詳。天皇からの許しがあった。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0096
#[題詞]久米禅師娉石川郎女時歌五首
#[原文]水薦苅 信濃乃真弓 吾引者 宇真人<佐>備而 不欲常将言可聞 [禅師]
#[訓読]み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも [禅師]
#[仮名],みこもかる,しなぬのまゆみ,わがひかば,うまひとさびて,いなといはむかも
#[左注]
#[校異]作 -> 佐 [元][金][類]
#[鄣W],相聞,作者:久米禅師,石川郎女,歌垣,求婚,掛け合い歌,枕詞,比喩
#[訓異]
#[大意]み薦刈る信濃の真弓を自分が引くと、あなたは貴人ぶっていやだと言うでしょうか
#{語釈]
米禅師 伝未詳
石川郎女 伝未詳。何人かはいるが、すべて別人
み薦刈る 信濃の枕詞
真弓  檀。弓の産地
貴人さびて 貴人ぶって

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0097
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]三薦苅 信濃乃真弓 不引為而 強<佐>留行事乎 知跡言莫君二 [郎女]
#[訓読]み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに [郎女]
#[仮名],みこもかる,しなぬのまゆみ,ひかずして,しひさるわざを,しるといはなくに
#[左注]
#[校異]作 -> 佐 [元][金][類]
#[鄣W],相聞,作者:石川郎女,久米禅師,歌垣,拒否,掛け合い歌,比喩,枕詞
#[訓異]
#[大意]み薦刈る信濃の真弓を引きもしないで、強引に誘う(弦を取り付ける)という方法を知っていると言わないことなのに。(言いませんよ)
#{語釈]
強<佐>留行事乎  しいさるわざ 強引に誘うこと
         代匠記、考 強は弦の誤り 弦作留  おはくる 弦を張る

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0098
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]梓弓 引者随意 依目友 後心乎 知勝奴鴨 [郎女]
#[訓読]梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも [郎女]
#[仮名],あづさゆみ,ひかばまにまに,よらめども,のちのこころを,しりかてぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:石川郎女,久米禅師,歌垣,掛け合い歌,比喩
#[訓異]
#[大意]梓弓ではないが引くのにまかせて身を寄せるだろうが、後々の気持ちを知ることができかねることだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0099
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]梓弓 都良絃取波氣 引人者 後心乎 知人曽引 [禅師]
#[訓読]梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く [禅師]
#[仮名],あづさゆみ,つらをとりはけ,ひくひとは,のちのこころを,しるひとぞひく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:久米禅師,石川郎女,歌垣,掛け合い歌,比喩
#[訓異]
#[大意]梓弓に弦を取り付けて引く人は後々の気持ちも知っている人が引くのです
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0100
#[題詞](久米禅師娉石川郎女時歌五首)
#[原文]東人之 荷向篋乃 荷之緒尓毛 妹情尓 乗尓家留香問 [禅師]
#[訓読]東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも [禅師]
#[仮名],あづまひとの,のさきのはこの,にのをにも,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注]
#[校異]問 [元][類] 聞
#[鄣W],相聞,作者:久米禅師,石川郎女,歌垣,掛け合い歌,序詞
#[訓異]
#[大意]東国の人が奉る貢ぎの初物の箱の紐が固く結ばれているように固く妹の心に乗ってしまったことであるよ
#{語釈]
東人の  歌の最初が信濃であるために意識している
荷前  毎年の貢ぎ物の初物
箱の荷の緒 固く結んでいる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0101
#[題詞]大伴宿祢娉巨勢郎女時歌一首 [大伴宿祢諱曰安麻呂也難波朝右大臣大紫大伴長徳卿之第六子平城朝任大納言兼大将軍薨也]
#[原文]玉葛 實不成樹尓波 千磐破 神曽著常云 不成樹別尓
#[訓読]玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに
#[仮名],たまかづら,みならぬきには,ちはやぶる,かみぞつくといふ,ならぬきごとに
#[左注]
#[校異]磐 [元][類] 盤
#[鄣W],相聞,作者:大伴安麻呂,巨勢郎女,掛け合い歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]玉葛の実ではないが、実のならない木には恐ろしい神がとり憑くと言いますよ。実のならない木ごとに。
#{語釈]
大伴宿祢  細注にあるように大伴安麻呂。旅人の父。
      和銅7年5月 薨去 大納言兼大将軍
巨勢郎女 田主の母 126~8

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0102
#[題詞]巨勢郎女報贈歌一首 [即近江朝大納言巨勢人卿之女也]
#[原文]玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎
#[訓読]玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我れ恋ひ思ふを
#[仮名],たまかづら,はなのみさきて,ならずあるは,たがこひにあらめ,あはこひもふを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:巨勢郎女,大伴安麻呂,掛け合い歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]玉葛の花ばかり咲いて実がならないのは、誰の恋でしょうか。自分は恋い思っているのに。
#{語釈]
巨勢人卿 比等 比登 天智10年御史大夫(中納言)
     壬申の乱で近江朝の将。乱後、子孫とともに配流

#[説明]
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#[番号]02/0103
#[題詞]明日香清御原宮御宇天皇代 [天渟<中>原瀛真人天皇謚曰天武天皇] / 天皇賜藤原夫人御歌一首
#[原文]吾里尓 大雪落有 大原乃 古尓之郷尓 落巻者後
#[訓読]我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後
#[仮名],わがさとに,おほゆきふれり,おほはらの,ふりにしさとに,ふらまくはのち
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:天武天皇,藤原夫人,贈答,掛け合い歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]我が里に大雪が降った。大原の古ぼけた里に降るのは時間の問題だろう。
#{語釈]
藤原夫人  鎌足の娘 五百重娘。新田部皇子の母

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0104
#[題詞]藤原夫人奉和歌一首
#[原文]吾岡之 於可美尓言而 令落 雪之摧之 彼所尓塵家武
#[訓読]我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ
#[仮名],わがをかの,おかみにいひて,ふらしめし,ゆきのくだけし,そこにちりけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:藤原夫人,天武天皇,贈答,掛け合い歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]我が岡の水の神に言って降らせた雪が砕けたのがそこに散ったのでしょうね。
#{語釈]
おかみ 水を司る龍神

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0105
#[題詞]藤原宮御宇天皇<代> [天皇謚曰持統天皇元年丁亥十一年譲位軽太子尊号曰太上天皇也] / 大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首
#[原文]吾勢(I)乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之
#[訓読]我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし
#[仮名],わがせこを,やまとへやると,さよふけて,あかときつゆに,われたちぬれし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大伯皇女,大津皇子,伊勢神宮,悲劇,歌語り,斎宮,見送り,羈旅,三重,地名
#[訓異]
#[大意]我が背子を大和へ帰すとしているとすっかり夜更けになって明け方の露に自分は立ち濡れたことである
#{語釈]
#[説明]
日本書紀の記事

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#[番号]02/0106
#[題詞](大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首)
#[原文]二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武
#[訓読]ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ
#[仮名],ふたりゆけど,ゆきすぎかたき,あきやまを,いかにかきみが,ひとりこゆらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大伯皇女,大津皇子,伊勢神宮,悲劇,歌語り,斎宮,見送り,羈旅,三重,地名
#[訓異]
#[大意]二人で行くってもなかなか通り過ぎることが出来ない秋の山をどのようにあなたが独りで越えているのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0107
#[題詞]大津皇子贈石川郎女御歌一首
#[原文]足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所<沾> 山之四附二
#[訓読]あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに
#[仮名],あしひきの,やまのしづくに,いもまつと,われたちぬれぬ,やまのしづくに
#[左注]
#[校異]沽 -> 沾 [金][細][京]
#[鄣W],相聞,作者:大津皇子,石川郎女,歌垣,掛け合い歌,歌語り,枕詞
#[訓異]
#[大意]あしひきの山のしづくの中で妹をひたすら待っていると自分はすっかり濡れてしまったことであるよ。山のしづくに。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0108
#[題詞]石川郎女奉和歌一首
#[原文]吾乎待跡 君之<沾>計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
#[訓読]我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを
#[仮名],あをまつと,きみがぬれけむ,あしひきの,やまのしづくに,ならましものを
#[左注]
#[校異]沽 -> 沾 [金][細][京]
#[鄣W],相聞,作者:石川郎女,大津皇子,歌垣,掛け合い歌,歌語り,枕詞
#[訓異]
#[大意]自分を待つとしてあなたが濡れたあしひきの山のしづくになればよかったはねぇ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0109
#[題詞]大津皇子竊婚石川女郎時津守連通占露其事皇子御作歌一首 <[未詳]>
#[原文]大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之
#[訓読]大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し
#[仮名],おほぶねの,つもりがうらに,のらむとは,まさしにしりて,わがふたりねし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大津皇子,石川郎女,津守通,占い,歌語り,枕詞
#[訓異]
#[大意]大船が泊まる港である津。その津守の占いに出ようとは、そんなことはとっくに知って自分は二人で寝たのだ。

#{語釈]
津守連通 和銅7年正月従五位下。養老五年正月陰陽道の達人として表彰。
     時代が合わない。大津皇子事件は686 和銅7年は714年 28年の開きがある


#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0110
#[題詞]日並皇子尊贈賜石川女郎御歌一首 [女郎字曰大名兒也]
#[原文]大名兒 彼方野邊尓 苅草乃 束之間毛 吾忘目八
#[訓読]大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや
#[仮名],おほなこを,をちかたのへに,かるかやの,つかのあひだも,われわすれめや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:日並皇子:草壁皇子,石川郎女,大津皇子,大名兒,歌語り,序詞,植物
#[訓異]
#[大意]大名兒よ。あちらこちらの野辺で苅る草を束ねた束のわずかな隙間のようにそのようなわずかな間も自分は忘れていようか。
#{語釈]
大名兒  石川郎女のこと

#[説明]
関連歌 大津皇子自傷歌 03/416 大来皇女追悼 02/163~166
一連の歌物語があったか。

#[関連論文]

#[番号]02/0111
#[題詞]幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首
#[原文]古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 <鳴><濟>遊久
#[訓読]いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く
#[仮名],いにしへに,こふるとりかも,ゆづるはの,みゐのうへより,なきわたりゆく
#[左注]
#[校異]<> -> 鳴 [西(右書)][元][金] / 渡 -> 濟 [元][金]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,額田王,懐古,動物,贈答,吉野,行幸,動物,植物,持統
#[訓異]
#[大意]昔の時代を恋い思う鳥なのだろうか。弓絃葉の御井のほとりから鳴き渡って行くよ。
#{語釈]
弓絃葉 トウダイグサ科の常緑高木 ゆずり葉
御井   常緑樹である弓絃葉が生えていることで、神祭りの折の聖水を取る井戸
     そこから鳴いて飛ぶ鳥であるので、天武の魂を運ぶ霊鳥と考えている。

#[説明]
弓削皇子と額田王  持統時代の不遇の弓削皇子

#[関連論文]

#[番号]02/0112
#[題詞]額田王奉和歌一首 [従倭京進入]
#[原文]古尓 戀良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾<念>流<碁>騰
#[訓読]いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと
#[仮名],いにしへに,こふらむとりは,ほととぎす,けだしやなきし,あがもへるごと
#[左注]
#[校異]戀 -> 念 [元][金][類][紀] / 其 -> 碁 [紀]
#[鄣W],相聞,作者:額田王,弓削皇子,贈答,懐古,吉野,行幸,動物,持統
#[訓異]
#[大意]昔のことを恋い思っている鳥はほととぎすでしょう。たぶん鳴いていたのでしょう。自分が思っているように
#{語釈]
ほととぎす 蜀魂亡帝の故事のように、天武天皇の再現と見るか。
      望帝杜宇は長江の氾濫に悩まされたが、それを治める男が出現、彼は宰相(帝王、補佐)に抜てきされた。 やがて望帝から帝位を譲られ、叢帝となり、望帝は山中に隠棲した。実は、望帝が叢帝の妻と親密になったのがばれたので望帝は隠棲したともいわれる。
 望帝杜宇は死ぬと、その霊魂はホトトギスに化身した。そして、杜宇が得意とした農耕を始める季節゜(春~初夏)が来ると、そのことを民に告げるため、杜宇の魂化身ホトトギスは鋭く鳴くようになったという。 月日は流れて、蜀は秦(中国初の古代統一国家。始皇帝が建国)に攻め滅ぼされた。それを知った杜宇ホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。帰ることが出来ない。)と鳴きながら血を吐いた。ホトトギスの口が赤いのはそのためだ。

#[説明]
額田王も天武時代をなつかしがっている

#[関連論文]

#[番号]02/0113
#[題詞]従吉野折取蘿生松柯遣時額田王奉入歌一首
#[原文]三吉野乃 玉松之枝者 波思吉香聞 君之御言乎 持而加欲波久
#[訓読]み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく
#[仮名],みよしのの,たままつがえは,はしきかも,きみがみことを,もちてかよはく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:額田王,弓削皇子,吉野,行幸,地名,植物,持統
#[訓異]
#[大意]み吉野の美しい松の枝はうらやましいことだ。あなたの言葉を持ってここに通ってくることを
#{語釈]
蘿生松柯 苔の生えた松の枝

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0114
#[題詞]但馬皇女在高市皇子宮時思穂積皇子御作歌一首
#[原文]秋田之 穂向乃所縁 異所縁 君尓因奈名 事痛有登母
#[訓読]秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも
#[仮名],あきのたの,ほむきのよれる,かたよりに,きみによりなな,こちたくありとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:但馬皇女,穂積皇子,恋愛,歌語り,高市皇子,植物
#[訓異]
#[大意]
秋の田の稲穂が一定の方向を向いているように自分の心はすべてあなたの方向に寄ってしまいたい。たとえ噂がひどくあったとしても

#{語釈]
但馬皇女  天武天皇皇女 母は藤原鎌足の娘人氷上娘
穂積皇子  天武天皇第8皇子
寄りなな  完了「ぬ」の未然形+願望の終助詞「な」

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0115
#[題詞]勅穂積皇子遣近江志賀山寺時但馬皇女御作歌一首
#[原文]遺居<而> 戀管不有者 追及武 道之阿廻尓 標結吾勢
#[訓読]後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背
#[仮名],おくれゐて,こひつつあらずは,おひしかむ,みちのくまみに,しめゆへわがせ
#[左注]
#[校異]与 -> 而 [元][類][紀]
#[鄣W],相聞,作者:但馬皇女,穂積皇子,恋愛,歌語り
#[訓異]
#[大意]後に残っていて恋い続けているよりは後を追って追いつこう。道の曲がり角毎に印を付けてください。我が背よ。
#{語釈]
近江志賀山寺 崇福寺 天智天皇建立
       悔過の法会 人麻呂近江荒都もこの時か。01/0029

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0116
#[題詞]但馬皇女在高市皇子宮時竊接穂積皇子事既形而御作<歌>一首
#[原文]人事乎 繁美許知痛美 己世尓 未渡 朝川渡
#[訓読]人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る
#[仮名],ひとごとを,しげみこちたみ,おのがよに,いまだわたらぬ,あさかはわたる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:但馬皇女,穂積皇子,恋愛,密通,歌語り,川渡り,うわさ,人言
#[訓異]
#[大意]人のうわさが多くてひどいので、自分のこの世にまだ渡ったことのない朝の河渡りをすることだ
#{語釈]
朝川渡る 恋いの河渡り 傷害になることの喩え

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0117
#[題詞]舎人皇子御歌一首
#[原文]大夫哉 片戀将為跡 嘆友 鬼乃益卜雄 尚戀二家里
#[訓読]ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり
#[仮名],ますらをや,かたこひせむと,なげけども,しこのますらを,なほこひにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:舎人皇子,大夫,恋愛
#[訓異]
#[大意]大夫たるものが片思いの恋いをするだろうかと嘆くけれども、醜い大夫はそれでも恋い思っていることだ
#{語釈]
舎人皇子 天武天皇第6皇子

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0118
#[題詞]舎人娘子奉和歌一首
#[原文]<嘆>管 大夫之 戀礼許曽 吾髪結乃 漬而奴礼計礼
#[訓読]嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ
#[仮名],なげきつつ,ますらをのこの,こふれこそ,わがかみゆひの,ひちてぬれけれ
#[左注]
#[校異]歎 -> 嘆 [元][金] / 髪結 [元] 結髪
#[鄣W],相聞,作者:舎人娘子,大夫,恋愛
#[訓異]
#[大意]嘆き続けても大夫男が来い思うからだろうか、自分の結んである髪がびしょびしょに濡れてしまうのだろうか
#{語釈]
舎人娘子 伝未詳 乳母子か。
我が髪結ひの漬ちてぬれけれ   あなたの嘆きが霧となって、自分の髪を濡らし、ほどける
05/0799 山上憶良
3/0370H01雨降らずとの曇る夜のぬるぬると恋ひつつ居りき君待ちがてり

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0119
#[題詞]弓削皇子思紀皇女御歌四首
#[原文]芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢<濃>香問
#[訓読]吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも
#[仮名],よしのかは,ゆくせのはやみ,しましくも,よどむことなく,ありこせぬかも
#[左注]
#[校異]流 -> 濃 [西(右書)][元][金][紀] / 問 [類][古][紀] 聞
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋愛,恋の停滞,地名
#[訓異]
#[大意]吉野川の流れる瀬が速いのでちょっとの間も淀んでいることはない。そのように二人の仲も停滞することなくあって欲しいものだ
#{語釈]
弓削皇子 天武天皇皇子 長皇子の同母弟
紀皇女 天武天皇皇女 穂積皇子の同母妹

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0120
#[題詞](弓削皇子思紀皇女御歌四首)
#[原文]吾妹兒尓 戀乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾
#[訓読]我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを
#[仮名],わぎもこに,こひつつあらずは,あきはぎの,さきてちりぬる,はなにあらましを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋歌,磐姫皇后歌,反実仮想,散る花,植物
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い思ってはいずに秋萩のように咲いて散ってしまう花であればよいのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0121
#[題詞](弓削皇子思紀皇女御歌四首)
#[原文]暮去者 塩満来奈武 住吉乃 淺鹿乃浦尓 玉藻苅手名
#[訓読]夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな
#[仮名],ゆふさらば,しほみちきなむ,すみのえの,あさかのうらに,たまもかりてな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋歌,玉藻刈り,比喩,地名,植物
#[訓異]
#[大意]夕方になると潮が満ちて来るであろう住吉の浅香の浦で玉藻を苅ろうよ
#{語釈]
浅香の浦  大阪南部から堺にかけての海岸

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0122
#[題詞](弓削皇子思紀皇女御歌四首)
#[原文]大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓
#[訓読]大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に
#[仮名],おほぶねの,はつるとまりの,たゆたひに,ものもひやせぬ,ひとのこゆゑに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:弓削皇子,紀皇女,恋歌
#[訓異]
#[大意]大きな船が停泊する港の水がゆらゆらしているように、そのように恋いが停滞して物思いをして痩せてしまった。人間の子であるから
#{語釈]
人の子故に  人は妹のことを指すのか、自分自身を指すのかは不明
       妹だとすると、あなたのためにということになる
#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0123
#[題詞]三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首
#[原文]多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香 [三方沙弥]
#[訓読]たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか [三方沙弥]
#[仮名],たけばぬれ,たかねばながき,いもがかみ,このころみぬに,かきいれつらむか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:三方沙弥,園臣生羽女,恋歌,心配
#[訓異]
#[大意]掻き上げて結ぶとずるずるとほどけ、結ばなければ長い妹の髪は、この頃会っていないが誰かが髪上げをして、掻き上げているのだろうか
#{語釈]
三方沙弥  伝未詳。沙弥は仏門の入門者。出家僧が娘と婚姻するはずはないので、出家した後の名前であろう。
娶園臣生羽之女 伝未詳。
たけばぬれ たくは、髪を結んで上げること。ぬれは、ほどける。まだ結ぶには短いことを言う
かきいれつらむ 髪を掻き上げているだろうか 誰か他の男の手によって髪上げをしているだろうかという不安

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0124
#[題詞](三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首)
#[原文]人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母 [娘子]
#[訓読]人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも [娘子]
#[仮名],ひとみなは,いまはながしと,たけといへど,きみがみしかみ,みだれたりとも
#[左注]
#[校異]皆者 [元][紀] 者皆
#[鄣W],相聞,作者:園生羽女,三方沙弥,恋歌,なぐさめ,安心
#[訓異]
#[大意]人まみんな今はもう長い。書き上げろと言うが、あなたが見た髪であるのだらかたとえ乱れているとしても(そのままにしてあります。あなた以外には書き上げる人はいませんよ)
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0125
#[題詞](三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首)
#[原文]橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而 [三方沙弥]
#[訓読]橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして [三方沙弥]
#[仮名],たちばなの,かげふむみちの,やちまたに,ものをぞおもふ,いもにあはずして
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:三方沙弥,物思い,植物
#[訓異]
#[大意]橘の影を踏む道のその八方に分かれる衢でもの思いをする。妹に会わないで。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0126
#[題詞]石川女郎贈大伴宿祢田主歌一首 [即佐保大納言大伴卿<之>第二子 母曰巨勢朝臣也]
#[原文]遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曽能風流士
#[訓読]風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士
#[仮名],みやびをと,われはきけるを,やどかさず,われをかへせり,おそのみやびを
#[左注]大伴田主字曰仲郎 容姿佳艶風流秀絶 見人聞者靡不歎息也 時有石川女郎 自成雙栖之感恒悲獨守之難 意欲寄書未逢良信 爰作方便而似賎嫗 己提堝子而到寝側 哽音蹢足叩戸諮曰 東隣貧女将取火来矣 於是仲郎 暗裏非識冒隠之形 慮外不堪拘接之計 任念取火就跡歸去也 明後女郎 既恥自媒之可愧 復恨心契之弗果 因作斯歌以贈謔<戯>焉
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:石川女郎,大伴田主,贈答,掛け合い,歌語り
#[訓異]
#[大意]風雅を解する人だと自分は聞いていたが、宿を貸さないで自分を帰してしまった。偽物の風流士だこと
#{語釈]
石川女郎  107~110の石川郎女と同一人か。
大伴宿祢田主 大伴安麻呂と巨勢郎女の間の子。旅人の異母弟
風流士 みやびを  教養の高い風雅の士

左注
大伴田主は字を仲郎と曰ふ。 容姿佳艶(きらきら)しく、風流秀絶たり。見る人、聞く者、嘆息せざるは靡(な)し。時に石川女郎有り。自ら雙栖の感を成し、恒に獨守の難きを悲しぶ。意に書を寄せむと欲せども未だ良信に逢はず。爰に方便を作して賎嫗に似せ、己れ堝子を提げて寝側に到り、 哽音蹢足して叩ち戸を諮きて曰く、東隣の貧女、将に火を取らむとして来たる。是に仲郎、暗裏に冒隠の形を識るに非らず。慮外拘接之計に堪へず、念(おも)ひに任せて火を取らせて跡に就きて歸り去らしむ。明後(あくるのち)女郎、既に自媒の愧づ可きを恥じ、復た心契の弗果(みの)らぬことを恨む。因りて斯の歌を作り以て謔戯を贈る

東隣の貧女  司馬相如 美人賦
拘接之計 相手を引き留めて交わること

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0127
#[題詞]大伴宿祢田主報贈<歌>一首
#[原文]遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曽 風流士者有
#[訓読]風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある
#[仮名],みやびをに,われはありけり,やどかさず,かへししわれぞ,みやびをにはある
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:大伴田主,石川女郎,贈答,掛け合い,歌語り
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
#[説明]風流士で自分はあることだ。宿を貸さないで帰した自分こそ風流士である。
#[関連論文]

#[番号]02/0128
#[題詞]同石川女郎更贈大伴田主中郎歌一首
#[原文]吾聞之 耳尓好似 葦若<末>乃 足痛吾勢 勤多扶倍思
#[訓読]我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし
#[仮名],わがききし,みみによくにる,あしのうれの,あしひくわがせ,つとめたぶべし
#[左注]右依中郎足疾贈此歌問訊也
#[校異]未 -> 末 [万葉考]
#[鄣W],相聞,作者:石川女郎,大伴田主,贈答,掛け合い,歌語り,植物
#[訓異]
#[大意]自分が聞いていたとおりの葦の葉先のようななよなよと足を引く我が背よ。お大事に。
#{語釈]
左注  右、中郎の足の疾に依りて此の歌を贈り問ひ訊ぬる也

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0129
#[題詞]大<津>皇子宮侍石川女郎贈大伴宿祢宿奈麻呂歌一首 [女郎字曰山田郎女也宿奈麻呂宿祢者大納言兼大将軍卿之第三子也]
#[原文]古之 嫗尓為而也 如此許 戀尓将沈 如手童兒 [戀乎<大>尓忍金手武多和良波乃如]
#[訓読]古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと [恋をだに忍びかねてむ手童のごと]
#[仮名],ふりにし,おみなにしてや,かくばかり,こひにしづまむ,たわらはのごと,[こひをだに,しのびかねてむ,たわらはのごと]
#[左注]
#[校異]伴 -> 津 [元][古][紀] / 大 [紀][温][矢] 太
#[鄣W],相聞,作者:石川女郎,大伴宿奈麻呂,大津皇子,山田郎女,恋歌,恋情
#[訓異]
#[大意]年老いた老婆であるのに、このように恋に沈んでしまうのだろうか。子どものように[恋ごときに耐えかねているのだろうか。子どものように]
#{語釈]
大<津>皇子宮侍石川女郎 大津皇子の侍女  大名児とは別人
大伴宿祢宿奈麻呂 大伴安麻呂の子ども

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0130
#[題詞]長皇子与皇弟御歌一首
#[原文]丹生乃河 瀬者不渡而 由久遊久登 戀痛吾弟 乞通来祢
#[訓読]丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね
#[仮名],にふのかは,せはわたらずて,ゆくゆくと,こひたしわがせ,いでかよひこね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:長皇子,弓削皇子,弟,恋情,川渡り,同性,恋歌,地名,贈答
#[訓異]
#[大意]丹生の川の早瀬は渡らないで滞りなく、ひどく恋い思う我が背よ。さあ通ってきてください
#{語釈]
丹生の川  吉野の丹生川を指すか。
ゆくゆくと ずんずんと 滞りなく


#[説明]
#[関連論文]

#[番号]02/0131
#[題詞]柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌]
#[原文]石見乃海 角乃浦廻乎 浦無等 人社見良目 滷無等 [一云 礒無登] 人社見良目 能咲八師 浦者無友 縦畫屋師 滷者 [一云 礒者] 無鞆 鯨魚取 海邊乎指而 和多豆乃 荒礒乃上尓 香青生 玉藻息津藻 朝羽振 風社依米 夕羽振流 浪社来縁 浪之共 彼縁此依 玉藻成 依宿之妹乎 [一云 波之伎余思 妹之手本乎] 露霜乃 置而之来者 此道乃 八十隈毎 萬段 顧為騰 弥遠尓 里者放奴 益高尓 山毛越来奴 夏草之 念思奈要而 志<怒>布良武 妹之門将見 靡此山
#[訓読]石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと [一云 礒なしと] 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は [一云 礒は] なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を [一云 はしきよし 妹が手本を] 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山
#[仮名],いはみのうみ,つののうらみを,うらなしと,ひとこそみらめ,かたなしと,[いそなしと],ひとこそみらめ,よしゑやし,うらはなくとも,よしゑやし,かたは,[いそは],なくとも,いさなとり,うみへをさして,にきたづの,ありそのうへに,かあをなる,たまもおきつも,あさはふる,かぜこそよせめ,ゆふはふる,なみこそきよれ,なみのむた,かよりかくより,たまもなす,よりねしいもを,[はしきよし,いもがたもとを],つゆしもの,おきてしくれば,このみちの,やそくまごとに,よろづたび,かへりみすれど,いやとほに,さとはさかりぬ,いやたかに,やまもこえきぬ,なつくさの,おもひしなえて,しのふらむ,いもがかどみむ,なびけこのやま
#[左注]
#[校異]奴 -> 怒 [元][紀][温]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,枕詞,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の海の角の浦のめぐりはよい浦がないと人は見るだろう。よい干潟がないと[磯はない]と人は見るだろう。たとえよい浦はなくとも、たとえよい干潟は[磯は]なくとも、鯨魚を捕る海辺を指して、よい田のある津の荒磯のあたりに青々とした美しい藻や沖の藻に朝に鳥が羽ばたいて起きるような風が寄せて来るだろう。夕方になると波がやって来るだろう。その波と共にあちらによりこちらに寄り、玉藻のように寄って寝た妹を[いとしい妹の袂を]、露や霜のように置いて来たので、この道の多くの曲がり角ごとに何度も振り返り見るけれども、ますます遠く里は離れた。ますます高く山も越えて来た。夏草のように思いしおれて自分のことを偲んでいるだろう妹の門を見よう。靡けよ。この山よ。

#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0132
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首
#[原文]石見乃也 高角山之 木際従 我振袖乎 妹見都良武香
#[訓読]石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
#[仮名],いはみのや,たかつのやまの,このまより,わがふるそでを,いもみつらむか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の高角山の木の間より自分が振る袖を妹は見ているだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0133
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首)
#[原文]小竹之葉者 三山毛清尓 乱友 吾者妹思 別来礼婆
#[訓読]笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば
#[仮名],ささのはは,みやまもさやに,さやげども,われはいもおもふ,わかれきぬれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,悲別
#[訓異]
#[大意]笹の葉は、み山にもさやさやとさやいでいるけれども、自分は妹のことを思う。別れてきたので
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0134
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])或本反歌曰
#[原文]石見尓有 高角山乃 木間従文 吾袂振乎 妹見監鴨
#[訓読]石見なる高角山の木の間ゆも我が袖振るを妹見けむかも
#[仮名],いはみなる,たかつのやまの,このまゆも,わがそでふるを,いもみけむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,異伝,推敲,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]石見にある高角山の木の間からも自分が振る袖を妹は見ていただろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0135
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])
#[原文]角<障>經 石見之海乃 言佐敝久 辛乃埼有 伊久里尓曽 深海松生流 荒礒尓曽 玉藻者生流 玉藻成 靡寐之兒乎 深海松乃 深目手思騰 左宿夜者 幾毛不有 延都多乃 別之来者 肝向 心乎痛 念乍 顧為騰 大舟之 渡乃山之 黄葉乃 散之乱尓 妹袖 清尓毛不見 嬬隠有 屋上乃 [一云 室上山] 山乃 自雲間 渡相月乃 雖惜 隠比来者 天傳 入日刺奴礼 大夫跡 念有吾毛 敷妙乃 衣袖者 通而<沾>奴
#[訓読]つのさはふ 石見の海の 言さへく 唐の崎なる 海石にぞ 深海松生ふる 荒礒にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は 幾だもあらず 延ふ蔦の 別れし来れば 肝向ふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど 大船の 渡の山の 黄葉の 散りの乱ひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の [一云 室上山] 山の 雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる我れも 敷栲の 衣の袖は 通りて濡れぬ
#[仮名],つのさはふ,いはみのうみの,ことさへく,からのさきなる,いくりにぞ,ふかみるおふる,ありそにぞ,たまもはおふる,たまもなす,なびきねしこを,ふかみるの,ふかめておもへど,さねしよは,いくだもあらず,はふつたの,わかれしくれば,きもむかふ,こころをいたみ,おもひつつ,かへりみすれど,おほぶねの,わたりのやまの,もみちばの,ちりのまがひに,いもがそで,さやにもみえず,つまごもる,やかみの,[むろかみやま],やまの,くもまより,わたらふつきの,をしけども,かくらひくれば,あまづたふ,いりひさしぬれ,ますらをと,おもへるわれも,しきたへの,ころものそでは,とほりてぬれぬ
#[左注]
#[校異]鄣 -> 障 [元][金][紀] / 沽 -> 沾 [金][温][京]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,枕詞,悲別
#[訓異]
#[大意]つのさはふ石見の海の言葉が通じない韓ではないが韓の埼にある暗礁に海底深い海松が生えている。荒磯には玉藻は生えている。その玉藻のように靡いて共寝をしたあの子を海松が海底深く生えるように心を深く恋い思うが、共寝をした夜はいくらもない。這っている蔦のように別れて来たので、肝が向かう心が痛いので、恋い思い続けて振り返りみると、大船が渡るという渡の山の黄葉の散り乱れる中で妹の袖ははっきりとも見えない。妻が隠る家である屋上の山[一云 室上山]の雲の間より渡っていく突きのように名残惜しいけれども、次第に隠れて来るので、天を伝わる入り日が指して来るので、大夫と思っている自分も敷栲の衣の袖は涙で通って濡れたことだ。

#{語釈]
つのさはふ 「つの」は萌えだした芽 「さはふ」は障ふで、芽の成長の傷害となる岩の意味で「いは」にかかる。
唐の崎 江津市波子町大崎鼻あたりか。千畳敷の韓島とも。
海石 海中の暗礁
海松 ミル 藻
渡の山 所在未詳  江の川に渡津という地名がある
屋上の山 江津市の室上山(島星山)か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0136
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首
#[原文]青駒之 足掻乎速 雲居曽 妹之當乎 過而来計類 [一云 當者隠来計留]
#[訓読]青駒が足掻きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける [一云 あたりは隠り来にける]
#[仮名],あをこまが,あがきをはやみ,くもゐにぞ,いもがあたりを,すぎてきにける,[あたりは,かくりきにける]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]白馬の足掻きが早いので雲居はるかに妹のあたりを過ぎてやって来たことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0137
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])反歌二首)
#[原文]秋山尓 落黄葉 須臾者 勿散乱曽 妹之<當>将見 [一云 知里勿乱曽]
#[訓読]秋山に落つる黄葉しましくはな散り乱ひそ妹があたり見む [一云 散りな乱ひそ]
#[仮名],あきやまに,おつるもみちば,しましくは,なちりまがひそ,いもがあたりみむ,[ちりなまがひそ]
#[左注]
#[校異]雷 -> 當 [元][類]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,植物,悲別
#[訓異]
#[大意]秋の山に落ちる黄葉はしばらくは散り乱れるなよ。妹のあたりを見ようから
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0138
#[題詞](柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])或本歌一首[并短歌]
#[原文]石見之海 津乃浦乎無美 浦無跡 人社見良米 滷無跡 人社見良目 吉咲八師 浦者雖無 縦恵夜思 潟者雖無 勇魚取 海邊乎指而 柔田津乃 荒礒之上尓 蚊青生 玉藻息都藻 明来者 浪己曽来依 夕去者 風己曽来依 浪之共 彼依此依 玉藻成 靡吾宿之 敷妙之 妹之手本乎 露霜乃 置而之来者 此道之 八十隈毎 萬段 顧雖為 弥遠尓 里放来奴 益高尓 山毛超来奴 早敷屋師 吾嬬乃兒我 夏草乃 思志萎而 将嘆 角里将見 靡此山
#[訓読]石見の海 津の浦をなみ 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 明け来れば 波こそ来寄れ 夕されば 風こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 靡き我が寝し 敷栲の 妹が手本を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里離り来ぬ いや高に 山も越え来ぬ はしきやし 我が妻の子が 夏草の 思ひ萎えて 嘆くらむ 角の里見む 靡けこの山
#[仮名],いはみのうみ,つのうらをなみ,うらなしと,ひとこそみらめ,かたなしと,ひとこそみらめ,よしゑやし,うらはなくとも,よしゑやし,かたはなくとも,いさなとり,うみべをさして,にきたつの,ありそのうへに,かあをなる,たまもおきつも,あけくれば,なみこそきよれ,ゆふされば,かぜこそきよれ,なみのむた,かよりかくより,たまもなす,なびきわがねし,しきたへの,いもがたもとを,つゆしもの,おきてしくれば,このみちの,やそくまごとに,よろづたび,かへりみすれど,いやとほに,さとさかりきぬ,いやたかに,やまもこえきぬ,はしきやし,わがつまのこが,なつくさの,おもひしなえて,なげくらむ,つののさとみむ,なびけこのやま
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,異伝,推敲,島根,地名,枕詞,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の海の津の浦がないのでよい浦はないと人は見るだろう。よい干潟はないと人は見るだろう。たとえよい浦はなくとも、たとえよい干潟はなくとも鯨魚を捕る海辺を指して柔田津の荒磯の上に青い玉藻や海の中の藻に夜が明けてくると波が寄せて来る。夕方になると風が吹いて来る。その波とともにあちらに寄りこちらに寄り玉藻のように靡いて自分が共寝をした敷栲の妹の袂を露や霜のように置いて来たので、この道の多くの曲がり角ごとに何度も振り返り見るが、ますます遠く里は離れて来た。ますます高く山も越えて来た。愛しい我が妻のあの子が夏草のように恋い思ってしおれて嘆いているだろう。角の里を見よう。靡けよ。この山よ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0139
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌])或本歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]石見之海 打歌山乃 木際従 吾振袖乎 妹将見香
#[訓読]石見の海打歌の山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか
#[仮名],いはみのうみ,うつたのやまの,このまより,わがふるそでを,いもみつらむか
#[左注]右歌躰雖同句々相替 因此重載
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,異伝,推敲,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]石見の海打歌の山の木の間より自分が振る袖を妹は見ているだろうか
#{語釈]
打歌の山  所在未詳

#[説明]
推敲説
0138・9 初稿 -> 0131・0134(一云)推敲 ->0135本文・0132・0133
続編を要求される 0136・0137・0138(一云) -> 推敲 0136・0137・0138

人麻呂が石見に地方官人として赴任した時の現地妻との経験をもとにして藤原宮廷で創作した。
同様に地方赴任して現地妻との別れを経験した他の官人たちに評判になる。
続編を要求されて0136以下を詠む。

#[関連論文]


#[番号]02/0140
#[題詞]柿本朝臣人麻呂妻依羅娘子与人麻呂相別歌一首
#[原文]勿念跡 君者雖言 相時 何時跡知而加 吾不戀有牟
#[訓読]な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ
#[仮名],なおもひと,きみはいへども,あはむとき,いつとしりてか,あがこひずあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂,依羅娘子,離別,石見相聞歌,上京,地方官,島根,地名,悲別
#[訓異]
#[大意]恋い思うなと人は言うけれども、会う時をいつと知って自分が恋い思わないでいようか
#{語釈]
#[説明]
依羅娘子は、河内渡来系氏族である依羅氏の娘。氏女として宮廷に出仕。
人麻呂の妻として、答える。
持統宮廷での演劇的な所作も伴った別離の歌として披露された。

#[関連論文]


#[番号]02/0141
#[題詞]挽歌 / 後岡本宮御宇天皇代 [天豊財重日足姫天皇譲位後即後岡本宮] / 有間皇子自傷結松枝歌二首
#[原文]磐白乃 濱松之枝乎 引結 真幸有者 亦還見武
#[訓読]磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む
#[仮名],いはしろの,はままつがえを,ひきむすび,まさきくあらば,またかへりみむ
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:有間皇子,結び松,自傷,歌語り,謀反,羈旅,鎮魂,和歌山,地名
#[訓異]
#[大意]
磐白の浜松の枝を引き結んで、無事であったならばまた帰って来て見よう。
#{語釈]
磐白 和歌山県日高郡みなべ町岩代 01/0010

#[説明]
有間皇子事件との関連

#[関連論文]


#[番号]02/0142
#[題詞](有間皇子自傷結松枝歌二首)
#[原文]家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛
#[訓読]家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
#[仮名],いへにあれば,けにもるいひを,くさまくら,たびにしあれば,しひのはにもる
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:有間皇子,手向け,羈旅,鎮魂,和歌山,地名
#[訓異]
#[大意]家にいると立派な器に盛る飯を草枕の旅であるので椎の葉に盛ることだ
#{語釈]
#[説明]
神饌説と食事説がある。

#[関連論文]


#[番号]02/0143
#[題詞]長忌寸意吉麻呂見結松哀咽歌二首
#[原文]磐代乃 <崖>之松枝 将結 人者反而 復将見鴨
#[訓読]磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも
#[仮名],いはしろの,きしのまつがえ,むすびけむ,ひとはかへりて,またみけむかも
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]岸 -> 崖 [金][元][古]
#[鄣W],挽歌,作者:長意吉麻呂,有間皇子,鎮魂,行幸,追悼,結び松,和歌山,地名,植物
#[訓異]
#[大意]磐代の崖の松の枝を結んだ人はまた帰って来てみただろうか
#{語釈]
長忌寸意吉麻呂 持統朝の宮廷歌人 
"#[番号]03/0238""#[題詞]長忌寸意吉麻呂應詔歌一首"
"#[番号]03/0265""#[題詞]長忌寸奥麻呂歌一首"
"#[番号]06/0999""#[題詞](春三月幸于難波宮之時歌六首)"
"#[番号]09/1673""#[題詞](大寳元年辛丑冬十月太上天皇大行天皇幸紀伊國時歌十三首)"
"#[番号]16/3824""#[題詞]長忌寸意吉麻呂歌八首"

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0144
#[題詞](長忌寸意吉麻呂見結松哀咽歌二首)
#[原文]磐代之 野中尓立有 結松 情毛不解 古所念
#[訓読]磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ
#[仮名],いはしろの,のなかにたてる,むすびまつ,こころもとけず,いにしへおもほゆ
#[左注](右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:長意吉麻呂,有間皇子,鎮魂,行幸,追悼,結び松,和歌山,地名,植物
#[訓異]
#[大意]磐白の野の中に立っている結び松よ。心も解けずに昔のことが思われてならない。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0145
#[題詞]山上臣憶良追和歌一首
#[原文]鳥翔成 有我欲比管 見良目杼母 人社不知 松者知良武
#[訓読]鳥翔成あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ
#[仮名],あまがけり,ありがよひつつ,みらめども,ひとこそしらね,まつはしるらむ
#[左注]右件歌等雖不挽柩之時所作<准>擬歌意 故以載于挽歌類焉
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:山上憶良,追和,長意吉麻呂,有間皇子,結び松,宴席,行幸,難訓,植物
#[訓異]
#[大意]有間皇子の魂は、天をかけって何度も通ってこの結び松を見ているだろうが、人はわからないが松は知っているだろう
#{語釈]
鳥翔成  難訓  天かけり  「鳥羽なす」で鳥の羽のように
見らめども  有間皇子の魂が主語

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0146
#[題詞]大寶元年辛丑幸于紀伊國時<見>結松歌一首 [柿本朝臣人麻呂歌集中出也]
#[原文]後将見跡 君之結有 磐代乃 子松之宇礼乎 又将見香聞
#[訓読]後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも
#[仮名],のちみむと,きみがむすべる,いはしろの,こまつがうれを,またもみむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,柿本人麻呂歌集,結び松,和歌山,地名,植物
#[訓異]
#[大意]後になって見ようとあなたが結んだ磐白の小松の枝の末をあなたはまた見ただろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0147
#[題詞]近江大津宮御宇天皇代 [天命開別天皇謚曰天智天皇] / 天皇聖躬不豫之時太后奉御歌一首
#[原文]天原 振放見者 大王乃 御壽者長久 天足有
#[訓読]天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり
#[仮名],あまのはら,ふりさけみれば,おほきみの,みいのちはながく,あまたらしたり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,近江朝挽歌,寿詞,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]天の原を振り仰いで見ると大君の御命は長く天に満ちている
#{語釈]
天の原振り放け見れば   呪的な行動
<太>后   倭太后 生没年未詳  父は古人大兄皇子

#[説明]
長久を願った表現。逆さまの言葉を言うことによって言祝ぎとする

#[関連論文]


#[番号]02/0148
#[題詞]一書曰近江天皇聖躰不豫御病急時<太>后奉獻御歌一首
#[原文]青旗乃 木旗能上乎 賀欲布跡羽 目尓者雖視 直尓不相香裳
#[訓読]青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも
#[仮名],あをはたの,こはたのうへを,かよふとは,めにはみれども,ただにあはぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,近江朝挽歌,一書,幻想,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]青旗の木幡のあたりを通っているとは目には見えるが直接会うことは出来ないことだ
#{語釈]
青旗の  木幡の枕詞 青い旗が立ち並ぶような樹木の意味
木幡 京都市宇治市北部  山科御料の南

#[説明]
呪的な幻想

#[関連論文]


#[番号]02/0149
#[題詞]天皇崩後之時倭太后御作歌一首
#[原文]人者縦 念息登母 玉蘰 影尓所見乍 不所忘鴨
#[訓読]人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも
#[仮名],ひとはよし,おもひやむとも,たまかづら,かげにみえつつ,わすらえぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,近江朝挽歌,復活,鎮魂,魂よばひ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]他人はたとえ忘れてしまったとしても自分は玉葛ではないが姿に見え続けて忘れることは出来ないだろう

#{語釈]
玉葛 古代祭詞用の冠をカゲといい、髪にかんざしのようなものを垂らしたことから葛のカゲと続く。

#[説明]
実際の葬儀の際の装飾(蔓のカゲ)を詠み込んでいる
#[関連論文]


#[番号]02/0150
#[題詞]天皇崩時婦人作歌一首 [姓氏未詳]
#[原文]空蝉師 神尓不勝者 離居而 朝嘆君 放居而 吾戀君 玉有者 手尓巻持而 衣有者 脱時毛無 吾戀 君曽伎賊乃夜 夢所見鶴
#[訓読]うつせみし 神に堪へねば 離れ居て 朝嘆く君 放り居て 我が恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 夢に見えつる
#[仮名],うつせみし,かみにあへねば,はなれゐて,あさなげくきみ,さかりゐて,あがこふるきみ,たまならば,てにまきもちて,きぬならば,ぬくときもなく,あがこふる,きみぞきぞのよ,いめにみえつる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:婦人,天智天皇,近江朝挽歌,鎮魂,復活,魂よばひ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]この世の人間は神ではないので、この世から離れてしまって朝に嘆息する大君よ。いなくなってしまって自分が恋い思う大君よ。玉であるならば手に巻いて持って、衣ならば脱ぐ時もなく、自分が恋い思う大君が昨夜夢に見えたことだ。

#{語釈]
夢に見えつる  復活を示す

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0151
#[題詞]天皇大殯之時歌二首
#[原文]如是有乃 <懐>知勢婆 大御船 泊之登萬里人 標結麻思乎 [額田王]
#[訓読]かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを [額田王]
#[仮名],かからむと,かねてしりせば,おほみふね,はてしとまりに,しめゆはましを
#[左注]
#[校異]豫 -> 懐 [金][類][古] / 人 [古][紀] 尓
#[鄣W],挽歌,作者:額田王,天智天皇,近江朝挽歌,殯宮,魂よばひ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]このようだとかねてから知っていたならば大御船が停泊していた港にしめ縄を結んで出さないようにしたものなのに
#{語釈]
標結はましを 港の出口に標を張って大君の魂を乗せた舟を出さないようにしたものなのにという解釈
       港に標を張って、悪霊が入って来ないようにしたものなのにという解釈

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0152
#[題詞](天皇大殯之時歌二首)
#[原文]八隅知之 吾期大王乃 大御船 待可将戀 四賀乃辛埼 [舎人吉年]
#[訓読]やすみしし我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎 [舎人吉年]
#[仮名],やすみしし,わごおほきみの,おほみふね,まちかこふらむ,しがのからさき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人吉年,天智天皇,近江朝挽歌,殯宮,滋賀,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]やすみしし我が大君の大御船を待ちこがれているだろうか志賀の唐崎は
#{語釈]
志賀の唐崎 滋賀県大津市下阪本町唐崎  巻1・30 唐崎の松が有名
      船遊びの場

#[説明]

#[関連論文]


#[番号]02/0153
#[題詞]<太>后御歌一首
#[原文]鯨魚取 淡海乃海乎 奥放而 榜来船 邊附而 榜来船 奥津加伊 痛勿波祢曽 邊津加伊 痛莫波祢曽 若草乃 嬬之 念鳥立
#[訓読]鯨魚取り 近江の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ
#[仮名],いさなとり,あふみのうみを,おきさけて,こぎきたるふね,へつきて,こぎくるふね,おきつかい,いたくなはねそ,へつかい,いたくなはねそ,わかくさの,つまの,おもふとりたつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:倭皇后,天智天皇,鎮魂,近江朝挽歌,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]鯨魚を取る近江の海を沖の方に離れて漕いで来る船、岸辺近くに寄って漕いで来る船よ。沖の船の櫂はひどくは撥ねるなよ。岸辺の船の櫂もひどくは撥ねるなよ。若草の夫の好んだ鳥が飛び立ってしまうから
#{語釈]
夫の 思ふ鳥立つ 夫の思いがこもる鳥  夫の魂がとどまっている鳥
         生前に好んでいたものに魂が隠る

         夫の魂がこもっていて夫のように思う鳥
         鳥には死者の魂が隠る
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0154
#[題詞]石川夫人歌一首
#[原文]神樂浪乃 大山守者 為誰<可> 山尓標結 君毛不有國
#[訓読]楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに
#[仮名],ささなみの,おほやまもりは,たがためか,やまにしめゆふ,きみもあらなくに
#[左注]
#[校異]<> -> 可 [金][類][古]
#[鄣W],挽歌,作者:石川夫人,天智天皇,悲しみ,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]楽浪の大山の番人は誰のために山に囲いをするのか。持ち主である大君もいないのに
#{語釈]
大山守  天皇の御領地の番人 山の整備をする

#[説明]
151から154まで4人構成の場

#[関連論文]


#[番号]02/0155
#[題詞]従山科御陵退散之時額田王作歌一首
#[原文]八隅知之 和期大王之 恐也 御陵奉仕流 山科乃 鏡山尓 夜者毛 夜之盡 晝者母 日之盡 哭耳<呼> 泣乍在而哉 百礒城乃 大宮人者 去別南
#[訓読]やすみしし 我ご大君の 畏きや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや ももしきの 大宮人は 行き別れなむ
#[仮名],やすみしし,わごおほきみの,かしこきや,みはかつかふる,やましなの,かがみのやまに,よるはも,よのことごと,ひるはも,ひのことごと,ねのみを,なきつつありてや,ももしきの,おほみやひとは,ゆきわかれなむ
#[左注]
#[校異]乎 -> 呼 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:額田王,天智天皇,殯宮,京都,大津,滋賀県,地名
#[訓異]
#[大意]
やすみしし我が大君の恐れ多い御陵に奉仕する山科の鏡の山に夜は夜中、昼は昼中、大声を上げてばかり泣き続けていて、百敷の大宮人は行き別れることだろうか。

#{語釈]
山科御陵  京都市山科区御陵上廟野町
山科の鏡の山  御陵の背後にある山か。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0156
#[題詞]明日香清御原宮御宇天皇代 [天渟中原瀛真人天皇謚曰天武天皇] / 十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首
#[原文]三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多
#[訓読]みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き
#[仮名],みもろの,かみのかむすぎ,*****,*******,いねぬよぞおほき
#[左注](紀曰七年<戊>寅夏四月丁亥朔癸巳十市皇女卒然病發薨於宮中)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:高市皇子,十市皇女,難訓,夢,復活,三輪山,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]神の宿る神杉を忌み慎むように(夢にだけでも視ようと思うが)寝られない夜が多いことだ
#{語釈]
十市皇女薨時 天武七年四月七日 日本書紀記事
高市皇子 挽歌を詠むのは、壬申の乱で夫大友皇子を自経に追いやった関係か。

已具耳矣自得見監乍共 難訓  新考 已(い)具(目の誤り め)耳(に)矣自(多と耳の誤 だに)得見監(みむと)乍(念の誤 もへ)共(ども)
      夢にだに見むと思へども

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0157
#[題詞](十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首)
#[原文]神山之 山邊真蘇木綿 短木綿 如此耳故尓 長等思伎
#[訓読]三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき
#[仮名],みわやまの,やまへまそゆふ,みじかゆふ,かくのみからに,ながくとおもひき
#[左注](紀曰七年<戊>寅夏四月丁亥朔癸巳十市皇女卒然病發薨於宮中)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:高市皇子,十市皇女,難訓,夢,復活,三輪山,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]三輪山の山辺に祀る麻の木綿。その木綿が短いように短い命だったのに、長くいつまでもと思っていたことだった
#{語釈]
山辺真麻木綿 山のあたりに祀る麻の木綿  長さが短いのであろう
短か木綿  その短い木綿のように命が短い

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0158
#[題詞](十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首)
#[原文]山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴
#[訓読]山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
#[仮名],やまぶきの,たちよそひたる,やましみづ,くみにゆかめど,みちのしらなく
#[左注]紀曰七年<戊>寅夏四月丁亥朔癸巳十市皇女卒然病發薨於宮中
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:高市皇子,十市皇女,難訓,夢,復活,山中他界
#[訓異]
#[大意]山吹が立ちそろっている山の清水よ。それを汲みに行こうと思うのだが、道がわからないことだ
#{語釈]
山吹の立ちよそひたる山清水  黄泉をイメージしている 山中他界の中で描いている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0159
#[題詞]天皇崩之時大后御作歌一首
#[原文]八隅知之 我大王之 暮去者 召賜良之 明来者 問賜良志 神岳乃 山之黄葉乎 今日毛鴨 問給麻思 明日毛鴨 召賜萬旨 其山乎 振放見乍 暮去者 綾哀 明来者 裏佐備晩 荒妙乃 衣之袖者 乾時文無
#[訓読]やすみしし 我が大君の 夕されば 見したまふらし 明け来れば 問ひたまふらし 神岳の 山の黄葉を 今日もかも 問ひたまはまし 明日もかも 見したまはまし その山を 振り放け見つつ 夕されば あやに悲しみ 明け来れば うらさび暮らし 荒栲の 衣の袖は 干る時もなし
#[仮名],やすみしし,わがおほきみの,ゆふされば,めしたまふらし,あけくれば,とひたまふらし,かむおかの,やまのもみちを,けふもかも,とひたまはまし,あすもかも,めしたまはまし,そのやまを,ふりさけみつつ,ゆふされば,あやにかなしみ,あけくれば,うらさびくらし,あらたへの,ころものそでは,ふるときもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,殯宮,飛鳥,地名,枕詞,植物
#[訓異]
#[大意]やすみしし我が大君が夕方になるとご覧になるらしい、夜が明けてくるとお尋ねになるらしい。生きておられれば、神丘の山の黄葉を今日もお尋ねになっているはずだったのに、明日もご覧になるはずだったのに。その山を振り放け見続けて夕方になるとむやみに悲しいので、夜が明けてくると心さびしく一日を暮らし、荒妙の衣の袖は乾く時もない

#{語釈]
天皇 天武天皇 天武九年九月九日崩御 殯宮造営九月二四日 大内陵送葬持統二年一一月11日 二年三ヶ月の殯宮
大后 持統皇后
神岳 03/0324D01登神岳山部宿祢赤人作歌一首并短歌
    雷丘、甘橿丘、ミハ山、南淵山のどれか

荒栲の 衣 喪服 麻で出来ているのであろう

#[説明]
天武の魂が生前視ていたものに憑依しているとしたもの

#[関連論文]


#[番号]02/0160
#[題詞]一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首
#[原文]燃火物 取而褁而 福路庭 入澄不言八面 智男雲
#[訓読]燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずやも智男雲
#[仮名],もゆるひも,とりてつつみて,ふくろには,いるといはずやも,***
#[左注]
#[校異]澄 [古] 登 (塙) 燈
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,難解,難訓,一書
#[訓異]
#[大意]燃える日も取って包んで袋には入るというではないか。***
#{語釈]
智男雲  難訓 知曰男雲の誤字 しるといはなくも(万葉考)
        面知日男雲の誤字 あはむひなくも(注釈)

#[説明]
意味不明。ワザオギの手品のようなものを思い描いているか。不可能なことでも可能になるのだから、死んだ天武を再び顔を見ることも可能にならないかという意味か。

#[関連論文]


#[番号]02/0161
#[題詞](一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首)
#[原文]向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月<矣>離而
#[訓読]北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて
#[仮名],きたやまに,たなびくくもの,あをくもの,ほしさかりゆき,つきをはなれて
#[左注]
#[校異]牟 -> 矣 [金][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,難解,一書
#[訓異]
#[大意]北の山にたなびいている雲で青雲が星を離れて行き月を離れていく
#{語釈]
北山 香具山のことか

#[説明]
天文の知識が用いられているか
比喩であるとすると、青雲は天武、月は皇后、星は諸皇子ということになる

#[関連論文]


#[番号]02/0162
#[題詞]天皇崩之後八年九月九日奉為御齊會之夜夢裏習賜御歌一首 [古歌集中出]
#[原文]明日香能 清御原乃宮尓 天下 所知食之 八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 何方尓 所念食可 神風乃 伊勢能國者 奥津藻毛 靡足波尓 塩氣能味 香乎礼流國尓 味凝 文尓乏寸 高照 日之御子
#[訓読]明日香の 清御原の宮に 天の下 知らしめしし やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 いかさまに 思ほしめせか 神風の 伊勢の国は 沖つ藻も 靡みたる波に 潮気のみ 香れる国に 味凝り あやにともしき 高照らす 日の御子
#[仮名],あすかの,きよみのみやに,あめのした,しらしめしし,やすみしし,わがおほきみ,たかてらす,ひのみこ,いかさまに,おもほしめせか,かむかぜの,いせのくには,おきつもも,なみたるなみに,しほけのみ,かをれるくにに,うまこり,あやにともしき,たかてらす,ひのみこ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:持統天皇,天武天皇,夢,古歌集,復活,枕詞
#[訓異]
#[大意]明日香の清御原の宮で天の下をお治めになったやすみしし我が大君よ。天高くお照らしになる日の御子よ。どのようにお思いになったのか神風の伊勢の国は沖の藻も靡いている波に潮の香りばかりしている国に味凝り不思議に心引かれる高くお照らしになる日の御子
#{語釈]
靡みたる波に  靡いている波
味凝り 06/0913 あやにの枕詞と見られるが、係り方未詳。
    おいしさが甚だしくて、妙だという係り方か。

#[説明]
意味不明。夢の中とあるように印象だけを言葉にしたものか。
天武は高照らす日の御子であり、伊勢の天照らすとのつながりは深い。

#[関連論文]


#[番号]02/0163
#[題詞]藤原宮御宇天皇代 [高天原廣野姫天皇<天皇元年丁亥十一年譲位軽太子尊号曰太上天皇>] / 大津皇子薨之後大来皇女従伊勢齊宮上京之時御作歌二首
#[原文]神風<乃> 伊勢能國尓<母> 有益乎 奈何可来計武 君毛不有尓
#[訓読]神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに
#[仮名],かむかぜの,いせのくににも,あらましを,なにしかきけむ,きみもあらなくに
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [金][類][古][紀] / 毛 -> 母 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]神風の伊勢の国にでもいたらよかったのに。どうしてやって来たのだろうか。あなたもいないことなのに
#{語釈]

#[説明]
関連歌 大津皇子歌 
朱鳥元年(686)9月9日 天武天皇崩御
02/0105.106
大津皇子処刑 朱鳥元年10月3日 03/0416
大来皇女  朱鳥元年11月16日 伊勢齋宮から帰京

#[関連論文]


#[番号]02/0164
#[題詞](大津皇子薨之後大来皇女従伊勢齋宮上京之時御作歌二首)
#[原文]欲見 吾為君毛 不有尓 奈何可来計武 馬疲尓
#[訓読]見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに
#[仮名],みまくほり,わがするきみも,あらなくに,なにしかきけむ,うまつかるるに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]会いたいと思っていたあなたもいないのにどうして来たのだろう。馬が疲れるのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0165
#[題詞]移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首
#[原文]宇都曽見乃 人尓有吾哉 従明日者 二上山乎 弟世登吾将見
#[訓読]うつそみの人にある我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む
#[仮名],うつそみの,ひとにあるわれや,あすよりは,ふたかみやまを,いろせとわがみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,二上山,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]この世の人である自分は、明日からは二上山を弟だと自分は見よう
#{語釈]
移葬 罪人として墓を大和の境界に移した。殯宮からの本葬ではない。
   移葬がいつかは不明であるが、次の馬酔木の歌からみて4月頃か。
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0166
#[題詞](移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首)
#[原文]礒之於尓 生流馬酔木<乎> 手折目杼 令視倍吉君之 在常不言尓
#[訓読]磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに
#[仮名],いそのうへに,おふるあしびを,たをらめど,みすべききみが,ありといはなくに
#[左注]右一首今案不似移葬之歌 盖疑従伊勢神宮還京之時路上見花感傷哀咽作此歌乎
#[校異]<> -> 乎 [西(右書)][金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:大伯皇女,大津皇子,歌語り,哀悼,二上山,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]磯の上に生えている馬酔木を手折ろうとは思うが見せるべきあなたがいるとは言わないのに
#{語釈]
磯を海の磯と考えた左注者の誤解
大来皇女が伊勢から戻るのは、11月であるので季節に会わない
今案不似移葬之歌 盖疑従伊勢神宮還京之時路上見花感傷哀咽作此歌乎

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0167
#[題詞]日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌]
#[原文]天地之 <初時> 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 々座而 神分 々之時尓 天照 日女之命 [一云 指上 日女之命] 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重掻別而 [一云 天雲之 八重雲別而] 神下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神随 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神上 々座奴 [一云 神登 座尓之可婆] 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 天下 [一云 食國] 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人 行方不知毛 [一云 刺竹之 皇子宮人 歸邊不知尓為]

#[訓読]天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万 千万神の 神集ひ 集ひいまして 神分り 分りし時に 天照らす 日女の命 [一云 さしのぼる 日女の命] 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の国を 天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別きて [一云 天雲の八重雲別きて] 神下し いませまつりし 高照らす 日の御子は 飛ぶ鳥の 清御原の宮に 神ながら 太敷きまして すめろきの 敷きます国と 天の原 岩戸を開き 神上り 上りいましぬ [一云 神登り いましにしかば] 我が大君 皇子の命の 天の下 知らしめしせば 春花の 貴くあらむと 望月の 満しけむと 天の下 食す国 四方の人の 大船の 思ひ頼みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか つれもなき 真弓の岡に 宮柱 太敷きいまし みあらかを 高知りまして 朝言に 御言問はさぬ 日月の 数多くなりぬれ そこ故に 皇子の宮人 ゆくへ知らずも [一云 さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす]

#[仮名],あめつちの,はじめのとき,ひさかたの,あまのかはらに,やほよろづ,ちよろづかみの,かむつどひ,つどひいまして,かむはかり,はかりしときに,あまてらす,ひるめのみこと,[さしのぼる,ひるめのみこと],あめをば,しらしめすと,あしはらの,みづほのくにを,あめつちの,よりあひのきはみ,しらしめす,かみのみことと,あまくもの,やへかきわきて,[あまくもの,やへくもわきて],かむくだし,いませまつりし,たかてらす,ひのみこは,とぶとりの,きよみのみやに,かむながら,ふとしきまして,すめろきの,しきますくにと,あまのはら,いはとをひらき,かむあがり,あがりいましぬ,[かむのぼり,いましにしかば],わがおほきみ,みこのみことの,あめのした,しらしめしせば,はるはなの,たふとくあらむと,もちづきの,たたはしけむと,あめのした,[をすくに],よものひとの,おほぶねの,おもひたのみて,あまつみづ,あふぎてまつに,いかさまに,おもほしめせか,つれもなき,まゆみのをかに,みやばしら,ふとしきいまし,みあらかを,たかしりまして,あさことに,みこととはさぬ,ひつきの,まねくなりぬれ,そこゆゑに,みこのみやひと,ゆくへしらずも,[さすたけの,みこのみやひと,ゆくへしらにす]
#[左注]
#[校異]初時之 -> 初時 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,高天原,天武天皇,神話,異伝,推敲,高市皇子,神話発想
#[訓異]
#[大意]
天地の始まりの時に、久方の天の河原に八泊万、千万の神々が集まってこられて、協議された時に、天照らす日女の命は[一云 指し昇る太陽の女の命]は天を領有なさるとして、葦原の瑞穂の国を天地の寄り合っている果てまでお治めになる神の命として天雲の幾重にも重なった中をかき分けて[一云 天雲の厚く重なった雲を分けて] 神として下し、存在させなさった空高くお照らしになる日の御子は、飛ぶ鳥の清御原の宮に神さながらに立派にお治めになり、統治される方のお治めになる国として天の原の岩戸を開いて神としてお上りになってしまわれた。[一云 神として昇りいらっしゃったので] 我が大君の御子が天下を統治なさっていたら、春の花のように貴くあるだろうと、満月のように満ち足りていただろうと、天下の領有される国の隅々の人まで大船のように思い頼んで、天の水を仰いで待つように、待っていた所、どのようにお思いになったのか、ゆかりもない真弓の岡に宮柱を立派に建て、瓦を高くお上げになって、朝のお言葉もお尋ねにならない日月が数多くなったので、それだから皇子の宮人もどこへ行ったらいいかわからないことだ[一云 さす竹の皇子の宮人はどう行ったらいいのか知らないでいることだ]

#{語釈]
日並皇子尊殯宮  草壁皇子の殯宮  草壁皇子は持統3年4月13日薨去
         真弓の束明神古墳が実際の墓か。入り口に岡宮天皇陵がある。

天地の 初めの時 天地初発 古事記冒頭と同じ。
天の河原  天の安の河原
千万  古事記には神々が集まる時は八百万であり、千万という記述はない。
葦原の 瑞穂の国  葦原の中つ国 地上の人間世界 神話的名称
さす竹の 地面に刺した竹が繁茂して繁栄するの意で、宮にかかるか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0168
#[題詞](日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])反歌二首
#[原文]久堅乃 天見如久 仰見之 皇子乃御門之 荒巻惜毛
#[訓読]ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも
#[仮名],ひさかたの,あめみるごとく,あふぎみし,みこのみかどの,あれまくをしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,異伝,高市皇子,枕詞
#[訓異]
#[大意]久方の天を見るように仰ぎ見た皇子の御門が荒れてしまうのが惜しいことだ
#{語釈]
皇子の御門 島の宮

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0169
#[題詞]((日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])反歌二首)
#[原文]茜刺 日者雖照者 烏玉之 夜渡月之 隠良久惜毛
#[訓読]あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも
#[仮名],あかねさす,ひはてらせれど,ぬばたまの,よわたるつきの,かくらくをしも
#[左注][<或本>以件歌為後皇子尊殯宮之時歌反也]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,異伝,高市皇子,枕詞
#[訓異]
#[大意]あかねさす日は照らしているが、ぬばたまの夜空を渡っていく月が隠れるのが惜しいことだ
#{語釈]
#[説明]
日は、持統天皇。月は草壁皇子を喩えている

#[関連論文]


#[番号]02/0170
#[題詞](日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])或本歌一首
#[原文]嶋宮 勾乃池之 放鳥 人目尓戀而 池尓不潜
#[訓読]嶋の宮まがりの池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず
#[仮名],しまのみや,まがりのいけの,はなちとり,ひとめにこひて,いけにかづかず
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,草壁皇子,殯宮挽歌,或本,異伝,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]島の宮のまがりの池の放し飼いの鳥は、人目を恋しがって池に潜ることもしない
#{語釈]
#[説明]
人気がなく荒れていく島の宮の様子を歌う

#[関連論文]


#[番号]02/0171
#[題詞]皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首
#[原文]高光 我日皇子乃 萬代尓 國所知麻之 嶋宮<波>母
#[訓読]高照らす我が日の御子の万代に国知らさまし嶋の宮はも
#[仮名],たかてらす,わがひのみこの,よろづよに,くにしらさまし,しまのみやはも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]婆 -> 波 [金][類][古][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]天高く輝く我が日の御子が永遠に国をお治めになるはずであった島の宮であったのになあ
#{語釈]
#[説明]
当時の一世一都制で考えると、島の宮が宮殿となるはずであったいう考え

#[関連論文]


#[番号]02/0172
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]嶋宮 上池有 放鳥 荒備勿行 君不座十方
#[訓読]嶋の宮上の池なる放ち鳥荒びな行きそ君座さずとも
#[仮名],しまのみや,うへのいけなる,はなちとり,あらびなゆきそ,きみまさずとも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]島の宮の上の庭の池にいる放ち鳥よ。すさんではいくなよ。大君がいらっしゃらなくとも
#{語釈]
上の池  島の宮は細川沿いの斜面にあるのでその上手の池という意味

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0173
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]高光 吾日皇子乃 伊座世者 嶋御門者 不荒有益乎
#[訓読]高照らす我が日の御子のいましせば島の御門は荒れずあらましを
#[仮名],たかてらす,わがひのみこの,いましせば,しまのみかどは,あれずあらましを
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]空高くお照らしになる我が日の御子がいらっしゃったならば島の御門は荒れないですんだものなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0174
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]外尓見之 檀乃岡毛 君座者 常都御門跡 侍宿為鴨
#[訓読]外に見し真弓の岡も君座せば常つ御門と侍宿するかも
#[仮名],よそにみし,まゆみのをかも,きみませば,とこつみかどと,とのゐするかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,殯宮挽歌,真弓岡,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]関係ない所だと見ていた真弓の岡も
#{語釈]
真弓の岡 橿原市真弓

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0175
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]夢尓谷 不見在之物乎 欝悒 宮出毛為鹿 佐日之<隈>廻乎
#[訓読]夢にだに見ずありしものをおほほしく宮出もするかさ桧の隈廻を
#[仮名],いめにだに,みずありしものを,おほほしく,みやでもするか,さひのくまみを
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]隅 -> 隈 [金][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]夢にも見ないでいたのに鬱陶しいことに宮に昇ることか。さ檜の隈のめぐりを
#{語釈]
さ桧の隈廻 さは接頭語 現在の檜前(ひのくま)
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0176
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]天地与 共将終登 念乍 奉仕之 情違奴
#[訓読]天地とともに終へむと思ひつつ仕へまつりし心違ひぬ
#[仮名],あめつちと,ともにをへむと,おもひつつ,つかへまつりし,こころたがひぬ
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]天地とともに終えようと思い続けてお仕え申し上げていた気持ちに違ってしまった。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0177
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]朝日弖流 佐太乃岡邊尓 群居乍 吾等哭涙 息時毛無
#[訓読]朝日照る佐田の岡辺に群れ居つつ我が泣く涙やむ時もなし
#[仮名],あさひてる,さだのをかへに,むれゐつつ,わがなくなみた,やむときもなし
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,佐田岡,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]朝日が照る佐田の岡辺にみんなと群れていて自分が泣く涙は止むときもない
#{語釈]
佐田の岡辺 真弓の一部  皇子の殯宮の場所の名称

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0178
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]御立為之 嶋乎見時 庭多泉 流涙 止曽金鶴
#[訓読]み立たしの島を見る時にはたづみ流るる涙止めぞかねつる
#[仮名],みたたしの,しまをみるとき,にはたづみ,ながるるなみた,とめぞかねつる
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]お立ちになっていた庭園をみる時に雨が降ってにわかに水たまりが出来るように流れる涙は止めることが出来ないことだ

#{語釈]
にはたづみ 雨が降って庭ににわかに水たまりが出来ること
07/1370H01はなはだも降らぬ雨故にはたづみいたくな行きそ人の知るべく
13/3335H01玉桙の 道行く人は あしひきの 山行き野行き にはたづみ 川行き渡り
13/3339H01玉桙の 道に出で立ち あしひきの 野行き山行き にはたづみ
19/4160H06行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば にはたづみ
19/4214H11梓弓 爪引く夜音の 遠音にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涙

#[説明]
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#[番号]02/0179
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]橘之 嶋宮尓者 不飽鴨 佐<田>乃岡邊尓 侍宿為尓徃
#[訓読]橘の嶋の宮には飽かぬかも佐田の岡辺に侍宿しに行く
#[仮名],たちばなの,しまのみやには,あかぬかも,さだのをかへに,とのゐしにゆく
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]多 -> 田 [類][紀][温]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]橘の島の宮では物足りないというからだろうか。そうでもないのに左田の岡辺に宿直をしに行くことだ
#{語釈]
佐田の岡辺 舎人たちが奉仕する場所としての名称 皇子の葬る場所は真弓の岡として地名を区別

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0180
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]御立為之 嶋乎母家跡 住鳥毛 荒備勿行 年替左右
#[訓読]み立たしの島をも家と棲む鳥も荒びな行きそ年かはるまで
#[仮名],みたたしの,しまをもいへと,すむとりも,あらびなゆきそ,としかはるまで
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]お立ちになっていた島を我が家として棲む鳥も見捨てて行くなよ。せめて年がかわるまで
#{語釈]
荒びな行きそ 見捨てていなくなること

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0181
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]御立為之 嶋之荒礒乎 今見者 不生有之草 生尓来鴨
#[訓読]み立たしの島の荒礒を今見れば生ひざりし草生ひにけるかも
#[仮名],みたたしの,しまのありそを,いまみれば,おひざりしくさ,おひにけるかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]お立ちになっていた島の荒磯を今見ると生えていなかった草が生えていることだ
#{語釈]
荒礒  勾りの池の荒磯

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0182
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]鳥(M)立 飼之鴈乃兒 栖立<去>者 檀岡尓 飛反来年
#[訓読]鳥座立て飼ひし雁の子巣立ちなば真弓の岡に飛び帰り来ね
#[仮名],とぐらたて,かひしかりのこ,すだちなば,まゆみのをかに,とびかへりこね
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]M [類][紀] 垣 / <> -> 去 [西(右書)][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,真弓岡,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]止まり木を建てて飼っていた雁の子は巣立ったならば真弓の岡に飛び帰って来てくれ
#{語釈]
鳥座立て 鳥の寝泊まりする木 島の宮で飼っていた鳥のこと。飛び立って帰る時はここ島の宮ではなく、皇子の新たな住まいである真弓の岡に帰れと言っている
19/4154H07嬉しびながら 枕付く 妻屋のうちに 鳥座結ひ 据えてぞ我が飼ふ

#[説明]
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#[番号]02/0183
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]吾御門 千代常登婆尓 将榮等 念而有之 吾志悲毛
#[訓読]我が御門千代とことばに栄えむと思ひてありし我れし悲しも
#[仮名],わがみかど,ちよとことばに,さかえむと,おもひてありし,われしかなしも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]我が御門が千代にも永遠に栄えるだろうと思っていた自分は悲しいことである
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0184
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]東乃 多藝能御門尓 雖伺侍 昨日毛今日毛 召言毛無
#[訓読]東のたぎの御門に侍へど昨日も今日も召す言もなし
#[仮名],ひむがしの,たぎのみかどに,さもらへど,きのふもけふも,めすこともなし
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]東の瀧の御門に伺候しているが皇子は昨日も今日もお召しになることはない
#{語釈]
東のたぎの御門 島の宮は東に行くに従って傾斜地になっているので、勾りの池に注ぐ部分が急流の川になっていることから言うか。

#[説明]
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#[番号]02/0185
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]水傳 礒乃浦廻乃 石<上>乍自 木丘開道乎 又将見鴨
#[訓読]水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも
#[仮名],みなつたふ,いそのうらみの,いはつつじ,もくさくみちを,またもみむかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]<> -> 上 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]水が伝う磯の浦のめぐりの岩つつじが繁く咲く道を再び見ることがあろうか
#{語釈]


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0186
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]一日者 千遍参入之 東乃 大寸御門乎 入不勝鴨
#[訓読]一日には千たび参りし東の大き御門を入りかてぬかも
#[仮名],ひとひには,ちたびまゐりし,ひむがしの,おほきみかどを,いりかてぬかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]一日に何度も参上した東の大きい御門を入ることが出来ないことだ
#{語釈]
入りかてぬかも 入る気力がなくなったの意味 
        草壁皇子に仕えることもなくなって島の宮に入る資格を失った

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0187
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]所由無 佐太乃岡邊尓 反居者 嶋御橋尓 誰加住<儛>無
#[訓読]つれもなき佐田の岡辺に帰り居ば島の御階に誰れか住まはむ
#[仮名],つれもなき,さだのをかへに,かへりゐば,しまのみはしに,たれかすまはむ
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]舞 -> 儛 [金][類][古]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,佐田岡,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]縁もない佐田の岡のあたりに帰っていると島の御殿の階に誰が住むことだろうか
#{語釈]
#[説明]
舎人たちは佐田の岡辺に伺候するので、島の宮には誰もいなくなってしまってさびしくなる様子を歌ったもの

#[関連論文]


#[番号]02/0188
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]<旦>覆 日之入去者 御立之 嶋尓下座而 嘆鶴鴨
#[訓読]朝ぐもり日の入り行けばみ立たしの島に下り居て嘆きつるかも
#[仮名],あさぐもり,ひのいりゆけば,みたたしの,しまにおりゐて,なげきつるかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]且 -> 旦 [金][類][古][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]朝ぐもりして日が翳ってくるので、お立ちになっていた庭園に下りていて嘆くことである
#{語釈]
朝ぐもり日の入り行けば 朝に曇って日が翳ってくるので
            皇子が亡くなったことへの比喩的な表現か
            朝ぐもりするように日が入っていくのでの意味

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0189
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]<旦>日照 嶋乃御門尓 欝悒 人音毛不為者 真浦悲毛
#[訓読]朝日照る嶋の御門におほほしく人音もせねばまうら悲しも
#[仮名],あさひてる,しまのみかどに,おほほしく,ひとおともせねば,まうらがなしも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]且 -> 旦 [金][類][古][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]朝日が照る島の御門に鬱陶しく人音もしないので本当に心悲しいことだ
#{語釈]
おほほしく 鬱陶しい 辛気くさい
まうら悲しも 「ま」接頭語 「うら」は心 ほんとうに心悲しい

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0190
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]真木柱 太心者 有之香杼 此吾心 鎮目金津毛
#[訓読]真木柱太き心はありしかどこの我が心鎮めかねつも
#[仮名],まきばしら,ふときこころは,ありしかど,このあがこころ,しづめかねつも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]真木柱のようなしっかりした気持ちはあるが、この自分の気持ちは鎮めることが出来ないことだ
#{語釈]
真木柱  杉や檜などの真木で作った柱。大黒柱 太いの枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0191
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]毛許呂裳遠 春冬片設而 幸之 宇陀乃大野者 所念武鴨
#[訓読]けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
#[仮名],けころもを,ときかたまけて,いでましし,うだのおほのは,おもほえむかも
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]けころもではないがその時を待ち受けてお出でになった宇多の大野は思い出されてならないことだ
#{語釈]
けころもを 褻衣を 日常着のいつもという意味で時にかかるか
時かたまけて 方設く 待ち受ける 冬になる狩りの季節を待ち受けて
10/1854H01鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ

#[説明]
1/45~9 安騎野遊猟歌

#[関連論文]


#[番号]02/0192
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]朝日照 佐太乃岡邊尓 鳴鳥之 夜鳴變布 此年己呂乎
#[訓読]朝日照る佐田の岡辺に泣く鳥の夜哭きかへらふこの年ころを
#[仮名],あさひてる,さだのをかへに,なくとりの,よなきかへらふ,このとしころを
#[左注](右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,佐田岡,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]朝日が照る佐田の岡辺で鳴く鳥のように夜何度も繰り返し泣くことだ。この年月を
#{語釈]
夜哭きかへらふ 夜泣きを幾度も繰り返す  殯宮での哭礼を繰り返す意味
        送葬令 帳内舎人、資人は1年の服喪

        夜に鳴く鳥の声も悲しみに変わって行くという考えもある
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0193
#[題詞](皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首)
#[原文]八多篭良我 夜晝登不云 行路乎 吾者皆悉 宮道叙為
#[訓読]畑子らが夜昼といはず行く道を我れはことごと宮道にぞする
#[仮名],はたこらが,よるひるといはず,ゆくみちを,われはことごと,みやぢにぞする
#[左注]右日本紀曰 三年己丑夏四月癸未朔乙未薨
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:舎人,草壁皇子,柿本人麻呂,島の宮,殯宮挽歌,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]畑の百姓が夜昼を問わず行く道を自分はことごとく宮に通う道にすることだ
#{語釈]
#[説明]
真弓の岡に毎日通うので、それまでは百姓しか通らなかった道を通い路にすることを言う
#[関連論文]


#[番号]02/0194
#[題詞]柿本朝臣人麻呂獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌一首[并短歌]
#[原文]飛鳥 明日香乃河之 上瀬尓 生玉藻者 下瀬尓 流觸經 玉藻成 彼依此依 靡相之 嬬乃命乃 多田名附 柔<膚>尚乎 劔刀 於身副不寐者 烏玉乃 夜床母荒良無 [一云 <阿>礼奈牟] 所虚故 名具鮫<兼>天 氣<田>敷藻 相屋常念而 [一云 公毛相哉登] 玉垂乃 越<能>大野之 旦露尓 玉裳者埿打 夕霧尓 衣者<沾>而 草枕 旅宿鴨為留 不相君故
#[訓読]飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 生ふる玉藻は 下つ瀬に 流れ触らばふ 玉藻なす か寄りかく寄り 靡かひし 嬬の命の たたなづく 柔肌すらを 剣太刀 身に添へ寝ねば ぬばたまの 夜床も荒るらむ [一云 荒れなむ] そこ故に 慰めかねて けだしくも 逢ふやと思ひて [一云 君も逢ふやと] 玉垂の 越智の大野の 朝露に 玉藻はひづち 夕霧に 衣は濡れて 草枕 旅寝かもする 逢はぬ君故
#[仮名],とぶとりの,あすかのかはの,かみつせに,おふるたまもは,しもつせに,ながれふらばふ,たまもなす,かよりかくより,なびかひし,つまのみことの,たたなづく,にきはだすらを,つるぎたち,みにそへねねば,ぬばたまの,よとこもあるらむ,[あれなむ],そこゆゑに,なぐさめかねて,けだしくも,あふやとおもひて,[きみもあふやと],たまだれの,をちのおほのの,あさつゆに,たまもはひづち,ゆふぎりに,ころもはぬれて,くさまくら,たびねかもする,あはぬきみゆゑ
#[左注](右或本曰 葬河嶋皇子越智野之時 獻泊瀬部皇女歌也 日本紀<云>朱鳥五年辛卯秋九月己巳朔丁丑浄大参皇子川嶋薨)
#[校異]庸 -> 膚 [金][矢][京] / 何 -> 阿 [類][紀] / 魚 -> 兼 [略解] / 留 -> 田 [金][類] / 乃 -> 能 [金][紀] / 沽 -> 沾 [金][温][京]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,泊瀬部皇女,忍坂皇子,代作,献呈挽歌,異伝,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]飛ぶ鳥の明日香の川の上流の方に生えている玉藻は下流の方に流れて触れあっている。その玉藻のようにあちらに寄りこちらに寄って靡き合っていた夫の命の豊かな柔らかい肌すら剣太刀のように身に添えて寝ないので、ぬばたまの夜の寝床も荒れているだろう。[一云荒れてしまうだろう] だから気持ちを慰めることも出来ないでもしかしたら逢うだろうかと思って[一云 あなたにも逢うだろうかと] 玉垂れの越智の大野の 朝の露に美しい自分の裳はびしょ濡れになり、夕霧に衣は濡れて草枕の旅寝をすることだろうか。逢わないあなたなのに

#{語釈]
泊瀬部皇女  天武天皇皇女 川島皇子の妻 天平13年3月 三品で薨去
忍坂部皇子 天武天皇皇子 泊瀬部皇女の同母兄 慶雲2年5月 三品で薨去
      紀には母の出自により9番目に記載。年齢的には第2、第4との考え
獻  左柱 持統五年九月九日 川島皇子が薨去した際に人麻呂が献上したもの
たたなづく  柔肌の枕詞。用例はここだけ。たたなづくは普通重なり合ったの意味
       重なった柔らかい肌では意味不明。豊かな立派な肌の意味か。
玉垂の  玉を糸に通して垂らした簾 下に下がることから落ちにかかる
越智の大野の  奈良県高市郡高取町佐田の岡に西に続く野

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0195
#[題詞](柿本朝臣人麻呂獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]敷妙乃 袖易之君 玉垂之 越野過去 亦毛将相八方 [一云 乎知野尓過奴]
#[訓読]敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも [一云 越智野に過ぎぬ]
#[仮名],しきたへの,そでかへしきみ,たまだれの,をちのすぎゆく,またもあはめやも,[をちのにすぎぬ]
#[左注]右或本曰 葬河嶋皇子越智野之時 獻泊瀬部皇女歌也 日本紀<云>朱鳥五年辛卯秋九月己巳朔丁丑浄大参皇子川嶋薨
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,泊瀬部皇女,忍坂皇子,代作,献呈挽歌,異伝,飛鳥,枕詞,地名
#[訓異]
#[大意]敷妙の袖を交えて共寝したあなたは玉垂れの越智野を通り過ぎて行く。また会えることだろうか。二度とないだろう。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0196
#[題詞]明日香皇女木(P)殯宮之時柿本<朝臣>人麻呂作歌一首[并短歌]
#[原文]飛鳥 明日香乃河之 上瀬 石橋渡 [一云 石浪] 下瀬 打橋渡 石橋 [一云 石浪] 生靡留 玉藻毛叙 絶者生流 打橋 生乎為礼流 川藻毛叙 干者波由流 何然毛 吾<王><能> 立者 玉藻之<母>許呂 臥者 川藻之如久 靡相之 宣君之 朝宮乎 忘賜哉 夕宮乎 背賜哉 宇都曽臣跡 念之時 春都者 花折挿頭 秋立者 黄葉挿頭 敷妙之 袖携 鏡成 雖見不猒 三五月之 益目頬染 所念之 君与時々 幸而 遊賜之 御食向 木P之宮乎 常宮跡 定賜 味澤相 目辞毛絶奴 然有鴨 [一云 所己乎之毛] 綾尓憐 宿兄鳥之 片戀嬬 [一云 為乍] 朝鳥 [一云 朝霧] 徃来為君之 夏草乃 念之萎而 夕星之 彼徃此去 大船 猶預不定見者 遣<悶>流 情毛不在 其故 為便知之也 音耳母 名耳毛不絶 天地之 弥遠長久 思将徃 御名尓懸世流 明日香河 及万代 早布屋師 吾王乃 形見何此焉
#[訓読]飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 石橋渡し [一云 石なみ] 下つ瀬に 打橋渡す 石橋に [一云 石なみに] 生ひ靡ける 玉藻もぞ 絶ゆれば生ふる 打橋に 生ひををれる 川藻もぞ 枯るれば生ゆる なにしかも 我が大君の 立たせば 玉藻のもころ 臥やせば 川藻のごとく 靡かひし 宜しき君が 朝宮を 忘れたまふや 夕宮を 背きたまふや うつそみと 思ひし時に 春へは 花折りかざし 秋立てば 黄葉かざし 敷栲の 袖たづさはり 鏡なす 見れども飽かず 望月の いやめづらしみ 思ほしし 君と時々 出でまして 遊びたまひし 御食向ふ 城上の宮を 常宮と 定めたまひて あぢさはふ 目言も絶えぬ しかれかも [一云 そこをしも] あやに悲しみ ぬえ鳥の 片恋づま [一云 しつつ] 朝鳥の [一云 朝霧の] 通はす君が 夏草の 思ひ萎えて 夕星の か行きかく行き 大船の たゆたふ見れば 慰もる 心もあらず そこ故に 為むすべ知れや 音のみも 名のみも絶えず 天地の いや遠長く 偲ひ行かむ 御名に懸かせる 明日香川 万代までに はしきやし 我が大君の 形見かここを
#[仮名],とぶとり,あすかのかはの,かみつせに,いしはしわたし,[いしなみ],しもつせに,うちはしわたす,いしはしに,[いしなみに],おひなびける,たまももぞ,たゆればおふる,うちはしに,おひををれる,かはももぞ,かるればはゆる,なにしかも,わがおほきみの,たたせば,たまものもころ,こやせば,かはものごとく,なびかひし,よろしききみが,あさみやを,わすれたまふや,ゆふみやを,そむきたまふや,うつそみと,おもひしときに,はるへは,はなをりかざし,あきたてば,もみちばかざし,しきたへの,そでたづさはり,かがみなす,みれどもあかず,もちづきの,いやめづらしみ,おもほしし,きみとときとき,いでまして,あそびたまひし,みけむかふ,きのへのみやを,とこみやと,さだめたまひて,あぢさはふ,めこともたえぬ,しかれかも,[そこをしも],あやにかなしみ,ぬえどりの,かたこひづま,[しつつ],あさとりの,[あさぎりの],かよはすきみが,なつくさの,おもひしなえて,ゆふつづの,かゆきかくゆき,おほぶねの,たゆたふみれば,なぐさもる,こころもあらず,そこゆゑに,せむすべしれや,おとのみも,なのみもたえず,あめつちの,いやとほながく,しのひゆかむ,みなにかかせる,あすかがは,よろづよまでに,はしきやし,わがおほきみの,かたみかここを
#[左注]
#[校異]生 -> 王 [金][紀] / 乃 -> 能 [金][紀] / 如 -> 母 [金] / 預 [西(左筆)] 豫 / 問 -> 悶 [西(訂正)][金][類][温]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,明日香皇女,殯宮,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]
飛ぶ鳥の明日香の川の上流に石橋を渡し[一に云 石を並べて]、下流には木で打った橋を渡を渡す。その石橋に[一に云 石なみに]生えて靡いている美しい喪であっても無くなってもまた生えてくる。打橋に生えて撓んでいる川裳でも枯れるとまた生えてくる。それなのにどうして我が大君の、お立ちになると玉裳のように、横たわりになると川裳のように何度も靡いた満ち足りた君が、朝の宮仕えをお忘れになるのだろうか。夕方に宮仕えに背かれるのだろうか。いつまでもこの世の人だと思っていた時に、春部は花を折りかざし、秋になると黄葉をかざして、敷妙の袖を取り合って鏡のように見ても見飽きることもなく、満月のようにますます立派なのでとお思いになった君と時々お出になって遊びになった御食向かう城上の宮を永遠の宮としてお定めになって、あぢさはふまみえることも言葉を交わすことも絶えてしまった。そうであるからか[一云 それだからこそ]、異常に悲しいのでぬえ鳥のようにひたすら一方的に恋い思う夫[一云 一方的に恋い思い続け]、朝鳥のように[一云 朝霧のように]この殯宮にお通いになる君が、夏草のように思いうなだれて夕方の星のようにあちらに行き、こちらに行き、大船のように動揺なさっているのを見ると、慰める気持ちもない。だからどうしてようかわからない。せめてうわさだけでも、名前だけでも絶えないで天地とようにますます永遠に思い出し行こう。お名前におかけになっている明日香川よ。いつまでもいとしい我が大君の形見としてここを。

#{語釈]
明日香皇女 天智天皇皇女  忍壁皇子の妃。文武4年4月4日薨去
木P殯宮  奈良県北葛城郡広陵町大塚あたり。明日香村木部とも
つそみと 思ひし時に  いつまでもこの世にいらっしゃると思っていた
御食向ふ  「き」にかかる枕詞。係り方未詳。ただ神にお食事として供える酒(き)の意味か。
あぢさはふ 「め」にかかる枕詞。かかり方未。詳味鴨を障へ捕らえる網の目の意味か。ぬえ鳥の 「片恋いつま」の枕詞。ぬえこ鳥。とらつぐみ。悲しそうに鳴くことから「恋い」にかかるか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0197
#[題詞](明日香皇女木P殯宮之時柿本<朝臣>人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首
#[原文]明日香川 四我良美渡之 塞益者 進留水母 能杼尓賀有萬思 [一云 水乃与杼尓加有益]
#[訓読]明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし [一云 水の淀にかあらまし]
#[仮名],あすかがは,しがらみわたし,せかませば,ながるるみづも,のどにかあらまし,[みづの,よどにかあらまし]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,明日香皇女,殯宮,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]明日香川にせき止める柵を渡して堰き止めたならば流れる水ものどかであろうか[一云 水が淀んで流れないものなのに]
#{語釈]
しがらみ  川をせき止める柵
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0198
#[題詞]((明日香皇女木P殯宮之時柿本<朝臣>人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首)
#[原文]明日香川 明日谷 [一云 左倍] 将見等 念八方 [一云 念香毛] 吾王 御名忘世奴 [一云 御名不所忘]
#[訓読]明日香川明日だに [一云 さへ] 見むと思へやも [一云 思へかも] 我が大君の御名忘れせぬ [一云 御名忘らえぬ]
#[仮名],あすかがは,あすだに[さへ]みむと,おもへやも,[おもへかも],わがおほきみの,みなわすれせぬ,[みなわすらえぬ]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,明日香皇女,殯宮,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]明日香川ではないが、明日だけでも[一云さえも]逢いたいと思うからだろうか[一云思っていたからだろうか]我が大君の御名前を忘れることはないよ[一云忘れることは出来ないことだ]
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0199
#[題詞]高市皇子尊城上殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌]
#[原文]<挂>文 忌之伎鴨 [一云 由遊志計礼抒母] 言久母 綾尓畏伎 明日香乃 真神之原尓 久堅能 天都御門乎 懼母 定賜而 神佐扶跡 磐隠座 八隅知之 吾大王乃 所聞見為 背友乃國之 真木立 不破山越而 狛劔 和射見我原乃 行宮尓 安母理座而 天下 治賜 [一云 <掃>賜而] 食國乎 定賜等 鶏之鳴 吾妻乃國之 御軍士乎 喚賜而 千磐破 人乎和為跡 不奉仕 國乎治跡 [一云 掃部等] 皇子随 任賜者 大御身尓 大刀取帶之 大御手尓 弓取持之 御軍士乎 安騰毛比賜 齊流 鼓之音者 雷之 聲登聞麻(R) 吹響流 小角乃音母 [一云 笛之音波] 敵見有 虎可(S)吼登 諸人之 恊流麻(R)尓 [一云 聞<或>麻(R)] 指擧有 幡之靡者 冬木成 春去来者 野毎 著而有火之 [一云 冬木成 春野焼火乃] 風之共 靡如久 取持流 弓波受乃驟 三雪落 冬乃林尓 [一云 由布乃林] 飃可毛 伊巻渡等 念麻(R) 聞之恐久 [一云 諸人 見<或>麻(R)尓] 引放 箭<之>繁計久 大雪乃 乱而来礼 [一云 霰成 曽知余里久礼婆] 不奉仕 立向之毛 露霜之 消者消倍久 去鳥乃 相<競>端尓 [一云 朝霜之 消者消言尓 打蝉等 安良蘇布波之尓] 渡會乃 齊宮従 神風尓 伊吹<或>之 天雲乎 日之目毛不<令>見 常闇尓 覆賜而 定之 水穂之國乎 神随 太敷座而 八隅知之 吾大王之 天下 申賜者 萬代<尓> 然之毛将有登 [一云 如是毛安良無等] 木綿花乃 榮時尓 吾大王 皇子之御門乎 [一云 刺竹 皇子御門乎] 神宮尓 装束奉而 遣使 御門之人毛 白妙乃 麻衣著 <埴>安乃 門之原尓 赤根刺 日之盡 鹿自物 伊波比伏管 烏玉能 暮尓至者 大殿乎 振放見乍 鶉成 伊波比廻 雖侍候 佐母良比不得者 春鳥之 佐麻欲比奴礼者 嘆毛 未過尓 憶毛 未<不>盡者 言<左>敝久 百濟之原従 神葬 々伊座而 朝毛吉 木上宮乎 常宮等 高之奉而 神随 安定座奴 雖然 吾大王之 萬代跡 所念食而 作良志之 香<来>山之宮 萬代尓 過牟登念哉 天之如 振放見乍 玉手次 懸而将偲 恐有騰文
#[訓読]かけまくも ゆゆしきかも [一云 ゆゆしけれども] 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山超えて 高麗剣 和射見が原の 仮宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ [一云 掃ひたまひて] 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御いくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと [一云 掃へと] 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も [一云 笛の音は] 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに [一云 聞き惑ふまで] ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の [一云 冬こもり 春野焼く火の] 風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に [一云 木綿の林] つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの畏く [一云 諸人の 見惑ふまでに] 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ [一云 霰なす そちより来れば] まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに [一云 朝霜の 消なば消とふに うつせみと 争ふはしに] 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 申したまへば 万代に しかしもあらむと [一云 かくしもあらむと] 木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を [一云 刺す竹の 皇子の御門を] 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏かれども
#[仮名],かけまくも,ゆゆしきかも,[ゆゆしけれども],いはまくも,あやにかしこき,あすかの,まかみのはらに,ひさかたの,あまつみかどを,かしこくも,さだめたまひて,かむさぶと,いはがくります,やすみしし,わがおほきみの,きこしめす,そとものくにの,まきたつ,ふはやまこえて,こまつるぎ,わざみがはらの,かりみやに,あもりいまして,あめのした,をさめたまひ,[はらひたまひて],をすくにを,さだめたまふと,とりがなく,あづまのくにの,みいくさを,めしたまひて,ちはやぶる,ひとをやはせと,まつろはぬ,くにををさめと,[はらへと],みこながら,よさしたまへば,おほみみに,たちとりはかし,おほみてに,ゆみとりもたし,みいくさを,あどもひたまひ,ととのふる,つづみのおとは,いかづちの,こゑときくまで,ふきなせる,くだのおとも,[ふえのおとは],あたみたる,とらかほゆると,もろひとの,おびゆるまでに,[ききまどふまで],ささげたる,はたのなびきは,ふゆこもり,はるさりくれば,のごとに,つきてあるひの,[ふゆこもり,はるのやくひの],かぜのむた,なびくがごとく,とりもてる,ゆはずのさわき,みゆきふる,ふゆのはやしに,[ゆふのはやし],つむじかも,いまきわたると,おもふまで,ききのかしこく,[もろひとの,みまどふまでに],ひきはなつ,やのしげけく,おほゆきの,みだれてきたれ,[あられなす,そちよりくれば],まつろはず,たちむかひしも,つゆしもの,けなばけぬべく,ゆくとりの,あらそふはしに,[あさしもの,けなばけとふに,うつせみと,あらそふはしに],わたらひの,いつきのみやゆ,かむかぜに,いふきまとはし,あまくもを,ひのめもみせず,とこやみに,おほひたまひて,さだめてし,みづほのくにを,かむながら,ふとしきまして,やすみしし,わがおほきみの,あめのした,まをしたまへば,よろづよに,しかしもあらむと,[かくしもあらむと],ゆふばなの,さかゆるときに,わがおほきみ,みこのみかどを,[さすたけの,みこのみかどを],かむみやに,よそひまつりて,つかはしし,みかどのひとも,しろたへの,あさごろもきて,はにやすの,みかどのはらに,あかねさす,ひのことごと,ししじもの,いはひふしつつ,ぬばたまの,ゆふへになれば,おほとのを,ふりさけみつつ,うづらなす,いはひもとほり,さもらへど,さもらひえねば,はるとりの,さまよひぬれば,なげきも,いまだすぎぬに,おもひも,いまだつきねば,ことさへく,くだらのはらゆ,かみはぶり,はぶりいまして,あさもよし,きのへのみやを,とこみやと,たかくまつりて,かむながら,しづまりましぬ,しかれども,わがおほきみの,よろづよと,おもほしめして,つくらしし,かぐやまのみや,よろづよに,すぎむとおもへや,あめのごと,ふりさけみつつ,たまたすき,かけてしのはむ,かしこかれども
#[左注]
#[校異]桂 -> 挂 [金][類] / 拂 -> 掃 [金][類] / 惑 -> 或 [類][紀] / R [金][類](塙)(楓) 泥 / 惑 -> 或 [金][類] / <> -> 之 [金][紀] / 竟 -> 競 [西(補筆)][類][紀] / 惑 -> 或 [金][類] / 合 -> 令 [西(左筆)][金] / <> -> 尓 [金][類][紀] / 垣 -> 埴 [細][温][京] / <> -> 不 [金][類][紀] / 右 -> 左 [金] / 未 -> 来 [金][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,高市皇子,殯宮,壬申の乱,飛鳥,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]
心にかけるのも恐れ多い[一云恐れ多いことであるが]、口にするのもまことに恐れ多いことである
明日香の真神の原にひさかたの天の御門を恐れ多いことにもお定めになって神となってお隠れになるやすみしし我が大君の
お治めになる背後の国の立派な木がそそり立つ不破山を越えて、高麗剣の和射見が原の行宮にお下りになって天下をご統治され[一云 敵を排除なさって]、お治めになる国をお定めになるとして
鶏が鳴く東国の御兵隊をお召しになり荒ぶる人を平定せよと、服従しない国を治めよと[一云平らげよ]と、皇子でありながらご任じなさるので、
大御身に太刀を取ってお佩きになり、大御手に弓を取ってお持ちになり、軍勢を率いられて、
号令する鼓の音は雷が音と聞こえるほど、吹いて鳴らす角笛の音も[一云 笛の音は]、敵と出会った虎が吠えると大勢の人々が怯えるほどに[一云聞き間違えるほど]、捧げている旗の靡きは、冬ごもり春になると野ごとにつけられている火が「一云冬ごもり春野を焼く火が」、風と共に靡くように、取り持っている 弓弭のどよめきもみ雪降る冬の林に[一云木綿の話に]、つむじが巻き起こると思うほど聞くにもおそろしく、[一云大勢の人が見間違うほど]、引き放つ矢がたくさんで、大雪のように乱れて飛んでくる。[一云 霰のようにそちらから来るので]、服従せずに抵抗していた人も露や霜のように消えるならば消えてしまいそうに、飛んで行く鳥のように争うしりから[一云 朝霧のように消えるならば消えよというのに現実も争うしりから]、度会の際の宮から神風に吹き惑わし、天雲に覆って日の目も見せないで、真っ暗に覆いなさってお定めになった瑞穂の国を、
神さながらに立派にお治めになって、やすみしし我が大君の天の下をお治めになるので永遠にそのようであるだろうと[一云 このようであるだろうと]、木綿花のように栄える時に我が大君、皇子の御門を一云刺す竹の皇子の御門を[、神の宮として飾り申し上げ、お使いになっていた御門の人も白妙の麻衣を着て、 埴安の 御門の原にあかねさす昼は昼中、獣のように這い臥し続け、ぬばたまの夕べになると大殿をふり仰ぎ見ながら鶉のように這い回り伺候するが、伺候シ得ないので、春鳥のようにさまよっていると嘆きもまだ過ぎないのに、思いもまだつきていないのに、
言葉がさえぎられる百済の原を通って神として葬り、葬りいて、あさもよし城上の宮を永遠の宮として立派に奉仕して神さながらにォ鎮まりになった。そうではあるが我が大君が永遠にとお思いになってお作りになった香具山の宮は消えてなくなろうと思うことがあろうか。天のように振り酒見ながら玉たすきではないが心に懸けて思おう。恐れ多いことではあるが。

#{語釈]
高市皇子  天武天皇第一皇子  持統四年太政大臣  持統十年七月十日薨去 42歳(公卿補任)、43歳(扶桑略記)

定めたまひて 天武天皇明日香清御原宮
背面の国の  大和から見て背後。美濃、近江を指す。
高麗剣   和射見が原にかかる枕詞。高麗剣は環頭太刀であるので、その環にかかる
和射見が原の 関ヶ原の不破行宮
百済の原 北葛城郡広陵町百済のあたり

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0200
#[題詞](高市皇子尊城上殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首
#[原文]久堅之 天所知流 君故尓 日月毛不知 戀渡鴨
#[訓読]ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも
#[仮名],ひさかたの,あめしらしぬる,きみゆゑに,ひつきもしらず,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,高市皇子,殯宮,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]ひさかたの天をお治めになる大君だから日月もわからずに恋い続けることである
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0201
#[題詞]((高市皇子尊城上殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首)
#[原文]<埴>安乃 池之堤之 隠沼乃 去方乎不知 舎人者迷惑
#[訓読]埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ
#[仮名],はにやすの,いけのつつみの,こもりぬの,ゆくへをしらに,とねりはまとふ
#[左注]
#[校異]垣 -> 埴 [紀]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,高市皇子,殯宮,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]埴安の池の堤の水が隠っている沼野水がどこへ流れていくかわからないように、後の身の振り方がわからないで舎人は途方に暮れていることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0202
#[題詞](高市皇子尊城上殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])或書反歌一首
#[原文]哭澤之 神社尓三輪須恵 雖祷祈 我王者 高日所知奴
#[訓読]哭沢の神社に三輪据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ
#[仮名],なきさはの,もりにみわすゑ,いのれども,わがおほきみは,たかひしらしぬ
#[左注]右一首類聚歌林曰 桧隈女王怨泣澤神社之歌也 案日本紀<云>十年丙申秋七月辛丑朔庚戌後<皇子>尊薨
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:桧隈女王,高市皇子,殯宮,飛鳥,地名
#[訓異]
#[大意]哭沢の神社に三輪を据えて祈るけれども、我が大君は空高い日の世界をお治めになってしまった。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0203
#[題詞]但馬皇女薨後穂積皇子冬日雪落遥望御墓悲傷流涕御作歌一首
#[原文]零雪者 安播尓勿落 吉隠之 猪養乃岡之 塞為巻尓
#[訓読]降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の塞なさまくに
#[仮名],ふるゆきは,あはになふりそ,よなばりの,ゐかひのをかの,せきなさまくに
#[左注]
#[校異]塞 [金](塙)(楓) 寒 / 為 [桧嬬手](塙)(楓) 有
#[鄣W],挽歌,作者:穂積皇子,但馬皇女,初瀬,名張,地名
#[訓異]
#[大意]降る雪はひどくは降るなよ。吉隠の猪養の岡へのさえきりとなろうから。
#{語釈]
但馬皇女 天武天皇皇女 114
穂積皇 天武天皇皇子
あはに  さはにと同じ。数多く
猪養の岡  奈良県桜井市初瀨 東北方の山腹
塞なさまくに 岡へ行くのに塞となるだろうから。  「寒筠らまくに」という訓

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0204
#[題詞]弓削皇子薨時置始東人<作>歌一首[并短歌]
#[原文]安見知之 吾王 高光 日之皇子 久堅乃 天宮尓 神随 神等座者 其乎霜 文尓恐美 晝波毛 日之盡 夜羽毛 夜之盡 臥居雖嘆 飽不足香裳
#[訓読]やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 ひさかたの 天つ宮に 神ながら 神といませば そこをしも あやに畏み 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと 伏し居嘆けど 飽き足らぬかも
#[仮名],やすみしし,わがおほきみ,たかてらす,ひのみこ,ひさかたの,あまつみやに,かむながら,かみといませば,そこをしも,あやにかしこみ,ひるはも,ひのことごと,よるはも,よのことごと,ふしゐなげけど,あきたらぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:置始東人,弓削皇子,殯宮,枕詞
#[訓異]
#[大意]やすみしし我が大君。高照らす日の御子。久方の天の宮に神さながらに神としていらっしゃるので、そこが非常に恐れ多く、昼は昼中、夜は夜中、臥して嘆くが満足することがないことだ

#{語釈]
弓削皇子  天武天皇皇子 文武3年7月21日薨去 111
置始東人 伝未詳 文武朝の人 66

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0205
#[題詞](弓削皇子薨時置始東人<作>歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]王者 神西座者 天雲之 五百重之下尓 隠賜奴
#[訓読]大君は神にしませば天雲の五百重が下に隠りたまひぬ
#[仮名],おほきみは,かみにしませば,あまくもの,いほへがしたに,かくりたまひぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:置始東人,弓削皇子,殯宮,現人神
#[訓異]
#[大意]大君は神でいらっしゃるので、天雲の幾重にも重なった中にお隠れになった
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0206
#[題詞](弓削皇子薨時置始東人<作>歌一首[并短歌])又短歌一首
#[原文]神樂<浪>之 志賀左射礼浪 敷布尓 常丹跡君之 所念有計類
#[訓読]楽浪の志賀さざれ波しくしくに常にと君が思ほせりける
#[仮名],ささなみの,しがさざれなみ,しくしくに,つねにときみが,おもほせりける
#[左注]
#[校異]波 -> 浪 [金][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:置始東人,弓削皇子,殯宮,異伝,序詞
#[訓異]
#[大意]楽浪の志賀のさざれ波が細かく岸に絶えず打ち寄せるようにしきりにいつまでも生きながらえると君はお思いになっていたことだ
#{語釈]
しくしくに しきりに さざれ浪が絶えず岸に打ち寄せるようにしきりに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0207
#[題詞]柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌]
#[原文]天飛也 軽路者 吾妹兒之 里尓思有者 懃 欲見騰 不已行者 入目乎多見 真根久徃者 人應知見 狭根葛 後毛将相等 大船之 思憑而 玉蜻 磐垣淵之 隠耳 戀管在尓 度日乃 晩去之如 照月乃 雲隠如 奥津藻之 名延之妹者 黄葉乃 過伊去等 玉梓之 使之言者 梓弓 聲尓聞而 [一云 聲耳聞而] 将言為便 世武為便不知尓 聲耳乎 聞而有不得者 吾戀 千重之一隔毛 遣悶流 情毛有八等 吾妹子之 不止出見之 軽市尓 吾立聞者 玉手次 畝火乃山尓 喧鳥之 音母不所聞 玉桙 道行人毛 獨谷 似之不去者 為便乎無見 妹之名喚而 袖曽振鶴 [一云 名耳聞而有不得者]
#[訓読]天飛ぶや 軽の道は 我妹子が 里にしあれば ねもころに 見まく欲しけど やまず行かば 人目を多み 数多く行かば 人知りぬべみ さね葛 後も逢はむと 大船の 思ひ頼みて 玉かぎる 岩垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れぬるがごと 照る月の 雲隠るごと 沖つ藻の 靡きし妹は 黄葉の 過ぎて去にきと 玉梓の 使の言へば 梓弓 音に聞きて [一云 音のみ聞きて] 言はむすべ 為むすべ知らに 音のみを 聞きてありえねば 我が恋ふる 千重の一重も 慰もる 心もありやと 我妹子が やまず出で見し 軽の市に 我が立ち聞けば 玉たすき 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず 玉桙の 道行く人も ひとりだに 似てし行かねば すべをなみ 妹が名呼びて 袖ぞ振りつる [一云 名のみを聞きてありえねば]
#[仮名],あまとぶや,かるのみちは,わぎもこが,さとにしあれば,ねもころに,みまくほしけど,やまずゆかば,ひとめをおほみ,まねくゆかば,ひとしりぬべみ,さねかづら,のちもあはむと,おほぶねの,おもひたのみて,たまかぎる,いはかきふちの,こもりのみ,こひつつあるに,わたるひの,くれぬるがごと,てるつきの,くもがくるごと,おきつもの,なびきしいもは,もみちばの,すぎていにきと,たまづさの,つかひのいへば,あづさゆみ,おとにききて,[おとのみききて],いはむすべ,せむすべしらに,おとのみを,ききてありえねば,あがこふる,ちへのひとへも,なぐさもる,こころもありやと,わぎもこが,やまずいでみし,かるのいちに,わがたちきけば,たまたすき,うねびのやまに,なくとりの,こゑもきこえず,たまほこの,みちゆくひとも,ひとりだに,にてしゆかねば,すべをなみ,いもがなよびて,そでぞふりつる,[なのみをききてありえねば]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,隠り妻,亡妻挽歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]天飛ぶや軽の道は我が妹子の里へ行く道であるので、懇ろに見たいと思うが、絶えず行くと人目が多いので、たびたび行くと人が知ってしまいそうなので、さね蔓ではないが後に逢おうとお船のように思い頼んで、玉がほのかに限る岩垣の淵の水のように家に隠ってばかりいて恋い思っていた所、空を渡る日が暮れてしまうように、照る月が雲に隠れるように、沖の藻のように靡いていた妹は黄葉のように過ぎて行ったと玉梓の使いが言うので、梓弓ではないが、うわさにばかり聞いて、どのように言ってよいか、どのようにしてよいかわからないので、うわさばかりを聞いてはいられないので、自分が恋い思う線分の一でも心が晴れる
こともあるだろうかと、我妹子が絶えず出て見ていた軽の市に自分が立って聞いていると、玉たすき畝傍の山に鳴く鳥の声も聞こえない。玉梓の道を行く人も一人でも似てはいないので、どうしようもなく妹の名を呼んで袖を振ったことである

#{語釈]
慰もる 慰むるの古形。心が晴れる 196
我が立ち聞けば 辻占いをして亡き妹に会えるかどうかを確かめる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0208
#[題詞](柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])短歌二首
#[原文]秋山之 黄葉乎茂 迷流 妹乎将求 山道不知母 [一云 路不知而]
#[訓読]秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも [一云 道知らずして]
#[仮名],あきやまの,もみちをしげみ,まどひぬる,いもをもとめむ,やまぢしらずも,[みちしらずして]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,山中他界,亡妻挽歌
#[訓異]
#[大意]秋の山の黄葉が茂っているのでお迷いになった妹を捜す山路があからないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0209
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])短歌二首)
#[原文]黄葉之 落去奈倍尓 玉梓之 使乎見者 相日所念
#[訓読]黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ
#[仮名],もみちばの,ちりゆくなへに,たまづさの,つかひをみれば,あひしひおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,亡妻挽歌,枕詞,植物
#[訓異]
#[大意]黄葉の散っていくごとに玉梓の使いを見ると妹と会っていた日のことが思われてならない
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0210
#[題詞](柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])
#[原文]打蝉等 念之時尓 [一云 宇都曽臣等 念之] 取持而 吾二人見之 趍出之 堤尓立有 槻木之 己知碁<知>乃枝之 春葉之 茂之如久 念有之 妹者雖有 <憑有>之 兒等尓者雖有 世間乎 背之不得者 蜻火之 燎流荒野尓 白妙之 天領巾隠 鳥自物 朝立伊麻之弖 入日成 隠去之鹿齒 吾妹子之 形見尓置有 若兒<乃> 乞泣毎 取與 物之無者 <烏徳>自物 腋挟持 吾妹子与 二人吾宿之 枕付 嬬屋之内尓 晝羽裳 浦不樂晩之 夜者裳 氣衝明之 嘆友 世武為便不知尓 戀友 相因乎無見 大鳥<乃> 羽易乃山尓 吾戀流 妹者伊座等 人云者 石根左久見<手> 名積来之 吉雲曽無寸 打蝉等 念之妹之 珠蜻 髣髴谷裳 不見思者
#[訓読]うつせみと 思ひし時に [一云 うつそみと 思ひし] 取り持ちて 我がふたり見し 走出の 堤に立てる 槻の木の こちごちの枝の 春の葉の 茂きがごとく 思へりし 妹にはあれど 頼めりし 子らにはあれど 世間を 背きしえねば かぎるひの 燃ゆる荒野に 白栲の 天領巾隠り 鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠りにしかば 我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与ふ 物しなければ 男じもの 脇ばさみ持ち 我妹子と ふたり我が寝し 枕付く 妻屋のうちに 昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ 大鳥の 羽がひの山に 我が恋ふる 妹はいますと 人の言へば 岩根さくみて なづみ来し よけくもぞなき うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
#[仮名],うつせみと,おもひしときに,[うつそみと,おもひし],とりもちて,わがふたりみし,はしりでの,つつみにたてる,つきのきの,こちごちのえの,はるのはの,しげきがごとく,おもへりし,いもにはあれど,たのめりし,こらにはあれど,よのなかを,そむきしえねば,かぎるひの,もゆるあらのに,しろたへの,あまひれがくり,とりじもの,あさだちいまして,いりひなす,かくりにしかば,わぎもこが,かたみにおける,みどりこの,こひなくごとに,とりあたふ,ものしなければ,をとこじもの,わきばさみもち,わぎもこと,ふたりわがねし,まくらづく,つまやのうちに,ひるはも,うらさびくらし,よるはも,いきづきあかし,なげけども,せむすべしらに,こふれども,あふよしをなみ,おほとりの,はがひのやまに,あがこふる,いもはいますと,ひとのいへば,いはねさくみて,なづみこし,よけくもぞなき,うつせみと,おもひしいもが,たまかぎる,ほのかにだにも,みえなくおもへば
#[左注]
#[校異]智 -> 知 [金][紀][京] / <> -> 憑有 [西(右書)][類][紀] / <> -> 乃 [西(右書)][金][類][紀] / 鳥穂 -> 烏徳 [万葉考] / <> -> 乃 [金][類][紀] / 人之 -> 人 [紀] / 乎 -> 手 [類] / 等 [金][紀](塙) 跡
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,異伝,亡妻挽歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]現実のこの世の人であったと思っていた時に、手を携えて自分が妹と二人で見た家から出た所の堤防に立っているケヤキの木のあちらこちらの枝の春の季節で葉が茂っているように、繁く思っていた妹ではあったのに、頼みにしていた妻ではあったのに、世間の掟に背くことが出来ないので、陽炎が燃えている荒野で白妙の天の領巾に隠れて鳥のように朝出発されて夕日のようにお篭もりになってしまわれたので、我妹子が形見に置いていった乳飲み子が乳をほしがって泣くごとに取り与えるものがないので、男ではあるが脇に挟んで持って我が妹子と二人で寝た枕のある妻屋の中で昼は心さびしく一日を暮らし、夜は嘆息して一夜を明かし、嘆いてもする術もなく、恋い思っても逢うてだてもないので、大きい鳥の羽を閉じているような羽交いの山に自分が恋い思う妹はいらっしゃると人が言うので岩根を踏みしめて難渋してやって来たが、いいこともない。この世の人だと思っていた妹が玉がほのかに光るようにほんの少しだけでも逢わないことを思うと。
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0211
#[題詞](柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])短歌二首
#[原文]去年見而之 秋乃月夜者 雖照 相見之妹者 弥年放
#[訓読]去年見てし秋の月夜は照らせれど相見し妹はいや年離る
#[仮名],こぞみてし,あきのつくよは,てらせれど,あひみしいもは,いやとしさかる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,亡妻挽歌
#[訓異]
#[大意]去年見ていた秋の月夜は照らしているが、ともに見ていた妹はますます年が離れていく
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0212
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])短歌二首)
#[原文]衾道乎 引手乃山尓 妹乎置而 山徑徃者 生跡毛無
#[訓読]衾道を引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし
#[仮名],ふすまぢを,ひきでのやまに,いもをおきて,やまぢをゆけば,いけりともなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,亡妻挽歌
#[訓異]
#[大意]衾道を引き手の山に妹を置いて山道を行くと生きた心地もしないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0213
#[題詞](柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])或本歌曰
#[原文]宇都曽臣等 念之時 携手 吾二見之 出立 百兄槻木 虚知期知尓 枝刺有如 春葉 茂如 念有之 妹庭雖在 恃有之 妹庭雖在 世中 背不得者 香切火之 燎流荒野尓 白栲 天領巾隠 鳥自物 朝立伊行而 入日成 隠西加婆 吾妹子之 形見尓置有 緑兒之 乞哭別 取委 物之無者 男自物 腋挾持 吾妹子與 二吾宿之 枕附 嬬屋内尓 <日>者 浦不怜晩之 夜者 息<衝>明之 雖嘆 為便不知 雖戀 相縁無 大鳥 羽易山尓 汝戀 妹座等 人云者 石根割見而 奈積来之 好雲叙無 宇都曽臣 念之妹我 灰而座者
#[訓読]うつそみと 思ひし時に たづさはり 我がふたり見し 出立の 百枝槻の木 こちごちに 枝させるごと 春の葉の 茂きがごとく 思へりし 妹にはあれど 頼めりし 妹にはあれど 世間を 背きしえねば かぎるひの 燃ゆる荒野に 白栲の 天領巾隠り 鳥じもの 朝立ちい行きて 入日なす 隠りにしかば 我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与ふ 物しなければ 男じもの 脇ばさみ持ち 我妹子と 二人我が寝し 枕付く 妻屋のうちに 昼は うらさび暮らし 夜は 息づき明かし 嘆けども 為むすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ 大鳥の 羽がひの山に 汝が恋ふる 妹はいますと 人の言へば 岩根さくみて なづみ来し よけくもぞなき うつそみと 思ひし妹が 灰にてませば
#[仮名],うつそみと,おもひしときに,たづさはり,わがふたりみし,いでたちの,ももえつきのき,こちごちに,えださせるごと,はるのはの,しげきがごとく,おもへりし,いもにはあれど,たのめりし,いもにはあれど,よのなかを,そむきしえねば,かぎるひの,もゆるあらのに,しろたへの,あまひれがくり,とりじもの,あさだちいゆきて,いりひなす,かくりにしかば,わぎもこが,かたみにおける,みどりこの,こひなくごとに,とりあたふ,ものしなければ,をとこじもの,わきばさみもち,わぎもこと,ふたりわがねし,まくらづく,つまやのうちに,ひるは,うらさびくらし,よるは,いきづきあかし,なげけども,せむすべしらに,こふれども,あふよしをなみ,おほとりの,はがひのやまに,ながこふる,いもはいますと,ひとのいへば,いはねさくみて,なづみこし,よけくもぞなき,うつそみと,おもひしいもが,はひにてませば
#[左注]
#[校異]兄 [金][類] 足 / 妹 [金][類][紀] 姉 / 且 -> 日 [金][類] / 衡 -> 衝 [金][類][紀] / 戀 [金][類](塙) 眷
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,異伝,亡妻挽歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]この世の人だと思っていた時に手を携えて自分が二人で見ていた門の出た所のたくさんの枝のあるケヤキの木。そのあちらこちらの枝が指してあるように春の葉が茂っているように繁く自分が思っていた妹ではあるが、頼みとしていた妻ではあるが、世の中を背くことが出来ないので、陽炎が燃えている荒野に白妙の天領巾に隠れて鳥のように朝出発になって夕日のように隠れてしまったので我妹子が形見に置いた乳飲み子が乳を欲しがって泣くごとに取り与えるものがないので、男ではあるが脇に挟み持って我妹子と二人で寝ていた枕のある妻屋の中で昼は心さびしく暮らし、夜は嘆息して明し、嘆くけれども方法がないので、恋い思うが逢う手だてもないので、大鳥の羽を閉じたような羽交いの山に自分が恋い思う妹はいらっしゃると人が言うので磐根を踏みしめて難渋してやって来たが、いいことは少しもない。この世の人だと思っていた妹が灰でいしゃっしゃるので
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0214
#[題詞](柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])短歌三首
#[原文]去年見而之 秋月夜者 雖渡 相見之妹者 益年離
#[訓読]去年見てし秋の月夜は渡れども相見し妹はいや年離る
#[仮名],こぞみてし,あきのつくよは,わたれども,あひみしいもは,いやとしさかる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,異伝,亡妻挽歌
#[訓異]
#[大意]去年見ていた秋の月夜は空を渡っているが、ともに見ていた妹はますます年が離れていく
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0215
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])短歌三首)
#[原文]衾路 引出山 妹<置> 山路念邇 生刀毛無
#[訓読]衾道を引手の山に妹を置きて山道思ふに生けるともなし
#[仮名],ふすまぢを,ひきでのやまに,いもをおきて,やまぢおもふに,いけるともなし
#[左注]
#[校異]且 -> 置 [西(左書)][類][紀]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,異伝,亡妻挽歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]衾道を引弾き手の山に妹を置いて山路を思うが生きた気持ちもない
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0216
#[題詞]((柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌])短歌三首)
#[原文]家来而 吾屋乎見者 玉床之 外向来 妹木枕
#[訓読]家に来て我が屋を見れば玉床の外に向きけり妹が木枕
#[仮名],いへにきて,わがやをみれば,たまどこの,ほかにむきけり,いもがこまくら
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,妻,異伝,亡妻挽歌
#[訓異]
#[大意]家に帰ってきて我が屋を見ると寝床で外を向いていることだ。妹の来枕は
#{語釈]
#[説明]
亡妻挽歌 09/1796~9 大宝元年行幸時。妻をともなって行ったのは持統元年紀州行幸
     火葬は文武朝のこと。文武初年の頃か。
自己の妻の死の経験をもとにした創作。文武朝の後宮で歌われたか。
妻は一人。
軽は、歌垣の場。ケヤキは歌垣の行われる場。

#[関連論文]


#[番号]02/0217
#[題詞]吉備津釆女死時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌]
#[原文]秋山 下部留妹 奈用竹乃 騰遠依子等者 何方尓 念居可 栲紲之 長命乎 露己曽婆 朝尓置而 夕者 消等言 霧己曽婆 夕立而 明者 失等言 梓弓 音聞吾母 髣髴見之 事悔敷乎 布栲乃 手枕纒而 劔刀 身二副寐價牟 若草 其嬬子者 不怜弥可 念而寐良武 悔弥可 念戀良武 時不在 過去子等我 朝露乃如也 夕霧乃如也
#[訓読]秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる子らは いかさまに 思ひ居れか 栲縄の 長き命を 露こそば 朝に置きて 夕は 消ゆといへ 霧こそば 夕に立ちて 朝は 失すといへ 梓弓 音聞く我れも おほに見し こと悔しきを 敷栲の 手枕まきて 剣太刀 身に添へ寝けむ 若草の その嬬の子は 寂しみか 思ひて寝らむ 悔しみか 思ひ恋ふらむ 時ならず 過ぎにし子らが 朝露のごと 夕霧のごと
#[仮名],あきやまの,したへるいも,なよたけの,とをよるこらは,いかさまに,おもひをれか,たくなはの,ながきいのちを,つゆこそば,あしたにおきて,ゆふへは,きゆといへ,きりこそば,ゆふへにたちて,あしたは,うすといへ,あづさゆみ,おときくわれも,おほにみし,ことくやしきを,しきたへの,たまくらまきて,つるぎたち,みにそへねけむ,わかくさの,そのつまのこは,さぶしみか,おもひてぬらむ,くやしみか,おもひこふらむ,ときならず,すぎにしこらが,あさつゆのごと,ゆふぎりのごと
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,吉備津采女,枕詞
#[訓異]
#[大意]秋の山のように美しく照り映える妹。しなやかな竹のようにしなやかに寄り添っていたあの子はどのように思っていたのか楮の縄のように長い命であるのに、露こそは朝に置いて夕方には消えるというが、霧こそは夕方に立って朝には消えるというが、(そんな露や霧でもないのに、はかなく世を去ったという)梓弓の音ではないがそんなうわさを聞く自分でもぼんやりと見ていたことは今となっと悔やまれるのに、敷妙の手枕をして剣太刀のように身に寄り添って寝ていたであろう若草のその夫はどんなに寂しく思って寝ているであろう。悔しく思って恋いこがれているであろう。その時ではないのに亡くなってしまったあの子は朝露のようだ。夕霧のようだ。

#{語釈]
吉備津釆女   吉備出身の采女。官人と禁止されていた恋愛事件を起こして入水自殺をしたか。人麻呂は他に
したへる妹  したふ 赤く色づく
なよ竹の  しなやかな竹
とをよる子  しなやかに寄り添う子

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0218
#[題詞](吉備津釆女死時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首
#[原文]樂浪之 志賀津子等何 [一云 志賀乃津之子我] 罷道之 川瀬道 見者不怜毛
#[訓読]楽浪の志賀津の子らが [一云 志賀の津の子が] 罷り道の川瀬の道を見れば寂しも
#[仮名],ささなみの,しがつのこらが,[しがのつのこが],まかりぢの,かはせのみちを,みればさぶしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,吉備津采女,枕詞
#[訓異]
#[大意]楽浪の志賀の津のあの子がひっそりと世を去って行った川の瀬の道を見るとさびしいことである。
#{語釈]
#[説明]
大津宮時代の采女自殺事件を扱っているように見え、吉備津采女の別名と見られてきたが、時代は藤原京時代であり、実態に合わない。そうすると吉備津采女との関係が不明になる。しかし吉備津采女は勅勘に触れた事件でも合ったので明確に対象として同情することははばかられることである。従って大津時代のこととして采女の自殺に同情するように見せかけて、吉備津采女のことを詠んでいるか。。

#[関連論文]


#[番号]02/0219
#[題詞]((吉備津釆女死時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首)
#[原文]天數 凡津子之 相日 於保尓見敷者 今叙悔
#[訓読]そら数ふ大津の子が逢ひし日におほに見しかば今ぞ悔しき
#[仮名],そらかぞふ,おほつのこが,あひしひに,おほにみしかば,いまぞくやしき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,吉備津采女,枕詞
#[訓異]
#[大意]そらで数える大津のあの子と出会っていた日にぼんやりと見ていたので今となっていは悔しいことである
#{語釈]
そら数ふ それで数えると大凡になるということから大津のおおにかかる

#[説明]
采女の死が詠まれていることから、後世、大和物語の春日率川の采女の死に人麻呂が登場する歌物語が成立するか。

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#[番号]02/0220
#[題詞]讃岐狭<岑>嶋視石中死人柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌]
#[原文]玉藻吉 讃岐國者 國柄加 雖見不飽 神柄加 幾許貴寸 天地 日月與共 満将行 神乃御面跡 次来 中乃水門従 <船>浮而 吾榜来者 時風 雲居尓吹尓 奥見者 跡位浪立 邊見者 白浪散動 鯨魚取 海乎恐 行<船>乃 梶引折而 彼此之 嶋者雖多 名細之 狭<岑>之嶋乃 荒礒面尓 廬作而見者 浪音乃 茂濱邊乎 敷妙乃 枕尓為而 荒床 自伏君之 家知者 徃而毛将告 妻知者 来毛問益乎 玉桙之 道太尓不知 欝悒久 待加戀良武 愛伎妻等者
#[訓読]玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地 日月とともに 足り行かむ 神の御面と 継ぎ来る 那珂の港ゆ 船浮けて 我が漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち 辺見れば 白波騒く 鯨魚取り 海を畏み 行く船の 梶引き折りて をちこちの 島は多けど 名ぐはし 狭岑の島の 荒磯面に 廬りて見れば 波の音の 繁き浜辺を 敷栲の 枕になして 荒床に ころ臥す君が 家知らば 行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを 玉桙の 道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ はしき妻らは
#[仮名],たまもよし,さぬきのくには,くにからか,みれどもあかぬ,かむからか,ここだたふとき,あめつち,ひつきとともに,たりゆかむ,かみのみおもと,つぎきたる,なかのみなとゆ,ふねうけて,わがこぎくれば,ときつかぜ,くもゐにふくに,おきみれば,とゐなみたち,へみれば,しらなみさわく,いさなとり,うみをかしこみ,ゆくふねの,かぢひきをりて,をちこちの,しまはおほけど,なぐはし,さみねのしまの,ありそもに,いほりてみれば,なみのおとの,しげきはまべを,しきたへの,まくらになして,あらとこに,ころふすきみが,いへしらば,ゆきてもつげむ,つましらば,きもとはましを,たまほこの,みちだにしらず,おほほしく,まちかこふらむ,はしきつまらは
#[左注]
#[校異]舡 -> 船 [類][紀][温] / 舡 -> 船 [類][紀][温] / 峯 -> 岑 [類][紀][温] / 太 [類][紀](塙) 大
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,石中死人,行路死人,羈旅,香川,沙弥島,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]立派な藻が採れてよい讃岐の国は、国の性格からか見ても見飽きることはない。神の性格からか、非常に貴い。天地や日月とともに満ち足りて行くであろう神のお顔として語り継いで来た那賀の港から船を浮かべて自分が漕いで来ると、毎日のその時の海風が雲のいる方から吹くので、沖をみるとうねり波が立っており、岸辺を見ると白波が騒いでいる。鯨魚取る海が恐ろしいので、進む船の舵が折れるばかりに、あちらこちらに島は多いが名前が霊妙な狭岑の島の荒磯に庵を作って気がつくと、波の音の頻繁な浜辺を敷妙の枕として、荒々しい床に横たわっている君の家を知っているならば行って知らせてやろうものなのに、妻を知っているならば来て尋ねるものなのに、玉梓の道だけでも知らないでぼんやりと待ちこがれているのだろうか。愛しいあの妻は。

#{語釈]
讃岐狭<岑>嶋 香川県坂出市沙弥島。現代は陸続きとなっている。瀬戸大橋の袂。
石中死人  磯浜の岩場と見られていたが、墳墓があるので、それを見たか。
玉藻よし  立派な藻を産する意。「朝裳よし 紀」と同じ。
神の御面  古事記は「飯依比古」
那珂の港 丸亀市西南部中津、金倉あたり。金倉川河口あたり。
時つ風   浜辺で毎日吹く風。この場合、海風のこと
とゐ波    大きくうねる浪。とゐはたわわ、とををなどと同じ
ころ臥す  ころは、自ら。自ら横たわっている

#[説明]
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#[番号]02/0221
#[題詞](讃岐狭<岑>嶋視石中死人柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首
#[原文]妻毛有者 採而多宜麻之 <作>美乃山 野上乃宇波疑 過去計良受也
#[訓読]妻もあらば摘みて食げまし沙弥の山野の上のうはぎ過ぎにけらずや
#[仮名],つまもあらば,つみてたげまし,さみのやま,ののへのうはぎ,すぎにけらずや
#[左注]
#[校異]佐 -> 作 [金][類][古]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,石中死人,行路死人,羈旅,香川,沙弥島,地名
#[訓異]
#[大意]妻もいたならば摘んで食べるのだったのに。沙弥の山の野のほとりのうはぎはもう食べ頃を過ぎているではないか。

#{語釈]
うはぎ  ヨメナの古名

#[説明]
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#[番号]02/0222
#[題詞]((讃岐狭<岑>嶋視石中死人柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌])短歌二首)
#[原文]奥波 来依荒礒乎 色妙乃 枕等巻而 奈世流君香聞
#[訓読]沖つ波来寄る荒礒を敷栲の枕とまきて寝せる君かも
#[仮名],おきつなみ,きよるありそを,しきたへの,まくらとまきて,なせるきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,石中死人,行路死人,羈旅,香川,沙弥島,地名
#[訓異]
#[大意]沖の波がやって来る荒磯を敷妙の枕としてお休みになっているあなたであるなあ
#{語釈]
#[説明]
行路死人歌

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#[番号]02/0223
#[題詞]柿本朝臣人麻呂在石見國臨死時自傷作歌一首
#[原文]鴨山之 磐根之巻有 吾乎鴨 不知等妹之 待乍将有
#[訓読]鴨山の岩根しまける我れをかも知らにと妹が待ちつつあるらむ
#[仮名],かもやまの,いはねしまける,われをかも,しらにといもが,まちつつあるらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:柿本人麻呂,臨死,島根,虚構,歌語り,地名
#[訓異]
#[大意]鴨山の磐根を枕として寝ている自分を知らないで妹は今頃自分を待ち続けているのだろうか。
#{語釈]
#[説明]
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#[番号]02/0224
#[題詞]柿本朝臣人麻呂死時妻依羅娘子作歌二首
#[原文]<且>今日々々々 吾待君者 石水之 貝尓 [一云 谷尓] 交而 有登不言八方
#[訓読]今日今日と我が待つ君は石川の峽に [一云 谷に] 交りてありといはずやも
#[仮名],けふけふと,わがまつきみは,いしかはの,かひに,[たにに],まじりて,ありといはずやも
#[左注]
#[校異]旦 -> 且 [紀][細][温]
#[鄣W],挽歌,作者:妻依羅娘子,柿本人麻呂,臨死,島根,歌語り,地名
#[訓異]
#[大意]今日お帰りか。今日お帰りかとひたすら自分が待つあなたは石川の貝に交じっているというではありませんか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0225
#[題詞](柿本朝臣人麻呂死時妻依羅娘子作歌二首)
#[原文]直相者 相不勝 石川尓 雲立渡礼 見乍将偲
#[訓読]直の逢ひは逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ
#[仮名],ただのあひは,あひかつましじ,いしかはに,くもたちわたれ,みつつしのはむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:妻依羅娘子,柿本人麻呂,臨死,島根,歌語り,虚構,地名
#[訓異]
#[大意]この世でお会いすることはもう難しいでしょう。せめて石川に雲よ立ち渡ってくれ。それを見ながら偲ぼう。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0226
#[題詞]丹比真人[名闕]擬柿本朝臣人麻呂之意報歌一首
#[原文]荒浪尓 縁来玉乎 枕尓置 吾此間有跡 誰将告
#[訓読]荒波に寄り来る玉を枕に置き我れここにありと誰れか告げなむ
#[仮名],あらなみに,よりくるたまを,まくらにおき,われここにありと,たれかつげなむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],作者:丹比真人,柿本人麻呂,追悼,歌語り
#[訓異]
#[大意]荒波に寄ってくる玉を枕に置いて自分はここにいると誰に話そうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0227
#[題詞]或本歌曰
#[原文]天離 夷之荒野尓 君乎置而 念乍有者 生刀毛無
#[訓読]天離る鄙の荒野に君を置きて思ひつつあれば生けるともなし
#[仮名],あまざかる,ひなのあらのに,きみをおきて,おもひつつあれば,いけるともなし
#[左注]右一首歌作者未詳 但古本以此歌載於此次也
#[校異]
#[鄣W],柿本人麻呂,臨死,異伝,歌語り
#[訓異]
#[大意]天遠く離れた田舎の荒野にあなたを置いて思い続けていると生きた心地もしないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0228
#[題詞]寧樂宮 / 和銅四年歳次辛亥河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作歌二首
#[原文]妹之名<者> 千代尓将流 姫嶋之 子松之末尓 蘿生萬代尓
#[訓読]妹が名は千代に流れむ姫島の小松がうれに蘿生すまでに
#[仮名],いもがなは,ちよにながれむ,ひめしまの,こまつがうれに,こけむすまでに
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [西(右書)][金][類][古]
#[鄣W],挽歌,作者:河辺宮人,姫島,行路死人,歌語り,大阪,地名
#[訓異]
#[大意]妹の名前は先年の後までも流れて行くであろう。姫島の小松の小枝に苔が生えるまでに
#{語釈]
河邊宮人 伝未詳
姫嶋松原 所在未詳 淀川河口付近  大阪市西淀川区に姫島

#[説明] 背後に物語りがあるか。一般的には何らかの事情で入水自殺した女性への追悼

#[関連論文]


#[番号]02/0229
#[題詞](和銅四年歳次辛亥河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作歌二首)
#[原文]難波方 塩干勿有曽祢 沈之 妹之光儀乎 見巻苦流思母
#[訓読]難波潟潮干なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも
#[仮名],なにはがた,しほひなありそね,しづみにし,いもがすがたを,みまくくるしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],挽歌,作者:河辺宮人,姫島,行路死人,歌語り,大阪,地名
#[訓異]
#[大意]難波潟よ。潮は干くなよ。海に沈んでしまった妹の姿を見るのが苦しいから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0230
#[題詞]霊龜元年歳次乙卯秋九月志貴親王<薨>時作歌一首[并短歌]
#[原文]梓弓 手取持而 大夫之 得物<矢>手<挾> 立向 高圓山尓 春野焼 野火登見左右 燎火乎 何如問者 玉桙之 道来人乃 泣涙 <W>霂尓落者 白妙之 衣埿漬而 立留 吾尓語久 何鴨 本名言 聞者 泣耳師所哭 語者 心曽痛 天皇之 神之御子之 御駕之 手火之光曽 幾許照而有
#[訓読]梓弓 手に取り持ちて ますらをの さつ矢手挟み 立ち向ふ 高円山に 春野焼く 野火と見るまで 燃ゆる火を 何かと問へば 玉鉾の 道来る人の 泣く涙 こさめに降れば 白栲の 衣ひづちて 立ち留まり 我れに語らく なにしかも もとなとぶらふ 聞けば 哭のみし泣かゆ 語れば 心ぞ痛き 天皇の 神の御子の いでましの 手火の光りぞ ここだ照りたる
#[仮名],あづさゆみ,てにとりもちて,ますらをの,さつやたばさみ,たちむかふ,たかまとやまに,はるのやく,のびとみるまで,もゆるひを,なにかととへば,たまほこの,みちくるひとの,なくなみた,こさめにふれば,しろたへの,ころもひづちて,たちとまり,われにかたらく,なにしかも,もとなとぶらふ,きけば,ねのみしなかゆ,かたれば,こころぞいたき,すめろきの,かみのみこの,いでましの,たひのひかりぞ,ここだてりたる
#[左注]?(右歌笠朝臣金村歌集出)
#[校異]失 -> 矢 [西(左朱書)][金][紀] / 狭 -> 挾 [矢][京] / V -> W [金][類] / 落者 [金][類] 落
#[鄣W],挽歌,霊亀1年9月,年紀,作者:笠金村,志貴皇子,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]梓弓を手に取り持って大夫が猟矢を手挟んで立ち向かう的ではないが、高円山に春の野を焼く野火と見紛うまで燃える火を何だと尋ねると、玉鉾の道を来る人の泣く涙が小雨のように降るので、白妙の衣が濡れて立ち止まって自分に言うのには、どうしてむやみに尋ねるのか。聞くと声を上げて泣くばかりである。語ると心が痛い。天皇の神の御子の出立の松明の光がこんなにも多く照っているのだと。

#{語釈]
霊龜元年歳次乙卯秋九月志貴親王<薨> 続日本紀には霊亀二年八月十一日薨とある。
    誤写説。喪中明けに届け出説などがある。
     霊亀元年(715年)九月二日元正天皇即位 続日本紀の薨去記事はこのことと関係があるか。

志貴親王  天智天皇皇子 光仁天皇の父 田原天皇と追号

高円山   南の道を行き、陵墓(田原里に田原南陵)

ここだ照りたる 普通ならば「語らく」とあるので、「と語る」と結びの語があるが、ここはそのまま切れている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0231
#[題詞](霊龜元年歳次乙卯秋九月志貴親王<薨>時作歌一首[并短歌])短歌二首
#[原文]高圓之 野邊乃秋芽子 徒 開香将散 見人無尓
#[訓読]高円の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに
#[仮名],たかまとの,のへのあきはぎ,いたづらに,さきかちるらむ,みるひとなしに
#[左注]?(右歌笠朝臣金村歌集出)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,霊亀1年9月,年紀,作者:笠金村,志貴皇子,奈良,地名,植物
#[訓異]
#[大意]高円の野辺の秋萩は空しく咲いては散っているのだろうか。見る人もいなくって
#{語釈]
野辺の秋萩  志貴皇子の邸宅(別邸)は、白毫寺であると説
見る人  志貴皇子のこと

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]02/0232
#[題詞]((霊龜元年歳次乙卯秋九月志貴親王<薨>時作歌一首[并短歌])短歌二首)
#[原文]御笠山 野邊徃道者 己伎太雲 繁荒有可 久尓有勿國
#[訓読]御笠山野辺行く道はこきだくも繁く荒れたるか久にあらなくに
#[仮名],みかさやま,のへゆくみちは,こきだくも,しげくあれたるか,ひさにあらなくに
#[左注]右歌笠朝臣金村歌集出
#[校異]
#[鄣W],挽歌,霊亀1年9月,年紀,作者:笠金村,志貴皇子,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]三笠山の野辺を行く道はこんなにも激しくあれているのか。皇子が亡くなってそんなにも久しくはないのに
#{語釈]
繁く荒れたるか 志貴親王の邸宅へ行く人が少なくなったことを示す

#[説明]
#[関連論文]