万葉集 巻第10

#[番号]10/1812
#[題詞]春雜歌
#[原文]久方之 天芳山 此夕 霞霏(d) 春立下
#[訓読]ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも
#[仮名],ひさかたの,あめのかぐやま,このゆふへ,かすみたなびく,はるたつらしも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,飛鳥,地名,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]ひさかたの天の香具山にこの夕方、霞がたなびいている。春が立つらしいことだ。
#{語釈]
天の香具山 奈良県橿原市東部 多武峰から西に突きだした峰
01/0002D02天皇登香具山望國之時御製歌
01/0002H01大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば
01/0013H01香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし
01/0014H01香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原
01/0028H01春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山
01/0052H03青香具山は 日の経の 大御門に 春山と 茂みさび立てり 畝傍の
02/0199H42しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮
03/0257D01鴨君足人香具山歌一首并短歌
03/0257H01天降りつく 天の香具山 霞立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 桜花
03/0259H01いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに
03/0260H01天降りつく 神の香具山 うち靡く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に
03/0334H01忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため
03/0426D01柿本朝臣人麻呂見香具山屍悲慟作歌一首
07/1096H01いにしへのことは知らぬを我れ見ても久しくなりぬ天の香具山
10/1812H01ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも
11/2449H01香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも

霞たなびく 原文「霏(d)」人麻呂作歌と人麻呂歌集非略体歌にしか見えない用字。
元来、「霏微」雨や雪などがちらちらと降る様子。雨冠をつけたのは人麻呂の工夫(小島憲之)
#[説明]
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#[番号]10/1813
#[題詞]
#[原文]巻向之 桧原丹立流 春霞 欝之思者 名積米八方
#[訓読]巻向の桧原に立てる春霞おほにし思はばなづみ来めやも
#[仮名],まきむくの,ひはらにたてる,はるかすみ,おほにしおもはば,なづみこめやも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,季節
#[訓異]
#[大意]巻向の桧原に立っている春霞ではないが、ぼんやりといいかげんに思っていたらこんなに難渋して来ることがあろうか。そんでないから苦労してやってきたのだ。
#{語釈]
巻向 奈良県桜井市穴師 人麻呂歌集歌の舞台。人麻呂の妻がいた場所か。
07/1087H01穴師川川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし
07/1092H01鳴る神の音のみ聞きし巻向の桧原の山を今日見つるかも
07/1093H01三諸のその山なみに子らが手を巻向山は継ぎしよろしも
07/1100H01巻向の穴師の川ゆ行く水の絶ゆることなくまたかへり見む
07/1101H01ぬばたまの夜さり来れば巻向の川音高しもあらしかも疾き
07/1268H01子らが手を巻向山は常にあれど過ぎにし人に行きまかめやも
07/1269H01巻向の山辺響みて行く水の水沫のごとし世の人我れは
10/1813H01巻向の桧原に立てる春霞おほにし思はばなづみ来めやも
10/1815H01子らが手を巻向山に春されば木の葉しのぎて霞たなびく
10/2313H01あしひきの山かも高き巻向の崖の小松にみ雪降りくる
10/2314H01巻向の桧原もいまだ雲居ねば小松が末ゆ沫雪流る
12/3126H01巻向の穴師の山に雲居つつ雨は降れども濡れつつぞ来し

春霞 「おほに」にかかる序詞

なづみ来めやも 難渋して来る。
#[説明]
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#[番号]10/1814
#[題詞]
#[原文]古 人之殖兼 杉枝 霞<霏>(d) 春者来良之
#[訓読]いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし
#[仮名],いにしへの,ひとのうゑけむ,すぎがえに,かすみたなびく,はるはきぬらし
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]<> -> 霏 [西(左書)][元][類][紀] / 之 [元][類](塙) 芝
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,植物,季節
#[訓異]
#[大意]はるか昔の人が植えたのであろう杉の枝に霞がたなびいている。春は来たらしい。
#{語釈]
いにしへの人の植ゑけむ杉 杉は自然林に比べて、植樹して材木等に利用するということから、はるか昔に植えられたという発想がある。

#[説明]
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#[番号]10/1815
#[題詞]
#[原文]子等我手乎 巻向山丹 春去者 木葉凌而 霞霏(d)
#[訓読]子らが手を巻向山に春されば木の葉しのぎて霞たなびく
#[仮名],こらがてを,まきむくやまに,はるされば,このはしのぎて,かすみたなびく
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]凌 [元][類] 陵
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]あの子の手を枕とするという巻向山に春がやってくるので、木の葉を押し靡かせて霞がたなびいている。
#{語釈]
子らが手を 枕として巻くという意味で巻向に続く枕詞
07/1093H01三諸のその山なみに子らが手を巻向山は継ぎしよろしも
07/1268H01子らが手を巻向山は常にあれど過ぎにし人に行きまかめやも
巻向山 櫻井市巻向山 三輪山東方 巻向の里から見ると穴師川上流、三輪山の背後の高峰として見える。

#[説明]
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#[番号]10/1816
#[題詞]
#[原文]玉蜻 夕去来者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏(d)
#[訓読]玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
#[仮名],たまかぎる,ゆふさりくれば,さつひとの,ゆつきがたけに,かすみたなびく
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]玉がほのかに光る夕方になってくると、狩人の弓月が岳に霞がたなびいている。
#{語釈]
玉かぎる 玉がほのかに光っているようにほのかな光の夕方の意味で「夕」にかかる
02/0207H03人知りぬべみ さね葛 後も逢はむと 大船の 思ひ頼みて 玉かぎる
02/0210H13思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
08/1526H01玉かぎるほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは
10/1816H01玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
10/2311H01はだすすき穂には咲き出ぬ恋をぞ我がする玉かぎるただ一目のみ見し人ゆゑに
11/2391H01玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか
11/2509H01まそ鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の隠りたる妻
11/2700H01玉かぎる岩垣淵の隠りには伏して死ぬとも汝が名は告らじ
12/3085H01朝影に我が身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに
13/3250H03行く影の 月も経ゆけば 玉かぎる 日も重なりて 思へかも 胸の苦しき

さつ人 狩人 さつ矢、さつ弓 狩猟の人の持つ弓の意味で弓月にかかる。

弓月が岳 奈良県桜井市巻向山
07/1087H01穴師川川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし
07/1088H01あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる

#[説明]
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#[番号]10/1817
#[題詞]
#[原文]今朝去而 明日者来牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏(d)
#[訓読]今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹朝妻山に霞たなびく
#[仮名],けさゆきて,あすにはきなむと,****,あさづまやまに,かすみたなびく
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]牟 [元][類] 年 / 鹿丹 [元] 庶
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,御所市,奈良県,地名,季節
#[訓異]
#[大意]今朝帰って行って明日には来ようと*** 朝妻山に霞がたなびいている。
#{語釈]
今朝行きて明日には来なむ 当日の夜のこと。日没で一日が変わるという考え。
09/1762H01明日の宵逢はざらめやもあしひきの山彦響め呼びたて鳴くも
来なむ 原文「来牟」 注釈「来年(こね)」とする。
云子鹿 難訓
代初 あすはこむと いふこかに
代精 考 略 私注 あすはきなむと いふこかに
大系 講談社 あすはきなむと いひしこが
古義 あすはこむちふ はしけやし
全註釈 評釈 あしたはこねと いひしがに
集成 あすにはこねと いひしこを
角川(伊藤) あすにはこねと いひしこか
難語難訓攷 あすにはこねといふ こらがなの
注釈 塙 全集 難訓として訓まず

朝妻山 奈良県御所市朝妻の山 あるいは 奈良県金剛山

#[説明]
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#[番号]10/1818
#[題詞]
#[原文]子等名丹 關之宜 朝妻之 片山木之尓 霞多奈引
#[訓読]子らが名に懸けのよろしき朝妻の片山崖に霞たなびく
#[仮名],こらがなに,かけのよろしき,あさづまの,かたやまきしに,かすみたなびく
#[左注]右柿本朝臣人麻呂歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,御所市,奈良県,地名,季節,序詞
#[訓異]
#[大意]あの子の名前に掛けるのもよい朝妻の山の片方の急斜面に霞がたなびいている
#{語釈]
子らが名に懸けのよろしき 「朝妻」の序詞
あの子の名前に掛けるのもよい

片山崖 山の片方が急斜面で崖になっている所


#[説明]
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#[番号]10/1819
#[題詞]詠鳥
#[原文]打霏 春立奴良志 吾門之 柳乃宇礼尓 鴬鳴都
#[訓読]うち靡く春立ちぬらし我が門の柳の末に鴬鳴きつ
#[仮名],うちなびく,はるたちぬらし,わがかどの,やなぎのうれに,うぐひすなきつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節,植物,動物
#[訓異]
#[大意]うち靡く春が立ったらしい。我が家の柳の梢に鴬が鳴いたことである。
#{語釈]
うち靡く 春の枕詞。旧訓「うちなびき」 代匠記「うちなびく」
02/0087H01ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに
03/0260H01天降りつく 神の香具山 うち靡く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に
03/0433H01葛飾の真間の入江にうち靡く玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ
03/0475H02万代に 見したまはまし 大日本 久迩の都は うち靡く 春さりぬれば
05/0826H01うち靡く春の柳と我がやどの梅の花とをいかにか分かむ
06/0948H01ま葛延ふ 春日の山は うち靡く 春さりゆくと 山の上に 霞たなびく
08/1422H01うち靡く春来るらし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
08/1428H01おしてる 難波を過ぎて うち靡く 草香の山を 夕暮れに
09/1753H06解けてぞ遊ぶ うち靡く 春見ましゆは 夏草の 茂くはあれど
10/1819H01うち靡く春立ちぬらし我が門の柳の末に鴬鳴きつ
10/1830H01うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも
10/1832H01うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
10/1837H01山の際に鴬鳴きてうち靡く春と思へど雪降りしきぬ
10/1865H01うち靡く春さり来らし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
12/3044H01君待つと庭のみ居ればうち靡く我が黒髪に霜ぞ置きにける
17/3993H02山にも野にも 霍公鳥 鳴きし響めば うち靡く
20/4360H03あやに畏し 神ながら 我ご大君の うち靡く 春の初めは
20/4489H01うち靡く春を近みかぬばたまの今夜の月夜霞みたるらむ
20/4495H01うち靡く春ともしるく鴬は植木の木間を鳴き渡らなむ

#[説明]
類想歌
10/1824H01冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも
10/1830H01うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも

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#[番号]10/1820
#[題詞](詠鳥)
#[原文]梅花 開有岳邊尓 家居者 乏毛不有 鴬之音
#[訓読]梅の花咲ける岡辺に家居れば乏しくもあらず鴬の声
#[仮名],うめのはな,さけるをかへに,いへをれば,ともしくもあらず,うぐひすのこゑ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の花が咲いている岡辺に家を造って住んでいるので少なくないことだ。鴬の声が
#{語釈]
乏しくもあらず 少なくないことだ

#[説明]
同類歌
10/2230H01恋ひつつも稲葉かき別け家居れば乏しくもあらず秋の夕風

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#[番号]10/1821
#[題詞](詠鳥)
#[原文]春霞 流共尓 青柳之 枝<喙>持而 鴬鳴毛
#[訓読]春霞流るるなへに青柳の枝くひ持ちて鴬鳴くも
#[仮名],はるかすみ,ながるるなへに,あをやぎの,えだくひもちて,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]啄 -> 喙 [元][類]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]春霞が流れるごとに青柳の枝をくわえ持って鴬が鳴くことだ。
#{語釈]
枝くひ 西「啄」 ついばむの意 元、類「喙」 くちばし
新撰字鏡「喙 丁角反食也獣也口也久不(くふ)又波牟(はむ)又須不(すふ)」
新考「枝をくわへては鳴かれず。枝取持而の誤りにて枝にとまりての意ならむ」
全釈「それは理屈である。」
佐々木信綱「鳥が枝をくわえるという着想は、或いは、古代の鏡の図案に枝くひ鳥の図がある。それらから指示を得たかとも知れぬとおもはれる」
正倉院御物「花喰鳥模様」 鳥が枝をくわえて飛んでいる図
実景描写というよりも様式化したもの

#[説明]
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#[番号]10/1822
#[題詞](詠鳥)
#[原文]吾瀬子乎 莫越山能 喚子鳥 君喚變瀬 夜之不深刀尓
#[訓読]我が背子を莫越の山の呼子鳥君呼び返せ夜の更けぬとに
#[仮名],わがせこを,なこしのやまの,よぶこどり,きみよびかへせ,よのふけぬとに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,地名,動物,枕詞
#[訓異]
#[大意]我が背子を越えさせるなという莫越の山の呼子鳥よ。君を呼び返しなさい。夜が更けないうちに。
#{語釈]
我が背子を 我が背子を越えさせるなの意で「莫越の山」を引き出す枕詞。

莫越の山 代精 なこせと改め、巨瀬山のこととする 古義、全釈、総釈、全註釈
「越」のコは甲類。巨瀬のコは乙類。巨瀬とは解釈できない。
大系補注 大和の国の山名の他、筑波山にもある。延喜式神名帳「安房国朝夷郡 莫越山神社」現在、千葉県安房郡丸山町 莫越山神社では大晦日の日に歌う神事がある。
東国の歌ということになるか、大和の作者の近くの山名

呼子鳥 霍公鳥と活動季節が同じ。描かれる役割も同じであるが、同一であるかどうかは疑問。

夜の更けぬとに 「と」 間 時 ~しないうちに

#[説明]
呼子鳥に中心を置いて詠んだもの。

拾遺集 山部赤人 我が脊子をならしの岡のよぶこどり君呼びかへせ夜のふけぬ時
古今六帖 山部赤人 みな月のなごしの山の呼子鳥大ぬさにのみ声の聞こゆる

#[関連論文]


#[番号]10/1823
#[題詞](詠鳥)
#[原文]朝井代尓 来鳴<杲>鳥 汝谷文 君丹戀八 時不終鳴
#[訓読]朝ゐでに来鳴く貌鳥汝れだにも君に恋ふれや時終へず鳴く
#[仮名],あさゐでに,きなくかほどり,なれだにも,きみにこふれや,ときをへずなく
#[左注]
#[校異]果 -> 杲 [類][矢]
#[鄣W],春雑歌,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]朝の堰にやってきて鳴く貌鳥よ。お前までも君に恋い思っているのか、時を終わらずに鳴くことだ。
#{語釈]朝ゐで 堰(いせき)のこと。
07/1108H01泊瀬川流るる水脈の瀬を早みゐで越す波の音の清けく

貌鳥 未詳 カッコウ、フクロウ、カラス等の考え方。
原文「杲」コウ 明らか 「かお」の借字
03/0372H02貌鳥の 間なくしば鳴く 雲居なす 心いさよひ その鳥の 片恋のみに
06/1047H05貌鳥は 間なくしば鳴く 露霜の 秋さり来れば 生駒山 飛火が岳に
10/1898H01貌鳥の間なくしば鳴く春の野の草根の繁き恋もするかも
17/3973H07桜花散り 貌鳥の 間なくしば鳴く 春の野に

汝だにも 「だに」 ~でさえ、~までもの意

時終へず いつまでも 終わる時がなく

#[説明]
同想
06/0961H01湯の原に鳴く葦鶴は我がごとく妹に恋ふれや時わかず鳴く

#[関連論文]


#[番号]10/1824
#[題詞](詠鳥)
#[原文]冬隠 春去来之 足比木乃 山二文野二文 鴬鳴裳
#[訓読]冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも
#[仮名],ふゆこもり,はるさりくれば,あしひきの,やまにものにも,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,枕詞,動物,季節
#[訓異]
#[大意]冬こもり春がやってくるとあしひきの山にも野にも鴬が鳴くことだ
#{語釈]
冬こもり 春の枕詞
1/0016H01冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし
02/0199H17ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに
02/0199H19[冬こもり 春野焼く火の]
03/0382H03筑波の山を 冬こもり 時じき時と 見ずて行かば まして恋しみ
06/0971H04国形を 見したまひて 冬こもり 春さりゆかば 飛ぶ鳥の 早く来まさね
07/1336H01冬こもり春の大野を焼く人は焼き足らねかも我が心焼く
09/1705H01冬こもり春へを恋ひて植ゑし木の実になる時を片待つ我れぞ
10/1824H01冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも
10/1891H01冬こもり春咲く花を手折り持ち千たびの限り恋ひわたるかも
13/3221H01冬こもり 春さり来れば 朝には 白露置き 夕には 霞たなびく

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1825
#[題詞](詠鳥)
#[原文]紫之 根延横野之 春野庭 君乎懸管 鴬名雲
#[訓読]紫草の根延ふ横野の春野には君を懸けつつ鴬鳴くも
#[仮名],むらさきの,ねばふよこのの,はるのには,きみをかけつつ,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,大阪市,地名,動物,植物,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]紫草の根が伸びている横野の春の野にはあなたを心に掛けながら鴬が鳴いていることだ。
#{語釈]
紫草の 紫の染料をとる紫草

横野 大阪市生野区巽大地(たつみおおじ)
仁徳紀十三年十月「是月築横野堤」
神名帳「河内国渋川郡横野神社 現生野区巽大地

#[説明]
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#[番号]10/1826
#[題詞](詠鳥)
#[原文]春之<在>者 妻乎求等 鴬之 木末乎傳 鳴乍本名
#[訓読]春されば妻を求むと鴬の木末を伝ひ鳴きつつもとな
#[仮名],はるされば,つまをもとむと,うぐひすの,こぬれをつたひ,なきつつもとな
#[左注]
#[校異]去 -> 在 [元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,季節,動物
#[訓異]
#[大意]春になると妻を求めるとして鴬がこずえをつたって、むやみに鳴くことだ
#{語釈]
鳴きつつもとな むやみに鳴いて こちらの気持ちも思わず、無邪気に鳴く様子
03/0305H01かく故に見じと言ふものを楽浪の旧き都を見せつつもとな
04/0618H01さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1827
#[題詞](詠鳥)
#[原文]春日有 羽買之山従 <狭>帆之内敝 鳴徃成者 孰喚子鳥
#[訓読]春日なる羽がひの山ゆ佐保の内へ鳴き行くなるは誰れ呼子鳥
#[仮名],かすがなる,はがひのやまゆ,さほのうちへ,なきゆくなるは,たれよぶこどり
#[左注]
#[校異]猿 -> 狭 [元][類]
#[鄣W],春雑歌,奈良,春日,地名,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]春日にある羽がいの山から佐保の内へ鳴いて行くのが聞こえるのは誰を呼ぶという呼子鳥なのか。
#{語釈]
春日なる羽がひの山 未詳 花山のこと。三笠山
02/0210H11逢ふよしをなみ 大鳥の 羽がひの山に 我が恋ふる 妹はいますと
竜王山のこと。三笠山を頭として羽を交差する胴体にあたる背後の山のことを指すか。
とすると、ここは花山ということになる。

佐保の内 内 区域内のこと
06/0949H01梅柳過ぐらく惜しみ佐保の内に遊びしことを宮もとどろに

#[説明]
作者は、春日と佐保の中間にいるか。呼子鳥の鳴き声を相聞的に興じたもの。
類型歌
09/1713H01滝の上の三船の山ゆ秋津辺に来鳴き渡るは誰れ呼子鳥

#[関連論文]


#[番号]10/1828
#[題詞](詠鳥)
#[原文]不答尓 勿喚動曽 喚子鳥 佐保乃山邊乎 上下二
#[訓読]答へぬにな呼び響めそ呼子鳥佐保の山辺を上り下りに
#[仮名],こたへぬに,なよびとよめそ,よぶこどり,さほのやまへを,のぼりくだりに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,佐保,奈良,地名,動物
#[訓異]
#[大意]誰も答えないのに呼びたてて声を響かせるなよ。呼子鳥よ。佐保の山辺を上がったり下がったりしているが。
#{語釈]
答へぬに 呼子鳥がいくら鳴いても誰も答えないということ。

#[説明]
呼子鳥の実景といくら呼びかけても相手が応じない自身の空しい恋愛とを重ね合わせているのかも知れない。
#[関連論文]


#[番号]10/1829
#[題詞](詠鳥)
#[原文]梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鴬之音
#[訓読]梓弓春山近く家居れば継ぎて聞くらむ鴬の声
#[仮名],あづさゆみ,はるやまちかく,いへをれば,つぎてきくらむ,うぐひすのこゑ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,枕詞,動物,季節
#[訓異]
#[大意]梓弓を張る、春山に家を構えていると、絶えず聞いているでしょう。鴬の声を
#{語釈]
梓弓 「張る」の意味で春の枕詞。
普通、末、引くにかかる。春はここ一例。

家居れば 相手の様子を言う。
注釈 家居らば として、自分が山辺近くにいるならば とする。

#[説明]
「らむ」とあるので、山辺に住む相手の様子を推察して贈った歌。
自分のこととすると、
梓弓の春山近くに家を構えるならば、絶えず聞くことだろう。鴬の声を
となる。

#[関連論文]


#[番号]10/1830
#[題詞](詠鳥)
#[原文]打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鴬鳴毛
#[訓読]うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも
#[仮名],うちなびく,はるさりくれば,しののうれに,をはうちふれて,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]打ち靡く春がやってくると、篠の末に尾羽を触れて、鴬が鳴くことであるよ。
#{語釈]
小竹の末に 篠竹の先

#[説明]
全注 細かな描写に清新な趣がある。属目の景と見てよいであろう。

#[関連論文]


#[番号]10/1831
#[題詞](詠鳥)
#[原文]朝霧尓 之<努>々尓所沾而 喚子鳥 三船山従 喧渡所見
#[訓読]朝霧にしののに濡れて呼子鳥三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ
#[仮名],あさぎりに,しののにぬれて,よぶこどり,みふねのやまゆ,なきわたるみゆ
#[左注]
#[校異]怒 -> 努 [元][類]
#[鄣W],春雑歌,吉野,地名,動物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]朝霧にしとどに濡れて呼子鳥よ。三船の山から鳴き渡っているのが見える。
#{語釈]
しののに濡れて しとどに濡れて、ぐっしょりと、しっとりと

三船の山 奈良県吉野郡吉野町宮滝
03/0242H01滝の上の三船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに
03/0243H01大君は千年に座さむ白雲も三船の山に絶ゆる日あらめや
03/0244H01み吉野の三船の山に立つ雲の常にあらむと我が思はなくに
06/0907H01瀧の上の 三船の山に 瑞枝さし 繁に生ひたる 栂の木の
06/0914H01滝の上の三船の山は畏けど思ひ忘るる時も日もなし
09/1713H01滝の上の三船の山ゆ秋津辺に来鳴き渡るは誰れ呼子鳥
10/1831H01朝霧にしののに濡れて呼子鳥三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ
20/4467S01右縁淡海真人三船讒言出雲守大伴古慈斐宿祢解任 是以家持作此歌也

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1832
#[題詞]詠雪
#[原文]打靡 春去来者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管
#[訓読]うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
#[仮名],うちなびく,はるさりくれば,しかすがに,あまくもきらひ,ゆきはふりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異][] -> 詠雪 [紀]
#[大意]打ち靡く春はやって来たが、そうではあるが、空は雲がかかって雪が降り続いていることだ。
#{語釈]
詠雪 表題は、[紀]以外なし。歌内容に基づいて挿入する。

釋注 以下十一首は、後の追補。1819~77は、動物 -> 天象 -> 植物 -> 天象と順序が乱れている。 本来「詠雪」の表題はなかったが、紀州本の書写者が書き加えた。


しかすがに 上のものと下のものを逆説的につなぐ。
04/0543H05君はあらむと あそそには かつは知れども しかすがに
05/0823H01梅の花散らくはいづくしかすがにこの城の山に雪は降りつつ
08/1441H01うち霧らひ雪は降りつつしかすがに我家の苑に鴬鳴くも
10/1832H01うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
10/1834H01梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ
10/1836H01風交り雪は降りつつしかすがに霞たなびき春さりにけり
10/1848H01山の際に雪は降りつつしかすがにこの川楊は萌えにけるかも
10/1862H01雪見ればいまだ冬なりしかすがに春霞立ち梅は散りつつ
18/4079H01三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ
20/4492H01月数めばいまだ冬なりしかすがに霞たなびく春立ちぬとか

#[説明]
冬と春の相剋。立春の頃を詠んだものか。

#[関連論文]


#[番号]10/1833
#[題詞](詠雪)
#[原文]梅花 零覆雪乎 褁持 君令見跡 取者消管
#[訓読]梅の花降り覆ふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ
#[仮名],うめのはな,ふりおほふゆきを,つつみもち,きみにみせむと,とればけにつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の花に降り覆っている雪を手で包んで持って、あなたに見せようと何度も取ろうとするが消えてしまって。
#{語釈]
取れば消につつ 手に取るとすぐに消えてしまうのを、何度も手に取ろうとする様子。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1834
#[題詞](詠雪)
#[原文]梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭尓 零重管
#[訓読]梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ
#[仮名],うめのはな,さきちりすぎぬ,しかすがに,しらゆきにはに,ふりしきりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の花は咲いて散り過ぎてしまった。そうではあるが白雪は庭に降り積もり続けているよ。
#{語釈]
降りしきりつつ 降り積もっている様子 しきり 原文「重」 おり重なる意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1835
#[題詞](詠雪)
#[原文]今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎
#[訓読]今さらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春へとなりにしものを
#[仮名],いまさらに,ゆきふらめやも,かぎろひの,もゆるはるへと,なりにしものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]今更、雪が降るということがあろうか。かげろうが燃える春辺となったのに。
#{語釈]
今さらに もう春もたけなわになったので、という気持ちがある。実際には雪が降っていることに対して言っているのかも知れない。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1836
#[題詞](詠雪)
#[原文]風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去尓来
#[訓読]風交り雪は降りつつしかすがに霞たなびき春さりにけり
#[仮名],かぜまじり,ゆきはふりつつ,しかすがに,かすみたなびき,はるさりにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]風が交じって雪が降り続いていて、そうではあるが霞がたなびいて春がやってきたことだ。
#{語釈]
降りつつ 動作の反復継続。同時に起こっているわけではない。
雪が降っている日があったかと思うと、春霞がたなべく日和になるという意。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1837
#[題詞](詠雪)
#[原文]山際尓 鴬喧而 打靡 春跡雖念 雪落布沼
#[訓読]山の際に鴬鳴きてうち靡く春と思へど雪降りしきぬ
#[仮名],やまのまに,うぐひすなきて,うちなびく,はるとおもへど,ゆきふりしきぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,季節
#[訓異]
#[大意]山際では鴬が鳴いて、打ち靡く春と思うのだが、雪が降り敷いている。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1838
#[題詞](詠雪)
#[原文]峯上尓 零置雪師 風之共 此聞散良思 春者雖有
#[訓読]峰の上に降り置ける雪し風の共ここに散るらし春にはあれども
#[仮名],をのうへに,ふりおけるゆきし,かぜのむた,ここにちるらし,はるにはあれども
#[左注]右一首筑波山作
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,茨城県,地名,季節
#[訓異]
#[大意]峰の上に降り積もっている雪は風とともにここに散るらしい。春ではあるけれども。
#{語釈]
風の共 風と共に
02/0199H20風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に
04/0619H02まそ鏡 磨ぎし心を ゆるしてし その日の極み 波の共 靡く玉藻の
06/1062H03暁の 寝覚に聞けば 海石の 潮干の共 浦洲には 千鳥妻呼び 葦辺には
09/1804H01父母が 成しのまにまに 箸向ふ 弟の命は 朝露の 消やすき命 神の共
10/1838H01峰の上に降り置ける雪し風の共ここに散るらし春にはあれども
12/3078H01波の共靡く玉藻の片思に我が思ふ人の言の繁けく
12/3178H01国遠み思ひなわびそ風の共雲の行くごと言は通はむ
15/3661H01風の共寄せ来る波に漁りする海人娘子らが裳の裾濡れぬ
15/3773H01君が共行かましものを同じこと後れて居れどよきこともなし
16/3871H01角島の瀬戸のわかめは人の共荒かりしかど我れとは和海藻
20/4394H01大君の命畏み弓の共さ寝かわたらむ長けこの夜を

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1839
#[題詞](詠雪)
#[原文]為君 山田之澤 恵具採跡 雪消之水尓 裳裾所沾
#[訓読]君がため山田の沢にゑぐ摘むと雪消の水に裳の裾濡れぬ
#[仮名],きみがため,やまたのさはに,ゑぐつむと,ゆきげのみづに,ものすそぬれぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,地名,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの為に山田の沢にゑぐを摘むとして、雪解けの水に裳の裾が濡れたことだ。
#{語釈]
山田の沢 山沿いに開墾されている田のほとりの沢。人の手の入らない奥山と区別している。

ゑぐ くろくわい。カヤツリグサ科の多年草。池や沢に群生する。
古名録「漢名紫雲英 今名ゲンゲ」
動植正名「くろぐわゐをゑぐとする説あれども、葉を食ふものにあらざれば然らず。げむげとする説あれど睺、澤に生ずるものにあらざれば然らず。せりとする説やや可なるに似たり。されど、ゑぐと名づくる義に於いて、其解を得ず。今水傍に多く生ずるたがらしと呼ぶもの、或いはゑぐならむ。春初一月頃、初生のものを採り、湯引きて浸し物として食ふ。柔脆(じゅうぜい:柔らかいこと)口に可なり。三月頃に至り梢長ずれば、微しく辛味を帯ぶ。其茎の如きは頗るゑぐ味あり。ゑぐの名に合へりとす。されど本草毒草部に載せたれば多く食ふべきものに非ず」
私注「ゑぐは、三菱草の塊茎、即ち水栗だといふ くろくわゐ 春水田を鋤き起こす時に、あらはれるのを、少年童女が拾ひ集めることは、私の幼時にも経験した。万葉の時代にも恐らくさうであったろう。私の郷里ではゑごと呼んだ。支那種は塊茎が大きく栽培に堪える程で、東京では春さき、青物店を注意すると手に入れることが出来た。千住あたりで作るらしい。味がえぐいのでえぐと呼ぶ説は、事実に反するようだ。三菱草は藺(りん)に近似して、時に藺(りん)に代用するから藺(りん)の実、藺(りん)の子の意でゐごの展訛かも知れぬ。・・・私が此の注に、ことさら多言を費やすのは、私を春の田に伴ってゑごを採り味はしめた、亡伯母ノブの思い出の為である。其の頃すでにゑごを知る者は、私の周囲にも多くはなかった。」

11/2760H01あしひきの山沢ゑぐを摘みに行かむ日だにも逢はせ母は責むとも

#[説明]
女の歌。
類歌
07/1249H01君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも

#[関連論文]


#[番号]10/1840
#[題詞](詠雪)
#[原文]梅枝尓 鳴而移<徙> 鴬之 翼白妙尓 沫雪曽落
#[訓読]梅が枝に鳴きて移ろふ鴬の羽白妙に沫雪ぞ降る
#[仮名],うめがえに,なきてうつろふ,うぐひすの,はねしろたへに,あわゆきぞふる
#[左注]
#[校異]徒 -> 徙 [西(訂正)][温][矢][京]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の枝に鳴いて飛び回っている鴬の羽が白いほどに沫のような雪が降ることだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1841
#[題詞](詠雪)
#[原文]山高三 零来雪乎 梅花 <落>鴨来跡 念鶴鴨 [一云 梅花 開香裳落跡]
#[訓読]山高み降り来る雪を梅の花散りかも来ると思ひつるかも [一云 梅の花咲きかも散ると]
#[仮名],やまたかみ,ふりくるゆきを,うめのはな,ちりかもくると,おもひつるかも,[うめのはな,さきかもちると]
#[左注](右二首問答)
#[校異]<> -> 落 [西(右書)][元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,問答,植物,季節
#[訓異]
#[大意]山が高いので降ってくる雪を梅の花が散ってくるのかなあと思ったことであるよ。[梅の花が咲いて散るのかと]
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1645H01我が宿の冬木の上に降る雪を梅の花かとうち見つるかも

次の問答とする歌を見ると、作者は山辺にいる。

#[関連論文]


#[番号]10/1842
#[題詞](詠雪)
#[原文]除雪而 梅莫戀 足曳之 山片就而 家居為流君
#[訓読]雪をおきて梅をな恋ひそあしひきの山片付きて家居せる君
#[仮名],ゆきをおきて,うめをなこひそ,あしひきの,やまかたづきて,いへゐせるきみ
#[左注]右二首問答
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,問答,植物
#[訓異]
#[大意]雪を差し置いて梅を恋い思いますな。あしひきの山の片側に面して家に住んでいるあなたよ。
#{語釈]
片付きて 山の片側に面して
06/1062H01やすみしし 我が大君の あり通ふ 難波の宮は 鯨魚取り 海片付きて

#[説明]
寓意があるか。本妻を差し置いて私を恋い思うなという意か。本心は山辺の家にいる人にありながら、自分を恋い思うといったってウソが見えているという意にもとれる。

#[関連論文]


#[番号]10/1843
#[題詞]詠霞
#[原文]昨日社 年者極之賀 春霞 春日山尓 速立尓来
#[訓読]昨日こそ年は果てしか春霞春日の山に早立ちにけり
#[仮名],きのふこそ,としははてしか,はるかすみ,かすがのやまに,はやたちにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,季節
#[訓異]
#[大意]昨日、年が暮れたと思っていたのに。春霞が春日の山にはやくも立っていることであるよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1844
#[題詞](詠霞)
#[原文]寒過 暖来良思 朝烏指 滓鹿能山尓 霞軽引
#[訓読]冬過ぎて春来るらし朝日さす春日の山に霞たなびく
#[仮名],ふゆすぎて,はるきたるらし,あさひさす,かすがのやまに,かすみたなびく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,季節
#[訓異]
#[大意]冬が過ぎて春がやってきたらしい。朝日のさす春日の山に霞がたなびいている。
#{語釈]
冬、春 原字 寒、暖 その意味から当てたか。

朝日 原文 朝烏 准南子「日中有駿烏」 五経通義「日中有三足烏」
太陽の中に三本足の烏がいるという中国の伝説を踏まえた用字。

#[説明] 漢詩文に熟知した人の表記
#[関連論文]


#[番号]10/1845
#[題詞](詠霞)
#[原文]鴬之 春成良思 春日山 霞棚引 夜目見侶
#[訓読]鴬の春になるらし春日山霞たなびく夜目に見れども
#[仮名],うぐひすの,はるになるらし,かすがやま,かすみたなびく,よめにみれども
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,動物,季節
#[訓異]
#[大意]鴬の鳴く春になったらしい。春日山に霞がたなびいている。夜の闇で見るけれども。
#{語釈]
鴬の春 鴬の鳴く春。

夜目 夜の暗闇の中で見る

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1846
#[題詞]詠柳
#[原文]霜干 冬柳者 見人之 蘰可為 目生来鴨
#[訓読]霜枯れの冬の柳は見る人のかづらにすべく萌えにけるかも
#[仮名],しもがれの,ふゆのやなぎは,みるひとの,かづらにすべく,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]霜枯れの冬の柳はそれを見ている人の蘰にちょうどするのによいように若葉が出始めたことだ。
#{語釈]
蘰 春の若葉や蔓草を頭や身につけて、その生命力を得るという呪的な行為がもとになっている。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1847
#[題詞](詠柳)
#[原文]淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨
#[訓読]浅緑染め懸けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも
#[仮名],あさみどり,そめかけたりと,みるまでに,はるのやなぎは,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]浅緑の色を染めて干し掛けていると見るほどに春の柳は芽吹いたことである。
#{語釈]
染め懸けたり 染めて掛けた 全註釈 色を掛けた

春楊 原字でとらえると、川楊。ねこやなぎ。
柳 しだれやなぎ。

どちらともわからない。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1848
#[題詞](詠柳)
#[原文]山際尓 雪者零管 然為我二 此河楊波 毛延尓家留可聞
#[訓読]山の際に雪は降りつつしかすがにこの川楊は萌えにけるかも
#[仮名],やまのまに,ゆきはふりつつ,しかすがに,このかはやぎは,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]山の間には雪は降り続いている。そうではあるがこの川楊は芽吹いたことであるよ。
#{語釈]
全注 「やぎ」と「やなぎ」 矢な木の「な」脱落
重音脱落の後に子音が落ちた yan(a)gi -> yagi

#[説明]
「この」とあるので臨場表現。宴席での歌か。

#[関連論文]


#[番号]10/1849
#[題詞](詠柳)
#[原文]山際之 雪<者>不消有乎 水飯合 川之副者 目生来鴨
#[訓読]山の際の雪は消ずあるをみなぎらふ川の沿ひには萌えにけるかも
#[仮名],やまのまの,ゆきはけずあるを,みなぎらふ,かはのそひには,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]山の間の雪は消えないであるが、水が激している川のほとりでは芽吹いていることだ
#{語釈]
みなぎらふ 原文「水飯合」 西「なかれあふ」 考 「飯」は「激」の誤り みなぎらふ
新考 「飯」は「殺」の誤り 「殺」はキルと訓む。 みなぎらふ
注釈 扁(a上[个]b[ヨ]c下片[シ])旁[攵] ->「殺」の異体字 「飯」と形が似ているので可能性が高い。

#[説明]
「みなぎらふ」というのは、雪解け水のことを言っているか。

#[関連論文]


#[番号]10/1850
#[題詞](詠柳)
#[原文]朝旦 吾見柳 鴬之 来居而應鳴 森尓早奈礼
#[訓読]朝な朝な我が見る柳鴬の来居て鳴くべく森に早なれ
#[仮名],あさなさな,わがみるやなぎ,うぐひすの,きゐてなくべく,もりにはやなれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,季節,植物
#[訓異]
#[大意]毎朝毎朝、自分が見る柳は、鴬のやって来て鳴くように森に早くなれよ。
#{語釈]
朝な朝な 毎朝
17/4010H01うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む

森に早なれ 森に早くなれよ。木が茂ってこんもりと森のようになれの意。

#[説明]
柳の成長を心待ちにしている意 少女の成長を待つ寓意があるか。

#[関連論文]


#[番号]10/1851
#[題詞](詠柳)
#[原文]青柳之 絲乃細紗 春風尓 不乱伊間尓 令視子裳欲得
#[訓読]青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも
#[仮名],あをやぎの,いとのくはしさ,はるかぜに,みだれぬいまに,みせむこもがも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]青柳のしなやかな糸のような枝の繊細な美しさよ。春風に乱れない間に見せる子もいればなあ。
#{語釈]
糸のくはしさ しだれ柳の枝の細いことを糸に譬えたもの ->柳の糸 1856
「くはしさ」は、繊細な美しさ 「くはし女」霊妙な女

い間に 「い」接頭語

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1852
#[題詞](詠柳)
#[原文]百礒城 大宮人之 蘰有 垂柳者 雖見不飽鴨
#[訓読]ももしきの大宮人のかづらけるしだり柳は見れど飽かぬかも
#[仮名],ももしきの,おほみやひとの,かづらける,しだりやなぎは,みれどあかぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]ももしきの大宮人がかずらにしているしだれ柳は見ても見飽きることがないことだ。
#{語釈]
ももしきの 大宮人の枕詞
01/0029H14ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも
01/0036H03秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの 大宮人は 舟並めて
02/0155H03ももしきの 大宮人は 行き別れなむ
03/0257H02木の暗茂に 沖辺には 鴨妻呼ばひ 辺つ辺に あぢ群騒き ももしきの
03/0260H03ももしきの 大宮人の 退り出て 漕ぎける船は 棹楫も なくて寂しも
03/0323H01ももしきの大宮人の熟田津に船乗りしけむ年の知らなく
04/0691H01ももしきの大宮人は多かれど心に乗りて思ほゆる妹
06/0920H03ももしきの 大宮人も をちこちに 繁にしあれば 見るごとに
06/0923H03その山の いやしくしくに この川の 絶ゆることなく ももしきの
06/0948H07祓へてましを 行く水に みそぎてましを 大君の 命畏み ももしきの
06/1005H04ももしきの 大宮所 やむ時もあらめ
06/1026H01ももしきの大宮人は今日もかも暇をなみと里に出でずあらむ
06/1061H01咲く花の色は変らずももしきの大宮人ぞたち変りける
07/1076H01ももしきの大宮人の罷り出て遊ぶ今夜の月のさやけさ
07/1218H01黒牛の海紅にほふももしきの大宮人しあさりすらしも
07/1267H01ももしきの大宮人の踏みし跡ところ沖つ波来寄らずありせば失せずあらましを
10/1852H01ももしきの大宮人のかづらけるしだり柳は見れど飽かぬかも
10/1883H01ももしきの大宮人は暇あれや梅をかざしてここに集へる
13/3234H06うらぐはしも 春山の しなひ栄えて 秋山の 色なつかしき ももしきの
18/4040H01布勢の浦を行きてし見てばももしきの大宮人に語り継ぎてむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1853
#[題詞](詠柳)
#[原文]梅花 取持見者 吾屋前之 柳乃眉師 所念可聞
#[訓読]梅の花取り持ち見れば我が宿の柳の眉し思ほゆるかも
#[仮名],うめのはな,とりもちみれば,わがやどの,やなぎのまよし,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]持 [元][類][紀] 持而
#[鄣W],春雑歌,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]梅の花を手に取って持って見ると我が家の柳の眉が思われてならない。
#{語釈]
柳の眉 柳葉を女性の眉に見立てたもの
代匠記「柳の眉には妻を兼ねて云なるべし」
19/4192H01桃の花 紅色に にほひたる 面輪のうちに 青柳の 細き眉根を

#[説明]
全注 「春の遊宴の席で詠まれたもの」

宴での女性に家の妻のことを述べた諧謔歌

#[関連論文]


#[番号]10/1854
#[題詞]詠花
#[原文]鴬之 木傳梅乃 移者 櫻花之 時片設奴
#[訓読]鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
#[仮名],うぐひすの,こづたふうめの,うつろへば,さくらのはなの,ときかたまけぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,植物,季節
#[訓異]
#[大意]鴬が木の枝を飛び回る梅の花が散ってしまったので、桜の花の咲く時を心待ちにしていることだ。
#{語釈]
うつろへば 花が散った

時かたまけぬ 一方では待ち設ける意 ひたすら待つ その時が近くなる

02/0191H01けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
05/0838H01梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
10/1854H01鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
10/2133H01秋の田の我が刈りばかの過ぎぬれば雁が音聞こゆ冬かたまけて
10/2163H01草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
11/2373H01いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
13/3255H03夏麻引く 命かたまけ 刈り薦の 心もしのに 人知れず もとなぞ恋ふる
15/3619H01礒の間ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1855
#[題詞](詠花)
#[原文]櫻花 時者雖不過 見人之 戀盛常 今之将落
#[訓読]桜花時は過ぎねど見る人の恋ふる盛りと今し散るらむ
#[仮名],さくらばな,ときはすぎねど,みるひとの,こふるさかりと,いましちるらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]桜花よ。盛りの時は過ぎていないが、見る人が恋い思う盛りの時だとして今散っているのだろう。
#{語釈]
過ぎねど 「ね」 打ち消し「ず」の已然形 過ぎたわけではないが

恋ふる盛りと 恋い思う気持ちが最も強い時期として

#[説明]
惜しまれる時を知って桜が散るという意味を述べる。

全注「奈良遷都以降の都市生活の中で生まれた風流心であろう」

#[関連論文]


#[番号]10/1856
#[題詞](詠花)
#[原文]我刺 柳絲乎 吹乱 風尓加妹之 梅乃散覧
#[訓読]我がかざす柳の糸を吹き乱る風にか妹が梅の散るらむ
#[仮名],わがかざす,やなぎのいとを,ふきみだる,かぜにかいもが,うめのちるらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]自分がかざす柳の糸のような細い枝を吹き乱れる風に妹の家の梅の花は散っているだろうか。
#{語釈]
我がかざす 原文「刺」 紀「させる」 考、略解、全註釈 注釈 挿し木にした
代匠記「我頭刺(かさす)と有けん、頭の字の脱(おち)たるか さらずは、わがさせるとよむべし」


妹が梅 妹の宿の梅の花 自分のところを吹く風が妹の家にも吹いて行ったとする
集成、全注 妹がかざしている梅
12/2858H01妹に恋ひ寐ねぬ朝明に吹く風は妹にし触れば我れさへに触れ
20/4371H01橘の下吹く風のかぐはしき筑波の山を恋ひずあらめかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1857
#[題詞](詠花)
#[原文]毎年 梅者開友 空蝉之 <世>人<我>羊蹄 春無有来
#[訓読]年のはに梅は咲けどもうつせみの世の人我れし春なかりけり
#[仮名],としのはに,うめはさけども,うつせみの,よのひとわれし,はるなかりけり
#[左注]
#[校異]<> -> 世 [西(右書)][元][類][紀] 君 -> 我 [代精]
#[鄣W],春雑歌,植物,枕詞
#[訓異]
#[大意]年ごとに梅は咲くけれども、無常のこの世の人である自分は春はないことだ。
#{語釈]
年のはに 毎年 年ごとに
19/4168H01毎年に来鳴くものゆゑ霍公鳥聞けば偲はく逢はぬ日を多み
19/4168I01[毎年謂之等之乃波]

世の人我れし 原文「<世>人君羊蹄」 斉明紀五年三月「後方羊蹄」訓注「斯梨蔽之(しりへし)
和名抄「羊蹄菜 和名之布久佐(しふくさ) 一云之(し)」

「君」 代匠記 我の誤り
佐竹昭広 新後撰集「年毎に花は咲けども人知れぬ我が身ひとつに春なかりけり(源師光) で「我」の誤り。

考、全註釈、大系 「君」のままでよい 不遇の人、死亡した人を指す

春なかりけり 自然はまためぐってくるが、自分はめぐらないと言って、無常を強調する

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1858
#[題詞](詠花)
#[原文]打細尓 鳥者雖<不>喫 縄延 守巻欲寸 梅花鴨
#[訓読]うつたへに鳥は食まねど縄延へて守らまく欲しき梅の花かも
#[仮名],うつたへに,とりははまねど,なははへて,もらまくほしき,うめのはなかも
#[左注]
#[校異]子 -> 不 [元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,動物,植物,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]決して鳥は食べないが縄をはって守りたいと思う梅の花であるよ。
#{語釈]
うつたへに 陳述の副詞。否定、反語表現と呼応する。決して、まったく

#[説明]
全釈「これは愛する女を梅に譬えた寓意がある」
必ずしも寓意と考えなくてもよい。

#[関連論文]


#[番号]10/1859
#[題詞](詠花)
#[原文]馬並而 高山<部>乎 白妙丹 令艶色有者 梅花鴨
#[訓読]馬並めて多賀の山辺を白栲ににほはしたるは梅の花かも
#[仮名],うまなめて,たかのやまへを,しろたへに,にほはしたるは,うめのはなかも
#[左注]
#[校異]<> -> 部 [矢][京]
#[鄣W],春雑歌,京都府,地名,枕詞,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]馬を並べて手綱を引く「たか」ではないが、多賀の山辺を真っ白に咲いているのは梅の花であるかなあ。
#{語釈]
馬並めて 馬を並べて手綱を引っ張るという「たく」 その「たか」として多賀にかける枕詞

多賀の山辺 京都府綴喜郡井出町多賀
03/0277H01早来ても見てましものを山背の高の槻群散りにけるかも

全釈「梅花は今日でも山を埋めて咲くというほどにはなっていない。況や当時外来の花として珍重していたのであるから、これは梅ではなく桜の誤りであろう」
注釈「多賀の北の青谷(久世郡城陽町)は、いま梅の実の産地として知られている。その梅林の事、古書には見えないが、或いはこのあたりに古くから梅林があったとも考えられる」
全注「井手町多賀と、橘諸兄の別業があったといわれる井手町石垣とは僅かに二キロ程度の距離である」

#[説明]
全注の言うように、橘諸兄の別業から馬を並べて、官人たちが行楽した場所を言うか。
人里として梅が植えられているとも見られる。

#[関連論文]


#[番号]10/1860
#[題詞](詠花)
#[原文]花咲而 實者不成登裳 長氣 所念鴨 山振之花
#[訓読]花咲きて実はならねども長き日に思ほゆるかも山吹の花
#[仮名],はなさきて,みはならねども,ながきけに,おもほゆるかも,やまぶきのはな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]花が咲いて実にはならないけれども、花が咲くまで待ち望まれることだ。山吹の花よ。
#{語釈]
長き日に思ほゆるかも 花が咲くまで、長い日数のように思われる

#[説明]
寓意があるか。

#[関連論文]


#[番号]10/1861
#[題詞](詠花)
#[原文]能登河之 水底并尓 光及尓 三笠乃山者 咲来鴨
#[訓読]能登川の水底さへに照るまでに御笠の山は咲きにけるかも
#[仮名],のとがはの,みなそこさへに,てるまでに,みかさのやまは,さきにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,叙景,季節
#[訓異]
#[大意]能登川の水底までも明るく照らすばかりに三笠の山は花が咲いていることであるよ。
#{語釈]
能登川 春日山地獄谷から西流して岩井川と合流して佐保川に注ぐ

三笠山 春日山前方の山。麓に春日大社がある。 春日野か春日里で詠まれた

咲きにけるかも 代匠記 桜なるべし
私注 山吹であろうか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1862
#[題詞](詠花)
#[原文]見雪者 未冬有 然為蟹 春霞立 梅者散乍
#[訓読]雪見ればいまだ冬なりしかすがに春霞立ち梅は散りつつ
#[仮名],ゆきみれば,いまだふゆなり,しかすがに,はるかすみたち,うめはちりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]雪を見るとまだ冬である。そうではあるが春霞が立って梅は散ったりしている。
#{語釈]
雪見れば 時々ちらつく雪か、残雪

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1863
#[題詞](詠花)
#[原文]去年咲之 久木今開 徒 土哉将堕 見人名四二
#[訓読]去年咲きし久木今咲くいたづらに地にか落ちむ見る人なしに
#[仮名],こぞさきし,ひさぎいまさく,いたづらに,つちにかおちむ,みるひとなしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]去年咲いた久木が今咲いている。無駄に地面に落ちてしまうのであろうか。見る人もいなくて。
#{語釈]
久木 管見「ここに久木とよめるは久しき木の心也。去年咲し花の後は、久しくして、亦此春、咲といふ心也」
童蒙抄「宗師案は、久木は義訓にて書て、椿の事ならんか」
考「冬木、咲左久楽(さきしさくら)、文木(うめは)などの誤り」
古義「足氷の誤り。馬酔木の借字とすべし」
新考「若木」の誤り

久木のこと
06/0925H01ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く
10/1863H01去年咲きし久木今咲くいたづらに地にか落ちむ見る人なしに
11/2753H01波の間ゆ見ゆる小島の浜久木久しくなりぬ君に逢はずして
12/3127H01度会の大川の辺の若久木我が久ならば妹恋ひむかも
あかめがしは(タカトウダイ科)
きささげ(ノウゼンカズラ科)
落葉高木、花期は、夏。注釈「それほど美しい花でもなく、当時の人にもあまり親しまれていなかったので、編纂者が春のものと誤ってここに入れた」


見る人なしに 全釈、注釈「去年愛人とともにこの花を眺めた事実があったのであろう」

#[説明]
寓意があるともとれる。

#[関連論文]


#[番号]10/1864
#[題詞](詠花)
#[原文]足日木之 山間照 櫻花 是春雨尓 散去鴨
#[訓読]あしひきの山の際照らす桜花この春雨に散りゆかむかも
#[仮名],あしひきの,やまのまてらす,さくらばな,このはるさめに,ちりゆかむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,枕詞,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]あしひきの山あいを照り輝かせる桜の花よ。この春雨に散っていくことであろうか。
#{語釈]
この春雨 臨場表現

散りゆかむかも 春雨が桜花を散らすということ既出。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1865
#[題詞](詠花)
#[原文]打靡 春避来之 山際 最木末乃 咲徃見者
#[訓読]うち靡く春さり来らし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
#[仮名],うちなびく,はるさりくらし,やまのまの,とほきこぬれの,さきゆくみれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]うち靡く春がやって来たらしい。山の間際の遠い木のこずえの花が咲いて行くのを見ると。
#{語釈]
うち靡く 「春」の枕詞 草木が枝葉を伸ばしてしなやかに靡くところから来るか。

#[説明]
異伝または重出歌
08/1422H01うち靡く春来るらし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば

#[関連論文]


#[番号]10/1866
#[題詞](詠花)
#[原文]春雉鳴 高圓邊丹 櫻花 散流歴 見人毛我<母>
#[訓読]雉鳴く高円の辺に桜花散りて流らふ見む人もがも
#[仮名],きぎしなく,たかまとのへに,さくらばな,ちりてながらふ,みむひともがも
#[左注]
#[校異]裳 -> 母 [類][紀]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,動物,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]雉が鳴く高円のあたりに桜花が散って風に流れている。見る人もいればなあ。
#{語釈]
雉鳴く 雉は春に鳴くので原文「春雉」と書いたか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1867
#[題詞](詠花)
#[原文]阿保山之 佐宿木花者 今日毛鴨 散乱 見人無二
#[訓読]阿保山の桜の花は今日もかも散り乱ふらむ見る人なしに
#[仮名],あほやまの,さくらのはなは,けふもかも,ちりまがふらむ,みるひとなしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,地名,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]阿保山の桜の花は今日も散り乱れているだろうか。見る人もいなくて。
#{語釈]
阿保山 奈良県奈良市佐保田町不退寺 三重県名賀郡青山町 未詳
地名辞書「不退寺の岡陵なるべし。平城皇子に阿保の御名あるも之に因る」
私注「伊賀に阿保郷があるから、そことも見える」
天平十二年十一月聖武天皇行幸 伊賀国伊賀郷阿保行宮(三重県青山町阿保)

桜の花は 原文「佐宿木」旧訓 サネキ
万葉目安「サカキノ木」
管見「さね木とは、合歓の木のことともいへり。亦云、サネ木は真(さね)木はり。ただ木の花」
目安補正「なぎの花なり。」
考「13/3309作楽花(さくらばな) 草の手の作業を作宿木と見て三字とは誤りつらん 作楽花(さくらのはな)」
全註釈「宿をネグラなどのクラに当てて書いたか」
私注「宿木を鳥ぐらのクラと見てである」
真鍋次郎「木篇傑左字 新撰字鏡「トクラ」 龍龕(りゅがん)手鏡 鶏栖木也 栖俗棲正 木棲は、木宿とおなじ。宿木としてもトクラと読める。そこでクラとも言った
井手至「宿木は、神が木に宿ると考えた 神の宿る木は、神座としての樹木の意でかみくらと同じでクラと読む」
左宿木は、そのままでサクラと読む

散り乱ふらむ 原文「散乱」 春日政治 マガフは、花、黄葉、露等の如き片々のものが入り違う ミダルは、柳、葦、薦等などの条をなしているものがもつれる意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1868
#[題詞](詠花)
#[原文]川津鳴 吉野河之 瀧上乃 馬酔之花會 置末勿動
#[訓読]かはづ鳴く吉野の川の滝の上の馬酔木の花ぞはしに置くなゆめ
#[仮名],かはづなく,よしののかはの,たきのうへの,あしびのはなぞ,はしにおくなゆめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,吉野,地名,植物,動物
#[訓異]
#[大意]蛙が鳴く吉野の川の瀧のほとりの馬酔木の花であるぞこれは、せっかく採ってきたのだから、端に置いて粗末にはしてくれるな。
#{語釈]
馬酔木の花ぞ 吉野の宮瀧から採ってきてみやげにしたもの

はしに置くなゆめ 西「おくにまもなき」 代匠記「すゑにおくなゆめと読むべきか 徒に木の末に置いて散らすな、手折り来て玩べとよめる意歟」
考「触手勿動(てふれそなゆめ) 末は手の誤り」
略解「末は土の誤り 土に置くなゆめ」
注釈 玉篇「末 端也」 山末でヤマノハと訓む。 ハシニオクナユメ
大切なものは真ん中に置くはずで、「はしに置く」ということは粗末に扱うことである。
そこで、粗末にはしてくれるなの意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1869
#[題詞](詠花)
#[原文]春雨尓 相争不勝而 吾屋前之 櫻花者 開始尓家里
#[訓読]春雨に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり
#[仮名],はるさめに,あらそひかねて,わがやどの,さくらのはなは,さきそめにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]春雨に抵抗しかねて我が宿の桜の花は咲き始めたことである。
#{語釈]
春雨に争ひかねて 春雨に抵抗することが出来ないで
桜の花を咲かせる春雨

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1870
#[題詞](詠花)
#[原文]春雨者 甚勿零 櫻花 未見尓 散巻惜裳
#[訓読]春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも
#[仮名],はるさめは,いたくなふりそ,さくらばな,いまだみなくに,ちらまくをしも
#[左注]
#[校異]春 [類] 春乃
#[鄣W],春雑歌,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]春雨はひどくは降るなよ。桜花をまだ見ていないのに散るのは惜しいことだから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1871
#[題詞](詠花)
#[原文]春去者 散巻惜 梅花 片時者不咲 含而毛欲得
#[訓読]春されば散らまく惜しき梅の花しましは咲かずふふみてもがも
#[仮名],はるされば,ちらまくをしき,うめのはな,しましはさかず,ふふみてもがも
#[左注]
#[校異]梅 [矢][京] 桜
#[鄣W],春雑歌,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]春になるとすぐに散るのが惜しい梅の花よ。しばらくは咲かないでつぼみのままでいて欲しいなあ。
#{語釈]
しまし 原文「片時」旧訓 しはし 略解 しまし ちょっとの間

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1872
#[題詞](詠花)
#[原文]見渡者 春日之野邊尓 霞立 開艶者 櫻花鴨
#[訓読]見わたせば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも
#[仮名],みわたせば,かすがののへに,かすみたち,さきにほへるは,さくらばなかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,植物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]見渡すと春日の野辺に霞が立ち、咲き輝いているのは桜の花であるなあ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1873
#[題詞](詠花)
#[原文]何時鴨 此夜乃将明 鴬之 木傳落 <梅>花将見
#[訓読]いつしかもこの夜の明けむ鴬の木伝ひ散らす梅の花見む
#[仮名],いつしかも,このよのあけむ,うぐひすの,こづたひちらす,うめのはなみむ
#[左注]
#[校異]<> -> 梅 [西(右書)][類][紀][矢]
#[鄣W],春雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]いつになったらこの夜が明けるのだろうか。鴬が木を伝って散らす梅の花を見よう。
#{語釈]
#[説明]
評釈 鴬が散らす梅の花の美を待っている
全注 立春前夜の作者の抱いた幻想の美

#[関連論文]


#[番号]10/1874
#[題詞]詠月
#[原文]春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之野尓
#[訓読]春霞たなびく今日の夕月夜清く照るらむ高松の野に
#[仮名],はるかすみ,たなびくけふの,ゆふづくよ,きよくてるらむ,たかまつののに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,高円,地名,叙景
#[訓異]
#[大意]春霞がたなびく今日の夕方の月夜は清く照るだろうよ。高円の野に。
#{語釈]
詠月 全注「万葉集ではまだ月は秋のものともなっていない」

夕月夜 原文「 暮三伏一向」 木偏四(し)戯、樗蒲(ちょぼ)という朝鮮経由の遊びから来た表記 諸伏(4/743)

高松の野 高円の野 新考「当時 ミモロ ミムロ マキモク マキムクと同じく、タカマトをタカマツといった」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1875
#[題詞](詠月)
#[原文]春去者 紀之許能暮之 夕月夜 欝束無裳 山陰尓指天 [一云 春去者 木陰多 暮月夜]
#[訓読]春されば木の木の暗の夕月夜おほつかなしも山蔭にして [一云 春されば木の暗多み夕月夜]
#[仮名],はるされば,きのこのくれの,ゆふづくよ,おほつかなしも,やまかげにして,[はるされば,このくれおほみ,ゆふづくよ]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,異伝
#[訓異]
#[大意]春になると木の木陰に指す夕月夜の光もはっきりしないよ。山陰であって [一云 春になると木の木陰が多いので夕月夜]
#{語釈]
木の暗多み 原文「紀之許能暮之」元「コカクレオホキ」 西「キノコノクレノ」
代匠記「木の木(こ)の闇(くれ)なり」
仙覚抄「1948 3433 木と木の重複は難にあらざるべし」
考 一云の方 コガクレオオキ(木陰多)
新考「許能暮多」を誤る
注釈「井手至論引用 「紀之」と「許能」はもと別々の両案の文字が重複してとられた。
2279 娘部四敝之 とあるのは、娘部四、または 娘敝之とあったものを両方表記された。
之 元暦本 之名 元来 多夕 が之夕夕となり 之夕々 之名になったか。
とすると、多の誤りか。

全注 キノコノクレノ すでにコノクレが熟語化していて、重ねて言ったか。

おほつかなしも はっきりしない ぼんやりしている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1876
#[題詞](詠月)
#[原文]朝霞 春日之晩者 従木間 移歴月乎 何時可将待
#[訓読]朝霞春日の暮は木の間より移ろふ月をいつとか待たむ
#[仮名],あさかすみ,はるひのくれは,このまより,うつろふつきを,いつとかまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌
#[訓異]
#[大意]朝霞の春の日の夕暮れは、木の間から移っていく月をいつになったら出るのかと待つことであろう
#{語釈]
朝霞 朝霞がかかる春ということで、春の枕詞

#[説明]
注釈「春日遅々の趣」
講談社文庫 春は朝の霞も面白く、一日のくれるのも惜しまれるが、また夕月も面白い。されど夕月はなかなか出ない、の意」

#[関連論文]


#[番号]10/1877
#[題詞]詠雨
#[原文]春之雨尓 有来物乎 立隠 妹之家道尓 此日晩都
#[訓読]春の雨にありけるものを立ち隠り妹が家道にこの日暮らしつ
#[仮名],はるのあめに,ありけるものを,たちかくり,いもがいへぢに,このひくらしつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,恋情
#[訓異]
#[大意]長く降り続く春雨であったものなのに。雨宿りをして妹の家に行く途中でこの一日を過ごしてしまった。
#{語釈]
春の雨にありけるものを 拾穂抄「春雨はいたくもふらで晴れがたき物也」
春雨
08/1440H01春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ
10/1917H01春雨に衣はいたく通らめや七日し降らば七日来じとや
10/1932H01春雨のやまず降る降る我が恋ふる人の目すらを相見せなくに
10/1933H01我妹子に恋ひつつ居れば春雨のそれも知るごとやまず降りつつ

立ち隠り 雨宿りをすること

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1878
#[題詞]詠河
#[原文]今徃而 聞物尓毛我 明日香川 春雨零而 瀧津湍音乎
#[訓読]今行きて聞くものにもが明日香川春雨降りてたぎつ瀬の音を
#[仮名],いまゆきて,きくものにもが,あすかがは,はるさめふりて,たぎつせのおとを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,飛鳥,地名,望郷
#[訓異]
#[大意]今すぐにでも行って聞きたいものだ。明日香川の春雨が降って急流になっている早瀬の音を
#{語釈]
#[説明]
望郷の思い

#[関連論文]


#[番号]10/1879
#[題詞]詠煙
#[原文]春日野尓 煙立所見 𡢳嬬等四 春野之菟芽子 採而煮良思文
#[訓読]春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野のうはぎ摘みて煮らしも
#[仮名],かすがのに,けぶりたつみゆ,をとめらし,はるののうはぎ,つみてにらしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,植物,野遊び
#[訓異]
#[大意]春日野に煙りが立つのが見える。娘子たちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。
#{語釈]
春野のうはぎ よめな

#[説明]
娘子たちの山菜摘み。野遊び

#[関連論文]


#[番号]10/1880
#[題詞]野遊
#[原文]春日野之 淺茅之上尓 念共 遊今日 忘目八方
#[訓読]春日野の浅茅が上に思ふどち遊ぶ今日の日忘らえめやも
#[仮名],かすがのの,あさぢがうへに,おもふどち,あそぶけふのひ,わすらえめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,野遊び,宴席
#[訓異]
#[大意]春日野の浅茅の上で親しい者同士が遊ぶ今日の日を忘れることが出来ようか。
#{語釈]
思ふどち 奈良時代の言葉
05/0820H01梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり
08/1591H01黄葉の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶ今夜は明けずもあらぬか
08/1656H01酒杯に梅の花浮かべ思ふどち飲みての後は散りぬともよし
10/1880H01春日野の浅茅が上に思ふどち遊ぶ今日の日忘らえめやも
10/1882H01春の野に心延べむと思ふどち来し今日の日は暮れずもあらぬか
17/3969H09思ふどち 手折りかざさず 春の野の 茂み飛び潜く 鴬の
17/3991H01もののふの 八十伴の男の 思ふどち 心遣らむと 馬並めて
17/3991H09いや年のはに 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと
17/3993H03心もしのに そこをしも うら恋しみと 思ふどち
19/4187H01思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと
19/4284H01新しき年の初めに思ふどちい群れて居れば嬉しくもあるか

遊ぶ今日の日 奈良時代の特徴

類、古「アソヘルケフノ」紀「アソヘルケフハ」西「アソフケフヲハ」
略解「アソベルケフハ」古義「アソブコヨヒノ」新考「アソビシヘフノ」
全註釈「アソブケフノヒハ」大系「アソブコノヒハ」
注釈「あそぶけふのひ」

05/0825H01梅の花咲きたる園の青柳をかづらにしつつ遊び暮らさな
05/0836H01梅の花手折りかざして遊べども飽き足らぬ日は今日にしありけり
18/4047H01垂姫の浦を漕ぎつつ今日の日は楽しく遊べ言ひ継ぎにせむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1881
#[題詞](野遊)
#[原文]春霞 立春日野乎 徃還 吾者相見 弥年之黄土
#[訓読]春霞立つ春日野を行き返り我れは相見むいや年のはに
#[仮名],はるかすみ,たつかすがのを,ゆきかへり,われはあひみむ,いやとしのはに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,宴席,野遊び
#[訓異]
#[大意]春霞が立つ春日野を行ったり来たりして自分は共に見よう。毎年毎年。
#{語釈]
行き返り 行ったり来たりして

我れは相見む 略解「友に相見むなり」 古典全集、講談社 友と相集おう
古義「思う友人共と共に(春日野を)見む 私注、注釈 共と共に眺めよう
全注 「春日野を」の句は「相見む」にかかる
宴席での場所である春日野を讃美した言い方。

いや年のはに 19/4267
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1882
#[題詞](野遊)
#[原文]春野尓 意将述跡 <念>共 来之今日者 不晩毛荒粳
#[訓読]春の野に心延べむと思ふどち来し今日の日は暮れずもあらぬか
#[仮名],はるののに,こころのべむと,おもふどち,こしけふのひは,くれずもあらぬか
#[左注]
#[校異]命 -> 念 [西(訂正)][類][古][紀]
#[鄣W],春雑歌,野遊び
#[訓異]
#[大意]春の野に心を晴らそうと親しい者同士がやって来た今日の日は暮れないであって欲しいものだ。
#{語釈]
心延べむと 寛「ココロヤラムト」 心を晴らそうと 心をのびのびさせようと

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1883
#[題詞](野遊)
#[原文]百礒城之 大宮人者 暇有也 梅乎挿頭而 此間集有
#[訓読]ももしきの大宮人は暇あれや梅をかざしてここに集へる
#[仮名],ももしきの,おほみやひとは,いとまあれや,うめをかざして,ここにつどへる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,野遊び,枕詞,植物
#[訓異]
#[大意]ももしきの大宮人は暇があるからであろうか。梅をかざしてここに集まっている。
#{語釈]
暇あれや
06/1026H01ももしきの大宮人は今日もかも暇をなみと里に出でずあらむ(秋の田暇)

#[説明]
新古今集 赤人 ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日もくらしつ
#[関連論文]


#[番号]10/1884
#[題詞]歎舊
#[原文]寒過 暖来者 年月者 雖新有 人者舊去
#[訓読]冬過ぎて春し来れば年月は新たなれども人は古りゆく
#[仮名],ふゆすぎて,はるしきたれば,としつきは,あらたなれども,ひとはふりゆく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,移ろい,問答
#[訓異]
#[大意]冬が過ぎて春がやって来たので年月は新しいけれども、人は古くなっていく
#{語釈]

#[説明]
一年の循環を言ったもの
09/1707H01山背の久世の鷺坂神代より春は張りつつ秋は散りけり

#[関連論文]


#[番号]10/1885
#[題詞](歎舊)
#[原文]物皆者 新吉 唯 人者舊之 應宜
#[訓読]物皆は新たしきよしただしくも人は古りにしよろしかるべし
#[仮名],ものみなは,あらたしきよし,ただしくも,ひとはふりにし,よろしかるべし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,移ろい,問答
#[訓異]
#[大意]物はみんな新しいのがよい。ただし、人は年をとっている方がよいに違いない。
#{語釈]
ただしくも ただし 副詞語尾「く」がついた形

人は古りにし 人は年をとって老いているのが

#[説明]
窪田評釈「老齢の人の我と慰めた」
代匠記「尚書盤庚上 遅任言ふ有り。人は惟旧を求む。器は旧を求むに非ず。惟新し この意にてよめる歟。また知らず。おのづから叶える歟」
全注「前者に唱和した歌で、前歌の作者の嘆きを慰めるための歌」」

#[関連論文]


#[番号]10/1886
#[題詞]懽逢
#[原文]佐吉之 里<行>之鹿歯 春花乃 益希見 君相有香開
#[訓読]住吉の里行きしかば春花のいやめづらしき君に逢へるかも
#[仮名],すみのえの,さとゆきしかば,はるはなの,いやめづらしき,きみにあへるかも
#[左注]
#[校異]得 -> 行 [万葉考]
#[鄣W],春雑歌,大阪,地名,枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]住吉の里に出かけたところ春の花のように心引かれるあなたに出会ったことだ。
#{語釈]
住吉の里 大阪市住吉区 難波京の南

めづらしき君 愛(め)づの形容詞化 心引かれる

#[説明]
全注 野遊びの歌か
遊行女婦との歌とも見られる。

#[関連論文]


#[番号]10/1887
#[題詞]旋頭歌
#[原文]春日在 三笠乃山尓 月母出奴可母 佐紀山尓 開有櫻之 花乃可見
#[訓読]春日なる御笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく
#[仮名],かすがなる,みかさのやまに,つきもいでぬかも,さきやまに,さけるさくらの,はなのみゆべく
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,植物,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]春日にある三笠の山に月も出ないかなあ。佐紀山に咲いている桜の花が見えるように。
#{語釈]
佐紀山 現在 奈良市佐紀町 北方の山
佐紀沼 11/2818
佐紀沢 04/0675 07/1346 12/3052
佐紀野 10/1905 2107
佐紀宮01/0084d

#[説明]
07/1295H01春日なる御笠の山に月の舟出づ風流士の飲む酒杯に影に見えつつ
宴席の歌

#[関連論文]


#[番号]10/1888
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]白雪之 常敷冬者 過去家良霜 春霞 田菜引野邊之 鴬鳴焉
#[訓読]白雪の常敷く冬は過ぎにけらしも春霞たなびく野辺の鴬鳴くも
#[仮名],しらゆきの,つねしくふゆは,すぎにけらしも,はるかすみ,たなびくのへの,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,季節,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]白雪がいつも降り積もっていた冬は過ぎてしまったらしい。春霞がたなびく野辺の鴬が鳴くことだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1889
#[題詞]譬喩歌
#[原文]吾屋前之 毛桃之下尓 月夜指 下心吉 菟楯項者
#[訓読]我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
#[仮名],わがやどの,けもものしたに,つくよさし,したこころよし,うたてこのころ
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]自分の家の庭の毛桃の下に月が差し込んで、心中よろこばしいことだ。しきりにこの頃は。
#{語釈]
毛桃 中国原産の舶来桃 庭に植えて鑑賞植物となっている
05/0853D03光儀無匹 開柳葉於眉中發桃花於頬上 意氣凌雲 風流絶世 僕問曰 誰
07/1356H01向つ峰に立てる桃の木ならむかと人ぞささやく汝が心ゆめ
07/1358H01はしきやし我家の毛桃本茂く花のみ咲きてならずあらめやも
10/1889H01我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
11/2834H01大和の室生の毛桃本繁く言ひてしものをならずはやまじ
12/2970H01桃染めの浅らの衣浅らかに思ひて妹に逢はむものかも
17/3967D02暮春風景最可怜 紅桃灼々戯蝶廻花儛 翠柳依々嬌鴬隠葉歌 可樂哉
17/3973D02上巳名辰暮春麗景 桃花昭瞼以分紅 柳色含苔而競緑 于時也携手ナ望
17/3973D06柳陌臨江縟ハ服 桃源通海泛仙舟
19/4139D01天平勝寶二年三月一日之暮眺矚春苑桃李花作二首
19/4139H01春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子
19/4192H01桃の花 紅色に にほひたる 面輪のうちに 青柳の 細き眉根を

月夜さし 月の光が差し込んで

下心 心中秘めた思い

うたてこのころ 甚だしく、しきりに
全釈「尋常でなく悪い、又は厭わしいなどの意とするのが誤解のもとである。これはこの語の原義で、何となく進む意。即ち転(うたた)というに同じである。」

心中よろこばしい思いがますますつのることを言っている。

10/1889H01我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
11/2464H01三日月のさやにも見えず雲隠り見まくぞ欲しきうたてこのころ
12/2877H01いつはなも恋ひずありとはあらねどもうたてこのころ恋し繁しも
12/2949H01うたて異に心いぶせし事計りよくせ我が背子逢へる時だに
20/4307H01秋と言へば心ぞ痛きうたて異に花になそへて見まく欲りかも

#[説明]
譬喩であることの意味
考「上は下心といはん序なから、花の下の月はよろしきなり、その花の下のよろしきをわが下心によき譬とせり」
私注「上三句は序、したに、したごころと音を繰り返す表現をねらったのであろう」
全註釈「春夜の佳景に接して、平城の鬱憤を散じた趣に歌っている」
佐々木評釈「柔らかな和毛(にこげ)におおわれた桃の球が、月の光にくっきりと浮かびあがっている。その美しい庭の眺めを、そのまま取り持ちいて譬喩としたもので、豊かな実をふくよかな少女の肉体に比しているのであろう」
窪田評釈「この頃は以前とちがって内心気持ちがよいというのが全体である。上三句はその気分の前に展けている景で、それも同じく気分良く感じられるという範囲のものである」
古典大系、講談社、集成 全注 「娘の初潮を寓したものか」

#[関連論文]


#[番号]10/1890
#[題詞]春相聞
#[原文]春<山> <友>鴬 鳴別 <眷>益間 思御吾
#[訓読]春山の友鴬の泣き別れ帰ります間も思ほせ我れを
#[仮名],はるやまの,ともうぐひすの,なきわかれ,かへりますまも,おもほせわれを
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]日野 -> 山 [新校] / 犬 -> 友 [類] / 春春 -> 眷 [西(訂正)][細][京]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]春の山で友同士の鴬が鳴き別れるように、泣き別れてお帰りになる間もお思いになってください。我が背よ。
#{語釈]
春山の 原文「春日野犬鴬」 類「春山野友鴬」
旧訓「かすかのにいぬるうくひす」類「はるやまのともうくひすの」
沢潟「もともと春山とあったものに野が加えられ、さらに春日野と改められた。

友鴬 古義、私注「犬を哭の誤り 鳴く鴬」
略解 類により友の誤り

#[説明]
「春日野に鳴く鴬の」と訓んでも原文との間は可能なようであるが、この歌は人麻呂歌集。
春日野が歌に詠まれるのは奈良時代。古歌集として編纂者に置かれている歌であるので、少なくとも奈良時代の歌ではない。「春日野」と解することは無理がある。

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#[番号]10/1891
#[題詞]
#[原文]冬隠 春開花 手折以 千遍限 戀渡鴨
#[訓読]冬こもり春咲く花を手折り持ち千たびの限り恋ひわたるかも
#[仮名],ふゆこもり,はるさくはなを,たをりもち,ちたびのかぎり,こひわたるかも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]冬こもり春に咲く花を手折って持って、何度も何度も恋い続けることである。
#{語釈]
春咲く花を手折り持ち
代匠記「待々てよき程になれる人に喩ふ。手折以は、それを云い靡けて我手に入るるに喩ふ」
窪田評釈「春咲く花を女の譬喩とし、春咲く花を手折り持ちは、美しい女で、距離をもった繋がりのない女を連想して、その関係において云っている」
全注「手折り持ちは、思うようにならない恋に対して言っている」

#[説明]
譬喩として、美しい盛りの女を手折って持ってはいるが、まだ親しくはならず、何度も恋い続けることだという嘆きを歌ったもの。

#[関連論文]


#[番号]10/1892
#[題詞]
#[原文]春山 霧惑在 鴬 我益 物念哉
#[訓読]春山の霧に惑へる鴬も我れにまさりて物思はめやも
#[仮名],はるやまの,きりにまとへる,うぐひすも,われにまさりて,ものもはめやも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]春山の霧に迷ってしまった鴬であったとしても、自分に勝って物思いをするだろうか
#{語釈]
#[説明]
山霧に迷う鴬は、普通は方向を失って物思いをするであろうが、そのような鴬であるとしてもという意味

#[関連論文]


#[番号]10/1893
#[題詞]
#[原文]出見 向岡 本繁 開在花 不成不止
#[訓読]出でて見る向ひの岡に本茂く咲きたる花のならずはやまじ
#[仮名],いでてみる,むかひのをかに,もとしげく,さきたるはなの,ならずはやまじ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]家を出たところの向かいの岡に幹近くまでいっぱいに咲いている花のように実にならないではいられない。
#{語釈]
向ひの岡
10/1970H01見わたせば向ひの野辺のなでしこの散らまく惜しも雨な降りそね

07/1099H01片岡のこの向つ峰に椎蒔かば今年の夏の蔭にならむか
07/1356H01向つ峰に立てる桃の木ならむかと人ぞささやく汝が心ゆめ
07/1359H01向つ峰の若桂の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも
09/1750H01暇あらばなづさひ渡り向つ峰の桜の花も折らましものを
14/3448H01花散らふこの向つ峰の乎那の峰のひじにつくまで君が代もがも
14/3493H01遅速も汝をこそ待ため向つ峰の椎の小やで枝の逢ひは違はじ
14/3493H02遅速も君をし待たむ向つ峰の椎のさ枝の時は過ぐとも
20/4397H01見わたせば向つ峰の上の花にほひ照りて立てるは愛しき誰が妻

本茂く咲きたる花の
実が出来る花であることが前提か。全注 この花も毛桃であろう

11/2834H01大和の室生の毛桃本繁く言ひてしものをならずはやまじ

ならずはやまじ 実にならないではいられない。 恋の成就を願う

#[説明]
恋の成就を決意する歌

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#[番号]10/1894
#[題詞]
#[原文]霞發 春永日 戀暮 夜深去 妹相鴨
#[訓読]霞立つ春の長日を恋ひ暮らし夜も更けゆくに妹も逢はぬかも
#[仮名],かすみたつ,はるのながひを,こひくらし,よもふけゆくに,いももあはぬかも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]霞が立つ春の長い一日を恋い暮らし、
夜も更けて行くのに妹にも会わないことかなあ
夜も更けてしまったのに妹に会ったことだ

#{語釈]
夜も更けゆくに 異訓が多い
よのふけゆけばいもにあへるかも 紀、西、旧訓、全註釈、窪田評釈
よふかくゆきていもにあへるかも 類 紀
よのふけぬればいもがあへるかも 口訳
よのふけぬればいもにあへるかも 私注、大系
よのふけぬるにいもにあへるかも 講談社
よのふけゆきていもにあへるかも 考、古義、全釈、総釈、注釈
よのふけゆかばいもにあはんかも 童蒙抄
よもふけゆくをいもにあはぬかも 玉勝間
よふけてゆくにいももあはぬかも 新考
よもふけゆくにいももはぬかも 全集、修正、塙、

あへるかもと訓むと、逢ったことへの詠嘆
あはぬかもと訓むと、逢いたいと願う願望

#[説明]
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#[番号]10/1895
#[題詞]
#[原文]春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹
#[訓読]春さればまづさきくさの幸くあらば後にも逢はむな恋ひそ我妹
#[仮名],はるされば,まづさきくさの,さきくあらば,のちにもあはむ,なこひそわぎも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]春になるとまづ咲くさきくさの語ではないが、無事であったならばまた後にも逢おう。だから恋い思うな。我が妹よ。
#{語釈]
さきくさの 春になるとまず咲くと幸くへの序詞
三枝 枝が三つに分かれていて春になると花をつける みつまた 沈丁花

#[説明]
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#[番号]10/1896
#[題詞]
#[原文]春去 為垂柳 十緒 妹心 乗在鴨
#[訓読]春さればしだり柳のとををにも妹は心に乗りにけるかも
#[仮名],はるされば,しだりやなぎの,とををにも,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注]右柿本朝臣人麻呂歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]春になればしだれ柳の枝が若葉でたわわにしなっているように、自分のこころもたわわにしなうほどに妹は自分の心にのってしまったことだ
#{語釈]
とをを たわわに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1897
#[題詞]寄鳥
#[原文]春之在者 伯勞鳥之草具吉 雖不所見 吾者見<将遣> 君之當<乎>婆
#[訓読]春さればもずの草ぐき見えずとも我れは見やらむ君があたりをば
#[仮名],はるされば,もずのくさぐき,みえずとも,われはみやらむ,きみがあたりをば
#[左注]
#[校異]遣将 -> 将遣 [元][矢][京] / <> -> 乎 [元][類][紀]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]春になるとモズが草むらに潜むようにたとえあなたと会わなくとも自分は見やろう。あなたのあたりを。
#{語釈]
もず 和名抄「鵙 楊氏漢語抄云伯労毛受一云鵙」
草ぐき ぐく(潜く) 草に隠れること
万葉動物考(東光治)モズは秋から冬にかけて人里近くに現れて高い木に止まって鋭く鳴き声を立てるが、二、三月から山中に移動し、五月頃まで平地に残っているものは草原や灌木の中にいて鳴くことも希である。
その頃のモズのことを言っていて、草の中に潜んでいることで「見えず」の序
08/1495H01あしひきの木の間立ち潜く霍公鳥かく聞きそめて後恋ひむかも
17/3911H01あしひきの山辺に居れば霍公鳥木の間立ち潜き鳴かぬ日はなし

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1898
#[題詞](寄鳥)
#[原文]容鳥之 間無數鳴 春野之 草根乃繁 戀毛為鴨
#[訓読]貌鳥の間なくしば鳴く春の野の草根の繁き恋もするかも
#[仮名],かほどりの,まなくしばなく,はるののの,くさねのしげき,こひもするかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]貌鳥が間断なくさかんに鳴く春の野の草根が茂っているように盛んな恋いを自分はすることだ
#{語釈]
貌鳥
03/0372H02貌鳥の 間なくしば鳴く 雲居なす 心いさよひ その鳥の 片恋のみに
06/1047H05貌鳥は 間なくしば鳴く 露霜の 秋さり来れば 生駒山 飛火が岳に
10/1823H01朝ゐでに来鳴く貌鳥汝れだにも君に恋ふれや時終へず鳴く
10/1898H01貌鳥の間なくしば鳴く春の野の草根の繁き恋もするかも
17/3973H07桜花散り 貌鳥の 間なくしば鳴く 春の野に

草根 草のこと
01/0010H01君が代も我が代も知るや岩代の岡の草根をいざ結びてな

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1899
#[題詞]寄花
#[原文]春去者 宇乃花具多思 吾越之 妹我垣間者 荒来鴨
#[訓読]春されば卯の花ぐたし我が越えし妹が垣間は荒れにけるかも
#[仮名],はるされば,うのはなぐたし,わがこえし,いもがかきまは,あれにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]春になると卯の花を散り腐らして自分が越えた妹の垣根の間は荒れたことであるなあ
#{語釈]
卯の花 別名うつぎ 五、六月頃開花
春さればと合わない
代匠記「妹が家の卯の花垣を度々我越しかば、含める花のそこなはれて朽ちるを云へり」
童蒙抄 梅の誤り
略解 宣長説 四月ごろまでも大ように春という古意なる」
大系 季節を厳密に言わずに春のものと見た
桜井満 花ではなく植物名として表現されている
全注 春に通い始めた印象がこのような表現になった
自考 春は恋愛の季節であり、夜這いの季節である。春に通い始めるという季節感と間もなく咲く卯の花とが表現として同化した

荒れにけるかも かつては親しく通っていた妹の家を久しぶりに通って疎遠になったことを言うか
私注 成立のはじめは挽歌なのであったかも知れない
全注 その背景は詳細でないが、妹その人を直接に偲んでいるのではなく、青春の恋いの形見としての卯の花垣を眺めて、嘆いている。

#[説明]
厳密に言うと、この歌は春の作ではないかも知れない。

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#[番号]10/1900
#[題詞](寄花)
#[原文]梅花 咲散苑尓 吾将去 君之使乎 片待香花光
#[訓読]梅の花咲き散る園に我れ行かむ君が使を片待ちがてり
#[仮名],うめのはな,さきちるそのに,われゆかむ,きみがつかひを,かたまちがてり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]梅の花が咲き散る苑に自分は行こう。あなたの使いをひたすら待ちがてら
#{語釈]
片待ちがてり ひたすら 一方では
原文「香花光」 代匠記、古義、大系 花は衍文。
全註釈、全集 梅の花の美しさを表そうとして特に花の字を入れた

#[説明]
古歌の転用 於越中 田辺福麻呂
18/4041H01梅の花咲き散る園に我れ行かむ君が使を片待ちがてら

#[関連論文]


#[番号]10/1901
#[題詞](寄花)
#[原文]藤浪 咲春野尓 蔓葛 下夜之戀者 久雲在
#[訓読]藤波の咲く春の野に延ふ葛の下よし恋ひば久しくもあらむ
#[仮名],ふぢなみの,さくはるののに,はふくずの,したよしこひば,ひさしくもあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情,忍び恋
#[訓異]
#[大意]藤の花が咲く春の野に這い回っている葛のように心の下から恋い思っているだけだとかなえられるのは久しい後のことであろうなあ。
#{語釈]
藤波の咲く春の野
注釈 咲くとすると葛と重なる。佐伯梅友 咲きと佐紀をかけた
藤の花が咲きという佐紀の春の野
ただし、「咲き」の「き」は甲類。佐紀は乙類であるが、
10/1905H01をみなへし佐紀野に生ふる白つつじ知らぬこともち言はえし我が背
の例もある。

全注 「咲く」

延ふ葛の 「下よし」にかかる序詞。延び広がっている葛のように

下よし 「よ」は動作の起点、経過 「ゆ」 「し」は強調。
下から恋い思うと 心の中でのみ恋い思っていると

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1902
#[題詞](寄花)
#[原文]春野尓 霞棚引 咲花乃 如是成二手尓 不逢君可母
#[訓読]春の野に霞たなびき咲く花のかくなるまでに逢はぬ君かも
#[仮名],はるののに,かすみたなびき,さくはなの,かくなるまでに,あはぬきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情,恨み
#[訓異]
#[大意]春の野に霞がたなびき咲く花がこのようになるまで逢わないあなたであるよ
#{語釈]
かくなるまでに 代匠記「このように花が盛りになるまで」
略解 実になるの意 霞たち花咲きし頃逢ひしままにて、其の花の実に成るまで逢わぬを嘆くなり
このようになるの意で代匠記のように、今になるまでの意
08/1487H01霍公鳥思はずありき木の暗のかくなるまでに何か来鳴かぬ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1903
#[題詞](寄花)
#[原文]吾瀬子尓 吾戀良久者 奥山之 馬酔花之 今盛有
#[訓読]我が背子に我が恋ふらくは奥山の馬酔木の花の今盛りなり
#[仮名],わがせこに,あがこふらくは,おくやまの,あしびのはなの,いまさかりなり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我が背子に自分が恋い思うことには、人知れず咲く奥山の馬酔木の花のように、今真っ最中だ。
#{語釈]
奥山の馬酔木の花の 今盛りなりの序詞
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1904
#[題詞](寄花)
#[原文]梅花 四垂柳尓 折雜 花尓供養者 君尓相可毛
#[訓読]梅の花しだり柳に折り交へ花に供へば君に逢はむかも
#[仮名],うめのはな,しだりやなぎに,をりまじへ,はなにそなへば,きみにあはむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]梅の花をしだれ楊に折り混ぜて、花としてお供えしたならばあなたに会えるだろうか。
#{語釈]
花に供へば 元、類「はなにそふるに」西「はなにそなへば」考「たむけば」
原文「供養」 神仏特に仏に供花する 仏教的な言い方。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1905
#[題詞](寄花)
#[原文]姫部思 咲野尓生 白管自 不知事以 所言之吾背
#[訓読]をみなへし佐紀野に生ふる白つつじ知らぬこともち言はえし我が背
#[仮名],をみなへし,さきのにおふる,しらつつじ,しらぬこともち,いはえしわがせ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,奈良,地名,植物,序詞
#[訓異]
#[大意]をみなへしが咲く佐紀野に生えている白つつじではないが、知らないことをもって言われた我が背であることだ
#{語釈]
をみなへし 「咲き」で佐紀野にかかる枕詞。咲きの「き」は甲類。佐紀は乙類

白つつじ 知らぬの序詞
03/0434H01風早の美穂の浦廻の白つつじ見れども寂しなき人思へば
09/1694H01栲領巾の鷺坂山の白つつじ我れににほはに妹に示さむ
10/1905H01をみなへし佐紀野に生ふる白つつじ知らぬこともち言はえし我が背

知らぬこともち 知らない事をもって 身に覚えのないこと

言はえし 「え」は受け身。言われた うわさとなった


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1906
#[題詞](寄花)
#[原文]梅花 吾者不令落 青丹吉 平城之人 来管見之根
#[訓読]梅の花我れは散らさじあをによし奈良なる人も来つつ見るがね
#[仮名],うめのはな,われはちらさじ,あをによし,ならなるひとも,きつつみるがね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,枕詞
#[訓異]
#[大意]梅の花を自分は散らすまい。あをによし奈良にいる人もやって来て見るように
#{語釈]
見るがね 「がね」~するように、~するために
03/0364H01ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね
04/0529H01佐保川の岸のつかさの柴な刈りそねありつつも春し来たらば立ち隠るがね

#[説明]
奈良周辺の人の歌か。或いは久邇京時代の歌

#[関連論文]


#[番号]10/1907
#[題詞](寄花)
#[原文]如是有者 何如殖兼 山振乃 止時喪哭 戀良苦念者
#[訓読]かくしあらば何か植ゑけむ山吹のやむ時もなく恋ふらく思へば
#[仮名],かくしあらば,なにかうゑけむ,やまぶきの,やむときもなく,こふらくおもへば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]こんなだったのならばどうして植えたのだろう。山吹の花を。その山吹ではないが止む時もなく恋うことを思うと。
#{語釈]
何か植ゑけむ どうして植えたのだろう 「けむ」過去推量

山吹 植えて後悔している花。止むを引き出す

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1908
#[題詞]寄霜
#[原文]春去者 水草之上尓 置霜乃 消乍毛我者 戀度鴨
#[訓読]春されば水草の上に置く霜の消につつも我れは恋ひわたるかも
#[仮名],はるされば,みくさのうへに,おくしもの,けにつつもあれは,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]春になると水草の上に置く霜のように、消えいるばかりの思いで自分は恋い続けることであるよ。
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1564D01日置長枝娘子歌一首
08/1564H01秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくも我は思ほゆるかも

#[関連論文]


#[番号]10/1909
#[題詞]寄霞
#[原文]春霞 山棚引 欝 妹乎相見 後戀毳
#[訓読]春霞山にたなびきおほほしく妹を相見て後恋ひむかも
#[仮名],はるかすみ,やまにたなびき,おほほしく,いもをあひみて,のちこひむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情,季節
#[訓異]
#[大意]春霞が山にたなびいてぼんやりとしているように、ぼんやりとちょっとだけ妹を見ただけなので、後になって恋しく思うことであるよ。
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2449H01香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも

#[関連論文]


#[番号]10/1910
#[題詞](寄霞)
#[原文]春霞 立尓之日従 至今日 吾戀不止 本之繁家波 [一云 片念尓指天]
#[訓読]春霞立ちにし日より今日までに我が恋やまず本の繁けば [一云 片思にして]
#[仮名],はるかすみ,たちにしひより,けふまでに,あがこひやまず,もとのしげけば,[かたもひにして]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]春霞が立った日から今日まで自分の恋い思う気持ちが止まない。木が繁ってきたように心の底が繁く思うので。[一云 片思いであって]
#{語釈]
本の繁けば 拾穂抄「根本の恋いの茂ければ久しく恋いやまずとなり」
代匠記「今は春の歌なれば木に寄せて春の木の繁り行く如くなれば、やまずと云歟」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1911
#[題詞](寄霞)
#[原文]左丹頬經 妹乎念登 霞立 春日毛晩尓 戀度可母
#[訓読]さ丹つらふ妹を思ふと霞立つ春日もくれに恋ひわたるかも
#[仮名],さにつらふ,いもをおもふと,かすみたつ,はるひもくれに,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]母 [元][類](塙) 毛
#[鄣W],春相聞,恋情,季節
#[訓異]
#[大意]紅顔の美しい妹を思うと霞の立つ春の日も暗いばかりに恋い続けることであるよ。
#{語釈]
さ丹つらふ 赤みを帯びた美しい顔 紅顔の
03/0420H01なゆ竹の とをよる御子 さ丹つらふ 我が大君は こもりくの

春日もくれに 春の日も暗く
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1912
#[題詞](寄霞)
#[原文]霊寸春 吾山之於尓 立霞 雖立雖座 君之随意
#[訓読]たまきはる我が山の上に立つ霞立つとも居とも君がまにまに
#[仮名],たまきはる,わがやまのうへに,たつかすみ,たつともうとも,きみがまにまに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,枕詞,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]たまきはる自分のいる山のほとりに立つ霞ではないが、立っていても坐っていてもあなたの思いのままに
#{語釈]
たまきはる 命、世の枕詞。我にかかるのはこの一例
全釈「これは命限りある吾の意か」
大系「たまは玉、きはるは刻む意。玉の輪(釧)を刻む意でわにかかるのか」
注釈「我は春の誤りとすれば、はるの同音繰り返しか」

我が山の上 自分の住む山のほとり
注釈「略解 宣長云 吾は春の誤り」 春の草体と吾の草体が似ている

立つとも居とも 居(う)とも 居るの古形 上二段動詞 後に上一段に変化
ここ一例
崇神紀「急居 草冠 兎岐于(つきう)」
類似表現 立ちても居ても 立っていても坐っていても
04/0568H01み崎廻の荒磯に寄する五百重波立ちても居ても我が思へる君
10/2294H01秋されば雁飛び越ゆる龍田山立ちても居ても君をしぞ思ふ
11/2453H01春柳葛城山に立つ雲の立ちても居ても妹をしぞ思ふ
11/2714H02[立ちても君は忘れかねつも]
12/3089H01遠つ人狩道の池に住む鳥の立ちても居ても君をしぞ思ふ
17/3993H12立ちても居ても 漕ぎ廻り 見れども飽かず 秋さらば

君がまにまに あなたの気持ちのままに 従う意志を示す
03/0412H01いなだきにきすめる玉は二つなしかにもかくにも君がまにまに
04/0790H01春風の音にし出なばありさりて今ならずとも君がまにまに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1913
#[題詞](寄霞)
#[原文]見渡者 春日之野邊 立霞 見巻之欲 君之容儀香
#[訓読]見わたせば春日の野辺に立つ霞見まくの欲しき君が姿か
#[仮名],みわたせば,かすがののへに,たつかすみ,みまくのほしき,きみがすがたか
#[左注]
#[校異]邊 [西(右書)] 邊尓
#[鄣W],春相聞,奈良,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]見渡すと春日野野辺に立っている霞。その霞のように見たいと思うあなたの姿であることか。
#{語釈]
#[説明]
類相歌
04/0584H01春日山朝立つ雲の居ぬ日なく見まくの欲しき君にもあるかも

#[関連論文]


#[番号]10/1914
#[題詞](寄霞)
#[原文]戀乍毛 今日者暮都 霞立 明日之春日乎 如何将晩
#[訓読]恋ひつつも今日は暮らしつ霞立つ明日の春日をいかに暮らさむ
#[仮名],こひつつも,けふはくらしつ,かすみたつ,あすのはるひを,いかにくらさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]恋い続けていながらも今日は一日を暮らした。霞の立つ明日の春の長い日をどのように暮らそうか。
#{語釈]
#[説明]
類相歌
12/2884H01恋ひつつも今日はあらめど玉櫛笥明けなむ明日をいかに暮らさむ

#[関連論文]


#[番号]10/1915
#[題詞]寄雨
#[原文]吾背子尓 戀而為便莫 春雨之 零別不知 出而来可聞
#[訓読]我が背子に恋ひてすべなみ春雨の降るわき知らず出でて来しかも
#[仮名],わがせこに,こひてすべなみ,はるさめの,ふるわきしらず,いでてこしかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]我が背子に恋い思ってどうしようもなく春雨の降るのもわからずに出て来たことだ。
#{語釈]
降るわき知らず わき 区別 降るのもわからずに

#[説明]
全注「これも女性の真剣な恋の歌と見るよりも春の宴席での男性同士の挨拶の歌と見る方がよいように思われる。

#[関連論文]


#[番号]10/1916
#[題詞](寄雨)
#[原文]今更 君者伊不徃 春雨之 情乎人之 不知有名國
#[訓読]今さらに君はい行かじ春雨の心を人の知らずあらなくに
#[仮名],いまさらに,きみはいゆかじ,はるさめの,こころをひとの,しらずあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]今更あなたはお出かけにはなりますまい。春雨の心をあなたは知らないということはありますまい
#{語釈]
い行かじ 「い」接頭語 外出の意味ではなく、通ってきた男が戻ることを引き留める意味

春雨の心 人を引き留めようと降る春雨の心

#[説明]
引き留める歌。前歌の続きと見るならば、宴席での引き留め歌となる。

#[関連論文]


#[番号]10/1917
#[題詞](寄雨)
#[原文]春雨尓 衣甚 将通哉 七日四零者 七<日>不来哉
#[訓読]春雨に衣はいたく通らめや七日し降らば七日来じとや
#[仮名],はるさめに,ころもはいたく,とほらめや,なぬかしふらば,なぬかこじとや
#[左注]
#[校異]夜 -> 日 [元][類][紀]
#[鄣W],春相聞,恋情,雨隠り
#[訓異]
#[大意]春雨に衣はひどく濡れ通るということがあろうか。それならば、七日降ったならば七日来ないというのだろうか。
#{語釈]
#[説明]
春雨を口実に不実を重ねている男に対してなっじた女の歌

#[関連論文]


#[番号]10/1918
#[題詞](寄雨)
#[原文]梅花 令散春雨 多零 客尓也君之 廬入西留良武
#[訓読]梅の花散らす春雨いたく降る旅にや君が廬りせるらむ
#[仮名],うめのはな,ちらすはるさめ,いたくふる,たびにやきみが,いほりせるらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情,雨隠り
#[訓異]
#[大意]梅の花を散らす春雨がひどく降っている。旅にではあなたは仮庵で雨宿りをなさっているであろうか。
#{語釈]
#[説明]
旅に出た夫か恋人を思いやっている歌

#[関連論文]


#[番号]10/1919
#[題詞]寄草
#[原文]國栖等之 春菜将採 司馬乃野之 數君麻 思比日
#[訓読]国栖らが春菜摘むらむ司馬の野のしばしば君を思ふこのころ
#[仮名],くにすらが,はるなつむらむ,しまののの,しばしばきみを,おもふこのころ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,吉野,地名,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]国栖たちが春菜を摘むであろう司馬の野の名前のようにしばしばあなたを思うこの頃であるよ
#{語釈]
国栖らが 吉野郡吉野町国栖 応神紀 吉野之国主等
国栖が出るのはここ一例

司馬の野 所在未詳 大和志「国栖及野口村」
しばしばを引き出す序詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1920
#[題詞](寄草)
#[原文]春草之 繁吾戀 大海 方徃浪之 千重積
#[訓読]春草の繁き我が恋大海の辺に行く波の千重に積もりぬ
#[仮名],はるくさの,しげきあがこひ,おほうみの,へにゆくなみの,ちへにつもりぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]春草が繁っているように激しい自分の恋は、大海の岸辺に行く波が幾重にも重なるように幾重にも積もったことであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1921
#[題詞](寄草)
#[原文]不明 公乎相見而 菅根乃 長春日乎 孤<悲>渡鴨
#[訓読]おほほしく君を相見て菅の根の長き春日を恋ひわたるかも
#[仮名],おほほしく,きみをあひみて,すがのねの,ながきはるひを,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]戀 -> 悲 [元][類][紀]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]ちらっとあなたを見て、菅の根のように長い春の一日を恋い続けていることであるよ
#{語釈]
#[説明]
類相歌
12/3003H01夕月夜暁闇のおほほしく見し人ゆゑに恋ひわたるかも

#[関連論文]


#[番号]10/1922
#[題詞]寄松
#[原文]梅花 咲而落去者 吾妹乎 将来香不来香跡 吾待乃木曽
#[訓読]梅の花咲きて散りなば我妹子を来むか来じかと我が松の木ぞ
#[仮名],うめのはな,さきてちりなば,わぎもこを,こむかこじかと,わがまつのきぞ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]梅の花が咲いて散ってしまったならば、我妹子を来るだろうか、来ないだろうかと自分がひたすら待つその松の木であるぞ
#{語釈]
梅の花咲きて散りなば 梅の花が咲く 友人、知人の来訪にもっともよい季節
散ることを想定すると、相手が来なくなることを心配する

#[説明]
我妹子をひたすら待つ男 実態とそぐわない。宴などで遊行女婦に誘いかけた歌か。

#[関連論文]


#[番号]10/1923
#[題詞]寄雲
#[原文]白檀弓 今春山尓 去雲之 逝哉将別 戀敷物乎
#[訓読]白真弓今春山に行く雲の行きや別れむ恋しきものを
#[仮名],しらまゆみ,いまはるやまに,ゆくくもの,ゆきやわかれむ,こほしきものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,枕詞,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]白真弓を今張るその春山に流れていく雲のように行き別れるのだろうか。恋しいものなのに。
#{語釈]
白真弓 白木のまゆみ 張ると春をかけた枕詞

今春山に 今は春であってその春山と、今行くと二重にかかっている

#[説明]
旅に出る時の歌か。後朝の別れか。

#[関連論文]
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]



#[番号]10/1924
#[題詞]贈蘰
#[原文]大夫之 伏居嘆而 造有 四垂柳之 蘰為吾妹
#[訓読]大夫の伏し居嘆きて作りたるしだり柳のかづらせ我妹
#[仮名],ますらをの,ふしゐなげきて,つくりたる,しだりやなぎの,かづらせわぎも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]大夫である自分が、寝ても起きても恋いに嘆いて作ったしだれ楊のかづらであるぞ。頭にかぶってください。吾妹よ。
#{語釈]
伏し居嘆きて 寝ては嘆き、起きては嘆く。一日中恋の嘆きの中で

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1925
#[題詞]<悲>別
#[原文]朝戸出乃 君之儀乎 曲不見而 長春日乎 戀八九良三
#[訓読]朝戸出の君が姿をよく見ずて長き春日を恋ひや暮らさむ
#[仮名],あさとでの,きみがすがたを,よくみずて,ながきはるひを,こひやくらさむ
#[左注]
#[校異]非 -> 悲 [西(訂正)][元][紀][矢]
#[鄣W],春相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]朝に戸を開けて出かけるあなたの姿をよく見ないで長い春の日を恋い思って暮らすことであろうか。
#{語釈]
朝戸出 朝に戸を開けて出かける
10/1925H01朝戸出の君が姿をよく見ずて長き春日を恋ひや暮らさむ
11/2357H01朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我れも裳裾濡らさな
11/2692H01夕凝りの霜置きにけり朝戸出にいたくし踏みて人に知らゆな
20/4408H04嘆きのたばく 鹿子じもの ただ独りして 朝戸出の 愛しき我が子

#[説明]
後朝の別れ

評釈「人目に目立たぬやうに、薄暗い中に帰るのが習ひとなっていたので、実際を云った」
全註釈「別れを悲しんで、男の家を出るのを、十分に見ることが出来ない趣」

#[関連論文]


#[番号]10/1926
#[題詞](問答)
#[原文]春山之 馬酔花之 不悪 公尓波思恵也 所因友好
#[訓読]春山の馬酔木の花の悪しからぬ君にはしゑや寄そるともよし
#[仮名],はるやまの,あしびのはなの,あしからぬ,きみにはしゑや,よそるともよし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]春の山の馬酔木の花のアシではないが、悪いとは思わないあなたにはええい、関係があると言われてもよい。
#{語釈]
馬酔木の花の悪しからぬアシビとアシを懸けた

悪しからぬ 旧訓「にくからぬ」 悪くは思わない

寄そるともよし 旧訓「よりぬ」 関係がある
10/1926H01春山の馬酔木の花の悪しからぬ君にはしゑや寄そるともよし
12/3167H01波の間ゆ雲居に見ゆる粟島の逢はぬものゆゑ我に寄そる子ら
13/3305H03汝れに寄すといふ 荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ
20/4379H01白波の寄そる浜辺に別れなばいともすべなみ八度袖振る

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1927
#[題詞](問答)
#[原文]石上 振乃神杉 神備<西> 吾八更々 戀尓相尓家留
#[訓読]石上布留の神杉神びにし我れやさらさら恋にあひにける
#[仮名],いそのかみ,ふるのかむすぎ,かむびにし,われやさらさら,こひにあひにける
#[左注]右一首不有春歌而猶以和故載於茲次
#[校異]而 -> 西 [元][類] / 歌 [西] 謌
#[鄣W],春相聞,奈良,地名,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]石上の布留の神杉のように神々しくなって年老いた自分であるのに、またさらに恋いに会ったことであるよ。
#{語釈]
石上布留の神杉 創古として、神々しくなった神の杉 神びの序詞

神びにし 神々しくなって年老いた

さらさら いまさら またさらに
#[説明]
類歌
11/2417H01石上布留の神杉神さぶる恋をも我れはさらにするかも
#[関連論文]


#[番号]10/1928
#[題詞](問答)
#[原文]狭野方波 實尓雖不成 花耳 開而所見社 戀之名草尓
#[訓読]さのかたは実にならずとも花のみに咲きて見えこそ恋のなぐさに
#[仮名],さのかたは,みにならずとも,はなのみに,さきてみえこそ,こひのなぐさに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]さのかたは実にならなくとも、せめて花ばかりでも咲いて見えて欲しい。恋の慰めに。
#{語釈]
さのかたは 植物と見る見方と地名とする見方がある。
仙覚抄「さのかたは、藤の一名也。はなはおおくさけども、みになることのかたければ、さのかたといふ。ねとのと同内相通也。おほかた藤ばかりにあらず。はなはおほくさけども、みなることのすくなき物をば、さのかたといふべし。萩にもよめる也」
考「狭野方は借字。五味葛なり。さねかづらをさぬかづらともさぬかたともいへり」
私注「蔓草、かづらのことをかたとも呼ぶのは続日本後紀瓢葛をひさかたのにあてる。14/3412にくずはかたの「かた」は、蔓草。さねかづらと同義の語の転訛したもの。藤とすると藤波という語もある。むしろあけびなどを考えるべきか。」
全注「花の美しい蔓草の一種」

童蒙抄「2106 13/3323 地名」
略解「野の名也。其所の梅桃などもて言う也」

恋のなぐさに それで自分の恋心を慰めるから

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1929
#[題詞](問答)
#[原文]狭野方波 實尓成西乎 今更 春雨零而 花将咲八方
#[訓読]さのかたは実になりにしを今さらに春雨降りて花咲かめやも
#[仮名],さのかたは,みになりにしを,いまさらに,はるさめふりて,はなさかめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,植物,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]さのかたは実になってしまっているのに、今更春雨が降って花が咲くということがあろうか。
#{語釈]
春雨降りて 春雨は、花を咲かせるのをうながすもの
もう春の季節も終わって、実になっているのに、いまさらという気持ち

#[説明]
交際を求める男に対して、断っている歌。からかいも含んでいる。

#[関連論文]


#[番号]10/1930
#[題詞](問答)
#[原文]梓弓 引津邊有 莫告藻之 花咲及二 不會君毳
#[訓読]梓弓引津の辺なるなのりその花咲くまでに逢はぬ君かも
#[仮名],あづさゆみ,ひきつのへなる,なのりその,はなさくまでに,あはぬきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,福岡県,地名,植物,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]梓弓を引く引津の海辺のなのりその花よ。その花が咲くほどまで長く会わないあなたであることだ。
#{語釈]
引津 福岡県糸島郡志摩町 引津浦 07.1279 10.1930 15.3674d

なのりそ ほんだわら 名を告りそ と懸けて使われることが多い
全註釈 花は咲かないので無限に長い時を言った
注釈 気泡を持つことからそれを花に見立てた

#[説明]
07/1279H01梓弓引津の辺なるなのりその花摘むまでに逢はずあらめやもなのりその花
改作したもの

#[関連論文]


#[番号]10/1931
#[題詞](問答)
#[原文]川上之 伊都藻之花乃 何時々々 来座吾背子 時自異目八方
#[訓読]川の上のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも
#[仮名],かはのうへの,いつものはなの,いつもいつも,きませわがせこ,ときじけめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,序詞,植物,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]川のほとりの青々とした藻の花ではないがいつもいつもいらっしゃいよ。我が背子よ。その時でないということはありませんよ。
#{語釈]
いつ藻の いつ柴等、勢いの盛んな様、神聖なもの
いつもを引き出す序

ときじけめやも 時じ その時ではない
その時ではないということがあろうか

#[説明]
重出歌
04/0491H01川上のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも
歌の転用。

#[関連論文]


#[番号]10/1932
#[題詞](問答)
#[原文]春雨之 不止零々 吾戀 人之目尚矣 不令相見
#[訓読]春雨のやまず降る降る我が恋ふる人の目すらを相見せなくに
#[仮名],はるさめの,やまずふるふる,あがこふる,ひとのめすらを,あひみせなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]春雨が止まないで降り続いている。自分が恋い思うあの人の目すらをともに見せないことよ
#{語釈]
降る降る 動詞終止形を重ねて、継続。「つつ」と同じ。

#[説明]
春雨に降り込められて、男が来ないことを嘆く。

#[関連論文]


#[番号]10/1933
#[題詞](問答)
#[原文]吾妹子尓 戀乍居者 春雨之 彼毛知如 不止零乍
#[訓読]我妹子に恋ひつつ居れば春雨のそれも知るごとやまず降りつつ
#[仮名],わぎもこに,こひつつをれば,はるさめの,それもしるごと,やまずふりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]我が妹子に恋い続けていると春雨がそれも知っているがのように止まないで降り続いている
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1934
#[題詞](問答)
#[原文]相不念 妹哉本名 菅根乃 長春日乎 念晩牟
#[訓読]相思はぬ妹をやもとな菅の根の長き春日を思ひ暮らさむ
#[仮名],あひおもはぬ,いもをやもとな,すがのねの,ながきはるひを,おもひくらさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,恋情,問答,植物
#[訓異]
#[大意]共に恋しく思わない妹なのに。いたづらに菅の根のように長い春の日を恋い思って暮らすのだろうか。
#{語釈]
もとな いたづらに
03/0305H01かく故に見じと言ふものを楽浪の旧き都を見せつつもとな

#[説明]
注釈 この作によってものか。
04/0614H01相思はぬ人をやもとな白栲の袖漬つまでに音のみし泣くも
類歌
12/3054H01相思はずあるものをかも菅の根のねもころごろに我が思へるらむ

#[関連論文]


#[番号]10/1935
#[題詞](問答)
#[原文]春去者 先鳴鳥乃 鴬之 事先立之 君乎之将待
#[訓読]春さればまづ鳴く鳥の鴬の言先立ちし君をし待たむ
#[仮名],はるされば,まづなくとりの,うぐひすの,ことさきだちし,きみをしまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,動物,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]春になるとまず最初に鳴く鳥である鴬のように、誰よりも早く言葉をかけてきたあなたを待とう
#{語釈]
言先立ちし 私注、注釈、集成 自分からではなく先に言葉をかけてきたあなた
全註釈、全注 誰よりも早く自分に言葉をかけてきたあなた

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1936
#[題詞](問答)
#[原文]相不念 将有兒故 玉緒 長春日乎 念晩久
#[訓読]相思はずあるらむ子ゆゑ玉の緒の長き春日を思ひ暮らさく
#[仮名],あひおもはず,あるらむこゆゑ,たまのをの,ながきはるひを,おもひくらさく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春相聞,問答,恋情
#[訓異]
#[大意]共に思わないでいるあの子なおに玉の紐のように長い春の一日を恋い思い暮らすことだ
#{語釈]
子ゆゑ あの子なのに
02/0200H01ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも
11/2565H01花ぐはし葦垣越しにただ一目相見し子ゆゑ千たび嘆きつ

玉の緒の 長いにかかる枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1937
#[題詞]夏雜歌 / 詠鳥
#[原文]大夫<之> 出立向 故郷之 神名備山尓 明来者 柘之左枝尓 暮去者 小松之若末尓 里人之 聞戀麻田 山彦乃 答響萬田 霍公鳥 都麻戀為良思 左夜中尓鳴
#[訓読]大夫の 出で立ち向ふ 故郷の 神なび山に 明けくれば 柘のさ枝に 夕されば 小松が末に 里人の 聞き恋ふるまで 山彦の 相響むまで 霍公鳥 妻恋ひすらし さ夜中に鳴く
#[仮名],ますらをの,いでたちむかふ,ふるさとの,かむなびやまに,あけくれば,つみのさえだに,ゆふされば,こまつがうれに,さとびとの,ききこふるまで,やまびこの,あひとよむまで,ほととぎす,つまごひすらし,さよなかになく
#[左注](右古歌集中出)
#[校異]歌 [西] 謌 / 丹 -> 之 [元][類]
#[鄣W],夏雑歌,古歌集,飛鳥,地名,動物,恋情,植物,羈旅
#[訓異]
#[大意]大夫が出て立って向かう故郷の明日香の神なび山に、夜が明けると山桑の枝に、夕暮れになると松の枝先に、里人が聞いて恋しく思うほどに、山彦が響き合うほどに、霍公鳥が妻を恋い慕っているらしい。さ夜中に鳴くことだ。
#{語釈]
大夫の 出で立ち向ふ 拾穂抄 大夫が軍などに立ち向かう
注釈、安藤正次 軽く考えて、作者が男子であるからこう言い出した
私注 出かける意。明日香の甘南備であるから、奈良から出向く。
里人と対とすると、官人の気持ちが含まれているか。

神なび山に 明日香の甘南備山 神が隠る山 雷丘、甘橿丘、ミハ山

柘のさ枝に 山桑
03/0385S01右一首或云 吉野人味稲与柘枝仙媛歌也 但見柘枝傳無有此歌

霍公鳥 懐旧とどうじに望郷か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1938
#[題詞](詠鳥)反歌
#[原文]客尓為而 妻戀為良思 霍公鳥 神名備山尓 左夜深而鳴
#[訓読]旅にして妻恋すらし霍公鳥神なび山にさ夜更けて鳴く
#[仮名],たびにして,つまごひすらし,ほととぎす,かむなびやまに,さよふけてなく
#[左注]右古歌集中出
#[校異]歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌 / 歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌
#[鄣W],夏雑歌,古歌集,飛鳥,地名,動物,恋情,羈旅
#[訓異]
#[大意]旅であって嬬を恋い思っているらしい。霍公鳥よ。神なび山に夜が更けて鳴くことだ。
#{語釈]
旅にして妻恋すらし 主語は霍公鳥 自身の旅と重ね合わせている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1939
#[題詞](詠鳥)
#[原文]霍公鳥 汝始音者 於吾欲得 五月之珠尓 交而将貫
#[訓読]霍公鳥汝が初声は我れにもが五月の玉に交へて貫かむ
#[仮名],ほととぎす,ながはつこゑは,われにもが,さつきのたまに,まじへてぬかむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]霍公鳥よ。お前の初声は自分に欲しい。五月の薬玉に一緒にして貫こうから。
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1465H01霍公鳥いたくな鳴きそ汝が声を五月の玉にあへ貫くまでに

#[関連論文]


#[番号]10/1940
#[題詞](詠鳥)
#[原文]朝霞 棚引野邊 足桧木乃 山霍公鳥 何時来将鳴
#[訓読]朝霞たなびく野辺にあしひきの山霍公鳥いつか来鳴かむ
#[仮名],あさかすみ,たなびくのへに,あしひきの,やまほととぎす,いつかきなかむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]朝霞がたなびく野辺にあしひきの山霍公鳥がいつになったらやって来て鳴くのだろうか。
#{語釈]
霍公鳥が夏になると山から平地に下りてくるという考え。
渡り鳥で五月頃やってきて、八九月頃南方に去る。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1941
#[題詞](詠鳥)
#[原文]旦<霧> 八重山越而 喚孤鳥 吟八汝来 屋戸母不有九<二>
#[訓読]朝霧の八重山越えて呼子鳥鳴きや汝が来る宿もあらなくに
#[仮名],あさぎりの,やへやまこえて,よぶこどり,なきやながくる,やどもあらなくに
#[左注]
#[校異]霞 -> 霧 [類] / 三 -> 二 [西(訂正)][元][類][紀]
#[鄣W],夏雑歌,枕詞,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]朝霧のかかっている幾重にも重なった山を越えて、呼子鳥よ。鳴いてお前は来るのか。家もないことなのに。
#{語釈]
朝霧 元、紀、西 朝霞 注釈 元の訓には「あさぎりの」とある。
10/1945H01朝霧の八重山越えて霍公鳥卯の花辺から鳴きて越え来ぬ
とあり、「霧」であろう。

宿もあらなくに 泊まるべき所もないのに。 呼子鳥は普通春に詠まれる。
ここは夏なので、季節外れの意味があるか。
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1942
#[題詞](詠鳥)
#[原文]霍公鳥 <鳴>音聞哉 宇能花乃 開落岳尓 田葛引𡢳嬬
#[訓読]霍公鳥鳴く声聞くや卯の花の咲き散る岡に葛引く娘女
#[仮名],ほととぎす,なくこゑきくや,うのはなの,さきちるをかに,くずひくをとめ
#[左注]
#[校異]<> -> 鳴 [西(右書)][元][類][紀] / 葛 [万葉集略解](塙) 草
#[鄣W],夏雑歌,動物,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]霍公鳥の鳴く声を聞いたか。卯の花の咲き乱れる岡で葛を引いている娘さんよ。
#{語釈]
葛引く娘女
07/1272H01大刀の後鞘に入野に葛引く我妹真袖もち着せてむとかも夏草刈るも
女性の仕事か。葛から糸をつむぎ、布にして衣を作るか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1943
#[題詞](詠鳥)
#[原文]月夜吉 鳴霍公鳥 欲見 吾草取有 見人毛欲得
#[訓読]月夜よみ鳴く霍公鳥見まく欲り我れ草取れり見む人もがも
#[仮名],つくよよみ,なくほととぎす,みまくほり,われくさとれり,みむひともがも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]月夜がよいので鳴く霍公鳥を見たいと思って、自分は草を取っているのだ。そんな自分を見てくれる人がいればなあ。
#{語釈]
我草取れり 霍公鳥が鳴くと草引きをしなければならないという習慣を逆にして、草を取っていると霍公鳥が鳴くとしたもの。

見む人もがも 自分と一緒に霍公鳥を見る人が欲しい 全釈、評釈、集成
このような自分を見て欲しい 全註釈、私注

#[説明]
加藤順三 前歌と問答。草は葛ということになる。
自分を見る人もいればなあ。あなたのように。と答えたもの。

歌垣的な恋歌

#[関連論文]


#[番号]10/1944
#[題詞](詠鳥)
#[原文]藤浪之 散巻惜 霍公鳥 今城岳S 鳴而越奈利
#[訓読]藤波の散らまく惜しみ霍公鳥今城の岡を鳴きて越ゆなり
#[仮名],ふぢなみの,ちらまくをしみ,ほととぎす,いまきのをかを,なきてこゆなり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,地名,植物,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]藤波の花が散るのが惜しいのでと霍公鳥が今城の岡を鳴いて超えていくのが聞こえる。
#{語釈]
今城の岡
いまきのみね 京都府宇治市 離宮山 未詳 09.1795
いまきのをか 奈良県吉野郡大淀町今木 未詳 10.1944
09/1795H01妹らがり今木の嶺に茂り立つ嬬松の木は古人見けむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1945
#[題詞](詠鳥)
#[原文]旦霧 八重山越而 霍公鳥 宇能花邊柄 鳴越来
#[訓読]朝霧の八重山越えて霍公鳥卯の花辺から鳴きて越え来ぬ
#[仮名],あさぎりの,やへやまこえて,ほととぎす,うのはなへから,なきてこえきぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,枕詞,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]朝霧のかかった幾重にも重なった山を越えて、卯の花のあたりから鳴いて越えて来たことだ
#{語釈]
鳴きて越え来ぬ 全註釈「鳴きて越えけり」 越えて行った
総釈「八重山と遠景を配し、卯の花辺と謹啓を配した」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1946
#[題詞](詠鳥)
#[原文]木高者 曽木不殖 霍公鳥 来鳴令響而 戀令益
#[訓読]木高くはかつて木植ゑじ霍公鳥来鳴き響めて恋まさらしむ
#[仮名],こだかくは,かつてきうゑじ,ほととぎす,きなきとよめて,こひまさらしむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]木を高くは決して植えるまい。高く植えたら霍公鳥がやって来て響かせて恋思うことを強くさせるから
#{語釈]
かつて 決して 全く
04/0675H01をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも

恋まさらしむ 霍公鳥を恋い思う
恋人を恋い思う
昔のこと(かつての恋人 なつかしいこと)を恋い思う

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1947
#[題詞](詠鳥)
#[原文]難相 君尓逢有夜 霍公鳥 他時従者 今<社>鳴目
#[訓読]逢ひかたき君に逢へる夜霍公鳥他時ゆは今こそ鳴かめ
#[仮名],あひかたき,きみにあへるよ,ほととぎす,あだしときゆは,いまこそなかめ
#[左注]
#[校異]杜 -> 社 [元][類][紀]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]なかなか会えないあなたにやっと会える夜は、霍公鳥よ。他の時よりは今こそ鳴けばよいのに
#{語釈]
他時ゆは 紀以下 ことときよりは 元、類 ことをりよりは
童蒙抄 あだしときゆは
類聚名義抄 他 あたし

#[説明]
類歌
08/1481H01我が宿の花橘に霍公鳥今こそ鳴かめ友に逢へる時
窪田評釈「客が来て酒宴をしていた時、主人方が客をもてなす為に詠んだ歌で、宴歌である」
交友歌

#[関連論文]


#[番号]10/1948
#[題詞](詠鳥)
#[原文]木晩之 暮闇有尓 [一云 有者] 霍公鳥 何處乎家登 鳴渡良<武>
#[訓読]木の暗の夕闇なるに [一云 なれば] 霍公鳥いづくを家と鳴き渡るらむ
#[仮名],このくれの,ゆふやみなるに[なれば],ほととぎす,いづくをいへと,なきわたるらむ
#[左注]
#[校異]哉 -> 武 [元][紀][矢][京]
#[鄣W],夏雑歌,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]木が繁って暗く、その上夕闇になっているのに、霍公鳥よ。どこを家だとして鳴き続けているのだろうか。
#{語釈]
木の暗の 木が繁って下が暗くなっていること
03/0257H02木の暗茂に 沖辺には 鴨妻呼ばひ 辺つ辺に あぢ群騒き ももしきの
03/0260H01天降りつく 神の香具山 うち靡く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に
06/1047H04かぎろひの 春にしなれば 春日山 御笠の野辺に 桜花 木の暗隠り
08/1487H01霍公鳥思はずありき木の暗のかくなるまでに何か来鳴かぬ
10/1875H01春されば木の暗多み夕月夜おほつかなしも山蔭にして
10/1948H01木の暗の夕闇なるに
18/4051H01多古の崎木の暗茂に霍公鳥来鳴き響めばはだ恋ひめやも
18/4053H01木の暗になりぬるものを霍公鳥何か来鳴かぬ君に逢へる時
19/4166H03争ふはしに 木の暗の 四月し立てば 夜隠りに 鳴く霍公鳥
19/4187H01思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと
19/4192H03木の暗の 茂き谷辺を 呼び響め 朝飛び渡り 夕月夜 かそけき野辺に
20/4305H01木の暗の茂き峰の上を霍公鳥鳴きて越ゆなり今し来らしも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1949
#[題詞](詠鳥)
#[原文]霍公鳥 今朝之旦明尓 鳴都流波 君将聞可 朝宿疑将寐
#[訓読]霍公鳥今朝の朝明に鳴きつるは君聞きけむか朝寐か寝けむ
#[仮名],ほととぎす,けさのあさけに,なきつるは,きみききけむか,あさいかねけむ
#[左注]
#[校異]1949~1951順序に錯簡
#[鄣W],夏雑歌,動物,問いかけ
#[訓異]
#[大意]霍公鳥が今朝の明け方に鳴いていたのは、あなたは聞いていたでしょうか。それとも朝寝をしていたでしょうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1950
#[題詞](詠鳥)
#[原文]霍公鳥 花橘之 枝尓居而 鳴響者 花波散乍
#[訓読]霍公鳥花橘の枝に居て鳴き響もせば花は散りつつ
#[仮名],ほととぎす,はなたちばなの,えだにゐて,なきとよもせば,はなはちりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]霍公鳥が花橘の枝にとまっていて鳴き響かせるので花は散って散って
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1951
#[題詞](詠鳥)
#[原文]慨哉 四去霍公鳥 今社者 音之干蟹 来喧響目
#[訓読]うれたきや醜霍公鳥今こそば声の嗄るがに来鳴き響めめ
#[仮名],うれたきや,しこほととぎす,いまこそば,こゑのかるがに,きなきとよめめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]いまいましいことだ。ばかな霍公鳥よ。今こそ声がかれるばかりにやって来て鳴き響かせなさいよ。
#{語釈]
うれたきや 原文「慨哉」 神武紀「此云于黎多棄伽夜」

醜霍公鳥 いまいましい霍公鳥 醜い霍公鳥 けなした言い方
02/0117H01ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり
03/0344H01あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む
04/0727H01忘れ草我が下紐に付けたれど醜の醜草言にしありけり
08/1507H05醜霍公鳥 暁の うら悲しきに 追へど追へど なほし来鳴きて
10/1951H01うれたきや醜霍公鳥今こそば声の嗄るがに来鳴き響めめ
12/3062H01忘れ草垣もしみみに植ゑたれど醜の醜草なほ恋ひにけり
13/3270H01さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて 打ち折らむ
13/3270H02醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに
17/4011H11醜つ翁の 言だにも 我れには告げず との曇り 雨の降る日を
20/4373H01今日よりは返り見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我れは

声の嗄るがに がに ばかりに 程に 声がかれるほどに

#[説明]
宴席で客をもてなすために詠まれたか。

#[関連論文]


#[番号]10/1952
#[題詞](詠鳥)
#[原文]今夜乃 於保束無荷 霍公鳥 喧奈流聲之 音乃遥左
#[訓読]今夜のおほつかなきに霍公鳥鳴くなる声の音の遥けさ
#[仮名],こよひの,おほつかなきに,ほととぎす,なくなるこゑの,おとのはるけさ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]今夜の真っ暗な闇に霍公鳥が鳴いている声の音のはるかなことよ
#{語釈]
おほつかなきに ぼんやりとしている はっきりしない様
月明かりもなくて真っ暗な様子を言うか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1953
#[題詞](詠鳥)
#[原文]五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨
#[訓読]五月山卯の花月夜霍公鳥聞けども飽かずまた鳴かぬかも
#[仮名],さつきやま,うのはなづくよ,ほととぎす,きけどもあかず,またなかぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]五月の山の卯の花が咲いている月夜に霍公鳥をいくら聞いても飽かないことだ。また鳴かないことだろうか
#{語釈]
五月山 五月の頃の山 山名ではない

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1954
#[題詞](詠鳥)
#[原文]霍公鳥 来居裳鳴香 吾屋前乃 花橘乃 地二落六見牟
#[訓読]霍公鳥来居も鳴かぬか我がやどの花橘の地に落ちむ見む
#[仮名],ほととぎす,きゐもなかぬか,わがやどの,はなたちばなの,つちにおちむみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]霍公鳥よ。やって来て居て鳴かないことか。我が家の花橘が土に落ちるのを見よう
#{語釈]
地に落ちむ
08/1509H01妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥花橘を地に散らしつ
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1955
#[題詞](詠鳥)
#[原文]霍公鳥 厭時無 菖蒲 蘰将為日 従此鳴度礼
#[訓読]霍公鳥いとふ時なしあやめぐさかづらにせむ日こゆ鳴き渡れ
#[仮名],ほととぎす,いとふときなし,あやめぐさ,かづらにせむひ,こゆなきわたれ
#[左注]
#[校異]菖 [元][類] 昌
#[鄣W],夏雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]霍公鳥よ。いやだと思うときはない。菖蒲草をかずらにする日にここを通って鳴いて飛び続けなさいよ。
#{語釈]
霍公鳥いとふ時なし
18/4035H01霍公鳥いとふ時なしあやめぐさかづらにせむ日こゆ鳴き渡れ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1956
#[題詞](詠鳥)
#[原文]山跡庭 啼而香将来 霍公鳥 汝鳴毎 無人所念
#[訓読]大和には鳴きてか来らむ霍公鳥汝が鳴くごとになき人思ほゆ
#[仮名],やまとには,なきてかくらむ,ほととぎす,ながなくごとに,なきひとおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,奈良,地名,動物,懐古
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]大和には今頃鳴いて来ているのだろうか。霍公鳥よ。お前が鳴くたびに今は亡き人が思い出されてならない
#[説明]
類歌
01/0070H01大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる

旅に出て他郷にある人が故郷大和を思っている
ほととぎすは、冥土から来る鳥としての認識。
蜀王本紀、太平宝字記 蜀の望帝が鼈帝に譲位した後、再び帝位につくころを願いながら没したのに同情した蜀の人が、ほととぎすの鳴き声を不如帰去(ふじょききょ 帰りたい)と聞き、蜀帝の魂が霍公鳥に化して飛来すると言った (蜀魂望帝)

#[関連論文]


#[番号]10/1957
#[題詞](詠鳥)
#[原文]宇能花乃 散巻惜 霍公鳥 野出山入 来鳴令動
#[訓読]卯の花の散らまく惜しみ霍公鳥野に出で山に入り来鳴き響もす
#[仮名],うのはなの,ちらまくをしみ,ほととぎす,のにいでやまにいり,きなきとよもす
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]卯の花が散ることが惜しいので霍公鳥が野に出たり山に入ったりしてやって来て鳴き響かせていることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1958
#[題詞](詠鳥)
#[原文]橘之 林乎殖 霍公鳥 常尓冬及 住度金
#[訓読]橘の林を植ゑむ霍公鳥常に冬まで棲みわたるがね
#[仮名],たちばなの,はやしをうゑむ,ほととぎす,つねにふゆまで,すみわたるがね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]橘の林を植えよう。霍公鳥がいつも冬まで住み続けるように
#{語釈]
棲みわたるがね がね ~ように
03/0364H01ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1959
#[題詞](詠鳥)
#[原文]雨(へ)之 雲尓副而 霍公鳥 指春日而 従此鳴度
#[訓読]雨晴れの雲にたぐひて霍公鳥春日をさしてこゆ鳴き渡る
#[仮名],あまばれの,くもにたぐひて,ほととぎす,かすがをさして,こゆなきわたる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,奈良,地名,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]雨が上がった雲に伴って霍公鳥が春日を指してここから鳴き渡っていく。
#{語釈]
雲にたぐひて 雲といっしょに 雲にたぐい寄って

こゆ 全注 作者は春日の西方にいるのであろう

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1960
#[題詞](詠鳥)
#[原文]物念登 不宿旦開尓 霍公鳥 鳴而左度 為便無左右二
#[訓読]物思ふと寐ねぬ朝明に霍公鳥鳴きてさ渡るすべなきまでに
#[仮名],ものもふと,いねぬあさけに,ほととぎす,なきてさわたる,すべなきまでに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]物思いをしていると寝られない明け方に霍公鳥が鳴いてやって来て飛んでくる。どうしようもないほどに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1961
#[題詞](詠鳥)
#[原文]吾衣 於君令服与登 霍公鳥 吾乎領 袖尓来居管
#[訓読]我が衣を君に着せよと霍公鳥我れをうながす袖に来居つつ
#[仮名],わがきぬを,きみにきせよと,ほととぎす,われをうながす,そでにきゐつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]自分の衣をあなたに着せなさいと霍公鳥が自分を催促する。袖にやって来ていながら
#{語釈]
我が衣を君に着せよ 恋人通しが行う魂触りてきな慣習

袖に来居つつ 代匠記「尋常の鳥だに袖に来居る物にあらず。まして霍公鳥は人に馴れぬ鳥なれば此は夏衣を竿に懸け干せる其の袖に来居てと云うなるべし。さるにても君に着せよと知らすると云う意、いかにとも得難し」
考「わがほすきぬの」竿に懸け干したる袖に霍公鳥の来居て鳴くを其の衣を君にきさせよと鳴くといへるなり」
古義「中山厳水、領は頷の誤りなるべし。われをうなづきなるべし。吾乎は、吾尓という意の古言なり。さて頷は、うなづきてしらする意にて、霍公鳥の鳴とき頭の動くが、頷くが如くなれば云へるなり」
新考「案ずるにこは霍公鳥の形を摺れる衣を人に贈るとて霍公鳥が吾袖にとまりつつ此衣を君に贈れと我を云々すといへるなり。」
新訓「うしはく」
全釈「吾を支配し、指図しての意と解するがよいであろう」

実際にあるというよりも、近くで鳴いている情景を踏まえた意図的な文学的表現

#[説明]
窪田評釈「妻が夫に衣を贈る時に添えた歌である」

#[関連論文]


#[番号]10/1962
#[題詞](詠鳥)
#[原文]本人 霍公鳥乎八 希将見 今哉汝来 戀乍居者
#[訓読]本つ人霍公鳥をやめづらしく今か汝が来る恋ひつつ居れば
#[仮名],もとつひと,ほととぎすをや,めづらしく,いまかながくる,こひつつをれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]昔なじみの人である霍公鳥をばめづらしいことに今お前が来るのか。恋い続けていると
(別解)昔なじみの人が霍公鳥をめづらしく思って、今あなたが来るのか。恋い続けていると
#{語釈]
本つ人 昔なじみの人
12/3009H01橡の衣解き洗ひ真土山本つ人にはなほしかずけり
20/4437H01霍公鳥なほも鳴かなむ本つ人かけつつもとな我を音し泣くも
代匠記「此は霍公鳥の声を昔より聞き慣れて云うなり。凡鳥けだ物草木までも人とは読む習いなり」
聞き慣れた霍公鳥を昔なじみの人と言った
昔なじみの人と霍公鳥は異なる

めづらしく 略解「めづらしく」 新訓「めづらしみ」 私注「めづらしむ」
希なことに なつかしく

今か汝が来る 旧訓「いまやながくる」 考「ながこむ」 略解「ながこし」
大系「いまかながくる」

汝 窪田評釈、全註釈、大系、全集 恋い思っていた人
代匠記、全釈、私注、集成 ほととぎす

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1963
#[題詞](詠鳥)
#[原文]如是許 雨之零尓 霍公鳥 宇<乃>花山尓 猶香将鳴
#[訓読]かくばかり雨の降らくに霍公鳥卯の花山になほか鳴くらむ
#[仮名],かくばかり,あめのふらくに,ほととぎす,うのはなやまに,なほかなくらむ
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [元][類][紀]
#[鄣W],夏雑歌,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]こんなにばかり雨が降っているのに霍公鳥は卯の花の咲いている山になお鳴いているのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1964
#[題詞]詠蝉
#[原文]黙然毛将有 時母鳴奈武 日晩乃 物念時尓 鳴管本名
#[訓読]黙もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思ふ時に鳴きつつもとな
#[仮名],もだもあらむ,ときもなかなむ,ひぐらしの,ものもふときに,なきつつもとな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]何事もなく黙っているときに鳴いて欲しい。自分が物思いをしているときにひぐらしがむやみに鳴いて
#{語釈]
ひぐらし 集中9首
08/1479H01隠りのみ居ればいぶせみ慰むと出で立ち聞けば来鳴くひぐらし
10/1964H01黙もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思ふ時に鳴きつつもとな
10/1982H01ひぐらしは時と鳴けども片恋にたわや女我れは時わかず泣く
10/2157H01夕影に来鳴くひぐらしここだくも日ごとに聞けど飽かぬ声かも
10/2231H01萩の花咲きたる野辺にひぐらしの鳴くなるなへに秋の風吹く
15/3589H01夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてぞ我が来る妹が目を欲り
15/3620H01恋繁み慰めかねてひぐらしの鳴く島蔭に廬りするかも
15/3655H01今よりは秋づきぬらしあしひきの山松蔭にひぐらし鳴きぬ
17/3951H01ひぐらしの鳴きぬる時はをみなへし咲きたる野辺を行きつつ見べし

#[説明]
同想歌
04/0618H01さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな
10/1826H01春されば妻を求むと鴬の木末を伝ひ鳴きつつもとな
10/1964H01黙もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思ふ時に鳴きつつもとな
10/2310H01こほろぎの我が床の辺に鳴きつつもとな置き居つつ君に恋ふるに寐ねかてなくに

#[関連論文]


#[番号]10/1965
#[題詞]詠榛
#[原文]思子之 衣将摺尓 々保比与 嶋之榛原 秋不立友
#[訓読]思ふ子が衣摺らむににほひこそ島の榛原秋立たずとも
#[仮名],おもふこが,ころもすらむに,にほひこそ,しまのはりはら,あきたたずとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,飛鳥,地名,植物
#[訓異]
#[大意]心に想うあの子が衣に擦りつけるのに色付いて欲しい。島の針原よ。秋にならないでも。
#{語釈]
にほひこそ 「こそ」希求 色付いて欲しい

島の榛原 明日香島の庄あたりのはんの木の原か
07/1260H01時ならぬ斑の衣着欲しきか島の榛原時にあらねども

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1966
#[題詞]詠花
#[原文]風散 花橘S 袖受而 為君御跡 思鶴鴨
#[訓読]風に散る花橘を袖に受けて君がみ跡と偲ひつるかも
#[仮名],かぜにちる,はなたちばなを,そでにうけて,きみがみあとと,しのひつるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]風に散る花橘を袖に受けてあなたの形見としてお偲びしたことだ
#{語釈]
君がみ跡と 旧訓、代匠記「きみがみためと」 考「きみおはせりと」
新考「たてまつらむと」 新訓「きみがみあとと」
私注「きみにきせむと」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1967
#[題詞](詠花)
#[原文]香細寸 花橘乎 玉貫 将送妹者 三礼而毛有香
#[訓読]かぐはしき花橘を玉に貫き贈らむ妹はみつれてもあるか
#[仮名],かぐはしき,はなたちばなを,たまにぬき,おくらむいもは,みつれてもあるか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]かぐわしい花橘を玉に貫いて贈る妹はやつれてもいるのだろうか
#{語釈]
みつれても やつれ疲れる 病気のためか
04/0719H01ますらをと思へる我れをかくばかりみつれにみつれ片思をせむ
童蒙抄「物思いにやつれ疲れてあらんやと慰めの為に贈らんとなり」
考「橘の花さけばいつも玉にぬきおくるなるにわれにおくりこさぬは妹のやまひにみつれてもあるかという也」

#[説明]
例年ならば花橘の薬玉を贈ってくれる妹が今年はないので、病気で臥せているのだろうか心配したものか。
妹に贈ったもの

#[関連論文]


#[番号]10/1968
#[題詞](詠花)
#[原文]霍公鳥 来鳴響 橘之 花散庭乎 将見人八孰
#[訓読]霍公鳥来鳴き響もす橘の花散る庭を見む人や誰れ
#[仮名],ほととぎす,きなきとよもす,たちばなの,はなちるにはを,みむひとやたれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]霍公鳥がやって来て鳴き響かせる橘の花が散る庭を見る人は誰がいるだろうか。
#{語釈]
人や誰れ 他でもないあなた以外にはいないのだといった気持ち

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1969
#[題詞](詠花)
#[原文]吾屋前之 花橘者 落尓家里 悔時尓 相在君鴨
#[訓読]我が宿の花橘は散りにけり悔しき時に逢へる君かも
#[仮名],わがやどの,はなたちばなは,ちりにけり,くやしきときに,あへるきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,恨み
#[訓異]
#[大意]我が家の花橘は散ってしまった。残念な時に会ったあなたであるよ。
#{語釈]
#[説明]
類想
08/1492H01君が家の花橘はなりにけり花のある時に逢はましものを

#[関連論文]


#[番号]10/1970
#[題詞](詠花)
#[原文]見渡者 向野邊乃 石竹之 落巻惜毛 雨莫零行年
#[訓読]見わたせば向ひの野辺のなでしこの散らまく惜しも雨な降りそね
#[仮名],みわたせば,むかひののへの,なでしこの,ちらまくをしも,あめなふりそね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]見渡すと向かいの野辺のなでしこが散るのが惜しいことだ。雨よ降るなよ。
#{語釈]
向ひの野辺
10/1893H01出でて見る向ひの岡に本茂く咲きたる花のならずはやまじ
07/1099H01片岡のこの向つ峰に椎蒔かば今年の夏の蔭にならむか
07/1356H01向つ峰に立てる桃の木ならむかと人ぞささやく汝が心ゆめ
07/1359H01向つ峰の若桂の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも
09/1750H01暇あらばなづさひ渡り向つ峰の桜の花も折らましものを
14/3448H01花散らふこの向つ峰の乎那の峰のひじにつくまで君が代もがも
14/3493H01遅速も汝をこそ待ため向つ峰の椎の小やで枝の逢ひは違はじ
14/3493H02遅速も君をし待たむ向つ峰の椎のさ枝の時は過ぐとも
20/4397H01見わたせば向つ峰の上の花にほひ照りて立てるは愛しき誰が妻

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1971
#[題詞](詠花)
#[原文]雨間開而 國見毛将為乎 故郷之 花橘者 散家<武>可聞
#[訓読]雨間明けて国見もせむを故郷の花橘は散りにけむかも
#[仮名],あままあけて,くにみもせむを,ふるさとの,はなたちばなは,ちりにけむかも
#[左注]
#[校異]牟 -> 武 [元][類][紀]
#[鄣W],夏雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]雨の降り止む間をぬって国見をしようものなのに。故郷の花橘は散ってしまったであろうか
#{語釈]
国見 国見儀礼とは異なり、故郷の国の方を眺めやること

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1972
#[題詞](詠花)
#[原文]野邊見者 瞿麦之花 咲家里 吾待秋者 近就良思母
#[訓読]野辺見ればなでしこの花咲きにけり我が待つ秋は近づくらしも
#[仮名],のへみれば,なでしこのはな,さきにけり,わがまつあきは,ちかづくらしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]野辺を見るとなでしこの花が咲いたことだ。自分が待つ秋は近づいているらしいよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1973
#[題詞](詠花)
#[原文]吾妹子尓 相市乃花波 落不過 今咲有如 有与奴香聞
#[訓読]我妹子に楝の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも
#[仮名],わぎもこに,あふちのはなは,ちりすぎず,いまさけるごと,ありこせぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物,枕詞,惜別
#[訓異]
#[大意]吾妹子に会うという楝の花は散り過ぎないで今咲いているようにずっとあってはくれないかなあ
#{語釈]
吾妹子に 会うと楝をかけた枕詞

#[説明]
類歌
05/0816H01梅の花今咲けるごと散り過ぎず我が家の園にありこせぬかも

#[関連論文]


#[番号]10/1974
#[題詞](詠花)
#[原文]春日野之 藤者散去而 何物鴨 御狩人之 折而将挿頭
#[訓読]春日野の藤は散りにて何をかもみ狩の人の折りてかざさむ
#[仮名],かすがのの,ふぢはちりにて,なにをかも,みかりのひとの,をりてかざさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,奈良,地名,植物,季節
#[訓異]
#[大意]春日野の藤は散ってしまって、何をまあみ狩の人が折ってかざそうか。
#{語釈]
み狩の人 5月5日の薬狩りに参加する人々

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1975
#[題詞](詠花)
#[原文]不時 玉乎曽連有 宇能花乃 五月乎待者 可久有
#[訓読]時ならず玉をぞ貫ける卯の花の五月を待たば久しくあるべみ
#[仮名],ときならず,たまをぞぬける,うのはなの,さつきをまたば,ひさしくあるべみ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]その時ではないのに玉を貫いたように咲いている。卯の花が五月を待つならば、時長いだろうので。
#{語釈]
時ならず その時でないのに 卯の花がまだ咲く季節ではないのに咲き始めたことを言う。

玉をぞ貫ける 卯の花の咲いている様子を見立てたもの 拾穂抄 評釈
古義 薬玉を作る。
私注 前歌に答えた物。薬玉をつくってかざしにする

久しくあるべみ 推量、適当 「べし」の語幹に原因、理由の「み」がついた
久しいだろうから。待ちきれなくて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1976
#[題詞]問答
#[原文]宇能花乃 咲落岳従 霍公鳥 鳴而沙<度> 公者聞津八
#[訓読]卯の花の咲き散る岡ゆ霍公鳥鳴きてさ渡る君は聞きつや
#[仮名],うのはなの,さきちるをかゆ,ほととぎす,なきてさわたる,きみはききつや
#[左注]
#[校異]沙 [元] 紗 / 渡 -> 度 [元][類][紀]
#[鄣W],夏雑歌,問答,植物,動物
#[訓異]
#[大意]卯の花が咲いて散る岡から霍公鳥が鳴いて飛び渡っているのをあなたは聞きましたか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1977
#[題詞](問答)
#[原文]聞津八跡 君之問世流 霍公鳥 小竹野尓所沾而 従此鳴綿類
#[訓読]聞きつやと君が問はせる霍公鳥しののに濡れてこゆ鳴き渡る
#[仮名],ききつやと,きみがとはせる,ほととぎす,しののにぬれて,こゆなきわたる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏雑歌,問答,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]聞いたかとあなたがお尋ねになった霍公鳥は、ひどく濡れてここから鳴き渡ったのです。
#{語釈]
しののに しとどに びっしょりと
#[説明]
両首とも「君」と相手を呼んでいるので、男同士の交友歌
霍公鳥が何に濡れているか説明されていない。両者間での了解事項か(全注)
朝霧(1831)か、雨か

#[関連論文]


#[番号]10/1978
#[題詞]譬喩歌
#[原文]橘 花落里尓 通名者 山霍公鳥 将令響鴨
#[訓読]橘の花散る里に通ひなば山霍公鳥響もさむかも
#[仮名],たちばなの,はなちるさとに,かよひなば,やまほととぎす,とよもさむかも
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],夏雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]橘の花が散る美しい里に通っていったならば、山霍公鳥が鳴き響もすかなあ
#{語釈]
#[説明]
橘の花散る里は、女のいる里
山霍公鳥は、まわりの人間。うわさがひどく立つことの譬喩

#[関連論文]


#[番号]10/1979
#[題詞]夏相聞 / 寄鳥
#[原文]春之在者 酢軽成野之 霍公鳥 保等穂跡妹尓 不相来尓家里
#[訓読]春さればすがるなす野の霍公鳥ほとほと妹に逢はず来にけり
#[仮名],はるされば,すがるなすのの,ほととぎす,ほとほといもに,あはずきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,動物
#[訓異]
#[大意]春になるとすがる蜂が羽音を鳴らす野に鳴く霍公鳥ではないが、ほとほとにあやうく妹に会わないでやって来るところだった
#{語釈]
すがるなす野 「ほとほと」にかかる序詞
すがる 蜂 ジガバチ類とベッコウバチ類
なす 訓読「なる」、「なす」
意味 鳴く、鳴らす 代匠記、
羽を鳴らす 窪田評釈

「なす」 ~のごとく
すがる蜂に似ている霍公鳥 古義、全釈

生まれる 生み育てる 私注、大系
すがる蜂のように生み育てる霍公鳥

地名 那須 注釈
すがる蜂が羽音をたてる(なす)という那須野の霍公鳥

すがる蜂が羽を鳴らす野に鳴く霍公鳥の意か

ほとほと妹に逢はず来にけり ほとんど妹に会わないでやってくるところだった
あやうく妹に会わないで来るところだった

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1980
#[題詞](寄鳥)
#[原文]五月山 花橘尓 霍公鳥 隠合時尓 逢有公鴨
#[訓読]五月山花橘に霍公鳥隠らふ時に逢へる君かも
#[仮名],さつきやま,はなたちばなに,ほととぎす,こもらふときに,あへるきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,動物,植物
#[訓異]
#[大意]五月の山の花橘に霍公鳥が隠るように家に閉じこもっているときに思わず逢うあなたであることか
#{語釈]
五月山 五月の山

隠らふ時 全注 世間のうわさが気になってじっとしているとき
「かくらふ」の訓と「こもらふ」
思わぬ来訪に喜んでいる。

忌み隠りか、障りで隠っている意か。
会いたいときに会えずに、会っても仕方がないときに会うという皮肉か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1981
#[題詞](寄鳥)
#[原文]霍公鳥 来鳴五月之 短夜毛 獨宿者 明不得毛
#[訓読]霍公鳥来鳴く五月の短夜もひとりし寝れば明かしかねつも
#[仮名],ほととぎす,きなくさつきの,みじかよも,ひとりしぬれば,あかしかねつも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,動物,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]霍公鳥がやって来て鳴く五月の短い夜も独りで寝ていると明かすことが出来ないでいるよ
#{語釈]
短夜 夏至に近いので夜が短い

#[説明]
代匠記 遊仙窟「昔日双眠。恒嫌夜短。今宵独臥。実怨更長。」

#[関連論文]


#[番号]10/1982
#[題詞]寄蝉
#[原文]日倉足者 時常雖鳴 我戀 手弱女我者 不定哭
#[訓読]ひぐらしは時と鳴けども片恋にたわや女我れは時わかず泣く
#[仮名],ひぐらしは,ときとなけども,かたこひに,たわやめわれは,ときわかずなく
#[左注]
#[校異]我 [元][類][紀](塙) 於
#[鄣W],夏相聞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]ひぐらしはその時だとして鳴くけれども、片恋に手弱女である自分は時を選ばずに泣くことだ
#{語釈]
片恋に 原文「我戀」 元、類、紀「於戀」 元右「物」 わがこふる
考「君恋」の誤り 略解「ものこふる」
新考「於君恋」の誤り きみにこふる
新校「於君恋」きみにこひ
伊藤博「独恋」の誤り かたこひに
「独」の草体 「物」に誤る 「物」が「於」に誤る
全注 3811から「於恋」で こひしくに

時わかず泣く 元、類「さだめかねつも」 西「さたまらずなく」
代匠記「時の字落ちたる歟」 ときわかずなく
考 ときじくになく

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1983
#[題詞]寄草
#[原文]人言者 夏野乃草之 繁友 妹与吾<師> 携宿者
#[訓読]人言は夏野の草の繁くとも妹と我れとし携はり寝ば
#[仮名],ひとごとは,なつののくさの,しげくとも,いもとあれとし,たづさはりねば
#[左注]
#[校異]<> -> 師 [元][類][紀]
#[鄣W],夏相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]人のうわさは夏の野の雑草のように繁くあったとしても、妹と自分とが手を取り合って寝さえすればよい。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1984
#[題詞](寄草)
#[原文]廼者之 戀乃繁久 夏草乃 苅掃友 生布如
#[訓読]このころの恋の繁けく夏草の刈り掃へども生ひしくごとし
#[仮名],このころの,こひのしげけく,なつくさの,かりはらへども,おひしくごとし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]この頃の恋が繁くあることは、夏の草を苅り払っても生え茂るようなものだ
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2769H01我が背子に我が恋ふらくは夏草の刈り除くれども生ひしくごとし

#[関連論文]


#[番号]10/1985
#[題詞](寄草)
#[原文]真田葛延 夏野之繁 如是戀者 信吾命 常有目八<面>
#[訓読]ま葛延ふ夏野の繁くかく恋ひばまこと我が命常ならめやも
#[仮名],まくずはふ,なつののしげく,かくこひば,まことわがいのち,つねならめやも
#[左注]
#[校異]方 -> 面 [元][類]
#[鄣W],夏相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]りっぱな葛が這い回る夏の野が茂っているように繁くこのように恋い思うならば、ほんとうに自分の命はいつまでもあろうか。(死んでしまいそうだ)
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/2891H01あらたまの年の緒長くかく恋ひばまこと我が命全くあらめやも

#[関連論文]


#[番号]10/1986
#[題詞](寄草)
#[原文]吾耳哉 如是戀為良武 <垣>津旗 丹<頬合>妹者 如何将有
#[訓読]我れのみやかく恋すらむかきつはた丹つらふ妹はいかにかあるらむ
#[仮名],あれのみや,かくこひすらむ,かきつはた,につらふいもは,いかにかあるらむ
#[左注]
#[校異]垣 [西(上書訂正)][元][紀] / 類令 -> 頬合 [元][類]
#[鄣W],夏相聞,恋情,植物
#[訓異]
#[大意]自分ばかりこのように恋い思っているのだろうか。かきつばたのように美しい妹はどのようにいるのだろうか
#{語釈]
丹つらふ 紅顔の 美しい

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1987
#[題詞]寄花
#[原文]片搓尓 絲S曽吾搓 吾背兒之 花橘乎 将貫跡母日手
#[訓読]片縒りに糸をぞ我が縒る我が背子が花橘を貫かむと思ひて
#[仮名],かたよりに,いとをぞわがよる,わがせこが,はなたちばなを,ぬかむとおもひて
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,植物
#[訓異]
#[大意]片縒りに糸を自分は縒ることだ。我が背子の家の花橘を貫き遠そうと思って
#{語釈]
片縒り 普通は2本の糸でよりあわすのを1本だけで紐を作ること。
04/0516H01我が持てる三相に搓れる糸もちて付けてましもの今ぞ悔しき
片思いの譬喩

我が背子が花橘 大系 我が背子がかずらにするための花橘
古義 全釈 我が背子の宿の花橘

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1988
#[題詞](寄花)
#[原文]鴬之 徃来垣根乃 宇能花之 厭事有哉 君之不来座
#[訓読]鴬の通ふ垣根の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ
#[仮名],うぐひすの,かよふかきねの,うのはなの,うきことあれや,きみがきまさぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,動物,植物
#[訓異]
#[大意]鴬の通う垣根の卯の花のウではないが、つらいことがあったのだろうか。あなたがいらっしゃらないのは。
#{語釈]
卯の花の 「憂きこと」のウにかかる序詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1989
#[題詞](寄花)
#[原文]宇能花之 開登波無二 有人尓 戀也将渡 獨念尓指天
#[訓読]卯の花の咲くとはなしにある人に恋ひやわたらむ片思にして
#[仮名],うのはなの,さくとはなしに,あるひとに,こひやわたらむ,かたもひにして
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]卯の花のように咲くということが期待できない人に恋い続けることであろうか。片思いであって。
#{語釈]
咲くとはなしにある人 恋の花が咲くということはないでいる人
期待出来ない人

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1990
#[題詞](寄花)
#[原文]吾社葉 憎毛有目 吾屋前之 花橘乎 見尓波不来鳥屋
#[訓読]我れこそば憎くもあらめ我がやどの花橘を見には来じとや
#[仮名],われこそば,にくくもあらめ,わがやどの,はなたちばなを,みにはこじとや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,植物
#[訓異]
#[大意]自分こそはいやだとお思いでしょう。しかし我が家の花橘も見にはいらっしゃらいというのでしょうか。
#{語釈]
憎くもあらめ いやだ。嫌いだ 現代語ほど憎悪の念はない。

#[説明]
類歌
08/1452H01闇ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜に出でまさじとや

#[関連論文]


#[番号]10/1991
#[題詞](寄花)
#[原文]霍公鳥 来鳴動 岡<邊>有 藤浪見者 君者不来登夜
#[訓読]霍公鳥来鳴き響もす岡辺なる藤波見には君は来じとや
#[仮名],ほととぎす,きなきとよもす,をかへなる,ふぢなみみには,きみはこじとや
#[左注]
#[校異]部 -> 邊 [類][紀]
#[鄣W],夏相聞,動物,植物,勧誘
#[訓異]
#[大意]霍公鳥がやって来て鳴き響かせる岡辺にある藤波を見にはあなたは来ないというのですか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1992
#[題詞](寄花)
#[原文]隠耳 戀者苦 瞿麦之 花尓開出与 朝旦将見
#[訓読]隠りのみ恋ふれば苦しなでしこの花に咲き出よ朝な朝な見む
#[仮名],こもりのみ,こふればくるし,なでしこの,はなにさきでよ,あさなさなみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,植物
#[訓異]
#[大意]家に隠ってばかりいて恋い思っていると苦しい。なでしこの花に咲き出しなさい。そうすれば毎朝毎朝見ようのに。
#{語釈]
隠りのみ恋ふれば苦し
16/3803H01隠りのみ恋ふれば苦し山の端ゆ出でくる月の顕さばいかに

#[説明]
同想歌
03/0408H01なでしこがその花にもが朝な朝な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ
17/4010H01うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む

#[関連論文]


#[番号]10/1993
#[題詞](寄花)
#[原文]外耳 見筒戀牟 紅乃 末採花之 色不出友
#[訓読]外のみに見つつ恋ひなむ紅の末摘花の色に出でずとも
#[仮名],よそのみに,みつつこひなむ,くれなゐの,すゑつむはなの,いろにいでずとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,植物
#[訓異]
#[大意]外からばかり見ていて恋い思っていよう。紅の末摘花のように表立って色に出なくとも
#{語釈]
外のみに 旧訓「よそにのみ」 略解「よそのみに」
見つつ恋ひなむ 旧訓「みつつやこひむ」
代匠記、全註釈 「みつつこひなむ」
注釈「みつつかこひむ」

紅の末摘花 紅花 末の方から咲き始める花を摘み取って紅色の染料にする

色に出でずとも はっきりと相手にわからなくとも

#[説明]
全註釈「作者は男子で相手の女をベニバナに思い寄せている」
注釈 女性の作。佐々木信綱「つつましい女性の控えめな恋心があはれである

色に出るのを慎む歌
03/0301H01岩が根のこごしき山を越えかねて音には泣くとも色に出でめやも
08/1595H01秋萩の枝もとををに置く露の消なば消ぬとも色に出でめやも
10/2274H01臥いまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝顔の花

うわさになることを恐れる気持ち

#[関連論文]


#[番号]10/1994
#[題詞]寄露
#[原文]夏草乃 露別衣 不著尓 我衣手乃 干時毛名寸
#[訓読]夏草の露別け衣着けなくに我が衣手の干る時もなき
#[仮名],なつくさの,つゆわけごろも,つけなくに,わがころもでの,ふるときもなき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,植物
#[訓異]
#[大意]夏草の露を分けていく衣を着てはいないのに、我が衣手が乾く時もないことだ
#{語釈]
夏草の露別け衣 露を振り分けた衣。露に濡れた衣

干る ふる 上代は上二段動詞
あなたが逢ってくださらない悲しみの涙が乾くこともない

#[説明]
古典集成 女の家に通う男が着る衣が露別け衣であり、女はきるはずもないので表現した。
女の歌

#[関連論文]


#[番号]10/1995
#[題詞]寄日
#[原文]六月之 地副割而 照日尓毛 吾袖将乾哉 於君不相四手
#[訓読]六月の地さへ裂けて照る日にも我が袖干めや君に逢はずして
#[仮名],みなづきの,つちさへさけて,てるひにも,わがそでひめや,きみにあはずして
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],夏相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]六月の地面までもひび割れがして照る太陽にも、自分の袖が乾くということがあろうか。あなたに逢わないで。
#{語釈]
地さへ裂けて 日照りで地割れがしている様子 強く照りつける太陽

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1996
#[題詞]秋雜歌 / 七夕
#[原文]天漢 水左閇而照 舟竟 舟人 妹等所見寸哉
#[訓読]天の川水さへに照る舟泊てて舟なる人は妹と見えきや
#[仮名],あまのがは,みづさへにてる,ふねはてて,ふねなるひとは,いもとみえきや
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の水までも照り輝いている。船が停泊して船にいる人は妹だと見えたでしょうか。
#{語釈]
七夕 七夕行事。中国から入ってきた乞功奠行事
日本紀 持統五年、六年七月七日 宴 七夕宴か
続日本紀 天平六年 七夕として 初出
2033 人麻呂歌集 天武九年か
懐風藻 詩六首
万葉集 一三三首

天漢 七夕は元来、揚子江支流の漢水のほとりにあった女神と牽牛の逢会神話。
天上の漢水という意味で天の川のことに当てる。

水さへに照る 代匠記「丹塗りなどで飾る」

赤人集 あまのがはみなそこまでにてらすふねつひにふなびおいもとみえずや
代匠記「水の次に底が脱したか みなそこまでもてらすふね はつるふなひと」と訓むべきか
注釈 水底さへに照らす舟

舟なる人 古義 注釈「泊てし舟人」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/1997
#[題詞](七夕)
#[原文]久方之 天漢原丹 奴延鳥之 裏歎座<都> 乏諸手丹
#[訓読]久方の天の川原にぬえ鳥のうら歎げましつすべなきまでに
#[仮名],ひさかたの,あまのかはらに,ぬえどりの,うらなげましつ,すべなきまでに
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]津 -> 都 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]久方の天の河原にぬえ鳥のように心悲しく嘆いておられた。どうしようもないほどに
#{語釈]
ぬえ鳥の とらつぐみ 寄るに悲しげな声で鳴く 「うらなげ」の枕詞

うら嘆げ 心の中で密かに嘆く
注釈「うらなき」 1/0005 下泣く 心の中で泣く

#[説明]
織女が牽牛を待つ気持ちを第三者の視点で歌っている。

#[関連論文]


#[番号]10/1998
#[題詞](七夕)
#[原文]吾戀 嬬者知遠 徃船乃 過而應来哉 事毛告火
#[訓読]我が恋を嬬は知れるを行く舟の過ぎて来べしや言も告げなむ
#[仮名],あがこひを,つまはしれるを,ゆくふねの,すぎてくべしや,こともつげなむ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]自分の恋い心を夫は知っているのに、行く舟のように行き過ぎていいものだろうか。伝言だけでも告げて欲しいものだ
#{語釈]
嬬 牽牛のこと 代匠記、窪田評釈、全註釈、私注 織女のこととする
行く舟の 過ぎての枕詞 窪田評釈、全註釈、全集 主語と見る

過ぎて来べしや 素通りする
注釈 七夕歌として素通りするというのは心得がたし。本来七夕歌ではなく、ここに分類された。
全注 地上の恋いを七夕に託したと考えてよい

言も告げなむ せめて夫からの伝言だけでも聞かせて欲しい

#[説明]
七夕にちなんで、作者の日常の恋の不満を歌ったものか。

#[関連論文]


#[番号]10/1999
#[題詞](七夕)
#[原文]朱羅引 色妙子 數見者 人妻故 吾可戀奴
#[訓読]赤らひく色ぐはし子をしば見れば人妻ゆゑに我れ恋ひぬべし
#[仮名],あからひく,いろぐはしこを,しばみれば,ひとづまゆゑに,あれこひぬべし
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]紅顔の美しいあの児をたびたび見ると、人妻ではあるが自分は恋いをしてしまいそうだ
#{語釈]
赤らひく 赤みを帯びた 紅顔の

色ぐはし 麗(くはし)女 美しい

しば見れば しばしばと たびたび

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2000
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 安渡丹 船浮而 秋立待等 妹告与具
#[訓読]天の川安の渡りに舟浮けて秋立つ待つと妹に告げこそ
#[仮名],あまのがは,やすのわたりに,ふねうけて,あきたつまつと,いもにつげこそ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の安の渡し場に舟を浮かべて、秋の立つのを待っていると妹に告げて欲しい
#{語釈]
安の渡り 高天原にある安の河原と習合している

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2001
#[題詞](七夕)
#[原文]従蒼天 徃来吾等須良 汝故 天漢道 名積而叙来
#[訓読]大空ゆ通ふ我れすら汝がゆゑに天の川道をなづみてぞ来し
#[仮名],おほそらゆ,かよふわれすら,ながゆゑに,あまのかはぢを,なづみてぞこし
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]大空を通う自分ですら、あなたに会うために天の川路を難渋してやってきたことだ
#{語釈]
我 彦星のこと

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2002
#[題詞](七夕)
#[原文]八千<戈> 神自御世 乏つ 人知尓来 告思者
#[訓読]八千桙の神の御代よりともし妻人知りにけり継ぎてし思へば
#[仮名],やちほこの,かみのみよより,ともしづま,ひとしりにけり,つぎてしおもへば
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]才 -> 戈 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]八千鉾の神の御代の昔から会うことの少ない妻であるのに人は知ってしまった。ずっと思い続けてきたので。
#{語釈]
八千桙の神の御代 大国主の別名 天地創世の昔から

ともし妻 見ることの希な妻

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2003
#[題詞](七夕)
#[原文]吾等戀 丹穂面 今夕母可 天漢原 石枕巻
#[訓読]我が恋ふる丹のほの面わこよひもか天の川原に石枕まく
#[仮名],あがこふる,にのほのおもわ,こよひもか,あまのかはらに,いしまくらまく
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]自分が恋い思う美しい赤色の顔の妹は、今夜も天の河原に石を枕として寝ているのだろうか
#{語釈]
丹のほの面わ 赤の秀でた顔 美しい赤色の顔

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2004
#[題詞](七夕)
#[原文]己つ 乏子等者 竟津 荒礒巻而寐 君待難
#[訓読]己夫にともしき子らは泊てむ津の荒礒巻きて寝む君待ちかてに
#[仮名],おのづまに,ともしきこらは,はてむつの,ありそまきてねむ,きみまちかてに
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]自分の夫になかなか会えないあの子は、夫が舟で停泊するであろう港の荒磯を枕として寝るのだろう。夫も待ちかねて
#{語釈]
己夫にともしき子ら 自分の夫に会うことが少ないあの子は

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2005
#[題詞](七夕)
#[原文]天地等 別之時従 自つ 然叙<年>而在 金待吾者
#[訓読]天地と別れし時ゆ己が妻しかぞ年にある秋待つ我れは
#[仮名],あめつちと,わかれしときゆ,おのがつま,しかぞとしにある,あきまつわれは
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]手 -> 年 [万葉集童蒙抄]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天地が別れた昔から自分の妻はこのように一年を経て会うさだめである。秋を待つ自分は。
#{語釈]
しかぞ年にある 原文 「然叙手而在」 旧訓 「しかぞてにある」
童蒙抄 「手」は「年」の誤り しかぞとしにある
考「しかちぎりたる」
大系「しかぞとしにある」
注釈「しかぞとしにあり」
年にある
10/2035H01年にありて今か巻くらむぬばたまの夜霧隠れる遠妻の手を
15/3657H01年にありて一夜妹に逢ふ彦星も我れにまさりて思ふらめやも
一年間を経ての意
そのように一年に一度会うさだめである

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2006
#[題詞](七夕)
#[原文]孫星 嘆須つ 事谷毛 告<尓>叙来鶴 見者苦弥
#[訓読]彦星は嘆かす妻に言だにも告げにぞ来つる見れば苦しみ
#[仮名],ひこほしは,なげかすつまに,ことだにも,つげにぞきつる,みればくるしみ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]余 -> 尓 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]彦星はお嘆きになっている妻にせめて言葉だけでも告げにやってきたことだ。見ているとつらいので。
#{語釈]
言だにも告げにぞ来つる 言葉だけでも告げにやってきた

見れば苦しみ 織女が嘆いているのを彦星は見るのがつらく苦しいので

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2007
#[題詞](七夕)
#[原文]久方 天印等 水無<川> 隔而置之 神世之恨
#[訓読]ひさかたの天つしるしと水無し川隔てて置きし神代し恨めし
#[仮名],ひさかたの,あまつしるしと,みなしがは,へだてておきし,かむよしうらめし
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]河 -> 川 [元][類][京]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]ひさかたの天のしるしとして水無し川を二星の間に隔てて置いた神代が恨めしいことだ
#{語釈]
天つしるし 天の川を天の標識と見た

水無し川 天の川のこと。天上にあるので水がないと見立てた
歩いても渡れるのに隔たっていることを水の無い川として強調したか

#[説明]
牽牛、織女の立場にたって歌った

#[関連論文]


#[番号]10/2008
#[題詞](七夕)
#[原文]黒玉 宵霧隠 遠鞆 妹傳 速告与
#[訓読]ぬばたまの夜霧に隠り遠くとも妹が伝へは早く告げこそ
#[仮名],ぬばたまの,よぎりにこもり,とほくとも,いもがつたへは,はやくつげこそ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの夜霧に隠って遠くあろうとも妹の便りは早く告げて欲しい
#{語釈]
#[説明]
彦星の立場に立って歌ったもの

#[関連論文]


#[番号]10/2009
#[題詞](七夕)
#[原文]汝戀 妹命者 飽足尓 袖振所見都 及雲隠
#[訓読]汝が恋ふる妹の命は飽き足らに袖振る見えつ雲隠るまで
#[仮名],ながこふる,いものみことは,あきだらに,そでふるみえつ,くもがくるまで
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]あなたが恋い思う妹の命は便りだけでは満足しないで袖を振るのが見える。雲に隠れるまで
#{語釈]
飽き足らに 「に」打ち消しの連用形 お互いの言づてだけでは満足しないで

#[説明]
第三者に立った歌

#[関連論文]


#[番号]10/2010
#[題詞](七夕)
#[原文]夕星毛 徃来天道 及何時鹿 仰而将待 月人<壮>
#[訓読]夕星も通ふ天道をいつまでか仰ぎて待たむ月人壮士
#[仮名],ゆふつづも,かよふあまぢを,いつまでか,あふぎてまたむ,つきひとをとこ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]宵の明星も通う天の道を自分はいつまで仰ぎ待っていればいいのであろうか。月人おとこよ。
#{語釈]
夕星 宵の明星 金星

月人壮士
10/2010H01夕星も通ふ天道をいつまでか仰ぎて待たむ月人壮士
10/2043H01秋風の清き夕に天の川舟漕ぎ渡る月人壮士
10/2051H01天の原行きて射てむと白真弓引きて隠れる月人壮士
10/2202H01黄葉する時になるらし月人の桂の枝の色づく見れば
10/2223H01天の海に月の舟浮け桂楫懸けて漕ぐ見ゆ月人壮士
15/3611H01大船に真楫しじ貫き海原を漕ぎ出て渡る月人壮士

#[説明]
織女星の立場

#[関連論文]


#[番号]10/2011
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 已向立而 戀等尓 事谷将告 つ言及者
#[訓読]天の川い向ひ立ちて恋しらに言だに告げむ妻と言ふまでは
#[仮名],あまのがは,いむかひたちて,こひしらに,ことだにつげむ,つまといふまでは
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川にお互い向かい合って立って恋しさにせめて便りだけでも告げよう。会って妻と言うまでは

#{語釈]
い向かい立ちて 「い」接頭語 向かい合って立って

恋しらに 「ら」接尾語 恋しさに

妻と言ふまでは 大系 類聚名義抄「言 トフ」 妻問いまでは
妻だと決めるまでは

#[説明]
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#[番号]10/2012
#[題詞](七夕)
#[原文]水良玉 五百<都>集乎 解毛不<見> 吾者干可太奴 相日待尓
#[訓読]白玉の五百つ集ひを解きもみず我は干しかてぬ逢はむ日待つに
#[仮名],しらたまの,いほつつどひを,ときもみず,わはほしかてぬ,あはむひまつに
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]部 -> 都 [元][類] / 及 -> 見 [西(訂正右書)][元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]白玉のたくさん集まった首飾りをはずしもしないで、自分は涙で濡れた衣を干しかねていることだ。逢う日までは。
#{語釈]
水良玉 しら玉 9/1738 水長鳥 しながとり

五百つ集ひを解きもみず 真珠がたくさん集まっている緒を解きもしないで
真珠のネックレスをはずさないで うちとけないで

干しかてぬ 旧訓 かかたぬ
全註釈 かれかだぬ
全釈 ほしがたぬ
大系 ほしかてぬ
考 ありかたぬ 「干」を「在」の誤り
注釈 ありかてぬ 同上

涙で濡れた衣を干しかねていることだ

#[説明]
織女の立場での歌

#[関連論文]


#[番号]10/2013
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 水陰草 金風 靡見者 時来之
#[訓読]天の川水蔭草の秋風に靡かふ見れば時は来にけり
#[仮名],あまのがは,みづかげくさの,あきかぜに,なびかふみれば,ときはきにけり
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]之 [元][類](塙) 々
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の水辺に生えている草が秋風に靡き靡きしているのを見ると、逢う時はやってきたことだ
#{語釈]
水蔭草 水辺に生えている草
12/2862H01山川の水陰に生ふる山菅のやまずも妹は思ほゆるかも

#[説明]
全注 彦星の立場か

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#[番号]10/2014
#[題詞](七夕)
#[原文]吾等待之 白芽子開奴 今谷毛 尓寶比尓徃奈 越方人邇
#[訓読]我が待ちし秋萩咲きぬ今だにもにほひに行かな彼方人に
#[仮名],わがまちし,あきはぎさきぬ,いまだにも,にほひにゆかな,をちかたひとに
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]自分が待っていた秋萩が咲いた。今だけでも染まりに行こうよ。向こう岸の人に
#{語釈]
白芽子 五行説で「白」を秋と訓む。

彼方人に 向こう岸の妹に 織女のこと 秋萩と織女のイメージを重ねる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2015
#[題詞](七夕)
#[原文]吾世子尓 裏戀居者 天<漢> 夜船滂動 梶音所聞
#[訓読]我が背子にうら恋ひ居れば天の川夜舟漕ぐなる楫の音聞こゆ
#[仮名],わがせこに,うらこひをれば,あまのがは,よふねこぐなる,かぢのおときこゆ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]河 -> 漢 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]我が背子に心恋しく思っていると天の川に夜舟を漕ぐ楫の音が聞こえる
#{語釈]

#[説明]
牽牛の出発

#[関連論文]


#[番号]10/2016
#[題詞](七夕)
#[原文]真氣長 戀心自 白風 妹音所聴 紐解徃名
#[訓読]ま日長く恋ふる心ゆ秋風に妹が音聞こゆ紐解き行かな
#[仮名],まけながく,こふるこころゆ,あきかぜに,いもがおときこゆ,ひもときゆかな
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]長い間恋い思っていた心のせいで秋風に妹の音が聞こえる。衣の紐を解いて逢いに行こうよ
#{語釈]
ま日長く 「ま」接頭語 長い間

心ゆ 心から 心のせいで

妹が音 けはい 音信 声

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2017
#[題詞](七夕)
#[原文]戀敷者 氣長物乎 今谷 乏<之>牟可哉 可相夜谷
#[訓読]恋ひしくは日長きものを今だにもともしむべしや逢ふべき夜だに
#[仮名],こひしくは,けながきものを,いまだにも,ともしむべしや,あふべきよだに
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 之 [元][紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]恋しく思うことが長い間であったものなのに、今だけでも物足らない思いをさせてよいものか。やっと逢える夜だけでも
#{語釈]
ともしむべしや 物足らない思いをさせてよいものか

#[説明]
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#[番号]10/2018
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 去歳渡代 遷閇者 河瀬於踏 夜深去来
#[訓読]天の川去年の渡りで移ろへば川瀬を踏むに夜ぞ更けにける
#[仮名],あまのがは,こぞのわたりで,うつろへば,かはせをふむに,よぞふけにける
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の去年に渡った浅瀬が変化しているので川の瀬を踏んで歩くのに夜が更けてしまったことだ
#{語釈]
渡りで 渡る場所 「で」は場所、方角などを表す 歩いて川渡りをする趣

移ろへば 去年川渡りをした場所が変化しているので

#[説明]
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#[番号]10/2019
#[題詞](七夕)
#[原文]自古 擧而之服 不顧 天河津尓 年序經去来
#[訓読]いにしへゆあげてし服も顧みず天の川津に年ぞ経にける
#[仮名],いにしへゆ,あげてしはたも,かへりみず,あまのかはづに,としぞへにける
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]昔から糸を仕掛けておいた機織りも放っておいて天の川の津に年が経ったことだ
#{語釈]
あげてし 織り糸を織機にしかけること

顧みず 糸を仕掛けた機も放っておいて

#[説明]
天の川のほとりで彦星を待ちながら機を織る織女のイメージで、恋しさから機織りもしないで待っている様子を歌う

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#[番号]10/2020
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 夜船滂而 雖明 将相等念夜 袖易受将有
#[訓読]天の川夜船を漕ぎて明けぬとも逢はむと思ふ夜袖交へずあらむ
#[仮名],あまのがは,よふねをこぎて,あけぬとも,あはむとおもふよ,そでかへずあらむ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の夜舟を漕いで夜が明けてしまったとしても逢おうと思う夜であるぞ。袖を交わさずにいられようか
#{語釈]
逢はむと思ふ夜 旧訓 あはむとおもふよ 逢おうと思う夜であるぞ
注釈 あはむとおもへや 逢おうと思うからであらうか
逢おうと思うのならば袖を交わさずにいよう(今夜をおいては逢えないので袖を交わさずにはいられない)
#[説明]

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#[番号]10/2021
#[題詞](七夕)
#[原文]遥(ほ)等 手枕易 寐夜 鶏音莫動 明者雖明
#[訓読]遠妻と手枕交へて寝たる夜は鶏がねな鳴き明けば明けぬとも
#[仮名],とほづまと,たまくらかへて,ねたるよは,とりがねななき,あけばあけぬとも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]遠く離れている妻と手枕を交わして寝た夜は、鶏の鳴き声は鳴くなよ。夜が明ければ明けてしまったとしても。
#{語釈]
遠 扁[女]旁(a冠[艾]b[口]c[夫]) 西 篇[女]旁(B[漢]) 元、類 篇[女]旁[莫]
代匠記 篇[女]旁[莫] は、説文云。篇[女]旁[莫]母鄙醜。かかれば今の義に非ず。
玉篇云。篇[女]旁[英](えい) 於京切 女之美称 若此字を書き誤れるにや
考 媛の誤り
略解 嬬の誤り
大系 扁[女]旁(a冠[艾]b[口]c[夫]) の誤り
篇[女]旁(B[漢]) は集韻に、虚干切、老嫗児とあり、これも歌の意に合わない。名義抄に扁[女]旁(a冠[艾]b[口]c[夫]) という字があり、音卜、妹嬉豪([傑]右)妻と注している。これは、篇[女]旁(B[僕])の異体字で、広韻によると卜と同音、昌意妻也と注している。昌意は中国古代の伝説中の人物の名であるから、篇[女]旁(B[僕])は妻の意と見られる。つまり、広韻の注も名義抄の記載とともに、篇[女]旁(B[僕])が妻の意をもつことを示す。おそらく中国の文献を読んでいた人が知識を弄して、遙扁[女]旁(a冠[艾]b[口]c[夫]) と書いて、遠妻の意を示したものと思われる。

鶏がねな鳴き 鶏の音な鳴きそ 明け方を告げる鶏の鳴き声は出すなよ。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2022
#[題詞](七夕)
#[原文]相見久 猒雖不足 稲目 明去来理 舟出為牟つ
#[訓読]相見らく飽き足らねどもいなのめの明けさりにけり舟出せむ妻
#[仮名],あひみらく,あきだらねども,いなのめの,あけさりにけり,ふなでせむつま
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]ともに会っていることは満足しないが、いなのめの夜明けになってきてしまった。船出しようよ。妻よ
#{語釈]
いなのめの 明けるの枕詞。井手至 竪穴式のような住居で窓代わりに篠や稲藁で作り、そこから洩れる光で明かり取りをしていたことの表現か

#[説明]
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#[番号]10/2023
#[題詞](七夕)
#[原文]左尼始而 何太毛不在者 白栲 帶可乞哉 戀毛不<過>者
#[訓読]さ寝そめていくだもあらねば白栲の帯乞ふべしや恋も過ぎねば
#[仮名],さねそめて,いくだもあらねば,しろたへの,おびこふべしや,こひもすぎねば
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]遏 -> 過 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]寝始めて幾時も経っていないのに白妙の帯を欲しがるべきでしょうか。恋しい気持ちも終わったわけでもないのに
#{語釈]
白栲の帯乞ふべしや 帯を結んで帰り支度をすると言ったもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2024
#[題詞](七夕)
#[原文]万世 携手居而 相見鞆 念可過 戀<尓>有莫國
#[訓読]万代にたづさはり居て相見とも思ひ過ぐべき恋にあらなくに
#[仮名],よろづよに,たづさはりゐて,あひみとも,おもひすぐべき,こひにあらなくに
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]奈 -> 尓 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]いつまでも手を取り合っていてともに会っていようとも思いがなくなってしまうような恋ではないことなのに
#{語釈]
思ひ過ぐべき 思いがなくなってしまうような

#[説明]
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#[番号]10/2025
#[題詞](七夕)
#[原文]万世 可照月毛 雲隠 苦物叙 将相登雖念
#[訓読]万代に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど
#[仮名],よろづよに,てるべきつきも,くもがくり,くるしきものぞ,あはむとおもへど
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]いつまでも照るような月も雲に隠れて苦しく思うように、お互いになかなか会えなくて苦しいものであるぞ。会おうと思うが。
#{語釈]
雲隠り 不吉なこと、苦しいこと
02/0207H05照る月の 雲隠るごと 沖つ藻の 靡きし妹は 黄葉の 過ぎて去にきと
03/0235H02大君は神にしませば雲隠る雷山に宮敷きいます
03/0416H01百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ
03/0441H01大君の命畏み大殯の時にはあらねど雲隠ります
03/0461H01留めえぬ命にしあれば敷栲の家ゆは出でて雲隠りにき
04/0509H05たなびける 白雲隠る 天さがる 鄙の国辺に 直向ふ 淡路を過ぎ
05/0898H01慰むる心はなしに雲隠り鳴き行く鳥の音のみし泣かゆ
06/0966H01大和道は雲隠りたりしかれども我が振る袖をなめしと思ふな
06/0984H01雲隠り去方をなみと我が恋ふる月をや君が見まく欲りする
07/1310H01雲隠る小島の神の畏けば目こそ隔てれ心隔てや
08/1454H01波の上ゆ見ゆる小島の雲隠りあな息づかし相別れなば
08/1563H01聞きつやと妹が問はせる雁が音はまことも遠く雲隠るなり
08/1566H01久方の雨間も置かず雲隠り鳴きぞ行くなる早稲田雁がね
08/1567H01雲隠り鳴くなる雁の行きて居む秋田の穂立繁くし思ほゆ
09/1703H01雲隠り雁鳴く時は秋山の黄葉片待つ時は過ぐれど
10/2009H01汝が恋ふる妹の命は飽き足らに袖振る見えつ雲隠るまで
10/2025H01万代に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど
10/2128H01秋風に大和へ越ゆる雁がねはいや遠ざかる雲隠りつつ
10/2136H01秋風に山飛び越ゆる雁がねの声遠ざかる雲隠るらし
10/2138H01鶴がねの今朝鳴くなへに雁がねはいづくさしてか雲隠るらむ
10/2299H01秋の夜の月かも君は雲隠りしましく見ねばここだ恋しき
10/2332H01さ夜更けば出で来む月を高山の嶺の白雲隠すらむかも
11/2464H01三日月のさやにも見えず雲隠り見まくぞ欲しきうたてこのころ
11/2658H01天雲の八重雲隠り鳴る神の音のみにやも聞きわたりなむ
17/4011H13山飛び越えて 雲隠り 翔り去にきと 帰り来て しはぶれ告ぐれ
19/4144H01燕来る時になりぬと雁がねは国偲ひつつ雲隠り鳴く

苦しきものぞ 代匠記「万世までも照るべき月と思へど雲隠れぬれば苦しき如く、万世に相見むとは思へど別るるは苦しき物ぞと云う意なり
古義「吾等が中もその如く、万世に永く久しく相見むとは思ども、年にただ一夜の逢瀬なれば、別になりては、かの月の雲がくれたるを見る如くにせむ方なく心もくれて、苦しきものぞと云ならむ」
考「万代に照るべき月すらしばしの雲がくれも苦しき物也。まして二星は万代に逢なむこととは思い給へど一夜を待つ情のくるしきといふなり
斉藤評釈「この歌は別れの時の歌でなく、まだ逢はぬ時の気持ちで、そこが人間らしくておもしろいのである。」
私注「今宵はあやにくと雲に隠れ、妻のあたりが見えぬのは、苦しいものであるぞ。結局は逢おうとおもうけれど」

#[説明]
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#[番号]10/2026
#[題詞](七夕)
#[原文]白雲 五百遍隠 雖遠 夜不去将見 妹當者
#[訓読]白雲の五百重に隠り遠くとも宵さらず見む妹があたりは
#[仮名],しらくもの,いほへにかくり,とほくとも,よひさらずみむ,いもがあたりは
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[訓異]
#[大意]白雲の幾重にも重なる中に隠れて遠くあったとしても、毎晩毎晩見よう。妹のあたりは
#{語釈]
宵さらず見む 毎晩、毎晩

#[説明]
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#[番号]10/2027
#[題詞](七夕)
#[原文]為我登 織女之 其屋戸尓 織白布 織弖兼鴨
#[訓読]我がためと織女のそのやどに織る白栲は織りてけむかも
#[仮名],あがためと,たなばたつめの,そのやどに,おるしろたへは,おりてけむかも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]自分のためとして織女がその家で織る白妙の布は織ったのだろうか
#{語釈]
#[説明]次の歌と問答
#[関連論文]


#[番号]10/2028
#[題詞](七夕)
#[原文]君不相 久時 織服 白栲衣 垢附麻弖尓
#[訓読]君に逢はず久しき時ゆ織る服の白栲衣垢付くまでに
#[仮名],きみにあはず,ひさしきときゆ,おるはたの,しろたへころも,あかつくまでに
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]あなたに会わない長い時から織っている機の白妙衣が垢がつくまでになった
#{語釈]
久しき時ゆ 元、紀、西「ひさしきときに」 略解「ときゆ」 注釈「ときを」

織る服の 旧訓「おりきたる」 考「おりてきし(織りて着し)」
童蒙抄「おるはたの」
原文 織服 服を「はた」と訓む例 2019
注釈 織り着たる たとえ久しき時がたとうとも、背子に着せようとする布地を塵にけがすべきはなく、まして垢によごれるわけはない。

#[説明]
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#[番号]10/2029
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 梶音聞 孫星 与織女 今夕相霜
#[訓読]天の川楫の音聞こゆ彦星と織女と今夜逢ふらしも
#[仮名],あまのがは,かぢのおときこゆ,ひこほしと,たなばたつめと,こよひあふらしも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川に楫の音が聞こえる。彦星と織女が今宵会うらしいなあ。
#{語釈]

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2030
#[題詞](七夕)
#[原文]秋去者 <川>霧 天川 河向居而 戀夜多
#[訓読]秋されば川霧立てる天の川川に向き居て恋ふる夜ぞ多き
#[仮名],あきされば,かはぎりたてる,あまのがは,かはにむきゐて,こふるよぞおほき
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]河 -> 川 [元][類] / 霧 [温](塙) 霧立
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]秋になると川に霧が立ってる天の川よ。川に向かい合って恋い思う夜が多いことだ
#{語釈]
川霧立てる 新訓、総釈、窪田評釈、全註釈、大系 かはそきらへる

#[説明]
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#[番号]10/2031
#[題詞](七夕)
#[原文]吉哉 雖不直 奴延鳥 浦嘆居 告子鴨
#[訓読]よしゑやし直ならずともぬえ鳥のうら嘆げ居りと告げむ子もがも
#[仮名],よしゑやし,ただならずとも,ぬえどりの,うらなげをりと,つげむこもがも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,略体,七夕
#[訓異]
#[大意]たとえ直接伝えられなくともかまわない。ぬえ鳥のように自分が心密かに嘆いていると伝えてくれる人がいないかなあ
#{語釈]
よしゑやし よし ~ とも たとえ ~ であったとしても(かまわない)

ぬえ鳥の
02/0196H14あやに悲しみ ぬえ鳥の 片恋づま
05/0892H14ことも忘れて ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて 短き物を
10/1997H01久方の天の川原にぬえ鳥のうら歎げましつすべなきまでに
10/2031H01よしゑやし直ならずともぬえ鳥のうら嘆げ居りと告げむ子もがも
17/3978H12あをによし 奈良の我家に ぬえ鳥の うら泣けしつつ 下恋に

子もがも 子は織女星 嘆いていると告げるあの子であって欲しいなあ
子は伝達する若者 自分が嘆いていると織女星に告げる誰か人がいないかなあ

#[説明]
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#[番号]10/2032
#[題詞](七夕)
#[原文]一年邇 七夕耳 相人之 戀毛不<過>者 夜深徃久毛 [一云 不盡者 佐宵曽明尓来]
#[訓読]一年に七日の夜のみ逢ふ人の恋も過ぎねば夜は更けゆくも [一云 尽きねばさ夜ぞ明けにける]
#[仮名],ひととせに,なぬかのよのみ,あふひとの,こひもすぎねば,よはふけゆくも,[つきねば,さよぞあけにける]
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]遏 -> 過 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]一年に七日の夜だけ会う人の恋い思う気持ちも終わってはいないのに夜は更けていくことであるよ
一云 尽きないのに夜が明けたことであるよ

#{語釈]

#[説明]
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#[番号]10/2033
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 安川原 定而神競者磨待無
#[訓読]天の川安の川原定而神競者磨待無
#[仮名],あまのがは,やすのかはら*,*****,*******,*******
#[左注]此歌一首庚辰年作之 / 右柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌 / 歌 [西] 謌
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の安の河原************
#{語釈]
三句目以降 難訓
代匠記 やすのかはらのさたまりてかかみくらへばとくもまたなく
考 やすのかはらのさだまりてかんみつつどひはときまたなくに
古義 やすおかはらにさだめれいてかみのつどひはいむときなきを
略解 やすのかはらのさだめりてかむつつどひはとぎまたなくに
新考 やすのかはらはさだまりてかみのきほへばわたるときなし
口訳 やすのかはらにさだめにしかみのつどひはときまたなくに
新訓 やすのかはらにさだまりてかむつきほひはときまたなくに
全釈 やすのかはらにさだまりてかむつつどひはときまたなくに
窪田評釈 やすのかはらにさだめりてかみのきほひはとしまたなくに
全註釈 やすのかはらにさだまりてかみしきほへばとしまたなくに

注釈 やすのかはらにさだまりてかみしきほへばまろもまたなく
天の川の安の河原も定められて八百万の神々が神集い、神謀りや船競ひをなさるので、自分も時を待たずに船出をしよう

私注 やすのかはらにしづまりてこころきほへばときまたなくに
旺文社 やすのかはらにさだまりてかみしきほへばまろまたなくに
講談社 やすのかはらのさだまりてこころきほへばとぎてまたなく

第二句 やすのかはらの やすのかはらに
第三句 さだまりて さだめにし しづまりて

庚辰年 天武九年


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2034
#[題詞](七夕)
#[原文]棚機之 五百機立而 織布之 秋去衣 孰取見
#[訓読]織女の五百機立てて織る布の秋さり衣誰れか取り見む
#[仮名],たなばたの,いほはたたてて,おるぬのの,あきさりごろも,たれかとりみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]織女がたくさんの織機を設けて織る布の秋になって着る衣は誰が手にとって見るのだろうか。(他でもない牽牛が着るのだ)
#{語釈]
五百機立てて 織機をたくさん設けて

秋さり衣 秋になって着る衣

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2035
#[題詞](七夕)
#[原文]年有而 今香将巻 烏玉之 夜霧隠 遠妻手乎
#[訓読]年にありて今か巻くらむぬばたまの夜霧隠れる遠妻の手を
#[仮名],としにありて,いまかまくらむ,ぬばたまの,よぎりこもれる,とほづまのてを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]一年ぶりで今牽牛は枕としているだろうか。ぬばたまの夜霧に隠っている遠い妻の手を
#{語釈]
年にありて 一年あって 一年ぶりで

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2036
#[題詞](七夕)
#[原文]吾待之 秋者来沼 妹与吾 何事在曽 紐不解在牟
#[訓読]我が待ちし秋は来りぬ妹と我れと何事あれぞ紐解かずあらむ
#[仮名],わがまちし,あきはきたりぬ,いもとあれと,なにことあれぞ,ひもとかずあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]自分が待っていた秋はやって来た。妹と自分と何事があって紐を解かないでいようか。(どんなことがあっても紐を解いて寝るのだ)
#{語釈]
何事あれぞ 何事あればぞ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2037
#[題詞](七夕)
#[原文]年之戀 今夜盡而 明日従者 如常哉 吾戀居牟
#[訓読]年の恋今夜尽して明日よりは常のごとくや我が恋ひ居らむ
#[仮名],としのこひ,こよひつくして,あすよりは,つねのごとくや,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]一年越しの恋を今晩心行くまで晴らして、明日からはまたいつものように自分は恋い思っているのだろうか。
#{語釈]
年の恋 一年を隔てた恋

我 牽牛、織女いづれともとれる。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2038
#[題詞](七夕)
#[原文]不合者 氣長物乎 天漢 隔又哉 吾戀将居
#[訓読]逢はなくは日長きものを天の川隔ててまたや我が恋ひ居らむ
#[仮名],あはなくは,けながきものを,あまのがは,へだててまたや,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]逢わないことは日数長いものであるのに天の川を隔ててまた自分は恋い思うことであろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2039
#[題詞](七夕)
#[原文]戀家口 氣長物乎 可合有 夕谷君之 不来益有良武
#[訓読]恋しけく日長きものを逢ふべくある宵だに君が来まさずあるらむ
#[仮名],こひしけく,けながきものを,あふべくある,よひだにきみが,きまさずあるらむ
#[左注]
#[校異]武 [元][類][紀](塙) 牟
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]恋しいことは日数長くあるものなのに。逢える夜だけでもあなたはいらっしゃらないでいるのだろうか。
#{語釈]
宵だに君が来まさずあるらむ 天の川に何の変化も見られない状況を言ったものか
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2040
#[題詞](七夕)
#[原文]牽牛 与織女 今夜相 天漢門尓 浪立勿謹
#[訓読]彦星と織女と今夜逢ふ天の川門に波立つなゆめ
#[仮名],ひこほしと,たなばたつめと,こよひあふ,あまのかはとに,なみたつなゆめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]彦星と織女とが今夜逢う天の川の渡り瀬に波よ立つなよ。決して
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2041
#[題詞](七夕)
#[原文]秋風 吹漂蕩 白雲者 織女之 天津領巾毳
#[訓読]秋風の吹きただよはす白雲は織女の天つ領巾かも
#[仮名],あきかぜの,ふきただよはす,しらくもは,たなばたつめの,あまつひれかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]秋風が吹いて漂わせている白雲は織女の天のひれであるのかなあ
#{語釈]
#[説明]
空の白雲を織女の領巾と見立てたもの

関連歌
10/2063H01天の川霧立ち上る織女の雲の衣のかへる袖かも
#[関連論文]


#[番号]10/2042
#[題詞](七夕)
#[原文]數裳 相不見君矣 天漢 舟出速為 夜不深間
#[訓読]しばしばも相見ぬ君を天の川舟出早せよ夜の更けぬ間に
#[仮名],しばしばも,あひみぬきみを,あまのがは,ふなではやせよ,よのふけぬまに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]たびたび逢うことのない君であるのだから。天の川に船出を早くしなさいよ。夜の更けない間に
#{語釈]
しばしばも たびたびも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2043
#[題詞](七夕)
#[原文]秋風之 清夕 天漢 舟滂度 月人<壮>子
#[訓読]秋風の清き夕に天の川舟漕ぎ渡る月人壮士
#[仮名],あきかぜの,きよきゆふへに,あまのがは,ふねこぎわたる,つきひとをとこ
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [類][紀][温]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]秋風の清く吹く夕べに天の川に船を漕ぎ渡る月人壮士よ
#{語釈]
秋風の清き 秋風を清しと表現するのはこの一例。
漢詩の清風によるか。

#[説明]
七夕の夜空で天の川にかかる月を見て詠んだもの

#[関連論文]


#[番号]10/2044
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 霧立度 牽牛之 楫音所聞 夜深徃
#[訓読]天の川霧立ちわたり彦星の楫の音聞こゆ夜の更けゆけば
#[仮名],あまのがは,きりたちわたり,ひこほしの,かぢのおときこゆ,よのふけゆけば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川に霧が立ちこめて彦星の楫の音が聞こえる。夜が更けてきたので。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2045
#[題詞](七夕)
#[原文]君舟 今滂来良之 天漢 霧立度 此川瀬
#[訓読]君が舟今漕ぎ来らし天の川霧立ちわたるこの川の瀬に
#[仮名],きみがふね,いまこぎくらし,あまのがは,きりたちわたる,このかはのせに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]君の船が今漕いで来たらしい。天の川に霧が立ちこめている。この川の渡瀬に。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2046
#[題詞](七夕)
#[原文]秋風尓 河浪起 蹔 八十舟津 三舟停
#[訓読]秋風に川波立ちぬしましくは八十の舟津にみ舟留めよ
#[仮名],あきかぜに,かはなみたちぬ,しましくは,やそのふなつに,みふねとどめよ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]秋風に川波が立った。しばらくは多くの船泊まりに御船を停めなさいよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2047
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 <河>聲清之 牽牛之 秋滂船之 浪糝香
#[訓読]天の川川の音清し彦星の秋漕ぐ舟の波のさわきか
#[仮名],あまのがは,かはのおときよし,ひこほしの,あきこぐふねの,なみのさわきか
#[左注]
#[校異]川 -> 河 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の川の音が清らかだ。彦星が秋に漕ぐ船の波の立つ音だろうか。
#{語釈]
秋漕ぐ舟 秋の七夕の季節になって漕ぎ出す彦星の船

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2048
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 <河>門立 吾戀之 君来奈里 紐解待 [一云 天<河> <川>向立]
#[訓読]天の川川門に立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き待たむ [一云 天の川川に向き立ち]
#[仮名],あまのがは,かはとにたちて,あがこひし,きみきますなり,ひもときまたむ,[あまのがは,かはにむきたち]
#[左注]
#[校異]川 -> 河 [元][類][紀] / 川 -> 河 [元][紀][温] / 河 -> 川 [元][紀][温]
#[鄣W],秋雑歌,七夕,異伝
#[訓異]
#[大意]天の川の川の渡瀬に立って、自分が恋い思っていた君がいらっしゃるようだ。紐をほどいて待とう。
一云 天の川の川に向かい合って立って
#{語釈]
#[説明]
織女の立場

憶良歌の異伝か
08/1518D01山上臣憶良七夕歌十二首
08/1518H01天の川相向き立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き設けな
08/1518I01[一云]
08/1518H02[川に向ひて]
08/1518S01右養老八年七月七日應令

#[関連論文]


#[番号]10/2049
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 <河>門座而 年月 戀来君 今夜會可母
#[訓読]天の川川門に居りて年月を恋ひ来し君に今夜逢へるかも
#[仮名],あまのがは,かはとにをりて,としつきを,こひこしきみに,こよひあへるかも
#[左注]
#[校異]川 -> 河 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の川の渡瀬にいて長い年月を恋い思って来たあなたに今夜逢えることだ
#{語釈]
#[説明]
織女の立場

#[関連論文]


#[番号]10/2050
#[題詞](七夕)
#[原文]明日従者 吾玉床乎 打拂 公常不宿 孤可母寐
#[訓読]明日よりは我が玉床をうち掃ひ君と寐ねずてひとりかも寝む
#[仮名],あすよりは,あがたまどこを,うちはらひ,きみといねずて,ひとりかもねむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]明日よりは自分の美しい床をうち払って、あなたと寝ないで一人で寝ることだろうか
#{語釈]
玉床 玉 美称

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2051
#[題詞](七夕)
#[原文]天原 徃射跡 白檀 挽而隠在 月人<壮>子
#[訓読]天の原行きて射てむと白真弓引きて隠れる月人壮士
#[仮名],あまのはら,ゆきていてむと,しらまゆみ,ひきてこもれる,つきひとをとこ
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [類][紀][温]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の原を行って射ようと白真弓を引いて隠れている月人壮士よ
#{語釈]
行きて射てむと 元 ゆきてやいもと 類 ゆきてやいはむ 西 ゆきてやとはむ
考 ゆくてにいむと 古義 さしてやいると 口訳 ゆきやわかると
全釈 ゆきてやいると
新訓、窪田評釈、全註釈、大系、注釈 ゆきてをいむと
私注 かよふをいむと
全集、塙、集成、全注 ゆきていてむと 講談社 いゆきていむと
全集 月が牽牛織女の逢うことを嫉んで妨害するような伝説があったか

三日月を白真弓に見立てて、七夕の月の出の様子を趣向をこらしただけのものか

#[説明]

#[関連論文]


#[番号]10/2052
#[題詞](七夕)
#[原文]此夕 零来雨者 男星之 早滂船之 賀伊乃散鴨
#[訓読]この夕降りくる雨は彦星の早漕ぐ舟の櫂の散りかも
#[仮名],このゆふへ,ふりくるあめは,ひこほしの,はやこぐふねの,かいのちりかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]この夕方、降ってくる雨は彦星の急いで漕ぐ船の櫂の上げる水しぶきだろうか
#{語釈]
櫂の散りかも 櫂による水しぶき

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2053
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 八十瀬霧合 男星之 時待船 今滂良之
#[訓読]天の川八十瀬霧らへり彦星の時待つ舟は今し漕ぐらし
#[仮名],あまのがは,やそせきらへり,ひこほしの,ときまつふねは,いましこぐらし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の多くの渡瀬が霧にけむっている。彦星の出発の時を待つ船は今漕ぎ出したらしい
#{語釈]
時待つ舟 船出の時を待っていた船

#[説明]
類想歌
08/1527H01彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に霧の立てるは
10/2045H01君が舟今漕ぎ来らし天の川霧立ちわたるこの川の瀬に

#[関連論文]


#[番号]10/2054
#[題詞](七夕)
#[原文]風吹而 河浪起 引船丹 度裳来 夜不降間尓
#[訓読]風吹きて川波立ちぬ引き船に渡りも来ませ夜の更けぬ間に
#[仮名],かぜふきて,かはなみたちぬ,ひきふねに,わたりもきませ,よのふけぬまに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]風が吹いて川波が立った。引き船で渡っても来なさいよ。夜が更けない間に
#{語釈]
引き船 曳舟 陸地から綱をつけて引いて川上りなどをする船
渡し船の場合、両岸に綱をつけて引く

波が立って船を漕いでいたのでは進まないということ。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2055
#[題詞](七夕)
#[原文]天河 遠<渡>者 無友 公之舟出者 年尓社候
#[訓読]天の川遠き渡りはなけれども君が舟出は年にこそ待て
#[仮名],あまのがは,とほきわたりは,なけれども,きみがふなでは,としにこそまて
#[左注]
#[校異]度 -> 渡 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川に遠い渡り場はないけれども、あなたの船出は一年を隔てて待っている
#{語釈]
年にこそ待て 一年にわたって待つ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2056
#[題詞](七夕)
#[原文]天<漢> 打橋度 妹之家道 不止通 時不待友
#[訓読]天の川打橋渡せ妹が家道やまず通はむ時待たずとも
#[仮名],あまのがは,うちはしわたせ,いもがいへぢ,やまずかよはむ,ときまたずとも
#[左注]
#[校異]河 -> 漢 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川に打ち橋を渡しなさいよ。妹の家路に止まずに通おう。一年を待たなくとも。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2057
#[題詞](七夕)
#[原文]月累 吾思妹 會夜者 今之七夕 續巨勢奴鴨
#[訓読]月重ね我が思ふ妹に逢へる夜は今し七夜を継ぎこせぬかも
#[仮名],つきかさね,あがおもふいもに,あへるよは,いましななよを,つぎこせぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]月を重ねて長くいつも自分が恋い思う妹に会った夜は、さらに七夜も続いてくれないかなあ
#{語釈]
継ぎこせぬかも こせぬかも 願望 続いてくれないかなあ
10/1973H01我妹子に楝の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2058
#[題詞](七夕)
#[原文]年丹装 吾舟滂 天河 風者吹友 浪立勿忌
#[訓読]年に装ふが舟漕がむ天の川風は吹くとも波立つなゆめ
#[仮名],としによそふ,わがふねこがむ,あまのがは,かぜはふくとも,なみたつなゆめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]一年をかけて準備をした自分の船を漕ごう。天の川よ風は吹くとしても決して波は立つな。
#{語釈]
年に装ふ 一年をかけて鮒装いをする 出航の準備をする

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2059
#[題詞](七夕)
#[原文]天河 浪者立友 吾舟者 率滂出 夜之不深間尓
#[訓読]天の川波は立つとも我が舟はいざ漕ぎ出でむ夜の更けぬ間に
#[仮名],あまのがは,なみはたつとも,わがふねは,いざこぎいでむ,よのふけぬまに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川に波は立つとしても自分の船はさあ漕ぎ出そうよ。夜が更けない間に
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2060
#[題詞](七夕)
#[原文]直今夜 相有兒等尓 事問母 未為而 左夜曽明二来
#[訓読]ただ今夜逢ひたる子らに言どひもいまだせずしてさ夜ぞ明けにける
#[仮名],ただこよひ,あひたるこらに,ことどひも,いまだせずして,さよぞあけにける
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]たった今夜一晩だけ逢ったあの子に、契りを交わすこともまだしないで夜が明けてしまったことだ
#{語釈]
言とひ 契りを交わす 睦言

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2061
#[題詞](七夕)
#[原文]天河 白浪高 吾戀 公之舟出者 今為下
#[訓読]天の川白波高し我が恋ふる君が舟出は今しすらしも
#[仮名],あまのがは,しらなみたかし,あがこふる,きみがふなでは,いましすらしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の白波が高い。自分が恋い思うあなたの船出は今するらしいよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1529H01天の川浮津の波音騒くなり我が待つ君し舟出すらしも

#[関連論文]


#[番号]10/2062
#[題詞](七夕)
#[原文]機 蹋木持徃而 天<漢> 打橋度 公之来為
#[訓読]機物のまね木持ち行きて天の川打橋渡す君が来むため
#[仮名],はたものの,まねきもちゆきて,あまのがは,うちはしわたす,きみがこむため
#[左注]
#[校異]河 -> 漢 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]織機のまね木を持って行って天の川に打橋を渡す。あなたが来るために
#{語釈]
機物のまね木 機物 織機 類聚名義抄「機 はたもの」
まね木 織機の踏み板のこと

打橋渡す 織機の踏み板をはずして天の川の橋にしようというもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2063
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 霧立上 棚幡乃 雲衣能 飄袖鴨
#[訓読]天の川霧立ち上る織女の雲の衣のかへる袖かも
#[仮名],あまのがは,きりたちのぼる,たなばたの,くものころもの,かへるそでかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川に霧が立ち上る。織女の雲の衣がひるがえる袖であるのかなあ
#{語釈]
雲衣 懐風藻 不比等「雲衣両観夕 月鏡一逢秋」 雲を衣に譬えたもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2064
#[題詞](七夕)
#[原文]古 織義之八多乎 此暮 衣縫而 君待吾乎
#[訓読]いにしへゆ織りてし服をこの夕衣に縫ひて君待つ我れを
#[仮名],いにしへゆ,おりてしはたを,このゆふへ,ころもにぬひて,きみまつわれを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]昔から織ってきた布をこの夕べは衣に縫ってあなたを待つわたしなのだ
#{語釈]
織りてし 原文「義之」 王義之を手師とする義訓

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2065
#[題詞](七夕)
#[原文]足玉母 手珠毛由良尓 織旗乎 公之御衣尓 縫将堪可聞
#[訓読]足玉も手玉もゆらに織る服を君が御衣に縫ひもあへむかも
#[仮名],あしだまも,ただまもゆらに,おるはたを,きみがみけしに,ぬひもあへむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]足玉も手玉もゆらゆらと鳴らして織る布をあなたのお召し物に縫い上げることが出来るでしょうか
#{語釈]
手玉 足玉 手や足首に飾る玉

ゆらに 玉が揺れて音を立てる 魂触り的な意味がある

御衣 みけし 「着る」の敬語「けす」の連用形名詞化したもの

縫ひもあへむかも 縫い上げることが出来るだろうか
#[説明]
牽牛が来る前までに出来上がるかと危惧している織女の立場に立った歌

#[関連論文]


#[番号]10/2066
#[題詞](七夕)
#[原文]擇月日 逢義之有者 別乃 惜有君者 明日副裳欲得
#[訓読]月日えり逢ひてしあれば別れまく惜しくある君は明日さへもがも
#[仮名],つきひえり,あひてしあれば,わかれまく,をしくあるきみは,あすさへもがも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]よい月日を選んで会ったのだから別れることが惜しくている君は明日さえもいて欲しいものだ。
#{語釈]
月日えり 会うのによい月日を選んで

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2067
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 渡瀬深弥 泛船而 掉来君之 楫<音>所聞
#[訓読]天の川渡り瀬深み舟浮けて漕ぎ来る君が楫の音聞こゆ
#[仮名],あまのがは,わたりぜふかみ,ふねうけて,こぎくるきみが,かぢのおときこゆ
#[左注]
#[校異]之音 -> 音 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の渡る場所の瀬が深いので舟を浮かべて漕いでくるあなたの楫の音が聞こえる
#{語釈]

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2068
#[題詞](七夕)
#[原文]天原 振放見者 天漢 霧立渡 公者来良志
#[訓読]天の原降り放け見れば天の川霧立ちわたる君は来ぬらし
#[仮名],あまのはら,ふりさけみれば,あまのがは,きりたちわたる,きみはきぬらし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の原を振り仰いで見ると天の川に霧が立ちこめている。あなたは来るらしい。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2069
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 瀬毎幣 奉 情者君乎 幸来座跡
#[訓読]天の川瀬ごとに幣をたてまつる心は君を幸く来ませと
#[仮名],あまのがは,せごとにぬさを,たてまつる,こころはきみを,さきくきませと
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の瀬ごとに幣を奉る気持ちはあなたが無事にいらっしゃいということなのです
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2070
#[題詞](七夕)
#[原文]久<堅>之 天河津尓 舟泛而 君待夜等者 不明毛有寐鹿
#[訓読]久方の天の川津に舟浮けて君待つ夜らは明けずもあらぬか
#[仮名],ひさかたの,あまのかはづに,ふねうけて,きみまつよらは,あけずもあらぬか
#[左注]
#[校異]方 -> 堅 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]久方の天の川の津に舟を浮かべてあなたを待つ夜は明けないで欲しいものだ
#{語釈]
夜ら 「ら」語調を整える接尾語 をとめら 荒野ら(6/0929)

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2071
#[題詞](七夕)
#[原文]天河 足沾渡 君之手毛 未枕者 夜之深去良久
#[訓読]天の川なづさひ渡る君が手もいまだまかねば夜の更けぬらく
#[仮名],あまのがは,なづさひわたる,きみがても,いまだまかねば,よのふけぬらく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川を難渋して渡るあなたの手もまだ枕としていないのに夜が更けてしまうことだ
#{語釈]
なづさひ渡る 原文「足沾渡」旧訓 あしぬれわたる 略解 あぬらしわたる
新校 なづさひわたりし 全集 全註釈 なづさひわたり

主格は彦星 君にかかる
#[説明]
織女の立場の歌

#[関連論文]


#[番号]10/2072
#[題詞](七夕)
#[原文]渡守 船度世乎跡 呼音之 不至者疑 梶<聲之>不為
#[訓読]渡り守舟渡せをと呼ぶ声の至らねばかも楫の音のせぬ
#[仮名],わたりもり,ふねわたせをと,よぶこゑの,いたらねばかも,かぢのおとのせぬ
#[左注]
#[校異]之聲 -> 聲之 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]舟渡の番人よ。舟を渡せと呼ぶ声が届かないからだろうか。楫の音もしないことだ
#{語釈]
舟渡瀬を を 間投助詞
#[説明]
同類歌
07/1138H01宇治川を舟渡せをと呼ばへども聞こえざるらし楫の音もせず

#[関連論文]


#[番号]10/2073
#[題詞](七夕)
#[原文]真氣長 河向立 有之袖 今夜巻跡 念之吉沙
#[訓読]ま日長く川に向き立ちありし袖今夜巻かむと思はくがよさ
#[仮名],まけながく,かはにむきたち,ありしそで,こよひまかむと,おもはくがよさ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]日数長く川に向いて立っていた人の袖を今夜巻いて寝ると思うことのよいことよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2074
#[題詞](七夕)
#[原文]天<河> 渡湍毎 思乍 来之雲知師 逢有久念者
#[訓読]天の川渡り瀬ごとに思ひつつ来しくもしるし逢へらく思へば
#[仮名],あまのがは,わたりぜごとに,おもひつつ,こしくもしるし,あへらくおもへば
#[左注]
#[校異]漢 -> 河 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の渡り瀬ごとに思い思いしてやって来た甲斐もあったことだ。会うことを思うと
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2075
#[題詞](七夕)
#[原文]人左倍也 見不継将有 牽牛之 嬬喚舟之 近附徃乎 [一云 見乍有良武]
#[訓読]人さへや見継がずあらむ彦星の妻呼ぶ舟の近づき行くを [一云 見つつあるらむ]
#[仮名],ひとさへや,みつがずあらむ,ひこほしの,つまよぶふねの,ちかづきゆくを,[みつつあるらむ]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]人々でさえ見続けているであろう。彦星が妻を呼ぶ舟が近づいて行くのを 一云見続けているであろう
#{語釈]
人 織女も含めた地上の人たち

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2076
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 瀬乎早鴨 烏珠之 夜者闌尓乍 不合牽牛
#[訓読]天の川瀬を早みかもぬばたまの夜は更けにつつ逢はぬ彦星
#[仮名],あまのがは,せをはやみかも,ぬばたまの,よはふけにつつ,あはぬひこほし
#[左注]
#[校異]闌 [元][類] 開
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の瀬が早いからなのだろうか。ぬばたまの夜は更けつつあるが会わない彦星であることだ
#{語釈]
更けにつつ 原文「闌尓乍」 [元][類]開 全註釈、大系 明けにつつ

#[説明]
私注 もちろん牽牛も織女も、恒星であるから、実際は七夕に相会うとか近づくとかするわけのものではない。伝説と事実との契合しないことを知った者のさくであろうか。

#[関連論文]


#[番号]10/2077
#[題詞](七夕)
#[原文]渡守 舟早渡世 一年尓 二遍徃来 君尓有勿久尓
#[訓読]渡り守舟早渡せ一年にふたたび通ふ君にあらなくに
#[仮名],わたりもり,ふねはやわたせ,ひととせに,ふたたびかよふ,きみにあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]渡し場の番人よ。舟を早く渡しなさい。一年に二回も通うあなたではないのだから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2078
#[題詞](七夕)
#[原文]玉葛 不絶物可良 佐宿者 年之度尓 直一夜耳
#[訓読]玉葛絶えぬものからさ寝らくは年の渡りにただ一夜のみ
#[仮名],たまかづら,たえぬものから,さぬらくは,としのわたりに,ただひとよのみ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]玉葛ではないが自分たちの恋は切れるものではないが、ともに寝ることは一年経つうちにただ一夜だけだ
#{語釈]
玉葛 絶えぬにかかる枕詞 切れることがない

ものから ~ものの ~けれども 逆説の確定条件を示す接続助詞

年の渡り 一年の経過
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2079
#[題詞](七夕)
#[原文]戀日者 <食>長物乎 今夜谷 令乏應哉 可相物乎
#[訓読]恋ふる日は日長きものを今夜だにともしむべしや逢ふべきものを
#[仮名],こふるひは,けながきものを,こよひだに,ともしむべしや,あふべきものを
#[左注]
#[校異]氣 -> 食 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]恋い思う日は日数長いものなのに今夜だけでもさびしい思いをさせるべきだろうか。会うことが出来るものであるのに
#{語釈]
ともしむべしや ともしむ 羨ましがる 物足りない思いをさせる さびしい
物足りない思いをさせるべきだろうかの意

#[説明]
類歌
10/2017H01恋ひしくは日長きものを今だにもともしむべしや逢ふべき夜だに

#[関連論文]


#[番号]10/2080
#[題詞](七夕)
#[原文]織女之 今夜相奈婆 如常 明日乎阻而 年者将長
#[訓読]織女の今夜逢ひなば常のごと明日を隔てて年は長けむ
#[仮名],たなばたの,こよひあひなば,つねのごと,あすをへだてて,としはながけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]七夕の今夜会ったならばいつものように明日を最後として一年は長いことだろう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2081
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 棚橋渡 織女之 伊渡左牟尓 棚橋渡
#[訓読]天の川棚橋渡せ織女のい渡らさむに棚橋渡せ
#[仮名],あまのがは,たなはしわたせ,たなばたの,いわたらさむに,たなはしわたせ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川に棚橋を渡せ。織女がお渡りになるのに棚橋を渡しなさい。
#{語釈]
棚橋 手すりのない簡素な橋 舟棚 棚無し小舟

#[説明]
織女渡河の漢文的発想

#[関連論文]


#[番号]10/2082
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 河門八十有 何尓可 君之三船乎 吾待将居
#[訓読]天の川川門八十ありいづくにか君がみ舟を我が待ち居らむ
#[仮名],あまのがは,かはとやそあり,いづくにか,きみがみふねを,わがまちをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川には舟渡りの場がたくさんある。どこであなたの御舟を自分は待っていようか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2083
#[題詞](七夕)
#[原文]秋風乃 吹西日従 天漢 瀬尓出立 待登告許曽
#[訓読]秋風の吹きにし日より天の川瀬に出で立ちて待つと告げこそ
#[仮名],あきかぜの,ふきにしひより,あまのがは,せにいでたちて,まつとつげこそ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]秋風が吹いた日から天の川の川瀬に出て立って待つと告げて欲しい
#{語釈]
待つと告げこそ 織女の立場 作者に語りかけるという設定

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2084
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 去年之渡湍 有二家里 君<之>将来 道乃不知久
#[訓読]天の川去年の渡り瀬荒れにけり君が来まさむ道の知らなく
#[仮名],あまのがは,こぞのわたりぜ,あれにけり,きみがきまさむ,みちのしらなく
#[左注]
#[校異]<> -> 之 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の去年の渡り瀬は荒れてしまった。あなたがお越しになる道がわからないことだ
#{語釈]
荒れにけり 原文「有二家里」 有は借字
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2085
#[題詞](七夕)
#[原文]天漢 湍瀬尓白浪 雖高 直渡来沼 時者苦三
#[訓読]天の川瀬々に白波高けども直渡り来ぬ待たば苦しみ
#[仮名],あまのがは,せぜにしらなみ,たかけども,ただわたりきぬ,またばくるしみ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天の川の瀬ごとに白波は高く立っているが、直接に渡って来た。待つと苦しいので
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2086
#[題詞](七夕)
#[原文]牽牛之 嬬喚舟之 引<綱>乃 将絶跡君乎 吾<之>念勿國
#[訓読]彦星の妻呼ぶ舟の引き綱の絶えむと君を我が思はなくに
#[仮名],ひこほしの,つまよぶふねの,ひきづなの,たえむときみを,わがおもはなくに
#[左注]
#[校異]綱 [西(上書訂正)][元][類][紀] / 久 -> 之 [万葉考]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]彦星が妻を呼ぶ舟を引く綱が絶えないように途絶えようとあなたを自分は思わないことだ
#{語釈]
妻呼ぶ舟 2075

引き綱の 絶えるの序詞 2054 引き船

#[説明]
類歌
14/3507H01谷狭み峰に延ひたる玉葛絶えむの心我が思はなくに

#[関連論文]


#[番号]10/2087
#[題詞](七夕)
#[原文]渡守 舟出為将出 今夜耳 相見而後者 不相物可毛
#[訓読]渡り守舟出し出でむ今夜のみ相見て後は逢はじものかも
#[仮名],わたりもり,ふなでしいでむ,こよひのみ,あひみてのちは,あはじものかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]渡りの番人よ。船出をして出ようよ。今夜ばかりで逢って後は逢わないというわけではないのだから。
#{語釈]
逢はじものかも 逢わないということがあろうか。そんなことはないのだからの意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2088
#[題詞](七夕)
#[原文]吾隠有 楫棹無而 渡守 舟将借八方 須臾者有待
#[訓読]我が隠せる楫棹なくて渡り守舟貸さめやもしましはあり待て
#[仮名],わがかくせる,かぢさをなくて,わたりもり,ふねかさめやも,しましはありまて
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]自分がかくした楫棹がなくて渡し場の番人が舟を貸すでしょうか。しばらくはそのままで待っていてください。
#{語釈]
#[説明]
織女が前歌に答えた形

#[関連論文]


#[番号]10/2089
#[題詞](七夕)
#[原文]乾坤之 初時従 天漢 射向居而 一年丹 兩遍不遭 妻戀尓 物念人 天漢 安乃川原乃 有通 出々乃渡丹 具穂船乃 艫丹裳舳丹裳 船装 真梶繁<抜> 旗<芒> 本葉裳具世丹 秋風乃 吹<来>夕丹 天<河> 白浪凌 落沸 速湍渉 稚草乃 妻手枕迹 大<舟>乃 思憑而 滂来等六 其夫乃子我 荒珠乃 年緒長 思来之 戀将盡 七月 七日之夕者 吾毛悲焉
#[訓読]天地の 初めの時ゆ 天の川 い向ひ居りて 一年に ふたたび逢はぬ 妻恋ひに 物思ふ人 天の川 安の川原の あり通ふ 出の渡りに そほ舟の 艫にも舳にも 舟装ひ ま楫しじ貫き 旗すすき 本葉もそよに 秋風の 吹きくる宵に 天の川 白波しのぎ 落ちたぎつ 早瀬渡りて 若草の 妻を巻かむと 大船の 思ひ頼みて 漕ぎ来らむ その夫の子が あらたまの 年の緒長く 思ひ来し 恋尽すらむ 七月の 七日の宵は 我れも悲しも
#[仮名],あめつちの,はじめのときゆ,あまのがは,いむかひをりて,ひととせに,ふたたびあはぬ,つまごひに,ものもふひと,あまのがは,やすのかはらの,ありがよふ,いでのわたりに,そほぶねの,ともにもへにも,ふなよそひ,まかぢしじぬき,はたすすき,もとはもそよに,あきかぜの,ふきくるよひに,あまのがは,しらなみしのぎ,おちたぎつ,はやせわたりて,わかくさの,つまをまかむと,おほぶねの,おもひたのみて,こぎくらむ,そのつまのこが,あらたまの,としのをながく,おもひこし,こひつくすらむ,ふみつきの,なぬかのよひは,われもかなしも
#[左注]
#[校異]出々 (塙)(楓) 出 / <> -> 抜 [西(右書)][元][類][紀] / 荒 -> 芒 [万葉考] / <> -> 来 [元][類][紀] / 川 -> 河 [元][類][紀] / 船 -> 舟 [元][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天地の始めの時から天の川に向かいいて一年に二度も会わない妻を恋い慕って物思いをする人よ。天の川の安の川原のいつも行き来する出発の場所で朱色に塗った舟の前にも後ろにも舟を飾って両舷に楫をたくさん貫き、旗すすきの根本の葉もそよと鳴らして秋風が吹き来る宵に天の川の白波もしのいで流れ落ちる急流の早瀬を渡って、若草の妻を枕としようと、大船のように思い頼んで漕いで来るであろうその夫君があらたまの年月を長く思ってきた恋を尽くすであろう七月の七日の宵は自分もしみじみとした思いがあることだ。
#{語釈]
天地の 原文「乾坤」 天地のこと 乾坤一擲 02/0167 03/0317

出の渡り 原文「出々乃渡丹」
代匠記「二星の互いに立出て見かはす所なれば名付ける歟」
童蒙抄「是は世々の誤字なるべし。瀬々の渡りと云う義はあるべし」
全集 日本語は本来濁音が語頭に来ないので、「い」接頭語をつけた

そほ舟 「そほ」赤い顔料。赤い色の舟 丹塗りの舟
03/0270H01旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖を漕ぐ見ゆ

#[説明]
家持の七夕歌 18/4125


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#[番号]10/2090
#[題詞](七夕)反歌
#[原文]狛錦 紐解易之 天人乃 妻問夕叙 吾裳将偲
#[訓読]高麗錦紐解きかはし天人の妻問ふ宵ぞ我れも偲はむ
#[仮名],こまにしき,ひもときかはし,あめひとの,つまどふよひぞ,われもしのはむ
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]高麗錦の紐を解き交わして天上の人の妻問う宵であるぞ。自分も思い偲ぼう。
#{語釈]
高麗錦 高麗から輸入されたきれいな錦
10/2090H01高麗錦紐解きかはし天人の妻問ふ宵ぞ我れも偲はむ
11/2356H01高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
11/2405H01垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
11/2406H01高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
12/2975H01高麗錦紐の結びも解き放けず斎ひて待てど験なきかも
14/3465H01高麗錦紐解き放けて寝るが上にあどせろとかもあやに愛しき
16/3791H06遠里小野の ま榛持ち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひつけ 刺部重部

#[説明]
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#[番号]10/2091
#[題詞](七夕)(反歌)
#[原文]彦星之 <河>瀬渡 左小舟乃 得行而将泊 河津石所念
#[訓読]彦星の川瀬を渡るさ小舟のえ行きて泊てむ川津し思ほゆ
#[仮名],ひこほしの,かはせをわたる,さをぶねの,えゆきてはてむ,かはづしおもほゆ
#[左注]
#[校異]川 -> 河 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]彦星が川瀬を渡る小舟が行って停泊する川の津のことが思われてならない
#{語釈]
い行きて泊てむ 原文「得行而将泊」 西 とゆきてはてむ
代匠記 えゆきてと云へる歟 否定をともなう副詞
新考 い(伊)ゆきての誤り 接頭語

#[説明]
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#[番号]10/2092
#[題詞](七夕)
#[原文]天地跡 別之時従 久方乃 天驗常 <定>大王 天之河原尓 璞 月累而 妹尓相 時候跡 立待尓 吾衣手尓 秋風之 吹反者 立<座> 多土伎乎不知 村肝 心不欲 解衣 思乱而 何時跡 吾待今夜 此川 行長 有得鴨
#[訓読]天地と 別れし時ゆ 久方の 天つしるしと 定めてし 天の川原に あらたまの 月重なりて 妹に逢ふ 時さもらふと 立ち待つに 我が衣手に 秋風の 吹きかへらへば 立ちて居て たどきを知らに むらきもの 心いさよひ 解き衣の 思ひ乱れて いつしかと 我が待つ今夜 この川の 流れの長く ありこせぬかも
#[仮名],あめつちと,わかれしときゆ,ひさかたの,あまつしるしと,さだめてし,あまのかはらに,あらたまの,つきかさなりて,いもにあふ,ときさもらふと,たちまつに,わがころもでに,あきかぜの,ふきかへらへば,たちてゐて,たどきをしらに,むらきもの,こころいさよひ,とききぬの,おもひみだれて,いつしかと,わがまつこよひ,このかはの,ながれのながく,ありこせぬかも
#[左注]
#[校異]弖 -> 定 [元][類][紀] / 坐 -> 座 [元][類][紀] / 欲 [万葉集古義](塙)(楓) 知欲比
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]天地と別れた時以来、ひさかたの天の目印として定めた天の川原にあらたまの月が重なって妹に逢う時を伺うとして立って待っているのに、自分の袖に秋風が吹いて何度もひるがえるので、立っても座ってもその方法を知らないで、むらきもの心は乱れて、ほどいた衣のように思い乱れていつになったらと自分が待ってきた今夜はこの川の流れのように長くあってはくれないかなあ。
#{語釈]
天つしるし 天上の目印
10/2007H01ひさかたの天つしるしと水無し川隔てて置きし神代し恨めし

定めてし 原文「大王」 王義之、王献之を大王と称し、手師であることからの表記

さもらふ 伺う

たどきを知らに 手だて 方法 どうしてよいかわからずに

心いさよひ 原文「心不欲」 旧訓 こころおほえす
古義 心不知欲比 こころいさよひ の脱字
心の浮かれて定まらず、乱れたるをいへり
全註釈 不欲は、心の活動しない義に依って書いているのだろう。依ってそのままで、いさよひと読む
私注 不欲は進まぬ意で、いさよふを表したと見える。心のためらふ意

解き衣の 乱れるの枕詞 縫い目をほどいた衣はばらばらで乱れているから

行長 元 ゆきてながくも 西 ゆきなかく
大系 類聚名義抄 行 ながれ ながれのながく
注釈 ゆきてながくも
全註釈 ゆくごとながく


#[説明]
やっとその時が来て会うことの出来た夜の思いを牽牛の立場で歌った

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#[番号]10/2093
#[題詞](七夕)反歌
#[原文]妹尓相 時片待跡 久方乃 天之漢原尓 月叙經来
#[訓読]妹に逢ふ時片待つとひさかたの天の川原に月ぞ経にける
#[仮名],いもにあふ,ときかたまつと,ひさかたの,あまのかはらに,つきぞへにける
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌
#[鄣W],秋雑歌,七夕
#[訓異]
#[大意]妹に逢う時をひたすら待つとして久方の天の川原に月が経ったことだ
#{語釈]
片待つ ひたすら待つ
09/1703H01雲隠り雁鳴く時は秋山の黄葉片待つ時は過ぐれど
09/1705H01冬こもり春へを恋ひて植ゑし木の実になる時を片待つ我れぞ
10/2093H01妹に逢ふ時片待つとひさかたの天の川原に月ぞ経にける

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2094
#[題詞]詠花
#[原文]竿志鹿之 心相念 秋芽子之 <鍾>礼零丹 落僧惜毛
#[訓読]さを鹿の心相思ふ秋萩のしぐれの降るに散らくし惜しも
#[仮名],さをしかの,こころあひおもふ,あきはぎの,しぐれのふるに,ちらくしをしも
#[左注](右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]鐘 -> 鍾 [紀]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,動物,植物,季節
#[訓異]
#[大意]さ牡鹿の心の中でお互い恋い思っている秋萩が時雨の降る中で散るのが惜しいことである。
#{語釈]
心相思ふ 次の句にかかる 気持ちの中で共に思っている萩
鹿と萩の組み合わせ

散らくし 原文「落僧」 元、類、紀「ちらまく」 西「ちりそふ」
4/658 「知僧」しるし 僧を師の意味で「し」と訓む

#[説明]
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#[番号]10/2095
#[題詞](詠花)
#[原文]夕去 野邊秋芽子 末若 露枯 金待難
#[訓読]夕されば野辺の秋萩うら若み露にぞ枯るる秋待ちかてに
#[仮名],ゆふされば,のへのあきはぎ,うらわかみ,つゆにぞかるる,あきまちかてに
#[左注]右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,季節
#[訓異]
#[大意]夕方になると野辺の秋萩はまだ若いので露に枯れることだ。秋を待ちかねて
#{語釈]
露にぞ枯るる 元 紀「つゆにかれかねかせまちかたし」
西 「つゆにしかれてあきまち」
新校「つゆにぞかるるあきまちかてに」
全註釈「つゆにかれつつ」

#[説明]
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#[番号]10/2096
#[題詞](詠花)
#[原文]真葛原 名引秋風 <毎吹> 阿太乃大野之 芽子花散
#[訓読]真葛原靡く秋風吹くごとに阿太の大野の萩の花散る
#[仮名],まくずはら,なびくあきかぜ,ふくごとに,あだのおほのの,はぎのはなちる
#[左注]
#[校異]吹毎 -> 毎吹 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,五条市,地名,植物,季節
#[訓異]
#[大意]一面葛の生えた原が靡く秋風よ。吹くごとに阿太の大野の萩の花が散ることだ
#{語釈]
真葛原 葛が一面に生えている原
07/1346H01をみなへし佐紀沢の辺の真葛原いつかも繰りて我が衣に着む
10/2096H01真葛原靡く秋風吹くごとに阿太の大野の萩の花散る
12/3069H01赤駒のい行きはばかる真葛原何の伝て言直にしよけむ

阿太の大野 未詳 奈良県五条市東部 和歌山県有田市宮原町付近
和名抄 大和国宇智郡阿[阿編][施右] 五條市東阿田、西阿田 南阿田

07/1214H01安太へ行く小為手の山の真木の葉も久しく見ねば蘿生しにけり
11/2699H01阿太人の梁打ち渡す瀬を早み心は思へど直に逢はぬかも

#[説明]
阿田野を通った時のものか。
真葛原である阿田の大野

#[関連論文]


#[番号]10/2097
#[題詞](詠花)
#[原文]鴈鳴之 来喧牟日及 見乍将有 此芽子原尓 雨勿零根
#[訓読]雁がねの来鳴かむ日まで見つつあらむこの萩原に雨な降りそね
#[仮名],かりがねの,きなかむひまで,みつつあらむ,このはぎはらに,あめなふりそね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]雁がやって来て鳴く日まで見続けていよう。この萩原に雨よ降るなよ。
#{語釈]
雨な降りそね 秋の間見ようとしているのだから、時雨が降って散らすなよの気持ちを含めている。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2098
#[題詞](詠花)
#[原文]奥山尓 住云男鹿之 初夜不去 妻問芽子乃 散久惜裳
#[訓読]奥山に棲むといふ鹿の夕さらず妻どふ萩の散らまく惜しも
#[仮名],おくやまに,すむといふしかの,よひさらず,つまどふはぎの,ちらまくをしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]山の奥に住むという鹿が宵ごとに妻問う萩が散ることが惜しいことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2099
#[題詞](詠花)
#[原文]白露乃 置巻惜 秋芽子乎 折耳折而 置哉枯
#[訓読]白露の置かまく惜しみ秋萩を折りのみ折りて置きや枯らさむ
#[仮名],しらつゆの,おかまくをしみ,あきはぎを,をりのみをりて,おきやからさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]白露が置くことが惜しいので秋萩を折ってばかり折って置いて枯らすことであろうか
#{語釈]
白露の置かまく惜しみ 白露が置くと萩の花が枯れる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2100
#[題詞](詠花)
#[原文]秋田苅 借廬之宿 <丹>穂經及 咲有秋芽子 雖見不飽香聞
#[訓読]秋田刈る刈廬の宿りにほふまで咲ける秋萩見れど飽かぬかも
#[仮名],あきたかる,かりいほのやどり,にほふまで,さけるあきはぎ,みれどあかぬかも
#[左注]
#[校異]尓 -> 丹 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]秋の田を刈る刈り廬の宿に照り映えるまでに咲いている秋萩を見ても見飽きることはないことだ
#{語釈]
刈廬
07/1154H01雨は降る刈廬は作るいつの間に吾児の潮干に玉は拾はむ
08/1556H01秋田刈る刈廬もいまだ壊たねば雁が音寒し霜も置きぬがに
10/2100H01秋田刈る刈廬の宿りにほふまで咲ける秋萩見れど飽かぬかも
10/2174H01秋田刈る刈廬を作り我が居れば衣手寒く露ぞ置きにける
10/2248H01秋田刈る刈廬を作り廬りしてあるらむ君を見むよしもがも
16/3850H01世間の繁き刈廬に住み住みて至らむ国のたづき知らずも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2101
#[題詞](詠花)
#[原文]吾衣 <揩>有者不在 高松之 野邊行之者 芽子之<揩>類曽
#[訓読]我が衣摺れるにはあらず高松の野辺行きしかば萩の摺れるぞ
#[仮名],あがころも,すれるにはあらず,たかまつの,のへゆきしかば,はぎのすれるぞ
#[左注]
#[校異]摺 -> 揩 [元] / 摺 -> 揩 [元]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,高円,地名,植物
#[訓異]
#[大意]自分の衣を摺り染めにしたのではない。高松の野辺を行ったので萩が摺って染まったのだ
#{語釈]
摺れる 摺り染め

高松の野辺 高円の野辺
10/1874H01春霞たなびく今日の夕月夜清く照るらむ高松の野に
10/2101H01我が衣摺れるにはあらず高松の野辺行きしかば萩の摺れるぞ
10/2191H01雁が音を聞きつるなへに高松の野の上の草ぞ色づきにける
10/2203H01里ゆ異に霜は置くらし高松の野山づかさの色づく見れば
10/2233H01高松のこの峰も狭に笠立てて満ち盛りたる秋の香のよさ
10/2319H01夕されば衣手寒し高松の山の木ごとに雪ぞ降りたる

行きしかば しか 過去「き」の已然形 行ったので

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2102
#[題詞](詠花)
#[原文]此暮 秋風吹奴 白露尓 荒争芽子之 明日将咲見
#[訓読]この夕秋風吹きぬ白露に争ふ萩の明日咲かむ見む
#[仮名],このゆふへ,あきかぜふきぬ,しらつゆに,あらそふはぎの,あすさかむみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]この夕べ秋風が吹いた。白露に抵抗していた萩が明日咲くのを見よう
#{語釈]
白露に争ふ萩 白露に抵抗して咲くまいとしていた萩

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2103
#[題詞](詠花)
#[原文]秋風 冷成<奴 馬>並而 去来於野行奈 芽子花見尓
#[訓読]秋風は涼しくなりぬ馬並めていざ野に行かな萩の花見に
#[仮名],あきかぜは,すずしくなりぬ,うまなめて,いざのにゆかな,はぎのはなみに
#[左注]
#[校異]駑 -> 奴馬 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]秋風は涼しくなった。馬を並べてさあ野に行こうよ。萩の花を見に。
#{語釈]
馬並めていざ野に行かな 交友的発想のもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2104
#[題詞](詠花)
#[原文]朝<杲> 朝露負 咲雖云 暮陰社 咲益家礼
#[訓読]朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけり
#[仮名],あさがほは,あさつゆおひて,さくといへど,ゆふかげにこそ,さきまさりけり
#[左注]
#[校異]果 -> 杲 [元][紀]
#[鄣W],秋雑歌,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]朝顔は朝露を背負って咲くというけれども、夕方の光にこそいっそう美しく咲いていることだ
#{語釈]
朝顔 今の朝顔ではなく、桔梗のこと
8/1538
本草和名 牽牛子(けんごし) 和名 阿佐加保
和名抄 阿佐加保
それ以前の新撰字鏡には記載なし

藤原長房 さへづり草 これらの書の著作年代から牽牛子がわが国に渡ったのは平安初期、昌泰年間から延喜のはじめか。
薬草として移入されたもので、野草の仲間に入らない。

木槿(むくげ) 新撰字鏡 草冠 舜 木槿 本草和名なし
和名抄 草冠 舜 岐波知須(きはちす) 木蓮のこと
和漢朗詠集 堀川百首
槿花 あだにのみ見つつぞすぐる軒近きまがきに咲けるあさがほの花 中実
平安中期の呼称か。木槿は草ではなく木

旋花(ひるがお) 新撰字鏡 記載なし
本草和名 和名 波也比止久佐 一名加末(かま)
和名抄 波夜比止久佐
10/2274 2275 古今要覧稿 ひるがおの花の紅色を言ったものか
後世の推定を出ない。

桔梗 新撰字鏡 阿佐加保 又 岡止ゝ支(おかととき)
享和本 加良久波 又云 阿佐加保
本草和名 和名 阿利乃比布岐(ありのひふき) 一名 乎加止ゝ岐
和名抄 阿利乃比布岐

桔梗の古名であったのが平安中期現在の花に移った

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2105
#[題詞](詠花)
#[原文]春去者 霞隠 不所見有師 秋芽子咲 折而将挿頭
#[訓読]春されば霞隠りて見えずありし秋萩咲きぬ折りてかざさむ
#[仮名],はるされば,かすみがくりて,みえずありし,あきはぎさきぬ,をりてかざさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]春になると霞に隠れて見えないでいた秋萩が咲いた。手折ってかざしにしよう。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2106
#[題詞](詠花)
#[原文]沙額田乃 野邊乃秋芽子 時有者 今盛有 折而将挿頭
#[訓読]沙額田の野辺の秋萩時なれば今盛りなり折りてかざさむ
#[仮名],さぬかたの,のへのあきはぎ,ときなれば,いまさかりなり,をりてかざさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,地名,植物
#[訓異]
#[大意]さ額田の野辺の秋萩はその時節であるので今花盛りである。手折ってかざそう。
#{語釈]
沙額田 さ 接頭語 額田 奈良県大和郡山市額田部 平端駅西南 未詳
和名抄 平群郡 額田 奴加多

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2107
#[題詞](詠花)
#[原文]事更尓 衣者不<揩> 佳人部為 咲野之芽子尓 丹穂日而将居
#[訓読]ことさらに衣は摺らじをみなへし佐紀野の萩ににほひて居らむ
#[仮名],ことさらに,ころもはすらじ,をみなへし,さきののはぎに,にほひてをらむ
#[左注]
#[校異]摺 -> 揩 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,植物
#[訓異]
#[大意]わざわざ衣は摺って染めまい。をみなえしの咲く佐紀野の萩に色付いていよう。
#{語釈]
をみなへし 咲くと佐紀をかけた枕詞的用法

佐紀野 奈良県奈良市佐紀町  
01/0084D02長皇子與志貴皇子於佐紀宮倶宴歌
04/0675H01をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも
07/1346H01をみなへし佐紀沢の辺の真葛原いつかも繰りて我が衣に着む
10/1887H01春日なる御笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく
10/1905H01をみなへし佐紀野に生ふる白つつじ知らぬこともち言はえし我が背
10/2107H01ことさらに衣は摺らじをみなへし佐紀野の萩ににほひて居らむ
11/2818H01かきつはた佐紀沼の菅を笠に縫ひ着む日を待つに年ぞ経にける

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2108
#[題詞](詠花)
#[原文]秋風者 急<々>吹来 芽子花 落巻惜三 競<立見>
#[訓読]秋風は疾く疾く吹き来萩の花散らまく惜しみ競ひ立たむ見む
#[仮名],あきかぜは,とくとくふきこ,はぎのはな,ちらまくをしみ,きほひたたむみむ
#[左注]
#[校異]之 -> 々 [元][紀][温][矢] / 竟 -> 立見 [万葉考]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]秋風は早く早く吹いて来い。萩の花が散ることが惜しいので、風と争って咲いているのを見よう
#{語釈]
疾く疾く 原文「急之」 元、紀等「急々」 とくとくと訓む

競ひ立たむ 原文 競竟 旧訓 きほひきほひに
代匠記 あらそひはてつ
考 契沖説として 竟は立見の誤り きほひたつみむ
さて萩の花のちらじと風にあらそひたつを見んとよめりと見るべし

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2109
#[題詞](詠花)
#[原文]我屋前之 芽子之若末長 秋風之 吹南時尓 将開跡思<手>
#[訓読]我が宿の萩の末長し秋風の吹きなむ時に咲かむと思ひて
#[仮名],わがやどの,はぎのうれながし,あきかぜの,ふきなむときに,さかむとおもひて
#[左注]
#[校異]乎 -> 手 [類]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]我が屋の萩の梢が長い。秋風が吹くであろうときに咲こうと思って
#{語釈]

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2110
#[題詞](詠花)
#[原文]人皆者 芽子乎秋云 縦吾等者 乎花之末乎 秋跡者将言
#[訓読]人皆は萩を秋と言ふよし我れは尾花が末を秋とは言はむ
#[仮名],ひとみなは,はぎをあきといふ,よしわれは,をばながうれを,あきとはいはむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]人はみんな萩を秋の象徴だと言う。それならば自分を尾花の先を秋の風情だと言おう。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2111
#[題詞](詠花)
#[原文]玉梓 公之使乃 手折来有 此秋芽子者 雖見不飽鹿裳
#[訓読]玉梓の君が使の手折り来るこの秋萩は見れど飽かぬかも
#[仮名],たまづさの,きみがつかひの,たをりける,このあきはぎは,みれどあかぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]玉梓のあなたの使いが手折って来たこの秋萩は見ても見飽きることがないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2112
#[題詞](詠花)
#[原文]吾屋前尓 開有秋芽子 常有者 我待人尓 令見猿物乎
#[訓読]我がやどに咲ける秋萩常ならば我が待つ人に見せましものを
#[仮名],わがやどに,さけるあきはぎ,つねならば,わがまつひとに,みせましものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]我が屋に咲いている秋萩がずっとこのままあるのならば、自分が待つあなたに見せるだろうのに。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2113
#[題詞](詠花)
#[原文]手寸<十>名相 殖之名知久 出見者 屋前之早芽子 咲尓家類香聞
#[訓読]手寸十名相植ゑしなしるく出で見れば宿の初萩咲きにけるかも
#[仮名],*****,うゑしなしるく,いでみれば,やどのはつはぎ,さきにけるかも
#[左注]
#[校異]<> -> 十 [西(右書)][元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,植物,難訓
#[訓異]
#[大意]十分に準備をして植えたのも顕著に我が家の初めての萩の花が咲いたことであるよ。
#{語釈]
手寸十名相 難訓
無訓 塙、おうふう、全集、集成、角川
古訓 てもすまに 口訳、全釈、総釈、私注、講談社
仙覚 たきそなへ 窪田評釈、全註釈、注釈
てもすまにといふ古語ははへるとも、この発句、しかにはよまれず。たきそなへとは、たきは、あぐる也。あけそなへといふことば也。くさきはうふるときに、ふかくうえたるはあしき也
たく 髪をたくし上げるのたく 手をいろいろと動かす 7/1266
そなふ 備える
十分に準備をする

植ゑしなしるく 原文「殖之名知久」 略解 名は毛の誤り 植ゑしもしるく
新考 名は久の誤り うえしくもしるく


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2114
#[題詞](詠花)
#[原文]吾屋外尓 殖生有 秋芽子乎 誰標刺 吾尓不所知
#[訓読]我が宿に植ゑ生ほしたる秋萩を誰れか標刺す我れに知らえず
#[仮名],わがやどに,うゑおほしたる,あきはぎを,たれかしめさす,われにしらえず
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]我が家に植えて大きくした秋萩を誰が標を立てているのか。自分に知られないように
#{語釈]
誰か標刺す 標をつけて自分のものとする
我に知らえず 知られず 知られないように

#[説明]
譬喩歌とも見られる。

#[関連論文]


#[番号]10/2115
#[題詞](詠花)
#[原文]手取者 袖并丹覆 美人部師 此白露尓 散巻惜
#[訓読]手に取れば袖さへにほふをみなへしこの白露に散らまく惜しも
#[仮名],てにとれば,そでさへにほふ,をみなへし,このしらつゆに,ちらまくをしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]手に取ると袖までも美しく色に映えるおみなえしよ。この白露に散るのが惜しいことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2116
#[題詞](詠花)
#[原文]白露尓 荒争金手 咲芽子 散惜兼 雨莫零根
#[訓読]白露に争ひかねて咲ける萩散らば惜しけむ雨な降りそね
#[仮名],しらつゆに,あらそひかねて,さけるはぎ,ちらばをしけむ,あめなふりそね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]白露と競争しかねて咲いた萩よ。散ると惜しいだろう。雨よ降るなよ。
#{語釈]
#[説明]
白露 花を咲かせるもの
雨 時雨 花を散らすもの

#[関連論文]


#[番号]10/2117
#[題詞](詠花)
#[原文]𡢳嬬等<尓> 行相乃速稲乎 苅時 成来下 芽子花咲
#[訓読]娘女らに行相の早稲を刈る時になりにけらしも萩の花咲く
#[仮名],をとめらに,ゆきあひのわせを,かるときに,なりにけらしも,はぎのはなさく
#[左注]
#[校異]<> -> 尓 [類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]娘女の子に行き会うわけではないが、行き合う早稲を苅る時になったらしいなあ。萩の花が咲いたことだ
#{語釈]
娘女らに 行き相いにかかる枕詞

行き相い 地名説 袖中抄 顕昭云ゆきはひのわせとはところの名をわせによみつけたるなり 9/1752
い行き逢ひの 釋注 井手至 「隣国の神が両側から登って来て境を決めたという伝承を持つ神聖な坂」

大和、河内国境の龍田越えの坂

多くの旅人が行き交うという感覚もある。
私注「龍田越えの交通量を幾分察することが出来ようか」

季節の変わり目 略解、総釈、全集
道路 行って出会う所の往還、道路 その道路の脇にある田の早稲

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2118
#[題詞](詠花)
#[原文]朝霧之 棚引小野之 芽子花 今哉散濫 未猒尓
#[訓読]朝霧のたなびく小野の萩の花今か散るらむいまだ飽かなくに
#[仮名],あさぎりの,たなびくをのの,はぎのはな,いまかちるらむ,いまだあかなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W]
#[訓異]
#[大意]朝霧がたなびく小野の萩の花よ。今頃は散っているだろうか。まだ見飽きているわけではないのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2119
#[題詞](詠花)
#[原文]戀之久者 形見尓為与登 吾背子我 殖之秋芽子 花咲尓家里
#[訓読]恋しくは形見にせよと我が背子が植ゑし秋萩花咲きにけり
#[仮名],こひしくは,かたみにせよと,わがせこが,うゑしあきはぎ,はなさきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]恋しいならば形見にしなさいと我が背子が植えた秋萩の花が咲いたことだ
#{語釈]
#[説明]
類歌
03/0464H01秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも
08/1471H01恋しけば形見にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり

#[関連論文]


#[番号]10/2120
#[題詞](詠花)
#[原文]秋芽子 戀不盡跡 雖念 思恵也安多良思 又将相八方
#[訓読]秋萩に恋尽さじと思へどもしゑやあたらしまたも逢はめやも
#[仮名],あきはぎに,こひつくさじと,おもへども,しゑやあたらし,またもあはめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋萩に恋心を尽くすまいと思うけれども、ええい惜しいことだ。また遭うということがあろうか。
#{語釈]
恋尽さじと 恋心を出し切ってしまうまいと
10/2037H01年の恋今夜尽して明日よりは常のごとくや我が恋ひ居らむ
10/2303H01秋の夜を長しと言へど積もりにし恋を尽せば短くありけり

しゑやあたらし 感動詞 ええい、ままよ

#[説明]
全注 秋萩への好尚を共にする人々の宴席で詠まれたもの

#[関連論文]


#[番号]10/2121
#[題詞](詠花)
#[原文]秋風者 日異吹奴 高圓之 野邊之秋芽子 散巻惜裳
#[訓読]秋風は日に異に吹きぬ高円の野辺の秋萩散らまく惜しも
#[仮名],あきかぜは,ひにけにふきぬ,たかまとの,のへのあきはぎ,ちらまくをしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,植物
#[訓異]
#[大意]秋風は日を追ってますます吹いてきた。高円の野辺の秋萩が散ってしまうことが惜しいことだ
#{語釈]
日に異に 一日たつごとに
04/0595H01我が命の全けむ限り忘れめやいや日に異には思ひ増すとも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2122
#[題詞](詠花)
#[原文]大夫之 心者無而 秋芽子之 戀耳八方 奈積而有南
#[訓読]大夫の心はなしに秋萩の恋のみにやもなづみてありなむ
#[仮名],ますらをの,こころはなしに,あきはぎの,こひのみにやも,なづみてありなむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]大夫の心はないままで秋萩への恋情ばかりに拘泥してよいものだろうか
#{語釈]
大夫の心 恋情に対する女々しい心

なづみてありなむ 完了「ぬ」の未然形 推量「む」の連体形

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2123
#[題詞](詠花)
#[原文]吾待之 秋者来奴 雖然 芽子之花曽毛 未開家類
#[訓読]我が待ちし秋は来たりぬしかれども萩の花ぞもいまだ咲かずける
#[仮名],わがまちし,あきはきたりぬ,しかれども,はぎのはなぞも,いまださかずける
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]自分が待っていた秋はやってきた。しかし萩の花はまだ咲かないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2124
#[題詞](詠花)
#[原文]欲見 吾待戀之 秋芽子者 枝毛思美三荷 花開二家里
#[訓読]見まく欲り我が待ち恋ひし秋萩は枝もしみみに花咲きにけり
#[仮名],みまくほり,あがまちこひし,あきはぎは,えだもしみみに,はなさきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,属目
#[訓異]
#[大意]見たいと思って自分が待ちこがれていた秋萩は枝もびっしりと花が咲いたことだ
#{語釈]
枝もしみみに 繁くいっぱいに しみさぶ、しみに、しみらに 茂ると同類

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2125
#[題詞](詠花)
#[原文]春日野之 芽子落者 朝東 風尓副而 此間尓落来根
#[訓読]春日野の萩し散りなば朝東風の風にたぐひてここに散り来ね
#[仮名],かすがのの,はぎしちりなば,あさごちの,かぜにたぐひて,ここにちりこね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,植物
#[訓異]
#[大意]春日野の萩が散ったならば朝の東風に連れ立ってここに散って来なさいよ
#{語釈]
萩し散りなば 元、紀「はぎちりぬれば」 西以下、大系、集成「はぎしちりなば」
新考、注釈、全注「はぎはちりなば」

朝東風 朝に東から吹いてくる風。「ち」は、風の意味 はやち(早風)

たぐひて 添って、連れ立って

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2126
#[題詞](詠花)
#[原文]秋芽子者 於鴈不相常 言有者香 [一云 言有可聞] 音乎聞而者 花尓散去流
#[訓読]秋萩は雁に逢はじと言へればか [一云 言へれかも] 声を聞きては花に散りぬる
#[仮名],あきはぎは,かりにあはじと,いへればか,[いへれかも],こゑをききては,はなにちりぬる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,植物,異伝
#[訓異]
#[大意]秋萩は雁に会うまいと言ってるからか、一云 言っているからかなあ 声を聞いては花に散ってしまうことだ
#{語釈]
花に散りぬる 花のままでむなしく散ってしまう

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2127
#[題詞](詠花)
#[原文]秋去者 妹令視跡 殖之芽子 露霜負而 散来毳
#[訓読]秋さらば妹に見せむと植ゑし萩露霜負ひて散りにけるかも
#[仮名],あきさらば,いもにみせむと,うゑしはぎ,つゆしもおひて,ちりにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]秋になったら妹に見せようと植えた萩は露霜を受けて散ってしまったことだ
#{語釈]
萩露霜負ひて 露霜を受けて 背負って
08/1580H01さを鹿の来立ち鳴く野の秋萩は露霜負ひて散りにしものを

#[説明]
窪田評釈 妹は故人となったのを、萩に寄せて気分として詠んだもの
全註釈 妹は死んだのかも知れない

#[関連論文]


#[番号]10/2128
#[題詞]詠鴈
#[原文]秋風尓 山跡部越 鴈鳴者 射矢遠放 雲隠筒
#[訓読]秋風に大和へ越ゆる雁がねはいや遠ざかる雲隠りつつ
#[仮名],あきかぜに,やまとへこゆる,かりがねは,いやとほざかる,くもがくりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,動物
#[訓異]
#[大意]秋風に大和へ越えていく雁はますます遠ざかっていく。雲に隠れ隠れして
#{語釈]
#[説明]
羈旅中に詠まれたものか。

類歌
10/2136H01秋風に山飛び越ゆる雁がねの声遠ざかる雲隠るらし
#[関連論文]


#[番号]10/2129
#[題詞](詠鴈)
#[原文]明闇之 朝霧隠 鳴而去 鴈者言戀 於妹告社
#[訓読]明け暮れの朝霧隠り鳴きて行く雁は我が恋妹に告げこそ
#[仮名],あけぐれの,あさぎりごもり,なきてゆく,かりはあがこひ,いもにつげこそ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]夜が明けきらない薄暗い中の朝霧に隠れて鳴いていく雁は自分の恋を妹に告げて欲しい
#{語釈]
#[説明]
雁の使いを踏まえているか。

#[関連論文]


#[番号]10/2130
#[題詞](詠鴈)
#[原文]吾屋戸尓 鳴之鴈哭 雲上尓 今夜喧成 國方可聞遊群
#[訓読]我が宿に鳴きし雁がね雲の上に今夜鳴くなり国へかも行く
#[仮名],わがやどに,なきしかりがね,くものうへに,こよひなくなり,くにへかもゆく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]自分の家で鳴いていた雁は雲の上で今夜鳴いている。国へ行くのだろうか
#{語釈]
我が宿に鳴きし雁がね 雁が移動 昨夜と今夜で雁の場所が異なる
作者が移動 雁は昨夜と変わらない所で鳴いているが、作者が旅中で移動していたので、今夜は異なった場所で鳴いているように見える

国へかも行く 雁が移動したととらえると、雁の故郷へ帰る 秋であるのでおかしい
注釈 秋に分類されているのは、編纂者が雁の語を見て秋と考えた。実際は春の帰雁を詠んでいるのかも知れない。
19/4144H01燕来る時になりぬと雁がねは国偲ひつつ雲隠り鳴く

作者が移動したととらえると、作者の故郷へ行く 羈旅中の望郷

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2131
#[題詞](詠鴈)
#[原文]左小<壮>鹿之 妻問時尓 月乎吉三 切木四之泣所聞 今時来等霜
#[訓読]さを鹿の妻どふ時に月をよみ雁が音聞こゆ今し来らしも
#[仮名],さをしかの,つまどふときに,つきをよみ,かりがねきこゆ,いましくらしも
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [定本万葉集]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]雄鹿が妻問いをする時に月がよいので雁の鳴き声が聞こえる。今雁がやってきたらしいなあ。
#[大意]
#{語釈]
雁が音 原文「切木四之泣」 6/0948 樗蒲 和名 カリウチ
類聚名義抄 樗蒲 和名 加利宇知
四枚の木片を使ったサイコロのようなもの。
三伏一向 ツク 一伏三起 コロ 諸伏 マニマニ
10/1874

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2132
#[題詞](詠鴈)
#[原文]天雲之 外鴈鳴 従聞之 薄垂霜零 寒此夜者 [一云 弥益々尓 戀許曽増焉]
#[訓読]天雲の外に雁が音聞きしよりはだれ霜降り寒しこの夜は [一云 いやますますに恋こそまされ]
#[仮名],あまくもの,よそにかりがね,ききしより,はだれしもふり,さむしこのよは,[いやますますに,こひこそまされ]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]天雲はるかかなたに雁の鳴き声を聞いた時より、まだらに霜が降って寒いことだ。この夜は 一云 ますます乞い思うことがつのることだ
#{語釈]
天雲の外 雲遠く離れたはるかかなた

はだれ 通常は雪解けのまだらになっている様子
まばらに降りた霜

一云 全注 伝承のうちにたまたま異伝を生じたという性格のものではなく、もともと成立を異にするものであったか。改作して別の歌に仕立てたものであろう。
恋の歌
雁を恋い思っている雁の歌

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2133
#[題詞](詠鴈)
#[原文]秋田 吾苅婆可能 過去者 鴈之喧所聞 冬方設而
#[訓読]秋の田の我が刈りばかの過ぎぬれば雁が音聞こゆ冬かたまけて
#[仮名],あきのたの,わがかりばかの,すぎぬれば,かりがねきこゆ,ふゆかたまけて
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,季節
#[訓異]
#[大意]秋の田の自分の刈り場が終わってしまうと雁の声が聞こえる。冬が近づいて
#{語釈]
刈りばか
04/0512H01秋の田の穂田の刈りばかか寄りあはばそこもか人の我を言成さむ
秋の田の稲穂を刈る場で横の人と寄り合うようにあなたに寄り合ったならばそんなことぐらいでも世間の人がいろいろうわさをするでしょう。
16/3887H01天にあるやささらの小野に茅草刈り草刈りばかに鶉を立つも
玉の小琴 刈り場+ かりか、かくれが などの「か」場所を表す
美濃、尾張などに 田植えの時 三人で三ハカに植える。五人で三ハカに植えるという
ハカ ワカツと同語。一枚の田を三つにワカツ 三ハカ 数人で植える
刈り場所の意

過ぎぬれば 終わってしまうと

冬かたまけて 片設けて 待ち受けて ひたすら待つ 近づく 近くなる
02/0191H01けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
05/0838H01梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
10/1854H01鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
10/2133H01秋の田の我が刈りばかの過ぎぬれば雁が音聞こゆ冬かたまけて
10/2163H01草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
11/2373H01いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
13/3255H03夏麻引く 命かたまけ 刈り薦の 心もしのに 人知れず もとなぞ恋ふる
15/3619H01礒の間ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2134
#[題詞](詠鴈)
#[原文]葦邊在 荻之葉左夜藝 秋風之 吹来苗丹 鴈鳴渡 [一云 秋風尓 鴈音所聞 今四来霜]
#[訓読]葦辺なる荻の葉さやぎ秋風の吹き来るなへに雁鳴き渡る [一云 秋風に雁が音聞こゆ今し来らしも]
#[仮名],あしへなる,をぎのはさやぎ,あきかぜの,ふきくるなへに,かりなきわたる,[あきかぜに,かりがねきこゆ,いましくらしも]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物,異伝
#[訓異]
#[大意]葦辺にある荻の葉がさやさやと揺れ、秋風が吹いてくるごとに雁が鳴き渡っていく。一云 秋風に雁の鳴き声が聞こえる。今飛来しているらしい。
#{語釈]

04/0500H01神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に
14/3446H01妹なろが使ふ川津のささら荻葦と人言語りよらしも
水辺や湿地に生えるイネ科の多年草。葦と混同される。

#[説明]
窪田評釈
葦の葉よりも荻の葉の方が音が騒がしいからで、細かい感じ方である

#[関連論文]


#[番号]10/2135
#[題詞](詠鴈)
#[原文]押照 難波穿江之 葦邊者 鴈宿有疑 霜乃零尓
#[訓読]おしてる難波堀江の葦辺には雁寝たるかも霜の降らくに
#[仮名],おしてる,なにはほりえの,あしへには,かりねたるかも,しものふらくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,大阪,地名,動物,植物
#[訓異]
#[大意]おしてる難波の堀江の葦辺には雁が寝ているのかなあ。霜が降っていることなのに
#{語釈]
おしてる 難波の枕詞
03/0443H07なづさひ来むと 立ちて居て 待ちけむ人は 大君の 命畏み おしてる
04/0619H01おしてる 難波の菅の ねもころに 君が聞こして 年深く 長くし言へば
06/0928H01おしてる 難波の国は 葦垣の 古りにし里と 人皆の 思ひやすみて
06/0933H01天地の 遠きがごとく 日月の 長きがごとく おしてる 難波の宮に
06/0977H01直越のこの道にしておしてるや難波の海と名付けけらしも
08/1428H01おしてる 難波を過ぎて うち靡く 草香の山を 夕暮れに
10/2135H01おしてる難波堀江の葦辺には雁寝たるかも霜の降らくに
11/2819H01おしてる難波菅笠置き古し後は誰が着む笠ならなくに
13/3300H01おしてる 難波の崎に 引き泝る 赤のそほ舟 そほ舟に 網取り懸け
16/3886H01おしてるや 難波の小江に 廬作り 隠りて居る 葦蟹を 大君召すと
16/3886H08さひづるや 韓臼に搗き 庭に立つ 手臼に搗き おしてるや
19/4245H01そらみつ 大和の国 あをによし 奈良の都ゆ おしてる 難波に下り
20/4360H01皇祖の 遠き御代にも 押し照る 難波の国に 天の下
20/4361H01桜花今盛りなり難波の海押し照る宮に聞こしめすなへ
20/4365H01押し照るや難波の津ゆり船装ひ我れは漕ぎぬと妹に告ぎこそ

堀江 仁徳天皇十一年十月 現在の天満川か
07/1143H01さ夜更けて堀江漕ぐなる松浦舟楫の音高し水脈早みかも
10/2135H01おしてる難波堀江の葦辺には雁寝たるかも霜の降らくに
12/3024H01妹が目を見まく堀江のさざれ波しきて恋ひつつありと告げこそ
12/3173H01松浦舟騒く堀江の水脈早み楫取る間なく思ほゆるかも
18/4056H01堀江には玉敷かましを大君を御船漕がむとかねて知りせば
18/4057H01玉敷かず君が悔いて言ふ堀江には玉敷き満てて継ぎて通はむ
18/4061H01堀江より水脈引きしつつ御船さすしづ男の伴は川の瀬申せ
20/4336H01防人の堀江漕ぎ出る伊豆手船楫取る間なく恋は繁けむ
20/4360H07御調の船は 堀江より 水脈引きしつつ 朝なぎに 楫引き上り
20/4396H01堀江より朝潮満ちに寄る木屑貝にありせばつとにせましを
20/4459H01葦刈りに堀江漕ぐなる楫の音は大宮人の皆聞くまでに
20/4460H01堀江漕ぐ伊豆手の舟の楫つくめ音しば立ちぬ水脈早みかも
20/4461H01堀江より水脈さかのぼる楫の音の間なくぞ奈良は恋しかりける
20/4462H01舟競ふ堀江の川の水際に来居つつ鳴くは都鳥かも
20/4482H01堀江越え遠き里まで送り来る君が心は忘らゆましじ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2136
#[題詞](詠鴈)
#[原文]秋風尓 山飛越 鴈鳴之 聲遠離 雲隠良思
#[訓読]秋風に山飛び越ゆる雁がねの声遠ざかる雲隠るらし
#[仮名],あきかぜに,やまとびこゆる,かりがねの,こゑとほざかる,くもがくるらし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,属目
#[訓異]
#[大意]秋風に山を飛び越える雁の鳴き声が遠ざかっていく。雲に隠れていくらしい。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2137
#[題詞](詠鴈)
#[原文]朝尓徃 鴈之鳴音者 如吾 物<念>可毛 聲之悲
#[訓読]朝に行く雁の鳴く音は我がごとく物思へれかも声の悲しき
#[仮名],あさにゆく,かりのなくねは,あがごとく,ものもへれかも,こゑのかなしき
#[左注]
#[校異]尓 -> 念 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]朝に行く雁の鳴く声は自分のように物思いをしているからなのだろうか。声が悲しいことだ
#{語釈]
朝 類「けさに」 元(右に赭(しゃ)カタカナ)、類(右にカタカナ)、紀、西「つとに」 古点「けさに」次点「つとに」
新訓、総釈、注釈、おうふう「あさに」 大系、私注、全集、塙、全注「つとに」
全注 万葉の頃はあさにという言い方はない。


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2138
#[題詞](詠鴈)
#[原文]多頭我鳴乃 今朝鳴奈倍尓 鴈鳴者 何處指香 雲隠良<武>
#[訓読]鶴がねの今朝鳴くなへに雁がねはいづくさしてか雲隠るらむ
#[仮名],たづがねの,けさなくなへに,かりがねは,いづくさしてか,くもがくるらむ
#[左注]
#[校異]哉 -> 武 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]鶴が今朝鳴くごとに雁はどこを目指して雲隠れていくのだろうか
#{語釈]
#[説明]
雁と鶴を一首に読み込んでいるのはこの例のみ。
全注 鶴は十月下旬頃に飛来し、翌年三月中旬頃北方に去る。雁の方が少し早く、九月下旬から十月初旬にかけて飛来する。
雁のいた所に鶴が飛来し、今までいた雁は更に南に下った様子を歌ったものか

#[関連論文]


#[番号]10/2139
#[題詞](詠鴈)
#[原文]野干玉之 夜<渡>鴈者 欝 幾夜乎歴而鹿 己名乎告
#[訓読]ぬばたまの夜渡る雁はおほほしく幾夜を経てかおのが名を告る
#[仮名],ぬばたまの,よわたるかりは,おほほしく,いくよをへてか,おのがなをのる
#[左注]
#[校異]度 -> 渡 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞,動物
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの夜渡る雁はぼんやりとして幾晩も自分の名前を名乗るのであろうか。
#{語釈]
おほほしく はっきりしない ぼんやりとしている おぼつかない

幾夜を経てか 幾晩も幾晩も

#[説明]
雁が夜毎自分の名を告げ続けるようにカリカリと鳴くのを、心もとない様子で鳴いていると感じて、幾晩も心もとない様子で自分の名を告げるのか、といったものか。
後撰集
行きかへりここもかしこも旅なれや来る秋ごとにかりかりと鳴く よみ人しらず
秋ごとに来れど帰ればたのまぬを声にたてつつかりと鳴くなる
ひたすらにわが思はなくにおのれさへかりかりとのみ鳴きわたるらむ

#[関連論文]


#[番号]10/2140
#[題詞](詠鴈)
#[原文]璞 年之經徃者 阿跡念登 夜渡吾乎 問人哉誰
#[訓読]あらたまの年の経ゆけばあどもふと夜渡る我れを問ふ人や誰れ
#[仮名],あらたまの,としのへゆけば,あどもふと,よわたるわれを,とふひとやたれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]あらたまの年月が経ったので、どのように思うかと(引き連れるとして)夜飛び渡る自分を尋ねる人は誰ですか。
#{語釈]
あらたまの 原文「璞」はく 掘り出したままのみがいていない玉 あらたま

あどもふと 率いる 引き連れる 02/0199
代匠記「年月の移りゆけば人々をいざなひて常なき世を驚かしめむ為に假々と鳴きて渡る我を」
あど思ふ 15/3639 どのように思う

#[説明]
前の歌と呼応

人と鳥の問答
07/1251D01問答
07/1251H01佐保川に鳴くなる千鳥何しかも川原を偲ひいや川上る
07/1252H01人こそばおほにも言はめ我がここだ偲ふ川原を標結ふなゆめ

#[関連論文]


#[番号]10/2141
#[題詞]詠鹿鳴
#[原文]比日之 秋朝開尓 霧隠 妻呼雄鹿之 音之亮左
#[訓読]このころの秋の朝明に霧隠り妻呼ぶ鹿の声のさやけさ
#[仮名],このころの,あきのあさけに,きりごもり,つまよぶしかの,こゑのさやけさ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]この頃の秋の明け方に霧に隠って妻を呼ぶ鹿の声のさやかであることよ
#{語釈]
鹿鳴 詩経「鹿鳴」への連想があるが、歌の意味は君臣和楽といった詩経の詩とは直接の関連性はない。
口幼(ゆうゆう)?として鹿鳴き 野の苹を食む
我に嘉賓有り 瑟を鼓し笙を吹く
笙を吹き簧を鼓す 筐を承げて是れ将ふ
人の我を好せば 我に周行を示せ

??として鹿鳴き 野の蒿を食む
我に嘉賓有り 徳音孔だ昭なり
民を視ること[快]兆(うす)からず 君子是れ則り是れ倣ふ
我に旨酒有り 嘉賓式て燕し以て敖ぶ

??として鹿鳴き 野の草今(きん)を食む
我に嘉賓有り 瑟を鼓し琴を鼓す
瑟を鼓し琴を鼓し 和楽して且つ湛む
我に旨酒有り 以て嘉賓の心を燕楽す

#[説明]
08/1550H01秋萩の散りの乱ひに呼びたてて鳴くなる鹿の声の遥けさ
08/1603H01このころの朝明に聞けばあしひきの山呼び響めさを鹿鳴くも

#[関連論文]


#[番号]10/2142
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]左男<壮>鹿之 妻整登 鳴音之 将至極 靡芽子原
#[訓読]さを鹿の妻ととのふと鳴く声の至らむ極み靡け萩原
#[仮名],さをしかの,つまととのふと,なくこゑの,いたらむきはみ,なびけはぎはら
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元]
#[鄣W],秋雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]さ雄鹿が妻を呼び寄せようと鳴く声の届く限りに靡けよ。萩原よ。
#{語釈]
ととのふと 03/0238 呼び集める きちんとさせる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2143
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]於君戀 裏觸居者 敷野之 秋芽子凌 左<小壮>鹿鳴裳
#[訓読]君に恋ひうらぶれ居れば敷の野の秋萩しのぎさを鹿鳴くも
#[仮名],きみにこひ,うらぶれをれば,しきののの,あきはぎしのぎ,さをしかなくも
#[左注]
#[校異]牡 -> 小壮 [元]
#[鄣W],秋雑歌,動物,植物,恋情,地名
#[訓異]
#[大意]あなたに恋い思ってしょんぼりとしていると敷の野の秋萩を押し分けてさを鹿が鳴くことであるよ。
#{語釈]
うらぶれ しょんぼりする
07/1119H01行く川の過ぎにし人の手折らねばうらぶれ立てり三輪の桧原は

敷の野 所在未詳 代匠記 大和国磯城郡にある野か 磯城の「き」は乙類、敷は甲類
で異なる。

しのぎ 押し臥せる 押し分ける
03/0299H01奥山の菅の葉しのぎ降る雪の消なば惜しけむ雨な降りそね

#[説明]
鹿の鳴き声によってよけいに恋情がかき立てられるという意味

#[関連論文]


#[番号]10/2144
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]鴈来 芽子者散跡 左小<壮>鹿之 鳴成音毛 裏觸丹来
#[訓読]雁は来ぬ萩は散りぬとさを鹿の鳴くなる声もうらぶれにけり
#[仮名],かりはきぬ,はぎはちりぬと,さをしかの,なくなるこゑも,うらぶれにけり
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元]
#[鄣W],秋雑歌,,動物,植物,季節
#[訓異]
#[大意]假はやって来た。萩は散ってしまったとしてさを鹿が鳴いている声もしょんぼりとしていることだ
#{語釈]
雁は来ぬ 元、類「かりもきぬはぎはちりぬ」 紀「かりもきぬはぎもちりぬ」
西「かりはきぬはぎはちりぬと」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2145
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]秋芽子之 戀裳不盡者 左<壮>鹿之 聲伊續伊継 戀許増益焉
#[訓読]秋萩の恋も尽きねばさを鹿の声い継ぎい継ぎ恋こそまされ
#[仮名],あきはぎの,こひもつきねば,さをしかの,こゑいつぎいつぎ,こひこそまされ
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋萩の恋も終わっていないのにさを鹿の声がつぎつぎと聞こえてきて、自分の恋心がいっそうつのってくるよ。
#{語釈]
い継ぎ継ぎ つぎつぎと続いて聞こえる

恋こそまされ
代匠記「落句は萩を恋るに又妻を恋る意も益るを云へり。又人の心に芽子を恋る上に鹿の音をも恋るをよめる歟」
全釈、大系 雄鹿が萩に恋いするだけでは飽きたらず牝鹿を恋い思っている意
私注、注釈 全註釈 作者が萩を恋い思うだけではなく、鹿の鳴き声に自分の恋心がかきたてられる意
古典集成 「萩と鹿という秋の景物に心ひかれる気持ちを、鹿と張り合って、萩に恋する形で歌っている」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2146
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]山近 家哉可居 左小<壮>鹿乃 音乎聞乍 宿不勝鴨
#[訓読]山近く家や居るべきさを鹿の声を聞きつつ寐ねかてぬかも
#[仮名],やまちかく,いへやをるべき,さをしかの,こゑをききつつ,いねかてぬかも
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [類]
#[鄣W],秋雑歌,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]山近くに家にいるべきではないよ。雄鹿の声を聞きながら寝ることが出来ないよ。
#{語釈]
#[説明]
鹿の声に恋情がかき立てられて、寝ることも出来ないことを嘆いたもの。

同想歌
10/1946H01木高くはかつて木植ゑじ霍公鳥来鳴き響めて恋まさらしむ

#[関連論文]


#[番号]10/2147
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]山邊尓 射去薩雄者 雖大有 山尓文野尓文 沙小<壮>鹿鳴母
#[訓読]山の辺にい行くさつ男は多かれど山にも野にもさを鹿鳴くも
#[仮名],やまのへに,いゆくさつをは,さはにあれど,やまにものにも,さをしかなくも
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]山のあたりに行く猟人は大勢いるが、山にも野にも雄鹿が鳴くことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2148
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]足日木<笶> 山従来世波 左小<壮>鹿之 妻呼音 聞益物乎
#[訓読]あしひきの山より来せばさを鹿の妻呼ぶ声を聞かましものを
#[仮名],あしひきの,やまよりきせば,さをしかの,つまよぶこゑを,きかましものを
#[左注]
#[校異]笑 -> 笶 [西(訂正)][元] / 牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞,動物
#[訓異]
#[大意]あしひきの山からやって来たならば雄鹿が妻を呼ぶ声を聞いたものなのに
#{語釈]
来せば せ 過去の助動詞「き」の未然形 せば~ましの反実仮想

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2149
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]山邊庭 薩雄乃<祢>良比 恐跡 小<壮>鹿鳴成 妻之眼乎欲焉
#[訓読]山辺にはさつ男のねらひ畏けどを鹿鳴くなり妻が目を欲り
#[仮名],やまへには,さつをのねらひ,かしこけど,をしかなくなり,つまがめをほり
#[左注]
#[校異]尓 -> 祢 [元][矢][京] / 牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]山辺には猟人が狙っていて恐ろしいけれども、雄鹿の鳴き声が聞こえる。妻に会いたくて。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2150
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]秋芽子之 散去見 欝三 妻戀為良思 棹<壮>鹿鳴母
#[訓読]秋萩の散りゆく見ればおほほしみ妻恋すらしさを鹿鳴くも
#[仮名],あきはぎの,ちりゆくみれば,おほほしみ,つまごひすらし,さをしかなくも
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]秋萩が散っていくのを見ると心がふさがって妻恋いをするらしい。雄鹿が鳴いていることだ
#{語釈]
おほほしみ ぼんやりする はっきりしない 心が鬱陶しい 心が晴れない
02/0189H01朝日照る島の御門におほほしく人音もせねばまうら悲しも
06/0982H01ぬばたまの夜霧の立ちておほほしく照れる月夜の見れば悲しさ

妻恋い 全釈「この妻は真の妻ではなく、萩の花妻を恋するのであろう」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2151
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]山遠 京尓之有者 狭小<壮>鹿之 妻呼音者 乏毛有香
#[訓読]山遠き都にしあればさを鹿の妻呼ぶ声は乏しくもあるか
#[仮名],やまとほき,みやこにしあれば,さをしかの,つまよぶこゑは,ともしくもあるか
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]山から遠い都であるので、雄鹿の妻を呼ぶ声は少ないことであるよ
#{語釈]
乏し 少ない 全注 数少ないものを得たい 聞きたいと思う気持ち
めったに聞かれない鹿の声を聞きたいと思う気持ち

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2152
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]秋芽子之 散過去者 左<小壮>鹿者 和備鳴将為名 不見者乏焉
#[訓読]秋萩の散り過ぎゆかばさを鹿はわび鳴きせむな見ずはともしみ
#[仮名],あきはぎの,ちりすぎゆかば,さをしかは,わびなきせむな,みずはともしみ
#[左注]
#[校異]牡 -> 小壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]秋萩が散り過ぎていったならば、雄鹿は辛く思って鳴くだろうよ。見ないと物足りないので。
#{語釈]
わび鳴きせむな 辛く思って鳴く な 詠嘆の終助詞

見ずはともしみ 元 みねはともしも 西 みねはともしみ 略解 みずはともしみ
残念だ 物足りない

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2153
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]秋芽子之 咲有野邊者 左小<壮>鹿曽 露乎別乍 嬬問四家類
#[訓読]秋萩の咲きたる野辺はさを鹿ぞ露を別けつつ妻どひしける
#[仮名],あきはぎの,さきたるのへは,さをしかぞ,つゆをわけつつ,つまどひしける
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]秋萩の咲いている野辺の雄鹿が露を分けながら妻問いをしているのだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2154
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]奈何<壮>鹿之 和備鳴為成 蓋毛 秋野之芽子也 繁将落
#[訓読]なぞ鹿のわび鳴きすなるけだしくも秋野の萩や繁く散るらむ
#[仮名],なぞしかの,わびなきすなる,けだしくも,あきののはぎや,しげくちるらむ
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]どうして鹿がわびしく鳴いているだろうか。もしかしたら秋野の萩がしきりに散っているのだろうか。
#{語釈]
けだしくも もしかして おそらく

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2155
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]秋芽子之 開有野邊 左<壮>鹿者 落巻惜見 鳴去物乎
#[訓読]秋萩の咲たる野辺にさを鹿は散らまく惜しみ鳴き行くものを
#[仮名],あきはぎの,さきたるのへに,さをしかは,ちらまくをしみ,なきゆくものを
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]秋萩が咲いている野辺に雄鹿は散ることが惜しいので鳴いて行くのだなあ
#{語釈]
咲きたる野辺に 元 さけるのへなる 紀、西 さきたるのへに
全集、集成 さきたるのへの

過ぎ行くものを を 終助詞 詠嘆

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2156
#[題詞](詠鹿鳴)
#[原文]足日木乃 山之跡陰尓 鳴鹿之 聲聞為八方 山田守酢兒
#[訓読]あしひきの山の常蔭に鳴く鹿の声聞かすやも山田守らす子
#[仮名],あしひきの,やまのとかげに,なくしかの,こゑきかすやも,やまたもらすこ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞,動物
#[訓異]
#[大意]あしひきの山のいつも陰になっている所に鳴く鹿の声をお聞きになっているでしょうか。山の田を管理するあなたよ。
#{語釈]
常陰 いつも陰になっている所 目立たない場所

山田守らす子 山の田を見守る番人 鹿から田を守る

#[説明]
私注 譬喩する所があるのかも知れない。鹿声に、恋い寄る男の声を寓した如くも見える
大系 求愛の心かるか
注釈 10/1942H01霍公鳥鳴く声聞くや卯の花の咲き散る岡に葛引く娘女 に似ている

#[関連論文]


#[番号]10/2157
#[題詞]詠蝉
#[原文]暮影 来鳴日晩之 幾許 毎日聞跡 不足音可聞
#[訓読]夕影に来鳴くひぐらしここだくも日ごとに聞けど飽かぬ声かも
#[仮名],ゆふかげに,きなくひぐらし,ここだくも,ひごとにきけど,あかぬこゑかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,季節
#[訓異]
#[大意]夕方の光にやって来て鳴くひぐらしよ。しきりに毎日聞いているが飽きることがない声であるよ
#{語釈]
ひぐらし かなかなゼミ
08/1479H01隠りのみ居ればいぶせみ慰むと出で立ち聞けば来鳴くひぐらし
10/1964H01黙もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思ふ時に鳴きつつもとな
10/1982H01ひぐらしは時と鳴けども片恋にたわや女我れは時わかず泣く
10/2157H01夕影に来鳴くひぐらしここだくも日ごとに聞けど飽かぬ声かも
10/2231H01萩の花咲きたる野辺にひぐらしの鳴くなるなへに秋の風吹く
15/3589H01夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてぞ我が来る妹が目を欲り
15/3620H01恋繁み慰めかねてひぐらしの鳴く島蔭に廬りするかも
15/3655H01今よりは秋づきぬらしあしひきの山松蔭にひぐらし鳴きぬ
17/3951H01ひぐらしの鳴きぬる時はをみなへし咲きたる野辺を行きつつ見べし
日ごと 毎日毎日

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2158
#[題詞]詠<蟋>
#[原文]秋風之 寒吹奈倍 吾屋前之 淺茅之本尓 蟋蟀鳴毛
#[訓読]秋風の寒く吹くなへ我が宿の浅茅が本にこほろぎ鳴くも
#[仮名],あきかぜの,さむくふくなへ,わがやどの,あさぢがもとに,こほろぎなくも
#[左注]
#[校異]蟋蟀 -> 蟋 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,動物,季節
#[訓異]
#[大意]秋風が寒く吹くごとに自分の家の浅茅の根もとでこおろぎが鳴くことであるよ
#{語釈]
蟋 蟋蟀 秋に鳴く虫の総称
08/1552H01夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこほろぎ鳴くも
10/2158H01秋風の寒く吹くなへ我が宿の浅茅が本にこほろぎ鳴くも
10/2159H01蔭草の生ひたる宿の夕影に鳴くこほろぎは聞けど飽かぬかも
10/2160H01庭草に村雨降りてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり
10/2264H01こほろぎの待ち喜ぶる秋の夜を寝る験なし枕と我れは
10/2271H01草深みこほろぎさはに鳴くやどの萩見に君はいつか来まさむ
10/2310H01こほろぎの我が床の辺に鳴きつつもとな置き居つつ君に恋ふるに寐ねかてなくに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2159
#[題詞](詠<蟋>)
#[原文]影草乃 生有屋外之 暮陰尓 鳴蟋蟀者 雖聞不足可聞
#[訓読]蔭草の生ひたる宿の夕影に鳴くこほろぎは聞けど飽かぬかも
#[仮名],かげくさの,おひたるやどの,ゆふかげに,なくこほろぎは,きけどあかぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]物陰の草が生えている家の夕方のほのかな光に鳴くこおろぎはいくら聞いても聞き飽きることがないことだ
#{語釈]
蔭草 もの陰の草

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2160
#[題詞](詠<蟋>)
#[原文]庭草尓 村雨落而 蟋蟀之 鳴音聞者 秋付尓家里
#[訓読]庭草に村雨降りてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり
#[仮名],にはくさに,むらさめふりて,こほろぎの,なくこゑきけば,あきづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,季節
#[訓異]
#[大意]庭の草ににわかに激しい雨が降ってこおろぎの鳴く声を聞くと秋らしくなったことだ
#{語釈]
村雨 にわかに激しく降る雨
和名抄 暴雨 楊氏漢語抄云 白雨 和名 無良左女

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2161
#[題詞]詠蝦
#[原文]三吉野乃 石本不避 鳴川津 諾文鳴来 河乎浄
#[訓読]み吉野の岩もとさらず鳴くかはづうべも鳴きけり川をさやけみ
#[仮名],みよしのの,いはもとさらず,なくかはづ,うべもなきけり,かはをさやけみ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,吉野,地名,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]み吉野の岩肌にくっついて鳴く蛙はなるほど鳴いていることだ。川が清かなので
#{語釈]
さらず 去ることなく くっついて

#[説明]
類歌
07/1131H01皆人の恋ふるみ吉野今日見ればうべも恋ひけり山川清み
#[関連論文]


#[番号]10/2162
#[題詞](詠蝦)
#[原文]神名火之 山下動 去水丹 川津鳴成 秋登将云鳥屋
#[訓読]神なびの山下響み行く水にかはづ鳴くなり秋と言はむとや
#[仮名],かむなびの,やましたとよみ,ゆくみづに,かはづなくなり,あきといはむとや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,飛鳥,地名,動物,季節
#[訓異]
#[大意]神奈備の山の下を響かせて行く水に蛙が鳴いているのが聞こえる。秋だといおうとしているのだろうか
#{語釈]
神なびの山 神が降臨する山 三輪山か明日香の神奈備 ここは明日香の明日香川のことを言っているか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2163
#[題詞](詠蝦)
#[原文]草枕 客尓物念 吾聞者 夕片設而 鳴川津可聞
#[訓読]草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
#[仮名],くさまくら,たびにものもひ,わがきけば,ゆふかたまけて,なくかはづかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]草枕旅に物思いをして自分が聞くと、夕方を待ち受けて鳴く蛙であることだ
#{語釈]
物思ひ 望郷の念が起こっている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2164
#[題詞](詠蝦)
#[原文]瀬呼速見 落當知足 白浪尓 <河>津鳴奈里 朝夕毎
#[訓読]瀬を早み落ちたぎちたる白波にかはづ鳴くなり朝夕ごとに
#[仮名],せをはやみ,おちたぎちたる,しらなみに,かはづなくなり,あさよひごとに
#[左注]
#[校異]川 -> 河 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]川瀬の流れが速いので激流となって落ちている白波に蛙の鳴き声が聞こえる。朝夕ごとに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2165
#[題詞](詠蝦)
#[原文]上瀬尓 河津妻呼 暮去者 衣手寒三 妻将枕跡香
#[訓読]上つ瀬にかはづ妻呼ぶ夕されば衣手寒み妻まかむとか
#[仮名],かみつせに,かはづつまよぶ,ゆふされば,ころもでさむみ,つままかむとか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物
#[訓異]
#[大意]上流では蛙が妻を呼んでいる。夕方になると衣手が寒いので妻を枕としようというのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2166
#[題詞]詠鳥
#[原文]妹手<呼> 取石池之 浪間従 鳥音異鳴 秋過良之
#[訓読]妹が手を取石の池の波の間ゆ鳥が音異に鳴く秋過ぎぬらし
#[仮名],いもがてを,とろしのいけの,なみのまゆ,とりがねけになく,あきすぎぬらし
#[左注]
#[校異]乎 -> 呼 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,大阪府,高石市,地名,枕詞,動物,季節
#[訓異]
#[大意]妹の手を取るその取石の池の波の間から鳥がいつもと違って鳴く。秋が過ぎてしまったらしい
#{語釈]
妹が手を 取石の枕詞

取石 大阪府高石市取石から和泉市舞町にかけて
井手至 昭和初期 和泉市上代町黄金山古墳の西方に大池
続日本紀 神亀元年十月五日聖武天皇紀州行幸
十一日行還至和泉国取石頓宮

鳥が音異に鳴く 鳥がいつもと違って異様な鳴き方をしている
秋が過ぎたと感じたことによって鳥までもいつもと違う鳴き方をしていると 言ったもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2167
#[題詞](詠鳥)
#[原文]秋野之 草花我末 鳴<百舌>鳥 音聞濫香 片聞吾妹
#[訓読]秋の野の尾花が末に鳴くもずの声聞きけむか片聞け我妹
#[仮名],あきののの,をばながうれに,なくもずの,こゑききけむか,かたきけわぎも
#[左注]
#[校異]舌百 -> 百舌 [類] / 濫 [元][類][紀](塙) 監
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物
#[訓異]
#[大意]秋の野の尾花の葉先で鳴いている百舌の声を聞いたでしょうか。ひたすら聞きなさいよ。我妹よ。
#{語釈]
尾花 全注 花補の出たすすきをいう。

百舌 全注 八月上旬頃から鳴きはじめ、十月下旬から十二月中旬にかけて最もよく鳴く。
「もずの高鳴き」とも言われる印象的な声である。
10/1897H01春さればもずの草ぐき見えずとも我れは見やらむ君があたりをば

片聞け 元 ひとりわかいも 類 かたきわきもこ 紀 かたきくわきもこ
西 かたきくわきも
かた 不十分に 不完全に 全註釈 物をよくも聞かないわが妻よ
大系 ひとり聞く
ひたすら 一方で 片待つ 注釈 全注 一心に
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2168
#[題詞]詠露
#[原文]冷芽子丹 置白霧 朝々 珠<年>曽見流 置白霧
#[訓読]秋萩に置ける白露朝な朝な玉としぞ見る置ける白露
#[仮名],あきはぎに,おけるしらつゆ,あさなさな,たまとしぞみる,おけるしらつゆ
#[左注]
#[校異]斗 -> 年 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,植物,属目
#[訓異]
#[大意]秋萩に置いている白露は毎朝玉と見ることだ。置いている白露は
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2169
#[題詞](詠露)
#[原文]暮立之 雨落毎 [一云 打零者] 春日野之 尾花之上乃 白霧所念
#[訓読]夕立ちの雨降るごとに [一云 うち降れば] 春日野の尾花が上の白露思ほゆ
#[仮名],ゆふだちの,あめふるごとに[うちふれば],かすがのの,をばながうへの,しらつゆおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,植物
#[訓異]
#[大意]夕立の雨が降るたびに 一云 降ると 春日野の尾花の上の白露が思われてならない
#{語釈]
夕立 秋の季節に用いられている

#[説明]
雨に濡れる春日野の尾花を思い出している。春日野は行楽の地として作者が行っていた。

16/3819H01夕立の雨うち降れば春日野の尾花が末の白露思ほゆ
16/3820H01夕づく日さすや川辺に作る屋の形をよろしみうべ寄そりけり
16/3820S01右歌二首小鯛王宴居之日取琴 登時必先吟詠此歌也 其小鯛王者更名置始多
16/3820S02久美斯人也

#[関連論文]


#[番号]10/2170
#[題詞](詠露)
#[原文]秋芽子之 枝毛十尾丹 露霜置 寒毛時者 成尓家類可聞
#[訓読]秋萩の枝もとををに露霜置き寒くも時はなりにけるかも
#[仮名],あきはぎの,えだもとををに,つゆしもおき,さむくもときは,なりにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]秋萩の枝もたわむばかりに露霜が置いて寒くも時はなったことである
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2171
#[題詞](詠露)
#[原文]白露 与秋芽子者 戀乱 別事難 吾情可聞
#[訓読]白露と秋萩とには恋ひ乱れ別くことかたき我が心かも
#[仮名],しらつゆと,あきはぎとには,こひみだれ,わくことかたき,あがこころかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]白露と秋萩とには恋い乱れていて、分けることが難しい自分の心であるなあ
#{語釈]
別くことかたき 白露の美しさと秋萩への執着心のどちらがよいか判断出来ない様子

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2172
#[題詞](詠露)
#[原文]吾屋戸之 麻花押靡 置露尓 手觸吾妹兒 落巻毛将見
#[訓読]我が宿の尾花押しなべ置く露に手触れ我妹子散らまくも見む
#[仮名],わがやどの,をばなおしなべ,おくつゆに,てふれわぎもこ,ちらまくもみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]我が家の尾花を押し靡かせて置く露に手を触れなさいよ。我妹子よ。露が散るのも見よう
#{語釈]
散らまくも 静的な露だけでなく動的にとらえようとしたもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2173
#[題詞](詠露)
#[原文]白露乎 取者可消 去来子等 露尓争而 芽子之遊将為
#[訓読]白露を取らば消ぬべしいざ子ども露に競ひて萩の遊びせむ
#[仮名],しらつゆを,とらばけぬべし,いざこども,つゆにきほひて,はぎのあそびせむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]白露を手に取ると消えてしまうだろう。さあみんなの者、露と先を争って萩の遊びをしようよ
#{語釈]
萩の遊び 萩を見たり、手に取ったりして鑑賞する

#[説明]
萩を見ることを目的とした秋の宴での歌か

#[関連論文]


#[番号]10/2174
#[題詞](詠露)
#[原文]秋田苅 借廬乎作 吾居者 衣手寒 露置尓家留
#[訓読]秋田刈る刈廬を作り我が居れば衣手寒く露ぞ置きにける
#[仮名],あきたかる,かりいほをつくり,わがをれば,ころもでさむく,つゆぞおきにける
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]秋田を刈る刈廬を作って自分がいると衣の袖が寒くて露が置いたことだ
#{語釈]
衣手寒く 妻と別れて一人でいるので

#[説明]
後撰集 天智天皇御製 百人一首の本歌

#[関連論文]


#[番号]10/2175
#[題詞](詠露)
#[原文]日来之 秋風寒 芽子之花 令散白露 置尓来下
#[訓読]このころの秋風寒し萩の花散らす白露置きにけらしも
#[仮名],このころの,あきかぜさむし,はぎのはな,ちらすしらつゆ,おきにけらしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]この頃の秋風は寒い。萩の花を散らす白露が置いたらしいよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2176
#[題詞](詠露)
#[原文]秋田苅 苫手揺奈利 白露<志> 置穂田無跡 告尓来良思 [一云 告尓来良思母]
#[訓読]秋田刈る苫手動くなり白露し置く穂田なしと告げに来ぬらし [一云 告げに来らしも]
#[仮名],あきたかる,とまでうごくなり,しらつゆし,おくほだなしと,つげにきぬらし,[つげにくらしも]
#[左注]
#[校異]者 -> 志 [元][紀]
#[鄣W],秋雑歌,異伝
#[訓異]
#[大意]秋田を刈る苫手が動いているようだ。白露が置く稲穂の田がないと告げに来たらしい 一云 告げにくるらしいよ
#{語釈]
苫手 菅や萱などで薦を作って防寒などのために屋根や周囲を覆うもの
和名抄 苫 和名度満 編菅茅以覆屋也

#[説明]
稲刈りの終わった田での光景

#[関連論文]


#[番号]10/2177
#[題詞]詠山
#[原文]春者毛要 夏者緑丹 紅之 綵色尓所見 秋山可聞
#[訓読]春は萌え夏は緑に紅のまだらに見ゆる秋の山かも
#[仮名],はるはもえ,なつはみどりに,くれなゐの,まだらにみゆる,あきのやまかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,属目,季節
#[訓異]
#[大意]春は木の葉が萌え、夏は緑になり、今は紅のまだらに見える秋の山であるなあ
#{語釈]
まだらに 原文 綵 元 いろいろにみゆる 類、紀 いろにみゆるは
西 にしきにみゆる
古義 まだらにみゆる
全註釈、大系 しみいろにみゆる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2178
#[題詞]詠黄葉
#[原文]妻隠 矢野神山 露霜尓 々寶比始 散巻惜
#[訓読]妻ごもる矢野の神山露霜ににほひそめたり散らまく惜しも
#[仮名],つまごもる,やののかむやま,つゆしもに,にほひそめたり,ちらまくをしも
#[左注](右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,地名,季節
#[訓異]
#[大意]妻こもる屋ではないが矢野の神山が露霜に照り映え始めた。散ることが惜しいなあ
#{語釈]
妻ごもる 屋の枕詞。ここは矢野

矢野の神山 所在未詳
全註釈 出雲市矢野 式内矢野神社
大日本地名辞書 三重県度会郡玉城町矢野
和名抄 備後国甲奴郡矢野郷 広島県甲奴(こうぬ)郡上下町矢野
伊予国喜多郡矢野郷 愛媛県八万浜市矢野

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2179
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]朝露尓 染始 秋山尓 <鍾>礼莫零 在渡金
#[訓読]朝露ににほひそめたる秋山にしぐれな降りそありわたるがね
#[仮名],あさつゆに,にほひそめたる,あきやまに,しぐれなふりそ,ありわたるがね
#[左注]右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]鐘 -> 鍾 [元][紀] / 歌 [西] 謌
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,季節
#[訓異]
#[大意]朝露に色付き始めた秋山に時雨れよ降るなよ。紅葉したままであるように
#{語釈]
にほひそめたる 原文 染始 元、類 そめはしめつる
西 そめはしめたる
万葉考 にほひそめたる

ありわたるがね あり続ける その状態が続く がね ~ように 終助詞

#[説明]
時雨が黄葉を散らすということをもとにしている

#[関連論文]


#[番号]10/2180
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]九月乃 <鍾>礼乃雨丹 沾通 春日之山者 色付丹来
#[訓読]九月のしぐれの雨に濡れ通り春日の山は色づきにけり
#[仮名],ながつきの,しぐれのあめに,ぬれとほり,かすがのやまは,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]鐘 -> 鍾 [元][紀]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,季節,属目
#[訓異]
#[大意]長月の時雨の雨にすっかり濡れて春日の山は色付いたことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2181
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]鴈鳴之 寒朝開之 露有之 春日山乎 令黄物者
#[訓読]雁が音の寒き朝明の露ならし春日の山をもみたすものは
#[仮名],かりがねの,さむきあさけの,つゆならし,かすがのやまを,もみたすものは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,動物
#[訓異]
#[大意]雁の鳴き声の寒い朝明けの露なのだろう。春日の山を紅葉させるものは
#{語釈]
もみたす もみつ(紅葉する)の他動詞形

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2182
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]比日之 暁露丹 吾屋前之 芽子乃下葉者 色付尓家里
#[訓読]このころの暁露に我がやどの萩の下葉は色づきにけり
#[仮名],このころの,あかときつゆに,わがやどの,はぎのしたばは,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]この頃の暁の露に自分の家の萩の下葉は色付いたことであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2183
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]鴈<音>者 今者来鳴沼 吾待之 黄葉早継 待者辛苦母
#[訓読]雁がねは今は来鳴きぬ我が待ちし黄葉早継げ待たば苦しも
#[仮名],かりがねは,いまはきなきぬ,わがまちし,もみちはやつげ,またばくるしも
#[左注]
#[校異]鳴 -> 音 [元][類][温][京]
#[鄣W],秋雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]雁は今はやって来て鳴いた。自分が待っていた黄葉よ早く後に続きなさい。待つと苦しいことだから
#{語釈]
早継げ 続く 継承する

待たば 旧訓 まてはくるしも 講談社 まてば

#[説明]
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#[番号]10/2184
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]秋山乎 謹人懸勿 忘西 其黄葉乃 所思君
#[訓読]秋山をゆめ人懸くな忘れにしその黄葉の思ほゆらくに
#[仮名],あきやまを,ゆめひとかくな,わすれにし,そのもみちばの,おもほゆらくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]秋山を決して人は口にするな。やっと忘れたその黄葉がまた思われてならないから
#{語釈]
人かくな かく 言葉に出す 心にかける
02/0199H01かけまくも ゆゆしきかも
03/0475H01かけまくも あやに畏し 言はまくも ゆゆしきかも 我が大君 皇子の命
03/0478H01かけまくも あやに畏し 我が大君 皇子の命の もののふの
06/0948H04馬並めて 行かまし里を 待ちかてに 我がする春を かけまくも
06/1021H01かけまくも ゆゆし畏し 住吉の 現人神 船舳に うしはきたまひ
13/3234H04ここをしも まぐはしみかも かけまくも あやに畏き 山辺の
13/3324H01かけまくも あやに畏し 藤原の 都しみみに 人はしも 満ちてあれども
18/4111H01かけまくも あやに畏し 天皇の 神の大御代に 田道間守
20/4360H02知らしめしきと 今の緒に 絶えず言ひつつ かけまくも

#[説明]
恋情めかした言い方

#[関連論文]


#[番号]10/2185
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]大坂乎 吾越来者 二上尓 黄葉流 志具礼零乍
#[訓読]大坂を我が越え来れば二上に黄葉流るしぐれ降りつつ
#[仮名],おほさかを,わがこえくれば,ふたかみに,もみちばながる,しぐれふりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,地名,植物,季節
#[訓異]
#[大意]大坂を自分が越えてくると二上に黄葉した葉が流れる。時雨が降りながら
#{語釈]
大坂 大和から難波に越える坂 和名抄 大和国葛上郡大坂郷
現奈良県北葛城郡香芝町逢坂
二上山 穴虫峠越 竹内峠越え 龍田山越 生駒山越のルート

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2186
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]秋去者 置白露尓 吾門乃 淺茅何浦葉 色付尓家里
#[訓読]秋されば置く白露に我が門の浅茅が末葉色づきにけり
#[仮名],あきされば,おくしらつゆに,わがかどの,あさぢがうらば,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]秋になると置く白露に自分の門の浅茅の葉先も色付いたことであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2187
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]妹之袖 巻来乃山之 朝露尓 仁寶布黄葉之 散巻惜裳
#[訓読]妹が袖巻来の山の朝露ににほふ黄葉の散らまく惜しも
#[仮名],いもがそで,まききのやまの,あさつゆに,にほふもみちの,ちらまくをしも
#[左注]
#[校異]巻 [元][類](塙) 莫
#[鄣W],秋雑歌,地名,枕詞,植物,季節
#[訓異]
#[大意]妹の袖を枕にする巻来の山の朝露に照り映える黄葉の散ることが惜しいことだ
#{語釈]
妹が袖 巻の枕詞

巻来の山 所在未詳 万葉考 城山 古義、略解 巻向山

#[説明]
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#[番号]10/2188
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒
#[訓読]黄葉のにほひは繁ししかれども妻梨の木を手折りかざさむ
#[仮名],もみちばの,にほひはしげし,しかれども,つまなしのきを,たをりかざさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]黄葉の葉は色とりどりに照り映えている。そうではあるが自分は妻がいないという梨の木を手折ってかざしにしよう
#{語釈]
にほひは繁し 代匠記 紅葉によき木の多きなり
注釈 萩とか楓とかいろいろ美しいもみぢの色がたくさんあるの意

妻梨の木 梨の木 妻をかけた 09/1795妻松 06/1041君松 と同じ
19/4259H01十月時雨の常か我が背子が宿の黄葉散りぬべく見ゆ
19/4259S01右一首少納言大伴宿祢家持當時矚梨黄葉作此歌也

#[説明]
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#[番号]10/2189
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]露霜乃 寒夕之 秋風丹 黄葉尓来毛 妻梨之木者
#[訓読]露霜の寒き夕の秋風にもみちにけらし妻梨の木は
#[仮名],つゆしもの,さむきゆふへの,あきかぜに,もみちにけらし,つまなしのきは
#[左注]
#[校異]毛 (塙)(楓) 之
#[鄣W],秋雑歌,植物,属目,季節
#[訓異]
#[大意]露霜が降りる寒い夕べの秋風に紅葉したらしい。妻がないという梨の木は。
#{語釈]
#[説明]
前歌との連作か。

#[関連論文]


#[番号]10/2190
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]吾門之 淺茅色就 吉魚張能 浪柴乃野之 黄葉散良新
#[訓読]我が門の浅茅色づく吉隠の浪柴の野の黄葉散るらし
#[仮名],わがかどの,あさぢいろづく,よなばりの,なみしばののの,もみちちるらし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,桜井市,地名,植物,季節
#[訓異]
#[大意]自分の家の浅茅が色付いている。吉隠の浪柴の野の黄葉は散るらしい
#{語釈]
吉隠 奈良県櫻井市吉隠
02/0203H01降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の塞なさまくに
08/1561H01吉隠の猪養の山に伏す鹿の妻呼ぶ声を聞くが羨しさ
10/2190H01我が門の浅茅色づく吉隠の浪柴の野の黄葉散るらし
10/2207H01我がやどの浅茅色づく吉隠の夏身の上にしぐれ降るらし
10/2339H01吉隠の野木に降り覆ふ白雪のいちしろくしも恋ひむ我れかも

浪柴の野 所在未詳 大井重二郎 角柄から柳にかけて
普通名詞
持統紀 即ち此れ今本郡に隷しめて、其の野を浪芝野と曰ふ

#[説明]
平城京時代の歌であるから、平城の黄葉の様子を見て、作者と関係の深い吉隠のことを思い出している歌

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#[番号]10/2191
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]鴈之鳴乎 聞鶴奈倍尓 高松之 野上<乃>草曽 色付尓家留
#[訓読]雁が音を聞きつるなへに高松の野の上の草ぞ色づきにける
#[仮名],かりがねを,ききつるなへに,たかまつの,ののうへのくさぞ,いろづきにける
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [元][類][紀][温]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,高円,地名,動物,植物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]雁の鳴き声を聞くごとに高円の野のあたりの草が色付くことであるよ。
#{語釈]
高松の野 高円野
10/1874H01春霞たなびく今日の夕月夜清く照るらむ高松の野に
10/2101H01我が衣摺れるにはあらず高松の野辺行きしかば萩の摺れるぞ
10/2191H01雁が音を聞きつるなへに高松の野の上の草ぞ色づきにける
10/2203H01里ゆ異に霜は置くらし高松の野山づかさの色づく見れば
10/2233H01高松のこの峰も狭に笠立てて満ち盛りたる秋の香のよさ
10/2319H01夕されば衣手寒し高松の山の木ごとに雪ぞ降りたる

#[説明]
類想歌
08/1540H01今朝の朝明雁が音寒く聞きしなへ野辺の浅茅ぞ色づきにける
08/1575H01雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉はもみちぬるかも

#[関連論文]


#[番号]10/2192
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]吾背兒我 白細衣 徃觸者 應染毛 黄變山可聞
#[訓読]我が背子が白栲衣行き触ればにほひぬべくももみつ山かも
#[仮名],わがせこが,しろたへころも,ゆきふれば,にほひぬべくも,もみつやまかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,季節,属目
#[訓異]
#[大意]我が背子の白い布の衣が行って触れると染まってしまいそうに紅葉した山であるよ
#{語釈]
行き触れば 衣が行き触れると染まる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2193
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]秋風之 日異吹者 水莫能 岡之木葉毛 色付尓家里
#[訓読]秋風の日に異に吹けば水茎の岡の木の葉も色づきにけり
#[仮名],あきかぜの,ひにけにふけば,みづくきの,をかのこのはも,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]秋風が日増しに吹いてくると水茎の岡の木の葉も色付いたことであるよ
#{語釈]
日に異に 日増しに
04/0595H01我が命の全けむ限り忘れめやいや日に異には思ひ増すとも
04/0598H01恋にもぞ人は死にする水無瀬川下ゆ我れ痩す月に日に異に
04/0698H01春日野に朝居る雲のしくしくに我れは恋ひ増す月に日に異に
08/1632H01あしひきの山辺に居りて秋風の日に異に吹けば妹をしぞ思ふ
10/2121H01秋風は日に異に吹きぬ高円の野辺の秋萩散らまく惜しも
10/2193H01秋風の日に異に吹けば水茎の岡の木の葉も色づきにけり
10/2204H01秋風の日に異に吹けば露を重み萩の下葉は色づきにけり
10/2295H01我が宿の葛葉日に異に色づきぬ来まさぬ君は何心ぞも
11/2596H01慰もる心はなしにかくのみし恋ひやわたらむ月に日に異に
12/2882H01逢はずして恋ひわたるとも忘れめやいや日に異には思ひ増すとも
12/2928H01おのがじし人死にすらし妹に恋ひ日に異に痩せぬ人に知らえず
13/3246H01天なるや月日のごとく我が思へる君が日に異に老ゆらく惜しも
13/3329H04日に異にまさる いつはしも 恋ひぬ時とは あらねども この九月を
15/3659H01秋風は日に異に吹きぬ我妹子はいつとか我れを斎ひ待つらむ
17/3962H04床に臥い伏し 痛けくし 日に異に増さる たらちねの 母の命の
17/3969H03床に臥い伏し 痛けくの 日に異に増せば 悲しけく ここに思ひ出

水茎の 岡にかかる枕詞 かかり方未詳
水茎はかやつり草科のこうぼうむぎのこと。それが生えている岡
水茎で緒を作るので、岡の「を」との同音繰り返し
06/0968H01ますらをと思へる我れや水茎の水城の上に涙拭はむ
07/1231H01天霧らひひかた吹くらし水茎の岡の港に波立ちわたる
10/2193H01秋風の日に異に吹けば水茎の岡の木の葉も色づきにけり
10/2208H01雁がねの寒く鳴きしゆ水茎の岡の葛葉は色づきにけり
12/3068H01水茎の岡の葛葉を吹きかへし面知る子らが見えぬころかも

岡 普通名詞 どこの岡かはわからない
07/1231H01天霧らひひかた吹くらし水茎の岡の港に波立ちわたる
この場合は地名。福岡県遠賀郡芦屋町の遠賀川河口

#[説明]
類歌
10/2204H01秋風の日に異に吹けば露を重み萩の下葉は色づきにけり
10/2208H01雁がねの寒く鳴きしゆ水茎の岡の葛葉は色づきにけり

#[関連論文]


#[番号]10/2194
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]鴈鳴乃 来鳴之共 韓衣 裁田之山者 黄始南
#[訓読]雁がねの来鳴きしなへに韓衣龍田の山はもみちそめたり
#[仮名],かりがねの,きなきしなへに,からころも,たつたのやまは,もみちそめたり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,生駒郡,地名,動物,植物,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]雁がやって来て鳴くごとに韓衣を裁つ龍田の山は紅葉し始めることである
#{語釈]
韓衣 外国風の衣服 裁つの意で立にかかる
06/0952H01韓衣着奈良の里の嶋松に玉をし付けむよき人もがも
10/2194H01雁がねの来鳴きしなへに韓衣龍田の山はもみちそめたり
11/2619H01朝影に我が身はなりぬ韓衣裾のあはずて久しくなれば
11/2682H01韓衣君にうち着せ見まく欲り恋ひぞ暮らしし雨の降る日を
14/3482H01韓衣裾のうち交へ逢はねども異しき心を我が思はなくに
14/3482H02韓衣裾のうち交ひ逢はなへば寝なへのからに言痛かりつも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2195
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]鴈之鳴 聲聞苗荷 明日従者 借香能山者 黄始南
#[訓読]雁がねの声聞くなへに明日よりは春日の山はもみちそめなむ
#[仮名],かりがねの,こゑきくなへに,あすよりは,かすがのやまは,もみちそめなむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,動物,季節
#[訓異]
#[大意]雁の鳴き声を聞くごとに明日からは春日の山は紅葉し始めるのだろう
#{語釈]
春日の山 現在春日山と言われる東の山の総称

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2196
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]四具礼能雨 無間之零者 真木葉毛 争不勝而 色付尓家里
#[訓読]しぐれの雨間なくし降れば真木の葉も争ひかねて色づきにけり
#[仮名],しぐれのあめ,まなくしふれば,まきのはも,あらそひかねて,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]時雨の雨が絶え間なく降るので、真木の葉も争うことが出来ずに色付いたことであるよ
#{語釈]
真木の葉 普通、桧や杉などの常緑高木を指す そんな常緑樹までも色が変わるという表現
注釈 小清水卓二博士が桧の中にはずいぶん色が変わるのがあり、万葉人がその真実を見ているのに感心すると私に話されたことがある。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2197
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]灼然 四具礼乃雨者 零勿國 大城山者 色付尓家里 [謂大城山者 在筑前<國>御笠郡之大野山頂 号曰大城者也]
#[訓読]いちしろくしぐれの雨は降らなくに大城の山は色づきにけり [謂大城山者 在筑前<國>御笠郡之大野山頂 号曰大城者也]
#[仮名],いちしろく,しぐれのあめは,ふらなくに,おほきのやまは,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]<> -> 國 [元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,福岡県,太宰府,地名,季節,属目
#[訓異]
#[大意]ひどくは時雨の雨は降らないのに大城の山は色付いたことである
#{語釈]
大城の山 脚注にあるように大野城市、太宰府市の四王山
08/1474D01大伴坂上郎女思筑紫大城山歌一首
08/1474H01今もかも大城の山に霍公鳥鳴き響むらむ我れなけれども
10/2197H01いちしろくしぐれの雨は降らなくに大城の山は色づきにけり
10/2197I01[謂大城山者 在筑前國御笠郡之大野山頂 号曰大城者也]

#[説明]
太宰府で詠まれたものが作者未詳、年代未詳であるので、この巻に納められた。
都人への説明のために太宰府を知っている人が注を付けた。
築紫関連歌 1930,2341 巻7,11,12 作者未詳歌 林田正男 長田王、石川君子が都に伝えたか

#[関連論文]


#[番号]10/2198
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]風吹者 黄葉散乍 小雲 吾松原 清在莫國
#[訓読]風吹けば黄葉散りつつすくなくも吾の松原清くあらなくに
#[仮名],かぜふけば,もみちちりつつ,すくなくも,あがのまつばら,きよくあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,三重県,地名,植物
#[訓異]
#[大意]風が吹くと黄葉が散り乱れ、少しも清らかだということはないことだ。大いに清らかなことである
#{語釈]
すくなくも 原文 小雲 西 しばらくも 略解 宣長説としてすくなくも
打ち消しをともなって、少なくとも~ではない ということは大いに~で ある意

吾の松原 三重県四日市市から三重郡楠町の海岸の内 未詳
06/1030D01天皇御製歌一首
06/1030H01妹に恋ひ吾の松原見わたせば潮干の潟に鶴鳴き渡る
06/1030S01右一首今案 吾松原在三重郡 相去河口行宮遠矣 若疑御在朝明行宮之時
06/1030S02所製御歌 傳者誤之歟

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2199
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]物念 隠座而 今日見者 春日山者 色就尓家里
#[訓読]物思ふと隠らひ居りて今日見れば春日の山は色づきにけり
#[仮名],ものもふと,こもらひをりて,けふみれば,かすがのやまは,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,季節,属目
#[訓異]
#[大意]物思いをするとして隠ったりして、今日見ると春日の山は色付いたことであるよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1568H01雨隠り心いぶせみ出で見れば春日の山は色づきにけり

#[関連論文]


#[番号]10/2200
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]九月 白露負而 足日木乃 山之将黄變 見幕下吉
#[訓読]九月の白露負ひてあしひきの山のもみたむ見まくしもよし
#[仮名],ながつきの,しらつゆおひて,あしひきの,やまのもみたむ,みまくしもよし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞,季節,植物
#[訓異]
#[大意]九月の白露を背負ってあしひきの山が紅葉するであろうのを見ることもよいことだ
#{語釈]
九月 晩秋の季節
全注 十月はしぐれか雨にしか続かないが、九月は白露、露のほか、初雁、有明の月夜、黄葉などにかかり、この月の風趣の豊かさを反映している。

もみたむ 動詞「もみつ」の未然形に推量の「む」のついたもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2201
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]妹許跡 馬鞍置而 射駒山 撃越来者 紅葉散筒
#[訓読]妹がりと馬に鞍置きて生駒山うち越え来れば黄葉散りつつ
#[仮名],いもがりと,うまにくらおきて,いこまやま,うちこえくれば,もみちちりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,地名,植物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]妹のもとへと馬へ鞍を置いて生駒山を越えて来ると黄葉が散っている
#{語釈]
うち越え来れば 通常は龍田道をとるが、生駒山の直越えをしている

#[説明]
全注 難波から公務の合間に妻のもとをたずねようとする官人の作
遣新羅使 15/3589,3590

#[関連論文]


#[番号]10/2202
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]黄葉為 時尓成良之 月人 楓枝乃 色付見者
#[訓読]黄葉する時になるらし月人の桂の枝の色づく見れば
#[仮名],もみちする,ときになるらし,つきひとの,かつらのえだの,いろづくみれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]紅葉する時になるらしい。月人の桂の枝の色付くのを見ると
#{語釈]
月人 月を擬人化したもの
10/2010H01夕星も通ふ天道をいつまでか仰ぎて待たむ月人壮士
07/1372H01み空行く月読壮士夕さらず目には見れども寄るよしもなし

桂 カツラ科の落葉高木 香りのいいキンモクセイという説もある
04/0632H01目には見て手には取らえぬ月の内の楓のごとき妹をいかにせむ
原文 楓 新撰字鏡 楓 香樹 加豆良 和名抄 楓 和名 乎加豆良
カエデは、カエルデ 新撰字鏡 鶏冠樹 加戸天 和名抄 賀倍天乃木
08/1623H01我が宿にもみつ蝦手見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし

#[説明]
漢詩文が背景

#[関連論文]


#[番号]10/2203
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]里異 霜者置良之 高松 野山司之 色付見者
#[訓読]里ゆ異に霜は置くらし高松の野山づかさの色づく見れば
#[仮名],さとゆけに,しもはおくらし,たかまつの,のやまづかさの,いろづくみれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,高円,地名,季節,属目
#[訓異]
#[大意]里とは異なって格段多く霜は置くらしい。高円の野山の小高くなった所の色付くのを見ると
#{語釈]
里ゆ異に 原文 里異 元、紀 さとわきて 類 さとことに 仙覚 西 さともけに
大系 さとごとに 注釈、私注 さとにけに
全集、集成 さとゆけに

全注 さとも さとに さとごと では里も特別に の意味になって野づかさとの関係がはっきりしない。 さとゆ としてさとよりは さとよりは一段と異なって

高松の野 高円野

つかさ 小高くなった所
04/0529H01佐保川の岸のつかさの柴な刈りそねありつつも春し来たらば立ち隠るがね

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2204
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]秋風之 日異吹者 露重 芽子之下葉者 色付来
#[訓読]秋風の日に異に吹けば露を重み萩の下葉は色づきにけり
#[仮名],あきかぜの,ひにけにふけば,つゆをおもみ,はぎのしたばは,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]秋風が日毎に寒く吹くので露が重くて萩の下葉は色付いたことであるよ
#{語釈]
露を重み 元 つゆをおもみ 類 つゆをしけみ 西 つゆおもみ
注釈 全注 つゆをしげみ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2205
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]秋芽子乃 下葉赤 荒玉乃 月之歴去者 風疾鴨
#[訓読]秋萩の下葉もみちぬあらたまの月の経ぬれば風をいたみかも
#[仮名],あきはぎの,したばもみちぬ,あらたまの,つきのへぬれば,かぜをいたみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]秋萩の下葉が紅葉した。あらたまの月が経ったので風がひどいからなのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2206
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]真十鏡 見名淵山者 今日鴨 白露置而 黄葉将散
#[訓読]まそ鏡南淵山は今日もかも白露置きて黄葉散るらむ
#[仮名],まそかがみ,みなぶちやまは,けふもかも,しらつゆおきて,もみちちるらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,飛鳥,地名,季節,枕詞
#[訓異]
#[大意]まそ鏡を見る南淵山は今日も白露が置いて黄葉が散っているのであろうか
#{語釈]
まそ鏡 見ると同音で南淵にかかる枕詞

南淵山 奈良県高市郡明日香村稲淵  
09/1709H01御食向ふ南淵山の巌には降りしはだれか消え残りたる

#[説明]
かって明日香に住んでいた人が奈良遷都後、もとの場所を思い出している歌か

#[関連論文]


#[番号]10/2207
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]吾屋戸之 淺茅色付 吉魚張之 夏身之上尓 四具礼零疑
#[訓読]我がやどの浅茅色づく吉隠の夏身の上にしぐれ降るらし
#[仮名],わがやどの,あさぢいろづく,よなばりの,なつみのうへに,しぐれふるらし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,桜井市,地名,植物,季節
#[訓異]
#[大意]我が家の浅茅が色付いている。吉隠の夏見のあたりに時雨が降っているらしい
#{語釈]
浅茅 背の低い茅

吉隠 奈良県桜井市吉隠 三重県名張市
02/0203H01降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の塞なさまくに
08/1561H01吉隠の猪養の山に伏す鹿の妻呼ぶ声を聞くが羨しさ
10/2190H01我が門の浅茅色づく吉隠の浪柴の野の黄葉散るらし
10/2207H01我がやどの浅茅色づく吉隠の夏身の上にしぐれ降るらし
10/2339H01吉隠の野木に降り覆ふ白雪のいちしろくしも恋ひむ我れかも

夏見 未詳 奈良県桜井市吉隠 三重県名張市夏見 奈良県吉野郡吉野町菜摘
03/0375H01吉野なる菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして
09/1736H01山高み白木綿花に落ちたぎつ夏身の川門見れど飽かぬかも
09/1737H01大滝を過ぎて夏身に近づきて清き川瀬を見るがさやけさ
10/2207H01我がやどの浅茅色づく吉隠の夏身の上にしぐれ降るらし

#[説明]
吉隠の夏見に縁のある人が、そこから離れて暮らしていて思い出しているもの。
平城か明日香かは不明。

#[関連論文]


#[番号]10/2208
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]鴈鳴之 寒鳴従 水茎之 岡乃葛葉者 色付尓来
#[訓読]雁がねの寒く鳴きしゆ水茎の岡の葛葉は色づきにけり
#[仮名],かりがねの,さむくなきしゆ,みづくきの,をかのくずはは,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞,動物,植物,季節
#[訓異]
#[大意]雁が寒く鳴いたときから水茎の岡の葛の葉は色付いたことであるよ
#{語釈]
水茎の 2193

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2209
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]秋芽子之 下葉乃黄葉 於花継 時過去者 後将戀鴨
#[訓読]秋萩の下葉の黄葉花に継ぎ時過ぎゆかば後恋ひむかも
#[仮名],あきはぎの,したばのもみち,はなにつぎ,ときすぎゆかば,のちこひむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]秋萩の下葉の黄葉が花の咲くことに続いていって、時節が過ぎて行ってしまうと、後になって恋しく思うであろうか。
#{語釈]
花に継ぎ 萩の下葉が紅葉して、続いて花が咲く

#[説明]
季節が過ぎた後の恋情を述べたもの。
全注 貴族的な繊細さ

#[関連論文]


#[番号]10/2210
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]明日香河 黄葉流 葛木 山之木葉者 今之<落>疑
#[訓読]明日香川黄葉流る葛城の山の木の葉は今し散るらし
#[仮名],あすかがは,もみちばながる,かづらきの,やまのこのはは,いましちるらし
#[左注]
#[校異]散 -> 落 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,飛鳥,地名,植物,季節
#[訓異]
#[大意]明日香川に黄葉が流れている。葛城の山の木の葉は今散っているらしい。
#{語釈]
明日香川 山田孝雄 新考 全釈 全注 河内国の近つ飛鳥の明日香川
葛城二上山(2/165題詞)の西麓から羽曳野市を経て石川に合流する。
上流の葛城山の落葉を連想したもの。二上山付近を行く旅人の詠か

私注 全註釈 明日香の明日香川
遠景として葛城山があるので、必ずしも物理的な連携を考えなくともよい。

#[説明]
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#[番号]10/2211
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]妹之紐 解登結而 立田山 今許曽黄葉 始而有家礼
#[訓読]妹が紐解くと結びて龍田山今こそもみちそめてありけれ
#[仮名],いもがひも,とくとむすびて,たつたやま,いまこそもみち,そめてありけれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,生駒郡,地名,植物,季節
#[訓異]
#[大意]妹の衣の紐をほどいて結んで旅に立つ、その龍田山は、今が黄葉が始まっているのだろう。
#{語釈]
妹が紐解くと結びて 歌経標式 同句がある。
解くと 解こうとしての意
全注 妹の衣の紐をいずれは解くのだと結んで、旅に立つ
注釈 解いて結んで
全註釈 解くためにまず結びての意であろうか

旅立ちの際に、妹の紐を結ぶような儀式があったか。
妹の衣の紐をいったんほどいてまた結んで旅に立つ

もみちそめてありけれ 旧訓 はじめたりけれ 私注 そめてありけれ
2194、2195など「始」を「そめ」と訓む。

#[説明]
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#[番号]10/2212
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]鴈鳴之 <寒>喧之従 春日有 三笠山者 色付丹家里
#[訓読]雁がねの寒く鳴きしゆ春日なる御笠の山は色づきにけり
#[仮名],かりがねの,さむくなきしゆ,かすがなる,みかさのやまは,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]<> -> 寒 [新校]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,地名,動物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]雁が寒く鳴いた日から春日にある三笠の山は色付いたことである
#{語釈]
寒く鳴きしゆ 原文「喧之従」 元 きなきしひより 紀 きなきにしより
西 さわきにしより
新校 寒を補う 2208の類歌 2194もある。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2213
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]比者之 五更露尓 吾屋戸乃 秋之芽子原 色付尓家里
#[訓読]このころの暁露に我が宿の秋の萩原色づきにけり
#[仮名],このころの,あかときつゆに,わがやどの,あきのはぎはら,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]この頃の夜明けの露に自分の家の秋の萩原は色付いたことであるよ
#{語釈]
我が宿の秋の萩原 家に萩原があるのは不自然か。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2214
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]夕去者 鴈之越徃 龍田山 四具礼尓競 色付尓家里
#[訓読]夕されば雁の越え行く龍田山しぐれに競ひ色づきにけり
#[仮名],ゆふされば,かりのこえゆく,たつたやま,しぐれにきほひ,いろづきにけり
#[左注]
#[校異]尓 [元][類](塙) 丹
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,生駒郡,地名,動物,季節,属目
#[訓異]
#[大意]夕方になると雁が越えて行く龍田山よ。時雨と競争して色付いたことであるよ。
#{語釈]
夕されば雁の越え行く龍田山
10/2294H01秋されば雁飛び越ゆる龍田山立ちても居ても君をしぞ思ふ

競ひ
08/1649H01今日降りし雪に競ひて我が宿の冬木の梅は花咲きにけり

#[説明]
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#[番号]10/2215
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]左夜深而 四具礼勿零 秋芽子之 本葉之黄葉 落巻惜裳
#[訓読]さ夜更けてしぐれな降りそ秋萩の本葉の黄葉散らまく惜しも
#[仮名],さよふけて,しぐれなふりそ,あきはぎの,もとはのもみち,ちらまくをしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,哀惜,季節
#[訓異]
#[大意]夜が更けて時雨は降るなよ。秋萩のもとの方の葉の黄葉が散るのが惜しいよ。
#{語釈]
本葉 下葉に同じ 根もとの方の葉

#[説明]
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#[番号]10/2216
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]古郷之 始黄葉乎 手折<以> 今日曽吾来 不見人之為
#[訓読]故郷の初黄葉を手折り持ち今日ぞ我が来し見ぬ人のため
#[仮名],ふるさとの,はつもみちばを,たをりもち,けふぞわがこし,みぬひとのため
#[左注]
#[校異]以而 -> 以 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]故郷の初めて色付いた黄葉を手折って持ってきて、今日自分は来たことであるよ。見ない人のために
#{語釈]
故郷 明日香のこと

#[説明]
奈良朝の宴席の歌

#[関連論文]


#[番号]10/2217
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]君之家<乃> 黄葉早者 落 四具礼乃雨尓 所沾良之母
#[訓読]君が家の黄葉は早く散りにけりしぐれの雨に濡れにけらしも
#[仮名],きみがいへの,もみちばははやく,ちりにけり,しぐれのあめに,ぬれにけらしも
#[左注]
#[校異]乃之 -> 乃 [紀] / 早者 (塙) 者早
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]あなたの家の黄葉は早く散ってしまった。時雨の雨に濡れたらしいことだ。
#{語釈]
君が家の黄葉は早く散りにけり 異訓 全注のまとめによる
原文 乃之 黄葉早者 落 旧訓 もみちははやくちりにけり
代匠記 □(脱字)のもみちははやくちる 早者 -> 者早
注釈 □(脱字)のもみちばけさふりし
考、略解、古義、全釈、口訳 もみち(ぢ)は(ば)はやくちりにしは
新考 もみぢははやくちりにけり
全集、塙 もみちははやくちりにけり
全註釈 ともしきもみちけさはふる
窪田評釈 ともしきもみちはやくふる
佐々木評釈 はつもみちばははやくふる
私注 もみづるこのはあしたふる
おうふう もみちははやくちりにけり
講談社 もみちばけさはちりにけり
修正 もみちばははやちりにけり

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2218
#[題詞](詠黄葉)
#[原文]一年 二遍不行 秋山乎 情尓不飽 過之鶴鴨
#[訓読]一年にふたたび行かぬ秋山を心に飽かず過ぐしつるかも
#[仮名],ひととせに,ふたたびゆかぬ,あきやまを,こころにあかず,すぐしつるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]一年に二度と来ない秋山であるのに、心に満足しないで過ごしてしまったことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2219
#[題詞]詠水田
#[原文]足曳之 山田佃子 不秀友 縄谷延与 守登知金
#[訓読]あしひきの山田作る子秀でずとも縄だに延へよ守ると知るがね
#[仮名],あしひきの,やまたつくるこ,ひでずとも,なはだにはへよ,もるとしるがね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,比喩
#[訓異]
#[大意]あしひきの山の田を作る子よ。まだ稲穂が出ていなくとも、縄だけでも張っておきないよ。見張っていると他人がわかるように。
#{語釈]
水田 和名抄 漢語抄云 古奈太

作る 原文 佃 和名抄 音與田同 和名豆久利太 作田也

秀でず 「ひづ」(稲穂が出る)の未然形

守る 所有物を他人に奪われないように注意する

#[説明]
譬喩歌か。相手がまだ年若いとしても、結婚の約束だけはしておきなさいと言ったもの。
類歌
07/1353H01石上布留の早稲田を秀でずとも縄だに延へよ守りつつ居らむ

#[関連論文]


#[番号]10/2220
#[題詞](詠水田)
#[原文]左小<壮>鹿之 妻喚山之 岳邊在 早田者不苅 霜者雖零
#[訓読]さを鹿の妻呼ぶ山の岡辺なる早稲田は刈らじ霜は降るとも
#[仮名],さをしかの,つまよぶやまの,をかへなる,わさだはからじ,しもはふるとも
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [元][類]
#[鄣W],秋雑歌,動物,比喩
#[訓異]
#[大意]雄鹿が妻を呼ぶ山の岡のあたりにある早稲田は刈るまいよ。たとえ霜が降ったとしても。
#{語釈]
#[説明]
略解 妻問ふ鹿を哀れみて、彼が隠れ処にせん早稲田をば、霜置くまでも刈らじとなり
私注 稲を刈るにつけて聞く、男鹿の妻呼ぶ声は、感傷に堪えないからといふ心持であろう
新考 早稲田を刈らば鹿がおどろくべければ

妻問いをする鹿の邪魔はすまいという気持ち

何か寓意があるか。

全注 東光治「万葉動物考」続編 鹿が出て来ると、山田に植えた稲の穂を片っ端から抜き取って食ってしまふので、稲の熟する頃になると山田を番してその害を防いだ
番小屋を鹿追小屋と称して明治初年頃各地に残っていた というのが農民の鹿に対する態度であった。秋の宴席で題詠歌風に製作した都人の歌であったろうと思われる。

10/2156H01あしひきの山の常蔭に鳴く鹿の声聞かすやも山田守らす子
11/2649H01あしひきの山田守る翁が置く鹿火の下焦れのみ我が恋ひ居らむ
12/3000H01魂合へば相寝るものを小山田の鹿猪田守るごと母し守らすも

#[関連論文]


#[番号]10/2221
#[題詞](詠水田)
#[原文]<我>門尓 禁田乎見者 沙穂内之 秋芽子為酢寸 所念鴨
#[訓読]我が門に守る田を見れば佐保の内の秋萩すすき思ほゆるかも
#[仮名],わがかどに,もるたをみれば,さほのうちの,あきはぎすすき,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]祇 -> 我 [西(右書)][元][類][紀]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]我が門で見張る田を見ると、佐保の内野秋萩やすすきが思われてならないことだ
#{語釈]
我が門に守る田 家の門口にあって番をしている田 門田 禁をもると訓む 12/3000

佐保の内 佐保の内裏寄りの所か。
06/0949H01梅柳過ぐらく惜しみ佐保の内に遊びしことを宮もとどろに
10/1827H01春日なる羽がひの山ゆ佐保の内へ鳴き行くなるは誰れ呼子鳥
10/2221H01我が門に守る田を見れば佐保の内の秋萩すすき思ほゆるかも
11/2677H01佐保の内ゆあらしの風の吹きぬれば帰りは知らに嘆く夜ぞ多き
17/3957H09朝庭に 出で立ち平し 夕庭に 踏み平げず 佐保の内の

#[説明]
稲の刈り入れで田庄のある場所に行き、そこから佐保を思っている
全釈 大伴氏の一族の歌か
佐保の内を思うことは必ずしもそこに居宅があるとは限らない。

#[関連論文]


#[番号]10/2222
#[題詞]詠河
#[原文]暮不去 河蝦鳴成 三和河之 清瀬音乎 聞師吉毛
#[訓読]夕さらずかはづ鳴くなる三輪川の清き瀬の音を聞かくしよしも
#[仮名],ゆふさらず,かはづなくなる,みわがはの,きよきせのおとを,きかくしよしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良県,桜井市,地名,動物,土地讃美
#[訓異]
#[大意]夕方ごとに蛙の鳴き声が聞こえる三輪河の清らかな瀬の音を聞くのはよいことだ
#{語釈]
三輪川 初瀬川の三輪山あたりの呼称
09/1770D01大神大夫任長門守時集三輪河邊宴歌二首
09/1770H01みもろの神の帯ばせる泊瀬川水脈し絶えずは我れ忘れめや

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2223
#[題詞]詠月
#[原文]天海 月船浮 桂梶 懸而滂所見 月人<壮>子
#[訓読]天の海に月の舟浮け桂楫懸けて漕ぐ見ゆ月人壮士
#[仮名],あめのうみに,つきのふねうけ,かつらかぢ,かけてこぐみゆ,つきひとをとこ
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [類][紀][温]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]天の海に月の舟を浮かべて桂の楫を懸けて漕ぐのが見える月人壮士よ
#{語釈]
月の舟
07/1068H01天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ


10/2202H01黄葉する時になるらし月人の桂の枝の色づく見れば

#[説明]
秋の月を賞美する宴での作か

#[関連論文]


#[番号]10/2224
#[題詞](詠月)
#[原文]此夜等者 沙夜深去良之 鴈鳴乃 所聞空従 月立度
#[訓読]この夜らはさ夜更けぬらし雁が音の聞こゆる空ゆ月立ち渡る
#[仮名],このよらは,さよふけぬらし,かりがねの,きこゆるそらゆ,つきたちわたる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,属目
#[訓異]
#[大意]この夜はもう更けてしまったらしい。雁の鳴き声の聞こえる空を通って月が立って渡っている。
#{語釈]
この夜らは ら 接尾語

#[説明]
宴の退席の時の歌か。

#[関連論文]


#[番号]10/2225
#[題詞](詠月)
#[原文]吾背子之 挿頭之芽子尓 置露乎 清見世跡 月者照良思
#[訓読]我が背子がかざしの萩に置く露をさやかに見よと月は照るらし
#[仮名],わがせこが,かざしのはぎに,おくつゆを,さやかにみよと,つきはてるらし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,属目
#[訓異]
#[大意]我が背子が頭にかざす萩に置く露をはっきりと見なさいと月は照るらしい
#{語釈]
さやかに はっきりと

#[説明]
秋の月の宴か。萩と露と月という物名的な歌

#[関連論文]


#[番号]10/2226
#[題詞](詠月)
#[原文]無心 秋月夜之 物念跡 寐不所宿 照乍本名
#[訓読]心なき秋の月夜の物思ふと寐の寝らえぬに照りつつもとな
#[仮名],こころなき,あきのつくよの,ものもふと,いのねらえぬに,てりつつもとな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,季節,風景讃美
#[訓異]
#[大意]情けのない秋の月が物思いをしているとして眠ることが出来ないでいるのにむやみに照ったりして
#{語釈]
#[説明]
類歌
04/0618H01さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな
10/2310H01こほろぎの我が床の辺に鳴きつつもとな置き居つつ君に恋ふるに寐ねかてなくに
15/3781H01旅にして物思ふ時に霍公鳥もとなな鳴きそ我が恋まさる

全注 この歌の背後に
02/0211H01去年見てし秋の月夜は照らせれど相見し妹はいや年離る
03/0442H01世間は空しきものとあらむとぞこの照る月は満ち欠けしける
と詠まれたような、個人的な体験を想起してみることも可能かもしれない。

#[関連論文]


#[番号]10/2227
#[題詞](詠月)
#[原文]不念尓 四具礼乃雨者 零有跡 天雲霽而 月夜清焉
#[訓読]思はぬにしぐれの雨は降りたれど天雲晴れて月夜さやけし
#[仮名],おもはぬに,しぐれのあめは,ふりたれど,あまくもはれて,つくよさやけし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,讃美
#[訓異]
#[大意]思いもせずに時雨の雨は降ったが、天雲が晴れて月がさやかであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2228
#[題詞](詠月)
#[原文]芽子之花 開乃乎再入緒 見代跡可聞 月夜之清 戀益良國
#[訓読]萩の花咲きのををりを見よとかも月夜の清き恋まさらくに
#[仮名],はぎのはな,さきのををりを,みよとかも,つくよのきよき,こひまさらくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]萩の花の咲き撓むのを見よというのだろうか。月が清らかなのは。萩への恋がますますつのることなのに
#{語釈]
咲きのををり 原文 乎再 乎を二回続けよという戯訓
08/1421H01春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも

恋まさらくに まさるのク語法 萩への恋がますますつのることなのに

#[説明]
月の光を浴びた萩の美しさ

#[関連論文]


#[番号]10/2229
#[題詞](詠月)
#[原文]白露乎 玉作有 九月 在明之月夜 雖見不飽可聞
#[訓読]白露を玉になしたる九月の有明の月夜見れど飽かぬかも
#[仮名],しらつゆを,たまになしたる,ながつきの,ありあけのつくよ,みれどあかぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,讃美
#[訓異]
#[大意]白露を玉のようにしている九月の夜明けの月を見ても見飽きることがないよ
#{語釈]

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2230
#[題詞]詠風
#[原文]戀乍裳 稲葉掻別 家居者 乏不有 秋之暮風
#[訓読]恋ひつつも稲葉かき別け家居れば乏しくもあらず秋の夕風
#[仮名],こひつつも,いなばかきわけ,いへをれば,ともしくもあらず,あきのゆふかぜ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]家のことを恋い思って稲の葉を掻き分けて田圃の家にいると少なくもない秋の夕風よ。
#{語釈]
恋ひつつも 佐々木評釈 そよ吹く風を恋しく思って
私注 秋風を恋い待ちながら
大系、注釈、全注 家人のことを恋しく思う

稲葉かき別け家 周りが田圃でその真ん中に家を作っている様子

#[説明]
都の風とは違う風流を歌ったもの。

類歌
10/1820H01梅の花咲ける岡辺に家居れば乏しくもあらず鴬の声

#[関連論文]


#[番号]10/2231
#[題詞](詠風)
#[原文]芽子花 咲有野邊 日晩之乃 鳴奈流共 秋風吹
#[訓読]萩の花咲きたる野辺にひぐらしの鳴くなるなへに秋の風吹く
#[仮名],はぎのはな,さきたるのへに,ひぐらしの,なくなるなへに,あきのかぜふく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]萩の花が咲いている野辺にひぐらしの鳴き声が聞こえるごとに秋の風が吹くことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2232
#[題詞](詠風)
#[原文]秋山之 木葉文未赤者 今旦吹風者 霜毛置應久
#[訓読]秋山の木の葉もいまだもみたねば今朝吹く風は霜も置きぬべく
#[仮名],あきやまの,このはもいまだ,もみたねば,けさふくかぜは,しももおきぬべく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]秋山の木の葉もまだ紅葉していないのに、今朝吹く風は霜も置いてしまいそうに冷たいことだ
#{語釈]
霜も置きぬべく 霜も置いてしまいそうに冷たいことだ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2233
#[題詞]詠芳
#[原文]高松之 此峯迫尓 笠立而 盈盛有 秋香乃吉者
#[訓読]高松のこの峰も狭に笠立てて満ち盛りたる秋の香のよさ
#[仮名],たかまつの,このみねもせに,かさたてて,みちさかりたる,あきのかのよさ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,奈良,高円,地名,讃美,季節
#[訓異]
#[大意]高円のこの峰も狭いばかりに笠を立てていっぱいに盛りである秋の香りのよいことよ
#{語釈]
高松 高円 2101

芳(か)を詠む 芳は、香りと同じ。秋の芳香を詠む。

笠 和名抄 菌茸 [崔禹食経云 菌茸 而容反、上渠*反、上声之重 爾雅注云、菌有木菌土菌、皆多介] 食之、温有小毒、状如人著笠者也
和名抄 菌 爾雅注云、菌 太介 云々 形似蓋者也

#[説明]
松茸のことを詠んでいる。万葉集中ではこの一首のみ。
応神紀十九年十月 吉野の国巣が毎年、栗、菌、年魚を献上

#[関連論文]


#[番号]10/2234
#[題詞]詠雨
#[原文]一日 千重敷布 我戀 妹當 為暮零礼見
#[訓読]一日には千重しくしくに我が恋ふる妹があたりにしぐれ降れ見む
#[仮名],ひとひには,ちへしくしくに,あがこふる,いもがあたりに,しぐれふれみむ
#[左注]右一首柿本朝臣人<麻呂>之歌集出
#[校異]麿 -> 麻呂 [元][紀][温] / 歌 [西] 謌
#[鄣W],秋雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,恋情,季節
#[訓異]
#[大意]一日に何度も何度も自分が恋い思う妹の家のあたりに時雨よ降れよ。それを見ようから
#{語釈]
千重しくしくに 千重に重なって敷く敷くに 何度も何度も

しぐれ降れ見む 略解 古義、全集、塙、おうふう、集成 礼は所の誤り。シグレフルミユなるべし 時雨が降って恋人の所に会いに行けない男の歌

注釈、全注 しぐれふれみむ 人目をはばかる男が時雨が降ればそれを口実に妹の所を見ることが出来ると言ったもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2235
#[題詞](詠雨)
#[原文]秋田苅 客乃廬入尓 四具礼零 我袖沾 干人無二
#[訓読]秋田刈る旅の廬りにしぐれ降り我が袖濡れぬ干す人なしに
#[仮名],あきたかる,たびのいほりに,しぐれふり,わがそでぬれぬ,ほすひとなしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,羈旅
#[訓異]
#[大意]秋の田を刈る旅の廬に時雨が降って、自分の袖が濡れたことだ。干す人もいなくて
#{語釈]
干す人なしに 旅の趣
09/1688H01あぶり干す人もあれやも濡れ衣を家には遣らな旅のしるしに
09/1698H01あぶり干す人もあれやも家人の春雨すらを間使ひにする
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2236
#[題詞](詠雨)
#[原文]玉手次 不懸時無 吾戀 此具礼志零者 沾乍毛将行
#[訓読]玉たすき懸けぬ時なし我が恋はしぐれし降らば濡れつつも行かむ
#[仮名],たまたすき,かけぬときなし,あがこひは,しぐれしふらば,ぬれつつもゆかむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉たすきを懸けるではないが、心に掛けない時はない。自分の恋は。だからたとえしぐれが降っても濡れながらでも行こう。
玉たすきを懸けるではないが、心に掛けない時はなく、自分は恋い思っている。だからたとえしぐれが降っても濡れながらでも行こう
玉たすきを懸けるではないが、心に掛けない時がなく自分が恋い思うしぐれが降るならば、濡れながらでも行こう。
玉たすきを懸けるではないが、心に掛けない時はない自分の恋は、たとえしぐれが降ったとしても濡れながらでも行こう

#{語釈]
懸けぬ時なし 訓読に数例 類、木 かけぬときなし 元 かけぬときなく
懸けぬ時無し 我が恋は 倒置法 私の恋は片時も忘れることはない
懸けぬ時無く 我が恋ふる 終止 絶え間無く自分は恋い思っている
しぐれを修飾 絶え間なく自分が恋い思って いるしぐれ
懸けぬ時無き 我が恋は 注釈、全集
略解、古義 我が恋を

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2237
#[題詞](詠雨)
#[原文]黄葉乎 令落四具礼能 零苗尓 夜副衣寒 一之宿者
#[訓読]黄葉を散らすしぐれの降るなへに夜さへぞ寒きひとりし寝れば
#[仮名],もみちばを,ちらすしぐれの,ふるなへに,よさへぞさむき,ひとりしぬれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,植物,季節,恋情
#[訓異]
#[大意]黄葉を散らす時雨が降るごとに夜さえも寒いことだ。一人で寝ていると
#{語釈]
夜さへぞ 日中はおろか夜までも 夜は妻と暖かく寝るものということが前提になっている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2238
#[題詞]詠霜
#[原文]天飛也 鴈之翅乃 覆羽之 何處漏香 霜之零異牟
#[訓読]天飛ぶや雁の翼の覆ひ羽のいづく漏りてか霜の降りけむ
#[仮名],あまとぶや,かりのつばさの,おほひばの,いづくもりてか,しものふりけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋雑歌,動物,季節
#[訓異]
#[大意]空を飛ぶ雁の翼の覆い羽のどこから漏れて霜が降ったのだろう
#{語釈]
雁の翼の覆ひ羽 雁が羽を広げて空を飛んでいる様子から空を覆っている羽

霜の降りけむ 霜は雨や雪と同様空から降ってくるものと思われている。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2239
#[題詞]秋相聞
#[原文]金山 舌日下 鳴鳥 音<谷>聞 何嘆
#[訓読]秋山のしたひが下に鳴く鳥の声だに聞かば何か嘆かむ
#[仮名],あきやまの,したひがしたに,なくとりの,こゑだにきかば,なにかなげかむ
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 谷 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の山の紅葉している葉の下で密かに鳴いている鳥の声ではないが、妹の声だけでも聞くならば、どうして嘆くということがあろうか
#{語釈]
したひが下 紅葉する意味の「したふ」の名詞形
02/0217H01秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる子らは いかさまに 思ひ居れか
09/1792H04玉釧 手に取り持ちて まそ鏡 直目に見ねば したひ山 下行く水の

#[説明]
類歌
10/2265H01朝霞鹿火屋が下に鳴くかはづ声だに聞かば我れ恋ひめやも

人麻呂の泣血哀慟作歌の表現に類似
02/0207H10玉たすき 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず

#[関連論文]


#[番号]10/2240
#[題詞]
#[原文]誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
#[訓読]誰ぞかれと我れをな問ひそ九月の露に濡れつつ君待つ我れを
#[仮名],たぞかれと,われをなとひそ,ながつきの,つゆにぬれつつ,きみまつわれを
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]誰なのか、あの人はと自分のことを尋ねないでください。九月の露に濡れながらあなたを待つ自分なのだから

#{語釈]
誰ぞ彼 誰なのか あの人はの意

#[説明]
11/2545H01誰ぞかれと問はば答へむすべをなみ君が使を帰しやりつも
と同様、あなたが自分のことを誰だと尋ねるなの意。自分はあなたのことをひたすら待っているのだからと言ったもの。
片思いの心境

#[関連論文]


#[番号]10/2241
#[題詞]
#[原文]秋夜 霧發渡 <凡>々 夢見 妹形矣
#[訓読]秋の夜の霧立ちわたりおほほしく夢にぞ見つる妹が姿を
#[仮名],あきのよの,きりたちわたり,おほほしく,いめにぞみつる,いもがすがたを
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]夙 -> 凡 [万葉考]
#[鄣W],秋相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の夜の霧が立ち渡るようにぼんやりと夢に見たことだ。妹の姿を
#{語釈]
おぼほしく 西 夙 あさなさな 考 凡に改める

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2242
#[題詞]
#[原文]秋野 尾花末 生靡 心妹 依鴨
#[訓読]秋の野の尾花が末の生ひ靡き心は妹に寄りにけるかも
#[仮名],あきののの,をばながうれの,おひなびき,こころはいもに,よりにけるかも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の野の尾花の葉先が生えて靡いているように、心は妹に寄ってしまったものだ。
#{語釈]
#[説明]
類歌
13/3267H01明日香川瀬々の玉藻のうち靡き心は妹に寄りにけるかも

#[関連論文]


#[番号]10/2243
#[題詞]
#[原文]秋山 霜零覆 木葉落 歳雖行 我忘八
#[訓読]秋山に霜降り覆ひ木の葉散り年は行くとも我れ忘れめや
#[仮名],あきやまに,しもふりおほひ,このはちり,としはゆくとも,われわすれめや
#[左注]右柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],秋相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]秋山に霜降り覆って木の葉が散り一年が過ぎ去ってしまうとも自分はあなたことを忘れるということがあろうか
#{語釈]
木の葉散り 旧訓 このはちる 代匠記 このはちり

我れ忘れめや
04/0595H01我が命の全けむ限り忘れめやいや日に異には思ひ増すとも
09/1770H01みもろの神の帯ばせる泊瀬川水脈し絶えずは我れ忘れめや
10/2243H01秋山に霜降り覆ひ木の葉散り年は行くとも我れ忘れめや
11/2496H01肥人の額髪結へる染木綿の染みにし心我れ忘れめや
12/2882H01逢はずして恋ひわたるとも忘れめやいや日に異には思ひ増すとも
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2244
#[題詞]寄水田
#[原文]住吉之 岸乎田尓墾 蒔稲 乃而及苅 不相公鴨
#[訓読]住吉の岸を田に墾り蒔きし稲かくて刈るまで逢はぬ君かも
#[仮名],すみのえの,きしをたにはり,まきしいね,かくてかるまで,あはぬきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,大阪,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]住吉の崖を開墾して田を作って種を蒔いて作った稲がこのように(穂に出て)刈るまで会わないあなたであることだ
#{語釈]
水田 こなた

かくて刈るまで 原文「乃而」
全註釈、私注 稲乃 而 いねのしか
大系、講談社 いねの さて
新考、注釈 塙 乃而 さて
全集、塙 かく
古義、新考 全注 乃 を 秀 の誤字 秀でて

#[説明]
住吉の遊行女婦の客に対する歌か

#[関連論文]


#[番号]10/2245
#[題詞](寄水田)
#[原文]剱後 玉纒田井尓 及何時可 妹乎不相見 家戀将居
#[訓読]太刀の後玉纒田居にいつまでか妹を相見ず家恋ひ居らむ
#[仮名],たちのしり,たままきたゐに,いつまでか,いもをあひみず,いへこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]太刀の後ではないが玉纏の田圃にいつまで妹にともに会わないで恋い思っているのだろう
#{語釈]
太刀の後 枕詞 太刀の鞘のこじりを玉で飾ったところから、玉纏にかかる

玉纏 地名か 地名とすると所在未詳
冠辞考 たままくたゐ まくたを地名
講談社 太刀のこじりに玉を巻くその田 単に田を言う
新考 穂田にしげく露の置きたるを玉と見なして玉撒きの田居と言った

#[説明]
田暇をとって稲刈りに来ている官人が都の家のことを恋い思っている歌

全注 太刀の後を玉纏にかかる枕詞としているところに、作者の日頃の生活環境の反映がある

#[関連論文]


#[番号]10/2246
#[題詞](寄水田)
#[原文]秋田之 穂<上>置 白露之 可消吾者 所念鴨
#[訓読]秋の田の穂の上に置ける白露の消ぬべくも我は思ほゆるかも
#[仮名],あきのたの,ほのうへにおける,しらつゆの,けぬべくもわは,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]上尓 -> 上 [類][紀][温]
#[鄣W],秋相聞,植物
#[訓異]
#[大意]秋の田の稲穂の上に置いている白露のように消えてしまいそうに自分は思われてならないことだ
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1564D01日置長枝娘子歌一首
08/1564H01秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくも我は思ほゆるかも

#[関連論文]


#[番号]10/2247
#[題詞](寄水田)
#[原文]秋田之 穂向之所依 片縁 吾者物念 都礼無物乎
#[訓読]秋の田の穂向きの寄れる片寄りに我れは物思ふつれなきものを
#[仮名],あきのたの,ほむきのよれる,かたよりに,われはものもふ,つれなきものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の田の稲穂が一方に向いているようにひたすらに自分はもの思いをしている。あなたは無関心ではあるが。
#{語釈]
#[説明]
類歌
02/0114H01秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも

#[関連論文]


#[番号]10/2248
#[題詞](寄水田)
#[原文]秋田<苅> 借廬作 五目入為而 有藍君S 将見依毛欲<得>
#[訓読]秋田刈る仮廬を作り廬りしてあるらむ君を見むよしもがも
#[仮名],あきたかる,かりいほをつくり,いほりして,あるらむきみを,みむよしもがも
#[左注]
#[校異]田 [元][類][紀] 山 / S -> 苅 [万葉考] / 将 -> 得 [元][類][紀][温]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の田の稲刈りをする仮廬を作って泊まっているであろうあなたを見るてだてもあればなあ
#{語釈]
秋田刈る 元、類、紀 秋山 全註釈 秋山を 私注 山に葬送したときの挽歌がもとか
西以下 秋田 注釈 秋田が自然

苅 諸写本 S 考 苅の誤り
注釈 秋田刈るでもよいが、秋の田を仮廬 として刈ると仮を かけた枕詞とも見られる

#[説明]
都に残った妻か恋人の歌

#[関連論文]


#[番号]10/2249
#[題詞](寄水田)
#[原文]鶴鳴之 所聞田井尓 五百入為而 吾客有跡 於妹告社
#[訓読]鶴が音の聞こゆる田居に廬りして我れ旅なりと妹に告げこそ
#[仮名],たづがねの,きこゆるたゐに,いほりして,われたびなりと,いもにつげこそ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,動物,羈旅
#[訓異]
#[大意]鶴の鳴き声の聞こえる田圃に仮住まいをしていて、自分は旅中であると妹に告げて欲しい
#{語釈]
#[説明]
鶴の鳴き声を聞いて旅愁を感じている歌

#[関連論文]


#[番号]10/2250
#[題詞](寄水田)
#[原文]春霞 多奈引田居尓 廬付而 秋田苅左右 令思良久
#[訓読]春霞たなびく田居に廬つきて秋田刈るまで思はしむらく
#[仮名],はるかすみ,たなびくたゐに,いほつきて,あきたかるまで,おもはしむらく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]春霞がたなびく田圃に廬を作って住んで、秋の田で稲刈りをするまでもの思いをさせることだ
#{語釈]
廬つきて 代匠記 付は仕の誤字
考、略解、古義 付は為の誤字 いほりして

新訓以降 いほつきて 全釈 小屋をかけて住まって
私注 廬を立てて
注釈 廬で住んで

思はしむらく しむ 使役 ク語法 思わせることだ
#[説明]
恋の進展のないことを相手になじっている歌

#[関連論文]


#[番号]10/2251
#[題詞](寄水田)
#[原文]橘乎 守部乃五十戸之 門田年稲 苅時過去 不来跡為等霜
#[訓読]橘を守部の里の門田早稲刈る時過ぎぬ来じとすらしも
#[仮名],たちばなを,もりべのさとの,かどたわせ,かるときすぎぬ,こじとすらしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,地名,植物,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]橘を盗みから守るその守部の里の門の田の早稲は刈る時は過ぎてしまった。もう来ないとするらしいなあ
#{語釈]
橘を 守部にかかる枕詞 古義 橘の実は人の盗み易きものなれば、守部をすえおきて守らするよしにて、橘を守とつづけたるなるべし

私注引用 天平宝字五年 甲賀山作所解 橘守金弓
新撰姓氏録 橘守 三宅連同祖 天日鉾命之後也

守部の里 五十戸 さと 戸令 凡そ戸は、五十戸を以て里とせよ
所在未詳
奈良県天理市守目堂 奈良県明日香村橘

門田 家の近くの田
08/1596H01妹が家の門田を見むとうち出で来し心もしるく照る月夜かも
10/2251H01橘を守部の里の門田早稲刈る時過ぎぬ来じとすらしも
14/3561H01金門田を荒垣ま斎み日が照れば雨を待とのす君をと待とも

#[説明]
恋人が心変わりをしてもう来ないのだろうかと嘆いている女の歌

早稲の刈る時過ぎぬ 女の盛りが過ぎてしまったという譬喩か
或いは全注 一番男手のほしい秋の収穫時にも姿を見せなかった恋人

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#[番号]10/2252
#[題詞]寄露
#[原文]秋芽子之 開散野邊之 暮露尓 沾乍来益 夜者深去鞆
#[訓読]秋萩の咲き散る野辺の夕露に濡れつつ来ませ夜は更けぬとも
#[仮名],あきはぎの,さきちるのへの,ゆふつゆに,ぬれつつきませ,よはふけぬとも
#[左注]
#[校異]鞆 [元][類][紀] 韓
#[鄣W],秋相聞,植物,勧誘
#[訓異]
#[大意]秋萩の咲き散る野辺の夕方の露に濡れながらでもいらっしゃい。夜は更けるとしても
#{語釈]
#[説明]
全注 男性間で「来る道の風情を持ち出して」宴席への出席をうながした歌と見たい

#[関連論文]


#[番号]10/2253
#[題詞](寄露)
#[原文]色付相 秋之露霜 莫零<根> 妹之手本乎 不纒今夜者
#[訓読]色づかふ秋の露霜な降りそね妹が手本をまかぬ今夜は
#[仮名],いろづかふ,あきのつゆしも,なふりそね,いもがたもとを,まかぬこよひは
#[左注]
#[校異]<> -> 根 [元][類]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]徐々に色付く秋の露霜よ。降るなよ。妹の手本を枕としない今夜は
#{語釈]
色づかふ 色付くに反復継続の接尾語「ふ」のついたもの。この一例
徐々に色付いていく

#[説明]
一人寝のさみしさを歌った男の歌

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#[番号]10/2254
#[題詞](寄露)
#[原文]秋芽子之 上尓置有 白露之 消鴨死猿 戀<乍>不有者
#[訓読]秋萩の上に置きたる白露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
#[仮名],あきはぎの,うへにおきたる,しらつゆの,けかもしなまし,こひつつあらずは
#[左注]
#[校異]尓 -> 乍 [万葉考] / 猿 [元][類](塙) ミ
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋萩の上に置いている白露のように消えて死んでしまいたい。恋い思ってはいずに
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1608H01秋萩の上に置きたる白露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
10/2254H01秋萩の上に置きたる白露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
10/2256H01秋の穂をしのに押しなべ置く露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
10/2258H01秋萩の枝もとををに置く露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
11/2636H01剣大刀諸刃の上に行き触れて死にかもしなむ恋ひつつあらずは
12/2913H01いつまでに生かむ命ぞおほかたは恋ひつつあらずは死なましものを

#[関連論文]


#[番号]10/2255
#[題詞](寄露)
#[原文]吾屋前 秋芽子上 置露 市白霜 吾戀目八面
#[訓読]我が宿の秋萩の上に置く露のいちしろくしも我れ恋ひめやも
#[仮名],わがやどの,あきはぎのうへに,おくつゆの,いちしろくしも,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我が家の秋萩の上に置く露のようにはっきりと目につくように自分は恋い思うということがあろうか
#{語釈]
#[説明]
人目に付く恋いをしないと言っている歌
類歌
10/2339H01吉隠の野木に降り覆ふ白雪のいちしろくしも恋ひむ我れかも

#[関連論文]


#[番号]10/2256
#[題詞](寄露)
#[原文]秋穂乎 之努尓<押>靡 置露 消鴨死益 戀乍不有者
#[訓読]秋の穂をしのに押しなべ置く露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
#[仮名],あきのほを,しのにおしなべ,おくつゆの,けかもしなまし,こひつつあらずは
#[左注]
#[校異]狎 -> 押 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の稲穂をしっとりと押し靡かせて置く露ではないが、消えて死んでしまいたい。恋い思ってはいずに。
#{語釈]
しのに しっとりと濡れる 他例はすべて心もの後に続く
03/0266H01近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ
08/1552H01夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこほろぎ鳴くも
10/2256H01秋の穂をしのに押しなべ置く露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
11/2779H01海原の沖つ縄海苔うち靡き心もしのに思ほゆるかも
13/3255H03夏麻引く 命かたまけ 刈り薦の 心もしのに 人知れず もとなぞ恋ふる
17/3979H01あらたまの年返るまで相見ねば心もしのに思ほゆるかも
17/3993H03心もしのに そこをしも うら恋しみと 思ふどち
17/4003H08心もしのに 立つ霧の 思ひ過ぐさず 行く水の
19/4146H01夜ぐたちに寝覚めて居れば川瀬尋め心もしのに鳴く千鳥かも
20/4500H01梅の花香をかぐはしみ遠けども心もしのに君をしぞ思ふ

#[説明]
2254の類歌

#[関連論文]


#[番号]10/2257
#[題詞](寄露)
#[原文]露霜尓 衣袖所沾而 今谷毛 妹許行名 夜者雖深
#[訓読]露霜に衣手濡れて今だにも妹がり行かな夜は更けぬとも
#[仮名],つゆしもに,ころもでぬれて,いまだにも,いもがりゆかな,よはふけぬとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]露霜に衣の手は濡れても、せめて今だけでも妹のもとへ行こうよ。夜は更けたとしても
#{語釈]
がり ~のもとへ

#[説明]
宴の退出の時の歌か

#[関連論文]


#[番号]10/2258
#[題詞](寄露)
#[原文]秋芽子之 枝毛十尾尓 置霧之 消毳死猿 戀乍不有者
#[訓読]秋萩の枝もとををに置く露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
#[仮名],あきはぎの,えだもとををに,おくつゆの,けかもしなまし,こひつつあらずは
#[左注]
#[校異]猿 [元][類](塙) ヱ
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋萩の枝もたわわに置く露のように消えて死んでしまいたい。恋い続けていずに。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2259
#[題詞](寄露)
#[原文]秋芽子之 上尓白霧 毎置 見管曽思<怒>布 君之光儀<呼>
#[訓読]秋萩の上に白露置くごとに見つつぞ偲ふ君が姿を
#[仮名],あきはぎの,うへにしらつゆ,おくごとに,みつつぞしのふ,きみがすがたを
#[左注]
#[校異]努 -> 怒 [元][類][紀] / 乎 -> 呼 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]秋萩の上に白露が置くごとに見続けて思い出すことだあなたの姿を
#[説明]
姿 原文 光儀 文選 鸚鵡賦(禰正平)
02/0229H01難波潟潮干なありそね沈みにし妹が姿を見まく苦しも
05/0853D03光儀無匹 開柳葉於眉中發桃花於頬上 意氣凌雲 風流絶世 僕問曰 誰
08/1622H01我が宿の秋の萩咲く夕影に今も見てしか妹が姿を
10/2259H01秋萩の上に白露置くごとに見つつぞ偲ふ君が姿を
10/2284H01いささめに今も見が欲し秋萩のしなひにあるらむ妹が姿を
12/2883H01外目にも君が姿を見てばこそ我が恋やまめ命死なずは
12/2933H01相思はず君はまさめど片恋に我れはぞ恋ふる君が姿に
12/2950H01我妹子が夜戸出の姿見てしより心空なり地は踏めども
12/3007H01ぬばたまの夜渡る月のさやけくはよく見てましを君が姿を
12/3051H01あしひきの山菅の根のねもころに我れはぞ恋ふる君が姿を
12/3137H01遠くあれば姿は見えず常のごと妹が笑まひは面影にして

#[関連論文]


#[番号]10/2260
#[題詞]寄風
#[原文]吾妹子者 衣丹有南 秋風之 寒比来 下著益乎
#[訓読]我妹子は衣にあらなむ秋風の寒きこのころ下に着ましを
#[仮名],わぎもこは,ころもにあらなむ,あきかぜの,さむきこのころ,したにきましを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]我が妹は衣であって欲しい。秋風の寒いこの頃は下に着ようものなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2261
#[題詞](寄風)
#[原文]泊瀬風 如是吹三更者 及何時 衣片敷 吾一将宿
#[訓読]泊瀬風かく吹く宵はいつまでか衣片敷き我がひとり寝む
#[仮名],はつせかぜ,かくふくよひは,いつまでか,ころもかたしき,わがひとりねむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,初瀬,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]初瀬風がこんなにも吹く宵はいつまで衣を片方ばかり敷いて、自分は一人で寝ることだろうか。
#{語釈]
泊瀬風 初瀬を吹いている風 1/51 明日香風 6/979 佐保風

宵 原文 三更 9/1691 夜中に当てる 宵あたりの時刻
大系、全注 夜もかなり更けている意とみて「夜」と訓む

#[説明]
全注 初瀬で詠まれた。家を離れて田庄などに滞在している男の歌か。

#[関連論文]


#[番号]10/2262
#[題詞]寄雨
#[原文]秋芽子乎 令落長雨之 零比者 一起居而 戀夜曽大寸
#[訓読]秋萩を散らす長雨の降るころはひとり起き居て恋ふる夜ぞ多き
#[仮名],あきはぎを,ちらすながめの,ふるころは,ひとりおきゐて,こふるよぞおほき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋萩を散らす長雨の降る頃は一人起きていて恋い思う夜が多いことだ
#{語釈]
長雨 平安時代 伊勢物語、古今集 春の霖雨 和名抄 三日以上雨也 和名 奈加阿女

#[説明]
全注 悲秋の観念が認められる

#[関連論文]


#[番号]10/2263
#[題詞](寄雨)
#[原文]九月 四具礼乃雨之 山霧 烟寸<吾>胸 誰乎見者将息 [一云 十月 四具礼乃雨降]
#[訓読]九月のしぐれの雨の山霧のいぶせき我が胸誰を見ばやまむ [一云 十月しぐれの雨降り]
#[仮名],ながつきの,しぐれのあめの,やまぎりの,いぶせきあがむね,たをみばやまむ,[かむなづき,しぐれのあめふり]
#[左注]
#[校異]吾告 -> 吾 [万葉集略解]
#[鄣W],秋相聞,恋情,鬱屈,異伝
#[訓異]
#[大意]九月の時雨の雨が山霧になってたちこめるように鬱陶しい自分の心は誰を見れば晴れるのだろうか [一云 十月のしぐれの雨が降って]
#{語釈]
#[説明]
恋人に訴えかけている歌

#[関連論文]



#[番号]10/2264
#[題詞]寄蟋
#[原文]蟋蟀之 待歡 秋夜乎 寐驗無 枕与吾者
#[訓読]こほろぎの待ち喜ぶる秋の夜を寝る験なし枕と我れは
#[仮名],こほろぎの,まちよろこぶる,あきのよを,ぬるしるしなし,まくらとわれは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]こおろぎが待って喜んでいる秋の夜を寝る甲斐もない。枕と自分は
#{語釈]
待ち喜ぶる こおろぎが秋になって鳴く様子

枕と我れは 枕と自分だけということ。妹がいないことを言う。

#[説明]
一種のおこ歌か。

#[関連論文]


#[番号]10/2265
#[題詞]寄蝦
#[原文]朝霞 鹿火屋之下尓 鳴蝦 聲谷聞者 吾将戀八方
#[訓読]朝霞鹿火屋が下に鳴くかはづ声だに聞かば我れ恋ひめやも
#[仮名],あさかすみ,かひやがしたに,なくかはづ,こゑだにきかば,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]朝霞のかかるような煙の出る鹿火屋のあたりで鳴く蛙ではないがあなたの声だけでも聞くならば自分は恋い思うということがあろうか。
#{語釈]
朝霞 鹿火屋にかかる枕詞 続き方未詳
冠辞考「朝霞のかをるという語なるを略きてかの一言にいひかけし成るべし」
鹿火屋からたちのぼる煙が霞むで朝霞が続くか。

鹿火屋 他に一例
16/3818H01朝霞鹿火屋が下の鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも

奥義抄「魚をとる方法。簀を川に作って魚を取り込む。鵜を使って魚を捕る。その鵜を飼ったり見張りをする小屋」 飼ひ屋と見る。
古来風躰抄「山田などで子供を置いておくための小屋 鹿や猪の被害から守る小屋 その意味は人が番をしているときに蚊をさけるために蚊遣火をたいて、それが同時に猪などに人のいることをわからせるために行ったことから蚊火屋の意味でいう」

かはづ 田で鳴いているのだから、かじかがえるではなく、殿様がえるの類か。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2266
#[題詞]寄鴈
#[原文]出去者 天飛鴈之 可泣美 且今<日>々々々云二 年曽經去家類
#[訓読]出でて去なば天飛ぶ雁の泣きぬべみ今日今日と言ふに年ぞ経にける
#[仮名],いでていなば,あまとぶかりの,なきぬべみ,けふけふといふに,としぞへにける
#[左注]
#[校異]且 -> 日 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]自分が出ていったならば空を飛ぶ雁のように妹が泣いてしまいそうなので、今日行く、今日行くと言っているうちに年がたったことだ
#{語釈]
出でて去なば 女と別れて家を出ていってしまったならば

天飛ぶ雁の 泣くにかかる

泣きぬべみ 泣いてしまいそうなので 女が主語

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2267
#[題詞]寄鹿
#[原文]左小<壮>鹿之 朝伏小野之 草若美 隠不得而 於人所知名
#[訓読]さを鹿の朝伏す小野の草若み隠らひかねて人に知らゆな
#[仮名],さをしかの,あさふすをのの,くさわかみ,かくらひかねて,ひとにしらゆな
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [類]
#[鄣W],秋相聞,動物,秘密
#[訓異]
#[大意]雄鹿が朝寝そべっている小野の草が若いので隠れるかねているように、自分たちの仲も秘密に出来なくて他人に知られるなよ。
#{語釈]
草若み 夏草を刈った後のひこばえか
もともとこの歌は春の歌

#[説明]
私注 クサワカミは初夏の感じであろう。鹿によって秋に入れたと見える

草に隠れる 隠れるに二重性があるが基本は野遊びの草に隠れるであろう。
04/0529H01佐保川の岸のつかさの柴な刈りそねありつつも春し来たらば立ち隠るがね

次歌と問答 野遊びの歌か
#[関連論文]


#[番号]10/2268
#[題詞](寄鹿)
#[原文]左小<壮>鹿之 小野<之>草伏 灼然 吾不問尓 人乃知良久
#[訓読]さを鹿の小野の草伏いちしろく我がとはなくに人の知れらく
#[仮名],さをしかの,をののくさぶし,いちしろく,わがとはなくに,ひとのしれらく
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [定本] / <> -> 之 [類][紀]
#[鄣W],秋相聞,動物,秘密
#[訓異]
#[大意]雄鹿が小野の草むらに寝そべっていた跡がはっきりしているように、目立って自分は妻問いをしたわけでもないのに他人に知れてしまったことだ。
#{語釈]
草伏し 「いちしろく」の序 鹿が草に寝そべった後がはっきりとわかることから言う

とはなくに 「問ふ」は妻問い 妻問いをしたわけでもないのに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2269
#[題詞]寄鶴
#[原文]今夜乃 暁降 鳴鶴之 念不過 戀許増益也
#[訓読]今夜の暁ぐたち鳴く鶴の思ひは過ぎず恋こそまされ
#[仮名],こよひの,あかときぐたち,なくたづの,おもひはすぎず,こひこそまされ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]今夜の暁過ぎに鳴く鶴のようにもの思いはなくならないで、恋情ばかりが強くなってくることだ。
#{語釈]
今夜 全注 日没から日没までが一日
夜明けから夜明けまでが一日

暁ぐたち 暁が過ぎて、夜が白み初めて来たとき
暁は、日の出前
ぐたす 盛りが過ぎること

思ひは過ぎず もの思いはなくならない
03/0325H01明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに
03/0422H01石上布留の山なる杉群の思ひ過ぐべき君にあらなくに

#[説明]
明け方の鶴の鳴き声に恋情がかきたてられている様子
鶴の鳴き声が愁いを含んでいるので、それを聞く自分ももの思いをする

#[関連論文]


#[番号]10/2270
#[題詞]寄草
#[原文]道邊之 乎花我下之 思草 今更尓 何物可将念
#[訓読]道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ
#[仮名],みちのへの,をばながしたの,おもひぐさ,いまさらさらに,なにをかおもはむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]道のほとりの尾花の下の思い草よ。今またさらさら何を思おうか
#{語釈]
思ひ草 ハマウツボ科のナンバンギセル 一年生の寄生植物。ススキ、ミョウガ、サトウキビの根などに寄生。秋に淡紫色の花。茎から花にかけての形がキセルに似ている。またうつむき加減に咲く花の様子から思い草と言われたか

今さらさらに何をか思はむ 訓に異同
類 いまさらになとものおもふらむ
古 いまさらになそものをもふへき
紀 いさらなになそものかおもはむ
西 いまさらなにのものかおもはむ
考 尓は吾の誤り いまさらにわれなにかおもはむ
略解 古義、全集 更の下に更またはゝが脱したか
いまさらさらになにかおもはむ
口約 いまさらにかとなにをおもはむ
新考 尓の下に當などを補う
いまさらにはたなにかおもはむ
全釈、全註釈、私注 いまさらになぞものかおもはむ
大系 いまさらになどものかおもはむ
注釈、集成 更に下にゝを補う
いまさらさらになにをかおもはむ

原文「何物」で「なに」と訓む例
03/0351H01世間を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし
08/1420H01沫雪かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも
08/1586H01黄葉を散らまく惜しみ手折り来て今夜かざしつ何か思はむ
10/1974H01春日野の藤は散りにて何をかもみ狩の人の折りてかざさむ
10/2270H01道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ
11/2573H01心さへ奉れる君に何をかも言はず言ひしと我がぬすまはむ
12/3005H01十五日に出でにし月の高々に君をいませて何をか思はむ

全注 物思いを強調する言い方、「今さらさらに」という用例はない。
今更尓何 物可将念 いまさらになど(ぞ) ものかおもはむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2271
#[題詞]寄花
#[原文]草深三 蟋多 鳴屋前 芽子見公者 何時来益牟
#[訓読]草深みこほろぎさはに鳴くやどの萩見に君はいつか来まさむ
#[仮名],くさぶかみ,こほろぎさはに,なくやどの,はぎみにきみは,いつかきまさむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]草が深いのでこおろぎが多く鳴く宿の萩を見にあなたはいつになったらお来しになるのでしょうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2272
#[題詞](寄花)
#[原文]秋就者 水草花乃 阿要奴蟹 思跡不知 直尓不相在者
#[訓読]秋づけば水草の花のあえぬがに思へど知らじ直に逢はざれば
#[仮名],あきづけば,みくさのはなの,あえぬがに,おもへどしらじ,ただにあはざれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋らしくなってくると水草の花が散り初めてこぼれ落ちそうになっているが、そのようにこぼれるほどあなたのことを思うがあなたはわからないでしょう。直接に会わないので
#{語釈]
水草の花 水辺の草の花 必ずしも水中の草とする必要もない
水連なども考えられている

あえぬがに あえ 落ちこぼれる がに 今にも~しそうな様子
こぼれ落ちそうに
08/1507H02五月を近み あえぬがに 花咲きにけり 朝に日に 出で見るごとに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2273
#[題詞](寄花)
#[原文]何為等加 君乎将猒 秋芽子乃 其始花之 歡寸物乎
#[訓読]何すとか君をいとはむ秋萩のその初花の嬉しきものを
#[仮名],なにすとか,きみをいとはむ,あきはぎの,そのはつはなの,うれしきものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,問答
#[訓異]
#[大意]どうしてあなたを嫌いに思ったりするでしょうか。秋萩のその初めて咲いた花のようにあなたに会うことがうれしいものですのに。
#{語釈]
をいとはむ 疎ましう思う 嫌いに思う

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2274
#[題詞](寄花)
#[原文]展轉 戀者死友 灼然 色庭不出 朝容皃之花
#[訓読]臥いまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝顔の花
#[仮名],こいまろび,こひはしぬとも,いちしろく,いろにはいでじ,あさがほのはな
#[左注]
#[校異]轉 [元][類] 傳
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]ひっくり転げ回って恋い焦がれて死ぬとしても、あからさまに表には出すまい。朝顔の花のように
#{語釈]
臥いまろび 倒れて転がり回って

いちしろく 原文「灼然」 いちじるしい

朝顔の花 2104 桔梗 全注 目立つ存在
目立たない存在

#[説明]
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#[番号]10/2275
#[題詞](寄花)
#[原文]言出而 云<者>忌染 朝皃乃 穂庭開不出 戀為鴨
#[訓読]言に出でて云はばゆゆしみ朝顔の穂には咲き出ぬ恋もするかも
#[仮名],ことにいでて,いはばゆゆしみ,あさがほの,ほにはさきでぬ,こひもするかも
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情,秘密
#[訓異]
#[大意]言葉に出して言うのははばかられるので朝顔の花のように表には咲き出さない恋もすることであるよ。
#{語釈]
云はばゆゆしみ はばかられる 忌まれる

穂には咲き出ぬ
10/2283H01我妹子に逢坂山のはだすすき穂には咲き出ず恋ひわたるかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2276
#[題詞](寄花)
#[原文]鴈鳴之 始音聞而 開出有 屋前之秋芽子 見来吾世古
#[訓読]雁がねの初声聞きて咲き出たる宿の秋萩見に来我が背子
#[仮名],かりがねの,はつこゑききて,さきでたる,やどのあきはぎ,みにこわがせこ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,動物,植物,勧誘
#[訓異]
#[大意]雁の初声を聞いて咲き出した家の秋萩を見に来なさいよ。我が背子よ。
#{語釈]
#[説明]
雁と萩の組み合わせ
08/1575H01雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉はもみちぬるかも
10/2097H01雁がねの来鳴かむ日まで見つつあらむこの萩原に雨な降りそね
10/2126H01秋萩は雁に逢はじと言へればか
10/2144H01雁は来ぬ萩は散りぬとさを鹿の鳴くなる声もうらぶれにけり
10/2276H01雁がねの初声聞きて咲き出たる宿の秋萩見に来我が背子
19/4224H01朝霧のたなびく田居に鳴く雁を留め得むかも我が宿の萩
20/4296H01天雲に雁ぞ鳴くなる高円の萩の下葉はもみちあへむかも

#[関連論文]


#[番号]10/2277
#[題詞](寄花)
#[原文]左小<壮>鹿之 入野乃為酢寸 初尾花 何時<加> 妹之<手将>枕
#[訓読]さを鹿の入野のすすき初尾花いづれの時か妹が手まかむ
#[仮名],さをしかの,いりののすすき,はつをばな,いづれのときか,いもがてまかむ
#[左注]
#[校異]牡 -> 壮 [類] / 如 -> 加 [元][紀][温] / 将手 -> 手将 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,地名,動物,植物
#[訓異]
#[大意]雄鹿が分け入る入野のすすきの初めての尾花ではないが、いつになったらあの初々しい妹の手を枕と出来るのだろうか
#{語釈]
さを鹿の 分け入る野で、入野にかかる枕詞

入野 地名説 京都市西京区大原野上羽町入野神社付近
神名帳 山城国乙訓郡入野神社
07/1272H01大刀の後鞘に入野に葛引く我妹真袖もち着せてむとかも夏草刈るも
10/2277H01さを鹿の入野のすすき初尾花いづれの時か妹が手まかむ

ただし次の歌は多胡(群馬県)の地名
14/3403H01我が恋はまさかも愛し草枕多胡の入野の奥も愛しも

一般名詞として地名は特定出来ない 平野から奥へ入った野
冠辞考「今も入野と書ていりのと呼る郡多し、山かた付て引入たる地に有野をいふ」
和名抄 郷名 常陸那賀郡、陸奥国白川郡、安積郡、讃岐国大内郡

初尾花 初めて穂が出た尾花 初々しい妹への譬喩

いづれの時か妹が手まかむ 西 いつしかいもがたまくらにせむ
代匠記 何れの時か妹が手まかむともよまるべし
全註釈、注釈 早くの意味を含ませるべき
いつしかいもがてをまくらかむ

#[説明]
全注 宴席などで官人等が共感をこめて歌ったものと考えられる。

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#[番号]10/2278
#[題詞](寄花)
#[原文]戀日之 氣長有者 三苑圃能 辛藍花之 色出尓来
#[訓読]恋ふる日の日長くしあればみ園生の韓藍の花の色に出でにけり
#[仮名],こふるひの,けながくしあれば,みそのふの,からあゐのはなの,いろにいでにけり
#[左注]
#[校異]三 [元][紀] 吾
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情,露見
#[訓異]
#[大意]恋い思う日が日数長くなったので庭園の鶏頭の花のように目立って表に出てしまったことだ。
#{語釈]
み園生 原文 三園圃能 元、紀 吾 わがそのの
11/2784H01隠りには恋ひて死ぬともみ園生の韓藍の花の色に出でめやも
全註釈 色に出でめやもだから、み園生でよく、これは色に出にけりだからわが園がよい
全注 2784に従う
相手のお庭のことを指しているか

韓藍の花 鶏頭
03/0384H01我がやどに韓藍蒔き生ほし枯れぬれど懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ
07/1362H01秋さらば移しもせむと我が蒔きし韓藍の花を誰れか摘みけむ
10/2278H01恋ふる日の日長くしあれば我が園の韓藍の花の色に出でにけり
11/2784H01隠りには恋ひて死ぬともみ園生の韓藍の花の色に出でめやも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2279
#[題詞](寄花)
#[原文]吾郷尓 今咲花乃 娘部<四> 不堪情 尚戀二家里
#[訓読]我が里に今咲く花のをみなへし堪へぬ心になほ恋ひにけり
#[仮名],わがさとに,いまさくはなの,をみなへし,あへぬこころに,なほこひにけり
#[左注]
#[校異]四敝之 -> 四 [定本]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]自分の里に今を盛りと咲いているおみなえしよ。恋を抑えられない気持ちであるのにさらに恋い思ってしまったことだ。
#{語釈]
我が里 山野に自生していることを示す

今咲く花 今を盛りとして咲いている花

堪へぬ心 恋に耐えられない気持ち

#[説明]
近隣の女性に喩えている

#[関連論文]


#[番号]10/2280
#[題詞](寄花)
#[原文]芽子花 咲有乎見者 君不相 真毛久二 成来鴨
#[訓読]萩の花咲けるを見れば君に逢はずまことも久になりにけるかも
#[仮名],はぎのはな,さけるをみれば,きみにあはず,まこともひさに,なりにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]萩の花の咲いているのを見るとあなたに会わないでほんとうに久しくなったことであるよ
#{語釈]
#[説明]
同様の気持ち
10/1902H01春の野に霞たなびき咲く花のかくなるまでに逢はぬ君かも

#[関連論文]


#[番号]10/2281
#[題詞](寄花)
#[原文]朝露尓 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念
#[訓読]朝露に咲きすさびたる月草の日くたつなへに消ぬべく思ほゆ
#[仮名],あさつゆに,さきすさびたる,つきくさの,ひくたつなへに,けぬべくおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]朝露に咲いて盛んになっている露草が夕方になるごとに消えそうに思われてならないことだ
#{語釈]
咲きすさびたる 類聚名義抄 荒 スサヒ 逸 スサヒタリ
略解 進也
勢いの盛んになること

月草 露草

日くたつ くたつ 盛りの時が過ぎること
夕方に近づく
05/0847H01我が盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬食むともまた変若めやも
06/0980H01雨隠り御笠の山を高みかも月の出で来ぬ夜はくたちつつ
06/1008H01山の端にいさよふ月の出でむかと我が待つ君が夜はくたちつつ
08/1508H01望ぐたち清き月夜に我妹子に見せむと思ひしやどの橘
10/1899H01春されば卯の花ぐたし我が越えし妹が垣間は荒れにけるかも
10/2269H01今夜の暁ぐたち鳴く鶴の思ひは過ぎず恋こそまされ
10/2281H01朝露に咲きすさびたる月草の日くたつなへに消ぬべく思ほゆ
19/4146H01夜ぐたちに寝覚めて居れば川瀬尋め心もしのに鳴く千鳥かも
19/4147H01夜くたちて鳴く川千鳥うべしこそ昔の人も偲ひ来にけれ

#[説明]
日暮れになると恋心が募ってくるといった女性の歌
同想歌
04/0602H01夕されば物思ひまさる見し人の言とふ姿面影にして
11/2373H01いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし

#[関連論文]


#[番号]10/2282
#[題詞](寄花)
#[原文]長夜乎 於君戀乍 不生者 開而落西 花有益乎
#[訓読]長き夜を君に恋ひつつ生けらずは咲きて散りにし花ならましを
#[仮名],ながきよを,きみにこひつつ,いけらずは,さきてちりにし,はなならましを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]長い夜をあなたに恋い続けて生きていないで、咲いて散ってしまう花であればよいのに
#{語釈]
生けらずは 生けら 生きる+ありの「生きあり」の生けり の未然形

#[説明]
同想
02/0120H01我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを
08/1608H01秋萩の上に置きたる白露の消かもしなまし恋ひつつあらずは

#[関連論文]


#[番号]10/2283
#[題詞](寄花)
#[原文]吾妹兒尓 相坂山之 皮為酢寸 穂庭開不出 戀<度>鴨
#[訓読]我妹子に逢坂山のはだすすき穂には咲き出ず恋ひわたるかも
#[仮名],わぎもこに,あふさかやまの,はだすすき,ほにはさきでず,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]渡 -> 度 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,京都,地名,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に会うという逢坂山の穂に出る前のすすきよ。そのように穂には咲き出ずに、表面に現れることなく恋い続けることであるよ
#{語釈]
我妹子に 会うから逢坂山にかかる枕詞 第五句にもかかる

逢坂山 京都と近江の国境

はだすすき 原文 皮為 為皮 は太 穂が出る前のすすき
8/1637H01はだすすき尾花逆葺き黒木もち造れる室は万代までに
10/2283H01我妹子に逢坂山のはだすすき穂には咲き出ず恋ひわたるかも
10/2311H01はだすすき穂には咲き出ぬ恋をぞ我がする玉かぎるただ一目のみ見し人ゆゑに
14/3506H01新室のこどきに至ればはだすすき穂に出し君が見えぬこのころ
14/3565H01かの子ろと寝ずやなりなむはだすすき宇良野の山に月片寄るも
16/3800H01はだすすき穂にはな出でそ思ひたる心は知らゆ我れも寄りなむ
17/3957H08はだすすき 穂に出づる秋の 萩の花 にほへる宿を

一方 旗すすき 原文 旗 穂がほほけて旗のようになっているすすき
01/0045H04み雪降る 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しなべ 草枕 旅宿りせす
10/2089H03そほ舟の 艫にも舳にも 舟装ひ ま楫しじ貫き 旗すすき 本葉もそよに

#[説明]
同想
03/0301H01岩が根のこごしき山を越えかねて音には泣くとも色に出でめやも

#[関連論文]


#[番号]10/2284
#[題詞](寄花)
#[原文]率尓 今毛欲見 秋芽子之 四搓二将有 妹之光儀乎
#[訓読]いささめに今も見が欲し秋萩のしなひにあるらむ妹が姿を
#[仮名],いささめに,いまもみがほし,あきはぎの,しなひにあるらむ,いもがすがたを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]ちょっとの間も今も見たいものだ。秋萩のようにしなやかな姿でいるであろう妹の姿を
#{語釈]
いささめに 原文 率尓 旧訓 いさなみに 元 たちまちに 考 いささめに
大系 類名 率尓 にはかに・ゆくりなし ゆくりなく 全注等
11/2521H01垣幡 丹<頬>經君S 率尓 思出乍 嘆鶴鴨
07/1355H01真木柱作る杣人いささめに仮廬のためと作りけめやも
いささめに ちょっと ちらっと
ゆくりなく 不意に

しなひに しなやかな容姿

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2285
#[題詞](寄花)
#[原文]秋芽子之 花野乃為酢寸 穂庭不出 吾戀度 隠嬬波母
#[訓読]秋萩の花野のすすき穂には出でず我が恋ひわたる隠り妻はも
#[仮名],あきはぎの,はなののすすき,ほにはいでず,あがこひわたる,こもりづまはも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情,秘密
#[訓異]
#[大意]秋萩の花の咲いている野のすすきのように穂には出ないで自分が恋い続ける隠り妻であるなあ
#{語釈]
野のすすき はだすすきのことを言うか。萩の咲いている期間はまだすすきの穂は出ない

隠り妻
10/2141H01このころの秋の朝明に霧隠り妻呼ぶ鹿の声のさやけさ
10/2285H01秋萩の花野のすすき穂には出でず我が恋ひわたる隠り妻はも
11/2566H01色に出でて恋ひば人見て知りぬべし心のうちの隠り妻はも
11/2656H01天飛ぶや軽の社の斎ひ槻幾代まであらむ隠り妻ぞも
11/2708H01しなが鳥猪名山響に行く水の名のみ寄そりし隠り妻はも
11/2803H01里中に鳴くなる鶏の呼び立てていたくは泣かぬ隠り妻はも
13/3266H03朝露の 消なば消ぬべく 恋ひしくも しるくも逢へる 隠り妻かも
13/3312H04思ふごとならぬ 隠り妻かも
19/4148H01杉の野にさ躍る雉いちしろく音にしも泣かむ隠り妻かも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2286
#[題詞](寄花)
#[原文]吾屋戸尓 開秋芽子 散過而 實成及丹 於君不相鴨
#[訓読]我が宿に咲きし秋萩散り過ぎて実になるまでに君に逢はぬかも
#[仮名],わがやどに,さきしあきはぎ,ちりすぎて,みになるまでに,きみにあはぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我が家に咲いた秋萩が散りすぎて実になるまであなたに会わないことだ
#{語釈]
実 萩の実は、扁平な莢におおわれたもの。葉、花とともに馬、牛、鹿などが好む
07/1365H01我妹子がやどの秋萩花よりは実になりてこそ恋ひまさりけれ

#[説明]
同想
10/1902H01春の野に霞たなびき咲く花のかくなるまでに逢はぬ君かも
10/1930H01梓弓引津の辺なるなのりその花咲くまでに逢はぬ君かも
10/2244H01住吉の岸を田に墾り蒔きし稲かくて刈るまで逢はぬ君かも

#[関連論文]


#[番号]10/2287
#[題詞](寄花)
#[原文]吾屋前之 芽子開二家里 不落間尓 早来可見 平城里人
#[訓読]我が宿の萩咲きにけり散らぬ間に早来て見べし奈良の里人
#[仮名],わがやどの,はぎさきにけり,ちらぬまに,はやきてみべし,ならのさとびと
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,勧誘
#[訓異]
#[大意]我が家の萩が咲いたことだ。散らない間に早く来て見てください。奈良の里の人よ
#{語釈]
見べし 勧誘

奈良の里人 全集 飛鳥古京から言いやった歌か
奈良京外からと見る必要はない。おかしみを込めたものか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2288
#[題詞](寄花)
#[原文]石走 間々生有 皃花乃 花西有来 在筒見者
#[訓読]石橋の間々に生ひたるかほ花の花にしありけりありつつ見れば
#[仮名],いしはしの,ままにおひたる,かほばなの,はなにしありけり,ありつつみれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物
#[訓異]
#[大意]石橋の間に生えているかお花の花であったようで実にならなかった。ずっと見ていると。
石橋の間に生えているかお花のようだ。美しいあなたは。ずっと見ていると。
#{語釈]
石橋 川に置かれた飛び石

かほ花 水草であること ひるがお かきつばた おもだか 美しい花の意

花にしありけり 実になることを背景に置いている。ただの花だけであって実にはならなかったの意 失望の気持ち
美しい花であることの賞賛

#[説明]
美しい女を賞賛した男の歌 考 評釈 全註釈
不誠実な男であることに失望した女の歌 全注 注釈

#[関連論文]


#[番号]10/2289
#[題詞](寄花)
#[原文]藤原 古郷之 秋芽子者 開而落去寸 君待不得而
#[訓読]藤原の古りにし里の秋萩は咲きて散りにき君待ちかねて
#[仮名],ふぢはらの,ふりにしさとの,あきはぎは,さきてちりにき,きみまちかねて
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,奈良,地名,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]藤原の古くなった里の秋萩は咲いて散ってしまったことだ。あなたを待つことが出来なくて
#{語釈]
#[説明]
作者は平城に移っていった男の再訪を旧都藤原で待っている。
藤原が古くなって萩が盛りを過ぎたように、再訪を待っている間に自分も適齢期を過ぎてしまったと言ったもの。

#[関連論文]


#[番号]10/2290
#[題詞](寄花)
#[原文]秋芽子乎 落過沼蛇 手折持 雖見不怜 君西不有者
#[訓読]秋萩を散り過ぎぬべみ手折り持ち見れども寂し君にしあらねば
#[仮名],あきはぎを,ちりすぎぬべみ,たをりもち,みれどもさぶし,きみにしあらねば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋萩が散りすぎてしまいそうなので手折って持って見ても寂しいことである。あなたではないので。
#{語釈]
散り過ぎぬべみ 完了「ぬ」推量「べし」原因理由「み」

#[説明]
萩に心が慰められるかと思ったが、少しも和まない気持ちを詠んだもの。

#[関連論文]


#[番号]10/2291
#[題詞](寄花)
#[原文]朝開 夕者消流 鴨頭草<乃> 可消戀毛 吾者為鴨
#[訓読]朝咲き夕は消ぬる月草の消ぬべき恋も我れはするかも
#[仮名],あしたさき,ゆふへはけぬる,つきくさの,けぬべきこひも,あれはするかも
#[左注]
#[校異]<> -> 乃 [元][古][紀]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]朝に咲いて夕方にはしぼんでしまう露草のような消えてしまいそうな恋を自分はすることであるよ
#{語釈]
消ぬる しぼむ

#[説明]
類想
12/3039H01夕置きて朝は消ぬる白露の消ぬべき恋も我れはするかも

#[関連論文]


#[番号]10/2292
#[題詞](寄花)
#[原文]蜒野之 尾花苅副 秋芽子之 花乎葺核 君之借廬
#[訓読]秋津野の尾花刈り添へ秋萩の花を葺かさね君が仮廬に
#[仮名],あきづのの,をばなかりそへ,あきはぎの,はなをふかさね,きみがかりほに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,吉野,地名,植物
#[訓異]
#[大意]秋津野の尾花を刈って添えて、秋萩の花を葺きなさいよ。あなたの仮廬に
#{語釈]
秋津野 吉野町宮瀧付近 田辺市秋津町(07/1345)

#[説明]
秋津野での女の歌か

#[関連論文]


#[番号]10/2293
#[題詞](寄花)
#[原文]咲友 不知師有者 黙然将有 此秋芽子乎 令視管本名
#[訓読]咲けりとも知らずしあらば黙もあらむこの秋萩を見せつつもとな
#[仮名],さけりとも,しらずしあらば,もだもあらむ,このあきはぎを,みせつつもとな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物
#[訓異]
#[大意]咲いていたとしてお知らないでいたならば平気でいられたのに。この秋萩をむやみに見せたりして
#{語釈]
黙もあらむ だまってもいる 平気でいる

#[説明]
恋心をかきたてられた女の恨みの歌

家持歌
17/3976H01咲けりとも知らずしあらば黙もあらむこの山吹を見せつつもとな
この歌を取り入れた

#[関連論文]


#[番号]10/2294
#[題詞]寄山
#[原文]秋去者 鴈飛越 龍田山 立而毛居而毛 君乎思曽念
#[訓読]秋されば雁飛び越ゆる龍田山立ちても居ても君をしぞ思ふ
#[仮名],あきされば,かりとびこゆる,たつたやま,たちてもゐても,きみをしぞおもふ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,奈良,地名,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]秋になると雁が飛び越えていく龍田山よ。その立つではないが立っても座っていてもあなたのことを思うことだ
#{語釈]
雁飛び越ゆる
10/2214H01夕されば雁の越え行く龍田山しぐれに競ひ色づきにけり

立ちても居ても
04/0568H01み崎廻の荒磯に寄する五百重波立ちても居ても我が思へる君
10/2294H01秋されば雁飛び越ゆる龍田山立ちても居ても君をしぞ思ふ
11/2453H01春柳葛城山に立つ雲の立ちても居ても妹をしぞ思ふ
12/3089H01遠つ人狩道の池に住む鳥の立ちても居ても君をしぞ思ふ
17/3993H12立ちても居ても 漕ぎ廻り 見れども飽かず 秋さらば

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2295
#[題詞]寄黄葉
#[原文]我屋戸之 田葛葉日殊 色付奴 不<来>座君者 何情曽毛
#[訓読]我が宿の葛葉日に異に色づきぬ来まさぬ君は何心ぞも
#[仮名],わがやどの,くずはひにけに,いろづきぬ,きまさぬきみは,なにごころぞも
#[左注]
#[校異]<> -> 来 [元][類][紀]
#[鄣W],秋相聞,植物
#[訓異]
#[大意]我が家の葛の葉が日ごとに色づいてきた。いらっしゃらないあなたはどういう気持ちなのでしょうか
#{語釈]
葛 原文 田葛 注釈 田のほとりなどによく繁るから田の字を加えたものと見てよい

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2296
#[題詞](寄黄葉)
#[原文]足引乃 山佐奈葛 黄變及 妹尓不相哉 吾戀将居
#[訓読]あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我が恋ひ居らむ
#[仮名],あしひきの,やまさなかづら,もみつまで,いもにあはずや,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]あしひきの山のさな葛が紅葉するまで妹に会わないで自分は恋い思っていることであろうか
#{語釈]
山さな葛 山に生えているさな葛 さね葛 びなんかずら モクレン科の常緑の蔓性植物
02/0094H01玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ

02/0207H03人知りぬべみ さね葛 後も逢はむと 大船の 思ひ頼みて 玉かぎる
11/2479H01さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ

#[説明]
身分違いの恋を嘆くのか、片思いか。羈旅に出た歌か

#[関連論文]


#[番号]10/2297
#[題詞](寄黄葉)
#[原文]黄葉之 過不勝兒乎 人妻跡 見乍哉将有 戀敷物乎
#[訓読]黄葉の過ぎかてぬ子を人妻と見つつやあらむ恋しきものを
#[仮名],もみちばの,すぎかてぬこを,ひとづまと,みつつやあらむ,こほしきものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]黄葉の散り過ぎるではないが、無関心に通り過ぎることが出来ないあの子を人妻として見続けているのであろうか。恋しいものであるのに
#{語釈]
黄葉の 散りやすいことで、過ぎるにかかる枕詞

過ぎかてぬ子 無関心に通り過ぎることが出来ない子

人妻と 人妻として

#[説明]
人妻
01/0021H01紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも
04/0517H01神木にも手は触るといふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも
09/1759H02行き集ひ かがふかがひに 人妻に 我も交らむ 我が妻に 人も言問へ
10/1999H01赤らひく色ぐはし子をしば見れば人妻ゆゑに我れ恋ひぬべし
10/2297H01黄葉の過ぎかてぬ子を人妻と見つつやあらむ恋しきものを
11/2365H01うちひさす宮道に逢ひし人妻ゆゑに玉の緒の思ひ乱れて寝る夜しぞ多き
12/2866H01人妻に言ふは誰が言さ衣のこの紐解けと言ふは誰が言
12/2909H01おほろかに我れし思はば人妻にありといふ妹に恋ひつつあらめや
12/3093H01小竹の上に来居て鳴く鳥目を安み人妻ゆゑに我れ恋ひにけり
12/3115H01息の緒に我が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも
14/3472H01人妻とあぜかそを言はむしからばか隣の衣を借りて着なはも
14/3539H01あずの上に駒を繋ぎて危ほかど人妻子ろを息に我がする
14/3541H01あずへから駒の行ごのす危はとも人妻子ろをまゆかせらふも
14/3557H01悩ましけ人妻かもよ漕ぐ舟の忘れはせなないや思ひ増すに

#[関連論文]


#[番号]10/2298
#[題詞]寄月
#[原文]於君戀 之奈要浦觸 吾居者 秋風吹而 月斜焉
#[訓読]君に恋ひ萎えうらぶれ我が居れば秋風吹きて月かたぶきぬ
#[仮名],きみにこひ,しなえうらぶれ,わがをれば,あきかぜふきて,つきかたぶきぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたに恋い思ってしょんぼりと心が沈んで自分がいると秋風が吹いて月が傾いたことだ
#{語釈]
萎えうらぶれ しおれて心が沈む

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2299
#[題詞](寄月)
#[原文]秋夜之 月疑意君者 雲隠 須臾不見者 幾許戀敷
#[訓読]秋の夜の月かも君は雲隠りしましく見ねばここだ恋しき
#[仮名],あきのよの,つきかもきみは,くもがくり,しましくみねば,ここだこほしき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の夜の月であろうかあなたは。雲に隠れてしばらく見ないとこんなにもひどく恋しいことだ
#{語釈]
雲隠り 雲に隠れてしばらく見ないと月は非常に恋しく思うように、あなたもしばらく見ないと

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2300
#[題詞](寄月)
#[原文]九月之 在明能月夜 有乍毛 君之来座者 吾将戀八方
#[訓読]九月の有明の月夜ありつつも君が来まさば我れ恋ひめやも
#[仮名],ながつきの,ありあけのつくよ,ありつつも,きみがきまさば,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]九月の有明の月ではないが、そのままずっと変わらずあなたがいらっしゃたら自分は恋い思うことでしょう
#{語釈]
有明の月 二〇日以降の月

#[説明]
いつまでも変わらずに来て欲しい女の思い。来訪を男にうながしたもの
集成 明け方帰る男に、末永く通ってくれることを願った歌

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#[番号]10/2301
#[題詞]寄夜
#[原文]忍咲八師 不戀登為跡 金風之 寒吹夜者 君乎之曽念
#[訓読]よしゑやし恋ひじとすれど秋風の寒く吹く夜は君をしぞ思ふ
#[仮名],よしゑやし,こひじとすれど,あきかぜの,さむくふくよは,きみをしぞおもふ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]ええい、もう恋い思うまいとするけれども、秋風の寒く吹く夜はあなたのことを思うことだ
#{語釈]
よしゑやし 感動詞 ええいままよ。もうよい。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2302
#[題詞](寄夜)
#[原文]<或>者之 痛情無跡 将念 秋之長夜乎 <寤><臥>耳
#[訓読]ある人のあな心なと思ふらむ秋の長夜を寝覚め臥すのみ
#[仮名],あるひとの,あなこころなと,おもふらむ,あきのながよを,ねざめふすのみ
#[左注]
#[校異]惑 -> 或 [元][紀] / 寐 -> 寤 [元] / 師 -> 臥 [元][類]
#[鄣W],秋相聞,恋情,孤独
#[訓異]
#[大意]ある人がああ情緒を解さないと思うであろう。秋の長夜を寝覚めて横になっているのみである
#{語釈]
ある人の 類古、西 「惑」 元「或」
代匠記 わひひとの 略解 さとひとの 佐々木評釈 よそひとし
全註釈 注釈 わびびとの 風流詩情を解し、孤独を楽しむごとき性情の人
私注 わびひとし 多感な人
新校 全集 全注 あるひとの
大系 けだしくも 或、惑 でわびしにあたる意味はない。
類名 もしくは とある

あな心な あな 感動詞 ああ 心な 無いの語幹 情緒を解しない

寝覚め臥すのみ 類、紀、西 「寐」 元 「寤」 紀 西「師」 元 類 「臥」
元 以下 ねさめしてのみ 寤 の訓が基本 師は臥の草体から誤ったもの
新訓 全釈 全註釈 いねふしてのみ
大系 いねふさくのみ
全集 集成 全注 ねさめふすのみ

#[説明]
相手に恋い思って寝られない様子を言ったもの

#[関連論文]


#[番号]10/2303
#[題詞](寄夜)
#[原文]秋夜乎 長跡雖言 積西 戀盡者 短有家里
#[訓読]秋の夜を長しと言へど積もりにし恋を尽せば短くありけり
#[仮名],あきのよを,ながしといへど,つもりにし,こひをつくせば,みじかくありけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋愛
#[訓異]
#[大意]秋の夜を長いと人は言うけれども、長年積もった恋を尽くすならば短くあることだ
#{語釈]
積もりにし 長年積もりに積もった恋

#[説明]
七夕歌
10/2037H01年の恋今夜尽して明日よりは常のごとくや我が恋ひ居らむ
古今集 小野小町
秋の夜も名のみなりけり逢ふといへばことぞともなく明けぬるものを

#[関連論文]


#[番号]10/2304
#[題詞]寄衣
#[原文]秋都葉尓 々寶敝流衣 吾者不服 於君奉者 夜毛著金
#[訓読]秋つ葉ににほへる衣我れは着じ君に奉らば夜も着るがね
#[仮名],あきつはに,にほへるころも,あれはきじ,きみにまつらば,よるもきるがね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋愛
#[訓異]
#[大意]秋の紅葉の葉のように色とりどりの美しい衣を自分は着るまい。あなたに差し上げたら夜も着るように
#{語釈]
秋つ葉 秋の紅葉した葉 にほへるを引き出す譬喩的な用法

#[説明]
全注 女が恋人に衣を贈るのに添えた歌であろうか 或いは男子間でのやりとりか

#[関連論文]


#[番号]10/2305
#[題詞]問答
#[原文]旅尚 襟解物乎 事繁三 丸宿吾為 長此夜
#[訓読]旅にすら紐解くものを言繁みまろ寝ぞ我がする長きこの夜を
#[仮名],たびにすら,ひもとくものを,ことしげみ,まろねぞわがする,ながきこのよを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,うわさ,問答
#[訓異]
#[大意]旅にある中でも紐を解くものなのに。うわさがひどいので丸寝を自分はすることだ。長いこの夜を
#{語釈]
旅にすら紐解く 貞節を守る旅ですら、他の女と寝る
14/3427H01筑紫なるにほふ子ゆゑに陸奥の可刀利娘子の結ひし紐解く

まろ寝 まる寝
09/1787H02布留の里に 紐解かず 丸寝をすれば 我が着たる 衣はなれぬ
10/2305H01旅にすら紐解くものを言繁みまろ寝ぞ我がする長きこの夜を
12/3145H01我妹子し我を偲ふらし草枕旅のまろ寝に下紐解けぬ
18/4113H03紐解かず 丸寝をすれば いぶせみと 心なぐさに なでしこを

20/4416H01草枕旅行く背なが丸寝せば家なる我れは紐解かず寝む
20/4420H01草枕旅の丸寝の紐絶えば我が手と付けろこれの針持し

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2306
#[題詞](問答)
#[原文]四具礼零 暁月夜 紐不解 戀君跡 居益物
#[訓読]しぐれ降る暁月夜紐解かず恋ふらむ君と居らましものを
#[仮名],しぐれふる,あかときづくよ,ひもとかず,こふらむきみと,をらましものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,恋情,恋情,問答
#[訓異]
#[大意]しぐれが降る暁の月夜に紐を解かないで自分のことを恋い思っているあなたといたいものです
#{語釈]
しぐれ降る暁月夜 降っていたしぐれがやんで月が出てくる暁

#[説明]
女側の歌

#[関連論文]


#[番号]10/2307
#[題詞](問答)
#[原文]於黄葉 置白露之 色葉二毛 不出跡念者 事之繁家口
#[訓読]黄葉に置く白露の色端にも出でじと思へば言の繁けく
#[仮名],もみちばに,おくしらつゆの,いろはにも,いでじとおもへば,ことのしげけく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,問答,うわさ
#[訓異]
#[大意]黄葉に置く白露の色の一部にも出すまいと思うとうわさがひどいことだ
#{語釈]
色端にも 旧訓 いろはにも 全註釈 全集 色づいた葉 顔色に出す形容
考 略解 全釈 注釈 にほひにも
大系 葉と二は転倒 いろにはも
#[説明]
恋い心を表に出すまいと注意していてもうわさになることを嘆いた男の歌
#[関連論文]


#[番号]10/2308
#[題詞](問答)
#[原文]雨零者 瀧都山川 於石觸 君之摧 情者不持
#[訓読]雨降ればたぎつ山川岩に触れ君が砕かむ心は持たじ
#[仮名],あめふれば,たぎつやまがは,いはにふれ,きみがくだかむ,こころはもたじ
#[左注]右一首不類秋歌而以和載之也
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],秋相聞,問答
#[訓異]
#[大意]雨が降ると激しく流れる山の川が岩にぶつかって水が砕けるようにあなたが心を砕くような気持ちは持っていませんよ
#{語釈]
君が砕かむ心 あなたが心をくだく、心配するような気持ち

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2309
#[題詞]譬喩歌
#[原文]祝部等之 齊經社之 黄葉毛 標縄越而 落云物乎
#[訓読]祝らが斎ふ社の黄葉も標縄越えて散るといふものを
#[仮名],はふりらが,いはふやしろの,もみちばも,しめなはこえて,ちるといふものを
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],秋相聞,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]神官たちが祭る神聖な社の黄葉も注連縄を越えて散るというものであるのに
#{語釈]
祝らが斎ふ社 神官たちが斎き祭る社

標縄 神域であることを示す縄

#[説明]
全注 親に守られ監視されている娘に自分と逢うように誘う男の歌
07/1378H01木綿懸けて斎ふこの社越えぬべく思ほゆるかも恋の繁きに
11/2663H01ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし今は我が名の惜しけくもなし

#[関連論文]


#[番号]10/2310
#[題詞]旋頭歌
#[原文]蟋蟀之 吾床隔尓 鳴乍本名 起居管 君尓戀尓 宿不勝尓
#[訓読]こほろぎの我が床の辺に鳴きつつもとな起き居つつ君に恋ふるに寐ねかてなくに
#[仮名],こほろぎの,あがとこのへに,なきつつもとな,おきゐつつ,きみにこふるに,いねかてなくに
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],秋相聞,動物,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]こおろぎが自分の寝床の枕元でむやみに鳴くなよ。起きていてあなたに恋い思って寝ることが出来ないでいるのに
#{語釈]
こほろぎ コオロギなだけなく秋になく虫の総称 2158

#[説明]
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#[番号]10/2311
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]皮為酢寸 穂庭開不出 戀乎吾為 玉蜻 直一目耳 視之人故尓
#[訓読]はだすすき穂には咲き出ぬ恋をぞ我がする玉かぎるただ一目のみ見し人ゆゑに
#[仮名],はだすすき,ほにはさきでぬ,こひをぞあがする,たまかぎる,ただひとめのみ,みしひとゆゑに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],秋相聞,植物,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]はだすすきのように穂には咲き出さない恋を自分はすることだ。玉がかすかに光るようにかすかにちょっとだけ見た人のせいで
#{語釈]
はだすすき 2283 穂が出る前のすすき

玉かぎる 枕詞 玉がかすかに光るの意味で 夕方、日にかかる
ここではちょっと光るということからただ人目にかかる
02/0207H03大船の 思ひ頼みて 玉かぎる 岩垣淵の 隠りのみ
02/0210H13思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
08/1526H01玉かぎるほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは
10/1816H01玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
10/2311H01はだすすき穂には咲き出ぬ恋をぞ我がする玉かぎるただ一目のみ見し人ゆゑに
11/2391H01玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか
11/2509H01まそ鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の隠りたる妻
11/2700H01玉かぎる岩垣淵の隠りには伏して死ぬとも汝が名は告らじ
12/3085H01朝影に我が身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに
13/3250H03行く影の 月も経ゆけば 玉かぎる 日も重なりて 思へかも 胸の苦しき

ゆゑに のせいで だからと言って
01/0021H01紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも
02/0122H01大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に

#[説明]
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#[番号]10/2312
#[題詞]冬雜歌
#[原文]我袖尓 雹手走 巻隠 不消有 妹為見
#[訓読]我が袖に霰た走る巻き隠し消たずてあらむ妹が見むため
#[仮名],わがそでに,あられたばしる,まきかくし,けたずてあらむ,いもがみむため
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出也)
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],冬雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,恋愛
#[訓異]
#[大意]自分の袖に霰がぱらぱらと降ってくる。袖を巻いて隠して消さないでいよう。妹が見るために
#{語釈]
あられ 原文「雹」 表記としてはここ一例 類聚名義抄 アラレ
他に 霰、丸雪

消たずて 旧訓 けすかもあれや けさすかもあれや
代匠記 けたすやあらまし 精撰本 けたすてあらむ

#[説明]
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#[番号]10/2313
#[題詞]
#[原文]足曳之 山鴨高 巻向之 木志乃子松二 三雪落来
#[訓読]あしひきの山かも高き巻向の崖の小松にみ雪降りくる
#[仮名],あしひきの,やまかもたかき,まきむくの,きしのこまつに,みゆきふりくる
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出也)
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,地名,叙景
#[訓異]
#[大意]あしひきの山が高いからであろうか。巻向の山の崖の松に雪が降ってくることだ
#{語釈]
巻向 奈良県桜井市穴師 07.1093 1268 1269 10.1815

崖 きし 傾斜が急な所 水辺に限らない

#[説明]
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#[番号]10/2314
#[題詞]
#[原文]巻向之 桧原毛未 雲居者 子松之末由 沫雪流
#[訓読]巻向の桧原もいまだ雲居ねば小松が末ゆ沫雪流る
#[仮名],まきむくの,ひはらもいまだ,くもゐねば,こまつがうれゆ,あわゆきながる
#[左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集出也)
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,地名,叙景
#[訓異]
#[大意]巻向の桧原もまだ雲もかかっていないのに小松の梢から沫のような雪が流れている
#{語釈]
流る
05/0822H01我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも
08/1420H01沫雪かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも
08/1662H01淡雪の消ぬべきものを今までに流らへぬるは妹に逢はむとぞ
10/2314H01巻向の桧原もいまだ雲居ねば小松が末ゆ沫雪流る
10/2320H01我が袖に降りつる雪も流れ行きて妹が手本にい行き触れぬか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2315
#[題詞]
#[原文]足引 山道不知 白<牫><牱> 枝母等乎々尓 雪落者 [或云 枝毛多和々々]
#[訓読]あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば [或云 枝もたわたわ]
#[仮名],あしひきの,やまぢもしらず,しらかしの,えだもとををに,ゆきのふれれば,[えだもたわたわ]
#[左注]右柿本朝臣人麻呂之歌集出也 但<件>一首 [或本云三方沙弥作]
#[校異]歌 [西] 謌 / 杜 -> み [万葉集略解] / 材 [西(右書)] -> む [万葉集略解] / <> -> 件 [元][紀]
#[鄣W],冬雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,叙景
#[訓異]
#[大意]あしひきの山道もわからない。白橿の枝もたわむばかりに雪が降るので [或る伝えに言うことには、枝もたわわに]
#{語釈]
白橿の 西 白 木偏土 木偏代旁 しらかしの 船をつなぐカシ(杭)で借訓
考 牛編可 牛編代旁 和名抄 加之 所以繋舟
07/1190H01舟泊ててかし振り立てて廬りせむ名児江の浜辺過ぎかてぬかも

白橿 ブナ科の常緑高木 葉の裏が灰白色

#[説明]
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#[番号]10/2316
#[題詞]詠雪
#[原文]奈良山乃 峯尚霧合 宇倍志社 前垣之下乃 雪者不消家礼
#[訓読]奈良山の嶺なほ霧らふうべしこそ籬が下の雪は消ずけれ
#[仮名],ならやまの,みねなほきらふ,うべしこそ,まがきがしたの,ゆきはけずけれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,奈良,地名,季節
#[訓異]
#[大意]奈良山の嶺はまだ霧がかかっている。なるほど籬の下の雪は消えないのだなあ
#{語釈]
奈良山 奈良県奈良市北部
01.0017 0029 0029ai 03.0300d 04.0593 08.1585 1588 1638 10.2316 11.2487 12.3088 13.3236 3237 3240 16.3836 17.3957

霧らふ まだ霧がかかっている 雪雲で霞んでいる

籬 柴や竹などで荒く組んだ垣根 作者の家の垣根

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2317
#[題詞](詠雪)
#[原文]殊落者 袖副沾而 可通 将落雪之 空尓消二管
#[訓読]こと降らば袖さへ濡れて通るべく降りなむ雪の空に消につつ
#[仮名],ことふらば,そでさへぬれて,とほるべく,ふりなむゆきの,そらにけにつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌
#[訓異]
#[大意]どうせ降るならば袖までも濡れて通るように降って欲しい雪が空の途中で消えてしまって
#{語釈]
こと降らば こと 副詞 どうせ~ならば 同じ~なら
07/1402H01こと放けば沖ゆ放けなむ港より辺著かふ時に放くべきものか
13/3346H02いざわ出で見む こと放けば 国に放けなむ こと放けば 家に放けなむ

#[説明]
雪のめづらしさに心引かれている様子

#[関連論文]


#[番号]10/2318
#[題詞](詠雪)
#[原文]夜乎寒三 朝戸乎開 出見者 庭毛薄太良尓 三雪落有 [一云 庭裳保杼呂尓 雪曽零而有]
#[訓読]夜を寒み朝戸を開き出で見れば庭もはだらにみ雪降りたり [一云 庭もほどろに 雪ぞ降りたる]
#[仮名],よをさむみ,あさとをひらき,いでみれば,にはもはだらに,みゆきふりたり,[にはもほどろに,ゆきぞふりたる]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,属目
#[訓異]
#[大意]夜が寒いので朝に戸を開いて外に出てみると、庭もまだらにみ雪が降っていることだ 一云 庭もまだらに雪が降っていることだ
#{語釈]
はだらに まだらに はだれ
04/0754H01夜のほどろ我が出でて来れば我妹子が思へりしくし面影に見ゆ
04/0755H01夜のほどろ出でつつ来らくたび数多くなれば我が胸断ち焼くごとし
08/1420H01沫雪かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも
08/1539H01秋の田の穂田を雁がね暗けくに夜のほどろにも鳴き渡るかも
08/1639H01沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも
09/1709H01御食向ふ南淵山の巌には降りしはだれか消え残りたる
10/2132H01天雲の外に雁が音聞きしよりはだれ霜降り寒しこの夜は
10/2318H01夜を寒み朝門を開き出で見れば庭もはだらにみ雪降りたり
10/2318H02[庭もほどろに 雪ぞ降りたる]
10/2323H01我が背子を今か今かと出で見れば淡雪降れり庭もほどろに
10/2337H01笹の葉にはだれ降り覆ひ消なばかも忘れむと言へばまして思ほゆ
19/4140H01吾が園の李の花か庭に散るはだれのいまだ残りたるかも

#[説明]
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#[番号]10/2319
#[題詞](詠雪)
#[原文]暮去者 衣袖寒之 高松之 山木毎 雪曽零有
#[訓読]夕されば衣手寒し高松の山の木ごとに雪ぞ降りたる
#[仮名],ゆふされば,ころもでさむし,たかまつの,やまのきごとに,ゆきぞふりたる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,高円,奈良,地名,叙景
#[訓異]
#[大意]夕方になると衣の袖が寒いことだ。高松の山の木ごとに雪が降っている
#{語釈]
衣手寒し 袖口から冷気が入ってきて寒いの意か

高松 高円

#[説明]
春日里あたりでの歌か

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#[番号]10/2320
#[題詞](詠雪)
#[原文]吾袖尓 零鶴雪毛 流去而 妹之手本 伊行觸<粳>
#[訓読]我が袖に降りつる雪も流れ行きて妹が手本にい行き触れぬか
#[仮名],わがそでに,ふりつるゆきも,ながれゆきて,いもがたもとに,いゆきふれぬか
#[左注]
#[校異]糠 -> 粳 [元][類]
#[鄣W],冬雑歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]自分の袖に降った雪も流れていって妹の袖口に行って触れないものであろうか
#{語釈]
流れ行きて 風にのって吹き流されて

#[説明]
一つのものを共有したい考え
12/2858H01妹に恋ひ寐ねぬ朝明に吹く風は妹にし触れば我れさへに触れ

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#[番号]10/2321
#[題詞](詠雪)
#[原文]沫雪者 今日者莫零 白妙之 袖纒将干 人毛不有<君>
#[訓読]沫雪は今日はな降りそ白栲の袖まき干さむ人もあらなくに
#[仮名],あわゆきは,けふはなふりそ,しろたへの,そでまきほさむ,ひともあらなくに
#[左注]
#[校異]悪 -> 君 [類][紀]
#[鄣W],冬雑歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]沫雪は今日は降るなよ。白妙の袖を枕にして乾かしてくれる人もいないのだから
#{語釈]
#[説明]
女と会わない男の歌。旅中か。

#[関連論文]


#[番号]10/2322
#[題詞](詠雪)
#[原文]甚多毛 不零雪故 言多毛 天三空者 <陰>相管
#[訓読]はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天つみ空は雲らひにつつ
#[仮名],はなはだも,ふらぬゆきゆゑ,こちたくも,あまつみそらは,くもらひにつつ
#[左注]
#[校異]隠 -> 陰 [元][類][紀]
#[鄣W],冬雑歌,叙景
#[訓異]
#[大意]そんなにもひどくは降らない雪なのに、ひどく天のみ空は曇ってしまって
#{語釈]
ゆゑ ~なのに ~だから
02/0200H01ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも
04/0599H01朝霧のおほに相見し人故に命死ぬべく恋ひわたるかも

こちたくも 本来は口痛しで、うわさがひどい
そこから、程度の甚だしい様子を示す ひどい
02/0114H01秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも
02/0116H01人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る
04/0538H01人言を繁み言痛み逢はずありき心あるごとな思ひ我が背子
04/0748H01恋ひ死なむそこも同じぞ何せむに人目人言言痛み我がせむ
07/1343H01言痛くはかもかもせむを岩代の野辺の下草我れし刈りてば
10/2322H01はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天つみ空は雲らひにつつ
11/2535H01おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛く言はれしものを
11/2768H01葦鶴の騒く入江の白菅の知らせむためと言痛かるかも
12/2886H01人言はまこと言痛くなりぬともそこに障らむ我れにあらなくに
12/2895H01人言を繁み言痛み我妹子に去にし月よりいまだ逢はぬかも
12/2938H01人言を繁み言痛み我が背子を目には見れども逢ふよしもなし

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2323
#[題詞](詠雪)
#[原文]吾背子乎 且今々々 出見者 沫雪零有 庭毛保杼呂尓
#[訓読]我が背子を今か今かと出で見れば沫雪降れり庭もほどろに
#[仮名],わがせこを,いまかいまかと,いでみれば,あわゆきふれり,にはもほどろに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,属目,恋愛
#[訓異]
#[大意]我が背子を今来るか今来るかと外に出てみると、沫雪が降っている。庭もまだらに
#{語釈]
#[説明]
背子が来ないことを知ったことを言ったもの

#[関連論文]


#[番号]10/2324
#[題詞](詠雪)
#[原文]足引 山尓白者 我屋戸尓 昨日暮 零之雪疑意
#[訓読]あしひきの山に白きは我が宿に昨日の夕降りし雪かも
#[仮名],あしひきの,やまにしろきは,わがやどに,きのふのゆふへ,ふりしゆきかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,叙景
#[訓異]
#[大意]あしひきの山に白いものが見えるのは、我が家に昨日の夕べに降った雪なのだろうか
#{語釈]
#[説明]
山の雪を見て、自分の家に降った雪の霊異を感じ取っている。

#[関連論文]


#[番号]10/2325
#[題詞]詠花
#[原文]誰苑之 梅花毛 久堅之 消月夜尓 幾許散来
#[訓読]誰が園の梅の花ぞもひさかたの清き月夜にここだ散りくる
#[仮名],たがそのの,うめのはなぞも,ひさかたの,きよきつくよに,ここだちりくる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,属目,植物
#[訓異]
#[大意]誰の庭園の梅の花であるのか。久方の清らかな月夜にこんなにも多く散ってくるのは
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2326
#[題詞](詠花)
#[原文]梅花 先開枝<乎> 手折而者 褁常名付而 与副手六香聞
#[訓読]梅の花まづ咲く枝を手折りてばつとと名付けてよそへてむかも
#[仮名],うめのはな,まづさくえだを,たをりてば,つととなづけて,よそへてむかも
#[左注]
#[校異]<> -> 乎 [元][類][紀]
#[鄣W],冬雑歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]梅の花のまづ最初に咲く花を手折ったならば土産物と称して人がうわさをするだろうか
#{語釈]
手折りてば 「て」強意 手折ったならば

つとと名付けて 贈り物 土産物

よそへてむかも よそふ なぞらえる 関係があると人がうわさをする
08/1641H01淡雪に降らえて咲ける梅の花君がり遣らばよそへてむかも
全註釈 思いを寄せる 土産物と名付けて思いを寄せるだろうか
大系 なぞらえる おみやげといいなすことができましょうかしら
別解 あの人にやる土産だといって、二人の相思の仲になずらえていい立てるであろうか
講談社 あなたへの土産と称して、あなたをわたしに寄せてみようかなあ

#[説明]
最初の初花を恋人に贈る風習があったか。あらぬ疑いをかけられるかと言ったものであり、疑われることを楽しんでいる

#[関連論文]


#[番号]10/2327
#[題詞](詠花)
#[原文]誰苑之 梅尓可有家武 幾許毛 開有可毛 見我欲左右手二
#[訓読]誰が園の梅にかありけむここだくも咲きてあるかも見が欲しまでに
#[仮名],たがそのの,うめにかありけむ,ここだくも,さきてあるかも,みがほしまでに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,比喩,植物
#[訓異]
#[大意]誰の庭園の梅であるのだろうか。こんなにもひどく咲いていることだ。見たいと思うほどに。
#{語釈]
#[説明]
枝もたわわに咲いている梅の枝を送られて歌ったものか。

#[関連論文]


#[番号]10/2328
#[題詞](詠花)
#[原文]来可視 人毛不有尓 吾家有 梅<之>早花 落十方吉
#[訓読]来て見べき人もあらなくに我家なる梅の初花散りぬともよし
#[仮名],きてみべき,ひともあらなくに,わぎへなる,うめのはつはな,ちりぬともよし
#[左注]
#[校異]<> -> 之 [元][類][紀]
#[鄣W],冬雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]やって来て見るような人もないことなのに。我が家の梅の初花は散ったとしてもよい。
#{語釈]
見べき べし 推量 我が家の庭に来て見るような

#[説明]
大系 恋人に送った女の歌か
集成 わが家の初花をいとおしむ心を逆説的に歌っている。
全注 この歌が雑歌の部に収録されていることよりすれば、宴席で披露した歌で、作者の心には、むしろわが家の梅の初花を自慢する気持ちが働いているのであろう
注釈
06/1011H01我が宿の梅咲きたりと告げ遣らば来と言ふに似たり散りぬともよし
を心に持っての作か

#[関連論文]


#[番号]10/2329
#[題詞](詠花)
#[原文]雪寒三 咲者不開 梅花 縦比来者 然而毛有金
#[訓読]雪寒み咲きには咲かぬ梅の花よしこのころはかくてもあるがね
#[仮名],ゆきさむみ,さきにはさかぬ,うめのはな,よしこのころは,かくてもあるがね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]雪が寒いので十分には咲かない梅の花よ。それもよい。この頃はこのようにでもあっていよう。
#{語釈]
咲きには咲かぬ 咲きに咲くの打ち消し形 十分には咲かない

よし それでもよい
10/2110H01人皆は萩を秋と言ふよし我れは尾花が末を秋とは言はむ

かくても 十分には咲かない状態

#[説明]
梅の満開を待ち望んでいる心が背景にあるが、まだ冬の寒さが続くのでしかたがないという気持ち

#[関連論文]


#[番号]10/2330
#[題詞]詠露
#[原文]為妹 末枝梅乎 手折登波 下枝之露尓 沾<尓>家類可聞
#[訓読]妹がためほつ枝の梅を手折るとは下枝の露に濡れにけるかも
#[仮名],いもがため,ほつえのうめを,たをるとは,しづえのつゆに,ぬれにけるかも
#[左注]
#[校異]<> -> 尓 [元][類]
#[鄣W],冬雑歌,植物
#[訓異]
#[大意]妹のために上の枝の梅を手折ろうとして下の枝の露に濡れたことであるよ
#{語釈]
手折るとは は 強めの係助詞 手折るとして

#[説明]
誰かのために苦労して手に入れる歌
07/1249H01君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも
10/1839H01君がため山田の沢にゑぐ摘むと雪消の水に裳の裾濡れぬ
全注 苦労というよりはその風流ぶりを顕示していると見てよいだろう

#[関連論文]


#[番号]10/2331
#[題詞]詠黄葉
#[原文]八田乃野之 淺茅色付 有乳山 峯之沫雪 <寒>零良之
#[訓読]八田の野の浅茅色づく有乳山嶺の沫雪寒く降るらし
#[仮名],やたののの,あさぢいろづく,あらちやま,みねのあわゆき,さむくふるらし
#[左注]
#[校異]<> -> 寒 [西(右書)][元][類][紀][細]
#[鄣W],冬雑歌,奈良,福井,地名,叙景
#[訓異]
#[大意]矢田の野の浅茅が色づいてきた。愛発山の峰の沫雪が寒く降っているらしい
#{語釈]
八田の野 大和郡山市の矢田の野か 矢田寺がある
後の愛発山と関連して、大和では離れすぎるので、越前矢田野、和名抄加賀江沼郡矢田 足代弘訓

有乳山 愛発山 北陸道滋賀県高島郡マキノ町から福井県敦賀市 へ越える堺の山。
愛発関がある。
矢田を大和だとすると離れすぎるので、葛城山のことか(奥野健治)

#[説明]
秋の深まりとともにかつて旅をした愛発のことを思い出している
類歌
10/2190H01我が門の浅茅色づく吉隠の浪柴の野の黄葉散るらし
10/2207H01我がやどの浅茅色づく吉隠の夏身の上にしぐれ降るらし

#[関連論文]


#[番号]10/2332
#[題詞]詠月
#[原文]左夜深者 出来牟月乎 高山之 峯白雲 将隠鴨
#[訓読]さ夜更けば出で来む月を高山の嶺の白雲隠すらむかも
#[仮名],さよふけば,いでこむつきを,たかやまの,みねのしらくも,かくすらむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬雑歌
#[訓異]
#[大意]夜が更けて出てくるであろう月を高い山の峰の白雲が隠しているのであろうか
#{語釈]
隠すらむかも 西 かくしてむかも 紀 かくれなんかも
古義 かくすらむかも 考 かくしなむかも

新考 かくすらむ だと現在の推量。 ここはいでこむ月という未来であるからかくしなむかも 全注、大系、全註釈

注釈 月が出てきてしかるべき時に出ていない意味がいでこむであるので、かくすらむでもよい

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2333
#[題詞]冬相聞
#[原文]零雪 虚空可消 雖戀 相依無 月經在
#[訓読]降る雪の空に消ぬべく恋ふれども逢ふよしなしに月ぞ経にける
#[仮名],ふるゆきの,そらにけぬべく,こふれども,あふよしなしに,つきぞへにける
#[左注]右柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]降る雪が空に消えてしまうように、空に消え入りそうに恋い思うけれども会う手だてもなくて月が経ったことだ
#{語釈]
降る雪の空に消ぬべく 消え入りそうに恋い思うの序詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2334
#[題詞]
#[原文]<阿和>雪 千<重>零敷 戀為来 食永我 見偲
#[訓読]沫雪は千重に降りしけ恋ひしくの日長き我れは見つつ偲はむ
#[仮名],あわゆきは,ちへにふりしけ,こひしくの,けながきわれは,みつつしのはむ
#[左注]右柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]沫 -> 阿和 [元][類][紀][温] / 里 -> 重 [元] / 歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌
#[鄣W],冬相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]沫雪は幾重にも降り積もれ。恋しいことの日数長い自分は見続けて偲ぼう
#{語釈]
#[説明]
類歌
20/4475H01初雪は千重に降りしけ恋ひしくの多かる我れは見つつ偲はむ
今城は、人麻呂歌集のこの歌を下敷きにした

#[関連論文]


#[番号]10/2335
#[題詞]寄露
#[原文]咲出照 梅之下枝<尓> 置露之 可消於妹 戀頃者
#[訓読]咲き出照る梅の下枝に置く露の消ぬべく妹に恋ふるこのころ
#[仮名],さきでてる,うめのしづえに,おくつゆの,けぬべくいもに,こふるこのころ
#[左注]
#[校異]<> -> 尓 [元][類][紀]
#[鄣W],冬相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]咲き出して美しく照り映えている梅の下の枝に置く露のように消えてしまいそうに妹に恋い思うこの頃であるよ
#{語釈]
咲き出照る 花が咲き出してその色が美しく照り映える

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2336
#[題詞]寄霜
#[原文]甚毛 夜深勿行 道邊之 湯小竹之於尓 霜降夜焉
#[訓読]はなはだも夜更けてな行き道の辺の斎笹の上に霜の降る夜を
#[仮名],はなはだも,よふけてなゆき,みちのへの,ゆささのうへに,しものふるよを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,植物,逢会
#[訓異]
#[大意]ひどくは夜更けては行きなさるな。道のほとりのゆ笹の上に霜の降る夜であるのだから
#{語釈]
ゆ笹 ゆ 斎笹 神聖な笹

#[説明]
男の引き留め歌
類歌
04/0709H01夕闇は道たづたづし月待ちて行ませ我が背子その間にも見む
11/2687H01桜麻の麻生の下草露しあれば明かしてい行け母は知るとも

#[関連論文]


#[番号]10/2337
#[題詞]寄雪
#[原文]小竹葉尓 薄太礼零覆 消名羽鴨 将忘云者 益所念
#[訓読]笹の葉にはだれ降り覆ひ消なばかも忘れむと言へばまして思ほゆ
#[仮名],ささのはに,はだれふりおほひ,けなばかも,わすれむといへば,ましておもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]笹の葉にはだれが降り覆っても消えてしまうように、そのように死んでしまったらあなたのことを忘れるだろうと妹が言うので、なおさらいとしく思われることだ
#{語釈]
消なばかも 笹の葉のはだれがやがては消えるように、自分が死んだならば

忘れむ 死んだらあなたのことを忘れるだろうという妹の言葉。死なない限りあなたのことは忘れないの意味

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2338
#[題詞](寄雪)
#[原文]霰落 板<玖>風吹 寒夜也 旗野尓今夜 吾獨寐牟
#[訓読]霰降りいたく風吹き寒き夜や旗野に今夜我が独り寝む
#[仮名],あられふり,いたくかぜふき,さむきよや,はたのにこよひ,わがひとりねむ
#[左注]
#[校異]敢 -> 玖 [古義]
#[鄣W],冬相聞,奈良,飛鳥,地名,孤独,恋情
#[訓異]
#[大意]霰が降ってひどく風が吹いて寒い夜なのに旗野に今夜は自分が独りで寝るのだろうか
#{語釈]
いたく 原文 西「板敢」いたま 代匠記 いたく
考 敢を玖の誤り いたく 古典大系
古義 中山厳水説として 敢はもと聞であり、聴になり敢に誤った いたも
注釈 敢は暇の誤り いたま 板間を風が吹いて
全註釈 紀州本 坂敢 さかへ さかへ風 逆風の意

旗野 類聚名義抄 大和国高市郡波多野 延喜式神名帳 大和国高市郡 波多神社
奈良県高市郡高取町 明日香村畑

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2339
#[題詞](寄雪)
#[原文]吉名張乃 野木尓零覆 白雪乃 市白霜 将戀吾鴨
#[訓読]吉隠の野木に降り覆ふ白雪のいちしろくしも恋ひむ我れかも
#[仮名],よなばりの,のぎにふりおほふ,しらゆきの,いちしろくしも,こひむあれかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,桜井,地名,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]吉隠の野の木に降り覆う白雪のようにはっきりと目立って恋い思う自分であることだ
#{語釈]
吉隠 奈良県櫻井市吉隠

野木 吉隠の野に生えている木

白雪 野原の木に雪が積もることがはっきりと見えるように、目立って見える

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2340
#[題詞](寄雪)
#[原文]一眼見之 人尓戀良久 天霧之 零来雪之 可消所念
#[訓読]一目見し人に恋ふらく天霧らし降りくる雪の消ぬべく思ほゆ
#[仮名],ひとめみし,ひとにこふらく,あまぎらし,ふりくるゆきの,けぬべくおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
一目見た人に恋い思うことで、空を曇らせて降ってくる雪が地面で消えるように消えてしまいそうに思われてならない
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2341
#[題詞](寄雪)
#[原文]思出 時者為便無 豊國之 木綿山雪之 可消<所>念
#[訓読]思ひ出づる時はすべなみ豊国の由布山雪の消ぬべく思ほゆ
#[仮名],おもひいづる,ときはすべなみ,とよくにの,ゆふやまゆきの,けぬべくおもほゆ
#[左注]
#[校異]可 -> 所 [西(右書)][元][類][紀]
#[鄣W],冬相聞,大分,地名,懐旧,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]あの人が思い出てくる時はどうしようもなく切なくて、豊国の由布山に積もる雪のように消えてしまいそうに思われてならない
#{語釈]
豊国の由布山 豊前、豊後国 別府と湯布院町堺の由布岳
当地に赴任した経験のある人が3036歌を改作したか

07/1244H01娘子らが放りの髪を由布の山雲なたなびき家のあたり見む

#[説明]
類歌
12/3036H01思ひ出づる時はすべなみ佐保山に立つ雨霧の消ぬべく思ほゆ

#[関連論文]


#[番号]10/2342
#[題詞](寄雪)
#[原文]如夢 君乎相見而 天霧之 落来雪之 可消所念
#[訓読]夢のごと君を相見て天霧らし降りくる雪の消ぬべく思ほゆ
#[仮名],いめのごと,きみをあひみて,あまぎらし,ふりくるゆきの,けぬべくおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]夢のようにあなたと会って、空を曇らせて降ってくる雪のように消えてしまいそうに思われる
#{語釈]
夢のごと君を相見て 会っている時の時間の経つのが速いことを言う
今は離れている
#[説明]
後朝の歌か

#[関連論文]


#[番号]10/2343
#[題詞](寄雪)
#[原文]吾背子之 言愛美 出去者 裳引将知 雪勿零
#[訓読]我が背子が言うるはしみ出でて行かば裳引きしるけむ雪な降りそね
#[仮名],わがせこが,ことうるはしみ,いでてゆかば,もびきしるけむ,ゆきなふりそね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,逢会
#[訓異]
#[大意]我が背子の言葉をうれしいのでと出て行くと裳裾を引いた後がはっきりとわかるであろう。雪よ降るなよ。
#{語釈]
我が背子が言うるはしみ 我が背子の言葉がうれしくて
「が」は「の」に同じ。敬愛、親しみを表す
うるはし いとしい うれしい

04/0661H01恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言尽してよ長くと思はば
04/0687H01うるはしと我が思ふ心速川の塞きに塞くともなほや崩えなむ
05/0811H01言とはぬ木にはありともうるはしき君が手馴れの琴にしあるべし
06/1067H01浜清み浦うるはしみ神代より千舟の泊つる大和太の浜
10/2343H01我が背子が言うるはしみ出でて行かば裳引きしるけむ雪な降りそね
11/2578H01朝寝髪我れは梳らじうるはしき君が手枕触れてしものを
11/2774H01神奈備の浅小竹原のうるはしみ我が思ふ君が声のしるけく
13/3346H01見欲しきは 雲居に見ゆる うるはしき 鳥羽の松原 童ども
17/3969H12過ぐし遣りつれ 偲はせる 君が心を うるはしみ この夜すがらに
17/3974H01山吹は日に日に咲きぬうるはしと我が思ふ君はしくしく思ほゆ
18/4088H01さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ今のまさかもうるはしみすれ
20/4451H01うるはしみ我が思ふ君はなでしこが花になそへて見れど飽かぬかも
20/4504H01うるはしと我が思ふ君はいや日異に来ませ我が背子絶ゆる日なしに

出でて行かば 夫の誘いに外出する
夫を門口まで出迎える

裳引きしるけむ 裳裾を引いた後がはっきりとわかる

しるし 著しい はっきりとする

#[説明]
全注 個人的な一回的体験に即して詠んだというよりは、「雪に寄せる歌」として、美しい情景を想像して詠んだ歌らしい

#[関連論文]


#[番号]10/2344
#[題詞](寄雪)
#[原文]梅花 其跡毛不所見 零雪之 市白兼名 間使遣者 [一云 零雪尓 間使遣者 其将知<奈>]
#[訓読]梅の花それとも見えず降る雪のいちしろけむな間使遣らば [一云 降る雪に間使遣らばそれと知らなむ]
#[仮名],うめのはな,それともみえず,ふるゆきの,いちしろけむな,まつかひやらば,[ふるゆきに,まつかひやらば,それとしらなむ]
#[左注]
#[校異]名 -> 奈 [元][類][紀]
#[鄣W],冬相聞,植物,序詞
#[訓異]
#[大意]梅の花がそれとも見えないで降る雪のようにはっきりと目立つだろうな。使いを立てると。一云 降る雪に使いを立てると人はそれとわかるだろう
#{語釈]
いちしろけむな いちしろしの未然形 いちしろけ 推量「む」終助詞「な」

一云 上句は実景となる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]10/2345
#[題詞](寄雪)
#[原文]天霧相 零来雪之 消友 於君合常 流經度
#[訓読]天霧らひ降りくる雪の消なめども君に逢はむとながらへわたる
#[仮名],あまぎらひ,ふりくるゆきの,けなめども,きみにあはむと,ながらへわたる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]空を曇らせて降ってくる雪が消えてしまいそうなように、今にも死にそうだが、あなたに会おうとして命を長らえて来ているのだ
#{語釈]
消なめども 西「消友」 きえぬとも きゆれども 考 きえめども 略解 けなめども
消えるの意 く(終始形) 強意 ぬ の未然形 推量 む の已然形

#[説明]
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#[番号]10/2346
#[題詞](寄雪)
#[原文]窺良布 跡見山雪之 灼然 戀者妹名 人将知可聞
#[訓読]うかねらふ跡見山雪のいちしろく恋ひば妹が名人知らむかも
#[仮名],うかねらふ,とみやまゆきの,いちしろく,こひばいもがな,ひとしらむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,桜井,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]伺い狙う跡見ではないが跡見山に積もる雪がはっきりと目立っているように人目に立って恋い思うならば妹の名は人が知るであろうかなあ
#{語釈]
うかねらふ 伺い狙う 跡見にかかる枕詞
08/1576H01この岡に小鹿踏み起しうかねらひかもかもすらく君故にこそ

跡見 動物の足跡を見る所 小屋を造ってじっと待つ
06/0926H02跡見据ゑ置きて み山には 射目立て渡し 朝狩に 獣踏み起し
08/1549H01射目立てて跡見の岡辺のなでしこの花ふさ手折り我れは持ちて行く奈良人のため
跡見山 櫻井市外山(とび)の鳥見山 大伴氏の跡見庄もこの付近か
櫻井市吉隠の鳥見山

#[説明]
集成 同じ女を狙っている他の男の目を意識した表現か

#[関連論文]


#[番号]10/2347
#[題詞](寄雪)
#[原文]海小船 泊瀬乃山尓 落雪之 消長戀師 君之音曽為流
#[訓読]海人小舟泊瀬の山に降る雪の日長く恋ひし君が音ぞする
#[仮名],あまをぶね,はつせのやまに,ふるゆきの,けながくこひし,きみがおとぞする
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,桜井,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]海人の小舟が停泊する初(泊)瀬の山に降る雪が消えるその日数(け)長く恋い思っていたあなたの訪れる音がすることだ
#{語釈]
海人小舟 泊つる(泊まる)の意の枕詞

降る雪の 消えるから日数(け)を引き出す序詞

#[説明]
類歌
11/2512H01味酒のみもろの山に立つ月の見が欲し君が馬の音ぞする

初瀬と舟 13/3225 長谷川の水運や漁の舟を見立てたか

#[関連論文]


#[番号]10/2348
#[題詞](寄雪)
#[原文]和射美能 嶺徃過而 零雪乃 猒毛無跡 白其兒尓
#[訓読]和射見の嶺行き過ぎて降る雪のいとひもなしと申せその子に
#[仮名],わざみの,みねゆきすぎて,ふるゆきの,いとひもなしと,まをせそのこに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],冬相聞,岐阜県,関ヶ原,地名
#[訓異]
#[大意]和射見の嶺を行き過ぎて降る雪はいやなものだが、それとは別にいやではないと言ってくれ。その子に。
#{語釈]
和射見の嶺 関ヶ原付近
わざみが原の行宮 岐阜県不破郡関ヶ原町 赤坂町青野  02.0199
わざみ野    岐阜県不破郡関ヶ原町 赤坂町青野   11.2722

いとひもなし 雪はいやなものだが、

#[説明]
全注 この土地の民謡か

#[関連論文]