万葉集 巻第10
#[番号]10/1813
#[番号]10/1814
#[番号]10/1815
#[番号]10/1816
#[番号]10/1817
#[番号]10/1818
#[番号]10/1819
#[番号]10/1820
#[番号]10/1821
#[番号]10/1822
#[番号]10/1823
#[番号]10/1824
#[番号]10/1825
#[番号]10/1826
#[番号]10/1827
#[番号]10/1828
#[番号]10/1829
#[番号]10/1830
#[番号]10/1831
#[番号]10/1832
#[番号]10/1833
#[番号]10/1834
#[番号]10/1835
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#[番号]10/1839
#[番号]10/1840
#[番号]10/1841
#[番号]10/1842
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#[番号]10/1859
#[番号]10/1860
#[番号]10/1861
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#[番号]10/1864
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#[番号]10/1868
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#[番号]10/1870
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#[番号]10/1872
#[番号]10/1873
#[番号]10/1874
#[番号]10/1875
#[番号]10/1876
#[番号]10/1877
#[番号]10/1878
#[番号]10/1879
#[番号]10/1880
#[番号]10/1881
#[番号]10/1882
#[番号]10/1883
#[番号]10/1884
#[番号]10/1885
#[番号]10/1886
#[番号]10/1887
#[番号]10/1888
#[番号]10/1889
#[番号]10/1890
#[番号]10/1891
#[番号]10/1892
#[番号]10/1812
#[題詞]春雜歌
#[原文]久方之 天芳山 此夕 霞霏(d) 春立下
#[訓読]ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも
#[仮名],ひさかたの,あめのかぐやま,このゆふへ,かすみたなびく,はるたつらしも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,飛鳥,地名,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]ひさかたの天の香具山にこの夕方、霞がたなびいている。春が立つらしいことだ。
#{語釈]
天の香具山 奈良県橿原市東部 多武峰から西に突きだした峰
01/0002D02天皇登香具山望國之時御製歌
01/0002H01大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば
01/0013H01香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし
01/0014H01香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原
01/0028H01春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山
01/0052H03青香具山は 日の経の 大御門に 春山と 茂みさび立てり 畝傍の
02/0199H42しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮
03/0257D01鴨君足人香具山歌一首并短歌
03/0257H01天降りつく 天の香具山 霞立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 桜花
03/0259H01いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに
03/0260H01天降りつく 神の香具山 うち靡く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に
03/0334H01忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため
03/0426D01柿本朝臣人麻呂見香具山屍悲慟作歌一首
07/1096H01いにしへのことは知らぬを我れ見ても久しくなりぬ天の香具山
10/1812H01ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも
11/2449H01香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも
霞たなびく 原文「霏(d)」人麻呂作歌と人麻呂歌集非略体歌にしか見えない用字。
元来、「霏微」雨や雪などがちらちらと降る様子。雨冠をつけたのは人麻呂の工夫(小島憲之)
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]巻向之 桧原丹立流 春霞 欝之思者 名積米八方
#[訓読]巻向の桧原に立てる春霞おほにし思はばなづみ来めやも
#[仮名],まきむくの,ひはらにたてる,はるかすみ,おほにしおもはば,なづみこめやも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,季節
#[訓異]
#[大意]巻向の桧原に立っている春霞ではないが、ぼんやりといいかげんに思っていたらこんなに難渋して来ることがあろうか。そんでないから苦労してやってきたのだ。
#{語釈]
巻向 奈良県桜井市穴師 人麻呂歌集歌の舞台。人麻呂の妻がいた場所か。
07/1087H01穴師川川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし
07/1092H01鳴る神の音のみ聞きし巻向の桧原の山を今日見つるかも
07/1093H01三諸のその山なみに子らが手を巻向山は継ぎしよろしも
07/1100H01巻向の穴師の川ゆ行く水の絶ゆることなくまたかへり見む
07/1101H01ぬばたまの夜さり来れば巻向の川音高しもあらしかも疾き
07/1268H01子らが手を巻向山は常にあれど過ぎにし人に行きまかめやも
07/1269H01巻向の山辺響みて行く水の水沫のごとし世の人我れは
10/1813H01巻向の桧原に立てる春霞おほにし思はばなづみ来めやも
10/1815H01子らが手を巻向山に春されば木の葉しのぎて霞たなびく
10/2313H01あしひきの山かも高き巻向の崖の小松にみ雪降りくる
10/2314H01巻向の桧原もいまだ雲居ねば小松が末ゆ沫雪流る
12/3126H01巻向の穴師の山に雲居つつ雨は降れども濡れつつぞ来し
春霞 「おほに」にかかる序詞
なづみ来めやも 難渋して来る。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]古 人之殖兼 杉枝 霞<霏>(d) 春者来良之
#[訓読]いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし
#[仮名],いにしへの,ひとのうゑけむ,すぎがえに,かすみたなびく,はるはきぬらし
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]<> -> 霏 [西(左書)][元][類][紀] / 之 [元][類](塙) 芝
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,植物,季節
#[訓異]
#[大意]はるか昔の人が植えたのであろう杉の枝に霞がたなびいている。春は来たらしい。
#{語釈]
いにしへの人の植ゑけむ杉 杉は自然林に比べて、植樹して材木等に利用するということから、はるか昔に植えられたという発想がある。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]子等我手乎 巻向山丹 春去者 木葉凌而 霞霏(d)
#[訓読]子らが手を巻向山に春されば木の葉しのぎて霞たなびく
#[仮名],こらがてを,まきむくやまに,はるされば,このはしのぎて,かすみたなびく
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]凌 [元][類] 陵
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]あの子の手を枕とするという巻向山に春がやってくるので、木の葉を押し靡かせて霞がたなびいている。
#{語釈]
子らが手を 枕として巻くという意味で巻向に続く枕詞
07/1093H01三諸のその山なみに子らが手を巻向山は継ぎしよろしも
07/1268H01子らが手を巻向山は常にあれど過ぎにし人に行きまかめやも
巻向山 櫻井市巻向山 三輪山東方 巻向の里から見ると穴師川上流、三輪山の背後の高峰として見える。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]玉蜻 夕去来者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏(d)
#[訓読]玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
#[仮名],たまかぎる,ゆふさりくれば,さつひとの,ゆつきがたけに,かすみたなびく
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,桜井,奈良,地名,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]玉がほのかに光る夕方になってくると、狩人の弓月が岳に霞がたなびいている。
#{語釈]
玉かぎる 玉がほのかに光っているようにほのかな光の夕方の意味で「夕」にかかる
02/0207H03人知りぬべみ さね葛 後も逢はむと 大船の 思ひ頼みて 玉かぎる
02/0210H13思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
08/1526H01玉かぎるほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは
10/1816H01玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
10/2311H01はだすすき穂には咲き出ぬ恋をぞ我がする玉かぎるただ一目のみ見し人ゆゑに
11/2391H01玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか
11/2509H01まそ鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の隠りたる妻
11/2700H01玉かぎる岩垣淵の隠りには伏して死ぬとも汝が名は告らじ
12/3085H01朝影に我が身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに
13/3250H03行く影の 月も経ゆけば 玉かぎる 日も重なりて 思へかも 胸の苦しき
さつ人 狩人 さつ矢、さつ弓 狩猟の人の持つ弓の意味で弓月にかかる。
弓月が岳 奈良県桜井市巻向山
07/1087H01穴師川川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし
07/1088H01あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]今朝去而 明日者来牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏(d)
#[訓読]今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹朝妻山に霞たなびく
#[仮名],けさゆきて,あすにはきなむと,****,あさづまやまに,かすみたなびく
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]牟 [元][類] 年 / 鹿丹 [元] 庶
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,御所市,奈良県,地名,季節
#[訓異]
#[大意]今朝帰って行って明日には来ようと*** 朝妻山に霞がたなびいている。
#{語釈]
今朝行きて明日には来なむ 当日の夜のこと。日没で一日が変わるという考え。
09/1762H01明日の宵逢はざらめやもあしひきの山彦響め呼びたて鳴くも
来なむ 原文「来牟」 注釈「来年(こね)」とする。
云子鹿 難訓
代初 あすはこむと いふこかに
代精 考 略 私注 あすはきなむと いふこかに
大系 講談社 あすはきなむと いひしこが
古義 あすはこむちふ はしけやし
全註釈 評釈 あしたはこねと いひしがに
集成 あすにはこねと いひしこを
角川(伊藤) あすにはこねと いひしこか
難語難訓攷 あすにはこねといふ こらがなの
注釈 塙 全集 難訓として訓まず
朝妻山 奈良県御所市朝妻の山 あるいは 奈良県金剛山
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]子等名丹 關之宜 朝妻之 片山木之尓 霞多奈引
#[訓読]子らが名に懸けのよろしき朝妻の片山崖に霞たなびく
#[仮名],こらがなに,かけのよろしき,あさづまの,かたやまきしに,かすみたなびく
#[左注]右柿本朝臣人麻呂歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,御所市,奈良県,地名,季節,序詞
#[訓異]
#[大意]あの子の名前に掛けるのもよい朝妻の山の片方の急斜面に霞がたなびいている
#{語釈]
子らが名に懸けのよろしき 「朝妻」の序詞
あの子の名前に掛けるのもよい
片山崖 山の片方が急斜面で崖になっている所
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]詠鳥
#[原文]打霏 春立奴良志 吾門之 柳乃宇礼尓 鴬鳴都
#[訓読]うち靡く春立ちぬらし我が門の柳の末に鴬鳴きつ
#[仮名],うちなびく,はるたちぬらし,わがかどの,やなぎのうれに,うぐひすなきつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節,植物,動物
#[訓異]
#[大意]うち靡く春が立ったらしい。我が家の柳の梢に鴬が鳴いたことである。
#{語釈]
うち靡く 春の枕詞。旧訓「うちなびき」 代匠記「うちなびく」
02/0087H01ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに
03/0260H01天降りつく 神の香具山 うち靡く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に
03/0433H01葛飾の真間の入江にうち靡く玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ
03/0475H02万代に 見したまはまし 大日本 久迩の都は うち靡く 春さりぬれば
05/0826H01うち靡く春の柳と我がやどの梅の花とをいかにか分かむ
06/0948H01ま葛延ふ 春日の山は うち靡く 春さりゆくと 山の上に 霞たなびく
08/1422H01うち靡く春来るらし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
08/1428H01おしてる 難波を過ぎて うち靡く 草香の山を 夕暮れに
09/1753H06解けてぞ遊ぶ うち靡く 春見ましゆは 夏草の 茂くはあれど
10/1819H01うち靡く春立ちぬらし我が門の柳の末に鴬鳴きつ
10/1830H01うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも
10/1832H01うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
10/1837H01山の際に鴬鳴きてうち靡く春と思へど雪降りしきぬ
10/1865H01うち靡く春さり来らし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
12/3044H01君待つと庭のみ居ればうち靡く我が黒髪に霜ぞ置きにける
17/3993H02山にも野にも 霍公鳥 鳴きし響めば うち靡く
20/4360H03あやに畏し 神ながら 我ご大君の うち靡く 春の初めは
20/4489H01うち靡く春を近みかぬばたまの今夜の月夜霞みたるらむ
20/4495H01うち靡く春ともしるく鴬は植木の木間を鳴き渡らなむ
#[説明]
類想歌
10/1824H01冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも
10/1830H01うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]梅花 開有岳邊尓 家居者 乏毛不有 鴬之音
#[訓読]梅の花咲ける岡辺に家居れば乏しくもあらず鴬の声
#[仮名],うめのはな,さけるをかへに,いへをれば,ともしくもあらず,うぐひすのこゑ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の花が咲いている岡辺に家を造って住んでいるので少なくないことだ。鴬の声が
#{語釈]
乏しくもあらず 少なくないことだ
#[説明]
同類歌
10/2230H01恋ひつつも稲葉かき別け家居れば乏しくもあらず秋の夕風
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]春霞 流共尓 青柳之 枝<喙>持而 鴬鳴毛
#[訓読]春霞流るるなへに青柳の枝くひ持ちて鴬鳴くも
#[仮名],はるかすみ,ながるるなへに,あをやぎの,えだくひもちて,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]啄 -> 喙 [元][類]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]春霞が流れるごとに青柳の枝をくわえ持って鴬が鳴くことだ。
#{語釈]
枝くひ 西「啄」 ついばむの意 元、類「喙」 くちばし
新撰字鏡「喙 丁角反食也獣也口也久不(くふ)又波牟(はむ)又須不(すふ)」
新考「枝をくわへては鳴かれず。枝取持而の誤りにて枝にとまりての意ならむ」
全釈「それは理屈である。」
佐々木信綱「鳥が枝をくわえるという着想は、或いは、古代の鏡の図案に枝くひ鳥の図がある。それらから指示を得たかとも知れぬとおもはれる」
正倉院御物「花喰鳥模様」 鳥が枝をくわえて飛んでいる図
実景描写というよりも様式化したもの
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]吾瀬子乎 莫越山能 喚子鳥 君喚變瀬 夜之不深刀尓
#[訓読]我が背子を莫越の山の呼子鳥君呼び返せ夜の更けぬとに
#[仮名],わがせこを,なこしのやまの,よぶこどり,きみよびかへせ,よのふけぬとに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,地名,動物,枕詞
#[訓異]
#[大意]我が背子を越えさせるなという莫越の山の呼子鳥よ。君を呼び返しなさい。夜が更けないうちに。
#{語釈]
我が背子を 我が背子を越えさせるなの意で「莫越の山」を引き出す枕詞。
莫越の山 代精 なこせと改め、巨瀬山のこととする 古義、全釈、総釈、全註釈
「越」のコは甲類。巨瀬のコは乙類。巨瀬とは解釈できない。
大系補注 大和の国の山名の他、筑波山にもある。延喜式神名帳「安房国朝夷郡 莫越山神社」現在、千葉県安房郡丸山町 莫越山神社では大晦日の日に歌う神事がある。
東国の歌ということになるか、大和の作者の近くの山名
呼子鳥 霍公鳥と活動季節が同じ。描かれる役割も同じであるが、同一であるかどうかは疑問。
夜の更けぬとに 「と」 間 時 ~しないうちに
#[説明]
呼子鳥に中心を置いて詠んだもの。
拾遺集 山部赤人 我が脊子をならしの岡のよぶこどり君呼びかへせ夜のふけぬ時
古今六帖 山部赤人 みな月のなごしの山の呼子鳥大ぬさにのみ声の聞こゆる
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]朝井代尓 来鳴<杲>鳥 汝谷文 君丹戀八 時不終鳴
#[訓読]朝ゐでに来鳴く貌鳥汝れだにも君に恋ふれや時終へず鳴く
#[仮名],あさゐでに,きなくかほどり,なれだにも,きみにこふれや,ときをへずなく
#[左注]
#[校異]果 -> 杲 [類][矢]
#[鄣W],春雑歌,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]朝の堰にやってきて鳴く貌鳥よ。お前までも君に恋い思っているのか、時を終わらずに鳴くことだ。
#{語釈]朝ゐで 堰(いせき)のこと。
07/1108H01泊瀬川流るる水脈の瀬を早みゐで越す波の音の清けく
貌鳥 未詳 カッコウ、フクロウ、カラス等の考え方。
原文「杲」コウ 明らか 「かお」の借字
03/0372H02貌鳥の 間なくしば鳴く 雲居なす 心いさよひ その鳥の 片恋のみに
06/1047H05貌鳥は 間なくしば鳴く 露霜の 秋さり来れば 生駒山 飛火が岳に
10/1898H01貌鳥の間なくしば鳴く春の野の草根の繁き恋もするかも
17/3973H07桜花散り 貌鳥の 間なくしば鳴く 春の野に
汝だにも 「だに」 ~でさえ、~までもの意
時終へず いつまでも 終わる時がなく
#[説明]
同想
06/0961H01湯の原に鳴く葦鶴は我がごとく妹に恋ふれや時わかず鳴く
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]冬隠 春去来之 足比木乃 山二文野二文 鴬鳴裳
#[訓読]冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも
#[仮名],ふゆこもり,はるさりくれば,あしひきの,やまにものにも,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,枕詞,動物,季節
#[訓異]
#[大意]冬こもり春がやってくるとあしひきの山にも野にも鴬が鳴くことだ
#{語釈]
冬こもり 春の枕詞
1/0016H01冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし
02/0199H17ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに
02/0199H19[冬こもり 春野焼く火の]
03/0382H03筑波の山を 冬こもり 時じき時と 見ずて行かば まして恋しみ
06/0971H04国形を 見したまひて 冬こもり 春さりゆかば 飛ぶ鳥の 早く来まさね
07/1336H01冬こもり春の大野を焼く人は焼き足らねかも我が心焼く
09/1705H01冬こもり春へを恋ひて植ゑし木の実になる時を片待つ我れぞ
10/1824H01冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも
10/1891H01冬こもり春咲く花を手折り持ち千たびの限り恋ひわたるかも
13/3221H01冬こもり 春さり来れば 朝には 白露置き 夕には 霞たなびく
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]紫之 根延横野之 春野庭 君乎懸管 鴬名雲
#[訓読]紫草の根延ふ横野の春野には君を懸けつつ鴬鳴くも
#[仮名],むらさきの,ねばふよこのの,はるのには,きみをかけつつ,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,大阪市,地名,動物,植物,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]紫草の根が伸びている横野の春の野にはあなたを心に掛けながら鴬が鳴いていることだ。
#{語釈]
紫草の 紫の染料をとる紫草
横野 大阪市生野区巽大地(たつみおおじ)
仁徳紀十三年十月「是月築横野堤」
神名帳「河内国渋川郡横野神社 現生野区巽大地
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]春之<在>者 妻乎求等 鴬之 木末乎傳 鳴乍本名
#[訓読]春されば妻を求むと鴬の木末を伝ひ鳴きつつもとな
#[仮名],はるされば,つまをもとむと,うぐひすの,こぬれをつたひ,なきつつもとな
#[左注]
#[校異]去 -> 在 [元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,季節,動物
#[訓異]
#[大意]春になると妻を求めるとして鴬がこずえをつたって、むやみに鳴くことだ
#{語釈]
鳴きつつもとな むやみに鳴いて こちらの気持ちも思わず、無邪気に鳴く様子
03/0305H01かく故に見じと言ふものを楽浪の旧き都を見せつつもとな
04/0618H01さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]春日有 羽買之山従 <狭>帆之内敝 鳴徃成者 孰喚子鳥
#[訓読]春日なる羽がひの山ゆ佐保の内へ鳴き行くなるは誰れ呼子鳥
#[仮名],かすがなる,はがひのやまゆ,さほのうちへ,なきゆくなるは,たれよぶこどり
#[左注]
#[校異]猿 -> 狭 [元][類]
#[鄣W],春雑歌,奈良,春日,地名,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]春日にある羽がいの山から佐保の内へ鳴いて行くのが聞こえるのは誰を呼ぶという呼子鳥なのか。
#{語釈]
春日なる羽がひの山 未詳 花山のこと。三笠山
02/0210H11逢ふよしをなみ 大鳥の 羽がひの山に 我が恋ふる 妹はいますと
竜王山のこと。三笠山を頭として羽を交差する胴体にあたる背後の山のことを指すか。
とすると、ここは花山ということになる。
佐保の内 内 区域内のこと
06/0949H01梅柳過ぐらく惜しみ佐保の内に遊びしことを宮もとどろに
#[説明]
作者は、春日と佐保の中間にいるか。呼子鳥の鳴き声を相聞的に興じたもの。
類型歌
09/1713H01滝の上の三船の山ゆ秋津辺に来鳴き渡るは誰れ呼子鳥
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]不答尓 勿喚動曽 喚子鳥 佐保乃山邊乎 上下二
#[訓読]答へぬにな呼び響めそ呼子鳥佐保の山辺を上り下りに
#[仮名],こたへぬに,なよびとよめそ,よぶこどり,さほのやまへを,のぼりくだりに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,佐保,奈良,地名,動物
#[訓異]
#[大意]誰も答えないのに呼びたてて声を響かせるなよ。呼子鳥よ。佐保の山辺を上がったり下がったりしているが。
#{語釈]
答へぬに 呼子鳥がいくら鳴いても誰も答えないということ。
#[説明]
呼子鳥の実景といくら呼びかけても相手が応じない自身の空しい恋愛とを重ね合わせているのかも知れない。
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鴬之音
#[訓読]梓弓春山近く家居れば継ぎて聞くらむ鴬の声
#[仮名],あづさゆみ,はるやまちかく,いへをれば,つぎてきくらむ,うぐひすのこゑ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,枕詞,動物,季節
#[訓異]
#[大意]梓弓を張る、春山に家を構えていると、絶えず聞いているでしょう。鴬の声を
#{語釈]
梓弓 「張る」の意味で春の枕詞。
普通、末、引くにかかる。春はここ一例。
家居れば 相手の様子を言う。
注釈 家居らば として、自分が山辺近くにいるならば とする。
#[説明]
「らむ」とあるので、山辺に住む相手の様子を推察して贈った歌。
自分のこととすると、
梓弓の春山近くに家を構えるならば、絶えず聞くことだろう。鴬の声を
となる。
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鴬鳴毛
#[訓読]うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れて鴬鳴くも
#[仮名],うちなびく,はるさりくれば,しののうれに,をはうちふれて,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]打ち靡く春がやってくると、篠の末に尾羽を触れて、鴬が鳴くことであるよ。
#{語釈]
小竹の末に 篠竹の先
#[説明]
全注 細かな描写に清新な趣がある。属目の景と見てよいであろう。
#[関連論文]
#[題詞](詠鳥)
#[原文]朝霧尓 之<努>々尓所沾而 喚子鳥 三船山従 喧渡所見
#[訓読]朝霧にしののに濡れて呼子鳥三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ
#[仮名],あさぎりに,しののにぬれて,よぶこどり,みふねのやまゆ,なきわたるみゆ
#[左注]
#[校異]怒 -> 努 [元][類]
#[鄣W],春雑歌,吉野,地名,動物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]朝霧にしとどに濡れて呼子鳥よ。三船の山から鳴き渡っているのが見える。
#{語釈]
しののに濡れて しとどに濡れて、ぐっしょりと、しっとりと
三船の山 奈良県吉野郡吉野町宮滝
03/0242H01滝の上の三船の山に居る雲の常にあらむと我が思はなくに
03/0243H01大君は千年に座さむ白雲も三船の山に絶ゆる日あらめや
03/0244H01み吉野の三船の山に立つ雲の常にあらむと我が思はなくに
06/0907H01瀧の上の 三船の山に 瑞枝さし 繁に生ひたる 栂の木の
06/0914H01滝の上の三船の山は畏けど思ひ忘るる時も日もなし
09/1713H01滝の上の三船の山ゆ秋津辺に来鳴き渡るは誰れ呼子鳥
10/1831H01朝霧にしののに濡れて呼子鳥三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ
20/4467S01右縁淡海真人三船讒言出雲守大伴古慈斐宿祢解任 是以家持作此歌也
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]詠雪
#[原文]打靡 春去来者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管
#[訓読]うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
#[仮名],うちなびく,はるさりくれば,しかすがに,あまくもきらひ,ゆきはふりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異][] -> 詠雪 [紀]
#[大意]打ち靡く春はやって来たが、そうではあるが、空は雲がかかって雪が降り続いていることだ。
#{語釈]
詠雪 表題は、[紀]以外なし。歌内容に基づいて挿入する。
釋注 以下十一首は、後の追補。1819~77は、動物 -> 天象 -> 植物 -> 天象と順序が乱れている。 本来「詠雪」の表題はなかったが、紀州本の書写者が書き加えた。
しかすがに 上のものと下のものを逆説的につなぐ。
04/0543H05君はあらむと あそそには かつは知れども しかすがに
05/0823H01梅の花散らくはいづくしかすがにこの城の山に雪は降りつつ
08/1441H01うち霧らひ雪は降りつつしかすがに我家の苑に鴬鳴くも
10/1832H01うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
10/1834H01梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ
10/1836H01風交り雪は降りつつしかすがに霞たなびき春さりにけり
10/1848H01山の際に雪は降りつつしかすがにこの川楊は萌えにけるかも
10/1862H01雪見ればいまだ冬なりしかすがに春霞立ち梅は散りつつ
18/4079H01三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ
20/4492H01月数めばいまだ冬なりしかすがに霞たなびく春立ちぬとか
#[説明]
冬と春の相剋。立春の頃を詠んだものか。
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]梅花 零覆雪乎 褁持 君令見跡 取者消管
#[訓読]梅の花降り覆ふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ
#[仮名],うめのはな,ふりおほふゆきを,つつみもち,きみにみせむと,とればけにつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の花に降り覆っている雪を手で包んで持って、あなたに見せようと何度も取ろうとするが消えてしまって。
#{語釈]
取れば消につつ 手に取るとすぐに消えてしまうのを、何度も手に取ろうとする様子。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭尓 零重管
#[訓読]梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に降りしきりつつ
#[仮名],うめのはな,さきちりすぎぬ,しかすがに,しらゆきにはに,ふりしきりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の花は咲いて散り過ぎてしまった。そうではあるが白雪は庭に降り積もり続けているよ。
#{語釈]
降りしきりつつ 降り積もっている様子 しきり 原文「重」 おり重なる意
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎
#[訓読]今さらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春へとなりにしものを
#[仮名],いまさらに,ゆきふらめやも,かぎろひの,もゆるはるへと,なりにしものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]今更、雪が降るということがあろうか。かげろうが燃える春辺となったのに。
#{語釈]
今さらに もう春もたけなわになったので、という気持ちがある。実際には雪が降っていることに対して言っているのかも知れない。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去尓来
#[訓読]風交り雪は降りつつしかすがに霞たなびき春さりにけり
#[仮名],かぜまじり,ゆきはふりつつ,しかすがに,かすみたなびき,はるさりにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]風が交じって雪が降り続いていて、そうではあるが霞がたなびいて春がやってきたことだ。
#{語釈]
降りつつ 動作の反復継続。同時に起こっているわけではない。
雪が降っている日があったかと思うと、春霞がたなべく日和になるという意。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]山際尓 鴬喧而 打靡 春跡雖念 雪落布沼
#[訓読]山の際に鴬鳴きてうち靡く春と思へど雪降りしきぬ
#[仮名],やまのまに,うぐひすなきて,うちなびく,はるとおもへど,ゆきふりしきぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,季節
#[訓異]
#[大意]山際では鴬が鳴いて、打ち靡く春と思うのだが、雪が降り敷いている。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]峯上尓 零置雪師 風之共 此聞散良思 春者雖有
#[訓読]峰の上に降り置ける雪し風の共ここに散るらし春にはあれども
#[仮名],をのうへに,ふりおけるゆきし,かぜのむた,ここにちるらし,はるにはあれども
#[左注]右一首筑波山作
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,茨城県,地名,季節
#[訓異]
#[大意]峰の上に降り積もっている雪は風とともにここに散るらしい。春ではあるけれども。
#{語釈]
風の共 風と共に
02/0199H20風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に
04/0619H02まそ鏡 磨ぎし心を ゆるしてし その日の極み 波の共 靡く玉藻の
06/1062H03暁の 寝覚に聞けば 海石の 潮干の共 浦洲には 千鳥妻呼び 葦辺には
09/1804H01父母が 成しのまにまに 箸向ふ 弟の命は 朝露の 消やすき命 神の共
10/1838H01峰の上に降り置ける雪し風の共ここに散るらし春にはあれども
12/3078H01波の共靡く玉藻の片思に我が思ふ人の言の繁けく
12/3178H01国遠み思ひなわびそ風の共雲の行くごと言は通はむ
15/3661H01風の共寄せ来る波に漁りする海人娘子らが裳の裾濡れぬ
15/3773H01君が共行かましものを同じこと後れて居れどよきこともなし
16/3871H01角島の瀬戸のわかめは人の共荒かりしかど我れとは和海藻
20/4394H01大君の命畏み弓の共さ寝かわたらむ長けこの夜を
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]為君 山田之澤 恵具採跡 雪消之水尓 裳裾所沾
#[訓読]君がため山田の沢にゑぐ摘むと雪消の水に裳の裾濡れぬ
#[仮名],きみがため,やまたのさはに,ゑぐつむと,ゆきげのみづに,ものすそぬれぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,地名,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの為に山田の沢にゑぐを摘むとして、雪解けの水に裳の裾が濡れたことだ。
#{語釈]
山田の沢 山沿いに開墾されている田のほとりの沢。人の手の入らない奥山と区別している。
ゑぐ くろくわい。カヤツリグサ科の多年草。池や沢に群生する。
古名録「漢名紫雲英 今名ゲンゲ」
動植正名「くろぐわゐをゑぐとする説あれども、葉を食ふものにあらざれば然らず。げむげとする説あれど睺、澤に生ずるものにあらざれば然らず。せりとする説やや可なるに似たり。されど、ゑぐと名づくる義に於いて、其解を得ず。今水傍に多く生ずるたがらしと呼ぶもの、或いはゑぐならむ。春初一月頃、初生のものを採り、湯引きて浸し物として食ふ。柔脆(じゅうぜい:柔らかいこと)口に可なり。三月頃に至り梢長ずれば、微しく辛味を帯ぶ。其茎の如きは頗るゑぐ味あり。ゑぐの名に合へりとす。されど本草毒草部に載せたれば多く食ふべきものに非ず」
私注「ゑぐは、三菱草の塊茎、即ち水栗だといふ くろくわゐ 春水田を鋤き起こす時に、あらはれるのを、少年童女が拾ひ集めることは、私の幼時にも経験した。万葉の時代にも恐らくさうであったろう。私の郷里ではゑごと呼んだ。支那種は塊茎が大きく栽培に堪える程で、東京では春さき、青物店を注意すると手に入れることが出来た。千住あたりで作るらしい。味がえぐいのでえぐと呼ぶ説は、事実に反するようだ。三菱草は藺(りん)に近似して、時に藺(りん)に代用するから藺(りん)の実、藺(りん)の子の意でゐごの展訛かも知れぬ。・・・私が此の注に、ことさら多言を費やすのは、私を春の田に伴ってゑごを採り味はしめた、亡伯母ノブの思い出の為である。其の頃すでにゑごを知る者は、私の周囲にも多くはなかった。」
11/2760H01あしひきの山沢ゑぐを摘みに行かむ日だにも逢はせ母は責むとも
#[説明]
女の歌。
類歌
07/1249H01君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]梅枝尓 鳴而移<徙> 鴬之 翼白妙尓 沫雪曽落
#[訓読]梅が枝に鳴きて移ろふ鴬の羽白妙に沫雪ぞ降る
#[仮名],うめがえに,なきてうつろふ,うぐひすの,はねしろたへに,あわゆきぞふる
#[左注]
#[校異]徒 -> 徙 [西(訂正)][温][矢][京]
#[鄣W],春雑歌,植物,動物,季節
#[訓異]
#[大意]梅の枝に鳴いて飛び回っている鴬の羽が白いほどに沫のような雪が降ることだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]山高三 零来雪乎 梅花 <落>鴨来跡 念鶴鴨 [一云 梅花 開香裳落跡]
#[訓読]山高み降り来る雪を梅の花散りかも来ると思ひつるかも [一云 梅の花咲きかも散ると]
#[仮名],やまたかみ,ふりくるゆきを,うめのはな,ちりかもくると,おもひつるかも,[うめのはな,さきかもちると]
#[左注](右二首問答)
#[校異]<> -> 落 [西(右書)][元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,問答,植物,季節
#[訓異]
#[大意]山が高いので降ってくる雪を梅の花が散ってくるのかなあと思ったことであるよ。[梅の花が咲いて散るのかと]
#{語釈]
#[説明]
類歌
08/1645H01我が宿の冬木の上に降る雪を梅の花かとうち見つるかも
次の問答とする歌を見ると、作者は山辺にいる。
#[関連論文]
#[題詞](詠雪)
#[原文]除雪而 梅莫戀 足曳之 山片就而 家居為流君
#[訓読]雪をおきて梅をな恋ひそあしひきの山片付きて家居せる君
#[仮名],ゆきをおきて,うめをなこひそ,あしひきの,やまかたづきて,いへゐせるきみ
#[左注]右二首問答
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,問答,植物
#[訓異]
#[大意]雪を差し置いて梅を恋い思いますな。あしひきの山の片側に面して家に住んでいるあなたよ。
#{語釈]
片付きて 山の片側に面して
06/1062H01やすみしし 我が大君の あり通ふ 難波の宮は 鯨魚取り 海片付きて
#[説明]
寓意があるか。本妻を差し置いて私を恋い思うなという意か。本心は山辺の家にいる人にありながら、自分を恋い思うといったってウソが見えているという意にもとれる。
#[関連論文]
#[題詞]詠霞
#[原文]昨日社 年者極之賀 春霞 春日山尓 速立尓来
#[訓読]昨日こそ年は果てしか春霞春日の山に早立ちにけり
#[仮名],きのふこそ,としははてしか,はるかすみ,かすがのやまに,はやたちにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,季節
#[訓異]
#[大意]昨日、年が暮れたと思っていたのに。春霞が春日の山にはやくも立っていることであるよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠霞)
#[原文]寒過 暖来良思 朝烏指 滓鹿能山尓 霞軽引
#[訓読]冬過ぎて春来るらし朝日さす春日の山に霞たなびく
#[仮名],ふゆすぎて,はるきたるらし,あさひさす,かすがのやまに,かすみたなびく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,季節
#[訓異]
#[大意]冬が過ぎて春がやってきたらしい。朝日のさす春日の山に霞がたなびいている。
#{語釈]
冬、春 原字 寒、暖 その意味から当てたか。
朝日 原文 朝烏 准南子「日中有駿烏」 五経通義「日中有三足烏」
太陽の中に三本足の烏がいるという中国の伝説を踏まえた用字。
#[説明] 漢詩文に熟知した人の表記
#[関連論文]
#[題詞](詠霞)
#[原文]鴬之 春成良思 春日山 霞棚引 夜目見侶
#[訓読]鴬の春になるらし春日山霞たなびく夜目に見れども
#[仮名],うぐひすの,はるになるらし,かすがやま,かすみたなびく,よめにみれども
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,動物,季節
#[訓異]
#[大意]鴬の鳴く春になったらしい。春日山に霞がたなびいている。夜の闇で見るけれども。
#{語釈]
鴬の春 鴬の鳴く春。
夜目 夜の暗闇の中で見る
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]詠柳
#[原文]霜干 冬柳者 見人之 蘰可為 目生来鴨
#[訓読]霜枯れの冬の柳は見る人のかづらにすべく萌えにけるかも
#[仮名],しもがれの,ふゆのやなぎは,みるひとの,かづらにすべく,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]霜枯れの冬の柳はそれを見ている人の蘰にちょうどするのによいように若葉が出始めたことだ。
#{語釈]
蘰 春の若葉や蔓草を頭や身につけて、その生命力を得るという呪的な行為がもとになっている。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠柳)
#[原文]淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨
#[訓読]浅緑染め懸けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも
#[仮名],あさみどり,そめかけたりと,みるまでに,はるのやなぎは,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]浅緑の色を染めて干し掛けていると見るほどに春の柳は芽吹いたことである。
#{語釈]
染め懸けたり 染めて掛けた 全註釈 色を掛けた
春楊 原字でとらえると、川楊。ねこやなぎ。
柳 しだれやなぎ。
どちらともわからない。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠柳)
#[原文]山際尓 雪者零管 然為我二 此河楊波 毛延尓家留可聞
#[訓読]山の際に雪は降りつつしかすがにこの川楊は萌えにけるかも
#[仮名],やまのまに,ゆきはふりつつ,しかすがに,このかはやぎは,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]山の間には雪は降り続いている。そうではあるがこの川楊は芽吹いたことであるよ。
#{語釈]
全注 「やぎ」と「やなぎ」 矢な木の「な」脱落
重音脱落の後に子音が落ちた yan(a)gi -> yagi
#[説明]
「この」とあるので臨場表現。宴席での歌か。
#[関連論文]
#[題詞](詠柳)
#[原文]山際之 雪<者>不消有乎 水飯合 川之副者 目生来鴨
#[訓読]山の際の雪は消ずあるをみなぎらふ川の沿ひには萌えにけるかも
#[仮名],やまのまの,ゆきはけずあるを,みなぎらふ,かはのそひには,もえにけるかも
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,季節
#[訓異]
#[大意]山の間の雪は消えないであるが、水が激している川のほとりでは芽吹いていることだ
#{語釈]
みなぎらふ 原文「水飯合」 西「なかれあふ」 考 「飯」は「激」の誤り みなぎらふ
新考 「飯」は「殺」の誤り 「殺」はキルと訓む。 みなぎらふ
注釈 扁(a上[个]b[ヨ]c下片[シ])旁[攵] ->「殺」の異体字 「飯」と形が似ているので可能性が高い。
#[説明]
「みなぎらふ」というのは、雪解け水のことを言っているか。
#[関連論文]
#[題詞](詠柳)
#[原文]朝旦 吾見柳 鴬之 来居而應鳴 森尓早奈礼
#[訓読]朝な朝な我が見る柳鴬の来居て鳴くべく森に早なれ
#[仮名],あさなさな,わがみるやなぎ,うぐひすの,きゐてなくべく,もりにはやなれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,季節,植物
#[訓異]
#[大意]毎朝毎朝、自分が見る柳は、鴬のやって来て鳴くように森に早くなれよ。
#{語釈]
朝な朝な 毎朝
17/4010H01うら恋し我が背の君はなでしこが花にもがもな朝な朝な見む
森に早なれ 森に早くなれよ。木が茂ってこんもりと森のようになれの意。
#[説明]
柳の成長を心待ちにしている意 少女の成長を待つ寓意があるか。
#[関連論文]
#[題詞](詠柳)
#[原文]青柳之 絲乃細紗 春風尓 不乱伊間尓 令視子裳欲得
#[訓読]青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも
#[仮名],あをやぎの,いとのくはしさ,はるかぜに,みだれぬいまに,みせむこもがも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]青柳のしなやかな糸のような枝の繊細な美しさよ。春風に乱れない間に見せる子もいればなあ。
#{語釈]
糸のくはしさ しだれ柳の枝の細いことを糸に譬えたもの ->柳の糸 1856
「くはしさ」は、繊細な美しさ 「くはし女」霊妙な女
い間に 「い」接頭語
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠柳)
#[原文]百礒城 大宮人之 蘰有 垂柳者 雖見不飽鴨
#[訓読]ももしきの大宮人のかづらけるしだり柳は見れど飽かぬかも
#[仮名],ももしきの,おほみやひとの,かづらける,しだりやなぎは,みれどあかぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,枕詞,季節
#[訓異]
#[大意]ももしきの大宮人がかずらにしているしだれ柳は見ても見飽きることがないことだ。
#{語釈]
ももしきの 大宮人の枕詞
01/0029H14ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも
01/0036H03秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの 大宮人は 舟並めて
02/0155H03ももしきの 大宮人は 行き別れなむ
03/0257H02木の暗茂に 沖辺には 鴨妻呼ばひ 辺つ辺に あぢ群騒き ももしきの
03/0260H03ももしきの 大宮人の 退り出て 漕ぎける船は 棹楫も なくて寂しも
03/0323H01ももしきの大宮人の熟田津に船乗りしけむ年の知らなく
04/0691H01ももしきの大宮人は多かれど心に乗りて思ほゆる妹
06/0920H03ももしきの 大宮人も をちこちに 繁にしあれば 見るごとに
06/0923H03その山の いやしくしくに この川の 絶ゆることなく ももしきの
06/0948H07祓へてましを 行く水に みそぎてましを 大君の 命畏み ももしきの
06/1005H04ももしきの 大宮所 やむ時もあらめ
06/1026H01ももしきの大宮人は今日もかも暇をなみと里に出でずあらむ
06/1061H01咲く花の色は変らずももしきの大宮人ぞたち変りける
07/1076H01ももしきの大宮人の罷り出て遊ぶ今夜の月のさやけさ
07/1218H01黒牛の海紅にほふももしきの大宮人しあさりすらしも
07/1267H01ももしきの大宮人の踏みし跡ところ沖つ波来寄らずありせば失せずあらましを
10/1852H01ももしきの大宮人のかづらけるしだり柳は見れど飽かぬかも
10/1883H01ももしきの大宮人は暇あれや梅をかざしてここに集へる
13/3234H06うらぐはしも 春山の しなひ栄えて 秋山の 色なつかしき ももしきの
18/4040H01布勢の浦を行きてし見てばももしきの大宮人に語り継ぎてむ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠柳)
#[原文]梅花 取持見者 吾屋前之 柳乃眉師 所念可聞
#[訓読]梅の花取り持ち見れば我が宿の柳の眉し思ほゆるかも
#[仮名],うめのはな,とりもちみれば,わがやどの,やなぎのまよし,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]持 [元][類][紀] 持而
#[鄣W],春雑歌,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]梅の花を手に取って持って見ると我が家の柳の眉が思われてならない。
#{語釈]
柳の眉 柳葉を女性の眉に見立てたもの
代匠記「柳の眉には妻を兼ねて云なるべし」
19/4192H01桃の花 紅色に にほひたる 面輪のうちに 青柳の 細き眉根を
#[説明]
全注 「春の遊宴の席で詠まれたもの」
宴での女性に家の妻のことを述べた諧謔歌
#[関連論文]
#[題詞]詠花
#[原文]鴬之 木傳梅乃 移者 櫻花之 時片設奴
#[訓読]鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
#[仮名],うぐひすの,こづたふうめの,うつろへば,さくらのはなの,ときかたまけぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,植物,季節
#[訓異]
#[大意]鴬が木の枝を飛び回る梅の花が散ってしまったので、桜の花の咲く時を心待ちにしていることだ。
#{語釈]
うつろへば 花が散った
時かたまけぬ 一方では待ち設ける意 ひたすら待つ その時が近くなる
02/0191H01けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
05/0838H01梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
10/1854H01鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
10/2133H01秋の田の我が刈りばかの過ぎぬれば雁が音聞こゆ冬かたまけて
10/2163H01草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
11/2373H01いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
13/3255H03夏麻引く 命かたまけ 刈り薦の 心もしのに 人知れず もとなぞ恋ふる
15/3619H01礒の間ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]櫻花 時者雖不過 見人之 戀盛常 今之将落
#[訓読]桜花時は過ぎねど見る人の恋ふる盛りと今し散るらむ
#[仮名],さくらばな,ときはすぎねど,みるひとの,こふるさかりと,いましちるらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]桜花よ。盛りの時は過ぎていないが、見る人が恋い思う盛りの時だとして今散っているのだろう。
#{語釈]
過ぎねど 「ね」 打ち消し「ず」の已然形 過ぎたわけではないが
恋ふる盛りと 恋い思う気持ちが最も強い時期として
#[説明]
惜しまれる時を知って桜が散るという意味を述べる。
全注「奈良遷都以降の都市生活の中で生まれた風流心であろう」
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]我刺 柳絲乎 吹乱 風尓加妹之 梅乃散覧
#[訓読]我がかざす柳の糸を吹き乱る風にか妹が梅の散るらむ
#[仮名],わがかざす,やなぎのいとを,ふきみだる,かぜにかいもが,うめのちるらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]自分がかざす柳の糸のような細い枝を吹き乱れる風に妹の家の梅の花は散っているだろうか。
#{語釈]
我がかざす 原文「刺」 紀「させる」 考、略解、全註釈 注釈 挿し木にした
代匠記「我頭刺(かさす)と有けん、頭の字の脱(おち)たるか さらずは、わがさせるとよむべし」
」
妹が梅 妹の宿の梅の花 自分のところを吹く風が妹の家にも吹いて行ったとする
集成、全注 妹がかざしている梅
12/2858H01妹に恋ひ寐ねぬ朝明に吹く風は妹にし触れば我れさへに触れ
20/4371H01橘の下吹く風のかぐはしき筑波の山を恋ひずあらめかも
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]毎年 梅者開友 空蝉之 <世>人<我>羊蹄 春無有来
#[訓読]年のはに梅は咲けどもうつせみの世の人我れし春なかりけり
#[仮名],としのはに,うめはさけども,うつせみの,よのひとわれし,はるなかりけり
#[左注]
#[校異]<> -> 世 [西(右書)][元][類][紀] 君 -> 我 [代精]
#[鄣W],春雑歌,植物,枕詞
#[訓異]
#[大意]年ごとに梅は咲くけれども、無常のこの世の人である自分は春はないことだ。
#{語釈]
年のはに 毎年 年ごとに
19/4168H01毎年に来鳴くものゆゑ霍公鳥聞けば偲はく逢はぬ日を多み
19/4168I01[毎年謂之等之乃波]
世の人我れし 原文「<世>人君羊蹄」 斉明紀五年三月「後方羊蹄」訓注「斯梨蔽之(しりへし)
和名抄「羊蹄菜 和名之布久佐(しふくさ) 一云之(し)」
「君」 代匠記 我の誤り
佐竹昭広 新後撰集「年毎に花は咲けども人知れぬ我が身ひとつに春なかりけり(源師光) で「我」の誤り。
考、全註釈、大系 「君」のままでよい 不遇の人、死亡した人を指す
春なかりけり 自然はまためぐってくるが、自分はめぐらないと言って、無常を強調する
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]打細尓 鳥者雖<不>喫 縄延 守巻欲寸 梅花鴨
#[訓読]うつたへに鳥は食まねど縄延へて守らまく欲しき梅の花かも
#[仮名],うつたへに,とりははまねど,なははへて,もらまくほしき,うめのはなかも
#[左注]
#[校異]子 -> 不 [元][類][紀]
#[鄣W],春雑歌,動物,植物,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]決して鳥は食べないが縄をはって守りたいと思う梅の花であるよ。
#{語釈]
うつたへに 陳述の副詞。否定、反語表現と呼応する。決して、まったく
#[説明]
全釈「これは愛する女を梅に譬えた寓意がある」
必ずしも寓意と考えなくてもよい。
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]馬並而 高山<部>乎 白妙丹 令艶色有者 梅花鴨
#[訓読]馬並めて多賀の山辺を白栲ににほはしたるは梅の花かも
#[仮名],うまなめて,たかのやまへを,しろたへに,にほはしたるは,うめのはなかも
#[左注]
#[校異]<> -> 部 [矢][京]
#[鄣W],春雑歌,京都府,地名,枕詞,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]馬を並べて手綱を引く「たか」ではないが、多賀の山辺を真っ白に咲いているのは梅の花であるかなあ。
#{語釈]
馬並めて 馬を並べて手綱を引っ張るという「たく」 その「たか」として多賀にかける枕詞
多賀の山辺 京都府綴喜郡井出町多賀
03/0277H01早来ても見てましものを山背の高の槻群散りにけるかも
全釈「梅花は今日でも山を埋めて咲くというほどにはなっていない。況や当時外来の花として珍重していたのであるから、これは梅ではなく桜の誤りであろう」
注釈「多賀の北の青谷(久世郡城陽町)は、いま梅の実の産地として知られている。その梅林の事、古書には見えないが、或いはこのあたりに古くから梅林があったとも考えられる」
全注「井手町多賀と、橘諸兄の別業があったといわれる井手町石垣とは僅かに二キロ程度の距離である」
#[説明]
全注の言うように、橘諸兄の別業から馬を並べて、官人たちが行楽した場所を言うか。
人里として梅が植えられているとも見られる。
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]花咲而 實者不成登裳 長氣 所念鴨 山振之花
#[訓読]花咲きて実はならねども長き日に思ほゆるかも山吹の花
#[仮名],はなさきて,みはならねども,ながきけに,おもほゆるかも,やまぶきのはな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]花が咲いて実にはならないけれども、花が咲くまで待ち望まれることだ。山吹の花よ。
#{語釈]
長き日に思ほゆるかも 花が咲くまで、長い日数のように思われる
#[説明]
寓意があるか。
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]能登河之 水底并尓 光及尓 三笠乃山者 咲来鴨
#[訓読]能登川の水底さへに照るまでに御笠の山は咲きにけるかも
#[仮名],のとがはの,みなそこさへに,てるまでに,みかさのやまは,さきにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,叙景,季節
#[訓異]
#[大意]能登川の水底までも明るく照らすばかりに三笠の山は花が咲いていることであるよ。
#{語釈]
能登川 春日山地獄谷から西流して岩井川と合流して佐保川に注ぐ
三笠山 春日山前方の山。麓に春日大社がある。 春日野か春日里で詠まれた
咲きにけるかも 代匠記 桜なるべし
私注 山吹であろうか
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]見雪者 未冬有 然為蟹 春霞立 梅者散乍
#[訓読]雪見ればいまだ冬なりしかすがに春霞立ち梅は散りつつ
#[仮名],ゆきみれば,いまだふゆなり,しかすがに,はるかすみたち,うめはちりつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]雪を見るとまだ冬である。そうではあるが春霞が立って梅は散ったりしている。
#{語釈]
雪見れば 時々ちらつく雪か、残雪
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]去年咲之 久木今開 徒 土哉将堕 見人名四二
#[訓読]去年咲きし久木今咲くいたづらに地にか落ちむ見る人なしに
#[仮名],こぞさきし,ひさぎいまさく,いたづらに,つちにかおちむ,みるひとなしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]去年咲いた久木が今咲いている。無駄に地面に落ちてしまうのであろうか。見る人もいなくて。
#{語釈]
久木 管見「ここに久木とよめるは久しき木の心也。去年咲し花の後は、久しくして、亦此春、咲といふ心也」
童蒙抄「宗師案は、久木は義訓にて書て、椿の事ならんか」
考「冬木、咲左久楽(さきしさくら)、文木(うめは)などの誤り」
古義「足氷の誤り。馬酔木の借字とすべし」
新考「若木」の誤り
久木のこと
06/0925H01ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く
10/1863H01去年咲きし久木今咲くいたづらに地にか落ちむ見る人なしに
11/2753H01波の間ゆ見ゆる小島の浜久木久しくなりぬ君に逢はずして
12/3127H01度会の大川の辺の若久木我が久ならば妹恋ひむかも
あかめがしは(タカトウダイ科)
きささげ(ノウゼンカズラ科)
落葉高木、花期は、夏。注釈「それほど美しい花でもなく、当時の人にもあまり親しまれていなかったので、編纂者が春のものと誤ってここに入れた」
見る人なしに 全釈、注釈「去年愛人とともにこの花を眺めた事実があったのであろう」
#[説明]
寓意があるともとれる。
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]足日木之 山間照 櫻花 是春雨尓 散去鴨
#[訓読]あしひきの山の際照らす桜花この春雨に散りゆかむかも
#[仮名],あしひきの,やまのまてらす,さくらばな,このはるさめに,ちりゆかむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,枕詞,植物,叙景
#[訓異]
#[大意]あしひきの山あいを照り輝かせる桜の花よ。この春雨に散っていくことであろうか。
#{語釈]
この春雨 臨場表現
散りゆかむかも 春雨が桜花を散らすということ既出。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]打靡 春避来之 山際 最木末乃 咲徃見者
#[訓読]うち靡く春さり来らし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
#[仮名],うちなびく,はるさりくらし,やまのまの,とほきこぬれの,さきゆくみれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]うち靡く春がやって来たらしい。山の間際の遠い木のこずえの花が咲いて行くのを見ると。
#{語釈]
うち靡く 「春」の枕詞 草木が枝葉を伸ばしてしなやかに靡くところから来るか。
#[説明]
異伝または重出歌
08/1422H01うち靡く春来るらし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]春雉鳴 高圓邊丹 櫻花 散流歴 見人毛我<母>
#[訓読]雉鳴く高円の辺に桜花散りて流らふ見む人もがも
#[仮名],きぎしなく,たかまとのへに,さくらばな,ちりてながらふ,みむひともがも
#[左注]
#[校異]裳 -> 母 [類][紀]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,動物,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]雉が鳴く高円のあたりに桜花が散って風に流れている。見る人もいればなあ。
#{語釈]
雉鳴く 雉は春に鳴くので原文「春雉」と書いたか。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]阿保山之 佐宿木花者 今日毛鴨 散乱 見人無二
#[訓読]阿保山の桜の花は今日もかも散り乱ふらむ見る人なしに
#[仮名],あほやまの,さくらのはなは,けふもかも,ちりまがふらむ,みるひとなしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,地名,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]阿保山の桜の花は今日も散り乱れているだろうか。見る人もいなくて。
#{語釈]
阿保山 奈良県奈良市佐保田町不退寺 三重県名賀郡青山町 未詳
地名辞書「不退寺の岡陵なるべし。平城皇子に阿保の御名あるも之に因る」
私注「伊賀に阿保郷があるから、そことも見える」
天平十二年十一月聖武天皇行幸 伊賀国伊賀郷阿保行宮(三重県青山町阿保)
桜の花は 原文「佐宿木」旧訓 サネキ
万葉目安「サカキノ木」
管見「さね木とは、合歓の木のことともいへり。亦云、サネ木は真(さね)木はり。ただ木の花」
目安補正「なぎの花なり。」
考「13/3309作楽花(さくらばな) 草の手の作業を作宿木と見て三字とは誤りつらん 作楽花(さくらのはな)」
全註釈「宿をネグラなどのクラに当てて書いたか」
私注「宿木を鳥ぐらのクラと見てである」
真鍋次郎「木篇傑左字 新撰字鏡「トクラ」 龍龕(りゅがん)手鏡 鶏栖木也 栖俗棲正 木棲は、木宿とおなじ。宿木としてもトクラと読める。そこでクラとも言った
井手至「宿木は、神が木に宿ると考えた 神の宿る木は、神座としての樹木の意でかみくらと同じでクラと読む」
左宿木は、そのままでサクラと読む
散り乱ふらむ 原文「散乱」 春日政治 マガフは、花、黄葉、露等の如き片々のものが入り違う ミダルは、柳、葦、薦等などの条をなしているものがもつれる意
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]川津鳴 吉野河之 瀧上乃 馬酔之花會 置末勿動
#[訓読]かはづ鳴く吉野の川の滝の上の馬酔木の花ぞはしに置くなゆめ
#[仮名],かはづなく,よしののかはの,たきのうへの,あしびのはなぞ,はしにおくなゆめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,吉野,地名,植物,動物
#[訓異]
#[大意]蛙が鳴く吉野の川の瀧のほとりの馬酔木の花であるぞこれは、せっかく採ってきたのだから、端に置いて粗末にはしてくれるな。
#{語釈]
馬酔木の花ぞ 吉野の宮瀧から採ってきてみやげにしたもの
はしに置くなゆめ 西「おくにまもなき」 代匠記「すゑにおくなゆめと読むべきか 徒に木の末に置いて散らすな、手折り来て玩べとよめる意歟」
考「触手勿動(てふれそなゆめ) 末は手の誤り」
略解「末は土の誤り 土に置くなゆめ」
注釈 玉篇「末 端也」 山末でヤマノハと訓む。 ハシニオクナユメ
大切なものは真ん中に置くはずで、「はしに置く」ということは粗末に扱うことである。
そこで、粗末にはしてくれるなの意
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]春雨尓 相争不勝而 吾屋前之 櫻花者 開始尓家里
#[訓読]春雨に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり
#[仮名],はるさめに,あらそひかねて,わがやどの,さくらのはなは,さきそめにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,植物,季節
#[訓異]
#[大意]春雨に抵抗しかねて我が宿の桜の花は咲き始めたことである。
#{語釈]
春雨に争ひかねて 春雨に抵抗することが出来ないで
桜の花を咲かせる春雨
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]春雨者 甚勿零 櫻花 未見尓 散巻惜裳
#[訓読]春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも
#[仮名],はるさめは,いたくなふりそ,さくらばな,いまだみなくに,ちらまくをしも
#[左注]
#[校異]春 [類] 春乃
#[鄣W],春雑歌,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]春雨はひどくは降るなよ。桜花をまだ見ていないのに散るのは惜しいことだから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]春去者 散巻惜 梅花 片時者不咲 含而毛欲得
#[訓読]春されば散らまく惜しき梅の花しましは咲かずふふみてもがも
#[仮名],はるされば,ちらまくをしき,うめのはな,しましはさかず,ふふみてもがも
#[左注]
#[校異]梅 [矢][京] 桜
#[鄣W],春雑歌,植物,哀惜
#[訓異]
#[大意]春になるとすぐに散るのが惜しい梅の花よ。しばらくは咲かないでつぼみのままでいて欲しいなあ。
#{語釈]
しまし 原文「片時」旧訓 しはし 略解 しまし ちょっとの間
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]見渡者 春日之野邊尓 霞立 開艶者 櫻花鴨
#[訓読]見わたせば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも
#[仮名],みわたせば,かすがののへに,かすみたち,さきにほへるは,さくらばなかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,植物,季節,叙景
#[訓異]
#[大意]見渡すと春日の野辺に霞が立ち、咲き輝いているのは桜の花であるなあ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠花)
#[原文]何時鴨 此夜乃将明 鴬之 木傳落 <梅>花将見
#[訓読]いつしかもこの夜の明けむ鴬の木伝ひ散らす梅の花見む
#[仮名],いつしかも,このよのあけむ,うぐひすの,こづたひちらす,うめのはなみむ
#[左注]
#[校異]<> -> 梅 [西(右書)][類][紀][矢]
#[鄣W],春雑歌,動物,植物
#[訓異]
#[大意]いつになったらこの夜が明けるのだろうか。鴬が木を伝って散らす梅の花を見よう。
#{語釈]
#[説明]
評釈 鴬が散らす梅の花の美を待っている
全注 立春前夜の作者の抱いた幻想の美
#[関連論文]
#[題詞]詠月
#[原文]春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之野尓
#[訓読]春霞たなびく今日の夕月夜清く照るらむ高松の野に
#[仮名],はるかすみ,たなびくけふの,ゆふづくよ,きよくてるらむ,たかまつののに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,高円,地名,叙景
#[訓異]
#[大意]春霞がたなびく今日の夕方の月夜は清く照るだろうよ。高円の野に。
#{語釈]
詠月 全注「万葉集ではまだ月は秋のものともなっていない」
夕月夜 原文「 暮三伏一向」 木偏四(し)戯、樗蒲(ちょぼ)という朝鮮経由の遊びから来た表記 諸伏(4/743)
高松の野 高円の野 新考「当時 ミモロ ミムロ マキモク マキムクと同じく、タカマトをタカマツといった」
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠月)
#[原文]春去者 紀之許能暮之 夕月夜 欝束無裳 山陰尓指天 [一云 春去者 木陰多 暮月夜]
#[訓読]春されば木の木の暗の夕月夜おほつかなしも山蔭にして [一云 春されば木の暗多み夕月夜]
#[仮名],はるされば,きのこのくれの,ゆふづくよ,おほつかなしも,やまかげにして,[はるされば,このくれおほみ,ゆふづくよ]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,異伝
#[訓異]
#[大意]春になると木の木陰に指す夕月夜の光もはっきりしないよ。山陰であって [一云 春になると木の木陰が多いので夕月夜]
#{語釈]
木の暗多み 原文「紀之許能暮之」元「コカクレオホキ」 西「キノコノクレノ」
代匠記「木の木(こ)の闇(くれ)なり」
仙覚抄「1948 3433 木と木の重複は難にあらざるべし」
考 一云の方 コガクレオオキ(木陰多)
新考「許能暮多」を誤る
注釈「井手至論引用 「紀之」と「許能」はもと別々の両案の文字が重複してとられた。
2279 娘部四敝之 とあるのは、娘部四、または 娘敝之とあったものを両方表記された。
之 元暦本 之名 元来 多夕 が之夕夕となり 之夕々 之名になったか。
とすると、多の誤りか。
全注 キノコノクレノ すでにコノクレが熟語化していて、重ねて言ったか。
おほつかなしも はっきりしない ぼんやりしている
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](詠月)
#[原文]朝霞 春日之晩者 従木間 移歴月乎 何時可将待
#[訓読]朝霞春日の暮は木の間より移ろふ月をいつとか待たむ
#[仮名],あさかすみ,はるひのくれは,このまより,うつろふつきを,いつとかまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌
#[訓異]
#[大意]朝霞の春の日の夕暮れは、木の間から移っていく月をいつになったら出るのかと待つことであろう
#{語釈]
朝霞 朝霞がかかる春ということで、春の枕詞
#[説明]
注釈「春日遅々の趣」
講談社文庫 春は朝の霞も面白く、一日のくれるのも惜しまれるが、また夕月も面白い。されど夕月はなかなか出ない、の意」
#[関連論文]
#[題詞]詠雨
#[原文]春之雨尓 有来物乎 立隠 妹之家道尓 此日晩都
#[訓読]春の雨にありけるものを立ち隠り妹が家道にこの日暮らしつ
#[仮名],はるのあめに,ありけるものを,たちかくり,いもがいへぢに,このひくらしつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,恋情
#[訓異]
#[大意]長く降り続く春雨であったものなのに。雨宿りをして妹の家に行く途中でこの一日を過ごしてしまった。
#{語釈]
春の雨にありけるものを 拾穂抄「春雨はいたくもふらで晴れがたき物也」
春雨
08/1440H01春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ
10/1917H01春雨に衣はいたく通らめや七日し降らば七日来じとや
10/1932H01春雨のやまず降る降る我が恋ふる人の目すらを相見せなくに
10/1933H01我妹子に恋ひつつ居れば春雨のそれも知るごとやまず降りつつ
立ち隠り 雨宿りをすること
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]詠河
#[原文]今徃而 聞物尓毛我 明日香川 春雨零而 瀧津湍音乎
#[訓読]今行きて聞くものにもが明日香川春雨降りてたぎつ瀬の音を
#[仮名],いまゆきて,きくものにもが,あすかがは,はるさめふりて,たぎつせのおとを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,飛鳥,地名,望郷
#[訓異]
#[大意]今すぐにでも行って聞きたいものだ。明日香川の春雨が降って急流になっている早瀬の音を
#{語釈]
#[説明]
望郷の思い
#[関連論文]
#[題詞]詠煙
#[原文]春日野尓 煙立所見 𡢳嬬等四 春野之菟芽子 採而煮良思文
#[訓読]春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野のうはぎ摘みて煮らしも
#[仮名],かすがのに,けぶりたつみゆ,をとめらし,はるののうはぎ,つみてにらしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,植物,野遊び
#[訓異]
#[大意]春日野に煙りが立つのが見える。娘子たちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。
#{語釈]
春野のうはぎ よめな
#[説明]
娘子たちの山菜摘み。野遊び
#[関連論文]
#[題詞]野遊
#[原文]春日野之 淺茅之上尓 念共 遊今日 忘目八方
#[訓読]春日野の浅茅が上に思ふどち遊ぶ今日の日忘らえめやも
#[仮名],かすがのの,あさぢがうへに,おもふどち,あそぶけふのひ,わすらえめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,野遊び,宴席
#[訓異]
#[大意]春日野の浅茅の上で親しい者同士が遊ぶ今日の日を忘れることが出来ようか。
#{語釈]
思ふどち 奈良時代の言葉
05/0820H01梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり
08/1591H01黄葉の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶ今夜は明けずもあらぬか
08/1656H01酒杯に梅の花浮かべ思ふどち飲みての後は散りぬともよし
10/1880H01春日野の浅茅が上に思ふどち遊ぶ今日の日忘らえめやも
10/1882H01春の野に心延べむと思ふどち来し今日の日は暮れずもあらぬか
17/3969H09思ふどち 手折りかざさず 春の野の 茂み飛び潜く 鴬の
17/3991H01もののふの 八十伴の男の 思ふどち 心遣らむと 馬並めて
17/3991H09いや年のはに 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと
17/3993H03心もしのに そこをしも うら恋しみと 思ふどち
19/4187H01思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと
19/4284H01新しき年の初めに思ふどちい群れて居れば嬉しくもあるか
遊ぶ今日の日 奈良時代の特徴
類、古「アソヘルケフノ」紀「アソヘルケフハ」西「アソフケフヲハ」
略解「アソベルケフハ」古義「アソブコヨヒノ」新考「アソビシヘフノ」
全註釈「アソブケフノヒハ」大系「アソブコノヒハ」
注釈「あそぶけふのひ」
05/0825H01梅の花咲きたる園の青柳をかづらにしつつ遊び暮らさな
05/0836H01梅の花手折りかざして遊べども飽き足らぬ日は今日にしありけり
18/4047H01垂姫の浦を漕ぎつつ今日の日は楽しく遊べ言ひ継ぎにせむ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](野遊)
#[原文]春霞 立春日野乎 徃還 吾者相見 弥年之黄土
#[訓読]春霞立つ春日野を行き返り我れは相見むいや年のはに
#[仮名],はるかすみ,たつかすがのを,ゆきかへり,われはあひみむ,いやとしのはに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,宴席,野遊び
#[訓異]
#[大意]春霞が立つ春日野を行ったり来たりして自分は共に見よう。毎年毎年。
#{語釈]
行き返り 行ったり来たりして
我れは相見む 略解「友に相見むなり」 古典全集、講談社 友と相集おう
古義「思う友人共と共に(春日野を)見む 私注、注釈 共と共に眺めよう
全注 「春日野を」の句は「相見む」にかかる
宴席での場所である春日野を讃美した言い方。
いや年のはに 19/4267
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](野遊)
#[原文]春野尓 意将述跡 <念>共 来之今日者 不晩毛荒粳
#[訓読]春の野に心延べむと思ふどち来し今日の日は暮れずもあらぬか
#[仮名],はるののに,こころのべむと,おもふどち,こしけふのひは,くれずもあらぬか
#[左注]
#[校異]命 -> 念 [西(訂正)][類][古][紀]
#[鄣W],春雑歌,野遊び
#[訓異]
#[大意]春の野に心を晴らそうと親しい者同士がやって来た今日の日は暮れないであって欲しいものだ。
#{語釈]
心延べむと 寛「ココロヤラムト」 心を晴らそうと 心をのびのびさせようと
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](野遊)
#[原文]百礒城之 大宮人者 暇有也 梅乎挿頭而 此間集有
#[訓読]ももしきの大宮人は暇あれや梅をかざしてここに集へる
#[仮名],ももしきの,おほみやひとは,いとまあれや,うめをかざして,ここにつどへる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,野遊び,枕詞,植物
#[訓異]
#[大意]ももしきの大宮人は暇があるからであろうか。梅をかざしてここに集まっている。
#{語釈]
暇あれや
06/1026H01ももしきの大宮人は今日もかも暇をなみと里に出でずあらむ(秋の田暇)
#[説明]
新古今集 赤人 ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日もくらしつ
#[関連論文]
#[題詞]歎舊
#[原文]寒過 暖来者 年月者 雖新有 人者舊去
#[訓読]冬過ぎて春し来れば年月は新たなれども人は古りゆく
#[仮名],ふゆすぎて,はるしきたれば,としつきは,あらたなれども,ひとはふりゆく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,移ろい,問答
#[訓異]
#[大意]冬が過ぎて春がやって来たので年月は新しいけれども、人は古くなっていく
#{語釈]
#[説明]
一年の循環を言ったもの
09/1707H01山背の久世の鷺坂神代より春は張りつつ秋は散りけり
#[関連論文]
#[題詞](歎舊)
#[原文]物皆者 新吉 唯 人者舊之 應宜
#[訓読]物皆は新たしきよしただしくも人は古りにしよろしかるべし
#[仮名],ものみなは,あらたしきよし,ただしくも,ひとはふりにし,よろしかるべし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,移ろい,問答
#[訓異]
#[大意]物はみんな新しいのがよい。ただし、人は年をとっている方がよいに違いない。
#{語釈]
ただしくも ただし 副詞語尾「く」がついた形
人は古りにし 人は年をとって老いているのが
#[説明]
窪田評釈「老齢の人の我と慰めた」
代匠記「尚書盤庚上 遅任言ふ有り。人は惟旧を求む。器は旧を求むに非ず。惟新し この意にてよめる歟。また知らず。おのづから叶える歟」
全注「前者に唱和した歌で、前歌の作者の嘆きを慰めるための歌」」
#[関連論文]
#[題詞]懽逢
#[原文]佐吉之 里<行>之鹿歯 春花乃 益希見 君相有香開
#[訓読]住吉の里行きしかば春花のいやめづらしき君に逢へるかも
#[仮名],すみのえの,さとゆきしかば,はるはなの,いやめづらしき,きみにあへるかも
#[左注]
#[校異]得 -> 行 [万葉考]
#[鄣W],春雑歌,大阪,地名,枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]住吉の里に出かけたところ春の花のように心引かれるあなたに出会ったことだ。
#{語釈]
住吉の里 大阪市住吉区 難波京の南
めづらしき君 愛(め)づの形容詞化 心引かれる
#[説明]
全注 野遊びの歌か
遊行女婦との歌とも見られる。
#[関連論文]
#[題詞]旋頭歌
#[原文]春日在 三笠乃山尓 月母出奴可母 佐紀山尓 開有櫻之 花乃可見
#[訓読]春日なる御笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく
#[仮名],かすがなる,みかさのやまに,つきもいでぬかも,さきやまに,さけるさくらの,はなのみゆべく
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,奈良,地名,植物,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]春日にある三笠の山に月も出ないかなあ。佐紀山に咲いている桜の花が見えるように。
#{語釈]
佐紀山 現在 奈良市佐紀町 北方の山
佐紀沼 11/2818
佐紀沢 04/0675 07/1346 12/3052
佐紀野 10/1905 2107
佐紀宮01/0084d
#[説明]
07/1295H01春日なる御笠の山に月の舟出づ風流士の飲む酒杯に影に見えつつ
宴席の歌
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]白雪之 常敷冬者 過去家良霜 春霞 田菜引野邊之 鴬鳴焉
#[訓読]白雪の常敷く冬は過ぎにけらしも春霞たなびく野辺の鴬鳴くも
#[仮名],しらゆきの,つねしくふゆは,すぎにけらしも,はるかすみ,たなびくのへの,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],春雑歌,動物,季節,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]白雪がいつも降り積もっていた冬は過ぎてしまったらしい。春霞がたなびく野辺の鴬が鳴くことだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]譬喩歌
#[原文]吾屋前之 毛桃之下尓 月夜指 下心吉 菟楯項者
#[訓読]我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
#[仮名],わがやどの,けもものしたに,つくよさし,したこころよし,うたてこのころ
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],春雑歌,植物,比喩
#[訓異]
#[大意]自分の家の庭の毛桃の下に月が差し込んで、心中よろこばしいことだ。しきりにこの頃は。
#{語釈]
毛桃 中国原産の舶来桃 庭に植えて鑑賞植物となっている
05/0853D03光儀無匹 開柳葉於眉中發桃花於頬上 意氣凌雲 風流絶世 僕問曰 誰
07/1356H01向つ峰に立てる桃の木ならむかと人ぞささやく汝が心ゆめ
07/1358H01はしきやし我家の毛桃本茂く花のみ咲きてならずあらめやも
10/1889H01我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
11/2834H01大和の室生の毛桃本繁く言ひてしものをならずはやまじ
12/2970H01桃染めの浅らの衣浅らかに思ひて妹に逢はむものかも
17/3967D02暮春風景最可怜 紅桃灼々戯蝶廻花儛 翠柳依々嬌鴬隠葉歌 可樂哉
17/3973D02上巳名辰暮春麗景 桃花昭瞼以分紅 柳色含苔而競緑 于時也携手ナ望
17/3973D06柳陌臨江縟ハ服 桃源通海泛仙舟
19/4139D01天平勝寶二年三月一日之暮眺矚春苑桃李花作二首
19/4139H01春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子
19/4192H01桃の花 紅色に にほひたる 面輪のうちに 青柳の 細き眉根を
月夜さし 月の光が差し込んで
下心 心中秘めた思い
うたてこのころ 甚だしく、しきりに
全釈「尋常でなく悪い、又は厭わしいなどの意とするのが誤解のもとである。これはこの語の原義で、何となく進む意。即ち転(うたた)というに同じである。」
心中よろこばしい思いがますますつのることを言っている。
10/1889H01我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ
11/2464H01三日月のさやにも見えず雲隠り見まくぞ欲しきうたてこのころ
12/2877H01いつはなも恋ひずありとはあらねどもうたてこのころ恋し繁しも
12/2949H01うたて異に心いぶせし事計りよくせ我が背子逢へる時だに
20/4307H01秋と言へば心ぞ痛きうたて異に花になそへて見まく欲りかも
#[説明]
譬喩であることの意味
考「上は下心といはん序なから、花の下の月はよろしきなり、その花の下のよろしきをわが下心によき譬とせり」
私注「上三句は序、したに、したごころと音を繰り返す表現をねらったのであろう」
全註釈「春夜の佳景に接して、平城の鬱憤を散じた趣に歌っている」
佐々木評釈「柔らかな和毛(にこげ)におおわれた桃の球が、月の光にくっきりと浮かびあがっている。その美しい庭の眺めを、そのまま取り持ちいて譬喩としたもので、豊かな実をふくよかな少女の肉体に比しているのであろう」
窪田評釈「この頃は以前とちがって内心気持ちがよいというのが全体である。上三句はその気分の前に展けている景で、それも同じく気分良く感じられるという範囲のものである」
古典大系、講談社、集成 全注 「娘の初潮を寓したものか」
#[関連論文]
#[題詞]春相聞
#[原文]春<山> <友>鴬 鳴別 <眷>益間 思御吾
#[訓読]春山の友鴬の泣き別れ帰ります間も思ほせ我れを
#[仮名],はるやまの,ともうぐひすの,なきわかれ,かへりますまも,おもほせわれを
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]日野 -> 山 [新校] / 犬 -> 友 [類] / 春春 -> 眷 [西(訂正)][細][京]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]春の山で友同士の鴬が鳴き別れるように、泣き別れてお帰りになる間もお思いになってください。我が背よ。
#{語釈]
春山の 原文「春日野犬鴬」 類「春山野友鴬」
旧訓「かすかのにいぬるうくひす」類「はるやまのともうくひすの」
沢潟「もともと春山とあったものに野が加えられ、さらに春日野と改められた。
友鴬 古義、私注「犬を哭の誤り 鳴く鴬」
略解 類により友の誤り
#[説明]
「春日野に鳴く鴬の」と訓んでも原文との間は可能なようであるが、この歌は人麻呂歌集。
春日野が歌に詠まれるのは奈良時代。古歌集として編纂者に置かれている歌であるので、少なくとも奈良時代の歌ではない。「春日野」と解することは無理がある。
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]冬隠 春開花 手折以 千遍限 戀渡鴨
#[訓読]冬こもり春咲く花を手折り持ち千たびの限り恋ひわたるかも
#[仮名],ふゆこもり,はるさくはなを,たをりもち,ちたびのかぎり,こひわたるかも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]冬こもり春に咲く花を手折って持って、何度も何度も恋い続けることである。
#{語釈]
春咲く花を手折り持ち
代匠記「待々てよき程になれる人に喩ふ。手折以は、それを云い靡けて我手に入るるに喩ふ」
窪田評釈「春咲く花を女の譬喩とし、春咲く花を手折り持ちは、美しい女で、距離をもった繋がりのない女を連想して、その関係において云っている」
全注「手折り持ちは、思うようにならない恋に対して言っている」
#[説明]
譬喩として、美しい盛りの女を手折って持ってはいるが、まだ親しくはならず、何度も恋い続けることだという嘆きを歌ったもの。
#[関連論文]
#[題詞]
#[原文]春山 霧惑在 鴬 我益 物念哉
#[訓読]春山の霧に惑へる鴬も我れにまさりて物思はめやも
#[仮名],はるやまの,きりにまとへる,うぐひすも,われにまさりて,ものもはめやも
#[左注](右柿本朝臣人麻呂歌集出)
#[校異]
#[鄣W],春相聞,作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]春山の霧に迷ってしまった鴬であったとしても、自分に勝って物思いをするだろうか
#{語釈]
#[説明]
山霧に迷う鴬は、普通は方向を失って物思いをするであろうが、そのような鴬であるとしてもという意味
#[関連論文]