万葉集 巻第11
#[番号]11/2352
#[番号]11/2353
#[番号]11/2354
#[番号]11/2355
#[番号]11/2356
#[番号]11/2357
#[番号]11/2358
#[番号]11/2359
#[番号]11/2360
#[番号]11/2361
#[番号]11/2362
#[番号]11/2363
#[番号]11/2364
#[番号]11/2365
#[番号]11/2366
#[番号]11/2367
#[番号]11/2368
#[番号]11/2369
#[番号]11/2370
#[番号]11/2371
#[番号]11/2372
#[番号]11/2373
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#[番号]11/2381
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#[番号]11/2389
#[番号]11/2390
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#[番号]11/2394
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#[番号]11/2396
#[番号]11/2397
#[番号]11/2398
#[番号]11/2399
#[番号]11/2400
#[番号]11/2401
#[番号]11/2402
#[番号]11/2403
#[番号]11/2404
#[番号]11/2405
#[番号]11/2406
#[番号]11/2407
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#[番号]11/2409
#[番号]11/2410
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#[番号]11/2412
#[番号]11/2413
#[番号]11/2414
#[番号]11/2415
#[番号]11/2416
#[番号]11/2417
#[番号]11/2418
#[番号]11/2419
#[番号]11/2420
#[番号]11/2421
#[番号]11/2422
#[番号]11/2423
#[番号]11/2424
#[番号]11/2425
#[番号]11/2426
#[番号]11/2427
#[番号]11/2428
#[番号]11/2429
#[番号]11/2430
#[番号]11/2431
#[番号]11/2351
#[題詞]旋頭歌
#[原文]新室 壁草苅邇 御座給根 草如 依逢未通女者 公随
#[訓読]新室の壁草刈りにいましたまはね草のごと寄り合ふ娘子は君がまにまに
#[仮名],にひむろの,かべくさかりに,いましたまはね,くさのごと,よりあふをとめは,きみがまにまに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,野遊び,旋頭歌,求婚
#[訓異]
#[大意]新築の家の壁草を刈りにいらっしゃいなさいよ。その草のように靡き寄る娘子はあなたの思いのままに
#{語釈]
壁草 略解 今すさといふ物ならむ
新考 今も竹の乏しき地方にては壁下地のこまひに薄をつかふといへばここに壁草といへるも薄にて壁下地のこまひの料ならむ
踐祚大嘗祭式 造る所の八神殿一宇、稲実斎屋一宇、・・・並びに皆黒木及び草を以て構膏せよ。壁蔀は草を以てせよ。
次田新講 先年行わせられた大嘗祭の神殿の結構を見るも、四周の壁は土で塗らるるやうなことはなく、只近江表をあてられ、又周囲には六尺の高さの柴垣を廻らされたやうに承っている。此等から推して考へると、上代の建築には、壁を土で塗るというやうなことは未だ行われないで、壁や垣は草や柴で造ったものであることが知れる
寄り合ふ娘子
童蒙抄 其の草の如くしなやかに寄り集まる乙女らは
古義 多くは女の依相をいふにはあらで、これは一人の女のうへにて、草のより合ひ靡くごとく、容儀(すがた)しなやかにして、うるはしきをいふなるべし
注釈 草の靡く如く、靡き相寄るをとめと見るべきである
#[説明]
代匠記 此は人の娘の許へよき男の忍びて通ひ来るを、親の許さむと思ひてよめるなるべし
折口 新築の祝いに、主人から客へ寄せた招待のやうにして、その籍で歌うたものだろう
花田比露思 「新室の壁草刈り」というのは、実は処女に初めて男が逢う時の隠語的な言い回しかも知れない。・・穿ち過ぎかも知れない。
中村憲吉 やはり新室祝ぎに歌われた歌の種類。娘子や君は一般的であり、特定人を指してはいない。
私注 民謡
伊藤博 新室祝の歌に男女関係のことが詠みこまれるのは、その生産行為が家屋繁栄の予祝につながるからである。
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]新室 踏静子之 手玉鳴裳 玉如 所照公乎 内等白世
#[訓読]新室を踏み鎮む子が手玉鳴らすも玉のごと照らせる君を内にと申せ
#[仮名],にひむろを,ふみしづむこが,ただまならすも,たまのごと,てらせるきみを,うちにとまをせ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,求婚,新室ほがい,祝い,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]新室を踏み鎮める子の手玉が鳴っていらっしゃる。その玉のように輝いておられるあなたを中にと申し上げなさい
#{語釈]
踏み鎮む子
出雲国造神賀詞
白御馬(しろみま)の前足の爪・後足(しりへあし)の爪、踏み立つる事は、大宮の内外(うちと)の御門(みかど)の柱を、上(うは)つ石(いは)ねに踏み堅め、下つ石ねに踏み凝らし、
続紀 宝亀元年三月 歌垣
処女らに男を立て添ひ踏み平らす西の都は万世の宮
考 地には踏み平し家には踏み静むてふ歌うたひてをどりなどする事あるべし。
古義 静(しづむ)とは、動(さわく)の反(うら)にて、此は新室の柱を築き建て、動(ゆる)ぐことなく、揺(うご)くことなからしめむと、堅固(かたを)に踏み鎮むるを云う
折口 家に災難のないように踏んで鎮める巫女たちが
手玉
10/2065H01足玉も手玉もゆらに織る服を君が御衣に縫ひもあへむかも
#[説明]
伊藤博 完成した新室にはじめて若者を招じ入れる歌で、親の立場に立っての詠らしい。すぐれた若者を新室に招じ入れるのは、その若者をやがて娘の連れ合いとして選ぶことを暗示しており、それ自体が予祝の行為であったのであろう。
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜邇 人見點鴨 [一云 人見豆良牟可]
#[訓読]泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも [一云 人見つらむか]
#[仮名],はつせの,ゆつきがしたに,わがかくせるつま,あかねさし,てれるつくよに,ひとみてむかも,[ひとみつらむか]
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,隠妻,枕詞,奈良,植物,地名
#[訓異]
#[大意]泊瀬の神聖なケヤキの木の下に自分が隠した妻よ。あかねさして照っている月夜に他人が見つけることだろうか
#{語釈]
斎槻
07/1087H01穴師川川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし
07/1088H01あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる
10/1816H01玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
11/2353H01泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも
#[説明]
歌垣歌のような集団的な歌か
07/1276H01池の辺の小槻の下の小竹な刈りそねそれをだに君が形見に見つつ偲はむ
11/2656H01天飛ぶや軽の社の斎ひ槻幾代まであらむ隠り妻ぞも
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]健男之 念乱而 隠在其妻 天地 通雖<光> 所顕目八方 [一云 大夫乃 思多鶏備弖]
#[訓読]ますらをの思ひ乱れて隠せるその妻天地に通り照るともあらはれめやも [一云 ますらをの思ひたけびて]
#[仮名],ますらをの,おもひみだれて,かくせるそのつま,あめつちに,とほりてるとも,あらはれめやも,[ますらをの,おもひたけびて]
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]先 -> 光 [文][紀][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,隠妻,恋情
#[訓異]
#[大意]ますらをが思い乱れて隠したその妻であるよ。天地に照り通るとしても姿が現れることがあろうか [ますらをが思いいきり立って]
#{語釈]
ますらを 恋心など女々しさを起こさない立派な男子
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]恵得 吾念妹者 早裳死耶 雖生 吾邇應依 人云名國
#[訓読]愛しと我が思ふ妹は早も死なぬか生けりとも我れに寄るべしと人の言はなくに
#[仮名],うつくしと,あがおもふいもは,はやもしなぬか,いけりとも,われによるべしと,ひとのいはなくに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしいと自分が思う妹は早く死んではくれないことだろうか。生きていたとしても自分に寄るだろうとは人は言わないことだから
#{語釈]
愛しと うつくしと 類聚名義抄 恵 うつくしふ 親子や夫婦の如き肉親の互いに情愛を注ぐさま
注釈、全注、全集、集成 うるはしと うつくしと に続く仮名書き例がない
端正や姿や整って立派な様
#[説明]
歌垣歌などの悪態をついた集団歌
大岡信 ふられた男のやけくその捨てぜりふ。いくら憎んでみても、ますます彼女はいとしいのです
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]狛錦 紐片<叙> 床落邇祁留 明夜志 将来得云者 取置<待>
#[訓読]高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
#[仮名],こまにしき,ひものかたへぞ,とこにおちにける,あすのよし,きなむといはば,とりおきてまたむ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]釼 -> 叙 [嘉][文][紀] / 得 -> 待 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,比喩,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの高麗錦の紐の片方が床に落ちている。明日の夜に来ようというのならば取り置いて待ちましょう。
#{語釈]
高麗錦 舶来の錦織り
10/2090H01高麗錦紐解きかはし天人の妻問ふ宵ぞ我れも偲はむ
11/2356H01高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
11/2405H01垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
11/2406H01高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
12/2975H01高麗錦紐の結びも解き放けず斎ひて待てど験なきかも
14/3465H01高麗錦紐解き放けて寝るが上にあどせろとかもあやに愛しき
16/3791H06遠里小野の ま榛持ち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひつけ 刺部重部
床に落ちにける
新考 男の朝帰りし後に下紐の落ちたるを見附し趣なり
総釈 文字どほり床に落ちにけると現在のことにし、来なむと言はばを目前の男に対して女の「来ますか来ませんか、来るとおっしゃるなら」と言ったのだと解すべきである。しかし来ないといふなら返すというのではないつまり来るまでは返さないといふのである。眼前男に対して女のいふ詞としてこそ、すべてが躍動して来る。
明日の夜 次の夜の意か
0/1817H01今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹朝妻山に霞たなびく
#[説明]
後朝の歌と解すべきか
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]朝戸出 公足結乎 閏露原 早起 出乍吾毛 裳下閏奈
#[訓読]朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我れも裳裾濡らさな
#[仮名],あさとでの,きみがあゆひを,ぬらすつゆはら,はやくおき,いでつつわれも,もすそぬらさな
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,恋情,後朝
#[訓異]
#[大意]朝帰るのに戸を出てあなたの足もとを濡らす露の原よ。早く起きて出ていって自分も裳の裾を濡らそうよ
#{語釈]
朝戸出 朝に戸を開けて帰る
0/1925H01朝戸出の君が姿をよく見ずて長き春日を恋ひや暮らさむ
11/2357H01朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我れも裳裾濡らさな
11/2692H01夕凝りの霜置きにけり朝戸出にいたくし踏みて人に知らゆな
20/4408H04嘆きのたばく 鹿子じもの ただ独りして 朝戸出の 愛しき我が子
足結 膝のあたりで結んだ袴の裾
07/1110H01ゆ種蒔くあらきの小田を求めむと足結ひ出で濡れぬこの川の瀬に
記紀歌謡 宮人の足結の小鈴落ちにきと宮人動む里人もゆめ
#[説明]
別れを惜しむ気持ちで、出来るだけ一緒にいたい気持ちを詠む
類歌
07/1090H01我妹子が赤裳の裾のひづちなむ今日の小雨に我れさへ濡れな
11/2563H01人目守る君がまにまに我れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]何為 命本名 永欲為 雖生 吾念妹 安不相
#[訓読]何せむに命をもとな長く欲りせむ生けりとも我が思ふ妹にやすく逢はなくに
#[仮名],なにせむに,いのちをもとな,ながくほりせむ,いけりとも,あがおもふいもに,やすくあはなくに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]何をしようとして命をむやみに長くと願っているのだろう。生きていたとしても自分が恋い思う妹にたやすく逢うことではないのに
#{語釈]
#[説明]
類想
04/0704H01栲縄の長き命を欲りしくは絶えずて人を見まく欲りこそ
11/2377H01何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひぬ前にも死なましものを
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]息緒 吾雖念 人目多社 吹風 有數々 應相物
#[訓読]息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
#[仮名],いきのをに,われはおもへど,ひとめおほみこそ,ふくかぜに,あらばしばしば,あふべきものを
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]命の限り自分は恋い思うが人目が多いので逢うことが出来ない。吹く風にあったならばたびたび逢うだろうものを
#{語釈]
息の緒に 命の限り 緒 長く続いているもの
04/0644H01今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
07/1360H01息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ
08/1453H01玉たすき 懸けぬ時なく 息の緒に 我が思ふ君は うつせみの
08/1507H03息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには
11/2359H01息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
11/2536H01息の緒に妹をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも
11/2788H01息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
12/3045H01朝霜の消ぬべくのみや時なしに思ひわたらむ息の緒にして
12/3115H01息の緒に我が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも
12/3194H01息の緒に我が思ふ君は鶏が鳴く東の坂を今日か越ゆらむ
13/3255H04息の緒にして
13/3272H06人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
18/4125H02袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡り守 舟も設けず
19/4281H01白雪の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息の緒に思ふ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]人祖 未通女兒居 守山邊柄 朝々 通公 不来哀
#[訓読]人の親処女児据ゑて守山辺から朝な朝な通ひし君が来ねば悲しも
#[仮名],ひとのおや,をとめこすゑて,もるやまへから,あさなさな,かよひしきみが,こねばかなしも
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,旋頭歌,序詞
#[訓異]
#[大意]人の親が娘を置いて男から守るというその守山を通って毎朝毎朝通っていたあなたが来ないので悲しいことであるよ
#{語釈]
人の親処女児据ゑて 人の親は一般的に若い娘を置いて男から守るというその守山
守山の序詞
守山 代匠記 13/3222 終に泣児守山とあれば三諸山の別名なり
大系 茂る山をかけた木々の茂った山
注釈 守山は今もあちらこちらにあるように、どこともわからない。
山辺から 注釈 「から」通過点を示す 10/1945 守山のほとりを通って
朝な朝な あさなあさな あさなさな
全注 妻問いのため夜来た男の、後朝の別れをしてのち帰ることを言うのか
文字とおり朝通って来たことを言うのか
日々の意か
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]天在 一棚橋 何将行 穉草 妻所云 足<壮>嚴
#[訓読]天なる一つ棚橋いかにか行かむ若草の妻がりと言はば足飾りせむ
#[仮名],あめなる,ひとつたなはし,いかにかゆかむ,わかくさの,つまがりといはば,あしかざりせむ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]牡 -> 壮 [嘉][紀][温][矢]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]天にある日ではないが、一本の板橋をどのように渡って行こうか。若草の妻のもとへというので足を飾って行こう
#{語釈]
天なる 日と一つをかけた枕詞 7/1277
詞林釆葉抄 10/2081 天河の橋也
七夕の橋のイメージがあるか
代匠記 初三句は、独木橋(ひとつはし)の危をいかで渡るらむと労を思ひやりて、天河に彦星の渡る橋を引懸て云なり
棚橋 一枚板を渡しただけの質素な橋
足飾りせむ 西、紀 代匠記 あしをうつくし
童蒙抄 あしよそひせん
考 あゆひすらくを
略解 あゆひしたたす
古義 あゆひしたたむ 新考 ふねよそはくも 口訳 あゆひかためむ
新訓 あしよそひせよ
総釈、大系、私注 あしよそひせむ
全註釈 あしやかざらむ
全集、集成 あしかざりせむ
例え川に落ちたとしても、ほかでもない妻の所へ行くのだから、足をきれいに飾っていこうといったもの
#[説明]
全注 七夕の牽牛などに関連させないでも解釈しうるのであり、危ない板橋を渡って恋しい妻の所に行く男の心を詠んだ集団の歌謡と考えられる
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]開木代 来背若子 欲云余 相狭丸 吾欲云 開木代来背
#[訓読]山背の久背の若子が欲しと言ふ我れあふさわに我れを欲しと言ふ山背の久世
#[仮名],やましろの,くせのわくごが,ほしといふわれ,あふさわに,われをほしといふ,やましろのくぜ
#[左注]右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,求婚,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]山城の久世の若殿が欲しいという自分であるよ。軽率にも自分を欲しいという山城の久世であることだ
#{語釈]
山背の久背の若子
07/1286H01山背の久世の社の草な手折りそ我が時と立ち栄ゆとも草な手折りそ
原文 開木代 代匠記 06/1053「百樹成 山」 諸木山より開出す故か
井出至 三字で熟字訓 伐木地の意をあらわすヤマシロという語が存在したか
和名抄 山城国久世郡 京都府久世郡久御山町と城陽市、京都市伏見区淀
芳賀紀雄 渡来系の黄文連氏、栗隈氏 高度な文化地帯
久世の若殿様の意
あふさわに 原文 相狭丸 和爾氏を古事記 丸邇氏 あふさわにと訓む
08/1547H01さを鹿の萩に貫き置ける露の白玉あふさわに誰れの人かも手に巻かむちふ
軽はずみに 軽率に
#[説明]
歌垣の歌か。
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]岡前 多未足道乎 人莫通 在乍毛 公之来 曲道為
#[訓読]岡の崎廻みたる道を人な通ひそありつつも君が来まさむ避き道にせむ
#[仮名],をかのさき,たみたるみちを,ひとなかよひそ,ありつつも,きみがきまさむ,よきみちにせむ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]岡の周囲をまわっている道を人は通うな。そのままにしておいてあなたがいらっしゃる回り道にしよう
#{語釈]
岡の崎 岡のめぐり
廻みたる道 ぐるっと回っている道
避き道 回り道 人目を避ける道
11/2379H01見わたせば近き渡りをた廻り今か来ますと恋ひつつぞ居る
#[説明]
歌垣歌か
古義 歌の意は、岡の岬を折り廻れるその路は、気遠くて、常に人のしらむ路なれば、わがしれる人の、ありありつつ吾が方へ通い座すとき、人目を避ける避路(よきみち)にせむを、たとひ他人は、その路のあることをしれりとも、そこをば通ることなかれ、となり
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]玉垂 小簾之寸鶏吉仁 入通来根 足乳根之 母我問者 風跡将申
#[訓読]玉垂の小簾のすけきに入り通ひ来ねたらちねの母が問はさば風と申さむ
#[仮名],たまだれの,をすのすけきに,いりかよひこね,たらちねの,ははがとはさば,かぜとまをさむ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,恋情,勧誘,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]玉垂の簾の隙間を通って入って来て通ってください。たらちねの母が尋ねられると風だと申しましょう
#{語釈]
玉垂の 玉を緒に貫いて垂らすという意味で、「を」にかかる枕詞
02/0194H08玉垂の 越智の大野の 朝露に 玉藻はひづち 夕霧に 衣は濡れて 草枕
02/0195H01敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも
07/1073H01玉垂の小簾の間通しひとり居て見る験なき夕月夜かも
11/2556H01玉垂の小簾の垂簾を行きかちに寐は寝さずとも君は通はせ
小簾のすけきに 小は接頭語。簾の隙間
すけき すきまを意味する名詞か
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]内日左須 宮道尓相之 人妻<姤> 玉緒之 念乱而 宿夜四曽多寸
#[訓読]うちひさす宮道に逢ひし人妻ゆゑに玉の緒の思ひ乱れて寝る夜しぞ多き
#[仮名],うちひさす,みやぢにあひし,ひとづまゆゑに,たまのをの,おもひみだれて,ぬるよしぞおほき
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]垢 -> め [嘉][文][細]
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]うちひさす宮に行く途中に逢った人妻だから、玉の緒のように思い乱れて寝る夜が多いことだ
#{語釈]
うちひさす 宮の枕詞
04/0532H01うちひさす宮に行く子をま悲しみ留むれば苦し遣ればすべなし
05/0886H01うちひさす 宮へ上ると たらちしや 母が手離れ 常知らぬ
07/1280H01うちひさす宮道を行くに我が裳は破れぬ玉の緒の思ひ乱れて家にあらましを
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]真十鏡 見之賀登念 妹相可聞 玉緒之 絶有戀之 繁比者
#[訓読]まそ鏡見しかと思ふ妹も逢はぬかも玉の緒の絶えたる恋の繁きこのころ
#[仮名],まそかがみ,みしかとおもふ,いももあはぬかも,たまのをの,たえたるこひの,しげきこのころ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,枕詞,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]まそ鏡を見るように逢いたいと思う妹にも逢わないことかなあ。玉の緒のように途絶えている恋が激しいこの頃であるよ
#{語釈]
見しか しか 願望の助詞
03/0343H01なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]海原乃 路尓乗哉 吾戀居 大舟之 由多尓将有 人兒由恵尓
#[訓読]海原の道に乗りてや我が恋ひ居らむ大船のゆたにあるらむ人の子ゆゑに
#[仮名],うなはらの,みちにのりてや,あがこひをらむ,おほぶねの,ゆたにあるらむ,ひとのこゆゑに
#[左注]右五首古歌集中出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]海原の航路に乗ったように自分は行方がさだまらないで落ち着かないで恋い思っているのだろうか。大船のようにゆったりとしているあの人のせいで
#{語釈]
海原の道に乗りてや 海原の航路に乗って進むように 行方が定まらない恋のたとえ
自分は恋い思って動揺している
大船のゆたにあるらむ人の子 態度がはっきりしない
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞]正述心緒
#[原文]垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國
#[訓読]たらちねの母が手離れかくばかりすべなきことはいまだせなくに
#[仮名],たらちねの,ははがてはなれ,かくばかり,すべなきことは,いまだせなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]たらちねの母の手を離れてこんなにもどうしようもないことはまだしたことがないよ
#{語釈]
たらちねの 母の枕詞
母が手離れ 母の養育の手を離れてから 物心がついて年頃になって
初めて母にはうち明けずに、ひとりでの意か
かくばかりすべなきこと 恋の苦しさ
#[説明]
女性の立場の歌 本来女性の歌が収録されていたか、人麻呂が女性の立場で詠んだか
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆 [或本歌云 公矣思尓 暁来鴨]
#[訓読]人の寝る味寐は寝ずてはしきやし君が目すらを欲りし嘆かむ [或本歌云 君を思ふに明けにけるかも]
#[仮名],ひとのぬる,うまいはねずて,はしきやし,きみがめすらを,ほりしなげかむ,[きみをおもふに,あけにけるかも]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]世間一般の人が寝る安眠もしないで、いとしいあなたの目だけでも見たいと思って嘆くことだ 或本歌云 あなたを思っていると夜が明けたことだ
#{語釈]
味寐は寝ずて 安眠もしないで
12/2963H01白栲の手本ゆたけく人の寝る味寐は寝ずや恋ひわたりなむ
13/3274H04人の寝る 味寐は寝ずて 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ
13/3329H09入り居恋ひつつ ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずに
16/3810H01味飯を水に醸みなし我が待ちしかひはかつてなし直にしあらねば
いづれも女性の歌
はしきやし はしけやし 愛しけ・やし いとしい 愛すべき
#[説明]
女性の歌
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 戀死耶 玉鉾 路行人 事告<無>
#[訓読]恋ひしなば恋ひも死ねとや玉桙の道行く人の言も告げなく
#[仮名],こひしなば,こひもしねとや,たまほこの,みちゆくひとの,こともつげなく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]兼 -> 無 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]恋い死ぬのならば恋い死にせよというのだろうか。玉鉾の道を行く人が何も話してくれないことだ
#{語釈]
言も告げなく 全注 告げるは、自分が他人に話す意
告らなくと訓む
夕占問いをしている
折口信夫 日暮れ頃にする占い。辻に出て行き来の人の口うらを聞いて、自分の迷っていること、考えている事におし当てて判断する方法で、日の入った薄明かりのたそがれに、なるべく人通りのありそうな八街を選んで、話し放し過ぎる第一番目の人を待ったのである。夕方の薄明かりを選んだのは、精霊の最も力を得ている時刻だからであろう。遙かに時代が下がると、三つ辻と定めて、そこに白米を撒いて、区画をかいて、そこを通る人の話を神聖なものとして聴き、また禁厭の歌もあって、道祖の神に祈ったようである。
03/0420H05至れるまでに 杖つきも つかずも行きて 夕占問ひ 石占もちて
04/0736H01月夜には門に出で立ち夕占問ひ足占をぞせし行かまくを欲り
11/2506H01言霊の八十の街に夕占問ふ占まさに告る妹は相寄らむ
11/2613H01夕占にも占にも告れる今夜だに来まさぬ君をいつとか待たむ
11/2625H01逢はなくに夕占を問ふと幣に置くに我が衣手はまたぞ継ぐべき
11/2686H01夕占問ふ我が袖に置く白露を君に見せむと取れば消につつ
14/3469H01夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜぞも今夜寄しろ来まさぬ
16/3811H05母のみ言か 百足らず 八十の衢に 夕占にも 占にもぞ問ふ
17/3978H13思ひうらぶれ 門に立ち 夕占問ひつつ 我を待つと 寝すらむ妹を
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]心 千遍雖念 人不云 吾戀つ 見依鴨
#[訓読]心には千重に思へど人に言はぬ我が恋妻を見むよしもがも
#[仮名],こころには,ちへにおもへど,ひとにいはぬ,あがこひづまを,みむよしもがも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,隠妻
#[訓異]
#[大意]心には幾重にも恋い思うが人には言わない自分の恋い思う妻に逢う手だてもあればなあ
#{語釈]
#[説明]
人麻呂の隠り妻というよりは、心密かに恋い思っている女のことを言ったもの
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]是量 戀物 知者 遠可見 有物
#[訓読]かくばかり恋ひむものぞと知らませば遠くも見べくあらましものを
#[仮名],かくばかり,こひむものぞと,しらませば,とほくもみべく,あらましものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思うものだとあらかじめ知っていたならば、遠くの方を見て逢わなければよかったのに
#{語釈]
遠くも見べく 遠くの方を見て離れていればよかった。なまじっか近くを見て逢ってしまったばっかりにの意
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何時 不戀時 雖不有 夕方<任> 戀無乏
#[訓読]いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
#[仮名],いつはしも,こひぬときとは,あらねども,ゆふかたまけて,こひはすべなし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]枉 -> 任 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]何時といって恋しくない時はないけれども、夕方がやって来て恋い心はどうしようもなくつのることだ
#{語釈]
かたまけて 一方で待ち設けて その時が来る
02/0191H01けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
05/0838H01梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
10/2133H01秋の田の我が刈りばかの過ぎぬれば雁が音聞こゆ冬かたまけて
10/2163H01草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
11/2373H01いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
15/3619H01礒の間ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて
すべなし 原文「無乏」
13/3257H01直不来 自此巨勢道柄 石椅跡 名積序吾来 戀天窮見
13/3320H01直不徃 此従巨勢道柄 石瀬踏 求曽吾来 戀而為便奈見
により「窮」を「すべ」と訓める。貧乏困窮の身はなんとも詮方ないものであるので、せんすべも無きという意味で訓ませたか(童蒙抄)
「窮」と「乏」とは意味的におなじであるので、「乏」一字で「すべなし」と訓めるが、「ともし」との訓まれる例が多いので、「無」字をつけて、「なし」を強調した。(注釈)
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]是耳 戀度 玉切 不知命 歳經管
#[訓読]かくのみし恋ひやわたらむたまきはる命も知らず年は経につつ
#[仮名],かくのみし,こひやわたらむ,たまきはる,いのちもしらず,としはへにつつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]このように恋い続けることなのであろうか。たまきはる命もわからないで、年月だけは過ぎて行って
#{語釈]
命も知らず 命もどうなるかわからない状態で
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾以後 所生人 如我 戀為道 相与勿湯目
#[訓読]我れゆ後生まれむ人は我がごとく恋する道にあひこすなゆめ
#[仮名],われゆのち,うまれむひとは,あがごとく,こひするみちに,あひこすなゆめ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]自分より後に生まれてくる人は、自分のように恋をする道に会ってはくれるな。決して
#{語釈]
あひこすな 「こす」希求の意味の補助動詞 「な」禁止の終助詞
~してくれるな
「与」 許す、与えるの意味 許 こそ と訓まれる
訓義弁證 乞い取る 乞と与は同義
04/0660H01汝をと我を人ぞ離くなるいで我が君人の中言聞きこすなゆめ
08/1437H01霞立つ春日の里の梅の花山のあらしに散りこすなゆめ
08/1507H04散りこすな ゆめと言ひつつ ここだくも 我が守るものを うれたきや
08/1560H01妹が目を始見の崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ
08/1657H01官にも許したまへり今夜のみ飲まむ酒かも散りこすなゆめ
11/2375H01我れゆ後生まれむ人は我がごとく恋する道にあひこすなゆめ
11/2712H01言急くは中は淀ませ水無川絶ゆといふことをありこすなゆめ
15/3702H01竹敷の浦廻の黄葉我れ行きて帰り来るまで散りこすなゆめ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]健男 現心 吾無 夜晝不云 戀度
#[訓読]ますらをの現し心も我れはなし夜昼といはず恋ひしわたれば
#[仮名],ますらをの,うつしごころも,われはなし,よるひるといはず,こひしわたれば
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]立派な男としてのしっかりした心も自分はない。夜昼と言わないで恋い思い続けると
#{語釈]
現し心 恋いに心を奪われている状態
07/1343H02[紅の現し心や妹に逢はずあらむ]
11/2792H01玉の緒の現し心や年月の行きかはるまで妹に逢はずあらむ
12/2960H01うつせみの現し心も我れはなし妹を相見ずて年の経ぬれば
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何為 命継 吾妹 不戀前 死物
#[訓読]何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひぬ前にも死なましものを
#[仮名],なにせむに,いのちつぎけむ,わぎもこに,こひぬさきにも,しなましものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]何をしようとして命を長らえたのであろう。我妹子に恋い思わない前に死んだほうがましだったのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吉恵哉 不来座公 何為 不猒吾 戀乍居
#[訓読]よしゑやし来まさぬ君を何せむにいとはず我れは恋ひつつ居らむ
#[仮名],よしゑやし,きまさぬきみを,なにせむに,いとはずあれは,こひつつをらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]ままよ。いらっしゃらないあなたをどうしていやがらずに自分は恋い思っているのだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]見度 近渡乎 廻 今哉来座 戀居
#[訓読]見わたせば近き渡りをた廻り今か来ますと恋ひつつぞ居る
#[仮名],みわたせば,ちかきわたりを,たもとほり,いまかきますと,こひつつぞをる
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]見渡すと近い渡し場であるのに、遠回りしてもういらっしゃるかと恋い続けていることだ
#{語釈]
渡りを 渡し場 「を」間投助詞
#[説明]
渡し場から船を使えば早いのであるが、人目につくので遠回りをして来るという気持ち。
七夕歌の場面にも当てはまる。
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不来座
#[訓読]はしきやし誰が障ふれかも玉桙の道見忘れて君が来まさぬ
#[仮名],はしきやし,たがさふれかも,たまほこの,みちみわすれて,きみがきまさぬ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしい誰がじゃまをしているのか。玉鉾の道を忘れてあなたはいらっしゃらない。
#{語釈]
誰が障ふれかも 誰がじゃまをしているのか あなたにとっていとしい人なのか
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]公目 見欲 是二夜 千歳如 吾戀哉
#[訓読]君が目を見まく欲りしてこの二夜千年のごとも我は恋ふるかも
#[仮名],きみがめを,みまくほりして,このふたよ,ちとせのごとも,あはこふるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの目を見たいと思って、この二晩は千年であるかのように自分は恋い思っていることであるよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]打日刺 宮道人 雖満行 吾念公 正一人
#[訓読]うち日さす宮道を人は満ち行けど我が思ふ君はただひとりのみ
#[仮名],うちひさす,みやぢをひとは,みちゆけど,あがおもふきみは,ただひとりのみ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]うち日さす宮へ登る道は人は大勢行くけれども、自分が思うあなたはただ独りだけだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]世中 常如 雖念 半手不<忘> 猶戀在
#[訓読]世の中は常かくのみと思へどもはたた忘れずなほ恋ひにけり
#[仮名],よのなかは,つねかくのみと,おもへども,はたたわすれず,なほこひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]忌 -> 忘 [文][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]世の中はいつもこのように片思いするものだと思うけれども、一方では忘れられないで、やはり恋い思うことだ
#{語釈]
世の中は常かくのみ 片思いをすること
はたた忘れず 旧訓 はてはわすれず 童蒙抄、考 あたわすられず
古義 半は吾者の誤り われはわすれず
新考 半は哥の誤り うたてわすれず
茂吉評釈 半手は本名の誤り もとなわすれず
新訓、全釈、全註釈、大系 かたてわすれず
井手至 万象名義 半 物の半ば、わけるの意と同時にかたはしの意味
はし、はた(端)に相当する
一方では忘れずにの意
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]我勢古波 幸座 遍来 我告来 人来鴨
#[訓読]我が背子は幸くいますと帰り来と我れに告げ来む人も来ぬかも
#[仮名],わがせこは,さきくいますと,かへりくと,あれにつげこむ,ひともこぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]我が夫は元気でいると、ここに帰ってきて自分に告げてくる人も来ないことだろうか
#{語釈]
#[説明]
留守中の妻が夫の身を案じている様子。中国詩の情詩に多い。
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<麁>玉 五年雖經 吾戀 跡無戀 不止恠
#[訓読]あらたまの五年経れど我が恋の跡なき恋のやまなくあやし
#[仮名],あらたまの,いつとせふれど,あがこひの,あとなきこひの,やまなくあやし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]簾 -> 麁 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの五年もたったが自分の恋の何の甲斐もない恋がやまないのも不思議なことだ
#{語釈]
<麁>玉 麁 荒いこと 粗末なこと アラ 普通「年」にかかる枕詞
五年 実際の年月か
我が恋 旧訓 わがこふる 全釈、注釈
代匠記 わがこひの 窪田評釈、全註釈、私注、大系
古義 あがこふる 全集
跡なき恋 痕跡もない恋 むなしい恋 甲斐もない恋
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]石尚 行應通 建男 戀云事 後悔在
#[訓読]巌すら行き通るべきますらをも恋といふことは後悔いにけり
#[仮名],いはほすら,ゆきとほるべき,ますらをも,こひといふことは,のちくいにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]巌ですら割って通るような頑強なますらをですら恋ということは後になって後悔するようだ
#{語釈]
巌すら行き通るべきますらを 岩石ですら踏み通ってしまう頑強な猛々しい男
後悔いにけり 西 こひてふことはのちのくいあり
考 こひとふことは
全註釈、全集、集成 こひといふことは
略解 のちくひにけり
注釈 のちにくひにけり
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]日<位> 人可知 今日 如千歳 有与鴨
#[訓読]日並べば人知りぬべし今日の日は千年のごともありこせぬかも
#[仮名],ひならべば,ひとしりぬべし,けふのひは,ちとせのごとも,ありこせぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]促 -> 位 [細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]会う日が並んだならば(毎日行ったならば)人が知ってしまうだろう。会った今日の一日は千年のようにもあってはくれないだろうか
#{語釈]
日並べば 西 「促」 旧訓 ひくれなば
全注 「促」と考えるべき
万象名義 近也 速也 近づくの意味か せまらばの訓
注釈 色里ならばともかくも、日が暮れたら人が知るだろうちうのはおかしい
童蒙抄、考、新考 促は並の誤字 ひならべば
全註釈、注釈、私注、大系 ひならべば
「位」 万象名義 列也 ならぶ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]立座 <態>不知 雖念 妹不告 間使不来
#[訓読]立ちて居てたづきも知らず思へども妹に告げねば間使も来ず
#[仮名],たちてゐて,たづきもしらず,おもへども,いもにつげねば,まつかひもこず
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]熊 -> 態 [西(訂正)][文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]立っても座っても手だてもわからないで恋い思うのだが、妹にそのことを告げていないので使いもやってこないことだ
#{語釈]
態不知 態 万象名義 意恣也姿也 新撰字鏡 意心恣也
「たづき」訓の関係不明。
「たづき」は手段、状態の意味があるので、姿と通じるところがあるか。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦
#[訓読]ぬばたまのこの夜な明けそ赤らひく朝行く君を待たば苦しも
#[仮名],ぬばたまの,このよなあけそ,あからひく,あさゆくきみを,またばくるしも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]ぬばたまのこの夜は明けるなよ。赤みが指す朝に帰っていくあなたをまた今晩まで待つのは苦しいことだから
#{語釈]
あからひく 赤みがかった 朝の枕詞 普通 女性の白い肌に赤みのさした美しさ
04/0619H05なりぬれば いたもすべなみ ぬばたまの 夜はすがらに 赤らひく
10/1999H01赤らひく色ぐはし子をしば見れば人妻ゆゑに我れ恋ひぬべし
11/2399H01赤らひく肌も触れずて寐ぬれども心を異には我が思はなくに
待たば苦しも 略解 朝に別れて又来るを待つ間の苦しきがなり
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀為 死為物 有<者> 我身千遍 死反
#[訓読]恋するに死するものにあらませば我が身は千たび死にかへらまし
#[仮名],こひするに,しにするものに,あらませば,あがみはちたび,しにかへらまし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 者 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋いをすることで死ぬものであったならば、自分は千回も死に返ることだろう
#{語釈]
#[説明]
類歌
04/0603H01思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我れは死にかへらまし
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物
#[訓読]玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか
#[仮名],たまかぎる,きのふのゆふへ,みしものを,けふのあしたに,こふべきものか
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉がほのかに光るようにほのかに昨日の夕べに会ったものなのに、今日の朝恋い思うようなものだろうか
#{語釈]
玉かぎる 原文 玉響 西 たまゆらに
松岡静雄 響は隔の誤写 たまかぎる
佐竹昭広 光ると響くは密接な観念 玲瓏 類聚名義抄 となる、てる
両方の意味 そのままでかぎると訓める。
夕べの出会いの淡く短かったことを指すか。
#[説明]
11/2394H01朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
11/2449H01香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも
ちらっとだけ見て、後になって恋い思う様子 それと同様か
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]中々 不見有 従相見 戀心 益念
#[訓読]なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ
#[仮名],なかなかに,みずあらましを,あひみてゆ,こほしきこころ,ましておもほゆ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]なまじっか見なければよかったのに。共に会って以来恋しい気持ちがますます思われてならない
#{語釈]
なかなかに なまじっか かえって
03/0343H01なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ
04/0612H01なかなかに黙もあらましを何すとか相見そめけむ遂げざらまくに
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
09/1792H01白玉の 人のその名を なかなかに 言を下延へ 逢はぬ日の
11/2392H01なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ
11/2743H01なかなかに君に恋ひずは比良の浦の海人ならましを玉藻刈りつつ
11/2743H02なかなかに君に恋ひずは縄の浦の海人にあらましを玉藻刈る刈る
12/2899H01なかなかに黙もあらましをあづきなく相見そめても我れは恋ふるか
12/2940H01なかなかに死なば安けむ出づる日の入る別知らぬ我れし苦しも
12/3033H01なかなかに何か知りけむ我が山に燃ゆる煙の外に見ましを
12/3086H01なかなかに人とあらずは桑子にもならましものを玉の緒ばかり
17/3934H01なかなかに死なば安けむ君が目を見ず久ならばすべなかるべし
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉桙 道不行為有者 惻隠 此有戀 不相
#[訓読]玉桙の道行かずあらばねもころのかかる恋には逢はざらましを
#[仮名],たまほこの,みちゆかずあらば,ねもころの,かかるこひには,あはざらましを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]行為 (塙) 行
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉鉾の道を行かないであったならば、親密になって辛いこんな恋には会わなかったものなのに
#{語釈]
玉桙の道行かずあらば 旧訓 たまほこのみちをゆかずしあらませば 惻隠 は衍字
童蒙抄、考 みちゆかずして
新考 みちゆかずしあらば
全註釈、注釈 みちゆかずしてあらませば
大系、全集、集成 みちゆかずあらば
ねもころの 惻隠 考 ねもころ
本来、惻隠は、いたはしく思う、心を痛める 忍びがたく思う
ねもころ 親密なことの意にあわれだとか痛ましいという感覚を表現するために当てたか
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朝影 吾身成 玉垣入 風所見 去子故
#[訓読]朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
#[仮名],あさかげに,あがみはなりぬ,たまかきる,ほのかにみえて,いにしこゆゑに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]朝日に映る影のようにはかなく自分の身はなってしまった。玉かぎるうっすらと見えて去っていったあの子のせいで
#{語釈]
朝影 朝日に映る影 頼りなくおぼつかない意
痩せた様子を言うか
ほのかに 原文 風 法華経単宇 風 ほのかの訓
02/210,12/3037,3085など 髣髴 ほのかにだにもからの影響か
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]行々 不相妹故 久方 天露霜 <沾>在哉
#[訓読]行き行きて逢はぬ妹ゆゑひさかたの天露霜に濡れにけるかも
#[仮名],ゆきゆきて,あはぬいもゆゑ,ひさかたの,あまつゆしもに,ぬれにけるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]沽 -> 沾 [文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]どんなに行っても会わない妹ではあるのに、自分は空からの露霜に濡れていることだ
#{語釈]
行き行きて 行っても行っても 妹が旅に出たので、どんなに行っても
天の 露や霜は天から降ってくると考えられている。
10/2253H01色づかふ秋の露霜な降りそね妹が手本をまかぬ今夜は
#[説明]
妹が亡くなったか遠くの方へ行ったので、どんなに探してもこの世で会うことはない。そうではあるが会おうと思って、朝夜の露霜に濡れているという様子を詠んだものか。
或いは
妹が心変わりをしたか、片思いで振り向いてくれないので、どんなに行っても会ってはくれない
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉坂 吾見人 何有 依以 亦一目見
#[訓読]たまさかに我が見し人をいかならむよしをもちてかまた一目見む
#[仮名],たまさかに,わがみしひとを,いかならむ,よしをもちてか,またひとめみむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]偶然に自分と出会ったあの人をどのような縁でまた一目見られようか
#{語釈]
たまさかに 玉坂という地名
たまたま 思いがけず
#[説明]
一目ぼれの歌
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]蹔 不見戀 吾妹 日々来 事繁
#[訓読]しましくも見ぬば恋ほしき我妹子を日に日に来れば言の繁けく
#[仮名],しましくも,みぬばこほしき,わぎもこを,ひにひにくれば,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]ちょっとの間も会わないと恋しい我が妹を毎日毎日来るとうわさのひどいことだ
#{語釈]
しましくも ま 万象名義 不久也卒也 しばらく 少しの間の意
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<玉>切 及世定 恃 公依 事繁
#[訓読]たまきはる世までと定め頼みたる君によりてし言の繁けく
#[仮名],たまきはる,よまでとさだめ,たのみたる,きみによりてし,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]年 -> 玉 [万葉集略解]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]たまきはる我が生涯までと定めて頼みにしたあなたに寄ったことが世間のうわさのひどいことだ
#{語釈]
たまきはる 原文 年切 新考、全註釈、大系、注釈 としきはる
略解 年は玉の誤り たまきはる 全注、集成、釋注
世 自分の生涯
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朱引 秦不經 雖寐 心異 我不念
#[訓読]赤らひく肌も触れずて寐ぬれども心を異には我が思はなくに
#[仮名],あからひく,はだもふれずて,いぬれども,こころをけには,わがおもはなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]赤みがかった美しいあなたの肌にも触れないで独りで寝たけれども、自分の気持ちが違っているとは自分は思ってはいないよ
#{語釈]
心を異には 気持ちが違っている あだし心を持っていない
#[説明]
全註釈 共に寝ないけれども、変わった心を持ってはいない旨を歌っている。初二句の表現が官能的で、その人を思う心をよくあらわしている。
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]伊田何 極太甚 利心 及失念 戀故
#[訓読]いで何かここだはなはだ利心の失するまで思ふ恋ゆゑにこそ
#[仮名],いでなにか,ここだはなはだ,とごころの,うするまでおもふ,こひゆゑにこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]どうして何かこんなにもひどく正気もなくなるまで思うのか。恋だからなのだろうか。
#{語釈]
利心 正気 しっかりした心
12/2894H01聞きしより物を思へば我が胸は破れて砕けて利心もなし
20/4479H01朝夕に音のみし泣けば焼き太刀の利心も我れは思ひかねつも
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 戀死哉 我妹 吾家門 過行
#[訓読]恋ひ死なば恋ひも死ねとか我妹子が我家の門を過ぎて行くらむ
#[仮名],こひしなば,こひもしねとか,わぎもこが,わぎへのかどを,すぎてゆくらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋い死ぬならば恋い死にもせよというのか。我妹子が我が家の門を過ぎて行くのは
#{語釈]
#[説明]
通常は、待っている女が門を素通りする男に対して言う構図。これとは逆になっている。
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]妹當 遠見者 恠 吾戀 相依無
#[訓読]妹があたり遠くも見ればあやしくも我れは恋ふるか逢ふよしなしに
#[仮名],いもがあたり,とほくもみれば,あやしくも,あれはこふるか,あふよしなしに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]妹のあたりを遠くからでも見ると不思議にも自分は恋い思うことか。逢うてだてもなくて。
#{語釈]
あやしくも 原文 恠 万象名義 異也怪也 変だ、不思議だ
自分の心はそうでもないはずなのにの意を込めている。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉久世 清川原 身秡為 齊命 妹為
#[訓読]玉くせの清き川原にみそぎして斎ふ命は妹がためこそ
#[仮名],たまくせの,きよきかはらに,みそぎして,いはふいのちは,いもがためこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]秡 [万葉集略解](塙) 祓
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,恋情
#[訓異]
#[大意]美しい久世の清らかな河原に禊ぎをして潔斎をする命は妹のためなのだ
#{語釈]
玉くせの 山城国久世郡 既出 2362 玉は美称
#[説明]
12/3201H01時つ風吹飯の浜に出で居つつ贖ふ命は妹がためこそ
20/4402H01ちはやぶる神の御坂に幣奉り斎ふ命は母父がため
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]思依 見依 物有 一日間 忘念
#[訓読]思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日の間も忘れて思へや
#[仮名],おもひより,みてはよりにし,ものにあれば,ひとひのあひだも,わすれておもへや
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]心に思っては近寄り、会ってはさらに深く心が寄ったものであるから、一日の間も思いが忘れてしまうということがあろうか
#{語釈]
思ひ寄り 思っては近寄り
見ては寄り 会ってはさらに心が寄った
忘れて思へや
01/0068H01大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや
04/0502H01夏野行く牡鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや
11/2404H01思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日の間も忘れて思へや
11/2410H01あらたまの年は果つれど敷栲の袖交へし子を忘れて思へや
15/3604H01妹が袖別れて久になりぬれど一日も妹を忘れて思へや
17/4020H02の浜を行き暮らし長き春日も忘れて思へや
18/4048H01垂姫の浦を漕ぐ舟梶間にも奈良の我家を忘れて思へや
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]垣廬鳴 人雖云 狛錦 紐解開 公無
#[訓読]垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
#[仮名],かきほなす,ひとはいへども,こまにしき,ひもときあけし,きみならなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ,枕詞
#[訓異]
#[大意]垣根のように取り囲んで人はうわさをするが、高麗錦の紐をほどいて共寝をしたあなたではないことなのに。
#{語釈]
垣ほなす 垣根のように 垣根が家を取り囲むように人々が二人の間を囲む
04/0713H01垣ほなす人言聞きて我が背子が心たゆたひ逢はぬこのころ
09/1793H01垣ほなす人の横言繁みかも逢はぬ日数多く月の経ぬらむ
09/1809H03いぶせむ時の 垣ほなす 人の問ふ時 茅渟壮士 菟原壮士の 伏屋焚き
11/2405H01垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
#[説明]
うわさには立っているが、実際には寝ていないことを恨んだ女の歌か。寝ることをせがんでいる気持ちもある
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]狛錦 紐解開 夕<谷> 不知有命 戀有
#[訓読]高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
#[仮名],こまにしき,ひもときあけて,ゆふへだに,しらずあるいのち,こひつつかあらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]戸 -> 谷 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]高麗錦の紐をほどいて、夕方までもあるかどうかわからないはなかい命で、あなたを恋い続けていることでしょう
#{語釈]
夕だに知らずある命 夕方まですらあるかどうかわからない命 はかない命の意
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]百積 船潜納 八占刺 母雖問 其名不謂
#[訓読]百積の船隠り入る八占さし母は問ふともその名は告らじ
#[仮名],ももさかの,ふねかくりいる,やうらさし,はははとふとも,そのなはのらじ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌,占い
#[訓異]
#[大意]百尺もの船が隠れ入る浦ではないが多くの占いをして母は尋ねるとしてもその名前は言うまいよ
#{語釈]
百積の 百尺の船
百斛(さか) 百石のこと
大船のこと
隠り入る八占 大船が隠れ入る多くの浦ではないが、多くの占いの意で、占いの序詞
かづきいるる 潜き納(い)るる 水夫が潜って導き入れる浦
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]眉根削 鼻鳴紐解 待哉 何時見 念<吾>
#[訓読]眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
#[仮名],まよねかき,はなひひもとけ,まつらむか,いつかもみむと,おもへるわれを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]吾君 -> 吾 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]眉根を掻き、くしゃみをし、衣の紐もほどけて、今頃は待っているだろうか。早く会おうと思っている自分であるのに
#{語釈]
眉根掻き
06/0993H01月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢へるかも
11/2408H01眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
11/2575H01めづらしき君を見むとこそ左手の弓取る方の眉根掻きつれ
11/2614H01眉根掻き下いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも
11/2614H02眉根掻き誰をか見むと思ひつつ日長く恋ひし妹に逢へるかも
11/2614H03眉根掻き下いふかしみ思へりし妹が姿を今日見つるかも
11/2808H01眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ来し我れを
鼻ひ
11/2637H01うち鼻ひ鼻をぞひつる剣大刀身に添ふ妹し思ひけらしも
11/2808H01眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ来し我れを
11/2809H01今日なれば鼻ひ鼻ひし眉かゆみ思ひしことは君にしありけり
#[説明]
眉根を掻いたり、くしゃみをするというのは会いたい人と会える予兆であるという考えから、早く相手に会いたいと思う自分だから、相手に予兆がおこっているだろうと考えたもの
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]君戀 浦經居 悔 我裏紐 結手徒
#[訓読]君に恋ひうらぶれ居れば悔しくも我が下紐の結ふ手いたづらに
#[仮名],きみにこひ,うらぶれをれば,くやしくも,わがしたびもの,ゆふていたづらに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたに恋い思ってしょんぼりしていると悔しいことにも自分の下紐を結ぶ手は無駄にばかりであって
#{語釈]
我が下紐の結ふ手いたづらに 下紐が自然とほどけて君が来る予兆かと喜んだが、結局はむなしく結んでしまう。ぬか喜びを言ったもの。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]璞之 年者竟杼 敷白之 袖易子少 忘而念哉
#[訓読]あらたまの年は果つれど敷栲の袖交へし子を忘れて思へや
#[仮名],あらたまの,としははつれど,しきたへの,そでかへしこを,わすれておもへや
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの一年は終わりになるが、敷妙の袖を交えて共寝したあの子を忘れて思うということがあろうか。
#{語釈]
あらたまの 原文「璞之」 掘り出したまま磨かれていない玉のこと
年は果つれど 年末になり今年も終わりになる
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]白細布 袖小端 見柄 如是有戀 吾為鴨
#[訓読]白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
#[仮名],しろたへの,そでをはつはつ,みしからに,かかるこひをも,あれはするかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]白妙の袖をほんのちょっと見ただけでこんなつらい恋を自分はすることであるなあ
#{語釈]
はつはつ ほんのちょっと わづかに
04/0701H01はつはつに人を相見ていかにあらむいづれの日にかまた外に見む
07/1306H01この山の黄葉が下の花を我れはつはつに見てなほ恋ひにけり
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
11/2461H01山の端を追ふ三日月のはつはつに妹をぞ見つる恋ほしきまでに
14/3537H01くへ越しに麦食む小馬のはつはつに相見し子らしあやに愛しも
14/3537H02馬柵越し麦食む駒のはつはつに新肌触れし子ろし愛しも
見しからに 見ただけで
04/0624H01道に逢ひて笑まししからに降る雪の消なば消ぬがに恋ふといふ我妹
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]我妹 戀無乏 夢見 吾雖念 不所寐
#[訓読]我妹子に恋ひすべながり夢に見むと我れは思へど寐ねらえなくに
#[仮名],わぎもこに,こひすべながり,いめにみむと,われはおもへど,いねらえなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い思ってどうしようもないのでせめて夢に見ようと自分は思うが寝ることが出来ないことだ
#{語釈]
恋ひすべながり 恋いこがれてどうしようもない
全注、注釈 恋ひてすべなみ
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]故無 吾裏紐 令解 人莫知 及正逢
#[訓読]故もなく我が下紐を解けしめて人にな知らせ直に逢ふまでに
#[仮名],ゆゑもなく,わがしたびもを,とけしめて,ひとになしらせ,ただにあふまでに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]わけもなく自分の下紐をほどけさせて、他人には知らせるなよ。直接に会うまでは
#{語釈]
故もなく我が下紐を解けしめて 眉根と同じように自分を恋い思っている人がいるので自然とほどけてしまうということ。俗信があるか。
04/0562H01暇なく人の眉根をいたづらに掻かしめつつも逢はぬ妹かも
人にな知らせ 下紐に言ったもの。ほどけたことを他人に知られてはならないよ。
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀事 意追不得 出行者 山川 不知来
#[訓読]恋ふること慰めかねて出でて行けば山を川をも知らず来にけり
#[仮名],こふること,なぐさめかねて,いでてゆけば,やまをかはをも,しらずきにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋い思うことを慰めることが出来ないで、出て行ったので山も川もどことも知らないで来てしまったことである
#{語釈]
#[説明]
恋い心がいっぱいで上の空になっている様子。現し心がない状態
#[関連論文]
#[題詞]寄物陳思
#[原文]處女等乎 袖振山 水垣<乃> 久時由 念来吾等者
#[訓読]娘子らを袖振る山の瑞垣の久しき時ゆ思ひけり我れは
#[仮名],をとめらを,そでふるやまの,みづかきの,ひさしきときゆ,おもひけりわれは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 乃 [嘉][類]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞,恋情,歌垣,奈良,天理,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]あの娘子に対して袖を振るその布留の山の神聖な玉垣のように長い昔から恋い思っていたことだ。自分は
#{語釈]
娘子らを 「ら」親称 「を」間投助詞
布留山 袖を振る布留山と掛けた
布留山 石上神宮付近の山
瑞垣 布留の社に廻らした玉垣を指す
#[説明]
天理布留地方の歌垣歌か。
04/0501D01柿本朝臣人麻呂歌三首
04/0501H01娘子らが袖布留山の瑞垣の久しき時ゆ思ひき我れは
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]千早振 神持在 命 誰為 長欲為
#[訓読]ちはやぶる神の持たせる命をば誰がためにかも長く欲りせむ
#[仮名],ちはやぶる,かみのもたせる,いのちをば,たがためにかも,ながくほりせむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]ちはやぶる神のお持ちになっている命を誰のためにというだろうか。長くと望むのは
#{語釈]
神の持たせる命 命は、神の支配するものであるから。
#[説明]
「命」をテーマにして、相手へ恋情を訴えたもの
寄物としては、「神」
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]石上 振神杉 神成 戀我 更為鴨
#[訓読]石上布留の神杉神さぶる恋をも我れはさらにするかも
#[仮名],いそのかみ,ふるのかむすぎ,かむさぶる,こひをもあれは,さらにするかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,恋情,奈良,天理,地名
#[訓異]
#[大意]石上の布留の神杉が年を経て神々しくなっているが、自分も長年に渡る恋いをさらにすることであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]何 名負神 幣嚮奉者 吾念妹 夢谷見
#[訓読]いかならむ名負ふ神に手向けせば我が思ふ妹を夢にだに見む
#[仮名],いかならむ,なおふかみにし,たむけせば,あがおもふいもを,いめにだにみむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]どのような名前を背負っている神に手向けをしたならば、自分が恋い思う妹を夢にだけでも見ることが出来ようか。
#{語釈]
#[説明]
2415からここまでは、寄物は、「神」
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天地 言名絶 有 汝吾 相事止
#[訓読]天地といふ名の絶えてあらばこそ汝と我れと逢ふことやまめ
#[仮名],あめつちと,いふなのたえて,あらばこそ,いましとあれと,あふことやまめ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]天地という名前がなくなったその時にこそあなたと自分は逢うことがなくなるだろう
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/3004H01久方の天つみ空に照る月の失せなむ日こそ我が恋止まめ
寄物は、「天地」
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]月見 國同 山隔 愛妹 隔有鴨
#[訓読]月見れば国は同じぞ山へなり愛し妹はへなりたるかも
#[仮名],つきみれば,くにはおやじぞ,やまへなり,うつくしいもは,へなりたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]月を見ると国は同じであるよ。山が隔たっていとしい妹は隔たっていることだ。
#{語釈]
#[説明]
伝誦歌か
18/4073H01月見れば同じ国なり山こそば君があたりを隔てたりけれ
寄物は「月」
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文](も)路者 石踏山 無鴨 吾待公 馬爪盡
#[訓読]来る道は岩踏む山はなくもがも我が待つ君が馬つまづくに
#[仮名],くるみちは,いはふむやまは,なくもがも,わがまつきみが,うまつまづくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]来る道は岩を踏む山がなくて欲しい。自分が待つ君の馬がつまづくから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]石根踏 重成山 雖不有 不相日數 戀度鴨
#[訓読]岩根踏みへなれる山はあらねども逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも
#[仮名],いはねふみ,へなれるやまは,あらねども,あはぬひまねみ,こひわたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]岩根を踏んで隔たっている山はないけれども、会わない日が多くなったので恋い続けることであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]路後 深津嶋山 蹔 君目不見 苦有
#[訓読]道の後深津島山しましくも君が目見ねば苦しかりけり
#[仮名],みちのしり,ふかつしまやま,しましくも,きみがめみねば,くるしかりけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,広島,福山,地名
#[訓異]
#[大意]道の後の深津島山ではないが、しばらくの間もあなたの目を見ないと苦しいことだ
#{語釈]
道の後 吉備の道の後 備後の国のこと
深津島山 和名抄「深津 布加津」
養老五年「備後国安那郡を分かち、深津郡を置く」
地名辞書 後世地勢変化して、滄海多年は桑田となれば、今の福山近傍の田宅の間に、やや隆起したるは、古の島山の痕跡とも云うべきか。
現広島県福山市深津町、東深津町
注釈 山陽線福山駅の東郊線路の北の小丘
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]紐鏡 能登香山 誰故 君来座在 紐不開寐
#[訓読]紐鏡能登香の山も誰がゆゑか君来ませるに紐解かず寝む
#[仮名],ひもかがみ,のとかのやまも,たがゆゑか,きみきませるに,ひもとかずねむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,地名
#[訓異]
#[大意]紐鏡の解くという能登香の山も誰のせいでか、あなたがいらっしゃるのに紐を解かないで寝るのだろう
#{語釈]
紐鏡 裏に紐の着いている鏡 紐鏡の(紐を)解か(な)ということで「のとか」に続けた
注釈 なとき(解くな)の意味
紐鏡の紐を解くなという山の名のように誰のせいであなたがいらっしゃるのに紐を解かないで寝ましょうか
能登香の山 岡山県英田郡作東町二子山 未詳
地名辞書 美作名所栞 二子山
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山科 強田山 馬雖在 歩吾来 汝念不得
#[訓読]山科の木幡の山を馬はあれど徒歩より我が来し汝を思ひかねて
#[仮名],やましなの,こはたのやまを,うまはあれど,かちよりわがこし,なをおもひかねて
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,恋情,羈旅
#[訓異]
#[大意]山科の木幡の山を馬はあるが、歩いて自分は来たことだ。あなたを思うとじっとしていられなくて
#{語釈]
山科の木幡の山 山科は、京都市東山区
木幡は、宇治市北部
02/0148H01青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]遠山 霞被 益遐 妹目不見 吾戀
#[訓読]遠山に霞たなびきいや遠に妹が目見ねば我れ恋ひにけり
#[仮名],とほやまに,かすみたなびき,いやとほに,いもがめみねば,あれこひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]遠い山に霞みがたなびいてますます遠く見えるように、遠く久しく妹の目を見ないので自分は恋い思ってしまったことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]是川 瀬々敷浪 布々 妹心 乗在鴨
#[訓読]宇治川の瀬々のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも
#[仮名],うぢかはの,せぜのしきなみ,しくしくに,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,京都,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]宇治川のあちらこちらの早瀬でしきりにうち寄せる波ではないが重ね重ね妹は心に乗ってしまったことであるよ
#{語釈]
宇治川の瀬々のしき波 しきりにうち寄せる波
11/2429H01はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
人麻呂歌集 原文 是川 旧訓 このかわ 和訓栞 是と氏は通じる うじがわ
#[説明]
類歌
02/0100H01東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも
10/1896H01春さればしだり柳のとををにも妹は心に乗りにけるかも
11/2427H01宇治川の瀬々のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも
11/2748H01大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
11/2749H01駅路に引き舟渡し直乗りに妹は心に乗りにけるかも
12/3174H01漁りする海人の楫音ゆくらかに妹は心に乗りにけるかも
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]千早人 宇治度 速瀬 不相有 後我つ
#[訓読]ちはや人宇治の渡りの瀬を早み逢はずこそあれ後も我が妻
#[仮名],ちはやひと,うぢのわたりの,せをはやみ,あはずこそあれ,のちもわがつま
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]ちはや人宇治の船渡り場の流れが速いので渡れないように、障害が多くて会えないがずっと自分の妻であることだ
#{語釈]
千早人 宇治の枕詞 霊威の激しい人の意で氏をほめる
宇治の渡り 全注 どのあたりかは不明。現在の宇治川の流路は、文禄三年(1594)に秀吉の土木工事によって変えられたらしい。秀吉はまず宇治川を巨椋池から切り離し、さらに伏見城下の新しい宇治川に掛けた豊後橋から巨椋池の中を南下する小倉堤などを築いたという。人麻呂の時代には流れの勢いが激しく、その彼方に大きく広がる巨椋池が眺められたのである
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]早敷哉 不相子故 徒 是川瀬 裳襴潤
#[訓読]はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
#[仮名],はしきやし,あはぬこゆゑに,いたづらに,うぢがはのせに,もすそぬらしつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしいが会わないあの子のせいで、無駄に宇治川の早瀬に裳の裾を濡らしたことだ
#{語釈]
裳裾 男が着用
09/1759 裳羽服津の
全註釈「モハキに就いては、裳および服の字を使っているのは、語義の考慮に入れて然るばく、裳は、婦人の腰部に纏う衣装であることを思へば、ハキは、それを著る意だらうとの推量が為される。類従名義抄には、著帯佩などの字にハクの訓がある。モハキの語は、日本霊異記下巻第三十八条の歌謡に『法師等乎裾着□□侮(あなづりそ)、そが中に腰帯、薦槌懸(さがれり)』といふのがある。裾は、衣服の下部をいふ字であるが、本集では『紅の玉裳裾引き行くは誰が妻』(1672)の如く、裳の義に使用されている。この霊異記の歌謡の意は、法師等を裳はきと侮るなかれ、その裳の中に、腰帯や薦槌がさがっているといふ意である。裳は、婦人以外では、法師がこれを著けたことは、催馬楽の老鼠にも、『西寺の老鼠、若鼠、御裳つんづ、袈裟つんづ、法師に申さん、師に申せ』の句があるので確かめられる。そこで法師の裳の中には、薦槌が下がっているといふので、モハキ津をこれに準じて考えれば、筑波山の女峰の陰部であることが知られる。
#[説明]
恋いの川渡りを主題にしたもの
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]是川 水阿和逆纒 行水 事不反 思始為
#[訓読]宇治川の水泡さかまき行く水の事かへらずぞ思ひ染めてし
#[仮名],うぢかはの,みなあわさかまき,ゆくみづの,ことかへらずぞ,おもひそめてし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]宇治川の水泡が逆巻いて流れていく水が逆流しないように、後戻りすることはなく、一途に思い始めたことだ
#{語釈]
事かへらずぞ 物事は後へ戻ることはない
思ひ染めてし 一途に思い始めた
#[説明]
#[関連論文]
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]鴨川 後瀬静 後相 妹者我 雖不今
#[訓読]鴨川の後瀬静けく後も逢はむ妹には我れは今ならずとも
#[仮名],かもがはの,のちせしづけく,のちもあはむ,いもにはわれは,いまならずとも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,恋情,地名,序詞
#[訓異]
#[大意]鴨川の下流の早瀬が静かなように後にも逢おうよ。妹には自分は無理をして今でなくとも。
#{語釈]
鴨川 考 山城国鴨川か
続紀 天平一五年八月 鴨川に幸す。名を改めて宮川と為す。
加茂町あたりの木津川の名称か。
後瀬 下流の瀬
#[説明]
#[関連論文]