万葉集 巻第13

#[番号]13/3221
#[題詞]雜歌
#[原文]冬<木>成 春去来者 朝尓波 白露置 夕尓波 霞多奈妣久 汗瑞能振 樹奴礼我之多尓 鴬鳴母
#[訓読]冬こもり 春さり来れば 朝には 白露置き 夕には 霞たなびく 汗瑞能振 木末が下に 鴬鳴くも
#[仮名],ふゆこもり,はるさりくれば,あしたには,しらつゆおき,ゆふへには,かすみたなびく,,****,こぬれがしたに,うぐひすなくも
#[左注]右一首
#[校異]歌 [西] 謌 / 不 -> 木 [元][天][類]
#[鄣W],雑歌,難訓,動物,国見歌,春
#[訓異]
#[大意]冬が隠って春がやって来ると朝には白露が置き、夕方には霞がたなびく。*****のこずえの下に鴬が鳴くことであるよ
#{語釈]
冬こもり
01/0016H01冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし

汗瑞能振 難訓 定訓なし
旧訓あめのふる
代匠記 かぜのふく 汗は音、瑞は和名抄「和名世」
童蒙抄 瑞は嬬の誤り 振は衍字 あさづまの 地名か
考 瑞は微の誤り 振は衍字 能の前に並がある かみなみの
注釈 瑞は陳の誤り 能は羽の誤り うちはぶき

#[説明]
春を寿いだもの

#[関連論文]


#[番号]13/3222
#[題詞]
#[原文]三諸者 人之守山 本邊者 馬酔木花開 末邊方 椿花開 浦妙 山曽 泣兒守山
#[訓読]みもろは 人の守る山 本辺は 馬酔木花咲き 末辺は 椿花咲く うらぐはし 山ぞ 泣く子守る山
#[仮名],みもろは,ひとのもるやま,もとへは,あしびはなさき,すゑへは,つばきはなさく,うらぐはし,やまぞ,なくこもるやま
#[左注]右一首
#[校異]
#[鄣W],雑歌,植物,山讃美,神山,三輪山,明日香,地名
#[訓異]
#[大意]ミモロは人が大切に守っている山である。麓の方は馬酔木が花咲き、上の方は椿の花が咲く。心引かれる山であるぞ。泣く子を見るという守る山は。
#{語釈]
ミモロ 三輪山か明日香かは不明
03/0324H01みもろの 神なび山に 五百枝さし しじに生ひたる 栂の木の
07/1095H01三諸つく三輪山見れば隠口の泊瀬の桧原思ほゆるかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3223
#[題詞]
#[原文]霹靂之 日香天之 九月乃 <鍾>礼乃落者 鴈音文 未来鳴 甘南備乃 清三田屋乃 垣津田乃 池之堤<之> 百不足 <五十>槻枝丹 水枝指 秋赤葉 真割持 小鈴<文>由良尓 手弱女尓 吾者有友 引攀而 峯文十遠仁 捄手折 吾者持而徃 公之頭刺荷
#[訓読]かむとけの 日香空の 九月の しぐれの降れば 雁がねも いまだ来鳴かぬ 神なびの 清き御田屋の 垣つ田の 池の堤の 百足らず 斎槻の枝に 瑞枝さす 秋の黄葉 まき持てる 小鈴もゆらに 手弱女に 我れはあれども 引き攀ぢて 枝もとををに ふさ手折り 我は持ちて行く 君がかざしに
#[仮名],かむとけの,**そらの,ながつきの,しぐれのふれば,かりがねも,いまだきなかぬ,かむなびの,きよきみたやの,かきつたの,いけのつつみの,ももたらず,いつきのえだに,みづえさす,あきのもみちば,まきもてる,をすずもゆらに,たわやめに,われはあれども,ひきよぢて,えだもとををに,ふさたをり,わはもちてゆく,きみがかざしに
#[左注](右二首)
#[校異]鐘 -> 鍾 [天][類][紀] / <> -> 之 [西(左書)][元][天][類] / く -> 五十 [万葉考] / 父 -> 文 [元][天][紀]
#[鄣W],雑歌,動物,枕詞,神祭り,寿歌,秋,植物,宴席,三輪山,地名
#[訓異]
#[大意]雷が鳴り響く空の九月の時雨が降るのに雁もまだやってきて鳴かないが、神なびの清らかな御田屋の垣で囲まれている田の池の堤にある百に足らない神聖なケヤキの木の枝に若々しく延びている秋の紅葉を、手に巻いて持っている小鈴もゆらゆらと手弱女に自分はあるけれども引き寄せて枝もたわむばかりにいっぱいに手折って自分は持っていくよ。あなたのかざしにするために
#{語釈]
かむとけの 原文「霹靂之」 日本書紀 かむとき
和名抄「雷 音力回反、和名奈流加美、一云以加豆知」

注釈 なるかみの

日香天之 定訓なし 西 ひかるみそらの 考 ひかをるそらの

清き御田屋 神田を守る小屋

垣つ田 垣根の施されている田 特別の田

百足らず 五十(い、ゆ)にかかる枕詞
01/0050H08新代と 泉の川に 持ち越せる 真木のつまでを 百足らず 筏に作り
03/0427H01百足らず八十隈坂に手向けせば過ぎにし人にけだし逢はむかも

斎槻の枝 神聖なケヤキの木の枝

瑞枝さす 秋の黄葉 みずみずしく若い枝を差し出す黄葉 原文 「赤葉」はここ一例

まき持てる 手に巻いて持っている
原文「真割持」 旧訓 まさけもち
代匠記 まさけもつ
考 まきもたる 手にまける釧の鈴
割 類聚名義抄 キル 借訓仮名として「キ」


枝もとををに 原文「峯文十遠仁」 旧訓 みねもとををに 意味不明
代匠記 峯は筆峯などいふ時、さきともはしともよめり。今は義をもてすゑもとををに
考 延多文十遠仁 の誤り
全註釈 みねもとををに 大げさにいった

ふさ手折り いっぱいに手折る
09/1683H01妹が手を取りて引き攀ぢふさ手折り我がかざすべく花咲けるかも


#[説明]
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#[番号]13/3224
#[題詞]反歌
#[原文]獨耳 見者戀染 神名火乃 山黄葉 手折来君
#[訓読]ひとりのみ見れば恋しみ神なびの山の黄葉手折り来り君
#[仮名],ひとりのみ,みればこほしみ,かむなびの,やまのもみちば,たをりけりきみ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],雑歌,寿歌,植物,宴席,三輪山,地名
#[訓異]
#[大意]独りでばかり見ているとあなたが恋しくなるので、神なびの山の黄葉を手折って来たことだ。あなたよ。
#{語釈]
手折り来り 注釈 手折り来ぬ ぬ 存続の意味 手折って来ている


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3225
#[題詞]
#[原文]天雲之 影<塞>所見 隠来<矣> 長谷之河者 浦無蚊 船之依不来 礒無蚊 海部之釣不為 吉咲八師 浦者無友 吉畫矢寺 礒者無友 奥津浪 諍榜入来 白水郎之釣船
#[訓読]天雲の 影さへ見ゆる こもりくの 泊瀬の川は 浦なみか 舟の寄り来ぬ 礒なみか 海人の釣せぬ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 礒はなくとも 沖つ波 競ひ漕入り来 海人の釣舟
#[仮名],あまくもの,かげさへみゆる,こもりくの,はつせのかはは,うらなみか,ふねのよりこぬ,いそなみか,あまのつりせぬ,よしゑやし,うらはなくとも,よしゑやし,いそはなくとも,おきつなみ,きほひこぎりこ,あまのつりぶね
#[左注](右二首)
#[校異]寒 -> 塞 [元][天] / 笑 -> 矣 [西(訂正)][元][天][類] / 諍 [古][類][天] 淨
#[鄣W],雑歌,枕詞,地名,桜井,奈良,寿歌,土地讃美
#[訓異]
#[大意]空の雲の影までも見える隠口の初瀬の川は、よい浦がないからか、舟が寄って来ない。よい磯がないからか、海人が釣をしない。ええいたとえよい浦はなくとも、ええいよい磯はなくとも、沖の波のように競って漕ぎ入って来いよ。海人の釣舟よ。
#{語釈]
天雲の 影さへ見ゆる 初瀬川を天界につなげて讃美する

競ひ漕入り来 競って漕ぎ入って来い
#[説明]
歌経標式 如柿本若子詠長谷四韻歌曰
人麻呂の歌として認識されていたか。

巻二・一三一 人麻呂石見相聞歌と同じ体裁 どちらが先か不明

#[関連論文]


#[番号]13/3226
#[題詞]反歌
#[原文]沙邪礼浪 浮而流 長谷河 可依礒之 無蚊不怜也
#[訓読]さざれ波浮きて流るる泊瀬川寄るべき礒のなきが寂しさ
#[仮名],さざれなみ,うきてながるる,はつせがは,よるべきいその,なきがさぶしさ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],雑歌,地名,奈良,桜井,土地讃美,寿歌
#[訓異]
#[大意]さざ波が浮いて流れる初瀬川よ。海人舟の寄るような磯のないのがさびしいことだ
#{語釈]
#[説明]
初瀬川の繁栄を寿ぐ歌。反歌はかつての繁栄を偲んだ体裁

#[関連論文]


#[番号]13/3227
#[題詞]
#[原文]葦原笶 水穂之國丹 手向為跡 天降座兼 五百万 千万神之 神代従 云續来在 甘南備乃 三諸山者 春去者 春霞立 秋徃者 紅丹穂經 <甘>甞備乃 三諸乃神之 帶為 明日香之河之 水尾速 生多米難 石枕 蘿生左右二 新夜乃 好去通牟 事計 夢尓令見社 劔刀 齊祭 神二師座者
#[訓読]葦原の 瑞穂の国に 手向けすと 天降りましけむ 五百万 千万神の 神代より 言ひ継ぎ来る 神なびの みもろの山は 春されば 春霞立つ 秋行けば 紅にほふ 神なびの みもろの神の 帯ばせる 明日香の川の 水脈早み 生しためかたき 石枕 苔生すまでに 新夜の 幸く通はむ 事計り 夢に見せこそ 剣太刀 斎ひ祭れる 神にしませば
#[仮名],あしはらの,みづほのくにに,たむけすと,あもりましけむ,いほよろづ,ちよろづかみの,かむよより,いひつぎきたる,かむなびの,みもろのやまは,はるされば,はるかすみたつ,あきゆけば,くれなゐにほふ,かむなびの,みもろのかみの,おばせる,あすかのかはの,みをはやみ,むしためかたき,いしまくら,こけむすまでに,あらたよの,さきくかよはむ,ことはかり,いめにみせこそ,つるぎたち,いはひまつれる,かみにしませば
#[左注](右三首 但或書此短歌一首無有載之也)
#[校異]耳 -> 甘 [西(訂正)][天][紀][細]
#[鄣W],雑歌,枕詞,地名,明日香,奈良,寿歌,神祭り,賀歌,新婚,永遠,婚礼
#[訓異]
#[大意]葦原の瑞穂の国に手向けをするとして降臨された大勢の神々の時代より言い継いで来ている神奈備の御諸の山は、春になると春霞が立ち、秋が行くと紅に照り映える。神奈備の御諸の神の帯になさっている明日香の川の流れが速いので生え留まりにくいが枕のような石に苔が生えるまで、来る夜も毎夜何事もなく通うように計画を夢に見せてほしい。剣太刀のように潔斎して祭る神でいらっしゃるので。
#{語釈]
神なびの みもろの山は 明日香の神奈備

生しためかたき 生えて留まりにくい
むす
01/0022H01川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて
ため 止める、留める 意の他動詞下二段連用形

石枕 ごろごろと並んでいる石 考 石根の誤り

新夜の 幸く通はむ 新しく来る夜に毎晩つつがなく、何事もなくいつも通おう

剣太刀 神祭りの剣太刀を祭るように
代匠記 垂仁紀
二十七年秋八月の癸酉(みづのとのとり)の朔(ついたち)己卯(つちのとのうのひ)に、祠官(かむづかさ)に令(のりごと)して、兵器(つはもの)を神(かみ)の幣(まひ)とせむと卜(うらな)はしむるに、吉(よ)し。故(かれ)、弓矢(ゆみや)及(およ)び横刀(たち)を、諸(もろもろ)の神(かみたち)の社(やしろ)に納(をさ)む。仍(よ)りて更(さら)に神地(かむどころ)・神戸(かむべ)を定めて、時を以て祠(まつ)らしむ。蓋(けだ)し兵器(つはもの)をもて神祇(あまつかみくにつかみ)を祭ること、始(はじ)めて是(こ)の時(とき)に興(おこ)れり。
私注 剣太刀は磨き清めるものであるから、いはひの枕詞

#[説明]
新婚の末長い幸いを祈る賀歌
貴族の婚礼の祝宴で歌われたものか。

#[関連論文]


#[番号]13/3228
#[題詞]反歌
#[原文]神名備能 三諸之山丹 隠蔵杉 思将過哉 蘿生左右
#[訓読]神なびの三諸の山に斎ふ杉思ひ過ぎめや苔生すまでに
#[仮名],かむなびの,みもろのやまに,いはふすぎ,おもひすぎめや,こけむすまでに
#[左注](右三首 但或書此短歌一首無有載之也)
#[校異]
#[鄣W],雑歌,地名,明日香,奈良,寿歌,賀歌,新婚,永遠,婚礼
#[訓異]
#[大意]神奈備の御諸の山に斎き祭る杉ではないが、思い過ぎることがあろうか。苔が生えるほどの長い時がたつとしても
#{語釈]
思ひ過ぎめや 思いがなくなる 思わなくなる

#[説明]
赤人03/0324の下敷きか
#[関連論文]


#[番号]13/3229
#[題詞](反歌)
#[原文]五十串立 神酒座奉 神主部之 雲聚<玉>蔭 見者乏文
#[訓読]斎串立てみわ据ゑ奉る祝部がうずの玉かげ見ればともしも
#[仮名],いぐしたて,みわすゑまつる,はふりへが,うずのたまかげ,みればともしも
#[左注]右三首 但或書此短歌一首無有載之也
#[校異]王 -> 玉 [元][天][類]
#[鄣W],雑歌,婚礼,神祭り,寿歌,新婚
#[訓異]
#[大意]神聖な串を立てて神酒を据えて献上する神官のかんざしの日陰のカズラを見ると心引かれることである。
#{語釈]
斎串 潔斎した神聖な串。玉串
注釈 神に供える玉串や祓えに用いる榊ではなく、御神体としたもの

うずの玉かげ 頭にかんざしにする日陰のカズラ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3230
#[題詞]
#[原文]帛S 楢従出而 水蓼 穂積至 鳥網張 坂手乎過 石走 甘南備山丹 朝宮 仕奉而 吉野部登 入座見者 古所念
#[訓読]みてぐらを 奈良より出でて 水蓼 穂積に至り 鳥網張る 坂手を過ぎ 石走る 神なび山に 朝宮に 仕へ奉りて 吉野へと 入ります見れば いにしへ思ほゆ
#[仮名],みてぐらを,ならよりいでて,みづたで,ほづみにいたり,となみはる,さかてをすぎ,いはばしる,かむなびやまに,あさみやに,つかへまつりて,よしのへと,いりますみれば,いにしへおもほゆ
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],雑歌,道行き,行幸,地名,明日香,吉野,奈良,聖武天皇
#[訓異]
#[大意]御帛を並べる奈良から出発して、水蓼の穂積に至り、鳥網を張る坂手を過ぎて、石走る神奈備山で朝のお祀りをなさって吉野へと入っていらっしゃるのを見ると、昔のことが思われる
#{語釈]
みてぐらを 全釈 みてぐらを並べる意で奈良と続く。
全註釈 帛は敏達紀にネリキヌの訓があり、肌触りのよい絹。馴るの義によって奈良と続く

水蓼 食用にする蓼 水辺に生じる 花穂が出るので穂にかかる枕詞

穂積 未詳 奈良市東九条町
契沖 大和国地名類字 蒲津(ほつ)村 十市郡 穂積歟 式下郡坂手村の東。
奈良県磯城郡田原本町保津

地名辞書 山辺郡朝和村大字新泉 新積即ち初穂を積み置く所の義
現在の天理市新泉町 中つ道

鳥網張る 坂に張るので坂手にかかる枕詞

坂手 奈良県磯城郡田原本町坂手

石走る かんなびにかかるが、かかり方不明
全釈 明日香の神奈備のあたりは、明日香川が瀧のようになっていた
真淵 枕詞解 瀧の音が雷のように響くので神にかかる

朝宮に 朝に神祭りをすることから言うか

いにしへ 天武・持統天皇の事跡

#[説明]
奈良時代の元正、聖武天皇の吉野行幸の讃美
朝宮 島宮での祭祀行事の場での歌か

吉野行幸 養老7年5月 元正天皇
神亀元年2月 聖武天皇
天平8年6月 聖武天皇

#[関連論文]


#[番号]13/3231
#[題詞]反歌
#[原文]月日 攝友 久經流 三諸之山 礪津宮地
#[訓読]月は日は変らひぬとも久に経る三諸の山の離宮ところ
#[仮名],つきひは,かはらひぬとも,ひさにふる,みもろのやまの,とつみやところ
#[左注]右二首 但或本歌曰 故王都跡津宮地也
#[校異]
#[鄣W],雑歌,地名,明日香,奈良,聖武天皇,宮廷讃美,寿歌
#[訓異]
#[大意]月は日は次第に変わって行くとしても久しく続いていく御諸の山の離宮のある所よ。
#{語釈]
変らひぬ 原文「攝友」 摂と同じ 代わる意(摂政)から変わるに当てた義訓

#[説明]
枕草子
宮の御前(おまへ)の御几帳(み(きちやう))おしやりて、長押(なげし)のもとに出でさせ給へるなど、なにとなくただめでたきを、さぶらふ人もおもふことなき心地(ここち)するに、「月も日もかはりゆけどもひさにふる三室(みむろ)の山の」といふことを、いとゆるるかにうちいだし給へる、いとをかしう覚ゆるにぞ、げに千とせもあらまほしき御ありさまなるや。
#[関連論文]


#[番号]13/3231S
#[題詞](反歌)右二首 但或本歌曰
#[原文]故王都跡津宮地
#[訓読]古き都の離宮ところ
#[仮名]ふるきみやこの,とつみやところ
#[左注]也
#[校異]
#[鄣W],雑歌,明日香,奈良,宮廷讃美,聖武天皇,寿歌
#[訓異]
#[大意]古い都の外つ宮のところよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3232
#[題詞]
#[原文]斧取而 丹生桧山 木折来而 筏尓作 二梶貫 礒榜廻乍 嶋傳 雖見不飽 三吉野乃 瀧動々 落白浪
#[訓読]斧取りて 丹生の桧山の 木伐り来て 筏に作り 真楫貫き 礒漕ぎ廻つつ 島伝ひ 見れども飽かず み吉野の 瀧もとどろに 落つる白波
#[仮名],をのとりて,にふのひやまの,きこりきて,いかだにつくり,まかぢぬき,いそこぎみつつ,しまづたひ,みれどもあかず,みよしのの,たきもとどろに,おつるしらなみ
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],雑歌,地名,吉野,奈良,川讃美,
#[訓異]
#[大意]斧を手に取って丹生の桧山の木を伐って来て筏に作って、両側に楫を付け、磯を漕ぎ廻りながら島伝いに見ても見飽きることはない。み吉野の瀧も響かせて流れ落ちる白波は
#{語釈]
丹生の桧山 奈良県吉野郡 丹生川上流 未詳

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3233
#[題詞]反歌
#[原文]三芳野 瀧動々 落白浪 留西 妹見<西>巻 欲白浪
#[訓読]み吉野の瀧もとどろに落つる白波留まりにし妹に見せまく欲しき白波
#[仮名],みよしのの,たきもとどろに,おつるしらなみ,とまりにし,いもにみせまく,ほしきしらなみ
#[左注]右二首
#[校異]<> -> 西 [天][類]
#[鄣W],雑歌,地名,吉野,奈良,旋頭歌,土地讃美,望郷
#[訓異]
#[大意]み吉野の急流もドウドウと落ちる白波よ。都に留まっている妹に見せたいと思う白波よ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3234
#[題詞]
#[原文]八隅知之 和期大皇 高照 日之皇子之 聞食 御食都國 神風之 伊勢乃國者 國見者之毛 山見者 高貴之 河見者 左夜氣久清之 水門成 海毛廣之 見渡 嶋名高之 己許乎志毛 間細美香母 <挂>巻毛 文尓恐 山邊乃 五十師乃原 尓内日刺 大宮都可倍 朝日奈須 目細毛 暮日奈須 浦細毛 春山之 四名比盛而 秋山之 色名付思吉 百礒城之 大宮人者 天地 与日月共 万代尓母我
#[訓読]やすみしし 我ご大君 高照らす 日の御子の きこしをす 御食つ国 神風の 伊勢の国は 国見ればしも 山見れば 高く貴し 川見れば さやけく清し 水門なす 海もゆたけし 見わたす 島も名高し ここをしも まぐはしみかも かけまくも あやに畏き 山辺の 五十師の原に うちひさす 大宮仕へ 朝日なす まぐはしも 夕日なす うらぐはしも 春山の しなひ栄えて 秋山の 色なつかしき ももしきの 大宮人は 天地 日月とともに 万代にもが
#[仮名],やすみしし,わごおほきみ,たかてらす,ひのみこの,きこしをす,みけつくに,かむかぜの,いせのくには,くにみればしも,やまみれば,たかくたふとし,かはみれば,さやけくきよし,みなとなす,うみもゆたけし,みわたす,しまもなたかし,ここをしも,まぐはしみかも,かけまくも,あやにかしこき,やまのへの,いしのはらに,うちひさす,おほみやつかへ,あさひなす,まぐはしも,ゆふひなす,うらぐはしも,はるやまの,しなひさかえて,あきやまの,いろなつかしき,ももしきの,おほみやひとは,あめつち,ひつきとともに,よろづよにもが
#[左注](右二首)
#[校異]桂 -> 挂 [西(訂正貼紙)][元][天][類]
#[鄣W],雑歌,地名,伊勢,三重県,枕詞,行幸従駕,宮廷讃美,土地讃美
#[訓異]
#[大意]やすみしし我が大王、空高くお照らしになる日の御子よ。お治めになる御食事を奉る神風の伊勢の国は、国はまあ山を見ると高く貴い。川を見るとさやかであり清らかだ。島の重なって水門をなしている海も豊かである。見渡す島も名前が立派である。ここを讃めたたえるのでか、言葉に懸けるのもまことに恐れ多い山辺の五十師の原に日が指す大宮にお仕えし、朝日のように美しいことだ。夕日のように麗しいことだ。春の山のように木立がしなうように豊かに栄えて、秋の山のように美しい色に心引かれるももしきの大宮人は天地月日とともに万代まで栄えてありたいものだ。
#{語釈]
御食つ国 06/0933 天皇の御饌の料を貢する国

国見ればしも 代匠記 国見者は一句にて、此下に落字有りて之毛の二字は一句の末なるべし
考 あやにくはしも などや有りけん
注釈 国見れば「 」しも
全註釈 この句を総括的前提とし、その下に四個の細説を置いたもの

水門なす 海峡が多く出来ている 伊勢湾に小島が多くあって、海の狭まっている所が多くあること

まくはし 賞美する 目麗し

山辺の 五十師の原に 1/81 山辺の御井と同じ場所
未詳 三重県鈴鹿市山辺町 三重県一志郡久居町新家 嬉野町宮古

#[説明]
伊勢の行宮の宮讃め
持統上皇 大宝二年十月伊勢行幸の折りのものか

#[関連論文]


#[番号]13/3235
#[題詞]反歌
#[原文]山邊乃 五十師乃御井者 自然 成錦乎 張流山可母
#[訓読]山辺の五十師の御井はおのづから成れる錦を張れる山かも
#[仮名],やまのへの,いしのみゐは,おのづから,なれるにしきを,はれるやまかも
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],雑歌,地名,伊勢,三重県,井戸,土地讃美,行幸従駕
#[訓異]
#[大意]山辺の五十師の御井は自然になった錦を張っている山であることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3236
#[題詞]
#[原文]空見津 倭國 青丹吉 常山越而 山代之 管木之原 血速舊 于遅乃渡 瀧屋之 阿後尼之原尾 千歳尓 闕事無 万歳尓 有通将得 山科之 石田之社之 須馬神尓 奴左取向而 吾者越徃 相坂山遠
#[訓読]そらみつ 大和の国 あをによし 奈良山越えて 山背の 管木の原 ちはやぶる 宇治の渡り 瀧つ屋の 阿後尼の原を 千年に 欠くることなく 万代に あり通はむと 山科の 石田の杜の すめ神に 幣取り向けて 我れは越え行く 逢坂山を
#[仮名],そらみつ,やまとのくに,あをによし,ならやまこえて,やましろの,つつきのはら,ちはやぶる,うぢのわたり,たぎつやの,あごねのはらを,ちとせに,かくることなく,よろづよに,ありがよはむと,やましなの,いはたのもりの,すめかみに,ぬさとりむけて,われはこえゆく,あふさかやまを
#[左注](右三首)
#[校異]
#[鄣W],雑歌,枕詞,道行き,地名,奈良,京都,羈旅,土地讃美,安全祈願
#[訓異]
#[大意]そらみつ大和の国、あをによし奈良山を越えて、山背の管木の原のちはやぶる宇治の渡し場、瀧つ屋の阿後尼の原を千年までも欠くことなく万代にも変わらずに通おうと山科の石田の杜のすめ神に幣を取り向けて自分は越えて行く。逢坂山を。
#{語釈]
管木の原 和名抄 山城国綴喜郡 綴喜 豆々木
木津川西 田辺町三山木付近か

瀧つ屋の阿後尼の原 所在未詳 注釈 宇治から石田までの間か
総釈 瀧は隴の誤り おかのやと訓む
釋注 岡屋 宇治市の北、醍醐・山科の途中

ちはやぶる 宇治(氏)の枕詞

山科の 石田の杜 京都府京都市伏見区石田町 09/1730,1、12/2856
天穂日命神社(延喜式内社)

#[説明]
道行き体の歌。東山・北陸の街道の畿内の道を讃美したもの。
街道整備にともなう讃美歌か。羈旅歌として歌われていたものか。

#[関連論文]


#[番号]13/3237
#[題詞]或本歌曰
#[原文]緑丹吉 平山過而 物部之 氏川渡 未通女等尓 相坂山丹 手向草 絲取置而 我妹子尓 相海之海之 奥浪 来因濱邊乎 久礼々々登 獨<曽>我来 妹之目乎欲
#[訓読]あをによし 奈良山過ぎて もののふの 宇治川渡り 娘子らに 逢坂山に 手向け草 幣取り置きて 我妹子に 近江の海の 沖つ波 来寄る浜辺を くれくれと ひとりぞ我が来る 妹が目を欲り
#[仮名],あをによし,ならやますぎて,もののふの,うぢかはわたり,をとめらに,あふさかやまに,たむけくさ,ぬさとりおきて,わぎもこに,あふみのうみの,おきつなみ,きよるはまへを,くれくれと,ひとりぞわがくる,いもがめをほり
#[左注](右三首)
#[校異]丹 [元][天](塙) 青 / 雷 -> 曽 [元][天][紀]
#[鄣W],雑歌,異伝,枕詞,地名,奈良,京都,羈旅,滋賀,琵琶湖,望郷
#[訓異]
#[大意]あをによし奈良山を過ぎて、もののふの宇治川を渡って、あの娘子に逢うという逢坂山に手向け草である幣を取り置いて、我妹子に逢う近江の海の沖の波がやってくる浜辺を不安な気持ちで一人で自分は来ることだ。妹に逢いたく思って。
#{語釈]

あをによし 原文 緑丹吉 緑青色の顔料が取れる奈良の意味

手向け草 手向けの料である幣と続く枕詞

くれくれと 初めての道を不安気に行くこと
05/0888H01常知らぬ道の長手をくれくれといかにか行かむ糧はなしに

沖つ波 来寄る浜辺を 海向こうの常世の気が寄せてくる 浜辺を讃めた言い方

妹が目を欲り 旅の実感。望郷を形式的に言う

#[説明]
或本歌 前歌とは関連性は低い。或いは相聞歌という意見
土地讃美と望郷を併記して羈旅歌としての役割を持たせている

巻十三の編纂者は、類似のものを一括して置く性格がある

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#[番号]13/3238
#[題詞]反歌
#[原文]相坂乎 打出而見者 淡海之海 白木綿花尓 浪立渡
#[訓読]逢坂をうち出でて見れば近江の海白木綿花に波立ちわたる
#[仮名],あふさかを,うちいでてみれば,あふみのうみ,しらゆふばなに,なみたちわたる
#[左注]右三首
#[校異]
#[鄣W],雑歌,京都,滋賀,琵琶湖,地名,羈旅,土地讃美,叙景
#[訓異]
#[大意]逢坂を超えて出てみると近江の海は白木綿花のように波が立ち渡っていることだ
#{語釈]
白木綿花に
06/0909H01山高み白木綿花におちたぎつ瀧の河内は見れど飽かぬかも
07/1107H01泊瀬川白木綿花に落ちたぎつ瀬をさやけみと見に来し我れを
09/1736H01山高み白木綿花に落ちたぎつ夏身の川門見れど飽かぬかも

#[説明]
金塊和歌集 源実朝 箱根路を我が越え来れば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ

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#[番号]13/3239
#[題詞]
#[原文]近江之海 泊八十有 八十嶋之 嶋之埼邪伎 安利立有 花橘乎 末枝尓 毛知引懸 仲枝尓 伊加流我懸 下枝尓 <比>米乎懸 己之母乎 取久乎不知 己之父乎 取久乎思良尓 伊蘇婆比座与 伊可流我等<比>米登
#[訓読]近江の海 泊り八十あり 八十島の 島の崎々 あり立てる 花橘を ほつ枝に もち引き懸け 中つ枝に 斑鳩懸け 下枝に 比米を懸け 汝が母を 取らくを知らに 汝が父を 取らくを知らに いそばひ居るよ 斑鳩と比米と
#[仮名],あふみのうみ,とまりやそあり,やそしまの,しまのさきざき,ありたてる,はなたちばなを,ほつえに,もちひきかけ,なかつえに,いかるがかけ,しづえに,ひめをかけ,ながははを,とらくをしらに,ながちちを,とらくをしらに,いそばひをるよ,いかるがとひめと
#[左注]右一首
#[校異]此 -> 比 [元][天][細] / 此 -> 比 [元][天][細]
#[鄣W],雑歌,地名,滋賀,琵琶湖,動物,童謡,風喩,風俗,民謡
#[訓異]
#[大意]近江の海に船泊まりは多くある。多くの島の御崎ごとに立っている花のついた橘を上の枝にはとりもちを引きかけ、中ほどの枝には斑鳩をおとりとして懸け、下の枝には比米を懸け、お前の母を取ることを知らないで、お前の父を取ることを知らないで戯れ合っているよ。斑鳩と比米とは。
#{語釈]
斑鳩 スズメ目アトリ科 まめまはし いかる おとりとする

比米 しめ 旅鳥 冬に飛来する
01/0006S03是時 宮前在二樹木 此之二樹斑鳩比米二鳥大集 時勅多挂稲穂而養之
01/0006S04乃作歌[云々] 若疑従此便幸之歟

いそばひ 戯れて遊ぶ

#[説明]
本来は壬申の乱の童謡か。寓意があるような歌

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#[番号]13/3240
#[題詞]
#[原文]王 命恐 雖見不飽 楢山越而 真木積 泉河乃 速瀬 <竿>刺渡 千速振 氏渡乃 多企都瀬乎 見乍渡而 近江道乃 相坂山丹 手向為 吾越徃者 樂浪乃 志我能韓埼 幸有者 又反見 道前 八十阿毎 嗟乍 吾過徃者 弥遠丹 里離来奴 弥高二 山<文>越来奴 劔刀 鞘従拔出而 伊香胡山 如何吾将為 徃邊不知而
#[訓読]大君の 命畏み 見れど飽かぬ 奈良山越えて 真木積む 泉の川の 早き瀬を 棹さし渡り ちはやぶる 宇治の渡りの たきつ瀬を 見つつ渡りて 近江道の 逢坂山に 手向けして 我が越え行けば 楽浪の 志賀の唐崎 幸くあらば またかへり見む 道の隈 八十隈ごとに 嘆きつつ 我が過ぎ行けば いや遠に 里離り来ぬ いや高に 山も越え来ぬ 剣太刀 鞘ゆ抜き出でて 伊香胡山 いかにか我がせむ ゆくへ知らずて
#[仮名],おほきみの,みことかしこみ,みれどあかぬ,ならやまこえて,まきつむ,いづみのかはの,はやきせを,さをさしわたり,ちはやぶる,うぢのわたりの,たきつせを,みつつわたりて,あふみぢの,あふさかやまに,たむけして,わがこえゆけば,ささなみの,しがのからさき,さきくあらば,またかへりみむ,みちのくま,やそくまごとに,なげきつつ,わがすぎゆけば,いやとほに,さとさかりきぬ,いやたかに,やまもこえきぬ,つるぎたち,さやゆぬきいでて,いかごやま,いかにかわがせむ,ゆくへしらずて
#[左注](右二首)
#[校異]笇 -> 竿 [元][天][紀] / 父 -> 文 [西(訂正)][元][天][細]
#[鄣W],雑歌,枕詞,地名,道行き,奈良,京都,滋賀,序詞,羈旅,旅愁
#[訓異]
#[大意]大君のご命令を恐れ多く承って、見ても見飽きることのない奈良山を越えて、立派な木を積む泉の川の速い瀬を棹を差して渡り、ちはやぶる宇治の渡りの激流を見ながら渡って、近江路の逢坂山に手向けをして自分が越えて行くと、楽浪の志賀の唐崎よ。無事でいるならばまた返り見よう。道の曲がり角、多くの曲がり角ごとに嘆きながら自分が過ぎて行くと、ますます遠く里から離れてきた。ますます高く山も越えて来た。剣太刀を鞘から抜き出していかめしいという伊香胡山ではないが、どのように自分はしようか。行く先もわからないで
#{語釈]
剣太刀 鞘ゆ抜き出でて 剣太刀を鞘から抜き出していかめしいということで伊香胡にかかる序

#[説明]
私注 おそらくずっと下がった時代に北陸の任国に赴く人のための伝誦用に、好事的に成立したものであろう

古歌の言い回し方をパロディックに使っている。
#[関連論文]


#[番号]13/3241
#[題詞]反歌
#[原文]天地乎 <歎>乞祷 幸有者 又<反>見 思我能韓埼
#[訓読]天地を嘆き祈ひ祷み幸くあらばまたかへり見む志賀の唐崎
#[仮名],あめつちを,なげきこひのみ,さきくあらば,またかへりみむ,しがのからさき
#[左注]右二首 但此短歌者 或書云穂積朝臣老配於佐渡之時作歌者也
#[校異]難 -> 歎 [万葉考] / <> -> 反 [西(右書)][元][天][類] / 者 [西(朱書消去)]
#[鄣W],雑歌,地名,滋賀,羈旅,手向け,穂積老,
#[訓異]
#[大意]天地を嘆きお祈りをして、無事だったならばまた帰ってきて見よう。志賀の唐崎よ。
#{語釈]
祈ひ祷み 神に祈る
03/0443H05片手には 和栲奉り 平けく ま幸くいませと 天地の 神を祈ひ祷み
05/0904H09天つ神 仰ぎ祈ひ祷み 国つ神 伏して額つき かからずも かかりも

穂積朝臣老
和銅2 従五位下
養老6 元正天皇を批判した罪で佐渡配流
天平12 許されて帰京
天平勝宝元年 没

03/0287D01幸志賀時石上卿作歌一首 [名闕]
03/0287H01ここにして家やもいづく白雲のたなびく山を越えて来にけり
03/0288D01穂積朝臣老歌一首
03/0288H01我が命のま幸くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波
03/0288S01右今案 不審幸行年月

#[説明]
またかへり見む 有間皇子歌 配流や護送というイメージになるか。
本来は、旅の無事を祈る言葉

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#[番号]13/3242
#[題詞]
#[原文]百岐年 三野之國之 高北之 八十一隣之宮尓 日向尓 行靡闕矣 有登聞而 吾通<道>之 奥十山 <三>野之山 <靡>得 人雖跡 如此依等 人雖衝 無意山之 奥礒山 三野之山
#[訓読]ももきね 美濃の国の 高北の くくりの宮に 日向ひに 行靡闕矣 ありと聞きて 我が行く道の 奥十山 美濃の山 靡けと 人は踏めども かく寄れと 人は突けども 心なき山の 奥十山 美濃の山
#[仮名],ももきね,みののくにの,たかきたの,くくりのみやに,ひむかひに,*******,ありとききて,わがゆくみちの,おきそやま,みののやま,なびけと,ひとはふめども,かくよれと,ひとはつけども,こころなきやまの,おきそやま,みののやま
#[左注]右一首
#[校異]道 [西(上書訂正)][元][天][紀] / <> -> 三 [西(右書)][元][天][紀] / 靡 [西(上書訂正)][元][天][紀]
#[鄣W],雑歌,枕詞,地名,岐阜,羈旅,旅愁,難訓,景行天皇
#[訓異]
#[大意]ももきね美濃の国の高北のくくりの宮に日に向かう行靡闕矣 いると聞いて自分が行く道のおきそ山や美濃の山を靡いて平らになれと人は踏むが、こちらに寄れと人は突くが、心ない山であるおきそ山、美濃の山
#{語釈]
ももきね かかり方不明
旧訓ももくきね
代匠記 百岨嶺(くきね)という義にて、山の多き意歟
童蒙抄 ももしねの 3327 岐の字は枝の誤り
考 百詩年 しなゆる草のみぬ

高北の くくりの宮 岐阜県可児郡可児町久々利
景行紀四年二月十一日

行靡闕矣 旧訓 ゆきなひかくを
考 いでましのみやを
古義 行麻死里矣(ゆかましさとを)の誤り
新訓 ゆきなむみやを
私注 ゆくえなきせきを
松田好夫 闕 は、もともと名闕 などの字句の欠落を注しているもの
行靡[闕]矣 ということか。
八千矛神謡と類似だとすると
たわやめなどが落ちたか

奥十山 おきそやま 未詳
岐阜県可児郡可児町久々利 岐阜県不破郡 伊吹山
土屋文明 おきそは息なので、伊吹山か。


#[説明]
景行紀四年の春二月(はるきさらぎ)の甲寅(きのえとら)の朔(ついたち)甲子(きのえねのひ)に、
天皇(すめらみこと)、美濃(みの)に幸(いでま)す。左右(もとこひと)奏(まう)して言(まう)さく、「●(こ)の国(くに)に佳人(かほよきをみな)有(はべ)り。弟媛(おとひめ)と曰(まう)す。容姿(かほ)端正(きらぎら)し。八坂入彦皇子(やさかのいりびこのみこ)の女(みむすめ)なり」とまうす。天皇、得(え)て妃(みめ)とせむと欲(おもほ)して、弟媛が家(いへ)に幸(いでま)す。弟媛、乗輿(すめらみこと)車駕(みゆき)すと聞(き)きて、則ち竹林(たかはら)に隠(かく)る。是(ここ)に、天皇、弟媛を至(いた)らしめむと権(はか)りて、泳宮(くくりのみや)に居(ま)します。泳宮、此(これ)をば区玖利能弥揶(くくりのみや)と云(い)ふ。鯉魚(こひ)を池(いけ)に浮(はな)ちて、朝夕(あさよひ)に臨視(みそなは)して戯遊(あそ)びたまふ。時に弟媛、其の鯉魚(こひ)の遊(あそ)ぶを見(み)むと欲(おもほ)して、密(ひそか)に来(まう)でて池を臨(みそなは)す。天皇、則ち留(とど)めて通(め)しつ。爰(ここ)に弟媛以為(おもひみ)るに、夫婦(をふとめ)の道(みち)は、古(いにしへ)も今(いま)も達(かよ)へる則(のり)なり。然(しか)るを吾(あれ)にして不便(もやもやもあら)ず。則(すなは)ち天皇に請(こひまう)して曰(まう)さく、「妾(やつこ)、性(ひととなり)交接(とつぎ)の道(みち)を欲(おも)はず。今(いま)皇命(おほみこと)の威(かしこ)きに勝(た)へずして、暫(しばら)く帷幕(おほとの)の中(うち)に納(め)されたり。然るに意(こころ)に快(よろこ)びざる所(ところ)なり。亦(また)形姿(かほ)穢陋(かたな)し。久しく掖庭(うちつみや)に陪(つか)へまつるに堪(た)へじ。唯(ただ)妾(やつこ)が姉(なね)有(はべ)り。名(な)を八坂入媛(やさかのいりびめ)と曰(まう)す。容姿(かほ)麗美(よ)し。志(こころざし)亦(また)貞潔(いさぎよ)し。後宮(きさきのみや)に納(めしい)れたまへ」とまうす。天皇聴(ゆる)したまふ。仍(よ)りて八坂入媛を喚(め)して妃(みめ)とす。

古代演劇の歌か。
美濃くくり宮を舞台に妻となる女性を求めていく道行きぶりの舞台での歌か

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#[番号]13/3243
#[題詞]
#[原文]處女等之 <麻>笥垂有 續麻成 長門之浦丹 朝奈祇尓 満来塩之 夕奈祇尓 依来波乃 <彼>塩乃 伊夜益舛二 彼浪乃 伊夜敷布二 吾妹子尓 戀乍来者 阿胡乃海之 荒礒之於丹 濱菜採 海部處女等 纓有 領巾文光蟹 手二巻流 玉毛湯良羅尓 白栲乃 袖振所見津 相思羅霜
#[訓読]娘子らが 麻笥に垂れたる 続麻なす 長門の浦に 朝なぎに 満ち来る潮の 夕なぎに 寄せ来る波の その潮の いやますますに その波の いやしくしくに 我妹子に 恋ひつつ来れば 阿胡の海の 荒礒の上に 浜菜摘む 海人娘子らが うながせる 領布も照るがに 手に巻ける 玉もゆららに 白栲の 袖振る見えつ 相思ふらしも
#[仮名],をとめらが,をけにたれたる,うみをなす,ながとのうらに,あさなぎに,みちくるしほの,ゆふなぎに,よせくるなみの,そのしほの,いやますますに,そのなみの,いやしくしくに,わぎもこに,こひつつくれば,あごのうみの,ありそのうへに,はまなつむ,あまをとめらが,うなげる,ひれもてるがに,てにまける,たまもゆららに,しろたへの,そでふるみえつ,あひおもふらしも
#[左注](右二首)
#[校異]床 -> 麻 [元][天][類] / 波 -> 彼 [類] / 舛 [元][天][類](塙) 升
#[鄣W],雑歌,序詞,地名,広島,山口,倉橋島,桂浜,望郷,土地讃美,恋情,羈旅
#[訓異]
#[大意]娘子たちが麻笥に垂らした積んだ麻のような名前の長門の浦に朝なぎに満ちてくる潮の、夕なぎに寄せてくる波の、その潮のようにますます、その波のようにますます重ね重ね我妹子に恋い続けて来ると、阿胡の海の荒磯のほとりで浜の草を積んでいる海人娘子たちがうなじに懸けている領布も照るばかりに、手に巻いている玉もゆらゆらと白妙の袖を振るのが見えた。共に恋い思うらしいよ。
#{語釈]
麻笥 積んだ麻を入れる器

続麻なす 長いから長門にかかる序詞

長門の浦 山口県(長門国)の海
15/3617D01安藝國長門嶋舶泊礒邊作歌五首
15/3622D01従長門浦舶出之夜仰觀月光作歌三首
広島県安芸郡倉橋島江の浦 広島県安芸郡倉橋島

阿胡の海 未詳 長門の浦の付近
他に 三重県志摩郡阿児町東方海浜 三重県鳥羽市答志島和具 01.0044s

浜菜 海藻か、海岸に生えている草類

照るがに がに ばかりに

#[説明]
海人娘子がいる光景に都の妻を思っている旅人の羈旅歌

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#[番号]13/3244
#[題詞]反歌
#[原文]阿胡乃海之 荒礒之上之 少浪 吾戀者 息時毛無
#[訓読]阿胡の海の荒礒の上のさざれ波我が恋ふらくはやむ時もなし
#[仮名],あごのうみの,ありそのうへの,さざれなみ,あがこふらくは,やむときもなし
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],雑歌,羈旅,地名,呉市,広島,望郷,羈旅,恋情
#[訓異]
#[大意]阿胡の海の荒磯の上のさざれ波ではないが、自分が恋い思うことはやむ時もないことだ
#{語釈]
#[説明]
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#[番号]13/3245
#[題詞]
#[原文]天橋<文> 長雲鴨 高山<文> 高雲鴨 月夜見乃 持有越水 伊取来而 公奉而 越得之<旱>物
#[訓読]天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも
#[仮名],あまはしも,ながくもがも,たかやまも,たかくもがも,つくよみの,もてるをちみづ,いとりきて,きみにまつりて,をちえてしかも
#[左注](右二首)
#[校異]父 -> 文 [西(訂正)][元][天][紀] / 父 -> 文 [西(訂正)][元][天][紀] / 早 -> 旱 [元]
#[鄣W],雑歌,寿歌,若返り
#[訓異]
#[大意]天に通う橋も長くないかなあ。高い山も高くあってくれ。月夜見の持っている若返る水を採って来てあなたに奉って若返りたいものだ
#{語釈]
天橋 天に通う橋 天の浮橋
月夜見の
04/0670H01月読の光りに来ませあしひきの山きへなりて遠からなくに
04/0671H01月読の光りは清く照らせれど惑へる心思ひあへなくに
06/0985H01天にます月読壮士賄はせむ今夜の長さ五百夜継ぎこそ
07/1075H01海原の道遠みかも月読の光少き夜は更けにつつ
07/1372H01み空行く月読壮士夕さらず目には見れども寄るよしもなし
13/3245H01天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水
15/3599H01月読の光りを清み神島の礒廻の浦ゆ船出す我れは
15/3622H01月読みの光りを清み夕なぎに水手の声呼び浦廻漕ぐかも
持てるをち水
04/0627H01我がたもとまかむと思はむ大夫は変若水求め白髪生ひにけり
04/0628H01白髪生ふることは思はず変若水はかにもかくにも求めて行かむ
13/3245H01天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3246
#[題詞]反歌
#[原文]天有哉 月日如 吾思有 君之日異 老落惜文
#[訓読]天なるや月日のごとく我が思へる君が日に異に老ゆらく惜しも
#[仮名],あめなるや,つきひのごとく,あがおもへる,きみがひにけに,おゆらくをしも
#[左注]右二首
#[校異]君 [元][天][類](塙)(楓) 公
#[鄣W],雑歌,寿歌,若返り
#[訓異]
#[大意]天上にある月や太陽のように自分が恋い思っているあなたが、日が経つにつれて年をとっていくのが惜しいことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3247
#[題詞]
#[原文]沼名河之 底奈流玉 求而 得之玉可毛 拾而 得之玉可毛 安多良思吉 君之 老落惜毛
#[訓読]沼名川の 底なる玉 求めて 得し玉かも 拾ひて 得し玉かも あたらしき 君が 老ゆらく惜しも
#[仮名],ぬながはの,そこなるたま,もとめて,えしたまかも,ひりひて,えしたまかも,あたらしき,きみが,おゆらくをしも
#[左注]右一首
#[校異]
#[鄣W],雑歌,地名,新潟,姫川,序詞,寿歌,老
#[訓異]
#[大意]沼名河の底にある玉を探し求めて得た玉であるよ。拾って手に入った玉であるよ。その玉のような惜しいあなたが年取ってしまうのが惜しいことだ
#{語釈]
沼名川 代匠記 天上の河か。全註釈 実在の地名ではない
神代紀 天渟名井

#[説明]
沼名河 越の沼名河姫の玉(翡翠)を譬喩的に使っているか。

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#[番号]13/3248
#[題詞]相聞
#[原文]式嶋之 山跡之土丹 人多 満而雖有 藤浪乃 思纒 若草乃 思就西 君<目>二 戀八将明 長此夜乎
#[訓読]磯城島の 大和の国に 人さはに 満ちてあれども 藤波の 思ひまつはり 若草の 思ひつきにし 君が目に 恋ひや明かさむ 長きこの夜を
#[仮名],しきしまの,やまとのくにに,ひとさはに,みちてあれども,ふぢなみの,おもひまつはり,わかくさの,おもひつきにし,きみがめに,こひやあかさむ,ながきこのよを
#[左注](右二首)
#[校異]自 -> 目 [元][類]
#[鄣W],相聞,女歌,地名,日本,嘆息,恋情
#[訓異]
#[大意]磯城島の大和の国に人は大勢満ちているけれども、藤の蔓にように思いまつわり、若草のように心引かれるあなたの目に恋い思い一夜を明かすことだろうか。長いこの夜を
#{語釈]
磯城島の 大和の枕詞
09/1787H01うつせみの 世の人なれば 大君の 命畏み 敷島の 大和の国の 石上
13/3248H01磯城島の 大和の国に 人さはに 満ちてあれども 藤波の 思ひまつはり
13/3249H01磯城島の大和の国に人ふたりありとし思はば何か嘆かむ
13/3254H01磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ
13/3326H01礒城島の 大和の国に いかさまに 思ほしめせか つれもなき
19/4280H01立ち別れ君がいまさば磯城島の人は我れじく斎ひて待たむ
20/4466H01磯城島の大和の国に明らけき名に負ふ伴の男心つとめよ

藤波の 普通は藤の花 ここでは藤の蔓で思ひまつはるの枕詞的な用法

若草の 普通は妻にかかる枕詞。若々しい草がまつわりついてくるように、思ひつくにかかる枕詞

思ひつく 心引かれる

#[説明]
同想
04/0485D01崗本天皇御製一首[并短歌]
04/0485H01神代より 生れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて あぢ群の
04/0485H02通ひは行けど 我が恋ふる 君にしあらねば 昼は 日の暮るるまで
04/0485H03夜は 夜の明くる極み 思ひつつ 寐も寝かてにと 明かしつらくも
04/0485H04長きこの夜を

#[関連論文]


#[番号]13/3249
#[題詞]反歌
#[原文]式嶋乃 山跡乃土丹 人二 有年念者 難可将嗟
#[訓読]磯城島の大和の国に人ふたりありとし思はば何か嘆かむ
#[仮名],しきしまの,やまとのくにに,ひとふたり,ありとしおもはば,なにかなげかむ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,地名,日本,女歌,嘆息,恋情
#[訓異]
#[大意]磯城島の大和の国に自分が思う人が二人いると思ったらどうして嘆くことがあろうか
#{語釈]
#[説明]
自分が恋い思う人はたった一人であり、そのたった一人の人に会えないのだから嘆かずにはいられないという気持ち

#[関連論文]


#[番号]13/3250
#[題詞]
#[原文]蜻嶋 倭之國者 神柄跡 言擧不為國 雖然 吾者事上為 天地之 神<文>甚 吾念 心不知哉 徃影乃 月<文>經徃者 玉限 日<文>累 念戸鴨 胸不安 戀烈鴨 心痛 末逐尓 君丹不會者 吾命乃 生極 戀乍<文> 吾者将度 犬馬鏡 正目君乎 相見天者社 吾戀八鬼目
#[訓読]蜻蛉島 大和の国は 神からと 言挙げせぬ国 しかれども 我れは言挙げす 天地の 神もはなはだ 我が思ふ 心知らずや 行く影の 月も経ゆけば 玉かぎる 日も重なりて 思へかも 胸の苦しき 恋ふれかも 心の痛き 末つひに 君に逢はずは 我が命の 生けらむ極み 恋ひつつも 我れは渡らむ まそ鏡 直目に君を 相見てばこそ 我が恋やまめ
#[仮名],あきづしま,やまとのくには,かむからと,ことあげせぬくに,しかれども,われはことあげす,あめつちの,かみもはなはだ,わがおもふ,こころしらずや,ゆくかげの,つきもへゆけば,たまかぎる,ひもかさなりて,おもへかも,むねのくるしき,こふれかも,こころのいたき,すゑつひに,きみにあはずは,わがいのちの,いけらむきはみ,こひつつも,われはわたらむ,まそかがみ,ただめにきみを,あひみてばこそ,あがこひやまめ
#[左注](右<五>首)
#[校異]父 -> 文 [元][天][紀] / 父 -> 文 [西(訂正)][元][天][紀] / 父 -> 文 [西(訂正)][元][天][紀] / 父 -> 文 [元][天][紀]
#[鄣W],相聞,地名,日本,女歌,恋情,送別
#[訓異]
#[大意]蜻蛉島の大和の国は、神の国柄として言挙げしない国だ。しかし自分は言挙げをする。天地の神もまったく自分が思う気持ちを知らないのだろうか。移っていく光の月も経って行くと、玉がほのかに輝く日も重なって、思うからであろうか胸が苦しい。恋い思うからだろうか心が痛い。これから先もとうとうあなたに逢わないのならば、自分の命が生きている限り恋い続けて自分は日を過ごそう。。まそ鏡ではないが直接あなたをともに見るならばこそ自分は恋い止むことだろう。

#{語釈]
言挙げ  言挙げは、人間が神に向かって言うこと。
     統治者のみの行為であるので、普通に行うと不吉なこととされる。
行く影の 移っていく光の月  月の枕詞
玉かぎる 玉がほのかに輝く日の光 日の枕詞
思へかも  恋ふれかも  思へばかも  恋ふればかも

#[説明]
旅立つ時の悲別歌か。

#[関連論文]


#[番号]13/3251
#[題詞]反歌
#[原文]大舟能 思憑 君故尓 盡心者 惜雲梨
#[訓読]大船の思ひ頼める君ゆゑに尽す心は惜しけくもなし
#[仮名],おほぶねの,おもひたのめる,きみゆゑに,つくすこころは,をしけくもなし
#[左注](右<五>首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情,枕詞,送別
#[訓異]
#[大意]大船のように思い頼みにしているあなただから、尽くす心は惜しいこともないよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]



#[番号]13/3252
#[題詞]
#[原文]久堅之 王都乎置而 草枕 羈徃君乎 何時可将待
#[訓読]ひさかたの都を置きて草枕旅行く君をいつとか待たむ
#[仮名],ひさかたの,みやこをおきて,くさまくら,たびゆくきみを,いつとかまたむ
#[左注](右<五>首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,枕詞,送別,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]久方の都を後にして草枕旅に行くあなたを何時帰ってくるかと待とうか。
#{語釈]
ひさかたの 普通「天」の枕詞。都の皇城を天と見なした。

#[説明]
#[関連論文]

#[番号]13/3253
#[題詞]柿本朝臣人麻呂歌集歌曰
#[原文]葦原 水穂國者 神在随 事擧不為國 雖然 辞擧叙吾為 言幸 真福座跡 恙無 福座者 荒礒浪 有毛見登 百重波 千重浪尓敷 言上為吾 <[言上為吾]>
#[訓読]葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 しかれども 言挙げぞ我がする 言幸く ま幸くませと 障みなく 幸くいまさば 荒礒波 ありても見むと 百重波 千重波しきに 言挙げす我れは <[言挙げす我れは]>
#[仮名],あしはらの,みづほのくには,かむながら,ことあげせぬくに,しかれども,ことあげぞわがする,ことさきく,まさきくませと,つつみなく,さきくいまさば,ありそなみ,ありてもみむと,ももへなみ,ちへなみしきに,ことあげすわれは [ことあげすわれは]
#[左注](右<五>首)
#[校異]<> -> [言上為吾] [元][天][類](塙)(楓)
#[鄣W],相聞,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,送別,遣唐使
#[訓異]
#[大意]葦原の水穂の国は、神さながらに言挙げをしない国だ。そうではあるが言挙げを自分はする。言霊の幸いによって、無事でいらっしゃいと、とどこおりなく無事でいらっしゃるならば荒磯の波ではないが、このままいて逢おうと、百の波、千の波が寄せるのではないが、しきりに言挙げをするよ。自分は。
#{語釈]
葦原の 瑞穂の国 神話的な呼び名。神の国であるので言挙げをしないということになる。

末尾細注 謡う時は繰り返したか。

#[説明]
遣唐使出航の折りに謡われたか。憶良の好去好来歌んどにつながっていく

#[関連論文]


#[番号]13/3254
#[題詞]反歌
#[原文]志貴嶋 倭國者 事霊之 所佐國叙 真福在与具
#[訓読]磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ
#[仮名],しきしまの,やまとのくには,ことだまの,たすくるくにぞ,まさきくありこそ
#[左注]右<五>首
#[校異]佐 [元] 佑 / 三 -> 五 [西(訂正)][元][天]
#[鄣W],相聞,枕詞,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,送別,遣唐使
#[訓異]
#[大意]磯城島の大和の国は言霊の助ける国であるぞ。無事であって欲しい
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3255
#[題詞]
#[原文]従古 言續来口 戀為者 不安物登 玉緒之 継而者雖云 處女等之 心乎胡粉 其将知 因之無者 夏麻引 命<方>貯 借薦之 心文小竹荷 人不知 本名曽戀流 氣之緒丹四天
#[訓読]古ゆ 言ひ継ぎけらく 恋すれば 苦しきものと 玉の緒の 継ぎては言へど 娘子らが 心を知らに そを知らむ よしのなければ 夏麻引く 命かたまけ 刈り薦の 心もしのに 人知れず もとなぞ恋ふる 息の緒にして
#[仮名],いにしへゆ,いひつぎけらく,こひすれば,くるしきものと,たまのをの,つぎてはいへど,をとめらが,こころをしらに,そをしらむ,よしのなければ,なつそびく,いのちかたまけ,かりこもの,こころもしのに,ひとしれず,もとなぞこふる,いきのをにして
#[左注](右三首)
#[校異]号 -> 方 [元][天]
#[鄣W],相聞,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]昔から言い継いで来たことには恋いをすると苦しいものだと玉の緒のように引き継いでは言うが、娘子の気持ちも知らず、それを知るてだてもないので、夏麻引く命を傾けて、刈った薦のように心もしおれるばかりに、人知れず密かにむやみに恋い思っていることだ。命にかけて
#{語釈]
夏麻引く 夏に採る麻糸のように長い命の意味で「命」にかかる枕詞

刈り薦の 普通は「乱れる」の枕詞。ここでは乱れる心の意で「心」にかかる。

息の緒  息が長く続くので、命のこと

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3256
#[題詞]反歌
#[原文]數々丹 不思人叵 雖有 蹔<文>吾者 忘枝沼鴨
#[訓読]しくしくに思はず人はあるらめどしましくも我は忘らえぬかも
#[仮名],しくしくに,おもはずひとは,あるらめど,しましくもわは,わすらえぬかも
#[左注](右三首)
#[校異]父 -> 文 [元][天][紀]
#[鄣W],相聞,恋情,片思い
#[訓異]
#[大意]しきりに思わないであの人はあるようだが、ほんのわずかな間も自分は忘れることが出来ないことだ
#{語釈]
#[説明]
片思いの訴え

#[関連論文]


#[番号]13/3257
#[題詞]
#[原文]直不来 自此巨勢道柄 石椅跡 名積序吾来 戀天窮見
#[訓読]直に来ずこゆ巨勢道から岩せ踏みなづみぞ我が来し恋ひてすべなみ
#[仮名],ただにこず,こゆこせぢから,いはせふみ,なづみぞわがこし,こひてすべなみ
#[左注]或本以此歌一首為之紀伊國之 濱尓縁云 鰒珠 拾尓登謂而 徃之君 何時到来歌之反歌也 具見下也 <但>依古本亦<累>載茲 / 右三首
#[校異]<> -> 但 [元][天][古] / 累 [西(上書訂正)][元][天][古]
#[鄣W],相聞,地名,奈良,恋情,異伝
#[訓異]
#[大意]直接には来ないで、巨瀬路から川の飛び石を踏み渡り、難渋して自分は来たことだ。恋い思ってどうしようもないので。
#{語釈]
直に来ず まっすぐには来ないで回り道をして  人目に立たないように

こゆ巨瀬路から  ここから越すという巨瀬路 ゴロ合わせ

岩せ  石橋 飛び石

左注
或本此歌一首を持って、紀伊國之 濱尓縁云 鰒珠 拾尓登謂而 徃之君 何時到来歌之反歌と為す也 具には下を見よ。但し古本に依りて亦た累ねて茲に載す。

3318の長歌。3320の反歌は異伝か。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3257S
#[題詞]或本以此歌一首為之
#[原文]紀伊國之 濱尓縁云 鰒珠 拾尓登謂而 徃之君 何時到来
#[訓読]紀の国の 浜に寄るとふ あわび玉 拾ひにと言ひて 行きし君 いつ来まさむ
#[仮名],きのくにの,はまによるとふ,あはびたま,ひりひにといひて,ゆきしきみ,いつきまさむ
#[左注]歌之反歌也 具見下也 <但>依古本亦<累>載茲 / 右三首
#[校異]乎 -> 少 [西(朱書訂正)][元][天]
#[鄣W],相聞,地名,和歌山,異伝
#[訓異]
#[大意]紀の国の浜に寄るという鮑玉よ。拾いにと言って行ったあなたは、いつになったらお来しになるのだろう。
#{語釈]
#[説明]
3318の長歌の一節。反歌は、3320

#[関連論文]


#[番号]13/3258
#[題詞]
#[原文]荒玉之 年者来去而 玉梓之 使之不来者 霞立 長春日乎 天地丹 思足椅 帶乳根笶 母之養蚕之 眉隠 氣衝渡 吾戀 心中<少> 人丹言 物西不有者 松根 松事遠 天傳 日之闇者 白木綿之 吾衣袖裳 通手沾沼
#[訓読]あらたまの 年は来ゆきて 玉梓の 使の来ねば 霞立つ 長き春日を 天地に 思ひ足らはし たらちねの 母が飼ふ蚕の 繭隠り 息づきわたり 我が恋ふる 心のうちを 人に言ふ ものにしあらねば 松が根の 待つこと遠み 天伝ふ 日の暮れぬれば 白栲の 我が衣手も 通りて濡れぬ
#[仮名],あらたまの,としはきゆきて,たまづさの,つかひのこねば,かすみたつ,ながきはるひを,あめつちに,おもひたらはし,たらちねの,ははがかふこの,まよごもり,いきづきわたり,あがこふる,こころのうちを,ひとにいふ,ものにしあらねば,まつがねの,まつこととほみ,あまつたふ,ひのくれぬれば,しろたへの,わがころもでも,とほりてぬれぬ
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,枕詞,女歌,恋情,片思い
#[訓異]
#[大意]新玉の年はやって来ては過ぎ去り、玉梓の使いが来ないので、霞立つ長い春の一日を、天地にいっぱいになるほどの思いを抱き、たらちねの母が飼う蚕が繭に隠るように、閉じこもって歎息し続け、自分が恋い思う心のうちを他人に言うものではないので、松の根ではないが待つことが心遠いので、天を伝わる日が暮れてしまったので、白妙の自分の衣手は涙で通って濡れてしまった。
#{語釈]
思ひ足らはし 思いをいっぱいにさせるの意

息づく 歎息する

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3259
#[題詞]反歌
#[原文]如是耳師 相不思有者 天雲之 外衣君者 可有々来
#[訓読]かくのみし相思はずあらば天雲の外にぞ君はあるべくありける
#[仮名],かくのみし,あひおもはずあらば,あまくもの,よそにぞきみは,あるべくありける
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,枕詞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]こんなにもともに恋い思わないのでいるならば、天の雲のように外に遠く離れて、あなたはあるべきであった。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3260
#[題詞]
#[原文]小<治>田之 年魚道之水乎 問無曽 人者挹云 時自久曽 人者飲云 挹人之 無間之如 飲人之 不時之如 吾妹子尓 吾戀良久波 已時毛無
#[訓読]小治田の 年魚道の水を 間なくぞ 人は汲むといふ 時じくぞ 人は飲むといふ 汲む人の 間なきがごと 飲む人の 時じきがごと 我妹子に 我が恋ふらくは やむ時もなし
#[仮名],をはりだの,あゆぢのみづを,まなくぞ,ひとはくむといふ,ときじくぞ,ひとはのむといふ,くむひとの,まなきがごと,のむひとの,ときじきがごと,わぎもこに,あがこふらくは,やむときもなし
#[左注](右三首)
#[校異]沼 -> 治 [元][天][類]
#[鄣W],相聞,異伝,民謡,地名,明日香,恋情
#[訓異]
#[大意]小治田の年魚道の水を絶えず人は汲むという。何時という時はなく人は飲むという。その水を汲む人が絶えずいるように、飲む人が時とないように、我妹子に自分が恋い思うことは止むときもないことだ。
#{語釈]
小治田の 年魚道の水 11/2644 奈良県桜井市多武峯鮎谷
奥野健治 明日香村八釣付近
愛知県愛知郡 03.0271 07.1163

時じくぞ  その時ではないのに
      時を選ばず、絶えず
#[説明]
類歌 1/25 3293

#[関連論文]


#[番号]13/3261
#[題詞]反歌
#[原文]思遣 為便乃田付毛 今者無 於君不相而 <年>之歴去者
#[訓読]思ひ遣るすべのたづきも今はなし君に逢はずて年の経ぬれば
#[仮名],おもひやる,すべのたづきも,いまはなし,きみにあはずて,としのへぬれば
#[左注]今案 此反歌謂之於君不相者於理不合也 宣言於妹不相也 / (右三首)
#[校異]羊 -> 年 [西(訂正)][元][天][紀]
#[鄣W],相聞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]思いを晴らしやる手だても今はない。あなたに逢わないで年が経ったので
#{語釈]
左注
此の反歌は「於君不相」と謂ふは、理に合はず。「於妹不相」と言ふべし。

#[説明]
長歌と反歌の主体が左注に言うように合わない。唱和のものか、伝誦歌を寄せ集めたものか。
左注は、一対のものと考えている。

#[関連論文]


#[番号]13/3261S
#[題詞](反歌)今案 此反歌謂之於君不相者於理不合也
#[原文]妹不相
#[訓読]妹に会わず
#[仮名],いもにあはず
#[左注]宣言於也 /(右三首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情,女歌,編纂者
#[訓異]
#[大意]妹に逢わないで
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3262
#[題詞]或本反歌曰
#[原文](ゐ)垣 久時従 戀為者 吾帶緩 朝夕毎
#[訓読]瑞垣の久しき時ゆ恋すれば我が帯緩ふ朝宵ごとに
#[仮名],みづかきの,ひさしきときゆ,こひすれば,わがおびゆるふ,あさよひごとに
#[左注]右三首
#[校異]
#[鄣W],相聞,異伝,枕詞,恋情,遊仙窟,中国文学
#[訓異]
#[大意]神聖な垣根のような昔から恋い思っているので、自分の帯はゆるむことだ。朝宵ごとに
#{語釈]
瑞垣の久しき時ゆ 神社にある垣根
4/0501H01娘子らが袖布留山の瑞垣の久しき時ゆ思ひき我れは
11/2415H01娘子らを袖振る山の瑞垣の久しき時ゆ思ひけり我れは

我が帯緩ふ  4/742

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3263
#[題詞]
#[原文]己母理久乃 泊瀬之河之 上瀬尓 伊杭乎打 下湍尓 真杭乎挌 伊杭尓波 鏡乎懸 真杭尓波 真玉乎懸 真珠奈須 我念妹毛 鏡成 我念妹毛 有跡謂者社 國尓毛 家尓毛由可米 誰故可将行
#[訓読]こもりくの 泊瀬の川の 上つ瀬に 斎杭を打ち 下つ瀬に 真杭を打ち 斎杭には 鏡を懸け 真杭には 真玉を懸け 真玉なす 我が思ふ妹も 鏡なす 我が思ふ妹も ありといはばこそ 国にも 家にも行かめ 誰がゆゑか行かむ
#[仮名],こもりくの,はつせのかはの,かみつせに,いくひをうち,しもつせに,まくひをうち,いくひには,かがみをかけ,まくひには,またまをかけ,またまなす,あがおもふいもも,かがみなす,あがおもふいもも,ありといはばこそ,くににも,いへにもゆかめ,たがゆゑかゆかむ
#[左注]檢古事記曰 件歌者木梨之軽太子自死之時所作者也 / (右三首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,地名,桜井,奈良,歌語り,悲別,恋情,木梨軽太子,伝承
#[訓異]
#[大意]こもりくの初瀬の川の上流には神聖な杭を打ち、下流には立派な杭を打ち、神聖な杭には鏡を掛け、立派な杭には真玉を掛け、その真玉のように大事に自分が恋い思う妹も、鏡のように自分が大切に思う妹もいるというからこそ故郷にも家にも行くのだ。誰のために行こうか。
#{語釈]
#[説明]
左注
古事記を檢ふるに曰く、件の歌は、木梨の軽太子自ら死にし時に作らえし者なり。

#[関連論文]


#[番号]13/3264
#[題詞]反歌
#[原文]年渡 麻弖尓毛人者 有云乎 何時之間曽母 吾戀尓来
#[訓読]年渡るまでにも人はありといふをいつの間にぞも我が恋ひにける
#[仮名],としわたる,までにもひとは,ありといふを,いつのまにぞも,あがこひにける
#[左注](右三首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情,七夕
#[訓異]
#[大意]一年たっても人は辛抱出来るというのに、何時の間に自分は恋しくなったのだろうか。
#{語釈]
年渡る  一年経つ
あり   いられる しんぼう出来る

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3265
#[題詞]或書反歌曰
#[原文]世間乎 倦迹思而 家出為 吾哉難二加 還而将成
#[訓読]世の中を憂しと思ひて家出せし我れや何にか還りてならむ
#[仮名],よのなかを,うしとおもひて,いへでせし,われやなににか,かへりてならむ
#[左注]右三首
#[校異]
#[鄣W],相聞,異伝,嘆息
#[訓異]
#[大意]世の中をつらいと思って出家した自分だから、今更もとへ戻って何になろうか。
#{語釈]
憂し  つらい 厭わしい
家出  出家する
還る  還俗する もとへ戻る

#[説明]
長歌とは関係がない歌。ただ長歌の「家にも行かめ」によって編纂者は、この歌の「還る」と関係づけた。

#[関連論文]


#[番号]13/3266
#[題詞]
#[原文]春去者 花咲乎呼里 秋付者 丹之穂尓黄色 味酒乎 神名火山之 帶丹為留 明日香之河乃 速瀬尓 生玉藻之 打靡 情者因而 朝露之 消者可消 戀久毛 知久毛相 隠都麻鴨
#[訓読]春されば 花咲ををり 秋づけば 丹のほにもみつ 味酒を 神奈備山の 帯にせる 明日香の川の 早き瀬に 生ふる玉藻の うち靡き 心は寄りて 朝露の 消なば消ぬべく 恋ひしくも しるくも逢へる 隠り妻かも
#[仮名],はるされば,はなさきををり,あきづけば,にのほにもみつ,うまさけを,かむなびやまの,おびにせる,あすかのかはの,はやきせに,おふるたまもの,うちなびき,こころはよりて,あさつゆの,けなばけぬべく,こひしくも,しるくもあへる,こもりづまかも
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情,地名,明日香,奈良,枕詞,序詞
#[訓異]
#[大意]春になると花が咲きたわみ、秋らしくなると真っ赤に色づくうま酒はなあ神奈備山の帯にしている明日香の川の早い瀬に生える玉藻の流れに靡くように心は寄って、朝露のように消えてしまうのならば消えてしまいそうに、恋しいこともその甲斐があって逢った隠り妻であるよ。
#{語釈]
花咲きををり  いっぱいに咲きたわむ
味酒を 「を」は間投助詞
しるくも  甲斐があって

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3267
#[題詞]反歌
#[原文]明日香河 瀬湍之珠藻之 打靡 情者妹尓 <因>来鴨
#[訓読]明日香川瀬々の玉藻のうち靡き心は妹に寄りにけるかも
#[仮名],あすかがは,せぜのたまもの,うちなびき,こころはいもに,よりにけるかも
#[左注]右二首
#[校異]自 -> 因 [天][類][紀]
#[鄣W],相聞,地名,明日香,奈良,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]明日香川の早瀬早瀬の玉藻のようにうち靡いて、心は妹に寄ったことであるよ
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3268
#[題詞]
#[原文]三諸之 神奈備山従 登能陰 雨者落来奴 雨霧相 風左倍吹奴 大口乃 真神之原従 思管 還尓之人 家尓到伎也
#[訓読]みもろの 神奈備山ゆ との曇り 雨は降り来ぬ 天霧らひ 風さへ吹きぬ 大口の 真神の原ゆ 思ひつつ 帰りにし人 家に至りきや
#[仮名],みもろの,かむなびやまゆ,とのぐもり,あめはふりきぬ,あまぎらひ,かぜさへふきぬ,おほくちの,まかみのはらゆ,おもひつつ,かへりにしひと,いへにいたりきや
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,地名,三輪,明日香,奈良,女歌
#[訓異]
#[大意]三諸の神奈備山から一面曇って雨は降って来た。雨で霧がかかって風までも吹いて来た。大口の真神の原を通って恋い思いながら帰った人は家に着いただろうか。
#{語釈]
みもろの 神奈備山ゆ 三輪山とも明日香ともどちらとも言えない
との曇り 03/0370
大口の 真神の原の枕詞。真神は、狼のこと。狼は大きな口なので言うか
真神の原 清御原宮の北方。飛鳥寺南の原 08/1636

#[説明]
恋人を帰した女の歌

#[関連論文]


#[番号]13/3269
#[題詞]反歌
#[原文]還尓之 人乎念等 野干玉之 彼夜者吾毛 宿毛寐金<手>寸
#[訓読]帰りにし人を思ふとぬばたまのその夜は我れも寐も寝かねてき
#[仮名],かへりにし,ひとをおもふと,ぬばたまの,そのよはわれも,いもねかねてき
#[左注]右二首
#[校異]手 [西(上書訂正)][元][天][紀]
#[鄣W],相聞,枕詞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]帰って行った人を恋い思うとぬばたまのその夜は自分も寝ることも出来なかったことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3270
#[題詞]
#[原文]刺将焼 小屋之四忌屋尓 掻将棄 破薦乎敷而 所<挌>将折 鬼之四忌手乎 指易而 将宿君故 赤根刺 晝者終尓 野干玉之 夜者須柄尓 此床乃 比師跡鳴左右 嘆鶴鴨
#[訓読]さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて 打ち折らむ 醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに この床の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも
#[仮名],さしやかむ,こやのしこやに,かきうてむ,やれごもをしきて,うちをらむ,しこのしこてを,さしかへて,ぬらむきみゆゑ,あかねさす,ひるはしみらに,ぬばたまの,よるはすがらに,このとこの,ひしとなるまで,なげきつるかも
#[左注](右二首)
#[校異]掻 -> 挌 [元]
#[鄣W],相聞,枕詞,女歌,恋情,戯笑,宴席
#[訓異]
#[大意]焼いてしまいたいような小さなきたない小屋に、捨ててしまいたいような破れた薦を敷いて、折ってしまいたいみっともない手をさし交えて寝るであろうあなたなのに、あかねさす昼は昼中、ぬばたまの夜は夜中、この床がひしと鳴るまで嘆くことであるよ
#{語釈]
しみらに  注釈 すがらに  13/3297  

#[説明]
独り寝の女の恋心を歌ったもの

#[関連論文]


#[番号]13/3271
#[題詞]反歌
#[原文]我情 焼毛吾有 愛八師 君尓戀毛 我之心柄
#[訓読]我が心焼くも我れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から
#[仮名],わがこころ,やくもわれなり,はしきやし,きみにこふるも,わがこころから
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]自分の心を焼くのも自分だ。愛しいあなたに恋い思うのも自分の心のせいだ
#{語釈]
#[説明]
自問自答で納得している様子

#[関連論文]


#[番号]13/3272
#[題詞]
#[原文]打延而 思之小野者 不遠 其里人之 標結等 聞手師日従 立良久乃 田付毛不知 居久乃 於久鴨不知 親<之> 己<之>家尚乎 草枕 客宿之如久 思空 不安物乎 嗟空 過之不得物乎 天雲之 行莫々 蘆垣乃 思乱而 乱麻乃 麻笥乎無登 吾戀流 千重乃一重母 人不令知 本名也戀牟 氣之緒尓為而
#[訓読]うちはへて 思ひし小野は 遠からぬ その里人の 標結ふと 聞きてし日より 立てらくの たづきも知らず 居らくの 奥処も知らず にきびにし 我が家すらを 草枕 旅寝のごとく 思ふそら 苦しきものを 嘆くそら 過ぐしえぬものを 天雲の ゆくらゆくらに 葦垣の 思ひ乱れて 乱れ麻の をけをなみと 我が恋ふる 千重の一重も 人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
#[仮名],うちはへて,おもひしをのは,とほからぬ,そのさとびとの,しめゆふと,ききてしひより,たてらくの,たづきもしらず,をらくの,おくかもしらず,にきびにし,わがいへすらを,くさまくら,たびねのごとく,おもふそら,くるしきものを,なげくそら,すぐしえぬものを,あまくもの,ゆくらゆくらに,あしかきの,おもひみだれて,みだれをの,をけをなみと,あがこふる,ちへのひとへも,ひとしれず,もとなやこひむ,いきのをにして
#[左注](右二首)
#[校異]々 -> 之 [類] / <> -> 之 [元][天] / 麻笥 [元][天][類] 司
#[鄣W],相聞,恋情,失恋,枕詞
#[訓異]
#[大意]心を寄せて恋い思った小野は、遠くはないその里の人が標を結ぶと聞いた日から、立つことの方法も知らないで、座ることのその先もわからないで、住み慣れた自分の家すら草枕旅寝のように、思うにつけても苦しいものなのに、嘆くにつけても過ごすことが出来ないものなのに、天雲のように心がゆらゆらとして、葦垣のように思い乱れて、乱れた麻の入れる器がないように乱れた心をおさめるものもないのでと、自分が恋い思う千分の一でも、人目につかずむやみに恋い思っていることだろうか。命にかけて
#{語釈]
うちはへて 06/1047 心を寄せて
標結ふと 聞きてし日 別の人が作者の恋い思う人の恋人となった
奥処  12/3150 落ち着く先
思ふそら  
04/0534H01遠妻の ここにしあらねば 玉桙の 道をた遠み 思ふそら 安けなくに
08/1520H02思ふそら 安けなくに 嘆くそら 安けなくに 青波に 望みは絶えぬ

ゆくらゆくらに
13/3329H10大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我が寝る夜らは 数みもあへぬかも
17/3962H05大船の ゆくらゆくらに 下恋に いつかも来むと 待たすらむ

乱れ麻の をけ  をけは麻糸などを入れておく器

#[説明]
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#[番号]13/3273
#[題詞]反歌
#[原文]二無 戀乎思為者 常帶乎 三重可結 我身者成
#[訓読]二つなき恋をしすれば常の帯を三重結ぶべく我が身はなりぬ
#[仮名],ふたつなき,こひをしすれば,つねのおびを,みへむすぶべく,あがみはなりぬ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情,失恋,遊仙窟
#[訓異]
#[大意]二つとない恋をするので、いつもの帯を三重にも結ぶように自分の身はなったことだ
#{語釈]
#[説明]
類歌
04/0742H01一重のみ妹が結ばむ帯をすら三重結ぶべく我が身はなりぬ

#[関連論文]


#[番号]13/3274
#[題詞]
#[原文]為須部乃 田付S不知 石根乃 興凝敷道乎 石床笶 根延門S 朝庭 出居而嘆 夕庭 入居而思 白桍乃 吾衣袖S 折反 獨之寐者 野干玉 黒髪布而 人寐 味眠不睡而 大舟乃 徃良行羅二 思乍 吾睡夜等呼 <讀文>将敢鴨
#[訓読]為むすべの たづきを知らに 岩が根の こごしき道を 岩床の 根延へる門を 朝には 出で居て嘆き 夕には 入り居て偲ひ 白栲の 我が衣手を 折り返し ひとりし寝れば ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずて 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我が寝る夜らを 数みもあへむかも
#[仮名],せむすべの,たづきをしらに,いはがねの,こごしきみちを,いはとこの,ねばへるかどを,あしたには,いでゐてなげき,ゆふへには,いりゐてしのひ,しろたへの,わがころもでを,をりかへし,ひとりしぬれば,ぬばたまの,くろかみしきて,ひとのぬる,うまいはねずて,おほぶねの,ゆくらゆくらに,おもひつつ,わがぬるよらを,よみもあへむかも
#[左注](右二首)
#[校異]續父 -> 讀文 [元][類]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情,孤独,枕詞
#[訓異]
#[大意]どうしてよいかその方法もわからないで、岩の根の険しい道を、岩が床のように広がっている門で、朝には出てたたづんで嘆き、夕方には入って座って思いをはせ、白妙の自分の衣手を折り返して、独りで寝ると、ぬばたまの黒髪を敷いて、他の人が普通に寝る安眠も出来なくて、大船がゆらゆらと揺れるようにあれやこれやと物思いをしながら、自分が寝る夜を数えきれるであろうか
#{語釈]
衣手を折り返し 黒髪敷きて  恋人を待っている姿
数みも  幾夜になるか数えること

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3275
#[題詞]反歌
#[原文]一眠 夜笇跡 雖思 戀茂二 情利文梨
#[訓読]ひとり寝る夜を数へむと思へども恋の繁きに心どもなし
#[仮名],ひとりぬる,よをかぞへむと,おもへども,こひのしげきに,こころどもなし
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情,女歌,孤独
#[訓異]
#[大意]独りで寝る夜を数えようと思うが、恋い思うことの激しさに正気の心もないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3276
#[題詞]
#[原文]百不足 山田道乎 浪雲乃 愛妻跡 不語 別之来者 速川之 徃<文>不知 衣袂笶 反裳不知 馬自物 立而爪衝 為須部乃 田付乎白粉 物部乃 八十乃心S 天地二 念足橋 玉相者 君来益八跡 吾嗟 八尺之嗟 玉<桙>乃 道来人乃 立留 何常問者 答遣 田付乎不知 散釣相 君名日者 色出 人<可>知 足日木能 山従出 月待跡 人者云而 君待吾乎
#[訓読]百足らず 山田の道を 波雲の 愛し妻と 語らはず 別れし来れば 早川の 行きも知らず 衣手の 帰りも知らず 馬じもの 立ちてつまづき 為むすべの たづきを知らに もののふの 八十の心を 天地に 思ひ足らはし 魂合はば 君来ますやと 我が嘆く 八尺の嘆き 玉桙の 道来る人の 立ち留まり いかにと問はば 答へ遣る たづきを知らに さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 君待つ我れを
#[仮名],ももたらず,やまたのみちを,なみくもの,うつくしづまと,かたらはず,わかれしくれば,はやかはの,ゆきもしらず,ころもでの,かへりもしらず,うまじもの,たちてつまづき,せむすべの,たづきをしらに,もののふの,やそのこころを,あめつちに,おもひたらはし,たまあはば,きみきますやと,わがなげく,やさかのなげき,たまほこの,みちくるひとの,たちとまり,いかにととはば,こたへやる,たづきをしらに,さにつらふ,きみがないはば,いろにいでて,ひとしりぬべみ,あしひきの,やまよりいづる,つきまつと,ひとにはいひて,きみまつわれを
#[左注](右二首)
#[校異]父 -> 文 [西(訂正)][元][天][類] / 杵 -> 桙 [天][類][温] / 不 -> 可 [類][紀][温]
#[鄣W],相聞,問答,枕詞,地名,桜井,奈良,女歌,歌劇
#[訓異]
#[大意]百に足りない山田の道を波雲のようないとしい夫と十分に言葉を交わすことなく別れて来たので、流れの速い川の水が行くように行くこともわからないで、衣手のように帰ることもわからないで、馬のように立ってつまづき、どうしてよいか方法もわからないで、もののふのあれこれと思う気持ちを天地に思いをいっぱいにし、魂が合うならばあなたがいらっしゃるかと自分が嘆く八尺にもなる長い嘆きを玉鉾の道を来る人の立ち止まってどうしたのだと問うならば、答えてやる方法もわからないで、紅顔のあなたの名前を言うならば、顔色にも出て他人が知ってしまいそうで、あしひきの山から出る月を待つと人には言ってあなたを待つ自分であるなあ
#{語釈]
百足らず 八十ということで山田の「ヤ」にかかる
波雲の 枕詞 係り方未詳
    代匠記 波の如くなる雲のうるはしきによそへて愛妻とはつづけたり
早川の 流れの早い川の水が行くことから「行く」の枕詞
衣手の 返ると帰るを掛けた枕詞
思ひ足らはし 思いがいっぱいになる

#[説明]
末句
12/3220

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#[番号]13/3277
#[題詞]反歌
#[原文]眠不睡 吾思君者 何處邊 今<夜>誰与可 雖待不来
#[訓読]寐も寝ずに我が思ふ君はいづくへに今夜誰れとか待てど来まさぬ
#[仮名],いもねずに,あがおもふきみは,いづくへに,こよひたれとか,まてどきまさぬ
#[左注]右二首
#[校異]身 -> 夜 [万葉考]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]寝ることもせずに自分が思うあなたは、どこの方で今夜は誰と会っているのか、待ってもいらっしゃらない
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3278
#[題詞]
#[原文]赤駒 厩立 黒駒 厩立而 彼乎飼 吾徃如 思妻 心乗而 高山 峯之手折丹 射目立 十六待如 床敷而 吾待君 犬莫吠行<年>
#[訓読]赤駒を 馬屋に立て 黒駒を 馬屋に立てて そを飼ひ 我が行くがごと 思ひ妻 心に乗りて 高山の 嶺のたをりに 射目立てて 鹿猪待つがごと 床敷きて 我が待つ君を 犬な吠えそね
#[仮名],あかごまを,うまやにたて,くろこまを,うまやにたてて,そをかひ,わがゆくがごと,おもひづま,こころにのりて,たかやまの,みねのたをりに,いめたてて,ししまつがごと,とこしきて,わがまつきみを,いぬなほえそね
#[左注](右二首)
#[校異]君 [元][天][類](塙)(楓) 公 / 羊 -> 年 [元][天][類]
#[鄣W],相聞,動物,問答,歌劇,女歌
#[訓異]
#[大意]赤馬を厩に立てて黒馬を厩に立てて、それを飼って自分が行くように恋い思う妻は心に乗って、高い山の峰のくぼみに射目を立てて鹿猪を待つように、寝床を敷いて自分が待つあなたを犬よ吠えるなよ。
#{語釈]
我が行くがごと 飼っている馬に乗って自分が行くように、妻が心に乗る
たをり たわんでいるところ、くぼみ
射目  06/0926

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3279
#[題詞]反歌
#[原文]蘆垣之 末掻別而 君越跡 人丹勿告 事者棚知
#[訓読]葦垣の末かき分けて君越ゆと人にな告げそ事はたな知れ
#[仮名],あしかきの,すゑかきわけて,きみこゆと,ひとになつげそ,ことはたなしれ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情,人目
#[訓異]
#[大意]葦の垣根の先を掻き分けてあなたが越えると人には告げるなよ。事情はよく知ってくれ
#{語釈]
たな知り 01/0050

#[説明]
恋しい男が訪ねて来るのを目撃しても、事情をよく察して他人には言うなという女の気持ち
#[関連論文]


#[番号]13/3280
#[題詞]
#[原文]<妾>背兒者 雖待来不益 天原 振左氣見者 黒玉之 夜毛深去来 左夜深而 荒風乃吹者 立<待留> 吾袖尓 零雪者 凍渡奴 今更 公来座哉 左奈葛 後毛相得 名草武類 心乎持而 <二>袖持 床打拂 卯管庭 君尓波不相 夢谷 相跡所見社 天之足夜<乎>
#[訓読]我が背子は 待てど来まさず 天の原 振り放け見れば ぬばたまの 夜も更けにけり さ夜更けて あらしの吹けば 立ち待てる 我が衣手に 降る雪は 凍りわたりぬ 今さらに 君来まさめや さな葛 後も逢はむと 慰むる 心を持ちて ま袖もち 床うち掃ひ うつつには 君には逢はず 夢にだに 逢ふと見えこそ 天の足り夜を
#[仮名],わがせこは,まてどきまさず,あまのはら,ふりさけみれば,ぬばたまの,よもふけにけり,さよふけて,あらしのふけば,たちまてる,わがころもでに,ふるゆきは,こほりわたりぬ,いまさらに,きみきまさめや,さなかづら,のちもあはむと,なぐさむる,こころをもちて,まそでもち,とこうちはらひ,うつつには,きみにはあはず,いめにだに,あふとみえこそ,あめのたりよを
#[左注](右四首)
#[校異]妄 -> 妾 [元][天][紀] / 留待 -> 待留 [新校] / 三 -> 二 (塙) / 于 -> 乎 [元][天][類]
#[鄣W],相聞,枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]我が背子は待ってもいらっしゃらない。天の原を振り仰いで見ると、ぬばたまの夜も更けたことだ。夜が更けて嵐が吹くので立って待っている自分の衣手に降る雪はすっかり凍ってしまった。今更あなたがいらっしゃるだろうか。さな葛ではないが後にも逢おうと慰める気持ちを持って、両袖で寝床を打ち払って現実にはあなたには逢わないで、夢だけでも逢うと見えて欲しい。天のように満ち足りた十分な夜を
#{語釈]
天の足り夜を 天のように満ち足りた十分時間のある夜
       夜は十分にあるという誉め言葉。君の来ない空しい夜とを対比する。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3281
#[題詞]或本歌曰
#[原文]吾背子者 待跡不来 鴈音<文> 動而寒 烏玉乃 宵文深去来 左夜深跡 阿下乃吹者 立待尓 吾衣袖尓 置霜<文> 氷丹左叡渡 落雪母 凍渡奴 今更 君来目八 左奈葛 後<文>将會常 大舟乃 思憑迹 現庭 君者不相 夢谷 相所見欲 天之足夜尓
#[訓読]我が背子は 待てど来まさず 雁が音も 響みて寒し ぬばたまの 夜も更けにけり さ夜更くと あらしの更けば 立ち待つに 我が衣手に 置く霜も 氷にさえわたり 降る雪も 凍りわたりぬ 今さらに 君来まさめや さな葛 後も逢はむと 大船の 思ひ頼めど うつつには 君には逢はず 夢にだに 逢ふと見えこそ 天の足り夜に
#[仮名],わがせこは,まてどきまさず,かりがねも,とよみてさむし,ぬばたまの,よもふけにけり,さよふくと,あらしのふけば,たちまつに,わがころもでに,おくしもも,ひにさえわたり,ふるゆきも,こほりわたりぬ,いまさらに,きみきまさめや,さなかづら,のちもあはむと,おほぶねの,おもひたのめど,うつつには,きみにはあはず,いめにだに,あふとみえこそ,あめのたりよに
#[左注](右四首)
#[校異]毛 -> 文 [天][類][紀] / 父 -> 文 [西(訂正)][天][紀][温] / 父 -> 文 [西(訂正)][元][天][類]
#[鄣W],相聞,異伝,枕詞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]我が背子は待ってもいらっしゃらない。雁の鳴き声も響き渡って寒い。ぬばたまの夜も更けてしまった。夜が更けるとして嵐が吹くので、立って待っていたところ、自分の衣手に置く霜も氷になって凍てついてしまって、降る雪も凍りついてしまった。今更にあなたがいらっしゃるだろうか。さな葛ではないが後も逢おうと大船のように思い頼むが、実際にはあなたには逢わないで夢だけでも逢うと見えて欲しい。空のように時間が満ち足りたこの夜に
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3282
#[題詞]反歌
#[原文]衣袖丹 山下吹而 寒夜乎 君不来者 獨鴨寐
#[訓読]衣手にあらしの吹きて寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む
#[仮名],ころもでに,あらしのふきて,さむきよを,きみきまさずは,ひとりかもねむ
#[左注](右四首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情,孤独
#[訓異]
#[大意]衣手にあらしが吹いて寒い夜をあなたがいらっしゃらないので独りで寝ることだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3283
#[題詞]
#[原文]今更 戀友君<二> 相目八毛 眠夜乎不落 夢所見欲
#[訓読]今さらに恋ふとも君に逢はめやも寝る夜をおちず夢に見えこそ
#[仮名],いまさらに,こふともきみに,あはめやも,ぬるよをおちず,いめにみえこそ
#[左注]右四首
#[校異]尓 -> 二 [元][天]
#[鄣W],相聞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]今さらに恋い思うとしてもあなたに逢うことがあろうか。寝る夜ごとに夢に見えて欲しい
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3284
#[題詞]
#[原文]菅根之 根毛一伏三向凝呂尓 吾念有 妹尓緑而者 言之禁毛 無在乞常 齊戸乎 石相穿居 竹珠乎 無間貫垂 天地之 神祇乎曽吾祈 甚毛為便無見
#[訓読]菅の根の ねもころごろに 我が思へる 妹によりては 言の忌みも なくありこそと 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉を 間なく貫き垂れ 天地の 神をぞ我が祷む いたもすべなみ
#[仮名],すがのねの,ねもころごろに,あがおもへる,いもによりては,ことのいみも,なくありこそと,いはひへを,いはひほりすゑ,たかたまを,まなくぬきたれ,あめつちの,かみをぞわがのむ,いたもすべなみ,,,,,,いもによりては,,,きみにより,きみがまにまに
#[左注]今案 不可言之因妹者 應謂之縁君也 何則反歌云<公>之随意焉 / (右五首)
#[校異]公 [西(上書訂正)][元][天][類]
#[鄣W],相聞,枕詞,人目,うわさ,恋情,掛け合い歌,神祭り
#[訓異]
#[大意]菅の根ではないが懇ろに自分が思っている妹については、言葉の災いもなくてあって欲しいと、斎瓮を潔斎して掘り据えて、竹玉を隙間無く貫き垂れて、天地の神を自分は祈ることだ。どうしようもなくて。
#{語釈]
言の忌みも  言葉のつつしみ  うわさになること

左注 今案ずるに、「妹によりては」と言ふべからず。まさに「君により」と言ふべし。何ぞとならば則ち、反歌に「君がまにまに」と云へればなり。

#[説明]
左注 長歌と反歌で作者の性が異なる。
   注釈 長歌と反歌は本来別のものであって、同一作者と考える必要はない
   大系 反歌は必ずしも女の歌と解する必要はない
   男女の唱和の歌か。
   神を祀るのは女の行為。本来は女の歌であったものが、男の歌となった。

#[関連論文]


#[番号]13/3285
#[題詞]反歌
#[原文]足千根乃 母尓毛不謂 褁有之 心者縦 <公>之随意
#[訓読]たらちねの母にも言はずつつめりし心はよしゑ君がまにまに
#[仮名],たらちねの,ははにもいはず,つつめりし,こころはよしゑ,きみがまにまに
#[左注](右五首)
#[校異]君 -> 公 [元][天][紀]
#[鄣W],相聞,枕詞,女歌,掛け合い歌,恋情
#[訓異]
#[大意]たらちねの母にも言わないで包んだ心はどうともあなたのお好きなように
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3286
#[題詞]或本歌曰
#[原文]玉手<次> 不懸時無 吾念有 君尓依者 倭<文>幣乎 手取持而 竹珠S 之自二貫垂 天地之 神S曽吾乞 痛毛須部奈見
#[訓読]玉たすき 懸けぬ時なく 我が思へる 君によりては しつ幣を 手に取り持ちて 竹玉を 繁に貫き垂れ 天地の 神をぞ我が祷む いたもすべなみ
#[仮名],たまたすき,かけぬときなく,あがおもへる,きみによりては,しつぬさを,てにとりもちて,たかたまを,しじにぬきたれ,あめつちの,かみをぞわがのむ,いたもすべなみ
#[左注](右五首)
#[校異]吹 -> 次 [元][天][温] / 父 -> 文 [元]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情,神祭り
#[訓異]
#[大意]玉たすきではないが、心に懸けない時はなく自分が思っているあなたについては、幣を手に取り持って、竹玉をたくさん貫き垂れて天地の神を自分は祈る。どうしようもないので。
#{語釈]
しつ幣  03/0431

#[説明]
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#[番号]13/3287
#[題詞]反歌
#[原文]乾坤乃 神乎祷而 吾戀 公以必 不相在目八
#[訓読]天地の神を祈りて我が恋ふる君いかならず逢はずあらめやも
#[仮名],あめつちの,かみをいのりて,あがこふる,きみいかならず,あはずあらめやも
#[左注](右五首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情,神祭り
#[訓異]
#[大意]天地の神を祈って自分が恋い思うあなたは必ず逢わないままでいるということがあろうか。
#{語釈]
君いかならず 「い」強調の助詞  12/2927
       注釈 君に必ず 以は、似と通用する。
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3288
#[題詞]或本歌曰
#[原文]大船之 思憑而 木<妨>己 弥遠長 我念有 君尓依而者 言之故毛 無有欲得 木綿手次 肩荷取懸 忌戸乎 齊穿居 玄黄之 神祇二衣吾祈 甚毛為便無見
#[訓読]大船の 思ひ頼みて さな葛 いや遠長く 我が思へる 君によりては 言の故も なくありこそと 木綿たすき 肩に取り懸け 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 天地の 神にぞ我が祷む いたもすべなみ
#[仮名],おほぶねの,おもひたのみて,さなかづら,いやとほながく,あがおもへる,きみによりては,ことのゆゑも,なくありこそと,ゆふたすき,かたにとりかけ,いはひへを,いはひほりすゑ,あめつちの,かみにぞわがのむ,いたもすべなみ
#[左注]右五首
#[校異]始 -> 妨 [元][類]
#[鄣W],相聞,枕詞,恋情,神祭り,女歌
#[訓異]
#[大意]大船のように頼みに思ってさな葛のようにますます遠く長くいつまでと自分が思っているあなたについては言葉の災いもなくてあって欲しいと、木綿たすきを肩に取りかけて斎瓮を清めて地面に掘り据えて、天地の神に自分は祈る。どうしようもないので
#{語釈]
言の故も 言葉のせいで起こる災い

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3289
#[題詞]
#[原文]御佩乎 劔池之 蓮葉尓 渟有水之 徃方無 我為時尓 應相登 相有君乎 莫寐等 母寸巨勢友 吾情 清隅之池之 池底 吾者不<忘> 正相左右二
#[訓読]み佩かしを 剣の池の 蓮葉に 溜まれる水の ゆくへなみ 我がする時に 逢ふべしと 逢ひたる君を な寐ねそと 母聞こせども 我が心 清隅の池の 池の底 我れは忘れじ 直に逢ふまでに
#[仮名],みはかしを,つるぎのいけの,はちすばに,たまれるみづの,ゆくへなみ,わがするときに,あふべしと,あひたるきみを,ないねそと,ははきこせども,あがこころ,きよすみのいけの,いけのそこ,われはわすれじ,ただにあふまでに
#[左注](右二首)
#[校異]忍 -> 忘 [万葉集童蒙抄]
#[鄣W],相聞,枕詞,地名,奈良,橿原,女歌,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]お佩きになる剣の池の蓮の葉に溜まっている水のように途方にくれて自分がする時に逢うだろうと逢ったあなたであるのに。寝るなよと母はお聞かせになるが、自分の心は清隅の池のように清く、池の底のように深く、自分は忘れるまい。直接逢うまでは。
#{語釈]
剣の池  応神紀十一年冬十月、剣池、軽池、鹿垣池、厩坂池を作る。
     開化紀五年二月、大日本根子彦国索天皇(孝元)を剣池鳥上陵に葬る。
     橿原市石川孝元天皇陵北の池

蓮葉に 溜まれる水の 蓮の葉に溜まっている水が流れて行きようがないように、どうしようもなくある

清隅池 不明  剣の池の付近か
        大和志  高樋村に在り。
             奈良市高樋 現在の帯解駅と櫟本駅の中間東
        大和志料  添下郡  清澄荘  東大寺領  郡山市小泉

#[説明]
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#[番号]13/3290
#[題詞]反歌
#[原文]古之 神乃時従 會計良思 今心<文> 常不所<忘>
#[訓読]いにしへの神の時より逢ひけらし今の心も常忘らえず
#[仮名],いにしへの,かみのときより,あひけらし,いまのこころも,つねわすらえず
#[左注]右二首
#[校異]父 -> 文 [西(訂正)][元][天][紀] / 念 -> 忘 [代匠記精撰本]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]いにしえの神代の時から逢っていたのだろう。今の心もいつも忘れることは出来ない。
#{語釈]
#[説明]
あなたとは逢う定めであり、ずっと昔から逢っていたからか、一時的なものではないと言ったもの

#[関連論文]


#[番号]13/3291
#[題詞]
#[原文]三芳野之 真木立山尓 青生 山菅之根乃 慇懃 吾念君者 天皇之 遣之万々 [或本云 王 命恐] 夷離 國治尓登 [或本云 天踈 夷治尓等] 群鳥之 朝立行者 後有 我可将戀奈 客有者 君可将思 言牟為便 将為須便不知 [或書有 足日木 山之木末尓 句也] 延津田乃 歸之 [或本無歸之句也] 別之數 惜物可聞
#[訓読]み吉野の 真木立つ山に 青く生ふる 山菅の根の ねもころに 我が思ふ君は 大君の 任けのまにまに [或本云 大君の 命かしこみ] 鄙離る 国治めにと [或本云 天離る 鄙治めにと] 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我れか恋ひむな 旅ならば 君か偲はむ 言はむすべ 為むすべ知らに [或書有 あしひきの 山の木末に 句也] 延ふ蔦の 行きの [或本無歸之句也] 別れのあまた 惜しきものかも
#[仮名],みよしのの,まきたつやまに,あをくおふる,やますがのねの,ねもころに,あがおもふきみは,おほきみの,まけのまにまに,[おほきみの,みことかしこみ],ひなざかる,くにをさめにと,[あまざかる,ひなをさめにと],むらとりの,あさだちいなば,おくれたる,あれかこひむな,たびならば,きみかしのはむ,いはむすべ,せむすべしらに,[あしひきの,やまのこぬれに],はふつたの,ゆきの,わかれのあまた,をしきものかも
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,女歌,送別,枕詞,赴任,恋情,大君,地名,奈良,吉野
#[訓異]
#[大意]吉野の立派な木が立つ山に青く生えている山菅の根のように懇ろに自分が思うあなたは、大君のご命令のままに[或本には、大君のご命令を恐れつつしんで]、鄙として都から遠ざかった国を治めにとて[或本には、天遠く離れた田舎を治めにとして]鳥の群れのように朝出発して行かれたならば、後に残った自分は恋い思うことであろうか。旅であるならばあなたは自分を偲んでくれるだろうか。どう言ってよいか、どうしてよいかわからないで、[或書に あしひきの山のこずえに の句がある] 這い延びる蔦ではないが出かける別れのひどく惜しいことであるよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3292
#[題詞]反歌
#[原文]打蝉之 命乎長 有社等 留吾者 五十羽旱将待
#[訓読]うつせみの命を長くありこそと留まれる我れは斎ひて待たむ
#[仮名],うつせみの,いのちをながく,ありこそと,とまれるわれは,いはひてまたむ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,女歌,送別
#[訓異]
#[大意]現実の世の命が長くあって欲しいと後に留まっている自分は精進潔斎して待とう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3293
#[題詞]
#[原文]三吉野之 御金高尓 間無序 雨者落云 不時曽 雪者落云 其雨 無間如 彼雪 不時如 間不落 吾者曽戀 妹之正香尓
#[訓読]み吉野の 御金が岳に 間なくぞ 雨は降るといふ 時じくぞ 雪は降るといふ その雨の 間なきがごと その雪の 時じきがごと 間もおちず 我れはぞ恋ふる 妹が直香に
#[仮名],みよしのの,みかねがたけに,まなくぞ,あめはふるといふ,ときじくぞ,ゆきはふるといふ,そのあめの,まなきがごと,そのゆきの,ときじきがごと,まもおちず,あれはぞこふる,いもがただかに
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,天武,異伝,民謡,恋情,吉野,地名,奈良,伝承
#[訓異]
#[大意]み吉野の御金の岳に絶え間なく雨は降るという。時を定めず雪は降るという。その雨の絶え間ないように、その雪の時を定めないように、間もおかずに自分は恋い思うことである。妹の直接の香りに
#{語釈]
御金の岳 大峰山。金峰神社付近の山。青根が岳のこと。蔵王堂の吉野山

#[説明] 0025、0026、3260 と異伝、流布関係にある
#[関連論文]


#[番号]13/3294
#[題詞]反歌
#[原文]三雪落 吉野之高二 居雲之 外丹見子尓 戀度可聞
#[訓読]み雪降る吉野の岳に居る雲の外に見し子に恋ひわたるかも
#[仮名],みゆきふる,よしののたけに,ゐるくもの,よそにみしこに,こひわたるかも
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,地名,吉野,奈良,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]み雪が降る吉野の険しい山にいる雲ではないが、よそながら見たあの子に恋い続けることであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3295
#[題詞]
#[原文]打久津 三宅乃原従 常土 足迹貫 夏草乎 腰尓魚積 如何有哉 人子故曽 通簀<文>吾子 諾々名 母者不知 諾々名 父者不知 蜷腸 香黒髪丹 真木綿持 阿邪左結垂 日本之 黄<楊>乃小櫛乎 抑刺 <卜>細子 彼曽吾つ
#[訓読]うちひさつ 三宅の原ゆ 直土に 足踏み貫き 夏草を 腰になづみ いかなるや 人の子ゆゑぞ 通はすも我子 うべなうべな 母は知らじ うべなうべな 父は知らじ 蜷の腸 か黒き髪に 真木綿もち あざさ結ひ垂れ 大和の 黄楊の小櫛を 押へ刺す うらぐはし子 それぞ我が妻
#[仮名],うちひさつ,みやけのはらゆ,ひたつちに,あしふみぬき,なつくさを,こしになづみ,いかなるや,ひとのこゆゑぞ,かよはすもあこ,うべなうべな,はははしらじ,うべなうべな,ちちはしらじ,みなのわた,かぐろきかみに,まゆふもち,あざさゆひたれ,やまとの,つげのをぐしを,おさへさす,うらぐはしこ,それぞわがつま
#[左注](右二首)
#[校異]常 [元][天] 當 / 父 -> 文 [元][天][類] / 揚 -> 楊 [天][類] / 々 -> 卜 [新校]
#[鄣W],相聞,枕詞,地名,奈良,田原本,問答,親子,歌垣,民謡
#[訓異]
#[大意]うち日さつ三宅の原を通って地面に直接足を踏み込み、夏草が腰までかかって難渋して、どのような人の子のためであるのか、お通いになる我が子よ。
なるほどごもっとも、母は知るまい。ごもっとも父は知るまい。蜷のはらわたのような真っ黒な髪に、木綿であざさを結んで垂らし、大和の黄楊の小櫛を押さえて刺すかわいい子。これが自分の妻なのだ
#{語釈]
うちひさつ うちひさすと同じ。宮にかかる枕詞であるので三宅の「みや」にかけた。
三宅の原  和名抄 大和城下郡「三宅 美夜介」 今の磯城郡田原本町三宅町付近
直土に足踏み貫き 直接歩いて  馬ではなくての気持ち  難渋して妻のもとへ行く様子
うべなうべな  ごもっとも、なるほど
蜷の腸   蜷貝の腸  黒いのでか黒きにかかる
あざさ  代匠記 水草
     類聚名義抄  あざさ  りんどう科の多年生水草
     いけのおもだか はなじゅんさい
     詩経  國風 周南
     參差(しんし)たる■(草冠行)菜(こうさい)は、左右に之を流(もと)む。
     窈窕たる淑女は、寤寐(ごび)に之を求む。

長い短いアサザは、右に左に採り求める。よき手弱女は、寝ても覚めても探し求める。
髪飾りにその花を結び付けたか
大和の  大和で作った 身近なものというイメージ  11/2500 日向黄楊櫛

#[説明]
問答的な歌謡  両親が息子にどのような女の所に苦労して通っていくのかと尋ねた
        息子は、その妻を紹介し、心配無用と答える

#[関連論文]


#[番号]13/3296
#[題詞]反歌
#[原文]父母尓 不令知子故 三宅道乃 夏野草乎 菜積来鴨
#[訓読]父母に知らせぬ子ゆゑ三宅道の夏野の草をなづみ来るかも
#[仮名],ちちははに,しらせぬこゆゑ,みやけぢの,なつののくさを,なづみけるかも
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,歌垣,民謡,地名,奈良,田原本,難渋,恋愛
#[訓異]
#[大意]父母に知らせないあの子ではあるが、三宅路の夏の野の草を掻き分けて難渋して来ることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3297
#[題詞]
#[原文]玉田次 不懸時無 吾念 妹西不會波 赤根刺 日者之弥良尓 烏玉之 夜者酢辛二 眠不睡尓 妹戀丹 生流為便無
#[訓読]玉たすき 懸けぬ時なく 我が思ふ 妹にし逢はねば あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに 寐も寝ずに 妹に恋ふるに 生けるすべなし
#[仮名],たまたすき,かけぬときなく,あがおもふ,いもにしあはねば,あかねさす,ひるはしみらに,ぬばたまの,よるはすがらに,いもねずに,いもにこふるに,いけるすべなし
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],相聞,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉たすきではないが心に掛けない時なく自分が恋い思う妹に逢わないので、あかねさす昼は昼中、ぬばたまの夜は夜中、寝ることもせずに妹に恋い思っていると生きているすべもないことだ
#{語釈]
昼はしみらに  3270

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3298
#[題詞]反歌
#[原文]縦恵八師 二々火四吾妹 生友 各鑿社吾 戀度七目
#[訓読]よしゑやし死なむよ我妹生けりともかくのみこそ我が恋ひわたりなめ
#[仮名],よしゑやし,しなむよわぎも,いけりとも,かくのみこそあが,こひわたりなめ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情
#[訓異]
#[大意]ええい、いっそのこと死んでしまうよ。我妹よ。生きていたとしてもこのようにばかりして恋い続けているだろうから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3299
#[題詞]
#[原文]見渡尓 妹等者立志 是方尓 吾者立而 思虚 不安國 嘆虚 不安國 左丹と之 小舟毛鴨 玉纒之 小楫毛鴨 榜渡乍毛 相語妻遠
#[訓読]見わたしに 妹らは立たし この方に 我れは立ちて 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 安けなくに さ丹塗りの 小舟もがも 玉巻きの 小楫もがも 漕ぎ渡りつつも 語らふ妻を
#[仮名],みわたしに,いもらはたたし,このかたに,われはたちて,おもふそら,やすけなくに,なげくそら,やすけなくに,さにぬりの,をぶねもがも,たままきの,をかぢもがも,こぎわたりつつも,かたらふつまを
#[左注]或本歌頭句云 己母理久乃 波都世乃加波乃 乎知可多尓 伊母良波多々志 己乃加多尓 和礼波多知弖 / 右一首
#[校異]
#[鄣W],相聞,恋情,七夕
#[訓異]
#[大意]見渡した向こうの岸に妹はお立ちになり、こちらの岸に自分は立って、思うにつけて安らかでなく、嘆くにつけても安らかでなく、赤く塗った小舟もあればいいのに。美しく飾った梶もあればいいのに。漕ぎ渡りながらも語り合う妻であるのに
#{語釈]
見わたしに 見渡せる所、川の向こう岸

思ふそら 安けなくに  以下、憶良歌 08/1520

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3299S
#[題詞]或本歌頭句云
#[原文]己母理久乃 波都世乃加波乃 乎知可多尓 伊母良波多々志 己乃加多尓 和礼波多知弖
#[訓読]こもりくの 泊瀬の川の 彼方に 妹らは立たし この方に 我れは立ちて
#[仮名],こもりくの,はつせのかはの,をちかたに,いもらはたたし,このかたに,われはたちて
#[左注]右一首
#[校異]
#[鄣W],相聞,地名,桜井,奈良,異伝
#[訓異]
#[大意]こもりくの泊瀬の川のあちら側に妹はお立ちになり、こちら岸に自分は立って
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3300
#[題詞]
#[原文]忍照 難波乃埼尓 引登 赤曽朋舟 曽朋舟尓 綱取繋 引豆良比 有雙雖為 日豆良賓 有雙雖為 有雙不得叙 所言西我身
#[訓読]おしてる 難波の崎に 引き泝る 赤のそほ舟 そほ舟に 網取り懸け 引こづらひ ありなみすれど 言ひづらひ ありなみすれど ありなみえずぞ 言はえにし我が身
#[仮名],おしてる,なにはのさきに,ひきのぼる,あかのそほぶね,そほぶねに,あみとりかけ,ひこづらひ,ありなみすれど,いひづらひ,ありなみすれど,ありなみえずぞ,いはえにしあがみ
#[左注]右一首
#[校異]
#[鄣W],相聞,枕詞,地名,大阪,うわさ,女歌,民謡
#[訓異]
#[大意]押し照る難波の御崎に引いて登っていく赤い舟。その赤い舟に網を取りかけて、無理に引っ張るように、引っ張って事が運ぶようにするのだが、言いつくろってうまく行くようにするのだが、うまくは行きそうにもないことだ。噂に立てられた我が身であることだ
#{語釈]
あけのそほ舟 03/0270 10/2009

ひこづらひ  無理に強く引っ張る
八千矛神  娘子の 寝すや板戸を 引こづらひ 我が立たせれば

ありなみすれど 略解 宣長云 ありなみは、ありいなみにて、人の言ひたつるを、否と言ひて争ふことなり
        注釈 否定しつづけているが
        釈注 あったりなかったりする
           「あり」は継続する意を添える接頭語
           「なみす」は多くの事柄がずっとすなおに並ぶようにする
        うまく運ぶようにする

言ひづらひ 言いつくろっては
      宣長 言い争って否定する

言はえにし 噂にたてられた  「え」受け身

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3301
#[題詞]
#[原文]神風之 伊勢<乃>海之 朝奈伎尓 来依深海松 暮奈藝尓 来因俣海松 深海松乃 深目師吾乎 俣海松乃 復去反 都麻等不言登可聞 思保世流君
#[訓読]神風の 伊勢の海の 朝なぎに 来寄る深海松 夕なぎに 来寄る俣海松 深海松の 深めし我れを 俣海松の また行き帰り 妻と言はじとかも 思ほせる君
#[仮名],かむかぜの,いせのうみの,あさなぎに,きよるふかみる,ゆふなぎに,きよるまたみる,ふかみるの,ふかめしわれを,またみるの,またゆきかへり,つまといはじとかも,おもほせるきみ
#[左注]右一首
#[校異]之 -> 乃 [元][天][類]
#[鄣W],相聞,地名,伊勢,三重県,枕詞,女歌,民謡,植物,怨恨
#[訓異]
#[大意]神風の伊勢の海の朝なぎにやってくる深海松、夕なぎにやってくるまた海松、その深海松のように深く思う自分なのに、また海松のようにまた行っては戻ってきて、自分を妻とは言うまいとお思いになっているあなたなのだろうか
#{語釈]
深海松 02/0133 海底深くに生えているミル科の海藻

俣海松 海松が多く枝分かれしていることから俣海松という

#[説明]
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#[番号]13/3302
#[題詞]
#[原文]紀伊國之 室之江邊尓 千<年>尓 障事無 万世尓 如是将<在>登 大舟之 思恃而 出立之 清瀲尓 朝名寸二 来依深海松 夕難岐尓 来依縄法 深海松之 深目思子等遠 縄法之 引者絶登夜 散度人之 行之屯尓 鳴兒成 行取左具利 梓弓 弓腹振起 志乃岐羽矣 二手<狭> 離兼 人斯悔 戀思者
#[訓読]紀の国の 牟婁の江の辺に 千年に 障ることなく 万代に かくしもあらむと 大船の 思ひ頼みて 出立の 清き渚に 朝なぎに 来寄る深海松 夕なぎに 来寄る縄海苔 深海松の 深めし子らを 縄海苔の 引けば絶ゆとや 里人の 行きの集ひに 泣く子なす 行き取り探り 梓弓 弓腹振り起し しのぎ羽を 二つ手挟み 放ちけむ 人し悔しも 恋ふらく思へば
#[仮名],きのくにの,むろのえのへに,ちとせに,さはることなく,よろづよに,かくしもあらむと,おほぶねの,おもひたのみて,いでたちの,きよきなぎさに,あさなぎに,きよるふかみる,ゆふなぎに,きよるなはのり,ふかみるの,ふかめしこらを,なはのりの,ひけばたゆとや,さとびとの,ゆきのつどひに,なくこなす,ゆきとりさぐり,あづさゆみ,ゆばらふりおこし,しのぎはを,ふたつたばさみ,はなちけむ,ひとしくやしも,こふらくおもへば
#[左注]右一首
#[校異]羊 -> 年 [元][天][類] / 有 -> 在 [元][天][類] / 狭 -> 挟 [元][天][類]
#[鄣W],相聞,地名,和歌山,田辺,枕詞,植物,民謡,戯笑
#[訓異]
#[大意]紀の国の牟婁の江のあたりに千年になっても障害もなく、万年もこのようにあろうと、大船の思い頼んで、出立の清らかな渚に朝なぎにやってくる深海松、夕なぎにやってくる縄海苔、その深海松のように思いを深めたあの子を、縄海苔のように引くと途絶えるというのだろうか。里人が行って集まっているところに泣く子が乳を探すように行って探しまわり、梓弓の弓腹を振り起こし、しのぎ羽の矢を二つ手挟んで放つように、二人の仲を離してしまった人がくやしいことだ。恋い思うことを思うと。
#{語釈]
牟婁の江 白浜あたりの江

出立 門口 02/0213
地名 09/1674 和歌山県田辺市元町

縄海苔 11/2779 海そうめん

泣く子なす  注釈「はひ行き、ものをとり探る」意
       泣いている子が乳を探す

行き取り探り 行って探しまわり
       「行き」と「靫」と掛ける 靫を探して 梓弓にかかる

弓腹 古事記 弓腹振り立てて  弓の中程の矢をつがえる所
   普通 弓末 が多い。 弓末だと弓の筈の部分

しのぎ羽  風切り羽。普通、矢羽根は鷹の風切り羽を使う

人 相手のこと

#[説明]
万葉考 挽歌か

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#[番号]13/3303
#[題詞]
#[原文]里人之 吾丹告樂 <汝>戀 愛妻者 黄葉之 散乱有 神名火之 此山邊柄 [或本云 彼山邊] 烏玉之 黒馬尓乗而 河瀬乎 七湍渡而 裏觸而 妻者會登 人曽告鶴
#[訓読]里人の 我れに告ぐらく 汝が恋ふる うつくし夫は 黄葉の 散り乱ひたる 神なびの この山辺から [或本云 その山辺] ぬばたまの 黒馬に乗りて 川の瀬を 七瀬渡りて うらぶれて 夫は逢ひきと 人ぞ告げつる
#[仮名],さとびとの,あれにつぐらく,ながこふる,うつくしづまは,もみちばの,ちりまがひたる,かむなびの,このやまへから,[そのやまへ],ぬばたまの,くろまにのりて,かはのせを,ななせわたりて,うらぶれて,つまはあひきと,ひとぞつげつる
#[左注](右二首)
#[校異]汝 [西(上書訂正)][元][天][類]
#[鄣W],相聞,女歌,挽歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]里人が自分に告げていうには、お前が恋い思ういとしい夫は、黄葉の散り乱れている神名火のこの山辺から[或本に云う、その山辺から] ぬばたまの黒馬に乗って、川の瀬をいくつも渡って、うらぶれて夫に逢ったと人が告げたことである
#{語釈]
里人の 我れに告ぐらく 人麻呂の泣血哀慟歌、笠金村の志貴皇子挽歌などの表現方法

#[説明]
挽歌か
07/1409H01秋山の黄葉あはれとうらぶれて入りにし妹は待てど来まさず

村瀬憲夫 前の歌の続きか。

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#[番号]13/3304
#[題詞]反歌
#[原文]不聞而 黙然有益乎 何如文 <公>之正香乎 人之告鶴
#[訓読]聞かずして黙もあらましを何しかも君が直香を人の告げつる
#[仮名],きかずして,もだもあらましを,なにしかも,きみがただかを,ひとのつげつる
#[左注]右二首
#[校異]君 -> 公 [元][天][紀]
#[鄣W],相聞,女歌,恋情,挽歌
#[訓異]
#[大意]聞かないで黙っていればよかった。どうしてあなたの様子を人が告げたのか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3305
#[題詞]問答
#[原文]物不念 道行去毛 青山乎 振放見者 茵花 香<未>通女 櫻花 盛未通女 汝乎曽母 吾丹依云 吾S毛曽 汝丹依云 荒山毛 人師依者 余所留跡序云 汝心勤
#[訓読]物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをもぞ 汝れに寄すといふ 荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ
#[仮名],ものもはず,みちゆくゆくも,あをやまを,ふりさけみれば,つつじばな,にほえをとめ,さくらばな,さかえをとめ,なれをぞも,われによすといふ,われをもぞ,なれによすといふ,あらやまも,ひとしよすれば,よそるとぞいふ,ながこころゆめ
#[左注](右五首)
#[校異]末 -> 未 [元][天][類]
#[鄣W],問答,歌垣,求婚,恋情
#[訓異]
#[大意]もの思いもなく道を行きながら、青山を振りあおいで見ると、ツツジ花が照り輝いているように美しい娘子、桜花が満開に咲いているように若さで盛んな娘子よ。お前を自分に関係あるかのように世間の人は言う。自分をお前に言い寄ると世間では言う。たとえ荒山でも世間の人が寄せようとすると寄ってくるという。お前もゆめゆめ油断をするなよ。
#{語釈]
にほえ娘子  3309 「え」自然にそうなる意

#[説明]
用心しないと、あの荒山でも人がうわさをすると言い寄せるという。まして噂になっている自分とお前は、用心しないと本当に近づいて行くよ という意。

遠回しな求婚 3307が女が答えた歌

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#[番号]13/3306
#[題詞]反歌
#[原文]何為而 戀止物序 天地乃 神乎祷迹 吾八思益
#[訓読]いかにして恋やむものぞ天地の神を祈れど我れは思ひ増す
#[仮名],いかにして,こひやむものぞ,あめつちの,かみをいのれど,われはおもひます
#[左注](右五首)
#[校異]
#[鄣W],問答,恋情,歌垣
#[訓異]
#[大意]どのようにして恋い思うことをやめようか。天地の神を祈るけれども自分はますます思いは増すばかりだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3307
#[題詞]
#[原文]然有社 <年>乃八歳S 鑚髪乃 吾同子S過 橘 末枝乎過而 此河能 下<文>長 汝情待
#[訓読]しかれこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝を過ぎて この川の 下にも長く 汝が心待て
#[仮名],しかれこそ,としのやとせを,きりかみの,よちこをすぎ,たちばなの,ほつえをすぎて,このかはの,したにもながく,ながこころまて
#[左注](右五首)
#[校異]羊 -> 年 [元][天][類] / 父 -> 文 [元][天][紀]
#[鄣W],問答,恋情,女歌,序詞
#[訓異]
#[大意]そうであるからこそ長い年月をおさげ髪に切った同年代の若い子どもの時代を過ぎ、橘の上の枝も背丈が高くなって、この川の水が下を流れるように心密かにあなたの心が動くのを待っているよ
#{語釈]
年の八年 八年は概念的数字 長い年月

切り髪の おさげ髪に切った  よち子の実体的な枕詞

よち子  自分と同じ年頃の若い子
05/0804H05よち子らと 手携はりて 遊びけむ 時の盛りを 留みかね

下にも長く  川の水が下を流れるように、心密かににも

#[説明]
3305に対して答えた歌

#[関連論文]


#[番号]13/3308
#[題詞]反歌
#[原文]天地之 神尾母吾者 祷而寸 戀云物者 都不止来
#[訓読]天地の神をも我れは祈りてき恋といふものはかつてやまずけり
#[仮名],あめつちの,かみをもわれは,いのりてき,こひといふものは,かつてやまずけり
#[左注](右五首)
#[校異]
#[鄣W],問答,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]天地の神までも自分は祈ったことだ。恋というものは少しもやまないことだった
#{語釈]
かつて
04/0675H01をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも
10/1946H01木高くはかつて木植ゑじ霍公鳥来鳴き響めて恋まさらしむ
12/3080H01わたつみの沖に生ひたる縄海苔の名はかつて告らじ恋ひは死ぬとも
13/3308H01天地の神をも我れは祈りてき恋といふものはかつてやまずけり
16/3810H01味飯を水に醸みなし我が待ちしかひはかつてなし直にしあらねば

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3309
#[題詞]柿本朝臣人麻呂之集歌
#[原文]物不念 路行去裳 青山乎 振酒見者 都追慈花 尓太遥越賣 作樂花 佐可遥越賣 汝乎叙母 吾尓依云 吾乎叙物 汝尓依云 汝者如何念也 念社 歳八<年>乎 斬髪 与知子乎過 橘之 末枝乎須具里 此川之 下母長久 汝心待
#[訓読]物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをぞも 汝れに寄すといふ 汝はいかに思ふや 思へこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝をすぐり この川の 下にも長く 汝が心待て
#[仮名],ものもはず,みちゆくゆくも,あをやまを,ふりさけみれば,つつじばな,にほえをとめ,さくらばな,さかえをとめ,なれをぞも,われによすといふ,われをぞも,なれによすといふ,なはいかにおもふや,おもへこそ,としのやとせを,きりかみの,よちこをすぎ,たちばなの,ほつえをすぐり,このかはの,したにもながく,ながこころまて
#[左注]右五首
#[校異]羊 -> 年 [元][天][類]
#[鄣W],問答,作者:柿本人麻呂歌集,非略体,異伝,恋情,女歌,歌垣
#[訓異]
#[大意]もの思いもせず道を行きながら青い山を振り仰いでみると、つつじ花が照り輝くように美しい娘子、桜の花が今が盛りのように今が盛りの娘子よ。お前を自分に言い寄せるという、自分をお前に言い寄るという。お前はどのように思うのか。
思うからこそ長い年月をお下げ髪の同年代の若い子どもの時代を過ぎ、橘の上の枝を背丈が過ぎ、この川の流れのように心密かにも長くお前の心が動くのを待っているよ
#{語釈]
すぐり 「過ぐ」から派生した語

#[説明]
3305と3307を一つにした歌。憶良の貧窮問答歌の体裁
#[関連論文]


#[番号]13/3310
#[題詞]
#[原文]隠口乃 泊瀬乃國尓 左結婚丹 吾来者 棚雲利 雪者零来 左雲理 雨者落来 野鳥 雉動 家鳥 可鶏毛鳴 左夜者明 此夜者昶奴 入而<且>将眠 此戸開為
#[訓読]隠口の 泊瀬の国に さよばひに 我が来れば たな曇り 雪は降り来 さ曇り 雨は降り来 野つ鳥 雉は響む 家つ鳥 鶏も鳴く さ夜は明け この夜は明けぬ 入りてかつ寝む この戸開かせ
#[仮名],こもりくの,はつせのくにに,さよばひに,わがきたれば,たなぐもり,ゆきはふりく,さぐもり,あめはふりく,のつとり,きぎしはとよむ,いへつとり,かけもなく,さよはあけ,このよはあけぬ,いりてかつねむ,このとひらかせ
#[左注](右四首)
#[校異]旦 -> 且 [元][天][類]
#[鄣W],問答,地名,榛原,奈良,枕詞,動物,求婚,妻問い
#[訓異]
#[大意]隠口の泊瀬の国に夜這いに自分が来ると、一面が曇って雪は降って来る。曇って雨は降って来る。野の鳥である雉は鳴き響く。家の鳥である鶏も鳴く。夜は明け、この夜も明けてしまう。入ってその上寝よう。この戸をお開きなさい。
#{語釈]
#[説明]
記紀に類歌

#[関連論文]


#[番号]13/3311
#[題詞]反歌
#[原文]隠来乃 泊瀬小國丹 妻有者 石者履友 猶来々
#[訓読]隠口の泊瀬小国に妻しあれば石は踏めどもなほし来にけり
#[仮名],こもりくの,はつせをぐにに,つましあれば,いしはふめども,なほしきにけり
#[左注](右四首)
#[校異]
#[鄣W],問答,妻問い,地名,奈良,榛原,枕詞
#[訓異]
#[大意]隠口の泊瀬の国に妻がいるので、石は踏むけれどもそれでもやってきたことだ
#{語釈]
小国 狭い地域の生活圏  泊瀬の部落という程度

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3312
#[題詞]
#[原文]隠口乃 長谷小國 夜延為 吾天皇寸与 奥床仁 母者睡有 外床丹 父者寐有 起立者 母可知 出行者 父可知 野干<玉>之 夜者昶去奴 幾許雲 不念如 隠つ香聞
#[訓読]隠口の 泊瀬小国に よばひせす 我が天皇よ 奥床に 母は寐ねたり 外床に 父は寐ねたり 起き立たば 母知りぬべし 出でて行かば 父知りぬべし ぬばたまの 夜は明けゆきぬ ここだくも 思ふごとならぬ 隠り妻かも
#[仮名],こもりくの,はつせをぐにに,よばひせす,わがすめろきよ,おくとこに,はははいねたり,とどこに,ちちはいねたり,おきたたば,ははしりぬべし,いでてゆかば,ちちしりぬべし,ぬばたまの,よはあけゆきぬ,ここだくも,おもふごとならぬ,こもりづまかも
#[左注](右四首)
#[校異]王 -> 玉 [元][天][類]
#[鄣W],問答,妻問い,恋情,枕詞,地名,榛原,奈良,拒否,女歌
#[訓異]
#[大意]隠口の泊瀬の国に夜這いをなさる我が天皇よ。奥の床に母は寝ている。外の床に父は寝ている。起きて立ったならば母は知ってしまうだろう。出て行くと父にわかってしまうだろう。ぬばたまの夜は明けて行った。ひどく思うようにならない隠り妻であることだ
#{語釈]
天皇 我が領主。大君の意
   すめろきは、皇統譜につながった大君
   伝承歌であると見ると、天皇といってもよいか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3313
#[題詞]反歌
#[原文]川瀬之 石迹渡 野干玉之 黒馬之来夜者 常二有沼鴨
#[訓読]川の瀬の石踏み渡りぬばたまの黒馬来る夜は常にあらぬかも
#[仮名],かはのせの,いしふみわたり,ぬばたまの,くろまくるよは,つねにあらぬかも
#[左注]右四首
#[校異]
#[鄣W],問答,枕詞,動物,恋情,妻問い
#[訓異]
#[大意]川瀬の石を踏み渡ってぬばたまの黒馬の来る夜はいつもあらないかなあ
#{語釈]
黒馬 夜に目立たないようにするために黒馬にする

#[説明]
坂上郎女がこの歌をもとにしているか
04/0525H01佐保川の小石踏み渡りぬばまの黒馬来る夜は年にもあらぬか

#[関連論文]


#[番号]13/3314
#[題詞]
#[原文]次嶺經 山背道乎 人都末乃 馬従行尓 己夫之 歩従行者 毎見 哭耳之所泣 曽許思尓 心之痛之 垂乳根乃 母之形見跡 吾持有 真十見鏡尓 蜻領巾 負並持而 馬替吾背
#[訓読]つぎねふ 山背道を 人夫の 馬より行くに 己夫し 徒歩より行けば 見るごとに 音のみし泣かゆ そこ思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と 我が持てる まそみ鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて 馬買へ我が背
#[仮名],つぎねふ,やましろぢを,ひとづまの,うまよりゆくに,おのづまし,かちよりゆけば,みるごとに,ねのみしなかゆ,そこおもふに,こころしいたし,たらちねの,ははがかたみと,わがもてる,まそみかがみに,あきづひれ,おひなめもちて,うまかへわがせ
#[左注](右四首)
#[校異]
#[鄣W],問答,枕詞,京都,動物,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]つぎねふ山背への道を他の人の夫は馬で行くのに自分の夫は徒歩で行くので、見るたびに声を上げて泣かずにはいられない。そこを思うと心が痛い。たらちねの母の形見として自分が持っている真澄の鏡に蜻蛉領巾を一緒に持って行って、馬を買えよ我が背よ。
#{語釈]
つぎねふ 山城の枕詞 かかり方未詳
     万葉考 峰が続いている
     宣長 継苗生 山の木を切り取った跡に継いで苗を植える所を山代といったこ        とからある
     福井久蔵 つきね草が生える山城

蜻蛉領巾  とんぼの羽のような薄い布で作られた上質の領巾

負ひ並め持ちて 背負って二つの品物を並べて持って行って

馬買へ 天平十年  馬一疋 二十二石五斗から十二石五斗
    高価な馬なので、借りるの意という意見
    しかしここは買うということで夫婦の情愛を示す

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3315
#[題詞]反歌
#[原文]泉<川> 渡瀬深見 吾世古我 旅行衣 蒙沾鴨
#[訓読]泉川渡り瀬深み我が背子が旅行き衣ひづちなむかも
#[仮名],いづみがは,わたりぜふかみ,わがせこが,たびゆきごろも,ひづちなむかも
#[左注](右四首)
#[校異]河 -> 川 [元][天][類]
#[鄣W],問答,地名,京都,木津川,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]泉川の渡り瀬が深いので、我が背子の旅に行く衣が浸ってしまっていることだろうか
#{語釈]
泉川 木津川

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3316
#[題詞]或本反歌曰
#[原文]清鏡 雖持吾者 記無 君之歩行 名積去見者
#[訓読]まそ鏡持てれど我れは験なし君が徒歩よりなづみ行く見れば
#[仮名],まそかがみ,もてれどわれは,しるしなし,きみがかちより,なづみゆくみれば
#[左注](右四首)
#[校異]
#[鄣W],問答,異伝,恋愛,女歌
#[訓異]
#[大意]真澄鏡を持っているが自分は何の甲斐もない。あなたが徒歩で難渋して行くのを見ると
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3317
#[題詞]
#[原文]馬替者 妹歩行将有 縦恵八子 石者雖履 吾二行
#[訓読]馬買はば妹徒歩ならむよしゑやし石は踏むとも我はふたり行かむ
#[仮名],うまかはば,いもかちならむ,よしゑやし,いしはふむとも,わはふたりゆかむ
#[左注]右四首
#[校異]
#[鄣W],問答,愛情
#[訓異]
#[大意]馬を買うと妹は徒歩であろう。ええい。いいよ。石は踏むとしても自分は二人で共に歩くのがいいよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3318
#[題詞]
#[原文]木國之 濱因云 <鰒>珠 将拾跡云而 妹乃山 勢能山越而 行之君 何時来座跡 玉桙之 道尓出立 夕卜乎 吾問之可婆 夕卜之 吾尓告良久 吾妹兒哉 汝待君者 奥浪 来因白珠 邊浪之 緑<流>白珠 求跡曽 君之不来益 拾登曽 公者不来益 久有 今七日許 早有者 今二日許 将有等曽 君<者>聞之二々 勿戀吾妹
#[訓読]紀の国の 浜に寄るといふ 鰒玉 拾はむと言ひて 妹の山 背の山越えて 行きし君 いつ来まさむと 玉桙の 道に出で立ち 夕占を 我が問ひしかば 夕占の 我れに告らく 我妹子や 汝が待つ君は 沖つ波 来寄る白玉 辺つ波の 寄する白玉 求むとぞ 君が来まさぬ 拾ふとぞ 君は来まさぬ 久ならば いま七日ばかり 早くあらば いま二日ばかり あらむとぞ 君は聞こしし な恋ひそ我妹
#[仮名],きのくにの,はまによるといふ,あはびたま,ひりはむといひて,いものやま,せのやまこえて,ゆきしきみ,いつきまさむと,たまほこの,みちにいでたち,ゆふうらを,わがとひしかば,ゆふうらの,われにつぐらく,わぎもこや,ながまつきみは,おきつなみ,きよるしらたま,へつなみの,よするしらたま,もとむとぞ,きみがきまさぬ,ひりふとぞ,きみはきまさぬ,ひさならば,いまなぬかばかり,はやくあらば,いまふつかばかり,あらむとぞ,きみはきこしし,なこひそわぎも
#[左注](右五首)
#[校異]蝮 -> 鰒 [元][天][類] / 浪 -> 流 [西(訂正右書)][元][天][類] / <> -> 者 [西(左書)][元][天][類]
#[鄣W],問答,地名,和歌山,女歌,恋情,送別
#[訓異]
#[大意]紀の国の浜に打ち寄せられるというアワビ玉を拾おうと行って、妹の山、背の山を越えて行ったあなたは、いつになったらお越しになるだろうと玉鉾の道に出て立って、夕占を自分が問うたならば、夕占が自分に言うことには、我妹子よ。お前が待つ恋人は、沖の波のやってくる白玉、岸辺の波の寄せる白玉を探すとして恋人はいらっしゃらない。拾うとして恋人はいらっしゃらない。長ければ後七日ほど、早くあるのだったら二日ほどあるだろうと恋人はおっしゃった。だから恋い思うなよ。我妹よ。
#{語釈]
久ならば いま七日ばかり 家持 17/4011D01思放逸鷹夢見感悦作歌一首并短歌

#[説明]
妹と夕占との問答
夕占は、夫の憑りまし

#[関連論文]


#[番号]13/3319
#[題詞]反歌
#[原文]杖衝毛 不衝毛吾者 行目友 公之将来 道之不知苦
#[訓読]杖つきもつかずも我れは行かめども君が来まさむ道の知らなく
#[仮名],つゑつきも,つかずもわれは,ゆかめども,きみがきまさむ,みちのしらなく
#[左注](右五首)
#[校異]
#[鄣W],問答,女歌,恋情,送別
#[訓異]
#[大意]杖をついてでも、つかないでも自分は迎えに行こうと思うが、あなたがいらっしゃる道がわからないことだ
#{語釈]
杖つきもつかずも 
03/0420H05至れるまでに 杖つきも つかずも行きて 夕占問ひ 石占もちて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3320
#[題詞]
#[原文]直不徃 此従巨勢道柄 石瀬踏 求曽吾来 戀而為便奈見
#[訓読]直に行かずこゆ巨勢道から石瀬踏み求めぞ我が来し恋ひてすべなみ
#[仮名],ただにゆかず,こゆこせぢから,いはせふみ,もとめぞわがこし,こひてすべなみ
#[左注](右五首)
#[校異]
#[鄣W],問答,地名,奈良,御所市,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]直接は行かないでここから巨瀬への道を通って石ころや川の瀬を踏んで探し求めて自分はやって来たことだ。恋い思ってどうしようもないので。
#{語釈]
#[説明]
3257の反歌と異伝

#[関連論文]


#[番号]13/3321
#[題詞]
#[原文]左夜深而 今者明奴登 開戸手 木部行君乎 何時可将待
#[訓読]さ夜更けて今は明けぬと戸を開けて紀へ行く君をいつとか待たむ
#[仮名],さよふけて,いまはあけぬと,とをあけて,きへゆくきみを,いつとかまたむ
#[左注](右五首)
#[校異]
#[鄣W],問答,女歌,地名,和歌山,送別,恋情
#[訓異]
#[大意]夜が更けてもう今は明けたと戸を開けて紀の国へ行くあなたをいつ帰っていらっしゃるかと思って待とうか。
#{語釈]
さ夜更けて今は明けぬと戸を開けて紀へ行く君  夫の出発の姿

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3322
#[題詞]
#[原文]門座 郎子内尓 雖至 痛之戀者 今還金
#[訓読]門に居る我が背は宇智に至るともいたくし恋ひば今帰り来む
#[仮名],かどにゐる,わがせはうちに,いたるとも,いたくしこひば,いまかへりこむ
#[左注]右五首
#[校異]
#[鄣W],問答,地名,奈良県,五条市,占い
#[訓異]
#[大意]門口にいて出発して行った我が夫は今は宇智まで行っているとしても、夫がひどく恋い思うならば、今すぐにでも帰って来るだろう

門口にいて夫の出発を見送った娘子たちは、見送り終わって家の中に入ってしまおうとも、夫がひどく恋い思うならば、今すぐにでも帰って来るだろう


#{語釈]
門に居る我が背 古典大系 郎子 我が背
        出発の時に門口にいた夫
        憑りましに乗り移った夫

        郎子 万葉考、注釈 娘子の誤りとする
           夫の出発を一緒に見送っている人々

内  私注、大系 宇智
   注釈 内

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3323
#[題詞]譬喩歌
#[原文]師名立 都久麻左野方 息長之 遠智能小菅 不連尓 伊苅持来 不敷尓 伊苅持来而 置而 吾乎令偲 息長之 遠智能子菅
#[訓読]しなたつ 筑摩さのかた 息長の 越智の小菅 編まなくに い刈り持ち来 敷かなくに い刈り持ち来て 置きて 我れを偲はす 息長の 越智の小菅
#[仮名],しなたつ,つくまさのかた,おきながの,をちのこすげ,あまなくに,いかりもちき,しかなくに,いかりもちきて,おきて,われをしのはす,おきながの,をちのこすげ
#[左注]右一首
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],譬喩歌,枕詞,地名,滋賀県,米原,女歌,民謡,歌垣
#[訓異]
#[大意]しなたつ筑摩のさのかたや越智の小菅を編みもしないのに刈り取って持って来、敷物にもしないのに刈り取って持って来て、置いて自分に物思いをさせることであるよ。息長の越智の小菅よ
#{語釈]
しなたつ  09/1742 「しなてる」と類似の枕詞か
井手至 類似の枕詞「しな立つ つくま佐野方(13/3323)」があり、佐野方は、10/1928からかづらと同じ蔓草であり、「かた」は、14/3412など蔓、条(すぢ)の意や、蔓草の意に用いられた。そこで「かた」は、「かづ(葛)」と語源は同じ。

「しな」は新撰字鏡「層 志奈」 陛「升也階陛志奈又波志」 名義抄「層 階 シナ」 かた(葛、蔓草)のつるが起伏して延び、その葉の階をなして重なり日に照るさまを「しなてる」と云ひ、「さのかた」のつるが、上に向かって延ひのぼり、葉が重なって階をなしているさまを「しなたつ」と表現した。

「千葉の葛野」のように、蔓の葉の多いのをたたえたように、葉の重なり照るさまの讃め詞的な枕詞

筑摩さのかた 筑摩 滋賀県坂田郡米原町朝妻筑摩 湖岸付近
       さのかたは、10/1928 蔓草
    仙覚抄「さのかたは、藤の一名也。はなはおおくさけども、みになることのかたければ、さのかたといふ。ねとのと同内相通也。おほかた藤ばかりにあらず。はなはおほくさけども、みなることのすくなき物をば、さのかたといふべし。萩にもよめる也」
考「狭野方は借字。五味葛なり。さねかづらをさぬかづらともさぬかたともいへり」
私注「蔓草、かづらのことをかたとも呼ぶのは続日本後紀瓢葛をひさかたのにあてる。14/3412にくずはかたの「かた」は、蔓草。さねかづらと同義の語の転訛したもの。藤とすると藤波という語もある。むしろあけびなどを考えるべきか。」
全注「花の美しい蔓草の一種」

    童蒙抄「2106 13/3323 地名」
    略解「野の名也。其所の梅桃などもて言う也」

息長  坂田郡息長村 現在近江町東部
越智  不明

編まなくに
11/2837H01み吉野の水隈が菅を編まなくに刈りのみ刈りて乱りてむとや

我 越智の小菅のことか、本来の妻のことか

#[説明]
男が近江の女と懇ろになったが、そのままにしておいて女がじれている様子
男が近江の女と懇ろになったが、そのままになっているので、本妻が不安がっている様子
#[関連論文]


#[番号]13/3324
#[題詞]挽歌
#[原文]<挂>纒毛 文恐 藤原 王都志弥美尓 人下 満雖有 君下 大座常 徃向 <年>緒長 仕来 君之御門乎 如天 仰而見乍 雖畏 思憑而 何時可聞 日足座而 十五月之 多田波思家武登 吾思 皇子命者 春避者 殖槻於之 遠人 待之下道湯 登之而 國見所遊 九月之 四具礼<乃>秋者 大殿之 砌志美弥尓 露負而 靡<芽>乎 珠<手>次 懸而所偲 三雪零 冬朝者 刺楊 根張梓矣 御手二 所取賜而 所遊 我王矣 烟立 春日暮 喚犬追馬鏡 雖見不飽者 万歳 如是霜欲得常 大船之 憑有時尓 涙言 目鴨迷 大殿矣 振放見者 白細布 餝奉而 内日刺 宮舎人方 [一云 者] 雪穂 麻衣服者 夢鴨 現前鴨跡 雲入夜之 迷間 朝裳吉 城於道従 角障經 石村乎見乍 神葬 々奉者 徃道之 田付S不知 雖思 印手無見 雖歎 奥香乎無見 御袖 徃觸之松矣 言不問 木雖在 荒玉之 立月毎 天原 振放見管 珠手次 懸而思名 雖恐有
#[訓読]かけまくも あやに畏し 藤原の 都しみみに 人はしも 満ちてあれども 君はしも 多くいませど 行き向ふ 年の緒長く 仕へ来し 君の御門を 天のごと 仰ぎて見つつ 畏けど 思ひ頼みて いつしかも 日足らしまして 望月の 満しけむと 我が思へる 皇子の命は 春されば 植槻が上の 遠つ人 松の下道ゆ 登らして 国見遊ばし 九月の しぐれの秋は 大殿の 砌しみみに 露負ひて 靡ける萩を 玉たすき 懸けて偲はし み雪降る 冬の朝は 刺し柳 根張り梓を 大御手に 取らし賜ひて 遊ばしし 我が大君を 霞立つ 春の日暮らし まそ鏡 見れど飽かねば 万代に かくしもがもと 大船の 頼める時に 泣く我れ 目かも迷へる 大殿を 振り放け見れば 白栲に 飾りまつりて うちひさす 宮の舎人も [一云 は] 栲のほの 麻衣着れば 夢かも うつつかもと 曇り夜の 迷へる間に あさもよし 城上の道ゆ つのさはふ 磐余を見つつ 神葬り 葬りまつれば 行く道の たづきを知らに 思へども 験をなみ 嘆けども 奥処をなみ 大御袖 行き触れし松を 言問はぬ 木にはありとも あらたまの 立つ月ごとに 天の原 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はな 畏くあれども
#[仮名],かけまくも,あやにかしこし,ふぢはらの,みやこしみみに,ひとはしも,みちてあれども,きみはしも,おほくいませど,ゆきむかふ,としのをながく,つかへこし,きみのみかどを,あめのごと,あふぎてみつつ,かしこけど,おもひたのみて,いつしかも,ひたらしまして,もちづきの,たたはしけむと,わがもへる,みこのみことは,はるされば,うゑつきがうへの,とほつひと,まつのしたぢゆ,のぼらして,くにみあそばし,ながつきの,しぐれのあきは,おほとのの,みぎりしみみに,つゆおひて,なびけるはぎを,たまたすき,かけてしのはし,みゆきふる,ふゆのあしたは,さしやなぎ,ねはりあづさを,おほみてに,とらしたまひて,あそばしし,わがおほきみを,かすみたつ,はるのひくらし,まそかがみ,みれどあかねば,よろづよに,かくしもがもと,おほぶねの,たのめるときに,なくわれ,めかもまとへる,おほとのを,ふりさけみれば,しろたへに,かざりまつりて,うちひさす,みやのとねりも[は],たへのほの,あさぎぬければ,いめかも,うつつかもと,くもりよの,まとへるほどに,あさもよし,きのへのみちゆ,つのさはふ,いはれをみつつ,かむはぶり,はぶりまつれば,ゆくみちの,たづきをしらに,おもへども,しるしをなみ,なげけども,おくかをなみ,おほみそで,ゆきふれしまつを,こととはぬ,きにはありとも,あらたまの,たつつきごとに,あまのはら,ふりさけみつつ,たまたすき,かけてしのはな,かしこくあれども
#[左注](右二首)
#[校異]歌 [西] 謌 / 桂 -> 挂 [天][紀] / 羊 -> 年 [元][天][類] / 之 -> 乃 [元][天][類] / 芽子 -> 芽 [元][天][類] / 多 -> 手 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,地名,藤原,奈良,皇子挽歌,献呈挽歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]言葉に懸けることもまことに恐れ多い藤原の都いっぱいに人は満ちているけれども、君と言うべき人は大勢いるが、めぐり来る年月長く仕えて来た君の御門を天のように仰いで見続けて、おそれおおくも思い頼んでいつになったら成人されて満月のように満ち足りるだろうかと自分が期待していた皇子の命は、春になると植槻の岡の遠い人を待つという松の下の道を通ってお登りになって国見をなさり、九月のしぐれの降る秋は、御殿の砌いっぱいに露がかかって靡いている萩を玉たすきではないが、心に懸けて賞美され、雪の降る冬の朝は挿し木の柳が根を張るのではないが、弦を張った梓弓を御手にお取りになり、お遊びになった我が大君を霞が立つ春は一日中暮らしながら見ていても見飽きることがないので、いつまでもこのようにあって欲しいと大船のように頼みとしている時に、泣く自分であるために目が狂ったのか、御殿を振り仰いで見ると、白く飾り申し上げて、うち日がさす宮の舎人も[は」、真っ白な麻の衣を着るので、夢なのだろうか、それとも現実なのだろうか曇っている夜の闇に迷うように、とまどっている間に、あさもよし城上の道を通ってつのさはふ磐余を横目に見て神として葬り、葬送し申し上げたので、行く道の方向も知らないで、思っても甲斐もなく、嘆いてもはてもないので、御袖が行って触れた松を、言葉も話さない木ではあるとしても、新たに立つ月ごとに天の原を振り仰いで見ながら、玉たすきではないが、心に懸けて忍ぼうよ。恐れ多いことではあるが。
#{語釈]
しみみに しみらに たわわに いっぱいに 03/460

日足らしまして その日がいっぱいになって 成人して

植槻 地名 奈良県大和郡山市 殖槻八幡宮
   今昔物語 植槻寺

偲はし 賞美する

刺し柳 根張り梓 挿し木にした柳 10/1856 が根を張る 弦を張る序詞
         弦を張った梓弓

栲のほの 真っ白なコウゾの布 01/0079
雪は、真っ白で白妙であることから、「たえ」と訓む。

あさもよし 「き」の枕詞  よい麻が採れる紀州の意味か

城上の道 02/0196 奈良県北葛城郡広陵町大塚

つのさはふ 02/0135 「つの」は草の芽 「さはふ」は、障ふ
      萌えだした草の芽をさえぎる岩で、「い」にかかる

磐余 奈良県桜井市池之内 橿原市池尻

奥処  奥の場所  はてがない とめどもない

#[説明]
挽歌の皇子は未詳
対象となり得る皇子としては、高市皇子 持統十年七月十日四十二歳
              弓削皇子 文武三年七月二一日三十歳前後
              忍壁皇子 文武慶雲二年五月二一日五十歳

磐余に火葬された皇子として一般的に用いられたか

#[関連論文]


#[番号]13/3325
#[題詞]反歌
#[原文]角障經 石村山丹 白栲 懸有雲者 皇可聞
#[訓読]つのさはふ磐余の山に白栲にかかれる雲は大君にかも
#[仮名],つのさはふ,いはれのやまに,しろたへに,かかれるくもは,おほきみにかも
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],挽歌,地名,桜井,奈良,枕詞,皇子挽歌
#[訓異]
#[大意]つのさはふ磐余の山に白妙にかかっている雲は大君であるのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3326
#[題詞]
#[原文]礒城嶋之 日本國尓 何方 御念食可 津礼毛無 城上宮尓 大殿乎 都可倍奉而 殿隠 々座者 朝者 召而使 夕者 召而使 遣之 舎人之子等者 行鳥之 群而待 有雖待 不召賜者 劔刀 磨之心乎 天雲尓 念散之 展轉 土打哭杼母 飽不足可聞
#[訓読]礒城島の 大和の国に いかさまに 思ほしめせか つれもなき 城上の宮に 大殿を 仕へまつりて 殿隠り 隠りいませば 朝には 召して使ひ 夕には 召して使ひ 使はしし 舎人の子らは 行く鳥の 群がりて待ち あり待てど 召したまはねば 剣大刀 磨ぎし心を 天雲に 思ひはぶらし 臥いまろび ひづち哭けども 飽き足らぬかも
#[仮名],しきしまの,やまとのくにに,いかさまに,おもほしめせか,つれもなき,きのへのみやに,おほとのを,つかへまつりて,とのごもり,こもりいませば,あしたには,めしてつかひ,ゆふへには,めしてつかひ,つかはしし,とねりのこらは,ゆくとりの,むらがりてまち,ありまてど,めしたまはねば,つるぎたち,とぎしこころを,あまくもに,おもひはぶらし,こいまろび,ひづちなけども,あきだらぬかも
#[左注]右一首
#[校異]
#[鄣W],挽歌,地名,田原本,奈良,皇子挽歌,枕詞
#[訓異]
#[大意]しきしまの山との国にどのようにお思いになったのか、縁もない城上の宮で大殿に仕え申し上げて、一面曇った空のようにお隠れになっていらっしゃたので、朝は召して使い、夕方には召して使いといったようにお使いになった舎人の連中は、空を行く鳥のように群れになって大君を待ち、ずっと待つが、お召しにもならないので、剣太刀のように研ぎ澄ました気持ちを天雲に思い散らして、恋い思い転がり回って、びしょびしょに涙に濡れて泣くけれども、満足することはないことだ
#{語釈]
思ひはぶらし はふる 捨てる 葬る

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3327
#[題詞]
#[原文]百小竹之 三野王 金厩 立而飼駒 角厩 立而飼駒 草社者 取而飼<曰戸> 水社者 挹而飼<曰戸> 何然 大分青馬之 鳴立鶴
#[訓読]百小竹の 三野の王 西の馬屋に 立てて飼ふ駒 東の馬屋に 立てて飼ふ駒 草こそば 取りて飼ふと言へ 水こそば 汲みて飼ふと言へ 何しかも 葦毛の馬の いなき立てつる
#[仮名],ももしのの,みののおほきみ,にしのうまやに,たててかふこま,ひむがしのうまやに,たててかふこま,くさこそば,とりてかふといへ,みづこそば,くみてかふといへ,なにしかも,あしげのうまの,いなきたてつる
#[左注](右二首)
#[校異]旱 -> 曰戸 [岩波古典大系] / 旱 -> 曰戸 [岩波古典大系]
#[鄣W],挽歌,枕詞,動物,美努王,譬喩,皇子挽歌
#[訓異]
#[大意]ももしねの三野の王よ。西の馬屋に立てて飼う馬、東の馬屋に立てて飼う馬。草こそは取って飼うという。水こそは汲んで飼うという。どうして葦毛の馬がいなないてたっているのだろうか。
#{語釈]
百小竹の たくさんの小竹のある三野の意

三野の王 二人 壬申乱の功臣 小紫三野王
        粟隅王の子、橘諸兄の父
        天武十年 帝紀、上古の諸事を記定
        持統八年 筑紫太宰率
        和銅元年三月 治部卿
        和銅元年五月辛酉(三十日)、従四位下美努王卒

西の馬屋  原文「金」五行により西にあたる

東の馬屋  原文「角」 音楽(五音) 角、微、宮、商、羽 で、東と比定される

いばえ  和名抄 いななく

#[説明]
口誦的な歌。挽歌であるとすると主人が亡くなったことを馬も知って悲しんでいることを示した歌。

#[関連論文]


#[番号]13/3328
#[題詞]反歌
#[原文]衣袖 大分青馬之 嘶音 情有鳧 常従異鳴
#[訓読]衣手葦毛の馬のいなく声心あれかも常ゆ異に鳴く
#[仮名],ころもで,あしげのうまの,いなくこゑ,こころあれかも,つねゆけになく
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],挽歌,枕詞,動物,皇子挽歌
#[訓異]
#[大意]衣手、葦毛の馬のいななく声は、心があるからだろうか、いつもよりも違って鳴くことだ
#{語釈]
衣手 かかり方未詳


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3329
#[題詞]
#[原文]白雲之 棚曳國之 青雲之 向伏國乃 天雲 下有人者 妾耳鴨 君尓戀濫 吾耳鴨 夫君尓戀礼薄 天地 満言 戀鴨 (る)之病有 念鴨 意之痛 妾戀叙 日尓異尓益 何時橋物 不戀時等者 不有友 是九月乎 吾背子之 偲丹為与得 千世尓物 偲渡登 万代尓 語都我部等 始而之 此九月之 過莫呼 伊多母為便無見 荒玉之 月乃易者 将為須部乃 田度伎乎不知 石根之 許凝敷道之 石床之 根延門尓 朝庭 出座而嘆 夕庭 入座戀乍 烏玉之 黒髪敷而 人寐 味寐者不宿尓 大船之 行良行良尓 思乍 吾寐夜等者 數物不敢<鴨>
#[訓読]白雲の たなびく国の 青雲の 向伏す国の 天雲の 下なる人は 我のみかも 君に恋ふらむ 我のみかも 君に恋ふれば 天地に 言を満てて 恋ふれかも 胸の病みたる 思へかも 心の痛き 我が恋ぞ 日に異にまさる いつはしも 恋ひぬ時とは あらねども この九月を 我が背子が 偲ひにせよと 千代にも 偲ひわたれと 万代に 語り継がへと 始めてし この九月の 過ぎまくを いたもすべなみ あらたまの 月の変れば 為むすべの たどきを知らに 岩が根の こごしき道の 岩床の 根延へる門に 朝には 出で居て嘆き 夕には 入り居恋ひつつ ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずに 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我が寝る夜らは 数みもあへぬかも
#[仮名],しらくもの,たなびくくにの,あをくもの,むかぶすくにの,あまくもの,したなるひとは,あのみかも,きみにこふらむ,あのみかも,きみにこふれば,あめつちに,ことをみてて,こふれかも,むねのやみたる,おもへかも,こころのいたき,あがこひぞ,ひにけにまさる,いつはしも,こひぬときとは,あらねども,このながつきを,わがせこが,しのひにせよと,ちよにも,しのひわたれと,よろづよに,かたりつがへと,はじめてし,このながつきの,すぎまくを,いたもすべなみ,あらたまの,つきのかはれば,せむすべの,たどきをしらに,いはがねの,こごしきみちの,いはとこの,ねばへるかどに,あしたには,いでゐてなげき,ゆふへには,いりゐこひつつ,ぬばたまの,くろかみしきて,ひとのぬる,うまいはねずに,おほぶねの,ゆくらゆくらに,おもひつつ,わがぬるよらは,よみもあへぬかも
#[左注]右一首
#[校異]鴫 -> 鴨 [類][細]
#[鄣W],挽歌,女歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]白雲がたなびく国であって、青雲が向かい合って低くなっているほど遠い国で、空の雲の下にある人は、自分ばかりが君に恋い思っているのだろうか。自分ばかりが君に恋い思っているので、天地にいっぱいに満ちる思いで恋い思うからであろうか。胸が痛いのは。思っているからだろうか、心が痛い。自分の恋いは日が経つにつれて勝ってくる。いつでも恋い思わない日はないけれども、この九月を我が背子が思い出すようにせよと、いつまでも慕い続けよと、万代まで語り継ぎ続けよと始めたこの九月が過ぎてしまうのをひどくどうしようもないので、あらたまの月が変わるとする方法もわからないで、岩のごつごつした道の大きい岩が地面に広がっている門で、朝は出ては嘆き、夕べは入って恋い思いながら、自分が寝る夜は数えることも出来ないほどだ。
#{語釈]
九月 二人が出会った思い出の月か。

為むすべの たどきを知らに 3274  恋歌の歌句の利用

#[説明]
夫の死を嘆く歌

#[関連論文]


#[番号]13/3330
#[題詞]
#[原文]隠来之 長谷之川之 上瀬尓 鵜矣八頭漬 下瀬尓 鵜矣八頭漬 上瀬之 <年>魚矣令咋 下瀬之 鮎矣令咋 麗妹尓 鮎遠惜 <麗妹尓 鮎矣惜> 投左乃 遠離居而 思空 不安國 嘆空 不安國 衣社薄 其破者 <継>乍物 又母相登言 玉社者 緒之絶薄 八十一里喚鶏 又物逢登曰 又毛不相物者 つ尓志有来
#[訓読]隠口の 泊瀬の川の 上つ瀬に 鵜を八つ潜け 下つ瀬に 鵜を八つ潜け 上つ瀬の 鮎を食はしめ 下つ瀬の 鮎を食はしめ くはし妹に 鮎を惜しみ くはし妹に 鮎を惜しみ 投ぐるさの 遠ざかり居て 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 安けなくに 衣こそば それ破れぬれば 継ぎつつも またも合ふといへ 玉こそば 緒の絶えぬれば くくりつつ またも合ふといへ またも逢はぬものは 妻にしありけり
#[仮名],こもりくの,はつせのかはの,かみつせに,うをやつかづけ,しもつせに,うをやつかづけ,かみつせの,あゆをくはしめ,しもつせの,あゆをくはしめ,くはしいもに,あゆををしみ,くはしいもに,あゆををしみ,なぐるさの,とほざかりゐて,おもふそら,やすけなくに,なげくそら,やすけなくに,きぬこそば,それやれぬれば,つぎつつも,またもあふといへ,たまこそば,をのたえぬれば,くくりつつ,またもあふといへ,またもあはぬものは,つまにしありけり
#[左注](右三首)
#[校異]羊 -> 年 [元][天][類] / <> -> 麗妹尓 鮎矣惜 [元][天][類] / 縫 -> 継 [元][温]
#[鄣W],挽歌,枕詞,地名,榛原,桜井,奈良,亡妻歌
#[訓異]
#[大意]隠口の泊瀬の川の上流に鵜を八匹つなぎ、下流に鵜を八匹潜らせ、上流の鮎を食べさせ、下流の鮎を食べさせ、そのような美しい妹に鮎が惜しいので、美しい妹に鮎が惜しいので、投げた矢が遠離るように、妹は遠離って行って、思うにつけても心安らかではなく、嘆くにつけても安らかではなく、衣こそは破れてしまっても継ぎ合ってまた合うというだろうが、玉こそはひもが切れてもくくりながらまたも合うというだろうが、また逢わないものは妻であるのだ。
#{語釈]
鮎を惜しみ 鮎を取り逃がすことを惜しい 妹への愛惜

投ぐるさの 枕詞 「さ」は矢(2/4430)。投げた矢が遠ざかるように

#[説明]
妻を亡くした夫の歌

#[関連論文]


#[番号]13/3331
#[題詞]
#[原文]隠来之 長谷之山 青幡之 忍坂山者 走出之 宜山之 出立之 妙山叙 惜 山之 荒巻惜毛
#[訓読]隠口の 泊瀬の山 青旗の 忍坂の山は 走出の よろしき山の 出立の くはしき山ぞ あたらしき 山の 荒れまく惜しも
#[仮名],こもりくの,はつせのやま,あをはたの,おさかのやまは,はしりでの,よろしきやまの,いでたちの,くはしきやまぞ,あたらしき,やまの,あれまくをしも
#[左注](右三首)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,枕詞,地名,桜井,奈良,亡妻歌,歌謡,山讃美
#[訓異]
#[大意]隠口の泊瀬の山の青旗の忍坂の山は、姿の美しい山であって、横に突き出た姿が美しい山である。そのような惜しい山が荒れていくのが惜しいことだ
#{語釈]
青旗の 忍坂の枕詞 山が青々としていて青い旗が靡いているように見える
    魂が浮遊しているイメージ

忍坂の山 奈良県桜井市忍坂
     舒明天皇、大伴皇女の墓、群集墳がある。

走り出の 姿  垂直方向の姿

出立の 山が横に突き出た形 水平方向 横に長い形

#[説明]
雄略紀六年二月 歌謡77 山讃め歌
こもりくの初瀬の山は出立のよろしき山、走出のよろしき山の こもりくの初瀬の山はあやにうらぐはし あやにうらぐはし

02/0168H01ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも
13/3247H02あたらしき 君が 老ゆらく惜しも


#[関連論文]


#[番号]13/3332
#[題詞]
#[原文]高山 与海社者 山随 如此毛現 海随 然真有目 人者<花>物曽 空蝉与人
#[訓読]高山と 海とこそば 山ながら かくもうつしく 海ながら しかまことならめ 人は花ものぞ うつせみ世人
#[仮名],たかやまと,うみとこそば,やまながら,かくもうつしく,うみながら,しかまことならめ,ひとははなものぞ,うつせみよひと
#[左注]右三首
#[校異]宛 -> 花 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,歌謡,無常
#[訓異]
#[大意]高い山と海こそは、山の本性としてこんなにも実際に存在し、海の本性としてほんとうに真実であるだろう。しかし人は花のようなものだ。現実の世の中の人は。
#{語釈]
~ながら  さながら 実態として

うつし、まこと  現実に存在する。本当に存在する いつまでもある

花  散る花のように移ろいやすくはかないもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3333
#[題詞]
#[原文]王之 御命恐 秋津嶋 倭雄過而 大伴之 御津之濱邊従 大舟尓 真梶繁貫 旦名伎尓 水<手>之音為乍 夕名寸尓 梶音為乍 行師君 何時来座登 <大>卜置而 齊度尓 <狂>言哉 人之言釣 我心 盡之山之 黄葉之 散過去常 公之正香乎
#[訓読]大君の 命畏み 蜻蛉島 大和を過ぎて 大伴の 御津の浜辺ゆ 大船に 真楫しじ貫き 朝なぎに 水手の声しつつ 夕なぎに 楫の音しつつ 行きし君 いつ来まさむと 占置きて 斎ひわたるに たはことか 人の言ひつる 我が心 筑紫の山の 黄葉の 散りて過ぎぬと 君が直香を
#[仮名],おほきみの,みことかしこみ,あきづしま,やまとをすぎて,おほともの,みつのはまへゆ,おほぶねに,まかぢしじぬき,あさなぎに,かこのこゑしつつ,ゆふなぎに,かぢのおとしつつ,ゆきしきみ,いつきまさむと,うらおきて,いはひわたるに,たはことか,ひとのいひつる,あがこころ,つくしのやまの,もみちばの,ちりてすぎぬと,きみがただかを
#[左注](右二首)
#[校異]干 -> 手 / 大夕 -> 大 [元][類] / 抂 -> 狂 [天][温]
#[鄣W],挽歌,女歌,地名,奈良,大阪,福岡,羈旅,道行き,行旅死,枕詞
#[訓異]
#[大意]大君のご命令を恐れ多くして蜻蛉島の大和を過ぎて、大伴の御津の浜辺から大船に真梶をたくさん貫き、朝なぎに水夫のかけ声をしながら、夕なぎに楫の音をし続けて、出かけて行ったあなたは、いつになったら帰っていらっしゃるかと占いを置いて潔斎をし続けているのに、ぶざけた言葉か人が言っているのは、自分の心をつくすという筑紫の山の黄葉のように散って行ってしまったと、あなたの様子を
#{語釈]
占置きて  占いをするための幣を置いて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3334
#[題詞]反歌
#[原文]<狂>言哉 人之云鶴 玉緒乃 長登君者 言手師物乎
#[訓読]たはことか人の言ひつる玉の緒の長くと君は言ひてしものを
#[仮名],たはことか,ひとのいひつる,たまのをの,ながくときみは,いひてしものを
#[左注]右二首
#[校異]抂 -> 狂 [温]
#[鄣W],挽歌,行旅死,女歌
#[訓異]
#[大意]ふざけた言葉か人が言うのは。玉の緒のように長くいつまでもとあなたは言っていたものなのに。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3335
#[題詞]
#[原文]玉桙之 道去人者 足桧木之 山行野徃 直海 川徃渡 不知魚取 海道荷出而 惶八 神之渡者 吹風母 和者不吹 立浪母 踈不立 跡座浪之 塞道麻 誰心 勞跡鴨 直渡異六 <直渡異六>
#[訓読]玉桙の 道行く人は あしひきの 山行き野行き にはたづみ 川行き渡り 鯨魚取り 海道に出でて 畏きや 神の渡りは 吹く風も のどには吹かず 立つ波も おほには立たず とゐ波の 塞ふる道を 誰が心 いたはしとかも 直渡りけむ 直渡りけむ
#[仮名],たまほこの,みちゆくひとは,あしひきの,やまゆきのゆき,にはたづみ,かはゆきわたり,いさなとり,うみぢにいでて,かしこきや,かみのわたりは,ふくかぜも,のどにはふかず,たつなみも,おほにはたたず,とゐなみの,ささふるみちを,たがこころ,いたはしとかも,ただわたりけむ,ただわたりけむ
#[左注](右九首)
#[校異]塞 [天][類] 立塞 / <> -> 直渡異六 [元][類]
#[鄣W],挽歌,枕詞,行路死人,鎮魂
#[訓異]
#[大意]玉鉾の道を行く人はあしひきの山を行き、野を行き、水があふれる川を行き渡って、鯨魚を捕る海路に出て、恐ろしい神の渡りは吹く風ものどかには吹かない。立つ波もおおらかには立たない。うねり波がふさぐ海路を誰の気持ちが痛わしいとして直接渡ったのだろう。直接渡ったのだろう。
#{語釈]
にはたづみ  原文「直海」 紀、西「ひたすかは」
       代匠記 たたみかは
       考  みなぎらひ(水激)の誤り
       生田耕一 3339 にはたづみ  庭直海の省略されたもの
            にはたづみ にわかに雨が降って庭に水がたまる
                  その水があふれて川になる
       全注釈  ただうみ  海に直接流れ込む
       私注、全釈 ひたうみ

神の渡り 恐ろしい神のいる海峡 事故の多い場所
     具体的には、広島県福山市西部の海 3339と同じ

とゐ波  うねり立つ波 02/0220

いたはし 痛わしい  早く帰ろうとして

#[説明]
恐ろしい海峡を直接渡りさえしなければ、遭難しないですんだのにという気持ち

#[関連論文]


#[番号]13/3336
#[題詞]
#[原文]鳥音之 所聞海尓 高山麻 障所為而 奥藻麻 枕所為 <蛾>葉之 衣<谷>不服尓 不知魚取 海之濱邊尓 浦裳無 所宿有人者 母父尓 真名子尓可有六 若(を)之 妻香有異六 思布 言傳八跡 家問者 家乎母不告 名問跡 名谷母不告 哭兒如 言谷不語 思鞆 悲物者 世間有 <世間有>
#[訓読]鳥が音の 聞こゆる海に 高山を 隔てになして 沖つ藻を 枕になし ひむし羽の 衣だに着ずに 鯨魚取り 海の浜辺に うらもなく 臥やせる人は 母父に 愛子にかあらむ 若草の 妻かありけむ 思ほしき 言伝てむやと 家問へば 家をも告らず 名を問へど 名だにも告らず 泣く子なす 言だにとはず 思へども 悲しきものは 世間にぞある 世間にぞある
#[仮名],とりがねの,きこゆるうみに,たかやまを,へだてになして,おきつもを,まくらになし,ひむしはの,きぬだにきずに,いさなとり,うみのはまへに,うらもなく,こやせるひとは,おもちちに,まなごにかあらむ,わかくさの,つまかありけむ,おもほしき,ことつてむやと,いへとへば,いへをものらず,なをとへど,なだにものらず,なくこなす,ことだにとはず,おもへども,かなしきものは,よのなかにぞある,よのなかにぞある
#[左注](右九首)
#[校異]我 -> 蛾 [元][天][類] / 浴 -> 谷 [類] / <> -> 世間有 [元][天]
#[鄣W],挽歌,行路死人,鎮魂
#[訓異]
#[大意]鳥の鳴き声が聞こえる(かしましい神島に)、高い山を隔てにして、沖の藻を枕にして、蛾の羽根のように薄い衣さえも着ないで、鯨魚取る海の浜辺に心もなく伏せておられる人は、母父にとっていとしい子なのだろう。若草の妻がいるのだろう。お思いになっていることがあれば伝言もしようかと、家を尋ねると家もおっしゃらない、名前を尋ねるが名前すらもおっしゃらない。泣く子のように返事もしない。思っても悲しいものは世の中である。世の中である。
#{語釈]
聞こゆる海に  原文「所聞海」旧訓「きこゆるうみ」
        佐竹昭広 16/3880 「所聞多祢」 かしまね
        「多」が落ちたか、「多」が「所聞」に誤ったか
        かしまのうみと訓む。
        3339 の神島、3335の神の渡りと同じ所
        鳥の鳴き声がかしましいと続く

ひむし羽の  新訓 ひむしは  蛾か。火虫として蛾とするのは火(甲類)とあわない。和名抄「蛾 比々流  飛虫」
  霊虫(ひむし)が原義。
  蛾の羽根のように薄い

うらもなく 「うら」心  死んでいて、感情を持たない

世の中  世間の無常
     全釈 世は、人の齢。この人の命

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3337
#[題詞]反歌
#[原文]母父毛 妻毛子等毛 高々二 来跡<待>異六 人之悲<紗>
#[訓読]母父も妻も子どもも高々に来むと待ちけむ人の悲しさ
#[仮名],おもちちも,つまもこどもも,たかたかに,こむとまちけむ,ひとのかなしさ
#[左注](右九首)
#[校異]待 [西(上書訂正)][元][天][類] / 沙 -> 紗 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,行路死人,鎮魂
#[訓異]
#[大意]母や父も妻も子どもも背を伸ばしてもう来るかもう来るかと待っていたであろうこの人が悲しいことよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3338
#[題詞]
#[原文]蘆桧木乃 山道者将行 風吹者 浪之塞 海道者不行
#[訓読]あしひきの山道は行かむ風吹けば波の塞ふる海道は行かじ
#[仮名],あしひきの,やまぢはゆかむ,かぜふけば,なみのささふる,うみぢはゆかじ
#[左注](右九首)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,羈旅,枕詞
#[訓異]
#[大意]あしひきの山道を行こう。風が吹くと波がさえぎる海道は行くまい
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]13/3339
#[題詞]或本歌 / 備後國神嶋濱調使首見屍作歌一首[并短歌]
#[原文]玉桙之 道尓出立 葦引乃 野行山行 潦 川徃渉 鯨名取 海路丹出而 吹風裳 母穂丹者不吹 立浪裳 箟跡丹者不起 恐耶 神之渡乃 敷浪乃 寄濱部丹 高山矣 部立丹置而 <汭>潭矣 枕丹巻而 占裳無 偃為<公>者 母父之 愛子丹裳在将 稚草之 妻裳有将等 家問跡 家道裳不云 名矣問跡 名谷裳不告 誰之言矣 勞鴨 腫浪能 恐海矣 直渉異将
#[訓読]玉桙の 道に出で立ち あしひきの 野行き山行き にはたづみ 川行き渡り 鯨魚取り 海道に出でて 吹く風も おほには吹かず 立つ波も のどには立たぬ 畏きや 神の渡りの しき波の 寄する浜辺に 高山を 隔てに置きて 浦ぶちを 枕に巻きて うらもなく こやせる君は 母父が 愛子にもあらむ 若草の 妻もあらむと 家問へど 家道も言はず 名を問へど 名だにも告らず 誰が言を いたはしとかも とゐ波の 畏き海を 直渡りけむ
#[仮名],たまほこの,みちにいでたち,あしひきの,のゆきやまゆき,にはたづみ,かはゆきわたり,いさなとり,うみぢにいでて,ふくかぜも,おほにはふかず,たつなみも,のどにはたたぬ,かしこきや,かみのわたりの,しきなみの,よするはまへに,たかやまを,へだてにおきて,うらぶちを,まくらにまきて,うらもなく,こやせるきみは,おもちちが,まなごにもあらむ,わかくさの,つまもあらむ,いへとへど,いへぢもいはず,なをとへど,なだにものらず,たがことを,いたはしとかも,とゐなみの,かしこきうみを,ただわたりけむ
#[左注](右九首)
#[校異]歌 [西] 謌 / 納 -> 汭 [元][紀] / 君 -> 公 [元][天][類] / 将等 [元][天][類] 等将
#[鄣W],挽歌,羈旅,行路死人,広島県,福山,地名,枕詞,異伝,或本歌,調使首
#[訓異]
#[大意]玉鉾の道に出発して、あしひきの野を行き、山を行き、水があふれる川を行き渡って、鯨魚を取る海路に出て、吹く風もいいかげんには吹かず、立つ波ものどかには立たない恐ろしい海の渡りの重なった波が寄せる浜辺に、高い山を隔てに置いて、浦の深みを枕に巻いて無心に横たわっておられるあなたは母父の愛する子でもあろう。若草の妻もあるだろうと、家を尋ねても家への路も言わない。名前を尋ねるが名前さえもおっしゃらない。誰の言葉を気にしてか立ちしきる波の恐ろしい海を直接に渡ったのだろう。
#{語釈]
備後國神嶋濱  岡山県笠岡市 神ノ島
15/3599H01月読の光りを清み神島の礒廻の浦ゆ船出す我れは
代匠記 神名帳 備中国小田郡神嶋神社
宮本喜一郎 福山市西部の神島町

調使首  つきのおびと 伝未詳

にはたづみ 3335

おほに  のどかには  いいかげんには

浦ぶち 浦になっている淵  深い所

いたはし 気にする

とゐ波  
02/0220H03雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち  辺見れば 白波騒く
13/3335H03とゐ波の 塞ふる道を 誰が心  いたはしとかも

#[説明]
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#[番号]13/3340
#[題詞]反歌
#[原文]母父裳 妻裳子等裳 高々丹 来<将>跡待 人乃悲
#[訓読]母父も妻も子どもも高々に来むと待つらむ人の悲しさ
#[仮名],おもちちも,つまもこどもも,たかたかに,こむとまつらむ,ひとのかなしさ
#[左注](右九首)
#[校異]<> -> 将 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,異伝,行路死人,鎮魂,或本歌,羈旅,調使首
#[訓異]
#[大意]母父も妻も子どもも今来るかか今来るかと待っているであろう人の悲しいことだ
#{語釈]
#[説明]
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#[番号]13/3341
#[題詞]
#[原文]家人乃 将待物矣 津煎裳無 荒礒矣巻而 偃有<公>鴨
#[訓読]家人の待つらむものをつれもなき荒礒を巻きて寝せる君かも
#[仮名],いへびとの,まつらむものを,つれもなき,ありそをまきて,なせるきみかも
#[左注](右九首)
#[校異]君 -> 公 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,行路死人,鎮魂,或本歌,異伝,羈旅,調使首
#[訓異]
#[大意]家の人が待っているであろうものなのに、縁もゆかりもない荒磯を枕としてお寝になっているあなたであるなあ。
#{語釈]
#[説明]
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#[番号]13/3342
#[題詞]
#[原文]<汭>潭 偃為<公>矣 今日々々跡 将来跡将待 妻之可奈思母
#[訓読]浦ぶちにこやせる君を今日今日と来むと待つらむ妻し悲しも
#[仮名],うらぶちに,こやせるきみを,けふけふと,こむとまつらむ,つましかなしも
#[左注](右九首)
#[校異]納 -> 汭 [元][紀] / 君 -> 公 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,行路死人,鎮魂,或本歌,異伝,羈旅,調使首
#[訓異]
#[大意]浦の深みに横たわっておられるあなたを今日来るか今日来るかと待っているであろう妻が悲しいことであるよ。
#{語釈]
#[説明]
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#[番号]13/3343
#[題詞]
#[原文]<汭>浪 来依濱丹 津煎裳無 偃為<公>賀 家道不知裳
#[訓読]浦波の来寄する浜につれもなくこやせる君が家道知らずも
#[仮名],うらなみの,きよするはまに,つれもなく,ふしたるきみが,いへぢしらずも
#[左注]右九首
#[校異]納 -> 汭 [元][紀] / 君 -> 公 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,行路死人,鎮魂,或本歌,異伝,羈旅,調使首
#[訓異]
#[大意]浦波がやってくる浜に無表情に横たわっているあなたの家への路もわからないことだ
#{語釈]
つれもなく 縁もなく 無表情に

#[説明]
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#[番号]13/3344
#[題詞]
#[原文]此月者 君将来跡 大舟之 思憑而 何時可登 吾待居者 黄葉之 過行跡 玉梓之 使之云者 螢成 髣髴聞而 大<土>乎 <火>穂跡<而 立>居而 去方毛不知 朝霧乃 思<或>而 杖不足 八尺乃嘆 々友 記乎無見跡 何所鹿 君之将座跡 天雲乃 行之随尓 所射完乃 行<文>将死跡 思友 道之不知者 獨居而 君尓戀尓 哭耳思所泣
#[訓読]この月は 君来まさむと 大船の 思ひ頼みて いつしかと 我が待ち居れば 黄葉の 過ぎてい行くと 玉梓の 使の言へば 蛍なす ほのかに聞きて 大地を ほのほと踏みて 立ちて居て ゆくへも知らず 朝霧の 思ひ迷ひて 杖足らず 八尺の嘆き 嘆けども 験をなみと いづくにか 君がまさむと 天雲の 行きのまにまに 射ゆ鹿猪の 行きも死なむと 思へども 道の知らねば ひとり居て 君に恋ふるに 哭のみし泣かゆ
#[仮名],このつきは,きみきまさむと,おほぶねの,おもひたのみて,いつしかと,わがまちをれば,もみちばの,すぎていゆくと,たまづさの,つかひのいへば,ほたるなす,ほのかにききて,おほつちを,ほのほとふみて,たちてゐて,ゆくへもしらず,あさぎりの,おもひまとひて,つゑたらず,やさかのなげき,なげけども,しるしをなみと,いづくにか,きみがまさむと,あまくもの,ゆきのまにまに,いゆししの,ゆきもしなむと,おもへども,みちのしらねば,ひとりゐて,きみにこふるに,ねのみしなかゆ
#[左注](右二首)
#[校異]士 -> 土 [天] / 太 -> 火 [元][天][類] / 立而 -> 而立 [元][天] / 惑 -> 或 [元][天] / 父 -> 文 [元][天][類]
#[鄣W],挽歌,女歌,赴任,悲別,防人妻
#[訓異]
#[大意]この月はあなたがいらっしゃるだろうと大船のように思い頼みにしていつになったら来るかと自分が待っていると、黄葉のように過ぎて亡くなって行ったと玉梓の使いが言うので、蛍にようにほのかに聞いて、大地を炎を踏むようにじだんだと踏み、立ったり座ったりして行く方もわからず朝霧のように思い迷って、杖に足りない八尺の長い嘆きをして嘆くが効果もないのでと、どこかにあなたがいらっしゃるかと天雲のように行くのにまかせて、矢で射られた鹿や猪のように行ったまま死のうかと思うが、死出の路もわからないので、独りで座っていてあなたに恋い思っていると、大声を上げてばかり泣かれることである
#{語釈]
杖足らず  杖は、一丈。一丈に満たない八尺の意の枕詞

八尺の嘆き  3276 八尺にもなる長い嘆き

#[説明]
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#[番号]13/3345
#[題詞]反歌
#[原文]葦邊徃 鴈之翅乎 見別 <公>之佩具之 投箭之所思
#[訓読]葦辺行く雁の翼を見るごとに君が帯ばしし投矢し思ほゆ
#[仮名],あしへゆく,かりのつばさを,みるごとに,きみがおばしし,なげやしおもほゆ
#[左注]右二首 但或云 此短歌者<防>人之妻所作也 然則應知長歌亦此同作焉
#[校異]君 -> 公 [元][天][類] / 防 [西(上書訂正)][元][天][紀]
#[鄣W],挽歌,動物,女歌,悲別,防人妻
#[訓異]
#[大意]葦辺を行く雁の翼を見ることにあなたが帯びておられた投げ矢が思われる
#{語釈]

投げ矢  手投げの矢 19/4164
投矢 全釈 手で投げる矢ではない
和名抄 遠射 楊氏漢語抄云 射遠 止保奈計
注釈 射ることを投ぐと云ったものと思われる。

但し或ひは云ふ。此の短歌は、防人の妻が作る所なり」といふ。然らば則ち、長歌も亦此と同じき作にあることを知るべし

#[説明]
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#[番号]13/3346
#[題詞]
#[原文]欲見者 雲居所見 愛 十羽能松原 小子等 率和出将見 琴酒者 國丹放甞 別避者 宅仁離南 乾坤之 神志恨之 草枕 此羈之氣尓 妻應離哉
#[訓読]見欲しきは 雲居に見ゆる うるはしき 鳥羽の松原 童ども いざわ出で見む こと放けば 国に放けなむ こと放けば 家に放けなむ 天地の 神し恨めし 草枕 この旅の日に 妻放くべしや
#[仮名],みほしきは,くもゐにみゆる,うるはしき,とばのまつばら,わらはども,いざわいでみむ,ことさけば,くににさけなむ,ことさけば,いへにさけなむ,あめつちの,かみしうらめし,くさまくら,このたびのけに,つまさくべしや
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],挽歌,地名,亡妻歌,羈旅,行旅死
#[訓異]
#[大意]みたい物は雲居はるかに見えるうるわしい鳥羽の松原よ。者ども、さあ出てみよう。引き離すならば国にいるときに引き離して欲しかった。引き離すならば家にいるときに引き離して欲しかった。天地の神が恨めしいことだ。草枕のこの旅の途中に妻が引き放れてよいものだろうか。
#{語釈]
鳥羽の松原 所在未詳  私注 神嶋の歌と関連付ければ倉敷市鳥羽
      4/0588 鳥羽山松
      妻の葬られた場所か。

いざわ  人への呼びかけ いざ

こと放けば 二人の中が放れる 死別する

国 故郷にいるとき

#[説明]
旅中にあって、妻の死を知らせる使いが来たか。

#[関連論文]