万葉集 巻第19

#[番号]19/4139
#[題詞]天平勝寶二年三月一日之暮眺矚春苑桃李花<作>二首
#[原文]春苑 紅尓保布 桃花 下<照>道尓 出立𡢳嬬
#[訓読]春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子
#[仮名],はるのその,くれなゐにほふ,もものはな,したでるみちに,いでたつをとめ
#[左注]
#[校異]作歌 -> 作 [元][文][紀] / 昭 -> 照 [元][類][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年3月1日,年紀,作者:大伴家持,植物,絵画,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]春の苑が紅色に照り映えている桃の花よ。その下が明るく照っている道に出て立つ処女よ。
#{語釈]
#[説明]
二句切れが三句切れか。
樹下美人
妻の大嬢を指しているか、一般的な処女のイメージか。

#[関連論文]


#[番号]19/4140
#[題詞](天平勝寶二年三月一日之暮眺矚春苑桃李花<作>二首)
#[原文]吾園之 李花可 庭尓落 波太礼能未 遣在可母
#[訓読]吾が園の李の花か庭に散るはだれのいまだ残りたるかも
#[仮名],わがそのの,すもものはなか,にはにちる,はだれのいまだ,のこりたるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月1日,年紀,作者:大伴家持,植物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]自分の庭園の李の花だろうか。庭に散っているのは、それともはだれがまだ残っているのだろうか。
#{語釈]
二句切れか三句切れか
はだれ 雪がうっすらとまだらに積もっている状態

#[説明]
冬と春の相剋

#[関連論文]


#[番号]19/4141
#[題詞]見飜翔鴫作歌一首
#[原文]春儲而 <物>悲尓 三更而 羽振鳴志藝 誰田尓加須牟
#[訓読]春まけてもの悲しきにさ夜更けて羽振き鳴く鴫誰が田にか住む
#[仮名],はるまけて,ものがなしきに,さよふけて,はぶきなくしぎ,たがたにかすむ
#[左注]
#[校異]<> -> 物 [西(右書)][元][類][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年3月1日,年紀,作者:大伴家持,動物,望郷,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]春を待ち設けてなんとなく悲しく思われるのに、世更けて羽を振るわせて鳴く鴫は誰の田に住んでいるのだろうか。

#{語釈]
鴫 冬の旅鳥 万葉集はこの一例 記紀歌謡 宇陀の高城に 鴫罠張る

春まけて 春を待ち設けて 心待ちにする

もの悲しき 絶唱三作に通じる心情

羽振き 羽をばたつかせて

#[説明]
望郷の念を中心にしている

#[関連論文]


#[番号]19/4142
#[題詞]二日攀柳黛思京師歌一首
#[原文]春日尓 張流柳乎 取持而 見者京之 大路所<念>
#[訓読]春の日に張れる柳を取り持ちて見れば都の大道し思ほゆ
#[仮名],はるのひに,はれるやなぎを,とりもちて,みればみやこの,おほちしおもほゆ
#[左注]思 -> 念 [元][類]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,望郷,植物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]春の日に芽がふくらんでいる柳を手に取ってみると、都の大路のことが思われてならない
#{語釈]
柳黛 柳の黛 女性の眉に譬えている中国的な発想

張れる 芽が張り出してきている

柳 柳眉から都の女性を思っているか。

#[説明]
類歌
10/1853H01梅の花取り持ち見れば我が宿の柳の眉し思ほゆるかも

#[関連論文]


#[番号]19/4143
#[題詞]攀折堅香子草花歌一首
#[原文]物部<乃> 八<十>𡢳嬬等之 挹乱 寺井之於乃 堅香子之花
#[訓読]もののふの八十娘子らが汲み乱ふ寺井の上の堅香子の花
#[仮名],もののふの,やそをとめらが,くみまがふ,てらゐのうへの,かたかごのはな
#[左注]
#[校異]能 -> 乃 [元][類][古] / 十乃 -> 十 [元][古]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,植物,高岡,富山,枕詞
#[訓異]
#[大意]もののふの大勢の娘子たちが入り乱れて水汲みをしている寺の井戸のほとりのかたくりの花よ
#{語釈]
堅香子 かたくり

もののふの 八十の枕詞

寺井 寺の境内にある井戸

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4144
#[題詞]見歸鴈歌二首
#[原文]燕来 時尓成奴等 鴈之鳴者 本郷思都追 雲隠喧
#[訓読]燕来る時になりぬと雁がねは国偲ひつつ雲隠り鳴く
#[仮名],つばめくる,ときになりぬと,かりがねは,くにしのひつつ,くもがくりなく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,動物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]燕がやって来る時節になったとして雁は故郷を偲びながら雲隠れてなくことだ
#{語釈]
来燕、帰雁 晋 湛(たん)方生「懐春賦」芸文類聚 鴻(大きな雁)は帰風に翻り翔び、燕は泥をふふみて来たり征く。
漢詩的な世界からの発想
燕を詠む歌はこの一首のみ 他には家持の漢詩
17/3976D09来燕ヘ泥賀宇入 歸鴻引廬迥赴瀛

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4145
#[題詞](見歸鴈歌二首)
#[原文]春設而 如此歸等母 秋風尓 黄葉山乎 不<超>来有米也 [一云 春去者 歸此鴈]
#[訓読]春まけてかく帰るとも秋風にもみたむ山を越え来ざらめや [一云 春されば帰るこの雁]
#[仮名],はるまけて,かくかへるとも,あきかぜに,もみたむやまを,こえこざらめや,[はるされば,かへるこのかり]
#[左注]
#[校異]越 -> 超 [元][類][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,推敲,帰雁,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]春を待ち設けてこのように帰るとしても秋風に紅葉する山を越えて来ないということがあろうか 一云 春になると帰るこの雁は
#{語釈]

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4146
#[題詞]夜裏聞千鳥<喧>歌二首
#[原文]夜具多知尓 寐覺而居者 河瀬尋 情<毛>之<努>尓 鳴知等理賀毛
#[訓読]夜ぐたちに寝覚めて居れば川瀬尋め心もしのに鳴く千鳥かも
#[仮名],よぐたちに,ねざめてをれば,かはせとめ,こころもしのに,なくちどりかも
#[左注]
#[校異]鳴 -> 喧 [元][類] / 母 -> 毛 [元][類][文][紀] / 奴 -> 努 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,動物,懐古,望郷,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]夜が更けた中で寝覚めていると川瀬を求めて心もしおれるばかりに鳴く千鳥であることだ
#{語釈]
夜ぐたち 夜が更けていくこと

川瀬 家持のいる館の近くの射水川を言ったもの

心もしのに 心もしおれるばかりに
03/0266H01近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ
08/1552H01夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこほろぎ鳴くも

#[説明]
類想歌
07/1124H01佐保川に騒ける千鳥さ夜更けて汝が声聞けば寐ねかてなくに

#[関連論文]


#[番号]19/4147
#[題詞](夜裏聞千鳥<喧>歌二首)
#[原文]夜降而 鳴河波知登里 宇倍之許曽 昔人母 之<努>比来尓家礼
#[訓読]夜くたちて鳴く川千鳥うべしこそ昔の人も偲ひ来にけれ
#[仮名],よくたちて,なくかはちどり,うべしこそ,むかしのひとも,しのひきにけれ
#[左注]
#[校異]奴 -> 努 [元]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,動物,懐古,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]夜が更けて鳴く川千鳥よ。なるほど昔の人も賞美してきたのだ
#{語釈]
昔の人 人麻呂 03/0266H01近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ
赤人 06/0925H01ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4148
#[題詞]聞暁鳴雉歌二首
#[原文]椙野尓 左乎騰流雉 灼然 啼尓之毛将哭 己母利豆麻可母
#[訓読]杉の野にさ躍る雉いちしろく音にしも泣かむ隠り妻かも
#[仮名],すぎののに,さをどるきぎし,いちしろく,ねにしもなかむ,こもりづまかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]杉の生えている野に跳ね回っている雉よ。人目に立って声を上げて泣く隠り妻であろうか。
#{語釈]
さ躍る雉 雉が跳ね回っている様子

隠り妻 忍び泣きするイメージ
10/2285H01秋萩の花野のすすき穂には出でず我が恋ひわたる隠り妻はも
11/2566H01色に出でて恋ひば人見て知りぬべし心のうちの隠り妻はも
11/2656H01天飛ぶや軽の社の斎ひ槻幾代まであらむ隠り妻ぞも
11/2708H01しなが鳥猪名山響に行く水の名のみ寄そりし隠り妻はも
11/2803H01里中に鳴くなる鶏の呼び立てていたくは泣かぬ隠り妻はも
13/3266H03朝露の 消なば消ぬべく 恋ひしくも しるくも逢へる 隠り妻かも
13/3312H04思ふごとならぬ 隠り妻かも
19/4148H01杉の野にさ躍る雉いちしろく音にしも泣かむ隠り妻かも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4149
#[題詞](聞暁鳴雉歌二首)
#[原文]足引之 八峯之雉 鳴響 朝開之霞 見者可奈之母
#[訓読]あしひきの八つ峰の雉鳴き響む朝明の霞見れば悲しも
#[仮名],あしひきの,やつをのきぎし,なきとよむ,あさけのかすみ,みればかなしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,動物,叙景,枕詞
#[訓異]
#[大意]あしひきのあちらこちらの峰々の雉が鳴き響む明け方の霞を見るとしみじみとした情緒があることである。
#{語釈]
八つ峰
07/1262H01あしひきの山椿咲く八つ峰越え鹿待つ君が斎ひ妻かも
19/4149H01あしひきの八つ峰の雉鳴き響む朝明の霞見れば悲しも
19/4152H01奥山の八つ峰の椿つばらかに今日は暮らさね大夫の伴
19/4164H04あしひきの 八つ峰踏み越え さしまくる 心障らず 後の世の
19/4166H06八つ峰飛び越え ぬばたまの 夜はすがらに 暁の 月に向ひて 行き帰り
19/4177H02振り放け見つつ 思ひ延べ 見なぎし山に 八つ峰には 霞たなびき
19/4266H01あしひきの 八つ峰の上の 栂の木の いや継ぎ継ぎに 松が根の
20/4481H01あしひきの八つ峰の椿つらつらに見とも飽かめや植ゑてける君

悲しも 心の情感が甚だしい様子。もの悲しい気持ち。しみじみとした情感

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4150
#[題詞]遥聞泝江船人之唱歌一首
#[原文]朝床尓 聞者遥之 射水河 朝己藝思都追 唱船人
#[訓読]朝床に聞けば遥けし射水川朝漕ぎしつつ唄ふ舟人
#[仮名],あさとこに,きけばはるけし,いみづかは,あさこぎしつつ,うたふふなびと
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月2日,年紀,作者:大伴家持,叙景,地名,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]朝の寝床で聞くと遙かに聞こえてくる。射水川を朝舟を漕ぎながら歌う舟人よ。
#{語釈]
射水川 現在の小矢部川

#[説明]
冒頭歌と巻末の春愁歌との呼応

#[関連論文]


#[番号]19/4151
#[題詞]三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首
#[原文]今日之為等 思標之 足引乃 峯上之櫻 如此開尓家里
#[訓読]今日のためと思ひて標しあしひきの峰の上の桜かく咲きにけり
#[仮名],けふのためと,おもひてしめし,あしひきの,をのへのさくら,かくさきにけり
#[左注]
#[校異]思標 [元][類] 標
#[鄣W],天平勝宝2年3月3日,年紀,作者:大伴家持,枕詞,植物,宴席,高岡,富山,上巳
#[訓異]
#[大意]今日のためと思って印を付けておいたあしひきの峰の上の桜はこのように咲いたことであるよ
#{語釈]
三日 上巳の宴

今日、かく咲く 宴席を背景とした臨場表現

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4152
#[題詞](三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首)
#[原文]奥山之 八峯乃海石榴 都婆良可尓 今日者久良佐祢 大夫之徒
#[訓読]奥山の八つ峰の椿つばらかに今日は暮らさね大夫の伴
#[仮名],おくやまの,やつをのつばき,つばらかに,けふはくらさね,ますらをのとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月3日,年紀,作者:大伴家持,植物,宴席,上巳,序詞,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]奥山の峰々の椿ではないが、つばらかに歓を尽くして今日はお暮らしください。大夫の伴よ。
#{語釈]
つばらかに 十分に 歓を尽くして

大夫の伴 朝廷に仕える官人 越中國府の役人や郡司 伴造氏族としての家持の思想

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4153
#[題詞](三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首)
#[原文]漢人毛 筏浮而 遊云 今日曽和我勢故 花縵世奈
#[訓読]漢人も筏浮かべて遊ぶといふ今日ぞ我が背子花かづらせな
#[仮名],からひとも,いかだうかべて,あそぶといふ,けふぞわがせこ,はなかづらせな
#[左注]
#[校異]奈 [細] 余
#[鄣W],天平勝宝2年3月3日,年紀,作者:大伴家持,宴席,上巳,曲水宴,植物,富山,高岡
#[訓異]
#[大意]唐の人も筏を浮かべて遊ぶという今日であるぞ。我が背子よ。花かづらをしようよ。
#{語釈]
漢人も筏浮かべて遊ぶ 曲水宴のこと。西以下 「ふねをうかへて」
全釈 曲水宴にイカダを浮かべるような殺風景なことがあるはずはないから、古訓にフネとあるのに従うべきであろう
全註釈 ここは真の筏ではなく、漢文にいう舟筏の意で、船のことであろう
注釈 筏はイカダのことで船の意ではない。舟筏の意でフネと読むべき。

羽爵を浮かべる板のことか

花かづらせな 原文「奈」 細 広瀬「余」 注釈 せよ
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4154
#[題詞]八日詠白<大>鷹歌一首[并短歌]
#[原文]安志比奇<乃> 山坂<超>而 去更 年緒奈我久 科坂在 故志尓之須米婆 大王之 敷座國者 京師乎母 此間毛於夜自等 心尓波 念毛能可良 語左氣 見左久流人眼 乏等 於毛比志繁 曽己由恵尓 情奈具也等 秋附婆 芽子開尓保布 石瀬野尓 馬太伎由吉氐 乎知許知尓 鳥布美立 白塗之 小鈴毛由良尓 安波勢也<理> 布里左氣見都追 伊伎騰保流 許己呂能宇知乎 思延 宇礼之備奈我良 枕附 都麻屋之内尓 鳥座由比 須恵弖曽我飼 真白部乃多可
#[訓読]あしひきの 山坂越えて 行きかはる 年の緒長く しなざかる 越にし住めば 大君の 敷きます国は 都をも ここも同じと 心には 思ふものから 語り放け 見放くる人目 乏しみと 思ひし繁し そこゆゑに 心なぐやと 秋づけば 萩咲きにほふ 石瀬野に 馬だき行きて をちこちに 鳥踏み立て 白塗りの 小鈴もゆらに あはせ遣り 振り放け見つつ いきどほる 心のうちを 思ひ延べ 嬉しびながら 枕付く 妻屋のうちに 鳥座結ひ 据えてぞ我が飼ふ 真白斑の鷹
#[仮名],あしひきの,やまさかこえて,ゆきかはる,としのをながく,しなざかる,こしにしすめば,おほきみの,しきますくには,みやこをも,ここもおやじと,こころには,おもふものから,かたりさけ,みさくるひとめ,ともしみと,おもひししげし,そこゆゑに,こころなぐやと,あきづけば,はぎさきにほふ,いはせのに,うまだきゆきて,をちこちに,とりふみたて,しらぬりの,をすずもゆらに,あはせやり,ふりさけみつつ,いきどほる,こころのうちを,おもひのべ,うれしびながら,まくらづく,つまやのうちに,とぐらゆひ,すゑてぞわがかふ,ましらふのたか
#[左注]
#[校異]太 -> 大 [元][類] / 能 -> 乃 [元][類] / 越 -> 超 [元][類][紀] / 里 -> 理 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月8日,年紀,作者:大伴家持,枕詞,動物,植物,地名,富山,狩猟,鷹狩り
#[訓異]
#[大意]あしひきの山や坂を越えてやってきて、過ぎて変わる年月長く、しなさかる越にすんでいると、大君のお治めになる国は都もここも同じであると心には思うものの、話して心を晴らし、見ては心を晴らす人に会うことが少ないのでと、もの思いがひどい。そこだから心が慰められるかと秋らしくなると萩が咲き薫っている岩瀬野に馬を手綱をしめて行ってあちらこちらに鳥を踏み立てて銀塗りの小鈴もゆらりとばかりに戦いに行かせ、振り仰いで見ながら、鬱屈した心の内の思いを晴らし、嬉しくしながら、枕付く妻屋の内に鳥の止まり木を作り、留まらせて自分が買う真白斑の鷹であるよ
#{語釈]
白大鷹 家持の鷹の歌としては天平19年9月26日詠の思放逸鷹夢見感悦作歌(17/4011)」がある。
和名抄「鷹 広雅云 一歳名之黄鷹 音膺(よう) 和賀多加 二歳名之撫鷹 加太加閉利 三歳名之青鷹白鷹 漢語抄云 大鷹 於保太加 兄鷹勢宇 今案 俗説雄鷹謂之兄鷹 雌鷹謂之大鷹也」
17/4011 大黒 注「大黒者蒼鷹之名也」 三歳の雄鷹

ここも同じと みこともち意識
06/0956H01やすみしし我が大君の食す国は大和もここも同じとぞ思ふ

思ふものから 思いながらも
06/0951H01見わたせば近きものから岩隠りかがよふ玉を取らずはやまじ

語り放け 見放くる人 話しては思いを晴らし、会って気晴らしをする人
池主も思いの中に含まれているか。

人目 乏しみと 人に会うことが少ないのでと

石瀬野 高岡市庄川左岸 岩瀬あたり
和名抄 越中国 新川郡石勢 伊波世
大日本地名辞書 神通川河口東のあたり 延喜式 岩瀬駅
森田柿園 國府からは遠方である。射水郡庄川のあたりに岩瀬村
高沢瑞信 万葉越路の栞 射水郡内

馬だき行きて 馬の手綱を操る たく たばねて握る
02/0123H01たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか

白塗りの 小鈴もゆらに 17/4011 白塗の 鈴取り付けて
銀メッキした鈴
全注「鈴は尾につけ、音によって鷹の行方を知るためという」

あはせ遣り あはせ 戦わせる 腕から飛び立たせる

いきどほる 万葉集中一例
代匠記 鬱憤をいきとほるとよめり。心のふさかりてはれぬなり

妻屋のうちに 大事にしている様子を言う

真白斑の鷹 灰色の中に白い斑の混ざっている鷹か。

#[説明]
大伴池主に送る目的で作った歌か

#[関連論文]


#[番号]19/4155
#[題詞](八日詠白<大>鷹歌一首[并短歌])
#[原文]矢形尾乃 麻之路能鷹乎 屋戸尓須恵 可伎奈泥見都追 飼久之余志毛
#[訓読]矢形尾の真白の鷹を宿に据ゑ掻き撫で見つつ飼はくしよしも
#[仮名],やかたをの,ましろのたかを,やどにすゑ,かきなでみつつ,かはくしよしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月8日,年紀,作者:大伴家持,動物,富山,高岡
#[訓異]
#[大意]矢形尾の真白の鷹を家に据えて掻き撫で見ながら飼うことはいいことだ
#{語釈]
矢形尾 矢の羽のような形をした尾 17/4011

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4156
#[題詞]潜鵜歌一首[并短歌]
#[原文]荒玉能 年徃更 春去者 花耳尓保布 安之比奇能 山下響 墜多藝知 流辟田乃 河瀬尓 年魚兒狭走 嶋津鳥 鵜養等母奈倍 可我理左之 奈頭佐比由氣<婆> 吾妹子我 可多見我氐良等 紅之 八塩尓染而 於己勢多流 服之襴毛 等寳利氐濃礼奴
#[訓読]あらたまの 年行きかはり 春されば 花のみにほふ あしひきの 山下響み 落ち激ち 流る辟田の 川の瀬に 鮎子さ走る 島つ鳥 鵜養伴なへ 篝さし なづさひ行けば 我妹子が 形見がてらと 紅の 八しほに染めて おこせたる 衣の裾も 通りて濡れぬ
#[仮名],あらたまの,としゆきかはり,はるされば,はなのみにほふ,あしひきの,やましたとよみ,おちたぎち,ながるさきたの,かはのせに,あゆこさばしる,しまつとり,うかひともなへ,かがりさし,なづさひゆけば,わぎもこが,かたみがてらと,くれなゐの,やしほにそめて,おこせたる,ころものすそも,とほりてぬれぬ
#[左注]
#[校異]歌 [西][細] 謌 / 波 -> 婆 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月8日,年紀,作者:大伴家持,動物,地名,能登,富山,鵜飼い
#[訓異]
#[大意]あらたまの年が行き変わって春になると花ばかりが美しく映えるあしひきの山の麓を響かせて激しく落ち流れる辟田の川の早瀬に鮎子が走りまわっている。島の鳥の鵜飼いを伴って篝火をともして難渋して行くと、我妹子が形見をかねてと紅の幾度も染めてよこした衣の裾も水が透って濡れてしまったことだ
#{語釈]
潜鵜歌 鵜飼いを詠んだ歌

辟田の川 所在未詳
越路の栞 氷見市西田村の水田の傍らの川 辟田をさいだと読んで西田と書いたか。
万葉事実余情(森田柿園) 二上山の麓より流出西田村を経て布勢湖へ流れ落ちる。西田は今さいだと呼べり。さいだはさきたの唱ひ誤りにていにしへの辟田なることいちじるし
北陸古蹟研究 今は泉川と呼ばれるかわ。田胡の浦に注いでいた

島つ鳥 鵜の枕詞 島に住む鳥の意か

篝さし なづさひ行けば 17/4011に同句

形見がてらと 家持が館を離れるので、妹が持たせた

紅の 八しほに染めて しほ 衣を染料に浸す回数
幾度も染めて 色濃い紅

おこせたる よこす 送ってくれる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4157
#[題詞](潜鵜歌一首[并短歌])
#[原文]紅<乃> 衣尓保波之 辟田河 絶己等奈久 吾等眷牟
#[訓読]紅の衣にほはし辟田川絶ゆることなく我れかへり見む
#[仮名],くれなゐの,ころもにほはし,さきたかは,たゆることなく,われかへりみむ
#[左注]
#[校異]<> -> 乃 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月8日,年紀,作者:大伴家持,地名,能登,富山,鵜飼い,土地讃美,動物
#[訓異]
#[大意]紅の衣を美しく映して、辟田川よ絶えることなく自分は還り見よう
#{語釈]
#[説明]
全体として、宮廷讃美の方法による土地讃美を行っている

紅の衣にほはし 宮廷の女官を風景に取り入れること
01/0040H01嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが玉裳の裾に潮満つらむか
06/1001H01大夫は御狩に立たし娘子らは赤裳裾引く清き浜びを

絶ゆることなく
01/0037H01見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見む
06/0911H01み吉野の秋津の川の万代に絶ゆることなくまたかへり見む

我れ 原文「吾等」 家持一人ではなく官人達も含めた発想

#[関連論文]


#[番号]19/4158
#[題詞](潜鵜歌一首[并短歌])
#[原文]毎年尓 鮎之走婆 左伎多河 鵜八頭可頭氣氐 河瀬多頭祢牟
#[訓読]年のはに鮎し走らば辟田川鵜八つ潜けて川瀬尋ねむ
#[仮名],としのはに,あゆしはしらば,さきたかは,うやつかづけて,かはせたづねむ
#[左注]
#[校異]歌 [西][細] 謌
#[鄣W],天平勝宝2年3月8日,年紀,作者:大伴家持,鵜飼い,地名,能登,富山,鵜飼い
#[訓異]
#[大意]毎年鮎が走り泳ぐのならば辟田川に鵜をたくさん潜らせて川瀬を尋ねよう。
#{語釈]
年のは 毎年 年ごとに
19/4168H01毎年に来鳴くものゆゑ霍公鳥聞けば偲はく逢はぬ日を多み
19/4168I01[毎年謂之等之乃波]

鵜八つ 鵜をたくさん

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4159
#[題詞]季春三月九日擬出擧之政行於舊江村道上属目物花之詠并興中所作之歌 / 過澁谿埼見巌上樹歌一首 [樹名都萬麻]
#[原文]礒上之 都萬麻乎見者 根乎延而 年深有之 神<左>備尓家里
#[訓読]礒の上のつままを見れば根を延へて年深からし神さびにけり
#[仮名],いそのうへの,つままをみれば,ねをはへて,としふかからし,かむさびにけり
#[左注]
#[校異]佐 -> 左 [元][類][古]
#[鄣W],天平勝宝2年3月9日,年紀,作者:大伴家持,植物,土地讃美,氷見,富山,寿歌,出挙,部内巡行
#[訓異]
#[大意]磯のあたりのつままの木を見ると根を長く延ばして年が久しく経っているらしい。神々しくなっていることだ
#{語釈]
季春三月九日、出擧の政に擬(あた)りて、舊江村に行く道の上にして物花を属目する詠(うた)并に興の中に作れる歌

季春 晩春 4165までの表題

出挙 17/4029題

舊江村 氷見市南部 17/3991題

物花を属目する 自然風物を見る

興中 依興歌

澁谿埼 高岡市渋谷の海岸 天晴海岸

つまま たぶの木 犬樟 くすのき科の常緑高木 たものき

根を延へて
03/0448H01礒の上に根延ふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか

年深からし 年月が経っている 年久しい
03/0378H01いにしへの古き堤は年深み池の渚に水草生ひにけり
06/1042H01一つ松幾代か経ぬる吹く風の音の清きは年深みかも

#[説明]
つまま公園 歌碑がある

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#[番号]19/4160
#[題詞]悲世間無常歌一首[并短歌]
#[原文]天地之 遠始欲 俗中波 常無毛能等 語續 奈我良倍伎多礼 天原 振左氣見婆 照月毛 盈<(ち)>之家里 安之比奇能 山之木末毛 春去婆 花開尓保比 秋都氣婆 露霜負而 風交 毛美知落家利 宇都勢美母 如是能未奈良之 紅能 伊呂母宇都呂比 奴婆多麻能 黒髪變 朝之咲 暮加波良比 吹風能 見要奴我其登久 逝水能 登麻良奴其等久 常毛奈久 宇都呂布見者 尓波多豆美 流渧 等騰米可祢都母
#[訓読]天地の 遠き初めよ 世間は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来たれ 天の原 振り放け見れば 照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の木末も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜負ひて 風交り もみち散りけり うつせみも かくのみならし 紅の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変り 朝の笑み 夕変らひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば にはたづみ 流るる涙 留めかねつも
#[仮名],あめつちの,とほきはじめよ,よのなかは,つねなきものと,かたりつぎ,ながらへきたれ,あまのはら,ふりさけみれば,てるつきも,みちかけしけり,あしひきの,やまのこぬれも,はるされば,はなさきにほひ,あきづけば,つゆしもおひて,かぜまじり,もみちちりけり,うつせみも,かくのみならし,くれなゐの,いろもうつろひ,ぬばたまの,くろかみかはり,あさのゑみ,ゆふへかはらひ,ふくかぜの,みえぬがごとく,ゆくみづの,とまらぬごとく,つねもなく,うつろふみれば,にはたづみ,ながるるなみた,とどめかねつも
#[左注]
#[校異]興 -> ち [西(左貼紙訂正)][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,無常,憶良,富山,高岡
#[訓異]
#[大意]天地の遠い初めから世間は無常なものだと語り継がれ時間がたって来たので、天の腹を振り仰いで見ると、照っている月も満ち欠けしている。あしひきの山のこずえも春になると花が咲きかおるが秋らしくなると露霜が降りて風が交じって紅葉して散ってしまう。この世はこのようなことばかりらしい。紅の容色も移り変わり、ぬばたまの黒髪も変わって、朝の笑いが夕方には変わり、吹く風が見えないように、流れ行く水が止まらないように不変でもなく移り行くのを見るとにわたずみ流れる涙を留めることができないでいることだ
#{語釈]
悲世間無常歌 憶良の「哀世間難住歌(5/804)」と関係する

流らへ来たれ 来たれ(ば) 已然条件法

照る月も 満ち欠けしけり
03/0442H01世間は空しきものとあらむとぞこの照る月は満ち欠けしける
07/1270H01こもりくの泊瀬の山に照る月は満ち欠けしけり人の常なき

にはたづみ 流るの枕詞 激しい雨などで庭にたまって流れ出す水のイメージ
02/0178H01み立たしの島を見る時にはたづみ流るる涙止めぞかねつる
19/4214H11遠音にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涙 留めかねつも

#[説明]
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#[番号]19/4161
#[題詞](悲世間無常歌一首[并短歌])
#[原文]言等波奴 木尚春開 秋都氣婆 毛美知遅良久波 常乎奈美許曽 [一云 常<无>牟等曽]
#[訓読]言とはぬ木すら春咲き秋づけばもみち散らくは常をなみこそ [一云 常なけむとぞ]
#[仮名],こととはぬ,きすらはるさき,あきづけば,もみちぢらくは,つねをなみこそ,[つねなけむとぞ]
#[左注]
#[校異]無 -> 无 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,植物,無常,憶良,富山,高岡,推敲
#[訓異]
#[大意]言葉を話さない木ですら春は花が咲き、秋らしくなると黄葉になり散るのは常がないからなのだ 一云 常がないだろうからだ
#{語釈]
言とはぬ
04/0773H01言とはぬ木すらあじさゐ諸弟らが練りのむらとにあざむかえけり
05/0811H01言とはぬ木にはありともうるはしき君が手馴れの琴にしあるべし

#[説明]
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#[番号]19/4162
#[題詞](悲世間無常歌一首[并短歌])
#[原文]宇都世美能 常<无>見者 世間尓 情都氣受弖 念日曽於保伎 [一云 嘆日曽於保吉]
#[訓読]うつせみの常なき見れば世の中に心つけずて思ふ日ぞ多き [一云 嘆く日ぞ多き]
#[仮名],うつせみの,つねなきみれば,よのなかに,こころつけずて,おもふひぞおほき,[なげくひぞおほき]
#[左注]
#[校異]無 -> 无 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,無常,推敲,悲嘆,憶良,富山,高岡
#[訓異]
#[大意]この世の常のないのを見ると世の中に心を執着させないでもの思いをする日が多いことだ 一云 嘆く日が多いことだ
#{語釈]
心つけずて 心に執着しないで

#[説明]
05/0804D01哀世間難住歌一首并序 との関係
詠題的な作
歌句の中に共通するものも見えるが、家持独自の世界で歌っている。「追和」とは記されていない 小野寛 興中と記した理由

05/0793H01世間は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
無常をとらえたもの

物色の「移ろひ」 家持の特徴

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#[番号]19/4163
#[題詞]豫作七夕歌一首
#[原文]妹之袖 我礼枕可牟 河湍尓 霧多知和多礼 左欲布氣奴刀尓
#[訓読]妹が袖我れ枕かむ川の瀬に霧立ちわたれさ夜更けぬとに
#[仮名],いもがそで,われまくらかむ,かはのせに,きりたちわたれ,さよふけぬとに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,予作,七夕,儲作,富山,高岡
#[訓異]
#[大意]妹の袖を自分は枕としよう。川の瀬に霧が立ちこめなさい。夜が更けない間に
#{語釈]
予作
19/4168S01右廿日雖未及時依興預作也
19/4254D01向京路上依興預作侍宴應詔歌一首[并短歌]
歌を披露する意図はない。文学的な興味の中で歌ったもの

夜更けぬとに 「と」は外 夜が更けない間に

#[説明]
憶良歌
08/1527H01彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に霧の立てるは
全注 心に置いているか。

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#[番号]19/4164
#[題詞]慕振勇士之名歌一首[并短歌]
#[原文]知智乃實乃 父能美許等 波播蘇葉乃 母能美己等 於保呂可尓 情盡而 念良牟 其子奈礼夜母 大夫夜 <无>奈之久可在 梓弓 須恵布理於許之 投矢毛知 千尋射和多之 劔刀 許思尓等理波伎 安之比奇能 八峯布美越 左之麻久流 情不障 後代乃 可多利都具倍久 名乎多都倍志母
#[訓読]ちちの実の 父の命 ははそ葉の 母の命 おほろかに 心尽して 思ふらむ その子なれやも 大夫や 空しくあるべき 梓弓 末振り起し 投矢持ち 千尋射わたし 剣大刀 腰に取り佩き あしひきの 八つ峰踏み越え さしまくる 心障らず 後の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも
#[仮名],ちちのみの,ちちのみこと,ははそばの,ははのみこと,おほろかに,こころつくして,おもふらむ,そのこなれやも,ますらをや,むなしくあるべき,あづさゆみ,すゑふりおこし,なげやもち,ちひろいわたし,つるぎたち,こしにとりはき,あしひきの,やつをふみこえ,さしまくる,こころさやらず,のちのよの,かたりつぐべく,なをたつべしも
#[左注](右二首追和山上憶良臣作歌)
#[校異]無 -> 无 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,憶良,追和,枕詞,植物,儒教,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]父の実の父の命、ははそ葉の母の命がいい加減に心を尽くしてお思いになっているであろうそんな子であろうか。大夫は空しくあるべきであろうか。梓弓の末を振り起こして投矢を持って遠くまで射わたし、剣太刀を腰に取り佩いて、あしひきの多くの峰を踏み越えて任命した気持ちに背くことなく後の世に語り継ぐように名を立てるべきである
#{語釈]
父の実 父の枕詞 未詳
古今要覧稿 今もちちの木 いちじく、一名いぬびわ
伊藤多羅 万葉動植考 とちの実
本草啓蒙 天仙果

ははそ葉 母の枕詞 小楢
09/1730H01山科の石田の小野のははそ原見つつか君が山道越ゆらむ

おほろかに よい加減 おおよそ
06/0974H01大夫の行くといふ道ぞおほろかに思ひて行くな大夫の伴

末振り起し
03/0364H01ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね

投矢 全釈 手で投げる矢ではない
和名抄 遠射 楊氏漢語抄云 射遠 止保奈計
注釈 射ることを投ぐと云ったものと思われる。

さしまくる さし 接頭語
まくる 任く 任命する

心障らず 心に背くことなく 任務を果たす

#[説明]
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#[番号]19/4165
#[題詞](慕振勇士之名歌一首[并短歌])
#[原文]大夫者 名乎之立倍之 後代尓 聞継人毛 可多里都具我祢
#[訓読]大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね
#[仮名],ますらをは,なをしたつべし,のちのよに,ききつぐひとも,かたりつぐがね
#[左注]右二首追和山上憶良臣作歌
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,憶良,追和,儒教,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]大夫は名を立てるべきである。後の世に聞き継ぐ人もまた後世に語り継ぐように
#{語釈]
語り継ぐがね 語り継ぐように
03/0364H01ますらをの弓末振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね

#[説明]
憶良歌
06/0978H01士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして
土橋寛 この歌は孝経「身を立て道を行ひ、名を後世に掲げ、以て父母を顕わすは孝の終わり也
の教えに添うことの出来なかった臨終の心情を吐露するものであると同時に教え子である八束に対してこの教えを実現してほしいと願いをこめたもの

家持の追和の基本的考えは、憶良の孝に対してあるのではなく、大夫意識から来る「名」であろう。喩族歌に見られる大伴としての「名」を言っている。

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#[番号]19/4166
#[題詞]詠霍公鳥并時花歌一首[并短歌]
#[原文]毎時尓 伊夜目都良之久 八千種尓 草木花左伎 喧鳥乃 音毛更布 耳尓聞 眼尓視其等尓 宇知嘆 之奈要宇良夫礼 之努比都追 有争波之尓 許能久礼<能> 四月之立者 欲其母理尓 鳴霍公鳥 従古昔 可多<里>都藝都流 鴬之 宇都之真子可母 菖蒲 花橘乎 𡢳嬬良我 珠貫麻泥尓 赤根刺 晝波之賣良尓 安之比奇乃 八丘飛超 夜干玉<乃> 夜者須我良尓 暁 月尓向而 徃還 喧等余牟礼杼 何如将飽足
#[訓読]時ごとに いやめづらしく 八千種に 草木花咲き 鳴く鳥の 声も変らふ 耳に聞き 目に見るごとに うち嘆き 萎えうらぶれ 偲ひつつ 争ふはしに 木の暗の 四月し立てば 夜隠りに 鳴く霍公鳥 いにしへゆ 語り継ぎつる 鴬の 現し真子かも あやめぐさ 花橘を 娘子らが 玉貫くまでに あかねさす 昼はしめらに あしひきの 八つ峰飛び越え ぬばたまの 夜はすがらに 暁の 月に向ひて 行き帰り 鳴き響むれど なにか飽き足らむ
#[仮名],ときごとに,いやめづらしく,やちくさに,くさきはなさき,なくとりの,こゑもかはらふ,みみにきき,めにみるごとに,うちなげき,しなえうらぶれ,しのひつつ,あらそふはしに,このくれの,うづきしたてば,よごもりに,なくほととぎす,いにしへゆ,かたりつぎつる,うぐひすの,うつしまこかも,あやめぐさ,はなたちばなを,をとめらが,たまぬくまでに,あかねさす,ひるはしめらに,あしひきの,やつをとびこえ,ぬばたまの,よるはすがらに,あかときの,つきにむかひて,ゆきがへり,なきとよむれど,なにかあきだらむ
#[左注](右廿日雖未及時依興預作也)
#[校異]罷 -> 能 [万葉集略解] / 理 -> 里 [元][類] / 之 -> 乃 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月20日,年紀,作者:大伴家持,動物,依興,予作,預作,植物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]季節ごとにますます心が引かれ様々な草木に花が咲き、鳴く鳥の声も刻々変化する。耳に聞き、目に見るごとに感動して嘆息ししんみりとして、賞美し続けて心が乱れるうちに、木が繁って暗くなる四月になると夜に隠れて鳴く霍公鳥よ。昔から語り継いできた鴬のほんとうの子どもであるのか。菖蒲草や橘の花を娘子たちが玉に貫く五月まで昼は日がな一日、あしひきの多くの峰を飛び越えて、ぬばたまの夜は夜中、暁の月に向かって行ったり帰ったりして鳴き響かせているが、何が満足するということがあろうか。まだまだ飽きないものだ。
#{語釈]
時ごとに その季節ごとに

いやめづらしく ますます珍しい 心引かれる 新鮮な

鳴く鳥の 声も変らふ 四季に応じて鳴く鳥の種類も変わる

萎えうらぶれ 感動して心がしおれるほどしんみりする
10/2298H01君に恋ひ萎えうらぶれ我が居れば秋風吹きて月かたぶきぬ

争ふはしに 原文 略解引用宣長説 有来の誤り 全釈、総釈、大系 ありける
注釈、全集 あらそふ 有はあらそふと訓ませるために添えた字
私注 あらそふは対者と相競う意ではなく、自ら乱れ騒ぐとも見るべきである
みずからの心の乱れ騒ぐ意

全注 どれがいちばんよいかという心の葛藤

許能久礼<能> 原文 許能久礼罷 このくれやみ 代匠記 木暮闇なり
略解 宣長説 罷は能の誤り このくれの

大系 罷をやみと訓むのはやむの連用形の借字 甲類でなければならない
やみのみは乙類 能の誤り

鴬の 現し真子 09/1755

しめらに すきまもなく びっしりと 終日
17/3969H13寐も寝ずに 今日もしめらに 恋ひつつぞ居る

#[説明]
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#[番号]19/4167
#[題詞](詠霍公鳥并時花歌一首[并短歌])反歌二首
#[原文]毎時 弥米頭良之久 咲花乎 折毛不折毛 見良久之余志<母>
#[訓読]時ごとにいやめづらしく咲く花を折りも折らずも見らくしよしも
#[仮名],ときごとに,いやめづらしく,さくはなを,をりもをらずも,みらくしよしも
#[左注](右廿日雖未及時依興預作也)
#[校異]毛 -> 母 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月20日,年紀,作者:大伴家持,依興,予作,預作,植物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]時節ごとにますます目新しく咲く花を手折っても折らなくても見るのはいいことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4168
#[題詞](詠霍公鳥并時花歌一首[并短歌](反歌二首))
#[原文]毎年尓 来喧毛能由恵 霍公鳥 聞婆之努波久 不相日乎於保美 [毎年謂之等之乃波]
#[訓読]毎年に来鳴くものゆゑ霍公鳥聞けば偲はく逢はぬ日を多み [毎年謂之等之乃波]
#[仮名],としのはに,きなくものゆゑ,ほととぎす,きけばしのはく,あはぬひをおほみ
#[左注]右廿日雖未及時依興預作也
#[校異]也 [元] 之
#[鄣W],天平勝宝2年3月20日,年紀,作者:大伴家持,依興,予作,預作,動物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]年ごとにやって来ては鳴くものではあるが、霍公鳥よ。聞くと賞美することだ。会わない日が多いので
#{語釈]
来鳴くものゆゑ ものなのに

偲はく 賞美する ク語法 体言止め

#[説明]
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#[番号]19/4169
#[題詞]為家婦贈在京尊母所誂作歌一首[并短歌]
#[原文]霍公鳥 来喧五月尓 咲尓保布 花橘乃 香吉 於夜能御言 朝暮尓 不聞日麻祢久 安麻射可流 夷尓之居者 安之比奇乃 山乃多乎里尓 立雲乎 余曽能未見都追 嘆蘇良 夜須<家>奈久尓 念蘇良 苦伎毛能乎 奈呉乃海部之 潜取云 真珠乃 見我保之御面 多太向 将見時麻泥波 松栢乃 佐賀延伊麻佐祢 尊安我吉美 [御面謂之美於毛和]
#[訓読]霍公鳥 来鳴く五月に 咲きにほふ 花橘の かぐはしき 親の御言 朝夕に 聞かぬ日まねく 天離る 鄙にし居れば あしひきの 山のたをりに 立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを 奈呉の海人の 潜き取るといふ 白玉の 見が欲し御面 直向ひ 見む時までは 松柏の 栄えいまさね 貴き我が君 [御面謂之美於毛和]
#[仮名],ほととぎす,きなくさつきに,さきにほふ,はなたちばなの,かぐはしき,おやのみこと,あさよひに,きかぬひまねく,あまざかる,ひなにしをれば,あしひきの,やまのたをりに,たつくもを,よそのみみつつ,なげくそら,やすけなくに,おもふそら,くるしきものを,なごのあまの,かづきとるといふ,しらたまの,みがほしみおもわ,ただむかひ,みむときまでは,まつかへの,さかえいまさね,たふときあがきみ
#[左注]
#[校異]家久 -> 家 [元]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,動物,植物,枕詞,贈答,代作,坂上郎女,坂上大嬢,寿歌,恋情,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]霍公鳥がやって来て鳴く五月に咲きかおる橘の花、その花のようにかぐわしい立派な親のお言葉を朝夕に聞かない日が多く、天遠く離れた田舎にいるので、あしひきの山のくぼみに立つ雲をよそにばかり見ながら嘆く気持ちも安らかではないのに、思う心も苦しいものなのに、奈呉の海人の潜って取るという白玉のように見たいとおもう御顔を直接に向かい合って見る時までは、松柏のように栄えて元気でいらしゃってください。貴い我が君よ。
#{語釈]
家婦の京に在(いま)す尊母に贈る為に誂(あとら)へて作る歌

家婦 大伴大嬢 前年の秋に下向

尊母 坂上郎女

誂へて作る 頼まれて作る 実際は自ら作ったもの
全注 興を誘発するもの

04/0543D01神龜元年甲子冬十月幸紀伊國之時為贈従駕人所誂娘子作歌一首并短歌
08/1635D01尼作頭句并大伴宿祢家持所誂尼續末句等和歌一首
16/3786D02昔物有娘子 字曰櫻児也 于時有二壮子 共誂此娘而捐生挌競貪死相敵
16/3815S02遣請誂於女之父母者 於是父母之意壮士未聞委曲之旨 乃作彼歌報送以顕改
16/3821S01右時有娘子 姓尺度氏也 此娘子不聴高姓美人之所誂應許下姓い士之所誂也
19/4169D01為家婦贈在京尊母所誂作歌一首[并短歌]
19/4198S01右為贈留女之女郎所誂家婦作也 女郎者即大伴家持之妹

花橘の ここまでは序詞

かぐはしき 一般的には香りのよいこと。ここではすぐれて立派な

山のたおり たわんだ所 くぼんだ所
18/4122H07山のたをりに この見ゆる 天の白雲 海神の

嘆くそら 嘆く心 気持ち
17/3969H04いらなけく そこに思ひ出 嘆くそら 安けなくに 思ふそら

白玉の 見が欲しにかかる序詞

松柏の 栄えの枕詞 しょうはくの訓読み
和名抄 栢 兼名苑云 栢 音白 加閇

#[説明]
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#[番号]19/4170
#[題詞](為家婦贈在京尊母所誂作歌一首[并短歌])反歌一首
#[訓読]白玉の見が欲し君を見ず久に鄙にし居れば生けるともなし
#[仮名],しらたまの,みがほしきみを,みずひさに,ひなにしをれば,いけるともなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,贈答,代作,坂上郎女,坂上大嬢,恋情,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]白玉のように見たいと思うあなたを見ないで年久しく田舎にいるので生きた気持ちもしないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4171
#[題詞]廿四日應立夏四月節也 因此廿三日之暮忽思霍公鳥暁喧聲作歌二首
#[原文]常人毛 起都追聞曽 霍公鳥 此暁尓 来喧始音
#[訓読]常人も起きつつ聞くぞ霍公鳥この暁に来鳴く初声
#[仮名],つねひとも,おきつつきくぞ,ほととぎす,このあかときに,きなくはつこゑ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月23日,年紀,作者:大伴家持,動物,季節,高岡,富山,立夏
#[訓異]
#[大意]普通の人も起きては聞くものだ。霍公鳥のこの暁にやって来て鳴く初声を
#{語釈]
廿四日應立夏四月節 この年は、二十四日が立夏に当たった

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4172
#[題詞](廿四日應立夏四月節也 因此廿三日之暮忽思霍公鳥暁喧聲作歌二首)
#[原文]霍公鳥 来<喧>響者 草等良牟 花橘乎 屋戸尓波不殖而
#[訓読]霍公鳥来鳴き響めば草取らむ花橘を宿には植ゑずて
#[仮名],ほととぎす,きなきとよめば,くさとらむ,はなたちばなを,やどにはうゑずて
#[左注]
#[校異]鳴 -> 喧 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年3月23日,年紀,作者:大伴家持,動物,植物,高岡,富山,立夏
#[訓異]
#[大意]霍公鳥がやって来て鳴き響くと草取りをしながら聞こう。わざわざ花橘など家には植えないで。
#{語釈]
#[説明]
一種の預作歌。二首目は、花橘に来鳴く霍公鳥が多く歌われている中で、敢えて花橘の霍公鳥ではないことを歌う。また越中の風土では橘が少ないということからの趣向か。

#[関連論文]


#[番号]19/4173
#[題詞]贈京丹比家歌一首
#[原文]妹乎不見 越國敝尓 經年婆 吾情度乃 奈具流日毛無
#[訓読]妹を見ず越の国辺に年経れば我が心どのなぐる日もなし
#[仮名],いもをみず,こしのくにへに,としふれば,あがこころどの,なぐるひもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年3月,年紀,作者:大伴家持,悲嘆,別離,贈答,丹比氏,代作,坂上大嬢,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]妹を見ないで越の国のあたりに年が経ったので、自分の心がなごむ日もないことだ
#{語釈]
京丹比家 4217左注 代匠記 田村大嬢などが丹比家の妻となれる歟
新考 家持の妹が丹比家に嫁した
川上富吉 家持の生母の実家。妹は丹比家に住んでいる

妹 4184左注 4197~4198 留女と同一人物か 家持の妹

心ど しっかりした心
03/0457H01遠長く仕へむものと思へりし君しまさねば心どもなし

なぐる 心が静まる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4174
#[題詞]追和筑紫<大>宰之時春<苑>梅歌一首
#[原文]春裏之 樂終者 梅花 手折乎伎都追 遊尓可有
#[訓読]春のうちの楽しき終は梅の花手折り招きつつ遊ぶにあるべし
#[仮名],はるのうちの,たのしきをへは,うめのはな,たをりをきつつ,あそぶにあるべし
#[左注]右一首廿七日依興作之
#[校異]太 -> 大 [元][文][紀][矢] / 花 -> 苑 [万葉集略解]
#[鄣W],天平勝宝2年3月27日,年紀,作者:大伴家持,追和,太宰府,梅花宴,宴席,依興,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]春のうちの楽しい終わりは梅の花を手折って招きながら遊ぶことであるだろう
#{語釈]
築紫太宰の時の春苑梅歌に追和する歌 05/0814~0846 に追和
05/0815H01正月立ち春の来らばかくしこそ梅を招きつつ楽しき終へめ を受けたもの

終 をふ 下二段動詞の名詞形 終局、終わり

招きつつ 招く

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4175
#[題詞]詠霍公鳥二首
#[原文]霍公鳥 今来喧曽<无> 菖蒲 可都良久麻泥尓 加流々日安良米也 [毛能波三箇辞闕之]
#[訓読]霍公鳥今来鳴きそむあやめぐさかづらくまでに離るる日あらめや [毛能波三箇辞闕之]
#[仮名],ほととぎす,いまきなきそむ,あやめぐさ,かづらくまでに,かるるひあらめや
#[左注]
#[校異]無 -> 无 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年,年紀,作者:大伴家持,動物,植物,高岡,富山,恋情
#[訓異]
#[大意]ほととぎすが今やって来て鳴き始める。あやめ草をかずらにするまで離れてしまう日があろうか
#{語釈]
毛能波三箇辞闕之 数個の助詞をあらかじめ使わないという遊戯的な作歌
注釈 懐風藻などに見るように韻字を定めて詩を作る手法に暗示を受けたものか
大系 万葉集での助詞の使用頻度 の 5185 に 2731 を 1793
は 1843 て 1559 も 1451 ば 1418 が 997 と 939
かも 685 そ 420 や 368 か 364 こそ 319 ど 294
とも 230 ども 209
窪田評釈 数種の物を詠み入れる戯咲歌と同範囲のもので、短歌形式 を遊戯の具とする風の次第に拡がったことを示しているものである。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4176
#[題詞](詠霍公鳥二首)
#[原文]我門従 喧過度 霍公鳥 伊夜奈都可之久 雖聞飽不足 [毛能波氐尓乎六箇辞闕之]
#[訓読]我が門ゆ鳴き過ぎ渡る霍公鳥いやなつかしく聞けど飽き足らず [毛能波氐尓乎六箇辞闕之]
#[仮名],わがかどゆ,なきすぎわたる,ほととぎす,いやなつかしく,きけどあきたらず
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2,年紀,作者:大伴家持,恋情,動物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]自分の家の門口から鳴き過ぎて飛んでいく霍公鳥よ。ますます心が引かれていくら聞いても十分ということはない。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4177
#[題詞]四月三日贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥歌不勝感舊之意述懐一首[并短歌]
#[原文]和我勢故等 手携而 暁来者 出立向 暮去者 授放見都追 念<暢> 見奈疑之山尓 八峯尓波 霞多奈婢伎 谿敝尓波 海石榴花咲 宇良悲 春之過者 霍公鳥 伊也之伎喧奴 獨耳 聞婆不怜毛 君与吾 隔而戀流 利波山 飛超去而 明立者 松之狭枝尓 暮去者 向月而 菖蒲 玉貫麻泥尓 鳴等余米 安寐不令宿 君乎奈夜麻勢
#[訓読]我が背子と 手携はりて 明けくれば 出で立ち向ひ 夕されば 振り放け見つつ 思ひ延べ 見なぎし山に 八つ峰には 霞たなびき 谷辺には 椿花咲き うら悲し 春し過ぐれば 霍公鳥 いやしき鳴きぬ 独りのみ 聞けば寂しも 君と我れと 隔てて恋ふる 砺波山 飛び越え行きて 明け立たば 松のさ枝に 夕さらば 月に向ひて あやめぐさ 玉貫くまでに 鳴き響め 安寐寝しめず 君を悩ませ
#[仮名],わがせこと,てたづさはりて,あけくれば,いでたちむかひ,ゆふされば,ふりさけみつつ,おもひのべ,みなぎしやまに,やつをには,かすみたなびき,たにへには,つばきはなさき,うらがなし,はるしすぐれば,ほととぎす,いやしきなきぬ,ひとりのみ,きけばさぶしも,きみとあれと,へだててこふる,となみやま,とびこえゆきて,あけたたば,まつのさえだに,ゆふさらば,つきにむかひて,あやめぐさ,たまぬくまでに,なきとよめ,やすいねしめず,きみをなやませ
#[左注]
#[校異]鴨 -> 暢 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月3日,年紀,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,動物,植物,恋情,戯笑,懐旧,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]我が背子と手を取り合って夜が明けてくると外に出て立ち向かって、夕方になるとふり仰いで見続け、思いを晴らし見て心を和ませた二上山に、多くの峰々には霞がたなびいて、谷のあたりには椿の花が咲いて、心悲しい春が過ぎると霍公鳥がますますさかんに鳴いている。一人だけで聞くと寂しいことである。ほととぎすよ。あなたと自分と隔てて恋い思う砺波山を飛び越えて行って鳴き響かせて安眠させずにあなたを悩ませてくれ。
#{語釈]
四月三日に越前判官大伴宿祢池主に贈る霍公鳥の歌。感舊の意(こころ)に勝(あ)へずして懐(おもひ)を述ぶる一首

判官 三等官 越前掾

不勝感舊之意 昔のことをなつかしく思って

我が背子 池主のこと 恋愛発想を持っている

思ひ延べ 思いを延ばし 心をのびのびとさせ

見なぎし山 山 二上山 見て心が和み慰められる なぐ 4173

月に向ひて 4166

#[説明]
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#[番号]19/4178
#[題詞](四月三日贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥歌不勝感舊之意述懐一首[并短歌])
#[原文]吾耳 聞婆不怜毛 霍公鳥 <丹>生之山邊尓 伊去鳴<尓毛>
#[訓読]我れのみし聞けば寂しも霍公鳥丹生の山辺にい行き鳴かにも
#[仮名],われのみし,きけばさぶしも,ほととぎす,にふのやまへに,いゆきなかにも
#[左注]
#[校異]舟 -> 丹 [西(訂正)][元][類][紀] / <> -> 尓毛 [西(左書)][元][類][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年4月3日,年紀,作者:大伴家持,動物,恋情,戯笑,大伴池主,贈答,懐旧,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]自分ばかり聞いていても寂しいだけである。霍公鳥よ。丹生の山のあたりに行って鳴いて欲しい
#{語釈]
丹生の山辺 福井県武生市(越前國府)西方の山
丹生 ミズハノメの神を祀る水の信仰を中心とした地名。
福井、紀伊半島に東西に分布する。

鳴かにも にも
略解 尓は南の誤り なかなも
古義 尓は夜の誤り なけやも
大系 尓は奈の誤り なかなも

にも 希求の終助詞
09/1679H02[妻賜はにも妻といひながら]
注釈 に 希求の助詞 「ね」とあるべきところの古い言い方

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4179
#[題詞](四月三日贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥歌不勝感舊之意述懐一首[并短歌])
#[原文]霍公鳥 夜喧乎為管 <和>我世兒乎 安宿勿令寐 由米情在
#[訓読]霍公鳥夜鳴きをしつつ我が背子を安寐な寝しめゆめ心あれ
#[仮名],ほととぎす,よなきをしつつ,わがせこを,やすいなねしめ,ゆめこころあれ
#[左注]
#[校異]<> -> 和 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月3日,年紀,作者:大伴家持,戯笑,大伴池主,贈答,恋情,懐旧,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]霍公鳥よ。夜鳴くことをしながら我が背子を安眠させるな。ゆめゆめ自分の気持ちをわかって欲しい。
#{語釈]
心あれ 心があって欲しい 自分の気持ちがわかって欲しい

#[説明]
全注 屈折した恋の恨みのかたちで強調しているものである。
家持の発想に関連しているか。
08/1484H01霍公鳥いたくな鳴きそひとり居て寐の寝らえぬに聞けば苦しも
08/1498H01暇なみ来まさぬ君に霍公鳥我れかく恋ふと行きて告げこそ

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#[番号]19/4180
#[題詞]不飽感霍公鳥之情述懐作歌一首[并短歌]
#[原文]春過而 夏来向者 足桧木乃 山呼等余米 左夜中尓 鳴霍公鳥 始音乎 聞婆奈都可之 菖蒲 花橘乎 貫交 可頭良久麻<泥>尓 里響 喧渡礼騰母 尚之努波由
#[訓読]春過ぎて 夏来向へば あしひきの 山呼び響め さ夜中に 鳴く霍公鳥 初声を 聞けばなつかし あやめぐさ 花橘を 貫き交へ かづらくまでに 里響め 鳴き渡れども なほし偲はゆ
#[仮名],はるすぎて,なつきむかへば,あしひきの,やまよびとよめ,さよなかに,なくほととぎす,はつこゑを,きけばなつかし,あやめぐさ,はなたちばなを,ぬきまじへ,かづらくまでに,さととよめ,なきわたれども,なほししのはゆ
#[左注]
#[校異]面 -> 泥 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,動物,懐旧,恋情,植物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]春が過ぎて夏がやって来るようになるとあしひきの山を響かせて夜中に鳴く霍公鳥よ。季節初めての声を聞くと心が引かれる。あやめ草と橘の花を貫き混ぜて、かづらにするまでに里を響かせて鳴き続けたとしてもなお賞美されてならない。
#{語釈]
霍公鳥を感(め)づる情(こころ)に飽かずして述懐作歌

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4181
#[題詞](不飽感霍公鳥之情述懐作歌一首[并短歌])反歌三首
#[原文]左夜深而 暁月尓 影所見而 鳴霍公鳥 聞者夏借
#[訓読]さ夜更けて暁月に影見えて鳴く霍公鳥聞けばなつかし
#[仮名],さよふけて,あかときつきに,かげみえて,なくほととぎす,きけばなつかし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,動物,懐旧,恋情,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]夜が更けて暁になった月に姿が見えて鳴く霍公鳥を聞くと心が引かれる
#{語釈]
#[説明]
月と霍公鳥
08/1480H01我が宿に月おし照れり霍公鳥心あれ今夜来鳴き響もせ
10/1943H01月夜よみ鳴く霍公鳥見まく欲り我れ草取れり見む人もがも
17/3988H01ぬばたまの月に向ひて霍公鳥鳴く音遥けし里遠みかも
18/4054H01霍公鳥こよ鳴き渡れ燈火を月夜になそへその影も見む
19/4181H01さ夜更けて暁月に影見えて鳴く霍公鳥聞けばなつかし

#[関連論文]


#[番号]19/4182
#[題詞]((不飽感霍公鳥之情述懐作歌一首[并短歌])反歌三首)
#[原文]霍公鳥 雖聞不足 網取尓 獲而奈都氣奈 可礼受鳴金
#[訓読]霍公鳥聞けども飽かず網捕りに捕りてなつけな離れず鳴くがね
#[仮名],ほととぎす,きけどもあかず,あみとりに,とりてなつけな,かれずなくがね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,動物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]霍公鳥をいくら聞いても飽きることはない。網で捕って飼い慣らせよう。離れないでいつも鳴くように。
#{語釈]
捕りてなつけな なじませる なつける

鳴くがね がね ~するように 4165

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4183
#[題詞]((不飽感霍公鳥之情述懐作歌一首[并短歌])反歌三首)
#[原文]霍公鳥 飼通良婆 今年經而 来向夏<波> 麻豆将喧乎
#[訓読]霍公鳥飼ひ通せらば今年経て来向ふ夏はまづ鳴きなむを
#[仮名],ほととぎす,かひとほせらば,ことしへて,きむかふなつは,まづなきなむを
#[左注]
#[校異]婆 -> 波 [元][類][文]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,動物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]霍公鳥を飼い続けることが出来たならば、今年が過ぎてやってくる来年の夏はまず最初に鳴くことだろうに
#{語釈]
飼ひ通せらば 飼い続けることが出来たならば

鳴きなむを な 完了「ぬ」未然形 む 推量
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4184
#[題詞]従京師贈来歌一首
#[原文]山吹乃 花執持而 都礼毛奈久 可礼尓之妹乎 之努比都流可毛
#[訓読]山吹の花取り持ちてつれもなく離れにし妹を偲ひつるかも
#[仮名],やまぶきの,はなとりもちて,つれもなく,かれにしいもを,しのひつるかも
#[左注]右四月五日従留女之女郎所送也
#[校異]女之 [類] 京
#[鄣W],天平勝宝2年4月5日,年紀,作者:留女女郎,家持妹,大伴家持,贈答,坂上大嬢,恋情,富山,高岡
#[訓異]
#[大意]山吹の花を手に取って持って、非情にも別れていった妹を偲んでいることだ
#{語釈]
従京師贈来 家持の妻大嬢に送られてきた

つれもなく 非情にも すげない 冷たい

左注 留女の女郎 考 女は郷の誤り。
略解 郷か京の誤り
全註釈 4198にも留女とあり誤りとはし難い。一般の家に女を留めて家を守らしめるのを留女と書いたのだろう。奈良の大伴氏の家の留守番に残した女の義。家持の妹を置いた
川上富吉 丹比家にいた家持の妹か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4185
#[題詞]詠山振花歌一首[并短歌]
#[原文]宇都世美波 戀乎繁美登 春麻氣氐 念繁波 引攀而 折毛不折毛 毎見 情奈疑牟等 繁山之 谿敝尓生流 山振乎 屋戸尓引殖而 朝露尓 仁保敝流花乎 毎見 念者不止 戀志繁母
#[訓読]うつせみは 恋を繁みと 春まけて 思ひ繁けば 引き攀ぢて 折りも折らずも 見るごとに 心なぎむと 茂山の 谷辺に生ふる 山吹を 宿に引き植ゑて 朝露に にほへる花を 見るごとに 思ひはやまず 恋し繁しも
#[仮名],うつせみは,こひをしげみと,はるまけて,おもひしげけば,ひきよぢて,をりもをらずも,みるごとに,こころなぎむと,しげやまの,たにへにおふる,やまぶきを,やどにひきうゑて,あさつゆに,にほへるはなを,みるごとに,おもひはやまず,こひししげしも
#[左注]
#[校異]殖 [元][類][細] 植
#[鄣W],天平勝宝2年4月5日,年紀,作者:大伴家持,植物,恋情,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]この世の人は恋いがたくさんあるのでと春を待ち設けて物思いが激しいので、引きねじり取って折ったりして、一方で折らなくとも見るごとに心が和むだろうと草木の繁っている山の谷に生えている山吹を宿に引き植えて、朝露に輝いている花を見るごとに物思いは止まない。恋が激しいことである
#{語釈]
春まけて 4141 家持の固有の心情

#[説明]
家持の都の人たちへの恋情

#[関連論文]


#[番号]19/4186
#[題詞](詠山振花歌一首[并短歌])
#[原文]山吹乎 屋戸尓殖弖波 見其等尓 念者不止 戀己曽益礼
#[訓読]山吹を宿に植ゑては見るごとに思ひはやまず恋こそまされ
#[仮名],やまぶきを,やどにうゑては,みるごとに,おもひはやまず,こひこそまされ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月5日,年紀,作者:大伴家持,植物,恋情,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]山吹を家に植えては見るたびにもの思いは止まない。恋がまさってくることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4187
#[題詞]六日遊覧布勢水海作歌一首[并短歌]
#[原文]念度知 大夫能 許<乃>久礼<能> 繁思乎 見明良米 情也良牟等 布勢乃海尓 小船都良奈米 真可伊可氣 伊許藝米具礼婆 乎布能浦尓 霞多奈妣伎 垂姫尓 藤浪咲而 濱浄久 白波左和伎 及々尓 戀波末佐礼杼 今日耳 飽足米夜母 如是己曽 祢年<乃>波尓 春花之 繁盛尓 秋葉能 黄色時尓 安里我欲比 見都追思努波米 此布勢能海乎
#[訓読]思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと 布勢の海に 小舟つら並め ま櫂掛け い漕ぎ廻れば 乎布の浦に 霞たなびき 垂姫に 藤波咲て 浜清く 白波騒き しくしくに 恋はまされど 今日のみに 飽き足らめやも かくしこそ いや年のはに 春花の 茂き盛りに 秋の葉の もみたむ時に あり通ひ 見つつ偲はめ この布勢の海を
#[仮名],おもふどち,ますらをのこの,このくれの,しげきおもひを,みあきらめ,こころやらむと,ふせのうみに,をぶねつらなめ,まかいかけ,いこぎめぐれば,をふのうらに,かすみたなびき,たるひめに,ふぢなみさきて,はまきよく,しらなみさわき,しくしくに,こひはまされど,けふのみに,あきだらめやも,かくしこそ,いやとしのはに,はるはなの,しげきさかりに,あきのはの,もみたむときに,ありがよひ,みつつしのはめ,このふせのうみを
#[左注]
#[校異]能 -> 乃 [元][類] / <> -> 能 [万葉考] / 能 -> 乃 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月6日,年紀,作者:大伴家持,地名,氷見,富山,遊覧,国見表現,植物,土地讃美
#[訓異]
#[大意]気心の知れた仲のよい者同士の朝廷の官人が、木が繁って暗がりになるような激しいもの思いをよい景色を見て心を晴らし、鬱陶しい気持ちを晴らそうと、布勢の水海に小舟を連ねて並べて、両舷に楫を懸けて、漕いでまわると、乎布の浦に霞がたなびいて、垂姫に藤波が咲いて、浜は清らかで白波が騒ぎ、その浪のようにしきりに恋情は勝ってくるが、今日ばかりで満足するということがあるだろうか。このようにますます毎年、春花の茂っている盛りに、秋の葉が紅葉する時に、いつも通って見ながら賞美しよう。この布勢の水海を

#{語釈]
思ふどち 奈良時代に入ってからの言い方
05/0820H01梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり
08/1591H01黄葉の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶ今夜は明けずもあらぬか
08/1656H01酒杯に梅の花浮かべ思ふどち飲みての後は散りぬともよし
10/1880H01春日野の浅茅が上に思ふどち遊ぶ今日の日忘らえめやも
10/1882H01春の野に心延べむと思ふどち来し今日の日は暮れずもあらぬか
17/3969H09思ふどち 手折りかざさず 春の野の 茂み飛び潜く 鴬の
17/3991H01もののふの 八十伴の男の 思ふどち 心遣らむと 馬並めて
17/3991H09いや年のはに 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと
17/3993H03心もしのに そこをしも うら恋しみと 思ふどち
19/4187H01思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと
19/4284H01新しき年の初めに思ふどちい群れて居れば嬉しくもあるか

ますらおのこ 朝廷に仕える官人
02/0118H01嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ

木の暗
03/0257H02木の暗茂に 沖辺には 鴨妻呼ばひ 辺つ辺に あぢ群騒き ももしきの
03/0260H01天降りつく 神の香具山 うち靡く 春さり来れば 桜花 木の暗茂に
06/1047H04かぎろひの 春にしなれば 春日山 御笠の野辺に 桜花 木の暗隠り
08/1487H01霍公鳥思はずありき木の暗のかくなるまでに何か来鳴かぬ
10/1875H01春されば木の木の暗の夕月夜おほつかなしも山蔭にして
10/1875H02[春されば木の暗多み夕月夜]
10/1948H01木の暗の夕闇なるに
18/4051H01多古の崎木の暗茂に霍公鳥来鳴き響めばはだ恋ひめやも
18/4053H01木の暗になりぬるものを霍公鳥何か来鳴かぬ君に逢へる時
19/4166H03争ふはしに 木の暗の 四月し立てば 夜隠りに 鳴く霍公鳥
19/4187H01思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと
19/4192H03木の暗の 茂き谷辺を 呼び響め 朝飛び渡り 夕月夜 かそけき野辺に
20/4305H01木の暗の茂き峰の上を霍公鳥鳴きて越ゆなり今し来らしも

見明め よい景色を見て心を明るくする
03/0478H03鶉雉踏み立て 大御馬の 口抑へとめ 御心を 見し明らめし 活道山
17/3993H14君がまにまと かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや
18/4094H08明らめたまひ 天地の 神相うづなひ すめろきの 御霊助けて
19/4187H01思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと
19/4254H08我が大君 秋の花 しが色々に 見したまひ 明らめたまひ 酒みづき
19/4267H01天皇の御代万代にかくしこそ見し明きらめめ立つ年の端に
20/4360H05見のさやけく ものごとに 栄ゆる時と 見したまひ 明らめたまひ
20/4485H01時の花いやめづらしもかくしこそ見し明らめめ秋立つごとに

心やらむと
3991
類似表現 心なぐ 4154 4173 4185 4113 4189

藤波 3993 4042 4043 4192 4199

白波騒ぎ 藤波の縁語

年のは 4168

あり通い
02/0145H01鳥翔成あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ
03/0479H01はしきかも皇子の命のあり通ひ見しし活道の道は荒れにけり
06/0938H03浦をよみ うべも釣りはす 浜をよみ うべも塩焼く あり通ひ
06/1006H01神代より吉野の宮にあり通ひ高知らせるは山川をよみ
17/3907H03浮橋渡し あり通ひ 仕へまつらむ 万代までに
17/3991H08二上山に 延ふ蔦の 行きは別れず あり通ひ
17/3992H01布勢の海の沖つ白波あり通ひいや年のはに見つつ偲はむ
17/4000H05朝夕ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや あり通ひ
17/4002H01片貝の川の瀬清く行く水の絶ゆることなくあり通ひ見む
18/4098H03定めたまへる み吉野の この大宮に あり通ひ
18/4099H01いにしへを思ほすらしも我ご大君吉野の宮をあり通ひ見す
19/4187H05春花の 茂き盛りに 秋の葉の もみたむ時に あり通ひ 見つつ偲はめ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4188
#[題詞](六日遊覧布勢水海作歌一首[并短歌])
#[原文]藤奈美能 花盛尓 如此許曽 浦己藝廻都追 年尓之努波米
#[訓読]藤波の花の盛りにかくしこそ浦漕ぎ廻つつ年に偲はめ
#[仮名],ふぢなみの,はなのさかりに,かくしこそ,うらこぎみつつ,としにしのはめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月6日,年紀,作者:大伴家持,氷見,富山,遊覧,土地讃美,植物
#[訓異]
#[大意]藤波の花の盛りにこのように浦を漕いでまわりながら毎年賞美しようよ
#{語釈]
漕ぎ廻つつ
01/0058H01いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟
03/0273H01磯の崎漕ぎ廻み行けば近江の海八十の港に鶴さはに鳴く
03/0357H01縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島漕ぎ廻る舟は釣りしすらしも
03/0358H01武庫の浦を漕ぎ廻る小舟粟島をそがひに見つつ羨しき小舟
03/0389H01島伝ひ敏馬の崎を漕ぎ廻れば大和恋しく鶴さはに鳴く
06/0942H04千重になり来ぬ 漕ぎ廻むる 浦のことごと 行き隠る 島の崎々
12/3199H01海の底沖は畏し礒廻より漕ぎ廻みいませ月は経ぬとも
13/3232H01斧取りて 丹生の桧山の 木伐り来て 筏に作り 真楫貫き 礒漕ぎ廻つつ
17/3993H12立ちても居ても 漕ぎ廻り 見れども飽かず 秋さらば
18/4046H01神さぶる垂姫の崎漕ぎ廻り見れども飽かずいかに我れせむ
19/4187H02布勢の海に 小舟つら並め ま櫂掛け い漕ぎ廻れば 乎布の浦に
19/4188H01藤波の花の盛りにかくしこそ浦漕ぎ廻つつ年に偲はめ

年 年ごとに 毎年

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4189
#[題詞]贈水烏越前判官大伴宿祢池主歌一首[并短歌]
#[原文]天離 夷等之在者 彼所此間毛 同許己呂曽 離家 等之乃經去者 宇都勢美波 物念之氣思 曽許由恵尓 情奈具左尓 霍公鳥 喧始音乎 橘 珠尓安倍貫 可頭良伎氐 遊波之母 麻須良乎々 等毛奈倍立而 叔羅河 奈頭左比泝 平瀬尓波 左泥刺渡 早湍尓 水烏乎潜都追 月尓日尓 之可志安蘇婆祢 波之伎和我勢故
#[訓読]天離る 鄙としあれば そこここも 同じ心ぞ 家離り 年の経ゆけば うつせみは 物思ひ繁し そこゆゑに 心なぐさに 霍公鳥 鳴く初声を 橘の 玉にあへ貫き かづらきて 遊ばむはしも 大夫を 伴なへ立てて 叔羅川 なづさひ上り 平瀬には 小網さし渡し 早き瀬に 鵜を潜けつつ 月に日に しかし遊ばね 愛しき我が背子
#[仮名],あまざかる,ひなとしあれば,そこここも,おやじこころぞ,いへざかり,としのへゆけば,うつせみは,ものもひしげし,そこゆゑに,こころなぐさに,ほととぎす,なくはつこゑを,たちばなの,たまにあへぬき,かづらきて,あそばむはしも,ますらをを,ともなへたてて,しくらがは,なづさひのぼり,ひらせには,さでさしわたし,はやきせに,うをかづけつつ,つきにひに,しかしあそばね,はしきわがせこ
#[左注](右九日附使贈之)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月9日,年紀,作者:大伴家持,動物,贈答,大伴池主,恋情,地名,高岡,富山,福井,武生
#[訓異]
#[大意]天から遠く離れた田舎として住んでいるので、そこもここも同じさびしい思いであろう。家を離れて年が経って行くので、この世の人は物思いが激しい。だから心の慰めに霍公鳥が鳴く初声を橘の玉に貫き通して、頭にかぶって遊ぶ時にも、大夫を伴に立てて叔羅川を難渋して上り、平らな早瀬では小さい網をさし渡して、流れの速い瀬に鵜をもくらせながら、月ごとにも日ごとにもそのように遊びなさいよ。愛しい我が背子よ。
#{語釈]
鄙としあれば 田舎として住んでいるので

そこここ 池主のいる越前も家持のいる越中も

同じ心 お互い同じ田舎住まいであるので、都を恋思う気持ちは同じである

遊ばむはしも 元赭(しゃ)あそはれはしも 西 紀 たはるれはしも
代匠記 たはるれはしも はしは愛の意味または間という2つの考えがある
考 あそべればしも
略解 古義 あそばばしも 宣長云う 遊波久与之母(あそばくよしも) 久与の二字が落ちた
全釈 あそぶはしも はしは間で遊ぶ時もの意
新訓 全註釈 あそばむはしも 遊ぶであろうその一端として
新校 大系 あそばふはしも 遊んでいるその間の意

はしは、間にの意

叔羅川 福井県武生市日野川
考 國府の辺に白鬼女(しらきにょ)川あり。さらば志良岐川か。
略解 神名帳 越前敦賀白城(しらき)神社 また信露貴(しらき)神社あり
或る人 神名帳越前大野郡篠座(しのくら)神社あり。しくら川はここ歟
新考 武生すなわち國府の傍らを流れる日野川のこと 略解の言える白鬼女川は日野川の一名

小網
01/0038H06下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも
09/1717H01三川の淵瀬もおちず小網さすに衣手濡れぬ干す子はなしに
19/4189H04伴なへ立てて 叔羅川 なづさひ上り 平瀬には 小網さし渡し 早き瀬に

#[説明]
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#[番号]19/4190
#[題詞](贈水烏越前判官大伴宿祢池主歌一首[并短歌])
#[原文]叔羅河 湍乎尋都追 和我勢故波 宇可波多々佐祢 情奈具左尓
#[訓読]叔羅川瀬を尋ねつつ我が背子は鵜川立たさね心なぐさに
#[仮名],しくらがは,せをたづねつつ,わがせこは,うかはたたさね,こころなぐさに
#[左注](右九日附使贈之)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月9日,年紀,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,,地名,福井,武生,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]叔羅川の早瀬を訪ねながら我が背子は鵜飼いをしなさいよ。心の慰めに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4191
#[題詞](贈水烏越前判官大伴宿祢池主歌一首[并短歌])
#[原文]鵜河立 取左牟安由能 之我波多波 吾等尓可伎<无>氣 念之念婆
#[訓読]鵜川立ち取らさむ鮎のしがはたは我れにかき向け思ひし思はば
#[仮名],うかはたち,とらさむあゆの,しがはたは,われにかきむけ,おもひしおもはば
#[左注]右九日附使贈之
#[校異]無 -> 无 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月9日,年紀,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,戯笑,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]鵜飼をしてお採りになる鮎のその鰭だけでも自分の方に向けて供えなさいよ。深く思っているのならば。
#{語釈]
しがはた し 指示代名詞 その はた 鰭 ひれ
和名抄 鰭 波多 俗云比礼、魚背上タチカミ也
記、祝詞 鰭の広物鰭の狭物

古典集成 ここは魚の特徴を示す尾鰭か

かき向け かき 接頭語 向け 命令形 全註釈、窪田評釈 陰膳にして自分に供えよ
全集 贈れ
こちらに向けて供えよ

思ひし思はば 重ねて強調した言い方

#[説明]
戯れた言い方

#[関連論文]


#[番号]19/4192
#[題詞]詠霍公鳥并藤花一首[并短歌]
#[原文]桃花 紅色尓 々保比多流 面輪<乃>宇知尓 青柳乃 細眉根乎 咲麻我理 朝影見都追 𡢳嬬良我 手尓取持有 真鏡 盖上山尓 許能久礼乃 繁谿邊乎 呼等<余米> 旦飛渡 暮月夜 可蘇氣伎野邊 遥々尓 喧霍公鳥 立久久等 羽觸尓知良須 藤浪乃 花奈都可之美 引攀而 袖尓古伎礼都 染婆染等母
#[訓読]桃の花 紅色に にほひたる 面輪のうちに 青柳の 細き眉根を 笑み曲がり 朝影見つつ 娘子らが 手に取り持てる まそ鏡 二上山に 木の暗の 茂き谷辺を 呼び響め 朝飛び渡り 夕月夜 かそけき野辺に はろはろに 鳴く霍公鳥 立ち潜くと 羽触れに散らす 藤波の 花なつかしみ 引き攀ぢて 袖に扱入れつ 染まば染むとも
#[仮名],もものはな,くれなゐいろに,にほひたる,おもわのうちに,あをやぎの,ほそきまよねを,ゑみまがり,あさかげみつつ,をとめらが,てにとりもてる,まそかがみ,ふたがみやまに,このくれの,しげきたにへを,よびとよめ,あさとびわたり,ゆふづくよ,かそけきのへに,はろはろに,なくほととぎす,たちくくと,はぶれにちらす,ふぢなみの,はななつかしみ,ひきよぢて,そでにこきれつ,しまばしむとも
#[左注](同九日作之)
#[校異]能 -> 乃 [元][類] / 米尓 -> 余米 [代匠記精撰本]
#[鄣W],天平勝宝2年4月9日,年紀,作者:大伴家持,高岡,富山,動物,植物
#[訓異]
#[大意]桃の花の紅色に照り映えているお顔の中で青柳のような細い眉毛、その眉毛がほほえみで曲がる朝の姿を写して見ながら娘子が手に取り持っている真澄の鏡の蓋ではないがその二上山に、木が暗いほどに茂っている谷のあたりを呼び響かせて、朝飛び渡って、夕月夜の光のかすかな野辺にはるばると鳴くホトトギスよ。立って潜るとして羽が触れて散らす藤波の花に心が引かれて、引き折って袖にこき入れたことだ。染まるならば染まるとしても
#{語釈]
桃の花 4139 以下 娘子までは家持の描く娘子の幻想的な姿

朝影 朝に容姿を整える姿

立ち潜くと 3969、3971

#[説明]
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#[番号]19/4193
#[題詞](詠霍公鳥并藤花一首[并短歌])
#[原文]霍公鳥 鳴羽觸尓毛 落尓家利 盛過良志 藤奈美能花 [一云 落奴倍美 袖尓古伎納都 藤浪乃花也]
#[訓読]霍公鳥鳴く羽触れにも散りにけり盛り過ぐらし藤波の花 [一云 散りぬべみ袖に扱入れつ藤波の花]
#[仮名],ほととぎす,なくはぶれにも,ちりにけり,さかりすぐらし,ふぢなみのはな,[ちりぬべみ,そでにこきれつ,ふぢなみのはな]
#[左注]同九日作之
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月9日,年紀,作者:大伴家持,動物,植物,高岡,富山,推敲
#[訓異]
#[大意]霍公鳥が鳴く羽が触れても散ってしまった。盛りが過ぎたらしい。藤波の花は。[散りそうなので袖に扱いて入れた。藤波の花よ]
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4194
#[題詞]更怨霍公鳥哢晩歌三首
#[原文]霍公鳥 喧渡奴等 告礼騰毛 吾聞都我受 花波須疑都追
#[訓読]霍公鳥鳴き渡りぬと告ぐれども我れ聞き継がず花は過ぎつつ
#[仮名],ほととぎす,なきわたりぬと,つぐれども,われききつがず,はなはすぎつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,動物,恋情,怨恨,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]霍公鳥が鳴いて渡って行ったと人が告げたけれども、自分はその後は聞いていない。花は盛りが過ぎつつしているのに
#{語釈]
聞き継がず 総釈「初声を聞いただけで、続けて聞かぬという意」
全注 人が聞いたほととぎすの声を、自分はそのあと引き継いで聞かない

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4195
#[題詞](更怨霍公鳥哢晩歌三首)
#[原文]吾幾許 斯<努>波久不知尓 霍公鳥 伊頭敝能山乎 鳴可将超
#[訓読]我がここだ偲はく知らに霍公鳥いづへの山を鳴きか越ゆらむ
#[仮名],わがここだ,しのはくしらに,ほととぎす,いづへのやまを,なきかこゆらむ
#[左注]
#[校異]奴 -> 努 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,動物,怨恨,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]自分がこんなにもひどく思い慕っているのを知らないで霍公鳥よ。どこの山のあたりを鳴いて越えているのだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4196
#[題詞](更怨霍公鳥哢晩歌三首)
#[原文]月立之 日欲里乎伎都追 敲自努比 麻泥騰伎奈可奴 霍公鳥可母
#[訓読]月立ちし日より招きつつうち偲ひ待てど来鳴かぬ霍公鳥かも
#[仮名],つきたちし,ひよりをきつつ,うちしのひ,まてどきなかぬ,ほととぎすかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,動物,怨恨,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]月が改まった日から心待ちにしながら慕っていて待ってもやってきて鳴かない霍公鳥であることだ
#{語釈]
月立ちし 新しい月が立った 月が改まった 四月に入った一日
立夏に霍公鳥が鳴く 17/3983 18/4068 19/4171

招きつつ 招き寄せる

#[説明]
恋愛歌めかした言い方

#[関連論文]


#[番号]19/4197
#[題詞]贈京人歌二首
#[原文]妹尓似 草等見之欲里 吾標之 野邊之山吹 誰可手乎里之
#[訓読]妹に似る草と見しより我が標し野辺の山吹誰れか手折りし
#[仮名],いもににる,くさとみしより,わがしめし,のへのやまぶき,たれかたをりし
#[左注](右為贈留女之女郎所誂家婦作也 [女郎者即大伴家持之妹])
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,植物,留女女郎,家持妹,坂上大嬢,代作,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]妹に似る草と見た時から自分が印を付けておいた野辺の山吹を誰が手折ったのだろうか
#{語釈]
京人 家持の妹 大嬢の大作で、4184に答えた

妹に似る 山吹が妹に似ている 妹を山吹に喩えたもの 11/2788

#[説明]
4184の歌に対して、自分ではなくよその誰かだろうとはぐらかした言い方

全釈 7/1347に倣った 注釈 本歌取りのような意識か
07/1347H01君に似る草と見しより我が標めし野山の浅茅人な刈りそね

11/2786H01山吹のにほへる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ

#[関連論文]


#[番号]19/4198
#[題詞](贈京人歌二首)
#[原文]都礼母奈久 可礼尓之毛能登 人者雖云 不相日麻祢美 念曽吾為流
#[訓読]つれもなく離れにしものと人は言へど逢はぬ日まねみ思ひぞ我がする
#[仮名],つれもなく,かれにしものと,ひとはいへど,あはぬひまねみ,おもひぞわがする
#[左注]右為贈留女之女郎所誂家婦作也 [女郎者即大伴家持之妹]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月,年紀,作者:大伴家持,留女女郎,家持妹,坂上大嬢,代作,恋情,悲別,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]冷たく離れてしまったものだと人は言うけれども、会わない日が数多くなり物思いを自分はすることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4199
#[題詞]十二日遊覧布勢水海船泊於多<(I)>灣望<見>藤花各述懐作歌四首
#[原文]藤奈美<乃> 影成海之 底清美 之都久石乎毛 珠等曽吾見流
#[訓読]藤波の影なす海の底清み沈く石をも玉とぞ我が見る
#[仮名],ふぢなみの,かげなすうみの,そこきよみ,しづくいしをも,たまとぞわがみる
#[左注]守大伴宿祢家持
#[校異]祐 -> (I) [元][文][紀][温] / 月 -> 見 [西(訂正右書)][元][文][紀] / 能 -> 乃 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:大伴家持,遊覧,氷見,富山,植物,土地讃美
#[訓異]
#[大意]藤波の姿のように揺らめいている水海の底が清らかなので、沈んでいる石をも玉だと自分は見ることだ
#{語釈]
布勢水海に遊覧し、於多<(I)>の灣(うら)に船泊まりす。藤の花を望み見て、各(おのもおのも)懐(おもひ)を述べて作る歌四首

影なす 影のような 藤の花が風に揺らめいて波のように見えるそのような波がゆらめている布勢の水海
影を成している 影を映している

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4200
#[題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<(I)>灣望<見>藤花各述懐作歌四首)
#[原文]多(I)乃浦能 底左倍尓保布 藤奈美乎 加射之氐将去 不見人之為
#[訓読]多胡の浦の底さへにほふ藤波をかざして行かむ見ぬ人のため
#[仮名],たこのうらの,そこさへにほふ,ふぢなみを,かざしてゆかむ,みぬひとのため
#[左注]次官内蔵忌寸縄麻呂
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:内蔵縄麻呂,遊覧,氷見,富山,植物,地名
#[訓異]
#[大意]多胡の浦の底までも映えている藤波をかざして行こう。見ない人のために
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4201
#[題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<(I)>灣望<見>藤花各述懐作歌四首)
#[原文]伊佐左可尓 念而来之乎 多(I)乃浦尓 開流藤見而 一夜可經
#[訓読]いささかに思ひて来しを多胡の浦に咲ける藤見て一夜経ぬべし
#[仮名],いささかに,おもひてこしを,たこのうらに,さけるふぢみて,ひとよへぬべし
#[左注]判官久米朝臣廣縄
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:久米広縄,地名,氷見,富山,遊覧,土地讃美
#[訓異]
#[大意]ほんのちょっとのつもりで思って来たものなのに、多胡の浦に咲いている藤を見て一晩過ごしそうだ。
#{語釈]
いささかに ほんのちょっと

経ぬべし べし 推量

判官 三等官

#[説明]
08/1424H01春の野にすみれ摘みにと来し我れぞ野をなつかしみ一夜寝にける
を思い浮かべているか。

#[関連論文]


#[番号]19/4202
#[題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<(I)>灣望<見>藤花各述懐作歌四首)
#[原文]藤奈美乎 借廬尓造 灣廻為流 人等波不知尓 海部等可見良牟
#[訓読]藤波を仮廬に作り浦廻する人とは知らに海人とか見らむ
#[仮名],ふぢなみを,かりいほにつくり,うらみする,ひととはしらに,あまとかみらむ
#[左注]久米朝臣継麻呂
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:久米継麻呂,植物,遊覧,氷見,富山
#[訓異]
#[大意]藤波を仮廬に作って浦をめぐる人とは知らないで海人だと人は見るであろうか。
#{語釈]
仮廬 旅の途中の仮寝の廬
藤波の花の下で休息をとったりしたことを言うか。
10/2292H01秋津野の尾花刈り添へ秋萩の花を葺かさね君が仮廬に

浦廻 遊覧のために漕ぎ廻る
01/0042H01潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を

海人とか見らむ 旅の途次であることを示す
03/0252H01荒栲の藤江の浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行く我れを
07/1187H01網引する海人とか見らむ飽の浦の清き荒磯を見に来し我れを
07/1204H01浜清み礒に我が居れば見む人は海人とか見らむ釣りもせなくに
15/3607H03鱸釣る海人とか見らむ

#[説明]
波紋型構成の歌

#[関連論文]


#[番号]19/4203
#[題詞]恨霍公鳥不喧歌一首
#[原文]家尓去而 奈尓乎将語 安之比奇能 山霍公鳥 一音毛奈家
#[訓読]家に行きて何を語らむあしひきの山霍公鳥一声も鳴け
#[仮名],いへにゆきて,なにをかたらむ,あしひきの,やまほととぎす,ひとこゑもなけ
#[左注]判官久米朝臣廣縄
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:久米広縄,動物,枕詞,氷見,富山,みやげ,遊覧
#[訓異]
#[大意]家に帰って何を報告しよう。あしひきの山霍公鳥よ。一声でも鳴きなさいよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4204
#[題詞]見攀折保寶葉歌二首
#[原文]吾勢故我 捧而持流 保寶我之婆 安多可毛似加 青盖
#[訓読]我が背子が捧げて持てるほほがしはあたかも似るか青き蓋
#[仮名],わがせこが,ささげてもてる,ほほがしは,あたかもにるか,あをききぬがさ
#[左注]講師僧恵行
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:恵行,植物,氷見,富山,遊覧
#[訓異]
#[大意]我が背子が高くかかげて持っているほほがしわは、あたかも似ていることだ。一位の人にかかげる青い盖に。
#{語釈]
ほほがしわ ほおの木 新撰字鏡「厚朴 保保加志波」 和名抄「厚朴 本草云 厚朴 一名厚皮 漢語抄云 厚木 保保加之波乃伎」

盖 貴人にさしかける大型の布製の傘
儀制令 三位以上は皆盖を用いる 一位 深緑
青き盖 一位の人の盖

講師 中央から派遣される僧で国師をいうか。(18/4070)
大宝二年二月「諸国に国師を任ず。」
延暦一四年八月 今より以後、宜しく国師を改めて講師と曰ひ、国ごとに一人を置くべし。
もともと「国師」とあったものが、延暦以降の原本に書き換えが起こったか。

恵行 伝未詳

#[説明]
家持の最高位の人ととして讃めたもの
03/0240H01ひさかたの天行く月を網に刺し我が大君は蓋にせり

#[関連論文]


#[番号]19/4205
#[題詞](見攀折保寶葉歌二首)
#[原文]皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寶我之波
#[訓読]皇祖の遠御代御代はい重き折り酒飲みきといふぞこのほほがしは
#[仮名],すめろきの,とほみよみよは,いしきをり,きのみきといふぞ,このほほがしは
#[左注]守大伴宿祢家持
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:大伴家持,植物,遊覧,氷見,富山
#[訓異]
#[大意]すめろぎの遠い御代御代は重ねて折って、酒を飲んだというぞ。このほほがしわは。
#{語釈]
い重き折り い 接頭語
幾枚も重ねて折り曲げて杯の形にして

酒飲みき 応神記「天皇豊の明かりを聞こしめしし日、髪長比売に大御酒の柏を握らしめて、其の太子に賜ひき」

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4206
#[題詞]還時濱上仰見月光歌一首
#[原文]之夫多尓乎 指而吾行 此濱尓 月夜安伎氐牟 馬之末時停息
#[訓読]渋谿をさして我が行くこの浜に月夜飽きてむ馬しまし止め
#[仮名],しぶたにを,さしてわがゆく,このはまに,つくよあきてむ,うましましとめ
#[左注]守大伴宿祢家持
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月12日,年紀,作者:大伴家持,地名,氷見,富山,道行き,遊覧
#[訓異]
#[大意]渋谿を目指して自分が行くこの浜に月を満足するまで見よう。馬をしばらく停めなさいよ。
#{語釈]
渋谿 雨晴海岸

この浜 松田江の長浜

飽きてむ 飽く 満足する
て 完了「つ」の未然形
む 勧誘
06/0957H01いざ子ども香椎の潟に白栲の袖さへ濡れて朝菜摘みてむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4207
#[題詞]廿二日贈判官久米朝臣廣縄霍公鳥怨恨歌一首[并短歌]
#[原文]此間尓之氐 曽我比尓所見 和我勢故我 垣都能谿尓 安氣左礼婆 榛之狭枝尓 暮左礼婆 藤之繁美尓 遥々尓 鳴霍公鳥 吾屋戸能 殖木橘 花尓知流 時乎麻<太>之美 伎奈加奈久 曽許波不怨 之可礼杼毛 谷可多頭伎氐 家居有 君之聞都々 追氣奈久毛宇之
#[訓読]ここにして そがひに見ゆる 我が背子が 垣内の谷に 明けされば 榛のさ枝に 夕されば 藤の繁みに はろはろに 鳴く霍公鳥 我が宿の 植木橘 花に散る 時をまだしみ 来鳴かなく そこは恨みず しかれども 谷片付きて 家居れる 君が聞きつつ 告げなくも憂し
#[仮名],ここにして,そがひにみゆる,わがせこが,かきつのたにに,あけされば,はりのさえだに,ゆふされば,ふぢのしげみに,はろはろに,なくほととぎす,わがやどの,うゑきたちばな,はなにちる,ときをまだしみ,きなかなく,そこはうらみず,しかれども,たにかたづきて,いへをれる,きみがききつつ,つげなくもうし
#[左注]
#[校異]短歌 [西] 短哥 / 多 -> 太 [類]
#[鄣W],天平勝宝2年4月22日,年紀,作者:大伴家持,贈答,動物,植物,久米広縄,恋情
#[訓異]
#[大意]自分の館にあって背後に見える我が背子の館の塀の内にある谷に、夜が明けてくると榛のさ枝に、夕方になると藤の繁みにはるばると鳴く霍公鳥よ。自分の館の植えてある橘が花として散る時がまだなのでやって来ては鳴かないこと、それは恨むことはない。しかし谷に面していて家にいるあなたが聞いてはいるのに自分に知らせてないことは恨みに思うことだ
#{語釈]
ここにして 日常起居の家持の館

そがひ 背向 背後
03/0357H01縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島漕ぎ廻る舟は釣りしすらしも
03/0358H01武庫の浦を漕ぎ廻る小舟粟島をそがひに見つつ羨しき小舟
03/0460H07草枕 旅なる間に 佐保川を 朝川渡り 春日野を そがひに見つつ
04/0509H06粟島を そがひに見つつ 朝なぎに 水手の声呼び 夕なぎに
06/0917H01やすみしし 我ご大君の 常宮と 仕へ奉れる 雑賀野ゆ そがひに見ゆる
07/1412H01我が背子をいづち行かめとさき竹のそがひに寝しく今し悔しも
14/3391H01筑波嶺にそがひに見ゆる葦穂山悪しかるとがもさね見えなくに
14/3577H01愛し妹をいづち行かめと山菅のそがひに寝しく今し悔しも
17/4003H01朝日さし そがひに見ゆる 神ながら 御名に帯ばせる 白雲の
17/4011H12鳥猟すと 名のみを告りて 三島野を そがひに見つつ 二上の
19/4207H01ここにして そがひに見ゆる 我が背子が 垣内の谷に 明けされば
20/4472H01大君の命畏み於保の浦をそがひに見つつ都へ上る

我が背子が 垣内の谷 久米広縄の館 国司の館の背後にあって、館が谷間にあったという地形になっていたのであろう

榛、藤 谷間にある野生のもの 植木橘に対する

まだしみ 未だであること 橘の花が散る頃に霍公鳥が鳴く 概念化している
08/1473H01橘の花散る里の霍公鳥片恋しつつ鳴く日しぞ多き
08/1486H01我が宿の花橘を霍公鳥来鳴かず地に散らしてむとか
08/1493H01我が宿の花橘を霍公鳥来鳴き響めて本に散らしつ
08/1509H01妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥花橘を地に散らしつ
10/1950H01霍公鳥花橘の枝に居て鳴き響もせば花は散りつつ
10/1954H01霍公鳥来居も鳴かぬか我がやどの花橘の地に落ちむ見む
10/1968H01霍公鳥来鳴き響もす橘の花散る庭を見む人や誰れ
10/1978H01橘の花散る里に通ひなば山霍公鳥響もさむかも
17/3916H01橘のにほへる香かも霍公鳥鳴く夜の雨にうつろひぬらむ
18/4092H01霍公鳥いとねたけくは橘の花散る時に来鳴き響むる

そこは恨みず そこ 家持の館に来て鳴かないこと
恨む 上二段活用
11/2629H01逢はずとも我れは恨みじこの枕我れと思ひてまきてさ寝ませ

谷片付きて 片方が物に付いている 一方が谷に面していて

告げなくも憂し 広縄が霍公鳥の鳴き声を聞いているのに、自分に知らせてくれないのは情けないことだ

#[説明]
霍公鳥の鳴く季節になっても広縄が何もしないことへの風流的な恨み
全注 広縄宴で霍公鳥が多出している。霍公鳥の経路下にあった。実際的な背景をもとにしている
18/4052~4055 4066~4069

#[関連論文]


#[番号]19/4208
#[題詞](廿二日贈判官久米朝臣廣縄霍公鳥怨恨歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]吾幾許 麻氐騰来不鳴 霍公鳥 比等里聞都追 不告君可母
#[訓読]我がここだ待てど来鳴かぬ霍公鳥ひとり聞きつつ告げぬ君かも
#[仮名],わがここだ,まてどきなかぬ,ほととぎす,ひとりききつつ,つげぬきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月22日,年紀,作者:大伴家持,贈答,動物,久米広縄,怨恨,恋情
#[訓異]
#[大意]自分がこんなにもひどく待ってもやって来て鳴かない霍公鳥を一人で聞きながら知らせないあなたであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4209
#[題詞]詠霍公鳥歌一首[并短歌]
#[原文]多尓知可久 伊敝波乎礼騰母 許太加久氐 佐刀波安礼騰母 保登等藝須 伊麻太伎奈加受 奈久許恵乎 伎可麻久保理登 安志多尓波 可度尓伊氐多知 由布敝尓波 多尓乎美和多之 古布礼騰毛 比等己恵太尓母 伊麻太伎己要受
#[訓読]谷近く 家は居れども 木高くて 里はあれども 霍公鳥 いまだ来鳴かず 鳴く声を 聞かまく欲りと 朝には 門に出で立ち 夕には 谷を見渡し 恋ふれども 一声だにも いまだ聞こえず
#[仮名],たにちかく,いへはをれども,こだかくて,さとはあれども,ほととぎす,いまだきなかず,なくこゑを,きかまくほりと,あしたには,かどにいでたち,ゆふへには,たにをみわたし,こふれども,ひとこゑだにも,いまだきこえず
#[左注](右廿三日<掾>久米朝臣廣縄和)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年4月23日,年紀,作者:久米広縄,和歌,大伴家持,贈答,動物
#[訓異]
#[大意]谷に近く家はいるけれども、木が高く茂っている里はあるが、霍公鳥はまだやって来ては鳴かない。鳴く声を聞きたいものだと朝に門に出て立って、夕方には谷を見渡し、恋い思うけれども一声すらもまだ聞こえないことだ
#{語釈]
木高くて 木が高くて茂っている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4210
#[題詞](詠霍公鳥歌一首[并短歌])
#[原文]敷治奈美乃 志氣里波須疑奴 安志比紀乃 夜麻保登等藝須 奈騰可伎奈賀奴
#[訓読]藤波の茂りは過ぎぬあしひきの山霍公鳥などか来鳴かぬ
#[仮名],ふぢなみの,しげりはすぎぬ,あしひきの,やまほととぎす,などかきなかぬ
#[左注]右廿三日<掾>久米朝臣廣縄和
#[校異]様 -> 掾 [西(訂正右書)][元][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年4月23日,年紀,作者:久米広縄,贈答,和歌,大伴家持,枕詞,動物,植物
#[訓異]
#[大意]藤波の茂っている盛りは終わってしまった。あしひきの山霍公鳥はどうしてやって来て鳴かないのか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4211
#[題詞]追同處女墓歌一首[并短歌]
#[原文]古尓 有家流和射乃 久須婆之伎 事跡言継 知努乎登古 宇奈比<壮>子乃 宇都勢美能 名乎競争<登> 玉剋 壽毛須底弖 相争尓 嬬問為家留 𡢳嬬等之 聞者悲左 春花乃 尓太要盛而 秋葉之 尓保比尓照有 惜 身之壮尚 大夫之 語勞美 父母尓 啓別而 離家 海邊尓出立 朝暮尓 満来潮之 八隔浪尓 靡珠藻乃 節間毛 惜命乎 露霜之 過麻之尓家礼 奥墓乎 此間定而 後代之 聞継人毛 伊也遠尓 思努比尓勢餘等 黄楊小櫛 之賀左志家良之 生而靡有
#[訓読]古に ありけるわざの くすばしき 事と言ひ継ぐ 智渟壮士 菟原壮士の うつせみの 名を争ふと たまきはる 命も捨てて 争ひに 妻問ひしける 処女らが 聞けば悲しさ 春花の にほえ栄えて 秋の葉の にほひに照れる 惜しき 身の盛りすら 大夫の 言いたはしみ 父母に 申し別れて 家離り 海辺に出で立ち 朝夕に 満ち来る潮の 八重波に 靡く玉藻の 節の間も 惜しき命を 露霜の 過ぎましにけれ 奥城を ここと定めて 後の世の 聞き継ぐ人も いや遠に 偲ひにせよと 黄楊小櫛 しか刺しけらし 生ひて靡けり
#[仮名],いにしへに,ありけるわざの,くすばしき,ことといひつぐ,ちぬをとこ,うなひをとこの,うつせみの,なをあらそふと,たまきはる,いのちもすてて,あらそひに,つまどひしける,をとめらが,きけばかなしさ,はるはなの,にほえさかえて,あきのはの,にほひにてれる,あたらしき,みのさかりすら,ますらをの,こといたはしみ,ちちははに,まをしわかれて,いへざかり,うみへにいでたち,あさよひに,みちくるしほの,やへなみに,なびくたまもの,ふしのまも,をしきいのちを,つゆしもの,すぎましにけれ,おくつきを,こことさだめて,のちのよの,ききつぐひとも,いやとほに,しのひにせよと,つげをぐし,しかさしけらし,おひてなびけり
#[左注](右五月六日依興大伴宿祢家持作之)
#[校異]牡 -> 壮 [元][類][文][紀] / 等 -> 登 [元][類][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年5月6日,年紀,作者:大伴家持,追同,田辺福麻呂,高橋虫麻呂,依興,物語,兎原娘子,高岡,富山,兵庫,神戸
#[訓異]
#[大意]往古の昔にあったという出来事として不思議なことだと言い伝えられる智渟壮士と菟原壮士がこの世の中で名誉を争うとしてたまきはる命も捨てて争いの中で妻問いをしたというあの娘子のことを聞くと悲しいことだ。春の花のように美しく照り輝いて、秋の葉のように照り映える惜しい身の盛りすら男の言葉をつらく思って、父母に別れを告げて家を離れて海辺に出て立って、朝夕に満ちてくる潮の幾重にも重なる波に靡く玉藻の節のようなちょっとした間も惜しい命であるのに、露霜のように過ぎてお亡くなりになったので、墓をここと定めて後の世の伝え聞く人もますます遠く偲ぶこととしなさいと黄楊小櫛をこのように刺したらしい。生えて靡いていることだ。
#{語釈]
追同處女墓 9/1801~1803 田辺福麻呂歌集 1809~1811 虫麻呂歌集の歌
伝説や歌の背後の事象に対して同じ主題で詠んだ
「追和」は、対象の歌に対して後に和した
「津作」は、対象の歌に対して、それが詠まれた場にさかのぼって詠んだ

わざ 出来事

くすばしき くすしと語源的に同じか。不思議な、不可解な

智渟壮士 菟原壮士 智渟壮士は和泉国の男 よそ者 菟原壮士 摂津の兎原郡の男

名を争ふ 娘を得ようとして名誉にかけて争った 家持的な解釈

聞けば悲しき 悲しきの主語は作者

にほえ にほゆ にほふ と同じ

惜しき もったいない 惜しい

言いたはしみ 痛しと語源的に同じか つらく思って

節の間も 藻の茎の節の間のような短い間

過ぎましにけれ 「ば」省略 已然条件法

奥城 処女塚 神戸市灘区御影町

黄楊小櫛 黄楊で作った櫛 虫麻呂や福麻呂の歌には見えない

09/1777H01君なくはなぞ身装はむ櫛笥なる黄楊の小櫛も取らむとも思はず
11/2500H01朝月の日向黄楊櫛古りぬれど何しか君が見れど飽かざらむ
11/2503H01夕されば床の辺去らぬ黄楊枕何しか汝れが主待ちかたき
13/3295H04あざさ結ひ垂れ 大和の 黄楊の小櫛を 押へ刺す うらぐはし子
19/4211H08黄楊小櫛 しか刺しけらし 生ひて靡けり
19/4212H01娘子らが後の標と黄楊小櫛生ひ変り生ひて靡きけらしも

生ひて靡けり 虫麻呂歌「墓の上の木の枝靡けり」に対応する

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4212
#[題詞](追同處女墓歌一首[并短歌])
#[原文]乎等女等之 後<乃>表跡 黄楊小櫛 生更生而 靡家良思母
#[訓読]娘子らが後の標と黄楊小櫛生ひ変り生ひて靡きけらしも
#[仮名],をとめらが,のちのしるしと,つげをぐし,おひかはりおひて,なびきけらしも
#[左注]右五月六日依興大伴宿祢家持作之
#[校異]能 -> 乃 [元][類][古]
#[鄣W],天平勝宝2年5月6日,年紀,作者:大伴家持,植物,物語,追同,田辺福麻呂,高橋虫麻呂,依興,兎原娘子,物語
#[訓異]
#[大意]あの娘子の後世への印として刺した黄楊小櫛が何代も生え替わって靡いているらしいなあ
#{語釈]
#[説明]
依興歌としている。越中で虫麻呂の歌を見たか。
参考
09/1801
大意 昔の立派な男が共に競い合い、妻問いをしたであろう葦屋の菟原娘子の墓を自分が立って見ると、永遠の世の語りにし続け、後の人の思い出にしようと玉鉾の道のあたり近くに岩を構えて造った塚を、天雲がたなびく遠方まで、この道を行く人ごとに行って寄って、立ち嘆き合い、ある人は声を上げて泣き続け、語り継ぎ思い出し継いてくるあの娘子の墓を自分まで見ると悲しいことである。昔のことを思うと。

語釈

葦屋處女墓 葦屋 和名抄 摂津兎原郡葦屋 芦屋市を中心としたところ
葦屋処女の歌 虫麻呂 1809~1811 家持 19/4211~4212

墓 東明の処女塚 神戸市東灘区御影町東明 賀茂季鷹筆の1892の歌碑
呉田の求女塚 神戸市東灘区住吉町 求女塚の碑(東 信太壮士の墓)
味泥の求女塚 神戸市灘区味泥町 (西 菟原壮士の墓)

いずれも前方後円墳であり、近接した古墳にちなんで、話は後に仮託されたもの。

菟原娘子 和名抄 兎原 宇波良 ウハラ 元来 菟会(1802)、菟名負(1809)
宇名比(1810) ウナヒ

岩構へ造れる塚 岩を組んで作った塚
原文「冢」元、紀「家」 西 「冢」 寛永版本 「冢 の中に一」
類聚名義抄 冢 ツカ

説明

注釈 この作は赤人の勝鹿の真間娘子を詠んだ作に学んだものと思われる。
釋注 虫麻呂の歌に比べて挽歌的。ただ、人びとの共通理解をあてにしてしまっているためにわかりにくく、伝わる感動に乏しい。

09/1802
大意 昔の信太壮士が妻問いをした菟原娘子の墓であるぞ。これは。
語釈 信太壮士 和名抄 和泉国和泉郡信太 臣多 大阪府和泉市

09/1803
大意 語り継ぐだけでもひどく恋しいのに直接目に見たのであろう。昔の男は。
語釈 からにも ~だけなのに
02/0157H01三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき


09/1809
大意 葦屋の菟原娘子が八歳ぐらいでまだほんの子どもの時から、おかっぱ髪に対して髪をたくし上げるまで、並んでいる隣の家にも姿を見せないで、虚木綿のように家に隠れているので、見たいものだともどかしくする時の垣根のようにたくさんの人が妻問う時に、茅渟壮士と菟原壮士が伏屋の中で火を燃やすとすすが出るように勇み競争して、共に妻問いして言い寄った時は、焼刃のついた太刀の手柄を押しひねり、白木の真弓を持ち、矢を入れた靫を背負い持って、水にも入り火にも入ろうと立ち向かって競ってた時に、我が妹子が母に話すことには、しづたまきではないが賤しい自分であるのに、ますらをが争うのを見ると、たとえ生きていたとしても結婚してよいものだろうか、ししくしろ黄泉で待とうと隠り沼のように心中に思いを置いてうち嘆いて妹が去ってしまったので、茅渟壮士はその夜に夢に見て、続いて後を追って行ってしまったので、出遅れた菟原壮士は天を仰いで大声で叫び、地を踏んで歯ぎしりしていきり立って、競争相手に負けてはいられまいと身に掛けて佩く小太刀を取り佩いて、ところづらのように尋ねて行ったので、親戚同士が行って集まり、長い時代にまで記念にしようと、永遠に語り継ごうと娘子墓を中に作り置いて、壮士墓をあちらとこちらに造り置いたその縁起を聞いて、当時のことは知らないけれども、新しい喪のように声を上げて泣いたことである。

語釈

八年子 八歳ぐらいの子ども

片生ひの時ゆ 片 不完全 まだ成熟していない子どもの時から

小放りに 元、紀「おはなれの」 細「おはなれに」 西「おはなちに」
代「をはなりとも読むべし」
「を」接頭語 「放り」おさげ髪 八歳から十歳ぐらいまでの女児の髪 おかっぱ髪
07/1244H01娘子らが放りの髪を由布の山雲なたなびき家のあたり見む
16/3822H01橘の寺の長屋に我が率寝し童女放髪は髪上げつらむか

髪たくまでに 髪をたくし上げる 上げて束ねる
02/0123H01たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか

放り髪にたくし上げるという言い方は不可解

全釈、注釈 「おはなりの髪たく」と訓んで、放りの髪をたくし上げるという解釈
元、紀に「の」の訓がある。
「尓」は、「乃」に改めるべき。

放り髪にして髪をたくし上げるまで と解釈すると「に」でもよい。

並び居る 元、紀「ならへすゑ」 西「ならひゐて」 管見「ならびをる」
考「ならびゐて」
05/0794H05妹の命の 我れをばも いかにせよとか にほ鳥の ふたり並び居

07/1210H01我妹子に我が恋ひ行けば羨しくも並び居るかも妹と背の山

「ゐる」か「をる」か。 釋注「家にはをるが習い」

虚木綿の 「隠る」の枕詞。語義、かかり方未詳

隠りて居れば 元「かたくてませば」 紀「そらにて」 西「かくれて」
考「こもりてをれば」
原文「牢而」 09/1763 夜牢尓 夜隠りに
古義「こもりてませば」 注釈 「座在」は筆記者が敬意を表したもの
全註釈「こもりてをれば」 「在」の字義によって訓む。

見てしかと 「てしか」は願望 見たいものだと

いぶせむ時の うっとうしくていらいらする もどかしい様子

垣ほなす 垣根のように 多くの人が垣を作るように
09/1793H01垣ほなす人の横言繁みかも逢はぬ日数多く月の経ぬらむ

茅渟壮士 堺、岸和田の海 隣国摂津の男
06/0999H01茅渟廻より雨ぞ降り来る四極の海人綱手干したり濡れもあへむかも

菟原壮士 同郷の男

伏屋焚き 「すすし」の枕詞。伏屋は、竪穴式住居で側壁のない家。ここで火をたくとすすがたまることからの枕詞か。
注釈 伏せ屋でという意味でいったか疑問である

すすし競ひ 「すすし」未詳
略解「気の進むをすずろぐといふに同じく、進み競ふ也」
新考「スススという語あるを聞かず。須酒師の師は味などの誤にあらざるか」
全註釈「ススが単語で、それを重ねたものだろうか」
大系「ススの動詞の連用形スシを重ねてスシスシがつづまってススシとなったものだろう」
すさぶとかすすむと同系の語か
釋注「進むと同根で血気にはやる意か」

相よばひ お互いに求婚し

焼太刀の 焼き入れをした太刀 鉄剣のことを言うか
04/0641H01絶ゆと言はばわびしみせむと焼大刀のへつかふことは幸くや我が君

手かみ押しねり 原字「手頴」 和名抄 頴(えい) 餘頃(よけい)反 訓加尾」 カビ(稲の穂先)をカミに通用する。
「手かみ」 剣の束 押しねり 押しひねり

白真弓 白木の真弓

しつたまき 和製の粗末な腕飾り 「賤しき」にかかる枕詞

生けりとも 逢ふべくあれや たとえ生きていたとしても結婚してよいものだろうか

ししくしろ 管見「鹿の肉を串刺しにして、焼たるもの也。呂は助詞なり。味のよきによりて、よみとはつづけたり」
冠辞考「繁釧(しじくしろ)の事(たくさんの腕輪)なるべし」

黄泉に待たむと 黄泉の国で好きな人を待つという意

隠り沼の 「下」に続く枕詞
11/2441H01隠り沼の下ゆ恋ふればすべをなみ妹が名告りつ忌むべきものを
11/2719H01隠り沼の下に恋ふれば飽き足らず人に語りつ忌むべきものを
12/3021H01隠り沼の下ゆは恋ひむいちしろく人の知るべく嘆きせめやも
12/3023H01隠り沼の下ゆ恋ひあまり白波のいちしろく出でぬ人の知るべく
17/3935H01隠り沼の下ゆ恋ひあまり白波のいちしろく出でぬ人の知るべく

下延へ置きて 09/1792なかなかに 言を下延へ 言葉に出さず心中に思っていること

その夜夢に見 菟原娘子の本心は茅渟壮士の方にあったか。

菟原壮士い 「い」は、強調の意
03/0237H01いなと言へど語れ語れと宣らせこそ志斐いは申せ強ひ語りと詔る

叫びおらび 東大寺諷誦文稿「号叫 オラビサケビ」
大声で叫ぶこと

きかみたけびて 新撰字鏡「咆勃 勇猛貌去和奈之(わなし)又支可牟(きかむ)」
略解「きばは牙歯にて、牙はきとのみも言へり」
注釈 牙噛む(きかむ)であり、歯ぎしりすること。
悔しさに歯ぎしりをして、たけだけしくいきり立つ

もころ男に 02/0196玉藻のもころ 同様な 同じ
山田孝男 新撰字鏡「聟 毛古又加太支」 「聟 □許反雙之貌乎不止又加太支」
雙之貌 相並び立つ意。 仇(かたき)は、本来は嫡妻の意味がある。
もこ=かたき -> もこ -> むこ
-> かたき(怨仇)
競争相手 匹敵する男

懸け佩きの 考「帯取足緒などいふ物をもて取著る故かく云也」
略解 「かき」は接頭語。
肩に掛けて着用したから言うか。 下二段活用

小太刀取り佩き 黄泉でも茅渟壮士と競おうと思ったから

ところづら 「尋め」の枕詞。野老(ところ)の蔓をたぐっていって実を探すことからくるか。

尋め行きければ 元「たつねきければ」西「つきゆきければ」管見「たづねゆければ」
略解「とめゆきければ」
19/4146H01夜ぐたちに寝覚めて居れば川瀬尋め心もしのに鳴く千鳥かも

親族どち 西「やからども」
代匠記「親族は日本紀の点に依らばうからと読むべし」
03/0460H01よしと聞かして 問ひ放くる 親族兄弟 うがら
日本紀私紀「族也 宇加良」
和名抄「百族毛々夜加良」

「うがら」が後に「やから」となった。
08/1591H01黄葉の過ぎまく惜しみ思ふどち(共)遊ぶ今夜は明けずもあらぬか
原文「共」を「どち」と訓む。

09/1810
大意 芦屋の菟原娘子の奥津城を行きも帰りも見ると大声を上げてばかり泣かれることである。

09/1811
大意 墓の上の木の枝が靡いている。聞いていたように茅渟壮士に寄っているらしい。
語釈 墓の上の木の枝
19/4211H07奥城を ここと定めて 後の世の 聞き継ぐ人も いや遠に 偲ひにせよと
19/4211H08黄楊小櫛 しか刺しけらし 生ひて靡けり
19/4212H01娘子らが後の標と黄楊小櫛生ひ変り生ひて靡きけらしも

説明 類似の物語 大和物語 謡曲「求塚」 捜神記 玉台新詠

#[関連論文]


#[番号]19/4213
#[題詞]
#[原文]安由乎疾 奈呉<乃>浦廻尓 与須流浪 伊夜千重之伎尓 戀<度>可母
#[訓読]東風をいたみ奈呉の浦廻に寄する波いや千重しきに恋ひわたるかも
#[仮名],あゆをいたみ,なごのうらみに,よするなみ,いやちへしきに,こひわたるかも
#[左注]右一首贈京丹比家
#[校異]能 -> 乃 [元][類][古] / 渡 -> 度 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年5月,年紀,作者:大伴家持,地名,高岡,富山,序詞,望郷,贈答,丹比家
#[訓異]
#[大意]東風がひどいので奈呉の浦のめぐりに寄せてくる波。その波が幾重にも重なっているように、幾度も恋い続けることであるよ。
#{語釈]
東風 17/4006 4017 あゆ

京丹比家 4173

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4214
#[題詞]挽歌一首[并短歌]
#[原文]天地之 初時従 宇都曽美能 八十伴男者 大王尓 麻都呂布物跡 定有 官尓之在者 天皇之 命恐 夷放 國乎治等 足日木 山河阻 風雲尓 言者雖通 正不遇 日之累者 思戀 氣衝居尓 玉桙之 道来人之 傳言尓 吾尓語良久 波之伎餘之 君者比来 宇良佐備弖 嘆息伊麻須 世間之 猒家口都良家苦 開花毛 時尓宇都呂布 宇都勢美毛 <无>常阿里家利 足千根之 御母之命 何如可毛 時之波将有乎 真鏡 見礼杼母不飽 珠緒之 惜盛尓 立霧之 失去如久 置露之 消去之如 玉藻成 靡許伊臥 逝水之 留不得常 枉言哉 人之云都流 逆言乎 人之告都流 梓<弓> <弦>爪夜音之 遠音尓毛 聞者悲弥 庭多豆水 流涕 留可祢都母
#[訓読]天地の 初めの時ゆ うつそみの 八十伴の男は 大君に まつろふものと 定まれる 官にしあれば 大君の 命畏み 鄙離る 国を治むと あしひきの 山川へだて 風雲に 言は通へど 直に逢はず 日の重なれば 思ひ恋ひ 息づき居るに 玉桙の 道来る人の 伝て言に 我れに語らく はしきよし 君はこのころ うらさびて 嘆かひいます 世間の 憂けく辛けく 咲く花も 時にうつろふ うつせみも 常なくありけり たらちねの 御母の命 何しかも 時しはあらむを まそ鏡 見れども飽かず 玉の緒の 惜しき盛りに 立つ霧の 失せぬるごとく 置く露の 消ぬるがごとく 玉藻なす 靡き臥い伏し 行く水の 留めかねつと たはことか 人の言ひつる およづれか 人の告げつる 梓弓 爪引く夜音の 遠音にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涙 留めかねつも
#[仮名],あめつちの,はじめのときゆ,うつそみの,やそとものをは,おほきみに,まつろふものと,さだまれる,つかさにしあれば,おほきみの,みことかしこみ,ひなざかる,くにををさむと,あしひきの,やまかはへだて,かぜくもに,ことはかよへど,ただにあはず,ひのかさなれば,おもひこひ,いきづきをるに,たまほこの,みちくるひとの,つてことに,われにかたらく,はしきよし,きみはこのころ,うらさびて,なげかひいます,よのなかの,うけくつらけく,さくはなも,ときにうつろふ,うつせみも,つねなくありけり,たらちねの,みははのみこと,なにしかも,ときしはあらむを,まそかがみ,みれどもあかず,たまのをの,をしきさかりに,たつきりの,うせぬるごとく,おくつゆの,けぬるがごとく,たまもなす,なびきこいふし,ゆくみづの,とどめかねつと,たはことか,ひとのいひつる,およづれか,ひとのつげつる,あづさゆみ,つまびくよおとの,とほおとにも,きけばかなしみ,にはたづみ,ながるるなみた,とどめかねつも
#[左注](右大伴宿祢家持弔聟南右大臣家藤原二郎之喪慈母患也 五月廿七日)
#[校異]無 -> 无 [元][類] / 弧 -> 弓弦 [西(訂正頭書)]
#[鄣W],天平勝宝2年5月27日,年紀,作者:大伴家持,挽歌,枕詞,悲別,哀悼,藤原久須麻呂母,贈答,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]天地の開闢の時以来、この世の大勢の伴の男は大君に服従するものとして定まった職掌であるので、大君のご命令を恐れ多く守って、田舎遠く離れた国を治めるとしてあしひきの山川を隔て、風や雲のたよりに言葉は通うが直接には逢わない日が重なったので恋い思い嘆息していた所、玉鉾の道を来る人が伝え言に自分に語ることには、いとしいあなたはこの頃しょんぼりとして嘆き続けていらっしゃる。世の中が悲しく辛いことは咲く花も時が来て散ってしまう。この世も無常であることだ。たらちねの母上の命はどうしてまだその時ではないのに、まそ鏡を見るように見ても見飽きない玉の緒の惜しまれる盛りに立つ霧がなくなってしまうように、置く露が消えてしまうように玉藻のように靡いて病の床に寝たままになって行く水のように留めることができなかったと、でたらめなのだろうか人が言った。惑わし言なのか人が告げた。夜に魔よけのために梓弓を爪で引く音のはるかなうわさでも聞くと悲しいので、あふれ出すように流れる涙を留めることが出来ないことだ

#{語釈]
天地の 初めの時ゆ
02/0167H01天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万 千万神の 神集ひ
10/2089H01天地の 初めの時ゆ 天の川 い向ひ居りて 一年に ふたたび逢はぬ
19/4160H01天地の 遠き初めよ 世間は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来たれ

うつそみの この世の 原義に近い現実の臣である

まつろふものと 服従し奉仕するものだとして
「ろ」乙類仮名 古事記 甲類仮名 発音が変わった

定まれる官 決まっている官職 役割

鄙離る 国を治むと 13/3291H04鄙離る 国治めにと [或本云 天離る 鄙治めにと]
天離る鄙治めにと が変化したものか。

山川へだて 略解 全註釈 山川へなり
04/0670H01月読の光りに来ませあしひきの山きへなりて遠からなくに
11/2420H01月見れば国は同じぞ山へなり愛し妹はへなりたるかも
12/3187H01たたなづく青垣山の隔なりなばしばしば君を言問はじかも
15/3755H01愛しと我が思ふ妹を山川を中にへなりて安けくもなし
15/3764H01山川を中にへなりて遠くとも心を近く思ほせ我妹
17/3957H04来し日の極み 玉桙の 道をた遠み 山川の 隔りてあれば
17/3969H05苦しきものを あしひきの 山きへなりて 玉桙の
17/3978H09道はし遠く 関さへに へなりてあれこそ よしゑやし よしはあらむぞ
17/3981H01あしひきの山きへなりて遠けども心し行けば夢に見えけり
17/4006H11越えへなりなば 恋しけく 日の長けむぞ そこ思へば
20/4308H01初尾花花に見むとし天の川へなりにけらし年の緒長く

13/3336H01鳥が音の 聞こゆる海に 高山を 隔てになして 沖つ藻を 枕になし
13/3339H04高山を 隔てに置きて 浦ぶちを 枕に巻きて うらもなく こやせる君は

風雲に 言は通へど 風や雲のたよりに音信は通うけれども

息づき居るに 嘆息していたところ

はしきよし君 藤原二郎

うらさびて しょんぼりして 1/33

世間の 憂けく辛けく
05/0897H02事もなく 喪なくもあらむを 世間の 憂けく辛けく

咲く花も 時にうつろふ 19/4160 とも同じ
03/0478H04木立の茂に 咲く花も うつろひにけり 世間は かくのみならし

御母の命 細 みをや 西 みはは 代匠記 みおものみこと 全註釈 注釈
全釈 みはは 全注

何しかも 時しはあらむを
17/3957H07はしきよし 汝弟の命 なにしかも 時しはあらむを

玉の緒の 枕詞 緒にかけて惜しを出す

惜しき盛りに 惜しまれる盛んな時なのに

立つ霧の 失せぬるごとく 置く露の 消ぬるがごとく
人麻呂などの挽歌には少ない表現 奈良時代の歌に多用されている
02/0217D01吉備津釆女死時柿本朝臣人麻呂作歌一首并短歌
02/0217H01秋山の したへる妹 なよ竹の とをよる子らは いかさまに 思ひ居れか
02/0217H02栲縄の 長き命を 露こそば 朝に置きて 夕は 消ゆといへ 霧こそば
02/0217H03夕に立ちて 朝は 失すといへ 梓弓 音聞く我れも おほに見し
02/0217H04こと悔しきを 敷栲の 手枕まきて 剣太刀 身に添へ寝けむ 若草の
02/0217H05その嬬の子は 寂しみか 思ひて寝らむ 悔しみか 思ひ恋ふらむ
02/0217H06時ならず 過ぎにし子らが 朝露のごと 夕霧のごと

留めかねつと 注釈 留めかねきと 全注 留めかねてきと

爪引く夜音の 魔よけのための鳴弦 たいがいは遠くの方で聞くので遠い音を引き出す序
04/0531H01梓弓爪引く夜音の遠音にも君が御幸を聞かくしよしも

にはたづみ 4160 流るの枕詞 激しい雨などで庭にたまって流れ出す水のイメージ
02/0178H01み立たしの島を見る時にはたづみ流るる涙止めぞかねつる
19/4214H11遠音にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涙 留めかねつも

#[説明]
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#[番号]19/4215
#[題詞](挽歌一首[并短歌])反歌二首
#[原文]遠音毛 君之痛念跡 聞都礼婆 哭耳所泣 相念吾者
#[訓読]遠音にも君が嘆くと聞きつれば哭のみし泣かゆ相思ふ我れは
#[仮名],とほとにも,きみがなげくと,ききつれば,ねのみしなかゆ,あひおもふわれは
#[左注](右大伴宿祢家持弔聟南右大臣家藤原二郎之喪慈母患也 五月廿七日)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年5月27日,年紀,作者:大伴家持,挽歌,悲別,哀悼,藤原久須麻呂母,贈答,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]遠いうわさにもあなたが嘆くと聞いたので、声を上げて泣くばかりである。お互いに思う自分は
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4216
#[題詞]((挽歌一首[并短歌])反歌二首)
#[原文]世間之 <无>常事者 知良牟乎 情盡莫 大夫尓之氐
#[訓読]世間の常なきことは知るらむを心尽くすな大夫にして
#[仮名],よのなかの,つねなきことは,しるらむを,こころつくすな,ますらをにして
#[左注]右大伴宿祢家持弔聟南右大臣家藤原二郎之喪慈母患也 五月廿七日
#[校異]無 -> 无 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝2年5月27日,年紀,作者:大伴家持,挽歌,悲別,哀悼,藤原久須麻呂母,贈答,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]世の中の無常なことを知っているだろうから、悲しみに心をいっぱいにさせるなよ。大夫なのだから
#{語釈]
心尽くすな 心を悲しみに執着させるな

右大伴宿祢家持、聟南右大臣家の藤原二郎の慈母を喪(うしな)ふ患(うれ)へを弔ふ也

南右大臣家 南家武智麻呂の子 豊成 天平勝宝元年右大臣

聟藤原二郎 豊成の次男継縄
延暦一五年に七〇歳で薨去 逆算してこの頃24歳
続日本紀延暦六年八月 室百済王明信
大伴家の室は、正式には見当たらない

尊卑分脈 継縄の室 大納言投女
尾山篤二郎 大納言大伴旅人女(留女)の誤りとする

私注 中納言大伴家持女の誤り 家持の娘の婿

川上富吉 家持の妹に当たる。丹比家にいて継縄を通婚させていた

全註釈、古典大系、全集、集成
豊成の弟仲麻呂も含めて藤原南家と言った
藤原二郎とは、仲麻呂の第二子久須麻呂(3/476~792)で家持の娘に通 婚していた

慈母 豊成の母 路真人虫麻呂の女

#[説明]
家持の最後の挽歌

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#[番号]19/4217
#[題詞]霖雨(へ)日作歌一首
#[原文]宇能花乎 令腐霖雨之 始水<邇> 縁木積成 将因兒毛我母
#[訓読]卯の花を腐す長雨の始水に寄る木屑なす寄らむ子もがも
#[仮名],うのはなを,くたすながめの,みづはなに,よるこつみなす,よらむこもがも
#[左注](右二首五月)
#[校異]逝 -> 邇 [代匠記初稿本]
#[鄣W],天平勝宝2年5月,年紀,作者:大伴家持,植物,序詞,恋情,鬱屈,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]卯の花を腐らせる長雨のあふれ出す最初の水に寄る木くずのように寄ってくる子もあればなあ
#{語釈]
霖雨 和名抄 兼名苑注云 霖 音林 和名奈加阿女 今案一名連雨 一名苦雨
三日以上雨也
ながめと訓む

へ 晴に同じ はれる

始水 元 みつまさりおりきつもらば 類 しつくよりこつみとなりて
その他 みつはなによるこつみなし
代匠記 始水逝 みつはなゆき 水の出はな 逝は邇の誤り

全注 はなみづ はなは先頭の意味

木屑なす こづみ 木くず
11/2724H01秋風の千江の浦廻の木屑なす心は寄りぬ後は知らねど

#[説明]
鬱屈した気持ちを晴らす心情で相聞歌を詠む

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#[番号]19/4218
#[題詞]見漁夫火光歌一首
#[原文]鮪衝等 海人之燭有 伊射里火之 保尓可将出 吾之下念乎
#[訓読]鮪突くと海人の灯せる漁り火の秀にか出ださむ我が下思ひを
#[仮名],しびつくと,あまのともせる,いざりひの,ほにかいださむ,わがしたもひを
#[左注]右二首五月
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年5月,年紀,作者:大伴家持,恋情,序詞,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]鮪を突くとして海人の灯している漁り火の明るく目立っているように人目にはっきりと表そうか。自分の心の思いを
#{語釈]
火光 いさりび 漁火

鮪突くと まぐろ、さばの類
06/0938H02荒栲の 藤井の浦に 鮪釣ると 海人舟騒き 塩焼くと 人ぞさはにある

#[説明]
類想歌
03/0326H01見わたせば明石の浦に燭す火の穂にぞ出でぬる妹に恋ふらく
12/3170H01志賀の海人の釣りし燭せる漁り火のほのかに妹を見むよしもがも

叙景の部分が中心

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#[番号]19/4219
#[題詞]
#[原文]吾屋戸之 芽子開尓家理 秋風之 将吹乎待者 伊等遠弥可母
#[訓読]我が宿の萩咲きにけり秋風の吹かむを待たばいと遠みかも
#[仮名],わがやどの,はぎさきにけり,あきかぜの,ふかむをまたば,いととほみかも
#[左注]右一首六月十五日見芽子早花作之
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年6月15日,年紀,作者:大伴家持,植物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]我が家の萩が咲いたことだ。秋風の吹くのを待っているとたいそう先のことだからかなあ
#{語釈]
早花 例年よりも早く咲いた花 初花

#[説明]
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#[番号]19/4220
#[題詞]従京師来贈歌一首[并短歌]
#[原文]和多都民能 可味能美許等乃 美久之宜尓 多久波比於伎氐 伊都久等布 多麻尓末佐里氐 於毛敝里之 安我故尓波安礼騰 宇都世美乃 与能許等和利等 麻須良乎能 比伎能麻尓麻仁 之奈謝可流 古之地乎左之氐 波布都多能 和可礼尓之欲理 於吉都奈美 等乎牟麻欲妣伎 於保夫祢能 由久良々々々耳 於毛可宜尓 毛得奈民延都々 可久古非婆 意伊豆久安我未 氣太志安倍牟可母
#[訓読]海神の 神の命の み櫛笥に 貯ひ置きて 斎くとふ 玉にまさりて 思へりし 我が子にはあれど うつせみの 世の理と 大夫の 引きのまにまに しなざかる 越道をさして 延ふ蔦の 別れにしより 沖つ波 とをむ眉引き 大船の ゆくらゆくらに 面影に もとな見えつつ かく恋ひば 老いづく我が身 けだし堪へむかも
#[仮名],わたつみの,かみのみことの,みくしげに,たくはひおきて,いつくとふ,たまにまさりて,おもへりし,あがこにはあれど,うつせみの,よのことわりと,ますらをの,ひきのまにまに,しなざかる,こしぢをさして,はふつたの,わかれにしより,おきつなみ,とをむまよびき,おほぶねの,ゆくらゆくらに,おもかげに,もとなみえつつ,かくこひば,おいづくあがみ,けだしあへむかも
#[左注](右二首大伴氏坂上郎女賜女子大嬢也)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年,年紀,作者:坂上郎女,贈答,坂上大嬢,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]海の神の命のみ櫛笥にしまっておいて大切に持っているという玉にまさって思っている我が子ではあるが、うつせみの世の中の道理として官人である夫の引き寄せるのに従ってしなざかる越路を指して這い延びる蔦のように別れた時から、沖の波のようにたわむ眉引きが大船のようにゆらゆらと心が動いて面影にむやみに見え続けてこのように恋い思うのならば年をとってきた自分はもしかしたら耐えることが出来るだろうか
#{語釈]
海神の神の命 海神が玉を持っている
07/1301H01海神の手に巻き持てる玉故に礒の浦廻に潜きするかも
07/1302H01海神の持てる白玉見まく欲り千たびぞ告りし潜きする海人

み櫛笥に 海神の女性的イメージ 玉は女性の持つものとして郎女の創作か

玉 4149~4170に対応している

世の理 妻が夫に従うのは世の中の道理 礼記

沖つ波 とをむの枕詞 沖の波が曲線をかいてたわんでいるからか
郎女も太宰府の往復で海を見ている その記憶があるか

とをむ たわむ 三日月のように笑み曲がる美しい眉

大船の ゆくらゆくらに 心が落ち着かず動揺する
17/3962H05大船の ゆくらゆくらに 下恋に いつかも来むと 待たすらむ

#[説明]
大嬢 28歳 郎女 55歳前後か

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#[番号]19/4221
#[題詞](従京師来贈歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]可久婆可里 古<非>之久志安良婆 末蘇可我美 弥奴比等吉奈久 安良麻之母能乎
#[訓読]かくばかり恋しくしあらばまそ鏡見ぬ日時なくあらましものを
#[仮名],かくばかり,こひしくしあらば,まそかがみ,みぬひときなく,あらましものを
#[左注]右二首大伴氏坂上郎女賜女子大嬢也
#[校異]悲 -> 非 [元][類][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年,年紀,作者:坂上郎女,贈答,坂上大嬢,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋しくあるのだったらまそ鏡ではないが見ない日や時がなく一緒にいればよかったのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4222
#[題詞]九月三日宴歌二首
#[原文]許能之具礼 伊多久奈布里曽 和藝毛故尓 美勢牟我多米尓 母美知等里氐牟
#[訓読]このしぐれいたくな降りそ我妹子に見せむがために黄葉取りてむ
#[仮名],このしぐれ,いたくなふりそ,わぎもこに,みせむがために,もみちとりてむ
#[左注]右一首<掾>久米朝臣廣縄作之
#[校異]様 -> 掾 [西(訂正右書)][元][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年9月3日,年紀,作者:久米広縄,宴席,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]この時雨はひどくは降るなよ。我妹子に見せるために黄葉を取っておきたいから
#{語釈]
我妹子 奈良にいる妻か

#[説明]
時雨と黄葉
03/0423H04かづらにせむと 九月の しぐれの時は 黄葉を 折りかざさむと
10/2185H01大坂を我が越え来れば二上に黄葉流るしぐれ降りつつ
10/2215H01さ夜更けてしぐれな降りそ秋萩の本葉の黄葉散らまく惜しも
10/2217H01君が家の黄葉は早く散りにけりしぐれの雨に濡れにけらしも
10/2237H01黄葉を散らすしぐれの降るなへに夜さへぞ寒きひとりし寝れば
19/4222H01このしぐれいたくな降りそ我妹子に見せむがために黄葉取りてむ
08/1554H01大君の御笠の山の黄葉は今日の時雨に散りか過ぎなむ
08/1571H01春日野に時雨降る見ゆ明日よりは黄葉かざさむ高円の山
08/1583H01黄葉を散らす時雨に濡れて来て君が黄葉をかざしつるかも
08/1585H01奈良山の嶺の黄葉取れば散る時雨の雨し間なく降るらし
08/1590H01十月時雨にあへる黄葉の吹かば散りなむ風のまにまに
19/4259H01十月時雨の常か我が背子が宿の黄葉散りぬべく見ゆ

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#[番号]19/4223
#[題詞](九月三日宴歌二首)
#[原文]安乎尓与之 奈良比等美牟登 和我世故我 之米家牟毛美知 都知尓於知米也毛
#[訓読]あをによし奈良人見むと我が背子が標けむ黄葉地に落ちめやも
#[仮名],あをによし,ならひとみむと,わがせこが,しめけむもみち,つちにおちめやも
#[左注]右一首守大伴宿祢家持作之
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年9月3日,年紀,作者:大伴家持,枕詞,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]あをによし奈良の人が見るだろうと我が背子が印をしておいた黄葉が土に落ちるだろうか
#[説明]
奈良人 広縄の妻

背子 広縄

標 黄葉取りてむ に対応する

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#[番号]19/4224
#[題詞]
#[原文]朝霧之 多奈引田為尓 鳴鴈乎 留得哉 吾屋戸能波義
#[訓読]朝霧のたなびく田居に鳴く雁を留め得むかも我が宿の萩
#[仮名],あさぎりの,たなびくたゐに,なくかりを,とどめえむかも,わがやどのはぎ
#[左注]右一首歌者幸於芳野離宮之時藤原皇后御作 但年月未審詳 十月五日河邊朝臣東人傳誦云尓
#[校異]后 [西(右書)] 后宮
#[鄣W],天平勝宝2年10月5日,年紀,作者:光明皇后,伝承,誦詠,河辺東人,吉野,動物,植物,古歌,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]朝霧のたなびいている田圃に鳴く雁を留めることが出来ないだろうかなあ。我が家の萩は
#{語釈]
我が宿 吉野離宮の庭 平城宮の庭

河邊朝臣東人 神護景雲元年 従五位下
宝亀元年 岩見守

天平五年 6/0987 藤原八束の使いとして憶良を見舞う
天平十一年 8/1594 皇后宮の維摩講で歌子
8/1440

私注 官用か。八束の家の用かなどで越中に来た
全釈 この時はまだ卑官であったのであろう

#[説明]
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#[番号]19/4225
#[題詞]
#[原文]足日木之 山黄葉尓 四頭久相而 将落山道乎 公之超麻久
#[訓読]あしひきの山の黄葉にしづくあひて散らむ山道を君が越えまく
#[仮名],あしひきの,やまのもみちに,しづくあひて,ちらむやまぢを,きみがこえまく
#[左注]右一首同月十六日餞之朝集使少目秦伊美吉石竹時守大伴宿祢家持作之
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年10月16日,年紀,作者:大伴家持,枕詞,植物,餞別,旅立ち,出発,秦石竹,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]あしひきの山の黄葉に時雨としづくが一緒になって散るであろう山道をあなたが越えることだ
#{語釈]
しづくあひて 時雨のしづくが一緒になって

山道 越中から都への道 アラチの関あたりの険しい山道をイメージしているか

朝集使 前年八月一日以後一年間の政情(国郡司の考課や国政の状況)を記した朝集帳を 太政官に報告する役目
大帳使、正税帳使、調貢使の四度使の一つ

秦伊美吉石竹 18/4086 4135
続日本紀 天平宝字八年十月七日 正六位上秦忌寸伊波太気授外従五位下
宝亀五年三月五日 為飛騨守
七年三月六日 播磨介

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4226
#[題詞]雪日作歌一首
#[原文]此雪之 消遺時尓 去来歸奈 山橘之 實光毛将見
#[訓読]この雪の消残る時にいざ行かな山橘の実の照るも見む
#[仮名],このゆきの,けのこるときに,いざゆかな,やまたちばなの,みのてるもみむ
#[左注]右一首十二月大伴宿祢家持作之
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年12月,年紀,作者:大伴家持,植物,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]この雪が消え残っている間にさあ行こうよ。山橘の実も雪に照り輝いているのも見よう
#{語釈]
山橘 やぶこうじ 常緑低木 花は白く、秋に深紅の実をつける

#[説明]
今降っている雪が解けない間に見に行こうといったもの

#[関連論文]


#[番号]19/4227
#[題詞]
#[原文]大殿之 此廻之 雪莫踏祢 數毛 不零雪曽 山耳尓 零之雪曽 由米縁勿 人哉莫履祢 雪者
#[訓読]大殿の この廻りの 雪な踏みそね しばしばも 降らぬ雪ぞ 山のみに 降りし雪ぞ ゆめ寄るな 人やな踏みそね 雪は
#[仮名],おほとのの,このもとほりの,ゆきなふみそね,しばしばも,ふらぬゆきぞ,やまのみに,ふりしゆきぞ,ゆめよるな,ひとやなふみそね,ゆきは
#[左注](右二首歌者三形沙弥承贈左大臣藤原北卿之語作誦之也 聞之傳者笠朝臣子君 復後傳讀者越中國<掾>久米朝臣廣縄是也)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝2年,年紀,作者:三形沙弥,藤原房前,笠子君,久米広縄,伝誦,予祝,寿歌,宮廷,高岡,富山,古歌
#[訓異]
#[大意]大殿のこのめぐりの雪は踏むなよ。たびたびは降らない雪であるぞ。山のみに降る雪であるぞ。決して近寄るなよ。人は踏むなよ。雪は
#{語釈]
大殿 敬っていったもの 藤原房前邸

もとほり めぐり 周囲

人や や 呼びかけ

#[説明]
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#[番号]19/4228
#[題詞]反歌一首
#[原文]有都々毛 御見多麻波牟曽 大殿乃 此母等保里能 雪奈布美曽祢
#[訓読]ありつつも見したまはむぞ大殿のこの廻りの雪な踏みそね
#[仮名],ありつつも,めしたまはむぞ,おほとのの,このもとほりの,ゆきなふみそね
#[左注]右二首歌者三形沙弥承贈左大臣藤原北卿之語作誦之也 聞之傳者笠朝臣子君 復後傳讀者越中國<掾>久米朝臣廣縄是也
#[校異]作 [元] 依 / 様 -> 掾 [元][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝2年,年紀,作者:三形沙弥,藤原房前,笠子君,久米広縄,伝誦,予祝,寿歌,宮廷,高岡,富山,古歌
#[訓異]
#[大意]そのままにしてご覧になるであろうよ。大殿のこのまわりの雪は踏むなよ
#{語釈]
ありつつも 降り積もったままで

見したまはむぞ 大殿の主 房前のこと

#[説明]
三形沙弥 伝未詳 2/123,5 4/508

藤原北卿 北家房前

語を承(う)けて作り誦(よ)む 房前の言葉を承けて三形沙弥が作り誦む

笠朝臣子君 伝未詳

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#[番号]19/4229
#[題詞]天平勝寶三年
#[原文]新 年之初者 弥年尓 雪踏平之 常如此尓毛我
#[訓読]新しき年の初めはいや年に雪踏み平し常かくにもが
#[仮名],あらたしき,としのはじめは,いやとしに,ゆきふみならし,つねかくにもが
#[左注]右一首歌者 正月二日守舘集宴 於時零雪殊多積有四尺焉 即主人大伴宿祢家持作此歌也
#[校異]我 [元] 義
#[鄣W],天平勝宝3年1月2日,年紀,作者:大伴家持,寿歌,予祝,宴席,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]新しい年の始めはますます年ごとに雪を踏み平らにしていつもこのように集まりたいものだ
#{語釈]
新しき年の初め
17/3925H01新しき年の初めに豊の年しるすとならし雪の降れるは
19/4229H01新しき年の初めはいや年に雪踏み平し常かくにもが
19/4284H01新しき年の初めに思ふどちい群れて居れば嬉しくもあるか
20/4516H01新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事

正月二日 天平勝宝三年 家持34歳 越中にあしかけ六年 越中守として最後の年

#[説明]
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#[番号]19/4230
#[題詞]
#[原文]落雪乎 腰尓奈都美弖 参来之 印毛有香 年之初尓
#[訓読]降る雪を腰になづみて参ゐて来し験もあるか年の初めに
#[仮名],ふるゆきを,こしになづみて,まゐてこし,しるしもあるか,としのはじめに
#[左注]右一首三日會集介内蔵忌寸縄麻呂之舘宴樂時大伴宿祢家持作之
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,作者:大伴家持,寿歌,予祝,宴席,内蔵縄麻呂,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]降る雪を腰まで埋まって苦労してお伺いした甲斐もあることか。年の始めに
#{語釈]
腰になづみて 腰まで埋まって難渋して
13/3295H01うちひさつ 三宅の原ゆ 直土に 足踏み貫き 夏草を 腰になづみ

#[説明]
二日が国司の公館での公宴であったのに対して、返礼の意味での内宴か。

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#[番号]19/4231
#[題詞]于時積雪彫成重巌之起奇巧綵發草樹之花 属此<掾>久米朝臣廣縄作歌一首
#[原文]奈泥之故波 秋咲物乎 君宅之 雪巌尓 左家理家流可母
#[訓読]なでしこは秋咲くものを君が家の雪の巌に咲けりけるかも
#[仮名],なでしこは,あきさくものを,きみがいへの,ゆきのいはほに,さけりけるかも
#[左注]
#[校異]様 -> 掾 [元][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,作者:久米広縄,植物,宴席,見立て,内蔵縄麻呂,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]なでしこは秋に咲くものであるのに、あなたの家の雪の巌に咲いたことであるなあ
#{語釈]
時に雪を積みて重巌の起(た)てるを彫(ゑ)り成し、奇巧(たくみ)に草樹の花を綵(いろど)り 發(いだ)す。此(これ)に属(つ)きて<掾>久米朝臣廣縄作歌一首
その時に、雪を積んで岩の重なり立つ様子に彫って作って、巧みに色とりどりの花をあしらった

色とりどりの花 全註釈、大系 花を絵の具で描いた
全注 造花であろう

なでしこ 家持の好きな花 賓客の好みに応じて造花を作った

#[説明]
主人の趣向に謝意を表したのと、不思議な現象として瑞祥としての意味もこめている

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#[番号]19/4232
#[題詞]遊行女婦蒲生娘子歌一首
#[原文]雪嶋 巌尓殖有 奈泥之故波 千世尓開奴可 君之挿頭尓
#[訓読]雪の嶋巌に植ゑたるなでしこは千代に咲かぬか君がかざしに
#[仮名],ゆきのしま,いはほにうゑたる,なでしこは,ちよにさかぬか,きみがかざしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,作者:遊行女婦蒲生,宴席,寿歌,植物,見立て,内蔵縄麻呂,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]雪の嶋の巌に植えているなでしこは、いつまでも咲いてくれないだろうか。あなたのかざしにするために
#{語釈]
遊行女婦 和名抄 「遊女 楊氏漢語抄云 遊行女児 和名宇加礼女又云阿曽比」
土橋寛 招かれればどこへでも赴く女
アソビは、本来的には神祭りから発し、歌舞音曲を伴う遊興の意味
これを表芸にする女であることから言うか

遊行女婦蒲生娘子 伝未詳 4237左注

雪の嶋 雪の積もった庭園 池の中にある嶋

咲かぬか ぬかは、願望

#[説明]
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#[番号]19/4233
#[題詞]于是諸人酒酣更深鶏鳴 因此主人内蔵伊美吉縄麻呂作歌一首
#[原文]打羽振 鶏者鳴等母 如此許 零敷雪尓 君伊麻左米也母
#[訓読]うち羽振き鶏は鳴くともかくばかり降り敷く雪に君いまさめやも
#[仮名],うちはぶき,とりはなくとも,かくばかり,ふりしくゆきに,きみいまさめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,作者:内蔵縄麻呂,動物,宴席,挨拶,引き留め,後朝,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]うち羽ばたいて鶏は鳴いているが、このように降り積もっている雪にお帰りになるということが出来ましょうか
#{語釈]
是(ここ)に諸人(もろひと)酒酣(たけなは)にして、更深(よふ)けて鶏鳴く

鶏鳴 新撰字鏡「鶏鳴 丑時、平旦寅時」
旧訓 とり 古義 かけ

いまさめやも います 帰るの尊敬 やも 反語

#[説明]
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#[番号]19/4234
#[題詞]守大伴宿祢家持和歌一首
#[原文]鳴鶏者 弥及鳴杼 落雪之 千重尓積許曽 吾等立可氐祢
#[訓読]鳴く鶏はいやしき鳴けど降る雪の千重に積めこそ我が立ちかてね
#[仮名],なくとりは,いやしきなけど,ふるゆきの,ちへにつめこそ,わがたちかてね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,作者:大伴家持,宴席,内蔵縄麻呂,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]鳴く鶏はますますしきりに鳴くけれども降る雪が幾重にも降り積もるので自分は立ちかねているのだ
#{語釈]
積めこそ 積めばこそ

立ちかてね かて かねる 「ね」打ち消し助動詞「ぬ」の已然形

#[説明]
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#[番号]19/4235
#[題詞]太上大臣藤原家之縣犬養命婦奉天皇歌一首
#[原文]天雲乎 富呂尓布美安太之 鳴神毛 今日尓益而 可之古家米也母
#[訓読]天雲をほろに踏みあだし鳴る神も今日にまさりて畏けめやも
#[仮名],あまくもを,ほろにふみあだし,なるかみも,けふにまさりて,かしこけめやも
#[左注]右一首傳誦<掾>久米朝臣廣縄也
#[校異]様 -> 掾 [元][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,作者:縣犬養三千代,古歌,伝誦,久米広縄,聖武天皇,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]天雲をばらばらに踏み散らして鳴る雷も今日に勝って恐れ多いということがあろうか
#{語釈]
太上大臣藤原家 藤原不比等 養老四年八月薨去
縣犬養命婦 県犬養宿禰橘三千代 県犬養宿禰東人の娘
美努王との間に橘諸兄 不比等に嫁し光明子を生む
天平五年没

命婦 女官 自らが五位以上 内命婦 夫が五位以上を外命婦

天皇 聖武天皇のことか

ほろに踏みあだし ほろ ぼろぼろに砕ける
踏みあだし 踏み散らす

今日 臨場表現 天皇臨席の今の場

畏けめやも 雷の恐ろしさを天皇の恐れ多いことに転じた言い方

#[説明]
歌そのもの
私注 何か優詔でも受けた時の感動。或いは和銅元年元明天皇の大嘗祭に奉仕した忠誠により橘宿禰姓を賜った感激を歌ったものか

越中の宴席でこの古歌を歌われた理由
全注 折しもはげしい雷が鳴ったのではないか
日本海側では真冬の雪の中での雷鳴、落雷はよくある。「雪おこし」という

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#[番号]19/4236
#[題詞]悲傷死妻歌一首[并短歌] [作主未詳]
#[原文]天地之 神者<无>可礼也 愛 吾妻離流 光神 鳴波多𡢳嬬 携手 共将有等 念之尓 情違奴 将言為便 将作為便不知尓 木綿手次 肩尓取<挂> 倭<文>幣乎 手尓取持氐 勿令離等 和礼波雖祷 巻而寐之 妹之手本者 雲尓多奈妣久
#[訓読]天地の 神はなかれや 愛しき 我が妻離る 光る神 鳴りはた娘子 携はり ともにあらむと 思ひしに 心違ひぬ 言はむすべ 為むすべ知らに 木綿たすき 肩に取り懸け 倭文幣を 手に取り持ちて な放けそと 我れは祈れど 枕きて寝し 妹が手本は 雲にたなびく
#[仮名],あめつちの,かみはなかれや,うつくしき,わがつまさかる,ひかるかみ,なりはたをとめ,たづさはり,ともにあらむと,おもひしに,こころたがひぬ,いはむすべ,せむすべしらに,ゆふたすき,かたにとりかけ,しつぬさを,てにとりもちて,なさけそと,われはいのれど,まきてねし,いもがたもとは,くもにたなびく
#[左注](右二首傳誦遊行女婦蒲生是也)
#[校異]無 -> 无 [元][類] / 掛 -> 挂 [元][類][文][紀] / 父 -> 文 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,挽歌,悲別,亡妻挽歌,伝誦,古歌,遊行女婦蒲生,宴席,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]天地の神はないというのだろうか。いとしい我が妻は自分から離れていく。光る神が鳴るはた娘子と手を取り合って一緒にいようと思っていたのにその希望も違ってしまった。どう言ってよいか、どうしてよいかわからないで、木綿のたすきを肩に掛けて、倭文幣を手に取り持って、離れるなと自分は祈るけれども、枕として共に寝た妹のたもとは雲としてたなびいていることだ
#{語釈]
神はなかれや なかればや 「や」反語 ないと言うのか

光る神 稲妻の光る雷がなる

鳴りはた娘子 なりはためくというはた 全註釈 はた 地名か氏名か
注釈 なりはた娘子

心違ひぬ 2/176

木綿たすき 肩に取り懸け 倭文幣を 手に取り持ちて 亡き人の招魂

な放けそと 幽冥異にせず、一緒にいたい

雲にたなびく 火葬の煙になっている 3/428

#[説明]
正月の宴に挽歌という取り合わせ
新考 前歌の雷を主題とした歌に合わせて、光る神なりはたとある歌を継いだ
全注 挽歌の主題が望郷思慕の情として人々は聞いた
挽歌を相聞歌として転用

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#[番号]19/4237
#[題詞](悲傷死妻歌一首[并短歌] [作主未詳])反歌一首
#[原文]寤尓等 念氐之可毛 夢耳尓 手本巻<寐>等 見者須便奈之
#[訓読]うつつにと思ひてしかも夢のみに手本巻き寝と見ればすべなし
#[仮名],うつつにと,おもひてしかも,いめのみに,たもとまきぬと,みればすべなし
#[左注]右二首傳誦遊行女婦蒲生是也
#[校異]寤 -> 寐 [元][文][古]
#[鄣W],天平勝宝3年1月3日,年紀,挽歌,悲別,亡妻挽歌,伝誦,古歌,遊行女婦蒲生,宴席,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]現実のことと思いたいものだ。夢ばかりにたもとを巻いて寝たと見るとどうしようもないことだ
#{語釈]
うつつ 現実のこと

思ひてしかも てしか 願望 思いたいものだ

#[説明]
類歌
12/2880H01うつつにも今も見てしか夢のみに手本まき寝と見るは苦しも
12/2880I01[或本歌發句云]
12/2880H02[我妹子を]

新考 本来は相聞歌であったものが、挽歌の反歌となった
全注 挽歌が相聞歌に転用された

全体の構成 渡瀬昌忠 家持->広縄->蒲生->広縄->家持 舡字構成の場

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#[番号]19/4238
#[題詞]二月二日會集于守舘宴作歌一首
#[原文]君之徃 若久尓有婆 梅柳 誰与共可 吾縵可牟
#[訓読]君が行きもし久にあらば梅柳誰れとともにか我がかづらかむ
#[仮名],きみがゆき,もしひさにあらば,うめやなぎ,たれとともにか,わがかづらかむ
#[左注]右判官久米朝臣廣縄以正税帳應入京師 仍守大伴宿祢家持作此歌也 但越中風土梅花柳絮三月初咲耳
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年2月2日,年紀,作者:大伴家持,宴席,植物,餞別,旅立ち,出発,久米広縄,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]あなたの旅行がもし長引いたならば、梅や柳を誰と共に自分は頭にかざそうか
#{語釈]
君が行き 左注にあるように正税帳使として都に行くこと

梅楊をかづらく 春の遊びをする。

右判官久米朝臣廣縄、正税帳を以て京師(みやこ)に入らむとす。 仍ち守大伴宿祢家持此歌を作る也。但し越中の風土、梅花柳絮(りゅうじょ)三月にして初めて咲くのみ。

久米朝臣廣縄 4201

正税帳 官庫に納める稲(正税)の出納を記した帳簿を毎年前年度報告として2月末日までに太政官に報告する その使いを正税帳使。

大帳使 国庁から太政官に大帳(戸籍に関する帳簿)を提出する使い。年四回、国庁は、中央に報告する義務を課せられている。大帳使、正税帳使、貢調使、朝集使。
六月三十日現在の部内の戸籍の実態を記す。八月三十日までに上京。
大計帳、計帳
延喜式 越中と都(京都)の間の行程、上り十七日。下り九日

朝集使 国郡司の考課(勤務評定)、神社、僧尼、土木、交通、国庁内の建築、機材管理状況の状況を記したもの 前年八月一日から七月三一日までの状況
機内は、十月一日まで。七道は十一月一日までに上京。(考課令)

柳絮 楊の実につく白い綿のような毛

三月にして初めて咲くのみ。 都では1月に咲くのに対して越中の風土の説明

#[説明]
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#[番号]19/4239
#[題詞]詠霍公鳥歌一首
#[原文]二上之 峯於乃繁尓 許毛<里>尓之 <彼>霍公鳥 待<騰>来奈賀受
#[訓読]二上の峰の上の茂に隠りにしその霍公鳥待てど来鳴かず
#[仮名],ふたがみの,をのうへのしげに,こもりにし,そのほととぎす,まてどきなかず
#[左注]右四月十六日大伴宿祢家持作之
#[校異]<> -> 里 [万葉集略解] / 波 -> 彼 [元] / 騰末 -> 騰 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝3年4月16日,年紀,作者:大伴家持,動物,怨恨,地名,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]二上の山の峰のあたりの茂みに隠ってしまったあの霍公鳥は待ってもやって来て鳴かないことだ
#{語釈]
隠りにし 去年の夏に里で鳴いていたホトトギスが山に姿を隠した
#[説明]
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#[番号]19/4240
#[題詞]春日祭神之日藤原太后御作歌一首 / 即賜入唐大使藤原朝臣清河 参議従四位下遣唐使
#[原文]大船尓 真梶繁貫 此吾子乎 韓國邊遣 伊波敝神多智
#[訓読]大船に真楫しじ貫きこの我子を唐国へ遣る斎へ神たち
#[仮名],おほぶねに,まかぢしじぬき,このあこを,からくにへやる,いはへかみたち
#[左注](右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉)
#[校異]
#[鄣W],天平5年,年紀,作者:光明皇后,藤原清河,遣唐使,伝誦,古歌,春日野,高安種麻呂,出発,神祭り,餞別,羈旅,天平勝宝3年,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]大船に両舷に楫をたくさん貫いてこの自分の子を唐国へ遣わす。守ってやってくれ。神たちよ。
#{語釈]
春日祭神之日 春日にして神を祭る日 遣唐使の安全祈願を春日の地で祭った
遣唐使祠神祇於蓋山之南 (養老元年二月) 第8次
遣唐使拝天神地祇於春日山下、去年風波不調、不得渡海、使人亦復頻以相替、至是副 使小野朝臣石根重修祭礼也 (宝亀八年二月) 第11次

神護景雲二年 春日神社の創建

入唐大使藤原朝臣清河 第10次遣唐使 房前の第四子 光明子の甥
天平勝宝2年遣唐大使 閏三月節刀
帰国出来ず宝亀九年頃 唐で没 七十三才

斎へ 守れ 斎き祭る
07/1232H01大海の波は畏ししかれども神を斎ひて舟出せばいかに
08/1453H04い別れ行かば 留まれる 我れは幣引き 斎ひつつ 君をば待たむ
09/1790H02我が独り子の 草枕 旅にし行けば 竹玉を 繁に貫き垂れ 斎瓮に
09/1790H03木綿取り垂でて 斎ひつつ 我が思ふ我子 ま幸くありこそ
12/3217H01荒津の海我れ幣奉り斎ひてむ早帰りませ面変りせず
19/4264H02大神の 斎へる国ぞ 四つの船 船の舳並べ 平けく 早渡り来て 返り言
#[説明]

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#[番号]19/4241
#[題詞]大使藤原朝臣清河歌一首
#[原文]春日野尓 伊都久三諸乃 梅花 榮而在待 還来麻泥
#[訓読]春日野に斎く三諸の梅の花栄えてあり待て帰りくるまで
#[仮名],かすがのに,いつくみもろの,うめのはな,さかえてありまて,かへりくるまで
#[左注](右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉)
#[校異]
#[鄣W],天平5年,年紀,作者:藤原清河,遣唐使,餞別,出発,神祭り,羈旅,春日野,伝誦,高安種麻呂,天平勝宝3年,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]春日野に斎き祭る三諸の梅の花よ。咲き栄えてあって待ってくれよ。帰ってくるまで。
#{語釈]
三諸 神の降臨する森、ここでは木

栄えてあり待て 次に会うまでは変化しないことを願う 侍祭的な発想
12/3217H01荒津の海我れ幣奉り斎ひてむ早帰りませ面変りせず

#[説明]
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#[番号]19/4242
#[題詞]大納言藤原家餞之入唐使等宴日歌一首 [即主人卿作之]
#[原文]天雲乃 去還奈牟 毛能由恵尓 念曽吾為流 別悲美
#[訓読]天雲の行き帰りなむものゆゑに思ひぞ我がする別れ悲しみ
#[仮名],あまくもの,ゆきかへりなむ,ものゆゑに,おもひぞわがする,わかれかなしみ
#[左注](右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉)
#[校異]
#[鄣W],天平5年,年紀,作者:藤原仲麻呂,宴席,餞別,出発,羈旅,遣唐使,悲別,伝誦,高安種麻呂,高岡,富山,天平勝宝3年
#[訓異]
#[大意]空の雲のように行ってはまた帰ってくるものであるのに、もの思いを自分はすることである。別れが悲しいので
#{語釈]
大納言藤原家 藤原仲麻呂 武智麻呂の第二子 豊成の弟 清河のいとこ

#[説明]
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#[番号]19/4243
#[題詞]民部少輔丹治<比>真人土作歌一首
#[原文]住吉尓 伊都久祝之 神言等 行得毛来等毛 舶波早家<无>
#[訓読]住吉に斎く祝が神言と行くとも来とも船は早けむ
#[仮名],すみのえに,いつくはふりが,かむごとと,ゆくともくとも,ふねははやけむ
#[左注](右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉)
#[校異]<> -> 比 [代匠記精撰本] / 無 -> 无 [元][類]
#[鄣W],天平5年,年紀,作者:丹比土作,伝誦,遣唐使,高安種麻呂,餞別,宴席,高岡,富山,天平勝宝3年
#[訓異]
#[大意]住吉の神をお祭りしている神官が言う神の言葉として行きも帰りも船は早く進むだろうとのことだ
#{語釈]
民部少輔丹治<比>真人土作(はにし) 天平十二年従五位下
十五年 検校新羅客使
十八年 民部少輔
天平勝宝三年兼紫微大忠
宝亀二年 参議治部卿従四位上

全集 皇太后、仲麻呂いずれの関係か不明だが、この当時彼が紫微中台の大忠を兼ねていたからか
丹比氏であるので、遣唐使との関係のある家として出席していたか

住吉 底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命 住吉三神 海の安全の神

#[説明]
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#[番号]19/4244
#[題詞]大使藤原朝臣清河歌一首
#[原文]荒玉之 年緒長 吾念有 兒等尓可戀 月近附奴
#[訓読]あらたまの年の緒長く我が思へる子らに恋ふべき月近づきぬ
#[仮名],あらたまの,としのをながく,あがもへる,こらにこふべき,つきちかづきぬ
#[左注](右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉)
#[校異]
#[鄣W],天平5年,年紀,作者:藤原清河,遣唐使,餞別,宴席,出発,羈旅,枕詞,悲別,恋情,伝誦,高安種麻呂,高岡,富山,天平勝宝3年
#[訓異]
#[大意]あらたまの年月ずっと長く自分が思ってきた子たちに恋い思うような月が近づいてきたことだ
#{語釈]
子ら 妻やいとしい人

#[説明]
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#[番号]19/4245
#[題詞]天平五年贈入唐使歌一首[并短歌] [作主未詳]
#[原文]虚見都 山跡乃國 青<丹>与之 平城京師由 忍照 難波尓久太里 住吉乃 三津尓<舶>能利 直渡 日入國尓 所遣 和我勢能君乎 懸麻久乃 由々志恐伎 墨吉乃 吾大御神 舶乃倍尓 宇之波伎座 船騰毛尓 御立座而 佐之与良牟 礒乃埼々 許藝波底牟 泊々尓 荒風 浪尓安波世受 平久 率而可敝理麻世 毛等能國家尓
#[訓読]そらみつ 大和の国 あをによし 奈良の都ゆ おしてる 難波に下り 住吉の 御津に船乗り 直渡り 日の入る国に 任けらゆる 我が背の君を かけまくの ゆゆし畏き 住吉の 我が大御神 船の舳に 領きいまし 船艫に み立たしまして さし寄らむ 礒の崎々 漕ぎ泊てむ 泊り泊りに 荒き風 波にあはせず 平けく 率て帰りませ もとの朝廷に
#[仮名],そらみつ,やまとのくに,あをによし,ならのみやこゆ,おしてる,なにはにくだり,すみのえの,みつにふなのり,ただわたり,ひのいるくにに,まけらゆる,わがせのきみを,かけまくの,ゆゆしかしこき,すみのえの,わがおほみかみ,ふなのへに,うしはきいまし,ふなともに,みたたしまして,さしよらむ,いそのさきざき,こぎはてむ,とまりとまりに,あらきかぜ,なみにあはせず,たひらけく,ゐてかへりませ,もとのみかどに
#[左注](右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉)
#[校異]舟 -> 丹 [西(訂正)][元][文][紀] / 船 -> 舶 [元][文][紀]
#[鄣W],天平5年,年紀,遣唐使,枕詞,地名,大阪,儀礼歌,道行き,祈願,餞別,出発,羈旅,伝誦,高安種麻呂,天平勝宝3年
#[訓異]
#[大意]そらみつ大和の国のあをによし奈良の都から押してる難波に下って、住吉の御津に船に乗って、直接に海を渡って日の入る国に任命される我が背の君を、言葉にかけるのもはばかられ恐れ多い住吉の我が大御神よ。船の舳に領有なさって船の艫にお立ちになって、寄っていく磯の崎々や漕いで泊まる港々に荒い風や波に逢わせないで平穏に率いてお帰りなさい。もとの大和の国に
#{語釈]
天平五年贈入唐使歌 大使従四位上多治比真人広成 5/894 8/1453 9/1790

直渡り 直越え 回り道をしないでまっすぐに渡る

日入る国 隋書倭国伝 聖徳太子の国書「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」

住吉の我が大御神 5/894

#[説明]
6/1020、21 と類似
船旅の安全を祈る歌が元来あって、それが利用されているか。(小島憲之)

#[関連論文]


#[番号]19/4246
#[題詞](天平五年贈入唐使歌一首[并短歌] [作主未詳])反歌一首
#[原文]奥浪 邊波莫越 君之舶 許藝可敝里来而 津尓泊麻泥
#[訓読]沖つ波辺波な越しそ君が船漕ぎ帰り来て津に泊つるまで
#[仮名],おきつなみ,へなみなこしそ,きみがふね,こぎかへりきて,つにはつるまで
#[左注](右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉)
#[校異]様 -> 掾 [元][文][紀]
#[鄣W],天平5年,年紀,遣唐使,餞別,出発,羈旅,伝誦,高安種麻呂,天平勝宝3年,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]沖の波も岸辺の波も船を越えるほどは立つなよ。君の船が漕いで帰って来て港に泊まるまで
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4247
#[題詞]阿倍朝臣老人遣唐時奉母悲別歌一首
#[原文]天雲能 曽伎敝能伎波美 吾念有 伎美尓将別 日近成奴
#[訓読]天雲のそきへの極み我が思へる君に別れむ日近くなりぬ
#[仮名],あまくもの,そきへのきはみ,あがもへる,きみにわかれむ,ひちかくなりぬ
#[左注]右件歌者傳誦之人越中大目高安倉人種麻呂是也 但年月次者随聞之時載於此焉
#[校異]
#[鄣W],天平5年,年紀,作者:阿倍老人母,遣唐使,餞別,出発,羈旅,悲別,高安種麻呂,天平勝宝3年,伝誦,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]天雲が遠く流れていくはるか彼方であっても自分は恋い思うあなたと別れる日が近くなったことだ
#{語釈]
阿倍朝臣老人(おきな) 伝未詳

天雲のそきへの極み 天雲が流れていくはるか彼方 4/553 9/1801 3/420

右件の歌は、傳誦の人、越中大目高安倉人種麻呂是也。但し年月、次(つぎて)は、聞きし時のまにまに此に載す。

高安倉人種麻呂 伝未詳
伊藤博 正税帳使久米広縄と共に上京し、一足先に帰って、件の歌を家持に伝えたものか。

#[説明]
4244に応えた形のもの

#[関連論文]


#[番号]19/4248
#[題詞]以七月十七日遷任少納言 仍作悲別之歌贈貽朝集使<掾>久米朝臣廣縄之館二首 /既満六載之期忽値遷替之運 於是別舊之悽心中欝結 拭渧之袖何以能旱 因作悲歌二首式遺莫忘之志 其詞曰
#[原文]荒玉乃 年緒長久 相見氐之 彼心引 将忘也毛
#[訓読]あらたまの年の緒長く相見てしその心引き忘らえめやも
#[仮名],あらたまの,としのをながく,あひみてし,そのこころひき,わすらえめやも
#[左注](右八月四日贈之)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年8月4日,年紀,,作者:大伴家持,,宴席,餞別,悲別,羈旅,出発,久米広縄,高岡,富山,枕詞
#[訓異]
#[大意]あらたまの年月長くともに見ていたその心寄せは忘れることがあろうか
#{語釈]
七月十七日を以て少納言に選任す。仍(よ)りて悲別の歌を作り、朝集使<掾>久米朝臣廣縄之館に贈り貽(のこ)す二首
既に六載の期に満ち、忽に遷替の運(とき)に値(あ)ふ。是に、舊きを別るる悽(かな)しびは、心中に欝結(むすぼ)ほれ、なみだを拭(のご)ふ袖は、何を以てか能く旱(ほ)さむ。因りて悲歌二首を作り、式(も)ちて莫忘(ばくぼう)の志を遺(のこ)す。其の詞に曰く

天平勝宝三年七月十七日 家持少納言選任 続日本紀に見えない。

朝集使 久米広縄は正税帳使として二月に上京。4252題詞にも正税帳使 正税帳使の誤りか

贈り貽(のこ)す 広縄は上京中であったので、歌を書き残すと言ったもの。

六載の期に満ち 天平十八年(746)六月に越中守任官。現在(751)まであしかけ六年。
国司の任期はまちまち。天平宝字二年十月詔で六年に改訂。

遷替 転任 配置換え

運 機会、チャンス

舊きを別るる悽しび 旧友(広縄)と別れる悲しみ
久米広縄は、池主の後任として天平十九年秋頃着任

莫忘の志 親しかった今までのことを忘れないという気持ち

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4249
#[題詞](以七月十七日遷任少納言 仍作悲別之歌贈貽朝集使<掾>久米朝臣廣縄之館二首 /既満六載之期忽値遷替之運 於是別舊之悽心中欝結 拭な之袖何以能旱 因作悲歌二首式遺莫忘之志 其詞曰)
#[原文]伊波世野尓 秋芽子之努藝 馬並 始鷹猟太尓 不為哉将別
#[訓読]石瀬野に秋萩しのぎ馬並めて初鷹猟だにせずや別れむ
#[仮名],いはせのに,あきはぎしのぎ,うまなめて,はつとがりだに,せずやわかれむ
#[左注]右八月四日贈之
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年8月4日,年紀,作者:大伴家持,地名,富山,鷹狩り,宴席,餞別,悲別,出発,久米広縄,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]石瀬野に秋萩を押し靡かせて馬を並べて初鷹猟をしようと思っていたのに、それさえもしないで別れることであろうか。
#{語釈]
石瀬野 4154

初鷹猟 シーズン初めに行われる鷹狩り。

秋萩しのぎ 押し靡かせる 8/1609 10/2143

#[説明]
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#[番号]19/4250
#[題詞]便附大帳使取八月五日應入京師 因此以四日設國厨之饌於介内蔵伊美吉縄麻呂舘餞之 于時大伴宿祢家持作歌一首
#[原文]之奈謝可流 越尓五箇年 住々而 立別麻久 惜初夜可<毛>
#[訓読]しなざかる越に五年住み住みて立ち別れまく惜しき宵かも
#[仮名],しなざかる,こしにいつとせ,すみすみて,たちわかれまく,をしきよひかも
#[左注]
#[校異]作歌 [元] 作 / 母 -> 毛 [元][類][文]
#[鄣W],天平勝宝3年8月5日,年紀,作者:大伴家持,枕詞,餞別,悲別,宴席,内蔵縄麻呂,出発,羈旅,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]しなざかる越に五年ずっと住んできて立ち別れることが心残りな宵であることだ
#{語釈]
便(すなは)ち、大帳使に附き、八月五日を取りて京師に進入(い)らむとす。此に因りて四日を以て國厨(こくちゅう)の饌(そなへ)を介内蔵伊美吉縄麻呂が舘に設け餞す。 時に大伴宿祢家持作る歌一首

大帳使に就任して 戸籍に関する帳簿(大帳)を以て、例年八月末までに太政官に報告する使者。
正税帳使、朝集使、貢調使と合わせて四度使

取りて 佳日を選んで 17/3927

國厨の饌 国府の厨房で準備した料理 公式の餞別の宴

しなざかる 4154

五年 国司の任期を概数で言ったもの。 18/4113 ここでは三年を五年と言っている。
国司の任期は、場所と次期でまちまち
5/880を踏まえたものか。

#[説明]
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#[番号]19/4251
#[題詞]五日平旦上道 仍國司次官已下諸僚皆共視送 於時射水郡大領安努君廣嶋 門前之林中預設<餞饌>之宴 于<此>大帳使大伴宿祢家持和内蔵伊美吉縄麻呂捧盞之歌一首
#[原文]玉桙之 道尓出立 徃吾者 公之事跡乎 負而之将去
#[訓読]玉桙の道に出で立ち行く我れは君が事跡を負ひてし行かむ
#[仮名],たまほこの,みちにいでたち,ゆくわれは,きみがこととを,おひてしゆかむ
#[左注]
#[校異]饌餞 -> 餞饌 [元][類] / 時 -> 此 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝3年8月5日,年紀,作者:大伴家持,餞別,出発,羈旅,悲別,枕詞,内蔵縄麻呂,高岡,富山
#[訓異]
#[大意]たまほこの道に出立して行く自分は、あなたの業績を背負って行こう
#{語釈]
五日の平旦(へいたん)に道に上(のぼ)る。仍(よ)りて國司の次官已下の諸僚皆共に視送る。時に、射水の郡の大領安努君廣嶋が門前の林中に預(あらかじ)め餞饌(せんさん)の宴を設(ま)く。<此>に、大帳使大伴宿祢家持、内蔵伊美吉縄麻呂が盞(さかづき)を捧(ささ)ぐる歌に和(こた)ふる一首

平旦 寅の刻 午前四時頃

道に上る 都に向かって出発する

射水の郡 高岡市周辺

大領 郡司の長官

安努君廣嶋 地方豪族 伝未詳

餞饌の宴 餞別の宴

内蔵伊美吉縄麻呂が盞を捧ぐる歌 歌は載せられていない。 18/4070 4085

事跡 事の跡 業績 昇任、転任などの根拠となる考課の対象としての業績
古事記 事戸 絶縁 別離の言葉
戸は、甲類、跡は乙類であるから同一とは言えない


#[説明]
後に残る部下に対する挨拶歌。謝意を込めた。

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#[番号]19/4252
#[題詞]正税帳使掾久米朝臣廣縄事畢退任 適遇於越前國掾大伴宿祢池主之舘 仍共飲樂也 于時久米朝臣廣縄矚芽子花作歌一首
#[原文]君之家尓 殖有芽子之 始花乎 折而挿頭奈 客別度知
#[訓読]君が家に植ゑたる萩の初花を折りてかざさな旅別るどち
#[仮名],きみがいへに,うゑたるはぎの,はつはなを,をりてかざさな,たびわかるどち
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年8月5日,年紀,作者:久米広縄,大伴池主,大伴家持,福井,武生,羈旅,植物,悲別
#[訓異]
#[大意]あなたの家に植えた萩の初花を手折ってかざそう。旅に別れるもの同士よ。
#{語釈]
正税帳使掾久米朝臣廣縄、事畢(おは)り、任に退(まか)る。適(たまさか)に越前國掾大伴宿祢池主の舘にして遇(あ)ひ、仍(よ)りて共(とも)に飲樂す。時に久米朝臣廣縄、芽子の花を矚(み)て作る歌一首

#[説明]
私注 三人は親密なので、あらかじめの打ち合わせもあったのだろう

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#[番号]19/4253
#[題詞]大伴宿祢家持和歌一首
#[原文]立而居而 待登待可祢 伊泥氐来之 君尓於是相 挿頭都流波疑
#[訓読]立ちて居て待てど待ちかね出でて来し君にここに逢ひかざしつる萩
#[仮名],たちてゐて,まてどまちかね,いでてこし,きみにここにあひ,かざしつるはぎ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年8月5日,年紀,作者:大伴家持,植物,大伴池主,久米広縄,福井,武生,羈旅,悲別,離別
#[訓異]
#[大意]立ったり座ったりしてあなたの帰国を待ったが待ちかねて出て来たが、そのあなたにここで出会いかざした萩であることだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4254
#[題詞]向京路上依興預作侍宴應詔歌一首[并短歌]
#[原文]蜻嶋 山跡國乎 天雲尓 磐船浮 等母尓倍尓 真可伊繁貫 伊許藝都遣 國看之勢志氐 安母里麻之 掃平 千代累 弥嗣継尓 所知来流 天之日継等 神奈我良 吾皇乃 天下 治賜者 物乃布能 八十友之雄乎 撫賜 等登能倍賜 食國毛 四方之人乎母 安<夫>左波受 (ヌ)賜者 従古昔 無利之瑞 多婢<末>祢久 申多麻比奴 手拱而 事無御代等 天地 日月等登聞仁 万世尓 記續牟曽 八隅知之 吾大皇 秋花 之我色々尓 見賜 明米多麻比 酒見附 榮流今日之 安夜尓貴左
#[訓読]蜻蛉島 大和の国を 天雲に 磐舟浮べ 艫に舳に 真櫂しじ貫き い漕ぎつつ 国見しせして 天降りまし 払ひ平げ 千代重ね いや継ぎ継ぎに 知らし来る 天の日継と 神ながら 我が大君の 天の下 治めたまへば もののふの 八十伴の男を 撫でたまひ 整へたまひ 食す国も 四方の人をも あぶさはず 恵みたまへば いにしへゆ なかりし瑞 度まねく 申したまひぬ 手抱きて 事なき御代と 天地 日月とともに 万代に 記し継がむぞ やすみしし 我が大君 秋の花 しが色々に 見したまひ 明らめたまひ 酒みづき 栄ゆる今日の あやに貴さ
#[仮名],あきづしま,やまとのくにを,あまくもに,いはふねうかべ,ともにへに,まかいしじぬき,いこぎつつ,くにみしせして,あもりまし,はらひたひらげ,ちよかさね,いやつぎつぎに,しらしくる,あまのひつぎと,かむながら,わがおほきみの,あめのした,をさめたまへば,もののふの,やそとものをを,なでたまひ,ととのへたまひ,をすくにも,よものひとをも,あぶさはず,めぐみたまへば,いにしへゆ,なかりししるし,たびまねく,まをしたまひぬ,たむだきて,ことなきみよと,あめつち,ひつきとともに,よろづよに,しるしつがむぞ,やすみしし,わがおほきみ,あきのはな,しがいろいろに,めしたまひ,あきらめたまひ,さかみづき,さかゆるけふの,あやにたふとさ
#[左注]
#[校異]之 [元] 乃 / 毛 [紀][細] 之 / 天 -> 夫 [万葉集略解] / 未 -> 末 [代匠記精撰本] / 等 [元] 尓
#[鄣W],天平勝宝3年8月5日,年紀,作者:大伴家持,依興,予作,儀礼歌,応詔,宴席,枕詞,架空,羈旅,寿歌
#[訓異]
#[大意]蜻蛉島、大和の国を天雲に磐船を浮かべて船尾や船首に両舷に櫂をたくさん貫いて漕ぎながら国見をなさって天降りになって国中の賊を打ち払い平らげ、何代も重ねてますます継いで継いでお治めになって来る天の日継ぎとして神であるままに我が大君が天下をお治めになるので、もののふの大勢の伴の緒の官人たちをいつくしみなさり、統率なさり、お治めになる国もその四方の人々をももれなくお恵みになるので、古来からなかった瑞兆が何度も奏上される。ゆったりと腕を組んで何事もない平和な御代として、天地や日月とともに万代までも記し伝えられることであろう。やすみしし我が大君よ。秋の花のその色とりどりのをそれぞれご覧になり、御心を明るくなさって酒宴を催されて栄えている今日のたいそう貴いことだ。

#{語釈]
京に向かふ路の上にして、興に依りて預(あらかじ)め作る侍宴應詔の歌

磐船 天降る神の乗る堅固な船
神武紀 抑又(はたまた)、塩土老翁(しほつつのをぢ)に聞(き)きき。曰(い)ひしく、『東(ひむがしのかた)に美(よ)き地(くに)有り。青山(あをやま)四(よもに)周(めぐ)れり。其(そ)の中(なか)に亦(また)、天磐船(あまのいはふね)に乗(の)りて飛(と)び降(くだ)る者(もの)有り』といひき。余(われ)謂(おも)ふに、彼(そ)の地(くに)は、必(かなら)ず以(も)て大業(あまつひつぎ)を恢弘(ひらきの)べて、天下(あまのした)に光宅(みちを)るに足(た)りぬべし。蓋(けだ)し六合(くに)の中心(もなか)か。厥(そ)の飛び降(くだ)るといふ者(もの)は、是(これ)饒速日(にぎはやひ)と謂(い)ふか。何(なに)ぞ就(ゆ)きて都(みやこ)つくらざらむ」とのたまふ。

03/0292D01角麻呂歌四首
03/0292H01ひさかたの天の探女が岩船の泊てし高津はあせにけるかも

高津(参考)
津(ノ)国(ノ)風土記に云(イハク)、難波高津(ナニハノタカツ)は、天稚彦(アメワカヒコ)天下(アマクダ)りし時、天稚彦(アメワカヒコ)に属(つき)て下(クダ)れる神天(アメ)の探女(さぐめ)、磐舟(イハフネ)に乗(ノリ)て爰(ココ)に至る。天磐船(アメノイハフネ)の泊(はつ)る故を以(モチ)て、高津(たかつ)と号すと云々。(続歌林良材集上)

いや継ぎ継ぎに
01/0029H03生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下
03/0324H02いや継ぎ継ぎに 玉葛 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ
06/0907H02いや継ぎ継ぎに 万代に かくし知らさむ み吉野の 秋津の宮は
18/4098H06この山の いや継ぎ継ぎに かくしこそ 仕へまつらめ いや遠長に
19/4254H03いや継ぎ継ぎに 知らし来る 天の日継と 神ながら 我が大君の
19/4266H01あしひきの 八つ峰の上の 栂の木の いや継ぎ継ぎに 松が根の
20/4465H11いや継ぎ継ぎに 見る人の 語り継ぎてて 聞く人の

撫でたまひ
18/4094H12撫でたまひ 治めたまへば ここをしも あやに貴み 嬉しけく

食す国も 四方の人をも 西、元 食国毛 紀、文 食国之
お治めになる国ばかりでなく、四方の人までも
八紘一宇の考え方

あぶさはず あぶす 余す 除外する 反復継続の「ふ」 余すところなく

いにしへゆ なかりし瑞 度まねく 申したまひぬ 瑞兆思想
01/0050H07寄し巨勢道より 我が国は 常世にならむ 図負へる くすしき亀も
01/0050H08新代と 泉の川に 持ち越せる 真木のつまでを 百足らず 筏に作り

手抱きて 手を組んで ゆったりと腕を組んで
06/0973H02手抱きて 我れはいまさむ 天皇我れ うづの御手もち かき撫でぞ
世の中が平和で治まっていることへの大君への讃美

記し継がむぞ 全釈 語りつがむとあるのを常とするに、ここに記しつがむとなるのは、口から口に伝えるよりも、漸く記録の時代に入ったことを物語るものである。

しが色々に 季節が秋であることから言った。
その秋の花のそれぞれの花の色を

明らめたまひ
03/0478H03鶉雉踏み立て 大御馬の 口抑へとめ 御心を 見し明らめし 活道山
17/3993H14君がまにまと かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや
18/4094H08明らめたまひ 天地の 神相うづなひ すめろきの 御霊助けて
19/4187H01思ふどち ますらをのこの 木の暗の 繁き思ひを 見明らめ 心遣らむと
19/4254H08我が大君 秋の花 しが色々に 見したまひ 明らめたまひ 酒みづき
19/4267H01天皇の御代万代にかくしこそ見し明きらめめ立つ年の端に
20/4360H05見のさやけく ものごとに 栄ゆる時と 見したまひ 明らめたまひ
20/4485H01時の花いやめづらしもかくしこそ見し明らめめ秋立つごとに

酒みづき 酒にひたる 酒宴を催す 君臣和楽の思想
宴を仮想しているので言う
18/4059H01橘の下照る庭に殿建てて酒みづきいます我が大君かも
18/4116H06蓬かづらき 酒みづき 遊びなぐれど 射水川 雪消溢りて
19/4254H08我が大君 秋の花 しが色々に 見したまひ 明らめたまひ 酒みづき

あやに 何とも言えず むしょうに たいそう

#[説明]
宮廷人の一員として、天皇の肆宴に参加し、君臣和楽の歌を歌っている自分への期待が現れたもの

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#[番号]19/4255
#[題詞](向京路上依興預作侍宴應詔歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]秋時花 種尓有等 色別尓 見之明良牟流 今日之貴左
#[訓読]秋の花種にあれど色ごとに見し明らむる今日の貴さ
#[仮名],あきのはな,くさぐさにあれど,いろごとに,めしあきらむる,けふのたふとさ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年8月5日,年紀,作者:大伴家持,依興,予作,応詔,儀礼歌,宴席,架空,植物,寿歌,羈旅
#[訓異]
#[大意]秋の花は様々に種類はあるが、花の色ごとにご覧になり心を明るくされる今日の貴さよ。
#{語釈]
秋の花種にあれど 原文 秋時花種尓有等
元、類 あきのとき、はなくさにありと
代匠記 あきのとき、はなくさにあれと
考 あきのはな、くさぐさなれど
全釈 秋時花 で秋の花と訓む

#[説明]
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#[番号]19/4256
#[題詞]為壽左大臣橘卿預作歌一首
#[原文]古昔尓 君之三代經 仕家利 吾大主波 七世申祢
#[訓読]いにしへに君が三代経て仕へけり我が大主は七代申さね
#[仮名],いにしへに,きみがみよへて,つかへけり,あがおほぬしは,ななよまをさね
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年8月5日,年紀,作者:大伴家持,予作,橘諸兄,寿歌
#[訓異]
#[大意]往古に大君の三代にわたって仕えたという。我が主の君は七代執政ください。
#{語釈]
いにしへに君が三代経て仕へけり
代匠記初稿本、全釈、全註釈、注釈、集成 武内宿禰
古義、代匠記精撰本 葛城王時代の諸兄
考、略解 県犬養宿禰三千代

天平八年十一月十一日の橘氏賜姓の上表文をもとにしているとすると武内宿禰
孝元、成務、仲哀、応神、仁徳に大臣として仕えた

大主 橘諸兄のこと

七代 具体的な代数ではなく、三代、七代と象徴的な数字を掲げている

申さね 奏上する 大臣として天下の政治をとり、天皇に奏上する

#[説明]
憶良の旅人への送別歌に学んだか
05/0879H01万世にいましたまひて天の下奏したまはね朝廷去らずて
05/0882H01我が主の御霊賜ひて春さらば奈良の都に召上げたまはね

#[関連論文]


#[番号]19/4257
#[題詞]十月廿二日於左大辨紀飯麻呂朝臣家宴歌三首
#[原文]手束弓 手尓取持而 朝猟尓 君者立<之>奴 多奈久良能野尓
#[訓読]手束弓手に取り持ちて朝狩りに君は立たしぬ棚倉の野に
#[仮名],たつかゆみ,てにとりもちて,あさがりに,きみはたたしぬ,たなくらののに
#[左注]右一首治部卿船王傳誦之 久邇京都時歌 [未詳作<主>也]
#[校異]去 -> 之 [元][類] / 至 -> 主 [元][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝3年10月22日,年紀,宴席,古歌,伝誦,船王,狩猟,大君,久邇京,天平13年
#[訓異]
#[大意]手束弓を手に取り持って朝の狩に君はお立ちになった。棚倉の野に
#{語釈]
紀飯麻呂 天平元年八月 従五位下
五年三月 従五位上
十二年九月 広嗣の鎮圧軍の副将軍
十三年閏三月 従四位下
七月 春宮大夫従四位下紀朝臣飯麻呂爲右大弁
十八年九月 常陸守
天平勝宝元年二月 大倭守
七月 従四位上
五年九月 大貳
六年四月 大蔵卿
九月 右京大夫
天平宝字元年七月 右大弁
八月 正四位下 参議
三年六月 正四位上
六年正月 従三位
七月 薨去

題詞の官職は、後の記載ということになる。

船王 舎人皇子の子 淳仁天皇の兄 神亀四年 従四位下
天平宝字元年 親王 従三位
天平宝字八年 淳仁天皇廃位とともに王位に降下
藤原仲麻呂の謀反により隠岐に流罪

手束弓 手束がある立派な弓

君 聖武天皇 安積皇子

棚倉の野 京都府相楽郡山城町 蹢R奈良線の棚倉駅付近

#[説明]
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#[番号]19/4258
#[題詞](十月廿二日於左大辨紀飯麻呂朝臣家宴歌三首)
#[原文]明日香河 々戸乎清美 後居而 戀者京 弥遠曽伎奴
#[訓読]明日香川川門を清み後れ居て恋ふれば都いや遠そきぬ
#[仮名],あすかがは,かはとをきよみ,おくれゐて,こふればみやこ,いやとほそきぬ
#[左注]右一首左中辨中臣朝臣清麻呂傳誦 古京時歌也
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年10月22日,年紀,地名,明日香,奈良,中臣清麻呂,伝誦,古歌,恋情,宴席
#[訓異]
#[大意]明日香川の川幅の狭まったところが清らかなので、後に残っていて恋い思っていると都はますます遠くなってしまった
#{語釈]
中臣朝臣清麻呂 天平十五年五月 従五位下
天平勝宝三年正月 従五位上
六年四月 神祇大副
天平宝字元年五月 正五位下
三年六月 正五位上
六年正月 従四位上
七月 左中弁
十二月 参議
九月 正四位上
七年正月 左大弁
神護景雲二年二月 中納言
宝亀元年十月 正三位
二年正月 大納言
三月 右大臣
延暦七年七月 薨去 八十七歳

川門 川幅の狭まった所

後れいて 後に残っていて

いや遠そきぬ 藤原京から平城京へとますます遠のいていった様子

#[説明]
古都懐古 かつての栄えていた明日香への追懐の気持ち
志貴皇子歌
01/0051H01采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く

#[関連論文]


#[番号]19/4259
#[題詞](十月廿二日於左大辨紀飯麻呂朝臣家宴歌三首)
#[原文]十月 之具礼能常可 吾世古河 屋戸乃黄葉 可落所見
#[訓読]十月時雨の常か我が背子が宿の黄葉散りぬべく見ゆ
#[仮名],かむなづき,しぐれのつねか,わがせこが,やどのもみちば,ちりぬべくみゆ
#[左注]右一首少納言大伴宿祢家持當時矚梨黄葉作此歌也
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝3年10月22日,年紀,作者:大伴家持,植物,属目,宴席
#[訓異]
#[大意]十月の時雨の習わしなのだろうか。我が背子の家の黄葉の葉は散りそうに見える。
#{語釈]
時に當(あた)りて梨の黄葉を矚(み)て此の歌を作る

#[説明]
黄葉の美しさを述べることによって、宴の主人飯麻呂を讃えている歌
08/1590H01十月時雨にあへる黄葉の吹かば散りなむ風のまにまに
と関係した類想歌か

類想歌を想起したのは、池主の歌が奈良麻呂結集宴のもの
出席者の関係

紀飯麻呂 久邇京の留守官、天平一六年安積皇子、天平宝字元年正月橘諸兄の喪事監護
船王 林王宅における奈良麻呂同席宴 諸兄主催宴に同席
舎人親王の子として、重要な位置
中臣清麻呂 弘福寺田数帳 飯麻呂と連名

宴の四人 久邇京時代からの旧知の間柄

三首の歌 船王歌 安積皇子を想起する久邇京時代の歌
中臣清麻呂 明日香古京への追懐 久邇京を意識しているか
家持 奈良麻呂結集宴を想起

懐古を主題としたつながりがあるか。

#[関連論文]


#[番号]19/4260
#[題詞]壬申年之乱平定以後歌二首
#[原文]皇者 神尓之座者 赤駒之 腹婆布田為乎 京師跡奈之都
#[訓読]大君は神にしませば赤駒の腹這ふ田居を都と成しつ
#[仮名],おほきみは,かみにしませば,あかごまの,はらばふたゐを,みやことなしつ
#[左注]右一首大将軍贈右大臣大伴卿作 (右件二首天平勝寶四年二月二日聞之 即載於茲也)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年2月2日,年紀,作者:大伴御行,古歌,伝誦,天武朝,大君讃美
#[訓異]
#[大意]大君は神でいらしゃるので、赤駒が腹までつかって足をとられるような泥田を都としたことだ
#{語釈]
大君は神にしませば
02/0205H01大君は神にしませば天雲の五百重が下に隠りたまひぬ
03/0235H01大君は神にしませば天雲の雷の上に廬りせるかも
03/0235H02大君は神にしませば雲隠る雷山に宮敷きいます
03/0241H01大君は神にしませば真木の立つ荒山中に海を成すかも

赤駒 赤(茶色)の馬
元気な馬
04/0530H01赤駒の越ゆる馬柵の標結ひし妹が心は疑ひもなし
05/0804H13手握り持ちて 赤駒に 倭文鞍うち置き 這ひ乗りて
07/1141H01武庫川の水脈を早みか赤駒の足掻くたぎちに濡れにけるかも
11/2510H01赤駒が足掻速けば雲居にも隠り行かむぞ袖まけ我妹
12/3069H01赤駒のい行きはばかる真葛原何の伝て言直にしよけむ
13/3278H01赤駒を 馬屋に立て 黒駒を 馬屋に立てて そを飼ひ 我が行くがごと
14/3534H01赤駒が門出をしつつ出でかてにせしを見立てし家の子らはも
14/3536H01赤駒を打ちてさ緒引き心引きいかなる背なか我がり来むと言ふ
14/3540H01左和多里の手児にい行き逢ひ赤駒が足掻きを速み言問はず来ぬ
20/4417H01赤駒を山野にはがし捕りかにて多摩の横山徒歩ゆか遣らむ

腹這ふ田居 馬の腹がつかるぐらいの湿田

大将軍贈右大臣大伴卿 大伴御行 長徳の子、旅人の父安麻呂の兄
大将軍は不明。
大宝元年薨去。正広貳右大臣追贈

#[説明]
天武天皇の現人神観念が生まれた時

#[関連論文]


#[番号]19/4261
#[題詞](壬申年之乱平定以後歌二首)
#[原文]大王者 神尓之座者 水鳥乃 須太久水奴麻乎 皇都常成通 [作者<未>詳]
#[訓読]大君は神にしませば水鳥のすだく水沼を都と成しつ [作者<未>詳]
#[仮名],おほきみは,かみにしませば,みづとりの,すだくみぬまを,みやことなしつ
#[左注]右件二首天平勝寶四年二月二日聞之 即載於茲也
#[校異]不 -> 未 [元][類][文]
#[鄣W],天平勝宝4年2月2日,年紀,伝誦,古歌,天武朝,大君讃美
#[訓異]
#[大意]大君は神でいらっしゃるので水鳥の多く集まる水沼を都となされたことだ
#{語釈]
水鳥のすだく水沼 すだく 多く集まる
11/2833H01葦鴨のすだく池水溢るともまけ溝の辺に我れ越えめやも
17/4011H20多古の島 飛びた廻り 葦鴨の すだく古江に 一昨日も

#[説明]
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#[番号]19/4262
#[題詞]閏三月於衛門督大伴古慈悲宿祢家餞之入唐副使同胡麻呂宿祢等歌二首
#[原文]韓國尓 由伎多良波之氐 可敝里許牟 麻須良多家乎尓 美伎多弖麻都流
#[訓読]唐国に行き足らはして帰り来むますら健男に御酒奉る
#[仮名],からくにに,ゆきたらはして,かへりこむ,ますらたけをに,みきたてまつる
#[左注]右一首多治比真人鷹主壽副使大伴胡麻呂宿祢也 (右件歌傳誦大伴宿祢村上同清継等是也)
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年閏3月,年紀,作者:丹比鷹主,遣唐使,大伴古麻呂,出発,餞別,宴席,羈旅,大伴古慈悲,伝誦,古歌,大伴村上,寿歌
#[訓異]
#[大意]唐国へ行って任を果たし帰ってくるであろう大夫の勇猛な男に御酒を捧げます
#{語釈]
衛門督 宮中の諸門を護る衛門府の長官

大伴古慈悲 吹負の孫 祖父麻呂(おやじまろ)の子
天平11 従五位下
天平勝宝元年 従四位上
8年 朝廷誹謗の讒言で罪 喩族歌(20/4465)
9年 土佐守 奈良麻呂乱に連座。任国に流罪
宝亀元年 大和守
8年 従三位薨去 83歳

胡麻呂 旅人の甥 宿奈麻呂の子か
4/567左注
天平17年 従五位下
天平勝宝2年 遣唐副使
4年 渡唐
6年 帰朝
9年 奈良麻呂の乱 杖下に死

唐国 もともとは朝鮮半島慶州南道釜山あたりの金官国、日本側は任那を「から」と称していたが、朝鮮半島全体を指すようになり、中国を言うようになる。

行き足らはして 行って十分なことをして 目的を達成して

御酒奉る 06/0973D01天皇賜酒節度使卿等御歌一首[并短歌]

多治比真人鷹主 伝未詳 奈良麻呂の乱に連座 処罰

#[説明]
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#[番号]19/4263
#[題詞](閏三月於衛門督大伴古慈悲宿祢家餞之入唐副使同胡麻呂宿祢等歌二首)
#[原文]梳毛見自 屋中毛波可自 久左麻久良 多婢由久伎美乎 伊波布等毛比氐 [作<者>未詳]
#[訓読]櫛も見じ屋内も掃かじ草枕旅行く君を斎ふと思ひて
#[仮名],くしもみじ,やぬちもはかじ,くさまくら,たびゆくきみを,いはふともひて [作<者>未詳]
#[左注]右件歌傳誦大伴宿祢村上同清継等是也
#[校異]主 -> 者 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝4年閏3月,年紀,古歌,伝誦,遣唐使,大伴古慈悲,大伴古麻呂,大伴村上,枕詞,出発,餞別,羈旅,悲別,神祭り,寿歌
#[訓異]
#[大意]櫛も見るまい。家の中も掃除はするまい。草枕旅に行くあなたの無事を祈って潔斎すると思って
#{語釈]
櫛も見じ屋内も掃かじ 旅に行く人の安全を祈ってその人がいた時のままにしておくこと
仙覚 人のものへありきたるあとには、三日はいへのには、はかず、すかふくしを、みずといふことのある也

斎ふ 潔斎して無事を祈る
15/3583H01ま幸くて妹が斎はば沖つ波千重に立つとも障りあらめやも

傳誦 二人の名が並列されているのは、
全註釈 一人が忘れた所を他の一人が補った
もとは数首あったが散逸した
評釈 二人が同じことを伝えた
私注 彼ら数人が声に出して歌った


大伴宿祢村上 天平勝宝6年頃 民部少丞
宝亀2 従五位下 肥後介
3 阿波守
8/1436,7 20/4299

清継 伝未詳

#[説明]
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#[番号]19/4264
#[題詞]勅従四位上高麗朝臣福信遣於難波賜酒肴入唐使藤原朝臣清河等御歌一首[并短歌]
#[原文]虚見都 山跡乃國波 水上波 地徃如久 船上波 床座如 大神乃 鎮在國曽 四舶 々能倍奈良倍 平安 早渡来而 還事 奏日尓 相飲酒曽 <斯>豊御酒者
#[訓読]そらみつ 大和の国は 水の上は 地行くごとく 船の上は 床に居るごと 大神の 斎へる国ぞ 四つの船 船の舳並べ 平けく 早渡り来て 返り言 奏さむ日に 相飲まむ酒ぞ この豊御酒は
#[仮名],そらみつ,やまとのくには,みづのうへは,つちゆくごとく,ふねのうへは,とこにをるごと,おほかみの,いはへるくにぞ,よつのふね,ふなのへならべ,たひらけく,はやわたりきて,かへりこと,まをさむひに,あひのまむきぞ,このとよみきは
#[左注](右發遣 勅使并賜酒樂宴之日月未得詳審也)
#[校異]船 [元] 舶 / 期 -> 斯 [元][細]
#[鄣W],天平勝宝4年閏3月,年紀,作者:孝謙天皇,古歌,伝誦,藤原清河,遣唐使,高麗福信,餞別,出発,羈旅,枕詞
#[訓異]
#[大意]そらみつ大和の国は水の上は地面の上を行くように静かに、船の上は固い床にいるように確かに安定して大神が鎮まり守る国であるぞ。四つの船よ。船の舳先を並べて、平安に早く渡ってきて、復命を申し上げる日に共に飲もうと思う酒であるぞ。この豊御酒は。
#{語釈]
高麗朝臣福信 続紀 天平十年三月 背奈公福信 外従五位下
十一年七月 従五位下
天平勝宝二年正月 賜高麗朝臣姓
延暦八年 薨去 従三位 八十一歳
元来武蔵国高麗郡(埼玉県川越市あたり)にいた渡来系

賜酒肴 孝謙天皇の使い 聖武天皇の歌 6/971と類似

大神の斎へる国ぞ 安定して 安泰に 大神が鎮座している
原文「鎮」 旧訓 しづむ
略解 「在」字があるので、いはへる

#[説明]
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#[番号]19/4265
#[題詞](勅従四位上高麗朝臣福信遣於難波賜酒肴入唐使藤原朝臣清河等御歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]四舶 早還来等 白香著 朕裳裙尓 鎮而将待
#[訓読]四つの船早帰り来としらか付け我が裳の裾に斎ひて待たむ
#[仮名],よつのふね,はやかへりこと,しらかつけ,わがものすそに,いはひてまたむ
#[左注]右發遣 勅使并賜酒樂宴之日月未得詳審也
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年閏3月,年紀,作者:孝謙天皇,古歌,伝誦,藤原清河,遣唐使,高麗福信,餞別,出発,羈旅,寿歌,神祭り
#[訓異]
#[大意]四つの船は早く帰って来なさいとしらかを付けて自分の裳の裾に潔斎して待っていよう。
#{語釈]
しらか 純白の祭祀用の布、幣帛
03/0379H02しらか付け 木綿取り付けて 斎瓮を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉を
12/2996H01しらかつく木綿は花もの言こそばいつのまえだも常忘らえね

我が裳の裾 裳には神秘な力が宿っていると信じられていたことから言う
鎮懐石 古事記、5/813

#[説明]
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#[番号]19/4266
#[題詞]為應詔儲作歌一首[并短歌]
#[原文]安之比奇能 八峯能宇倍能 都我能木能 伊也継々尓 松根能 絶事奈久 青丹余志 奈良能京師尓 万代尓 國所知等 安美知之 吾大皇乃 神奈我良 於母保之賣志弖 豊宴 見為今日者 毛能乃布能 八十伴雄能 嶋山尓 安可流橘 宇受尓指 紐解放而 千年保伎 <保>吉等餘毛之 恵良々々尓 仕奉乎 見之貴者
#[訓読]あしひきの 八つ峰の上の 栂の木の いや継ぎ継ぎに 松が根の 絶ゆることなく あをによし 奈良の都に 万代に 国知らさむと やすみしし 我が大君の 神ながら 思ほしめして 豊の宴 見す今日の日は もののふの 八十伴の男の 島山に 赤る橘 うずに刺し 紐解き放けて 千年寿き 寿き響もし ゑらゑらに 仕へまつるを 見るが貴さ
#[仮名],あしひきの,やつをのうへの,つがのきの,いやつぎつぎに,まつがねの,たゆることなく,あをによし,ならのみやこに,よろづよに,くにしらさむと,やすみしし,わがおほきみの,かむながら,おもほしめして,とよのあかり,めすけふのひは,もののふの,やそとものをの,しまやまに,あかるたちばな,うずにさし,ひもときさけて,ちとせほき,ほきとよもし,ゑらゑらに,つかへまつるを,みるがたふとさ
#[左注](右二首大伴宿祢家持作之)
#[校異]保伎 -> 保 [元]
#[鄣W],天平勝宝4年,年紀,作者:大伴家持,儲作,予作,応詔,儀礼歌,枕詞,地名,大君讃美,寿歌
#[訓異]
#[大意]あしひきの多くの峰のあたりの栂の木のようにますます次々に、松の根のように途絶えることなく、あをによし奈良の都にいつまでも国をお治めになろうとして、やすみしし我が大君が神さながらにお思いになって、豊の明かりをご覧になる今日の日は、もののふの大勢の伴の緒が、庭園の島の山に赤く実がなっている橘をうずとして頭に挿して、襟の紐を解き放って千年を言祝ぎ、祝いとよもして、笑い喜んで仕え申し上げるのを見る貴さよ。

#{語釈]
あしひきの 八つ峰の上の
07/1262H01あしひきの山椿咲く八つ峰越え鹿待つ君が斎ひ妻かも
19/4149H01あしひきの八つ峰の雉鳴き響む朝明の霞見れば悲しも
19/4152H01奥山の八つ峰の椿つばらかに今日は暮らさね大夫の伴
19/4164H04あしひきの 八つ峰踏み越え さしまくる 心障らず 後の世の
19/4166H06八つ峰飛び越え ぬばたまの 夜はすがらに 暁の 月に向ひて 行き帰り
19/4177H02振り放け見つつ 思ひ延べ 見なぎし山に 八つ峰には 霞たなびき
19/4266H01あしひきの 八つ峰の上の 栂の木の いや継ぎ継ぎに 松が根の
20/4481H01あしひきの八つ峰の椿つらつらに見とも飽かめや植ゑてける君

栂の木の マツ科の常緑高木
01/0029H03生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下
03/0324H01みもろの 神なび山に 五百枝さし しじに生ひたる 栂の木の
06/0907H01瀧の上の 三船の山に 瑞枝さし 繁に生ひたる 栂の木の
17/4006H01かき数ふ 二上山に 神さびて 立てる栂の木 本も枝も
19/4266H01あしひきの 八つ峰の上の 栂の木の いや継ぎ継ぎに 松が根の

松が根の 絶ゆるにかかる枕詞

赤る橘 実の赤く色づいた橘

うず 髻華 頭に挿す木の枝葉 植物の呪力を自分に取り込む
19/4266H04見す今日の日は もののふの 八十伴の男の 島山に 赤る橘 うずに刺し

紐解き放けて うち解けた姿 君臣和楽

ゑらゑらに 笑い楽しむ
宣命 えらぐ

#[説明]
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#[番号]19/4267
#[題詞](為應詔儲作歌一首[并短歌])反歌一首
#[原文]須賣呂伎能 御代万代尓 如是許曽 見為安伎良目<米> 立年之葉尓
#[訓読]天皇の御代万代にかくしこそ見し明きらめめ立つ年の端に
#[仮名],すめろきの,みよよろづよに,かくしこそ,めしあきらめめ,たつとしのはに
#[左注]右二首大伴宿祢家持作之
#[校異]<> -> 米 [西(右書)][類][古][紀]
#[鄣W],天平勝宝4年,年紀,作者:大伴家持,儲作,予作,応詔,儀礼歌,大君讃美,寿歌
#[訓異]
#[大意]天皇の御代はいつまでもこうして豊の明かりをご覧になり、御心をお晴らしになるでしょう。新しく立つ年ごとに

#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4268
#[題詞]天皇太后共幸於大納言藤原家之日黄葉澤蘭一株拔取令持内侍佐々貴山君遣賜大納言藤原卿并陪従大夫等御歌一首 命婦誦曰
#[原文]此里者 継而霜哉置 夏野尓 吾見之草波 毛美知多里家利
#[訓読]この里は継ぎて霜や置く夏の野に我が見し草はもみちたりけり
#[仮名],このさとは,つぎてしもやおく,なつののに,わがみしくさは,もみちたりけり
#[左注]
#[校異]太 [類] 大
#[鄣W],天平勝宝4年,年紀,作者:孝謙天皇,佐々貴山君,誦詠,行幸,光明皇后,藤原仲麻呂,植物,贈答
#[訓異]
#[大意]この里は次々と霜が置くのだろうか。夏の野で自分が見た草は黄葉していることだ
#{語釈]
天皇太后 孝謙天皇と光明皇太后 母と娘

大納言藤原家 藤原仲麻呂

黄葉(もみぢ)せる澤蘭(さわあららぎ)一株を拔き取りて
沢辺に生えるキク科の多年草。ひよどりばな。あららぎと呼ばれるふじばかまによく似る。

佐々貴山君 伝未詳

陪従(べいじゅ)の大夫(だいふ)等 供奉する廷臣たち

命婦 佐々貴山君のこと。五位以上の婦人
新考は、声のいい命婦に歌わせた。佐々貴山君とは別人

継ぎて 引き続いて 夏からずっと

#[説明]
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#[番号]19/4269
#[題詞]十一月八日在於左大臣橘朝臣宅肆宴歌四首
#[原文]余曽能未尓 見者有之乎 今日見者 年尓不忘 所念可母
#[訓読]よそのみに見ればありしを今日見ては年に忘れず思ほえむかも
#[仮名],よそのみに,みればありしを,けふみては,としにわすれず,おもほえむかも
#[左注]右一首太上天皇御歌
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月8日,年紀,作者:聖武天皇,橘諸兄,肆宴,宴席,主人讃美
#[訓異]
#[大意]外からばかりに見るとそのままでいたのだが、今日直接見ると、年中忘れずに思われることであろうなあ
#{語釈]
左大臣橘朝臣宅 都の諸兄邸か、井手の別業かは不明

太上天皇 聖武太上天皇

よそのみに見れば 親しく会わないで、外から遠く見ている

今日 諸兄宅での肆宴の日

#[説明]
聖武太上天皇が諸兄に無沙汰を述べたあいさつ歌

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#[番号]19/4270
#[題詞](十一月八日在於左大臣橘朝臣宅肆宴歌四首)
#[原文]牟具良波布 伊也之伎屋戸母 大皇之 座牟等知者 玉之可麻思乎
#[訓読]葎延ふ賎しき宿も大君の座さむと知らば玉敷かましを
#[仮名],むぐらはふ,いやしきやども,おほきみの,まさむとしらば,たましかましを
#[左注]右一首左大臣橘卿
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月8日,年紀,作者:橘諸兄,聖武天皇,宴席,肆宴,挨拶,植物
#[訓異]
#[大意]葎が生えているむさくるしい家も大君がいらっしゃると知っていたならば玉を敷いたものなのに
#{語釈]
葎 蔓草 謙遜して言ったもの
04/0759H01いかならむ時にか妹を葎生の汚なきやどに入りいませてむ

#[説明]
もてなしの不備をわびた歌

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#[番号]19/4271
#[題詞](十一月八日在於左大臣橘朝臣宅肆宴歌四首)
#[原文]松影乃 清濱邊尓 玉敷者 君伎麻佐牟可 清濱邊尓
#[訓読]松蔭の清き浜辺に玉敷かば君来まさむか清き浜辺に
#[仮名],まつかげの,きよきはまへに,たましかば,きみきまさむか,きよきはまへに
#[左注]右一首右大辨藤原八束朝臣
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月8日,年紀,作者:藤原八束,宴席,肆宴,聖武天皇,見立て,橘諸兄
#[訓異]
#[大意]松の木陰の清らかな池の浜辺に玉を敷いたならば、大君はいらっしゃるであろうか。その清らかな浜辺に
#{語釈]
松蔭の清き浜辺 庭園の池の風景

右大辨藤原八束 房前の第三子 永手、清河と兄弟。母は諸兄の妹牟漏女王
真楯と改名。天平12 従五位下
治部卿、参議、
天平神護二年 大納言兼式部卿で薨去 五二歳

#[説明]
天子の巡行になぞらえている。清らかな浜辺は庭園の池の風景と重ねて、巡行先の海のイメージへの見立てとなっているか。

#[関連論文]


#[番号]19/4272
#[題詞](十一月八日在於左大臣橘朝臣宅肆宴歌四首)
#[原文]天地尓 足之照而 吾大皇 之伎座婆可母 樂伎小里
#[訓読]天地に足らはし照りて我が大君敷きませばかも楽しき小里
#[仮名],あめつちに,たらはしてりて,わがおほきみ,しきませばかも,たのしきをさと
#[左注]右一首少納言大伴宿祢家持 [未奏]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月8日,年紀,作者:大伴家持,未奏,橘諸兄,宴席,肆宴,大君讃美
#[訓異]
#[大意]天地にご威光が照り満ちて我が大君がおいでになっていらっしゃるからだろうか。楽しい小里であることだ
#{語釈]
天地に足らはし照りて 4262 天地に十分に照り満ちて
天皇の威光があまねく満ちている様子を讃える

#[説明]
未奏 家持が宴に参加してこの歌を作ったが、発表の機会がなかった
家持は宴に参加せず、後にこの歌を作った -> 追和になるはず。
家持は宴に参加してこの歌を作ったが、別の歌を発表した

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#[番号]19/4273
#[題詞]廿五日新甞會肆宴應詔歌六首
#[原文]天地与 相左可延牟等 大宮乎 都可倍麻都礼婆 貴久宇礼之伎
#[訓読]天地と相栄えむと大宮を仕へまつれば貴く嬉しき
#[仮名],あめつちと,あひさかえむと,おほみやを,つかへまつれば,たふとくうれしき
#[左注]右一首大納言巨勢朝臣
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月25日,年紀,作者:巨勢奈弖麻呂,肆宴,宴席,応詔,大君讃美,寿歌,新嘗祭
#[訓異]
#[大意]天地とともに栄えるだろうと大宮にご奉仕申し上げていると貴くうれしいことである
#{語釈]
新甞會 その年の米を天皇が神に供える儀式
皇極天皇以来、十一月中の卯の日 二十五日は下の卯の日 全集 恒例か

大宮 新嘗を行う神殿 一回性のものか

巨勢朝臣 姓だけというのは敬称

巨瀬奈で麻呂 比等の子。天平3年 従五位下
民部卿、参議
20年 正三位
天平勝宝元年 従二位大納言
5年 薨去 84歳

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4274
#[題詞](廿五日新甞會肆宴應詔歌六首)
#[原文]天尓波母 五百都綱波布 万代尓 國所知牟等 五百都々奈波布
#[訓読]天にはも五百つ綱延ふ万代に国知らさむと五百つ綱延ふ
#[仮名],あめにはも,いほつつなはふ,よろづよに,くにしらさむと,いほつつなはふ
#[左注]右一首式部卿石川年足朝臣
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月25日,年紀,作者:石川年足,肆宴,宴席,応詔,大君讃美,寿歌,新嘗祭
#[訓異]
#[大意]天空にはたくさんの綱が渡してある。いつまでも国をお治めになるとしてたくさんの綱が渡してある
#{語釈]
天にはも 神殿の天井や屋根 神話的に讃えたもの

五百つ綱延ふ たくさんの綱が引き渡してある
神殿の柱を組み立てるのに使っている綱のことを言うか
たくさんの綱ということで、建物の堅牢さを示す
顕宗紀 室寿ぎ「取り結へる縄葛はこの家の長(おさ)の御寿(みいのち)の堅めなり」

石川年足 天平7年 従五位下
出雲守、式部卿、中納言
天平宝字六年 御史大夫正三位 薨去 七十五歳

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4275
#[題詞](廿五日新甞會肆宴應詔歌六首)
#[原文]天地与 久万弖尓 万代尓 都可倍麻都良牟 黒酒白酒乎
#[訓読]天地と久しきまでに万代に仕へまつらむ黒酒白酒を
#[仮名],あめつちと,ひさしきまでに,よろづよに,つかへまつらむ,くろきしろきを
#[左注]右一首従三位文屋<智><努>真人
#[校異]知 -> 智 [元][文][紀][細] / 奴麿 -> 努 [元][古]
#[鄣W],天平勝宝4年11月25日,年紀,作者:文屋真人,,肆宴,宴席,応詔,大君讃美,寿歌,新嘗祭
#[訓異]
#[大意]天地とともに久しく、いつまでもお仕え申し上げよう。黒酒白酒を捧げて
#{語釈]
黒酒白酒 黒酒 クサギという木の灰を混ぜた色の黒い酒 儀式用
黒麹を入れたものとも

文屋智努 長皇子の子 智奴王の臣籍降下 薬師寺の仏足石を造立
養老元年 従四位下
天平十八年 正四位上
十九年 従三位
天平勝宝四年 文屋真人姓
宝亀元年 従二位で薨去 七十八歳

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4276
#[題詞](廿五日新甞會肆宴應詔歌六首)
#[原文]嶋山尓 照在橘 宇受尓左之 仕奉者 卿大夫等
#[訓読]島山に照れる橘うずに刺し仕へまつるは卿大夫たち
#[仮名],しまやまに,てれるたちばな,うずにさし,つかへまつるは,まへつきみたち
#[左注]右一首右大辨藤原八束朝臣
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月25日,年紀,作者:藤原八束,肆宴,宴席,応詔,大君讃美,寿歌,新嘗祭,植物
#[訓異]
#[大意]庭園の島の山に明るく輝いている橘を髪飾りに挿して、奉仕申し上げているのは大君の前の臣たちだ
#{語釈]
島山 庭園の池の中の島 4266

うずに刺し 髪飾りに挿す

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4277
#[題詞](廿五日新甞會肆宴應詔歌六首)
#[原文]袖垂而 伊射吾苑尓 鴬乃 木傳令落 梅花見尓
#[訓読]袖垂れていざ我が園に鴬の木伝ひ散らす梅の花見に
#[仮名],そでたれて,いざわがそのに,うぐひすの,こづたひちらす,うめのはなみに
#[左注]右一首大和國守藤原永<手>朝臣
#[校異]平 -> 手 [西(訂正右書)][元][文][紀]
#[鄣W],天平勝宝4年11月25日,年紀,作者:藤原永手,肆宴,宴席,応詔,大君讃美,寿歌,新嘗祭,動物,植物
#[訓異]
#[大意]袖を垂れてゆったりと、さあ我々の庭園に行きましょう。鶯が木を伝って散らす梅の花を身に
#{語釈]
袖垂れて 儀式のための朝服を着ているので、袖が長い

鶯 宴の開かれているのは11月であるので梅の季節には早い。
ここは気をきかせた風流の象徴として口実にしているか 全注
1873

鴬と梅の組み合わせ
05/0824H01梅の花散らまく惜しみ我が園の竹の林に鴬鳴くも
05/0827H01春されば木末隠りて鴬ぞ鳴きて去ぬなる梅が下枝に
05/0837H01春の野に鳴くや鴬なつけむと我が家の園に梅が花咲く
05/0838H01梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
05/0841H01鴬の音聞くなへに梅の花我家の園に咲きて散る見ゆ
05/0842H01我がやどの梅の下枝に遊びつつ鴬鳴くも散らまく惜しみ
05/0845H01鴬の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子がため
10/1820H01梅の花咲ける岡辺に家居れば乏しくもあらず鴬の声
10/1840H01梅が枝に鳴きて移ろふ鴬の羽白妙に沫雪ぞ降る
10/1854H01鴬の木伝ふ梅のうつろへば桜の花の時かたまけぬ
10/1873H01いつしかもこの夜の明けむ鴬の木伝ひ散らす梅の花見む
19/4277H01袖垂れていざ我が園に鴬の木伝ひ散らす梅の花見に
19/4287H01鴬の鳴きし垣内ににほへりし梅この雪にうつろふらむか

藤原永手 房前の第三子 八束の兄
天平九年 従五位下
天平勝宝二年 従四位上
四年 大和守
六年 従三位
宝亀二年 左大臣正一位 薨去 五十八歳

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4278
#[題詞](廿五日新甞會肆宴應詔歌六首)
#[原文]足日木乃 夜麻之多日影 可豆良家流 宇倍尓也左良尓 梅乎之<努>波牟
#[訓読]あしひきの山下ひかげかづらける上にやさらに梅をしのはむ
#[仮名],あしひきの,やましたひかげ,かづらける,うへにやさらに,うめをしのはむ
#[左注]右一首少納言大伴宿祢家持
#[校異]奴 -> 努 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝4年11月25日,年紀,作者:大伴家持,肆宴,宴席,応詔,大君讃美,寿歌,新嘗祭,植物
#[訓異]
#[大意]あしひきの山の蔭の日陰のかづらを頭に翳している上にさらに梅を賞美しようというのですか
#{語釈]
山下ひかげ 日陰の葛 蔓性の常緑草木
新嘗の際の礼装か

上にやさらに 反語、疑問 両方の見方がある
これ以上の必要はないくらい十分だが、お誘いとあらばお伴しましょうの意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4279
#[題詞]廿七日林王宅餞之但馬按察使橘奈良麻呂朝臣宴歌三首
#[原文]能登河乃 後者相牟 之麻之久母 別等伊倍婆 可奈之久母在香
#[訓読]能登川の後には逢はむしましくも別るといへば悲しくもあるか
#[仮名],のとがはの,のちにはあはむ,しましくも,わかるといへば,かなしくもあるか
#[左注]右一首治部卿船王
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月27日,年紀,作者:船王,宴席,橘奈良麻呂,餞別,悲別,出発,羈旅,序詞,地名,奈良
#[訓異]
#[大意]能登川ではないが後にでも会おう。しばらくでも別れるというと悲しくもあることだ
#{語釈]
林王 天平一五年 従五位下
天平宝字五年 従五位上
17/3926左注 系譜未詳

按察使 国司を監視する使い

船王 4257 舎人皇子の子 淳仁天皇の兄 神亀四年 従四位下
天平宝字元年 親王 従三位
天平宝字八年 淳仁天皇廃位とともに王位に降下
藤原仲麻呂の謀反により隠岐に流罪

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4280
#[題詞](廿七日林王宅餞之但馬按察使橘奈良麻呂朝臣宴歌三首)
#[原文]立別 君我伊麻左婆 之奇嶋能 人者和礼自久 伊波比弖麻多牟
#[訓読]立ち別れ君がいまさば磯城島の人は我れじく斎ひて待たむ
#[仮名],たちわかれ,きみがいまさば,しきしまの,ひとはわれじく,いはひてまたむ
#[左注]右一首右京少進大伴宿祢黒麻呂
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月27日,年紀,作者:大伴黒麻呂,宴席,橘奈良麻呂,餞別,悲別,出発,羈旅,寿歌
#[訓異]
#[大意]旅だって別れて行っていらっしゃたら磯城島の大和の人は自分のように精進潔斎して待つことでしょう
#{語釈]
磯城島の 大和の枕詞 ここは大和の国自体の意味に用いている。
09/1787H01うつせみの 世の人なれば 大君の 命畏み 敷島の 大和の国の 石上
13/3248H01磯城島の 大和の国に 人さはに 満ちてあれども 藤波の 思ひまつはり
13/3249H01磯城島の大和の国に人ふたりありとし思はば何か嘆かむ
13/3254H01磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ
13/3326H01礒城島の 大和の国に いかさまに 思ほしめせか つれもなき
19/4280H01立ち別れ君がいまさば磯城島の人は我れじく斎ひて待たむ
20/4466H01磯城島の大和の国に明らけき名に負ふ伴の男心つとめよ

我じく 「じ」の連用形 体言について~のようにの意 犬じもの 獣じもの

右京少進 右京識の三等官 正七位相当

大伴宿祢黒麻呂 伝未詳

#[説明]
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#[番号]19/4281
#[題詞](廿七日林王宅餞之但馬按察使橘奈良麻呂朝臣宴歌三首)
#[原文]白雪能 布里之久山乎 越由加牟 君乎曽母等奈 伊吉能乎尓念,伊伎能乎尓須流
#[訓読]白雪の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息の緒に思ふ,息の緒にする
#[仮名],しらゆきの,ふりしくやまを,こえゆかむ,きみをぞもとな,いきのをにおもふ,いきのをにする
#[左注]左大臣換尾云 伊伎能乎尓須流 然猶喩曰 如前誦之也 / 右一首少納言大伴宿祢家持
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝4年11月27日,年紀,作者:大伴家持,宴席,橘奈良麻呂,餞別,悲別,出発,羈旅,橘諸兄,推敲,添削
#[訓異]
#[大意]白雪の降り敷く山を越えて行くであろうあなたをむしょうに命にかけて思うことだ(命にかけて大事にすることだ)
#{語釈]
息の緒に思ふ 命にかけて思う
04/0587H01我が形見見つつ偲はせあらたまの年の緒長く我れも偲はむ
04/0644H01今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば

然猶喩曰 然れども猶し喩(おし)へて「前の如く誦(よ)めと曰(い)ふ。

#[説明]
歌の推敲が示されている。

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#[番号]19/4282
#[題詞]五年正月四日於治部少輔石上朝臣宅嗣家宴歌三首
#[原文]辞繁 不相問尓 梅花 雪尓之乎礼氐 宇都呂波牟可母
#[訓読]言繁み相問はなくに梅の花雪にしをれてうつろはむかも
#[仮名],ことしげみ,あひとはなくに,うめのはな,ゆきにしをれて,うつろはむかも
#[左注]右一首主人石上朝臣宅嗣
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝5年1月4日,年紀,作者:石上宅嗣,宴席,植物,見立て,恋愛,譬喩
#[訓異]
#[大意]人のうわさがひどくて、共に交流することがないうちに梅の花が雪にしおれて散ってしまうことでしょうか
#{語釈]
石上朝臣宅嗣 石上乙麻呂の子
天平勝宝三年 従五位下
天応元年 大納言正三位 薨去 五十三歳
芸亭を公開した文人

#[説明]
恋情表現で、客への無沙汰と所用に紛れて宴の招待が遅れたことをわびた主人の挨拶歌

#[関連論文]


#[番号]19/4283
#[題詞](五年正月四日於治部少輔石上朝臣宅嗣家宴歌三首)
#[原文]梅花 開有之中尓 布敷賣流波 戀哉許母礼留 雪乎持等可
#[訓読]梅の花咲けるが中にふふめるは恋か隠れる雪を待つとか
#[仮名],うめのはな,さけるがなかに,ふふめるは,こひかこもれる,ゆきをまつとか
#[左注]右一首中務大輔茨田王
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝5年1月4日,年紀,作者:茨田王,宴席,植物,恋愛,見立て,譬喩,石上宅嗣
#[訓異]
#[大意]梅の花の咲いている中につぼみのままであるものは、恋が隠っているのでしょうか。それとも雪を待って咲こうというのでしょうか。
#{語釈]
茨田王 系譜未詳 天平十一年 従五位下
十二年 従五位上

#[説明]
主人の歌を受けた

雪によって散る
08/1648H01十二月には淡雪降ると知らねかも梅の花咲くふふめらずして
08/1651H01淡雪のこのころ継ぎてかく降らば梅の初花散りか過ぎなむ
ことを歌った主人の歌に対して
雪が花を咲かせる
08/1436H01含めりと言ひし梅が枝今朝降りし沫雪にあひて咲きぬらむかも
08/1649H01今日降りし雪に競ひて我が宿の冬木の梅は花咲きにけり
を下敷きにして返した

#[関連論文]


#[番号]19/4284
#[題詞](五年正月四日於治部少輔石上朝臣宅嗣家宴歌三首)
#[原文]新 年始尓 思共 伊牟礼氐乎礼婆 宇礼之久母安流可
#[訓読]新しき年の初めに思ふどちい群れて居れば嬉しくもあるか
#[仮名],あらたしき,としのはじめに,おもふどち,いむれてをれば,うれしくもあるか
#[左注]右一首大膳大夫道祖王
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝5年1月4日,年紀,作者:道祖王,宴席,石上宅嗣
#[訓異]
#[大意]新しい年の初めに気の合ったもの同士が集まっているとうれしいことでもあることだ
#{語釈]
道祖王 天武孫、新田部皇子の子
天平九年 従四位下
天平勝宝八年 聖武天皇の遺勅によって皇太子
九年 廃される 奈良麻呂変に連座。大伴胡麻呂らと杖下に死

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4285
#[題詞]十一日大雪落積尺有二寸 因述拙懐<歌>三首
#[原文]大宮能 内尓毛外尓母 米都良之久 布礼留大雪 莫踏祢乎之
#[訓読]大宮の内にも外にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜し
#[仮名],おほみやの,うちにもとにも,めづらしく,ふれるおほゆき,なふみそねをし
#[左注]
#[校異]<> -> 歌 [元][細]
#[鄣W],天平勝宝5年1月11日,年紀,作者:大伴家持,宮廷,寿歌
#[訓異]
#[大意]大宮の内にも外にも希なことに美しく降っている大雪よ。踏むなよ。もったいないから
#{語釈]
めづらしく 愛でるの形容詞化 心にひかれる 珍しい

#[説明]
17/3926H01大宮の内にも外にも光るまで降れる白雪見れど飽かぬかも
4227

#[関連論文]


#[番号]19/4286
#[題詞](十一日大雪落積尺有二寸 因述拙懐<歌>三首)
#[原文]御苑布能 竹林尓 鴬波 之波奈吉尓之乎 雪波布利都々
#[訓読]御園生の竹の林に鴬はしば鳴きにしを雪は降りつつ
#[仮名],みそのふの,たけのはやしに,うぐひすは,しばなきにしを,ゆきはふりつつ
#[左注]
#[校異]波 [元] 伎
#[鄣W],天平勝宝5年1月11日,年紀,作者:大伴家持,動物,叙景
#[訓異]
#[大意]御園生の竹の林に鴬はさかんに鳴いていたのに雪は降り続いて
#{語釈]
御園生 皇居の御苑 松林苑か東庭

#[説明]
場所は宮中ではない。家持の邸宅。

冬と春の相克
10/1832H01うち靡く春さり来ればしかすがに天雲霧らひ雪は降りつつ
10/1836H01風交り雪は降りつつしかすがに霞たなびき春さりにけり
10/1837H01山の際に鴬鳴きてうち靡く春と思へど雪降りしきぬ

18/4079H01三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ
08/1441H01うち霧らひ雪は降りつつしかすがに我家の苑に鴬鳴くも

#[関連論文]


#[番号]19/4287
#[題詞](十一日大雪落積尺有二寸 因述拙懐<歌>三首)
#[原文]鴬能 鳴之可伎都尓 <々>保敝理之 梅此雪尓 宇都呂布良牟可
#[訓読]鴬の鳴きし垣内ににほへりし梅この雪にうつろふらむか
#[仮名],うぐひすの,なきしかきつに,にほへりし,うめこのゆきに,うつろふらむか
#[左注]
#[校異]尓 -> 々 [元][類][紀]
#[鄣W],天平勝宝5年1月11日,年紀,作者:大伴家持,動物,植物
#[訓異]
#[大意]鴬の鳴いていた垣根の内に咲いていた梅は、今はこの雪に散ってしまっているだろうか
#{語釈]
垣内 宮廷の内側 御園生のこと

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]19/4288
#[題詞]十二日侍於内裏聞千鳥喧作歌一首
#[原文]河渚尓母 雪波布礼々之 <宮>裏 智杼利鳴良之 為牟等己呂奈美
#[訓読]川洲にも雪は降れれし宮の内に千鳥鳴くらし居む所なみ
#[仮名],かはすにも,ゆきはふれれし,みやのうちに,ちどりなくらし,ゐむところなみ
#[左注]
#[校異]宮乃 -> 宮 [元][類]
#[鄣W],天平勝宝5年1月12日,年紀,作者:大伴家持,宮廷,動物
#[訓異]
#[大意]川の中州にも雪は降っているので、宮の内に千鳥が鳴くらしい。留まるところがないので。
#{語釈]
川洲 佐保川あたりの川の中州

降れれし 降るの已然形に完了「り」の已然形 確定条件「ば」と同じ用法
し 強意の係助詞
#[説明]
四首 波紋型対応


#[関連論文]


#[番号]19/4289
#[題詞]二月十九日於左大臣橘家宴見攀折柳條歌一首
#[原文]青柳乃 保都枝与治等理 可豆良久波 君之屋戸尓之 千年保久等曽
#[訓読]青柳の上枝攀ぢ取りかづらくは君が宿にし千年寿くとぞ
#[仮名],あをやぎの,ほつえよぢとり,かづらくは,きみがやどにし,ちとせほくとぞ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝5年2月19日,年紀,作者:大伴家持,宴席,橘諸兄,植物,寿歌
#[訓異]
#[大意]青柳の上の枝を引きちぎってかづらにするのは、君の家を千年の栄えを言祝ぐからです
#{語釈]
見攀折柳條 攀(よ)じ折(お)れる柳の條(えだ)を見る

#[説明]
同類歌
18/4136H01あしひきの山の木末のほよ取りてかざしつらくは千年寿くとぞ

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#[番号]19/4290
#[題詞]廿三日依興作歌二首
#[原文]春野尓 霞多奈(i)伎 宇良悲 許能暮影尓 鴬奈久母
#[訓読]春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも
#[仮名],はるののに,かすみたなびき,うらがなし,このゆふかげに,うぐひすなくも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝5年2月23日,年紀,作者:大伴家持,動物,春愁,叙景,依興,悲嘆
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]
うら悲し しみじみとした情緒がある 悲しいほどの光景
春の光景を悲しいととらえること。
19/4141H01春まけてもの悲しきにさ夜更けて羽振き鳴く鴫誰が田にか住む
19/4149H01あしひきの八つ峰の雉鳴き響む朝明の霞見れば悲しも
春を悲しいものととらえることは漢詩文の影響

春 いぶせし 鬱屈 悲し 自然と情の融合

#[説明]
評価が明治以降

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#[番号]19/4291
#[題詞](廿三日依興作歌二首)
#[原文]和我屋度能 伊佐左村竹 布久風能 於等能可蘇氣伎 許能由布敝可母
#[訓読]我が宿のい笹群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも
#[仮名],わがやどの,いささむらたけ,ふくかぜの,おとのかそけき,このゆふへかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],天平勝宝5年2月23日,年紀,作者:大伴家持,依興,植物
#[訓異]
#[大意]わが家の笹、その竹の茂みを吹く風の音がかすかなこの夕べであることだ
#{語釈]
い笹
いささかの語源 わずかな竹の茂み
斎笹のこと
10/2336H01はなはだも夜更けてな行き道の辺の斎笹の上に霜の降る夜を

#[説明]
#[関連論文]