夢見の少年




『この世界は私のもの・・・』

そんな言葉が広がる世界、グランドスピリット。

その名の通り、大きく二つの世界に分かれている。

ひとつは、人間や動物の暮らす島。緑や自然に溢れ、人々はここで生まれ、ここで死を迎える。

もうひとつは、神の島。神の力を授かった生き物が暮らす島。

ただ、その島は激しい海流に囲まれ、雷に覆われ決して人間が近づくことは許されない。その存在も伝承のみで伝えられただけ。

実際に見聞きした人間は、いなかった。

そんなふたつの世界を支配しようとする暗黒の影。

人々は逃げ惑い、そして死に絶える世界。すべてが闇に飲み込まれていく世界・・・。

しかし、そんな時神の島からの一筋の光。

闇は消えうせ、人々の生活にはまた活気が戻った・・・――。




誰もいない、真っ暗な場所。

そんな時、空から現れた一人の少女。

ダークグリーンの長い髪の毛。不思議な形の耳に、額の真紅の宝石。そして――

腕にドラゴンの紋・・・。



「また夢見か・・・」

名も無い小さな村の小さな家で少年は呟いた。

(いい加減飽きるんだけどな)

少年の名前はシオン・ガッシュナット。幼いころに両親をなくし、今は一人暮らしをしてる。

まだ何もできない子供だったころは面倒見のいい村長がシオンの面倒を見てくれていたのだが。

そして彼の特技は夢見。予知夢とでも言うべきだろうか。特別訓練したわけでもない。物心ついたときからそんな能力が備わっていたのだ。

見たいときに見れるものではない。何かの拍子に突然夢からの訴えがあるのだ。

シオン自身もそれを当然のことと受け入れているし、それを除けば別段普通の少年である。

しかし、ここ何年同じ夢が続いてる。

それが何を意味するのか彼にはさっぱりだ。

だが、今日はいつにも増して鮮明だったきがする。


「おい、シオン。まだ寝てんのか?」

シオンの家の前で威勢のいい声がする。慌ててシオンも身を起こした。

「やべっ!今日、グレンと狩りに行く約束だった!」

愛用のマントと剣を片手に持ち、グレンのもとへと飛び出て行った。

グレンとは、彼の無二の親友・・・・。根はいい奴なのだが、目つきと言い方がきついため、村の同年代の子たちからは恐がられている。

それを分かっていて本人も性格を直す気がないから、しょうがない。

「おはよ、グレン」

「まったく、お前はいつになってもかわらねーな。また予知夢でも見てたんだろ?」

苦笑しながらグレンはシオンの頭を突付いた。

「さぁ、行くぞ」

狩りしに行くことは小さい頃からだから慣れてるし、この辺は対して凶暴なモンスターも居ないのでいつものように

二人は森へと入っていった。二人の遊び、習慣でもあった。



「おい、シオン。今日はこっちだろ?」

グレンは、すでに道が出来てるほうを指さし言った。シオンが向いてるほうとは反対だ。

「うん、でもちょっとだけ・・・」

「・・・しょーがねぇなぁ」

渋々グレンもシオンの後について行った。いつも獲物が少なく、狩人にとっては利益にならない道を。

案の定、こちらには獲物はいない。だが、引き返す気はないらしい。グレンもぶつぶつ文句を言いつつも、シオンに従っていた。

しばらく歩き続けると、開けた場所に出た。

奥の方には大きな湖も、輝いてる。こんな場所があったのか、と少々感心しながらも二人は湖のほうへ近づいてく。

「うわぁ・・・・!」

シオンが覗き込んだ湖は底がよく見えるほど透き通っていて、みたことがないほど純水な水だった。

「こんな所があったなんて知らなかったな。・・・うわ、冷てーっ!!」

グレンは水中に手を入れ、あまりの冷たさに顔をしかめた。と、その時、

(殺気!?)

シオンは自分の背後からの禍々しい気を感じ取り、後ろを振り返った。

するとそこにあったのは空に浮かぶ黒い煙のようなものだった。

「なんだ・・・!?」

「こいつ、近づいてきてる・・・!?」

シオンとグレンは煙を前に、目を見張る。ただの煙ではないというころは直感でわかっているようだ。

『あと少しで力が・・・・世界が・・・』

まるでさまよう魂のように嘆く暗黒の声。悪寒が走り、冷や汗が流れた。

やばい、殺される・・・!

それだけがシオンの頭に浮かび、グレンと一緒に地面を蹴った。今自分達が持ってるものは剣と大剣。

それだけであんな化け物に太刀打ちできると思うほどバカではない。

無我夢中でどこを走ってるなんてわかりはしない。

ただ逃げないと・・・!

「おい、シオン。何か知ってるのか!?」

「わかるわけないだろ!」

「オレはこんなところで死ぬなんてごめんだ!」

走り続けていた二人だが人間には限界がくるもの。あっという間に追いつかれて、

今までの全力疾走は無意味なものになってしまった。

「はぁ・・・はぁ・・・!」

「一体・・・なんだってんだ・・・」

どうしようもない焦りと、今までにない恐ろしさに足がすくむ。

しかし、暗黒の塊は無情にもシオンたちに飛び掛る。

(殺される――・・・!)

硬く目を瞑り、意味がないとわかっていても攻撃を防ぐため腕を前で組む。



「・・・?」

しかし、いつまでたっても痛みはなく、不思議に思ったシオンは恐る恐る右目を開く。

なんと想像していた奴の姿形は跡形もなくなっていた。代わりにいたのはダークグリーンの髪を持つ不思議な女・・・。

片手に剣を持ってるようだ。彼たちを助けてくれたのだろうか・・・?

「あの・・・誰ですか?」

「あの・・・誰ですか?」

シオンとグレンは同時にその女に尋ねた。先ほどの恐怖からか、心なしか声は震えている。

暖かい風が彼女の髪を揺らしたとき、ゆっくり彼女は振り返った。



「私の名は・・・フィーナ・・・」



その女・・・・否、フィーナはしっかりとした声で言葉を返し、

髪と同じ深い緑のその瞳で唖然とする二人を捉えた。

よくみると、かわった格好だ。額に真紅の宝石をつけて、耳はうさぎのようにピンと長い。

パラ・・・

「貴様ら、この紋章に見覚えはないか?」

唖然とする二人に、フィーナは腕に巻いてある包帯を取り、二人の前に見せる。

(夢見の女・・・!!)

シオンの脳裏に、夢見の残像が思い浮かんだ。ここ最近ずっと見続けている夢の・・・。

「悪いがオレたちは無関係だ。他を当たってくれ」

ぼーっとしていたシオンを差し置いてグレンは言い放つ。その声色からは、

あんな恐怖からはもう縁を断ち切りたいという思いが伺える。

しかし、フィーナはそんな彼を一睨みし

「貴様じゃない」

シオンに深い緑の瞳を向ける。グレンは、冷たく放たれた一言に言葉を飲み込むしかできなかった。

「そこのお前。答えろ」

そんな彼女に気圧されながら、シオンはゆっくりと口を開いた。

「お前・・・夢見の女だろ?」

その言葉を聞くと、フィーナは不敵な笑みを浮かべてシオンを見る。

「お前は知ってるようだな。なら話は早い。着いてこい」

踵を返し、彼女が向かうはこの森の奥。シオンが着いてきてるか確かめもせずスタスタと先へ進んでいく。

「シオン、もう帰ろうぜ。いかにも怪しいし、あの女の素性だって知れねぇんだぜ?」

またさっきみたいなことが起きたら、とグレンはシオンに帰ることを促すが、シオンは曖昧に笑うだけだった。

確かにフィーナは何者か知れない。着いていくべきじゃないかもしれない。だが・・・

(あのフィーナって子・・・、気になるな・・・・)

ふと、彼女が消えた森の奥へ視線を向けた。

「悪い、グレン。先帰っててくれ。オレ、ちょっと行って来る!」

親友を振り返り、そしてまたすぐさま森の奥を見つめて地を蹴る。

そんなシオンの姿をグレンは追いかけることもできず、ただ固まって森の真ん中に一人に佇んでいた。




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