強い意志






地上から底までどれくらいの深さだろうか。

はるかさきに、青空が見える気がする。

あのままフィーナに蹴り落とされていたら間違いなく即死だっただろう。

シオンに寒気が走った。

そして上からみればちっぽけに見えたこの鉄柱も巨大で迫力がある。

「でもダークマジックストーンはどこだろうね」

アルミオンが鉄柱をまじまじと観察する。

確かにそれらしいものはないが・・・。

と、ちょうど目の高さくらいの位置でキラリと光ったものが。

ダークマジックストーンだ。そのへんの石ころと同じほどの大きさの。

鉄柱の中に埋め込まれている。



「これなら楽勝じゃないか?」

シオンはスラリと剣を抜く。

そして、魔石からは魔物が飛び出してくる。蜂のような魔物だ。

4人を確認するなり、間髪いれず突進してきた。

あまくみていたシオンだが、刃物のような魔物の体におもわず

身を引く。触れるたびに切り傷が創られる。

それに避けるのに必死だ。

そして何より標的が小さいので、こちら側の刃が当たらない。

「イライラするな、こいつ・・・!」

奥歯を強く噛んだ。そして剣の柄を握りなおす。

「確かに、当たらないんじゃあ意味がない。アルミオン、あれを」

フィーナがさっと指示を出すと、アルミオンは無言で頷き

“あれ”を唱えだす。

いつもより長い詠唱。シオンたちはアルミオンへの注意を

そらすために、魔物をひきつけなければ。

それから繰り出される白魔法は・・・

「タイムストップ」

アルミオンが声をあげた。魔物のあたりの空気が

ねじ伏せられたような感じ。魔物の動きがぴたりと静止する。

魔物だけの時間が止まったように。

それからすぐに、シオンは剣を振るう。

「りゃぁぁー!!」

魔物は、なぎ倒されて地面にぽとりと転がった。

「ふぅー・・・。なんとか間に合ったー・・・」

シオンは安堵の息を漏らす。日の出はまだ終わってないようだ。

「まだだ。完全に石を壊してから、そんな言葉は口にしろ」

フィーナの言うとおり、とりあえず魔石を砕かなければー・・・。

いつもどおり、剣で魔物の体を一突きする。・・・が。

「・・・あれ?」

間の抜けた声を出すのはアルミオン。

「石も壊れてないし・・・魔物も消滅してない・・・ね」

眉をひそめた。嫌な予感がする。

魔物をちゃんと一突きしたはずだ。何も起こっていない。

「・・・シオン、もう一回やってみろ」

声のトーンを落として、フィーナも言う。言われたとおり、

もう一度剣先を小さな体に命中させる。

だが、結果は同じ。シオンの全身に焦りが走る。

「な、なんで・・・」

「貴様、おちたな」

まっすぐと、フィーナはシオンを見つめた。シオンの喉に、

ぐっと何かが詰まる・・・。

落ちた。堕ちた・・・?何が堕ちた?剣の腕?それとも――・・・。

「みなさん、大変です・・・!そろそろ太陽が全部顔を出しますよ!」

リコリスが、慌てて3人に注意を促した。真上の紺だった空が、

青く染まっていく・・・。

湖の水が足元から湧き出てきた。思考回路がさらに混雑する。

危ない。そう、危険。早く、ここから出なければー・・・。

でも、魔物を野放しにするわけにもいかない。

どうしようもない沈黙に、水音だけが響き渡る。



「シオン、剣をかせ。私がやろう」



フィーナは、すばやくシオンから剣を引ったくった。

そして一気に魔物に突き刺す。

その瞬間、稲光のようなものが走ったが・・・魔蜂の姿は完全に

消え失せ、かきんと鉄柱の中でも石が砕ける音が。

「・・・消えた・・・」

シオンの中で強張っていた力が抜けていく。

「陸に急げ。・・・水死などしたくなかったらな」

何事もなかったかのように彼女は剣をずいっとシオンに押し付けた。

水はもう、足首まできている。急がなければ。

「シオンさん、この子に乗ってください」

リコリスはシオンの真横にアルテミスを着け、掴まらせる。

「しっかりつかまっててくださいね」

アルテミスはバシャという水音をたてて地を蹴り、断層を蹴り、

跳ぶ様にして一気に岩肌を駆け上った。

あの深い湖底から地上まで、わずか数秒。

だが・・・。

「フィーナとアルミオンがまだだ」

アルテミスから、おりてシオンは湖を覗き込む。

まさかあの二人に限って溺れるなんてことは・・・。

水がひくときのスピードで、水は急激に増水した。

それでも水面には自分の顔がうつるばかり。

「な、なにかあったんでしょうか・・・」

リコリスも、不安気に手を握り締める。

と、満水になったんじゃないかというとき・・・

ジャボッ

アルミオンが、水面から顔を出した。・・・フィーナを背負って。

彼女はぐったりとして、意識がないようだ。

訝しげにシオンは二人を見比べた。

「フィーナ、どうかしたのか・・・?」

「ちょっとね・・・。休ませてあげよ」

アルミオンは、フィーナを背負ったまま日陰に移動する。

そして、ゆっくりとフィーナを寝かせた。

「あ・・・。私、ちょっと水をくんできますね」

おろおろと目を泳がせながら、オリエンタ湖に駆けていった。



「フィーナには、その剣を操るほどの力はないんだ」

静かにアルミオンはシオンに語りかけた。

その剣。シオンは、自分の腰にあるそれに視線をうつす。

操れるほどの力・・・?

「その剣は持ち主を選ぶ。フィーナから聞いたんじゃないですか?

シオンさんだけが操れる剣だって。心の強さを持ち合わせた

もの一人が操れるものだって」

シオンは黙って話をきいた。いつもと違う、真剣なアルミオンに

気圧されたのかもしれない。

「今回、フィーナは剣の力を無理して押さえ込んだんだ。

・・・シオンさん、しっかりしてください。あなたじゃないと、

この剣は使えないんです・・・。あなたじゃないと、

魔石は壊せないんです・・・」

何も、反論すらできない。



「シオン。貴様、恐いのか」



「フィーナ・・・!」

意識がなかったフィーナがまぶたを開ける。

上体を起こしてシオンを見据える。

「貴様の意志が鈍っている」

「・・・」

黙って俯く。肯定も否定の言葉すらも浮かばない。



重い空気の沈黙の中、リコリスが戻ってきた。

「フィーナさん、目覚まされたんですね」

大きな葉っぱに水を汲んできたリコリスは、ほっと安堵したようだ。

「一応、気付け薬の薬草なんですけど飲めますか?」

リコリスがおずおずと差し出した薬草と水を、

フィーナは静かに受け取る。

「それと、この近くに宿場町があるそうです。

そこで今日はとりあえず休みましょう」







―――あなたじゃないとこの剣は使えないんです―――

―――意志が鈍っている―――

宿場町のベッドの上、シオンの脳裏でこだまする言葉。

そう。自分の心を強く持っていなければいけない・・・。

そのせいで、フィーナは無理をして意識を失ったわけであるから・・・。

もう、何事も起こらないでほしい。人に傷ついてほしくない。

シオンの手は無意識に絆創膏にのびた。

アルミオンと同じ部屋なのだが、彼は今散歩にでもでかけてるようだ。

広々とした部屋で、一人だけというのは逆に虚しい気分におとされる。



こんこん



シオンの部屋のドアが、ノックされたかと思うと

返事もしない間に扉が開く。

「シオン、ちょっといいか」

現れたのはフィーナだった。顔色も大分よくなっている。

「貴様・・・恐いのか?」

ドアの前で腕組をして立つフィーナ。横になってたシオンも、

体を起こしてベッドに腰掛ける。

「いや・・・恐いだなんて思っては無いけど・・・。

でも本当に闇に勝てるのかなって・・・」

それが恐怖なんだ、とはいわずフィーナは彼の話をひたむきに聞く。

「そりゃあ・・・俺たちだってちょっとは強くなってると思う。

今まで、ずっと魔石を壊してきたわけだし・・・。

でもそれ以上に、“ダークヴォルマ”って存在は強いんだろ?

そんなのに敵うのか・・・」

今まで、黙って話しをきいてきたフィーナが黙々と彼の座ってる

ベッドに歩み寄ってきた。

彼の一歩前で立ち止まる。その刹那、シオンの右頬に急激な痛みが

襲い、シオンの体が数メートル吹っ飛んだ。

予想すらしてなかった出来事に、彼は何が起こったのかと、

倒れたままぱちくりしている。

そう、フィーナが彼の頬を思い切り殴ったのだ。

激痛に頬をおさえながら、シオンは上半身をあげて彼女を見上げる。

「痛いか。私も痛かった。どれだけ月日を重ねて強くなっても

痛いものは痛いんだ。それを弱いと思えば強くなれ、

己が納得するまで。すべての物事は、諦めたとき自然と

勝敗がつくものだ」

フィーナは、床に座った状態でいるシオンを通り過ぎ、ドアに向かった。

「お前は今一人で戦ってるわけじゃない。貴様くらいのフォローは

私ひとりでも十分だ」

ノブを回し、振り向かないままシオンに言い放った。

そのまま、蝶番が壊れるんじゃないかというほどの勢いで

ドアを閉め彼女は出て行った。



強くなれ、己が納得するまで。

貴様くらいのフォローは私ひとりでも十分だ。



そうだった。強くなればいい。大切な人を守れるくらいに。

それまで3人に迷惑かけるかもしれないけど・・・。

これ以上迷惑かけないように。

自分が剣に認められるように。

自分は『選ばれ』たんだ。それならば、

自分は闇に勝つ力を秘めているということ。

戦ってみないとわからないんだ、勝敗っていうのは・・・。

だから、これだけが今いえる一言。



「絶対に勝つ!」

シオンは足をたたせて、決意を一人胸に刻みつけた。



ドア一枚の向こう側。

そのドアを背によりかかっていた少女も、その言葉をきき、

フッと口元を歪めて部屋を遠ざかっていった。




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