おじいちゃん






「遅いぞ貴様ら」

やっとのことでたどり着いたあの町。

帰るや否や、シオンたちはフィーナにこんな言葉を浴びせられたのだ。

避難所の中は、前よりも充実してイス、机、それから仮眠用のベッドが

置かれている。と、いってもまだまだひどいものだが。

リコリスは、既に机にうつ伏せて寝ているし、アルミオンも眠そうに

目をこすっていた。健在なのはフィーナだけ。

まだまだ夜中だからしょうがないのだが。

「フィーナたちが早いだけだろ・・・ってあれ?」

フィーナにちょっとした反抗をしながらも、シオンは机の上の精霊石に

目をとめた。2つある。

「なんで2つもあるんだ!?」

「シオン、大声をあげるでない。頭に響く」

いつの間にかリコリスの隣りで、同じく机にうつ伏せていたリースが

むくっと顔をあげた。が、今はリースにかまっていられない。

不思議そうにフィーナと石を交互に見ていたシオンに、フィーナは

「これが大地の、これが光の精霊石だ」

と、ごく当たり前のように言い放った。

「まずは大地の精霊石と氷の精霊石だけっていったじゃないか」

「今はそんなこといってる場合じゃないだろう。貴様らが遅すぎて

時間がもったいなかったんだ」

そんな二人のやり取りを見て、アルミオンは苦々しく笑った。

「もういいじゃない。二人とも、今はとりあえず休んだほうがいい。

僕の魔法でも睡眠不足は治せないよ」





―――闇が、近づいてくる―――

――シオン、恐れずに・・・。そして落ち着いて・・・。

あなたならば大丈夫・・・――



「闇!?」

がばっと勢いよく上体を起こす。

その拍子に仮眠用ベッドから身体がこれまた勢いよくずり落ちた。

「あいてて・・・。んー・・・。まだ日も明けてないよな・・・」

もう一眠りつこうとベッドに這い登るシオンだが、窓の外に見慣れた

後姿が見えた。

あれはフィーナだ。





「フィーナ、何してんだ?」

「・・・貴様か。貴様には関係のないことだ」

突然現れたシオンに驚いていたようだが、そんなそぶりを隠して

彼女は口を開いた。

夜で人もいないし、暗いから布をかぶる必要もないのだろう。

彼女の深い緑色の髪の毛は風に舞っていた。

あたりは虫の音と木々のこすれる音だけで静けさが増す。

「こんな何にもないところ見て楽しいか?」

シオンは関係ないと言われつつも、フィーナの真横に立ってフィーナの

目先を追う。何もない、真っ暗な荒れた森。

「シオン、明日も早く発つんだ。お前は特にさっさと寝ておけ」

そんな忠告も聞き流し、シオンはフィーナに再び問いかける。

「フィーナさ。なんか最近おかしくないか?いつもと違って冷静さを

失ったっていうか・・・」

「何が言いたい」

指摘をされてかフィーナの鋭い瞳がシオンを睨むように捕らえる。

「ダークヴォルマがまた現れて、”フェーンフィートさん”のこと

思い出したんじゃないかと思って」

不意に口にしたフェーンフィートの名前。まさかシオンからその名前が

出て来るとは考えてもいなかったんだろう。

フィーナは一瞬言葉を失っていた。だが、一拍子後には再び言葉が

繰り出された。

「あの馬刺し女にきいたのか・・・」

あきれたようにため息を漏らすと、フィーナはシオンに背を向け

そのまま避難所のドアへとゆっくり足を運んでいった。

静けさの中に、土を踏む音すら印象に残る。

彼女は振り返らずにドアの前で止まった。



「思い出したのではないぞ。考えたのだ。あの方でさえ倒せなかった

闇の存在を私ができるのか・・・。少し、怖くてな」



それはシオンが初めて耳にする、彼女の弱音だった。声すら震えて

いない、いつもどおりの彼女が発するにはあまりに辛いセリフ。

なんと言うべきだろうか、躊躇していたシオンだが

「でもフィーナが俺にいったんだろ?仲間を信じろってさ。フィーナ

一人で戦わせたりしない。少しは俺を信じてくれよ」

これが今言える精一杯の言葉。すべて俺にまかせてくれ、なんていえない。

だが、それをきくとフィーナはくるりを顔をシオンのほうに振り向いた。

「もっとも、お前は信用できるほどのものじゃないがな」

いつもの強気な不敵な笑み。言葉とは、まるで裏腹に安心したような声。

「じゃあ私はもう寝る。・・・おやすみ」

パタンとドアの閉まる小さな音をたててフィーナの姿は避難所の中へと

見えなくなった。



フィーナが、あんなことを考えているとは。あんな弱気な言葉を俺に吐くとは。

フェーンフィートさんがフィーナの中で、それほどの力を持っているとは。

まだシオンにもフィーナレンスドラゴンは理解できていないかもしれない。

フィーナレンスドラゴンの理解はアルミオンに劣るかもしれない。

だけど、『フィーナ』のことに関しては―――・・・。

(あ、明日早いって言ってたな!早く寝ないと・・・!)











「シオンさーん。もう朝ですよー」

今度目覚めたのは正真正銘の朝。アルミオンの声で起こされた。

夢見もなく、おもったよりはいい目覚めだったのかもしれない。

「今日は雷の洞雲に行くんですよね?」

もう用意をすませて、準備万全のリコリス。

「久しぶりに腕がなるぞぅー!」

そのとなりのリースも同じく。やる気のためか激しく腕を振るっていたが、

それがシオンに命中したりしたのだが。





「案外近かったんですねー」

雷の洞雲。それを目の前にしてリコリスがいった。

「案外ってか、あの町から100メートルくらいはなれただけじゃねぇか!」

「シオン、細かいことは気にするでない。近くて損はないじゃろうが」

リースは興味津々に洞雲内へ。洞窟というよりもただの洞穴。奥も

まったく深くない。

だが、そこにはしっかりと雷の精霊石が安置されている。

『闇に立ち向かうものよ。ようやく来たのか』

精霊石の前にたたずむ老人の精霊。氷の精霊と同じくらい小さい。

だが、ヒゲだけは立派に足まで伸びている。

雷の精霊は、ふよふよと浮遊するようにシオンたちの目の前まで

移動してきた。

『既に闇は復活してしまったようだがの・・・』

「あぁ。だから時間がない。精霊石を頂きにきた」

フィーナはそんな老人に怯む事なく言い放つ。

『ぬう・・・。では、本当にあぬしらがヤツに立ち向かえるのか

腕試しをしてやろうっ』

とその瞬間より精霊の目の色がかわる。

予告もなくシオンたちに閃光を放ってきたのだ。

「いきなりこんな仕打ちかよ!?」

「しょうがないよ、シオンさん。雷の精霊は頭が固いからね」

アルミオンに力でねじ伏せるしかないよ、といわれて剣をぬくシオン。

リースもチャクラムを取り出し、リコリスもモンスターを呼び出した。

「はぁっ・・・!」

シオンの剣が空を裂き、その斬撃が精霊を襲う。慌てる素振りも

みせない精霊は、その斬撃をパンっと手で弾く。いや、雷が斬撃を誘導したのだ。

『おぉ、危ない危ない。もっと年寄りをいたわらんか!』

「じいさん、わらわに背中を見せることは死を意味するぞ」

精霊の背後からチャクラムが華麗に舞う。チャクラムによる連続技。

2つの大きな輪が、あの小さな身体を切りつけている。

最後に精霊を蹴りつけて岩肌に吹っ飛ばす。

「どうじゃ!!」

『若いわりにやるではないか小娘・・・。』

岩にぶち当たったのにもかかわらず、精霊はよろけてもいない。

『では、次はこちらから・・・』

ばちばちと激しい光が精霊の手の中蠢いている。

『サンダーストームッ!!』

その手を前に突き出すと、その名のごとく雷の嵐が見境なく散らされていく。

こんな小規模の雷とはいえ、流れている電気は雷の元祖によって

つくられたもの。ただ事ではない。



「いけ、サンダーモール!!」



リコリスの声と同時、あたりに散らばっていた雷は一点にひきつけられる

ように集中し始めた。

そこには、もぐらのような形をしたモンスター――サンダーモール――が。

同じ磁気で雷を自らのところに集めていた。

『うぬぬ・・・』

苦虫を噛み潰したような表情に、うなり声。予想してなかった能力に

少し動揺しているようだった。

「今のが貴様の“魔法”か。・・・ならば私が本物の黒魔法とやらを

みせてやろう・・・」

フィーナは一瞬嘲笑を見せ、そしてすぐに口を開いた。―――詠唱だ。

その呪文を邪魔しようと、精霊の標的は詠唱中のフィーナに定まった

わけだが精霊の鼻先には剣先。

「雷の精霊サンの相手はオレがしてやるよ」

油断していたのか。シオンの気配に気づけなかったことに不覚と呟いた。

なんとかシオンを振り切ろうと、雷を集めるがその他の精霊石の力を

取り入れたシオンの剣は容易くそれを弾いてしまう。

そんな押したり引いたりな繰り返しを行ううちに、フィーナがすっと

掌を精霊にむけた。

呪文が完成したのだ。



「ダイアモンドダストッ」



ブリザードよりもはるかに冷たい空気が一挙に流れ込んできた。

そして次の瞬間には、ズガッっと轟音とたてて精霊の真下から

突き出した『氷柱』。

腕や足にいくつも貫通していたのだ。もはやただの氷とは思えない。

『痛い、痛い。我が負けを認めよう』

氷が刺さっているのにもかかわらず、のんきに痛いを連呼する精霊。

痛さも冷たさも感じていないのではんないだろうか・・・。

と、フィーナが掌を地面に向けると瞬時に氷柱は地面に戻っていった。

寒さで白くなった息も、もとに戻っている。



『ふむ・・・。確かに・・・。なかなか腕のいい奴らじゃ・・・。

お前らならばフェーンフィートとラフィスを超えられるやもしれんな』

受け取るが良い、と雷の精霊はシオンの手の中に精霊石を落とした。

『おぬしらのせいで全身が痛くて敵わんわ。用が済んだらさっさと

出てゆくがいい』





「石もらえてよかったなー」

シオンたちは一時避難所に戻った。アルミオンが石を取り込ませて

くれた剣を嬉しそうに眺めていたシオン。

「で、次はどこにいくんじゃ、シオン」

リースが地図を引っ張り出して、ルートをたどりながらシオンに尋ねる

リース。

「時の大聖堂に行ったらどうじゃ。シオンにはまだマドラージェは

早いからの」

リコリスもそれに賛成した。

「そうですね。ここからだったらあまり遠くないと思いますし」



次なる場所は時空を切り裂くモンスターの居所・・・。

時の大聖堂だ。


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