さよなら






マドラージェ遺跡から飛び出し、シオンたちが目の当たりにした光景は

言葉を失うものだった。

閉鎖的なマドラージェを囲んでいるのは、数匹…いや数十匹はいるモンスターの群れだ。

うようよと気持ちが悪いほどにいろんなモンスターが遺跡に群がってきている。

「うえー…。すごい数だな…」

苦笑しながら率直な感想を漏らすシオン。

180度見渡してみてもモンスターの数に大差はない。

「でもこれだけいっぱいのモンスターがどうやってこんな島に…」

「リコリス。今は余計なことは考えるな。どうやってここから抜けだすかを考えろ」

混乱するリコリスにぴしゃりとフィーナは言い放った。でも今は彼女の言うとおり。

この狭い遺跡前では竜の翼を広げることもできまい。来たときの広い着陸点は、

ここからモンスターを掻き分けて通らなければ行けない。

ただ5人で切り抜けられるかどうか、だ。

「とりあえず今は考えてる暇はない!走って切り抜けろ!」

シオンは剣を抜き、大群に向かっていった。賛否は関係ない。

フィーナもアルミオンもリコリスも、そしてリースもそれに続く。





カキンッ ザシュッ ドサッ

「はぁ、はぁ…。ぜんっぜん先に進めないじゃん…。

しかもオレ、マドラージェで修行したけど強くなってんの?」

シオンの言うとおり斬っても斬ってもキリがない。

「うるさい。黙って雑魚でも片付けろ!」とフィーナ。

みんなの精神力と体力にもかなりの負担がかかっていた。

そのへんに転がったモンスターを踏み進んでいっても、

先ほどから進んだ距離はあまり変わっていない。



ガシャンッ

リースのチャクラムが大きな音をたてて行く手を阻むモンスターをなぎ払った。

「みんな!今のうちに早く行くんじゃ!!」

ブーメランのように回転しながら戻ってきたチャクラムをキャッチしながら、リースが声をあげた。

「わらわがここでこいつらを食い止めてる隙に…な!」

再びチャクラムを構えて、ドスドスと突進してきたオーガを華麗に仕留めた。

「何言ってるんだよ、リース!!それじゃあお前が…!」

「そうですよ!この数じゃあさすがに危険すぎます!!」

「黙れ!!」

シオンとリコリスの反対の意を叫び声で制し、彼女は言葉を続けた。

「シオンは闇と戦って勝つ、フィーナとアルミオンはシオンのサポート、

リコリスはみんなを時のモンスターの力で誘導する。

そしてわらわは、ここでモンスターを食い止めるのが務めじゃ」

リースはにっと笑って、そしてまた一言。

「おぬしらは生きろ」

それからシオンたちに先を急ぐように催促した。

「リース、世話になったな」

「…じゃあね」

フィーナにしては、めずらしくか細い声で。

アルミオンにしては、すごく弱弱しい声で。

「あぁ。おぬしらこそ気をつけてな。そして…」

リースはちらっとシオンのほうを見ながら、小さく唇を動かした。

『シオン、世界だけでなくフィーナも救え。約束じゃ』

読唇術なんか心得ているはずないシオンに、なぜかはっきりと

読み取ることができた彼女の言葉。

これが彼女の最後の言葉になるようで…。

体の神経をすべて奪うくらいの閃光が体を駆け巡った。

リースは再び襲ってきたモンスターたちに立ち向かっていた。

「シオン!リコリス!!行くぞ!」

呆然としていたシオンはフィーナに腕を引かれ、

リースが切り開いた着陸点までの道を走らされる。

「でもフィーナ!リースを見殺しになんか…!!」

「…あいつの意思を一番無駄にしてはいけないのは貴様だろう…!生きるんだ!」

胸が締め付けられる思いとは、このことなんだと初めて実感した。

生きる重みというのも感じた。

シオンは振り返らずに、強く唇をかみ締めて駆け抜けて行った。







走り出してどれくらいたったのか。数分走っただけなのにすごく長かったような、

一瞬だったような。

着陸した場所が見えてきた。でも安堵する余裕はなかった。

フィーナとアルミオンが竜と化し、この島を飛び立とうと

翼を広げたときだった。



ドゴォォンッッ

激しい音とともに爆風が辺りを撒き散らす。

マドラージェ遺跡の近く…リースがいたところからだ。

シオンとリコリスを乗せた2匹の竜が急上昇し、空からあの場を確認する。

シオンは絶句した。体中が突き刺されたような痛みを感じる。

そこは廃地だった。木も土も何もかも吹っ飛んで、

モンスターも…リースの姿も跡形もなかった。

「リースさん…」

リコリスが震えた声で漏らした名前は宙をさまよい、儚く消えた。

うつむいた彼女から表情を伺うことはできない。

だが、強く握り締めた手は震えている。

2匹の竜は静かにテスタルト本島へ向かい始めた。

「リース…」

固く目を瞑って、奥歯をかみ締めて、シオンは静かに呟いた。

「オレ…絶対お前との約束守るから…」

マドラージェ遺跡の島を背に、誰にも聞こえないように。



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