神狐の生贄





『そしてわらわは、ここでモンスターを食い止めるのが務めじゃ』

『おぬしらは生きろ』

『シオン、世界だけでなくフィーナも救え。約束じゃ』



あの暖かい声が浮かんでは消えていく。

それでも胸が締め付けられるようで。



右手をかけている剣の柄に、シオンは血が止まるほど力をこめた。





「シオンさん、大丈夫ですかね…」

行き倒れとなっていた少年の村、ぺシリネの村へ飛行中、ドラゴンとなったアルミオンの背の上でリコリスが呟いた。

ちらりと、すぐ隣を飛行中のフィーナの背にのるシオンに目をやる。

どんよりとした低い曇り空。生暖かい風が容赦なくぶつかってくる。

「…大丈夫さ。シオンさんはこんなところでくじけていい人じゃない」

そう返したアルミオンの声はいつもより低いトーンで。

「君こそ大丈夫なの?リコリス」

「…大丈夫…じゃないですよ…。でも、私は親の死も見てきたから…」

それこそ、シオンよりも幼い頃に。

「そっか。…ごめん」

伏目がちにそういったリコリスの声はいつものような朗らかさは感じられなかった。



「辛気臭い話はなしだ」

そんななか、きっぱりと重苦しい空気を割くような声。黒いドラゴンの声。

「シオン、悲しみに暮れるのも結構。だが、それは後回しだ。…いいな?」





『…あいつの意思を一番無駄にしてはいけないのは貴様だろう…!生きるんだ!』



シオンはずっと柄を握り締めていた右手をゆっくりとほどいていった。



「あぁ。もちろん…!」

シオンの顔は意外と穏やかだった。しかしそれとは正反対に、前を見つめるその瞳は強いものだった。

「…それでいい」

シオンの心境の変化を感じたフィーナは小さく頷いた。

「もうすぐぺシリネの村に着くぞ。何があるかはわからない。一応心構えだけはしておけ。…リコリスもだ」

「はい」

それから2匹の竜は森の中にある集落に向かって下降していった。









植物の葉でつくった屋根。木の枝やワラを寄せ集めた家の壁。

随分と簡素で、安易なつくりな家が多いここがぺシリネの村だった。

「随分と静かなところだね」

アルミオンは村をぐるりと見回してから一言。物寂しい村、というよりも穏やかな村だった。

鳥の声、虫の音、すべてが美しくのんびりとしたいい環境の村だった。

「で、問題のあの行き倒れの奴はどこにいるんだろうなー」

すべての村人の衣装が民族的で、判別がつきにくい。シオンは目をこらして村人をみていく。

と、そのとき。一人の男性が近づいてきた。

「あなたが村長の言ってた神の遣いの方ですね?」

あのときの少年よりも滑らかな言葉使いで、にっこりとシオンに話しかけてきた。

「お話はきいています。さあ、こちらへ」

それだけ言うと、スッと背をむけて村の奥のほうへ歩きだす。とりあえず、断る理由も行くあてもないので、

この男性に黙ってついていく一行。ぺシリネの村人からは珍しそうな目で見られたり、すごく嬉しそうな表情をむけられたりで

その反応はさまざまだったが、決して悪いものをみるようなものではなかった。さすが、

ラクシアスランド神狐の血を引くだけのことはある。事情をよく知ってるようだった。



「さぁ、ここです」

シオンたちを案内していた男性はある一件の家で立ち止まる。これまた古い家だ。

ギィーと古い蝶番がこすれる音がする扉を開けると、屋根から薄い光りが漏れる部屋があった。

その部屋の中心に座りこんでいる少年…例の行き倒れの少年だった。

「あ゛ー!!やっぱり来テくれたんダナ!!」

シオンたちの姿を確認するや否や、飛びついてくる少年。シオンの手を握り、ぶんぶんと振り回す。

「…って…お前、ここの村長なの…!?」

振り回す手をそのままに、シオンは唖然とした様子だった。どうみても自分たちと同年代の少年がこの村を束ねているなんて。

さっきの案内役の男性のほうがよっぽどしっかりしてそうではないか。

「ソウダー。そんチョーだよー。父さんのアトを継いだンだ」

「ほぉー…」と感心してるのか、わかっていないのか曖昧な返事をするシオンを尻目にフィーナが前へと進み出た。

「で、お前の用事はなんなんだ?」

「そゥだ!…まずは自己紹介ナ。…俺の名前はエーサ・マリオン。

お前たちに妹をつれてっでホシイんダ」

エーサと名乗ったこの村の若村長は、にっこりと人懐こい笑みを浮かべた。

「で、その妹というのは?」



「私です」



背後から高い声がした。シオンたちが入ってきた入り口。そこに少女がいた。

青い空色の髪を一本に結わえ、同じくその色を映した瞳。ここの民族衣装を着用していた。

兄とそっくりで、人懐こい笑い方まで似ている。ただ似ていないのは…

「あれ?君、顔に模様がないね?」とアルミオン。

兄はくっきりと頬にあるぺシリネ独特の文様。それが妹のその少女には見られなかった。

「ぺシリネは神狐の民族っていってもやっぱり人間と混血しちゃってるから。私は人間の血を濃いく継いだんだ。

ほら、エーサ兄さんみたいなしゃべり方じゃないでしょ?」

少女はにっこりと笑った。

「私、メルです。メルトソール・マリオン。よろしくね!」

「で、お前がそこまで頼み込んでまで連れていって欲しい理由はなんなんだ?」

メルを見ていたフィーナだが、視線をエーサに返し、また尋ねる。確かに尋常な頼み方ではなかった。

「来週、メルは生贄にサレルんだ」



数週間前、村全体に響きわたるような『お告げ』が神狐様からあった。

内容は数週間後、村を襲う大災害から村を守るため、人間の血を色濃く持つものを生贄としてささげること。

そこで、村長の妹という立場もあり、そして人間の血をもっとも色濃く持つために

メルが強制的に生贄にされるというわけだ。



「だからお願イ!妹つれてッて!俺、誰にも生贄なんてダサセないよ!!

村のみんなを説得するまでの間でいいかラ」

必死に拝むように両手を合わせるエーサとメルを訝しげに見るフィーナ。

「なぁ、フィーナ。いいんじゃないか?連れて行っても…」



フィーナのことだから無碍に断る可能性も低くはない。シオンは説得するような様子だった。

「大丈夫!きっと足手まといにはならないよ!!私、弓矢使えるし、視力7.0だし!」

「7.0!?」

「すごい…」

さらりと言ったその言葉だが、7.0という脅威的な言葉にシオンとリコリスは目を丸くした。

想像もつかない視力だが、彼女の目は自分たちとは比べ物にならないだろう。

「7.0ってどれくらい見えるんですか?」

「ええー…とねぇ、とりあえずそこらへんの双眼鏡よりはいいと思うよ!」

自信満々なその答えに、リコリスは感動したようだった。

さて、どういった決断を下すものか。みんなの視線がフィーナに注がれた。

「…わかった。勝手にしろ」

フィーナは淡々といって髪を一回かきあげたあと、また考えこむように訝しげな表情となった。

「どうかしたの?フィーナ」その様子にアルミオンが口を開いた。

「あぁ…。妙だと思わないか。そのお告げ。崇められている神狐の霊魂がそんなことを要求するなんて思えない」

エーサたちに聞こえない程度の声で、フィーナが囁く。

「そういわれてみれば…。おかしいね。しかも人間との混血だなんて。

気高い狐がお願いすることとは思えないね」



もしかしたら、これには何か「裏」があるのかもしれない。



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