魔力の使い道
「それで貴様は私に何をしろと?」
魔方陣の描かれた暗がりの空間。時の狭間を越えたその場所にフィーナはいた。
その確かな空間の威圧に最初は驚いたものの、今はそれどころではない。
この目の前に聳える最大の敵を対処しなければならないからだ。幸いこの空間にはダークヴォルマ以外の生命、いわば敵の気配を感じない。
隙があれば奴の首をとることも不可能ではないはず…。
「そんな怖い顔をしなくてもいい。別にお前を今すぐとって食らうわけじゃない」
しかしふっと唇を歪めて笑うダークヴォルマには余裕さえ感じられた。
「時に…お前も竜の血が流れるものだ。ヒトは弱いと感じはしないか」
「あぁ、そうだな」
フィーナは素直に頷く。そして再び話始めたダークヴォルマの言葉を黙って聞いた。
「闇を生み出すくせに、光にすがりつこうとする。それならば黙って闇へと還ればいいものを。わたしは民を救っているのだ。何もない強き力の世界、無の世界に」
ダークヴォルマの漆黒の瞳は何よりも深く、冷たい光に満ちていた。
「そうかもしれない。だがな、人間から光や希望が生まれていくのも確かだ。それは、世界をも変える力を秘めているはずだ」
その漆黒に怖気づくこともなく、フィーナは言い放つ。
「貴様がフェーンフィートさんに負けて人々に光が生まれたようにな」
その言葉をきいたダークヴォルマはおかしそうにくすくすと笑い始めた。
奴のその様子をみたフィーナは怪訝そうに眉をぴくりと動かした。
「何がおかしい?」
「いや、フェーンフィートドラゴンね…。久々にきいた懐かしい名だ。…あいつはわたしに負けたよ。あっけなくね。仲良くラフィスと一緒に」
フィーナのダークグリーンの瞳が一瞬だけ見開かれた。しかし、拳をぐっと握り締めあくまで冷静を保つ。
そして震える唇を小さくあけ、声を絞り出す。
「それならば…なぜ貴様は封印されていたというのだ」
「あれは力が暴走したのだ。急に莫大なる力を放出したため、わたしの体自身の対応が遅れたのだろうな」
行き場をなくした強大な魔力に耐えかねたダークヴォルマの体は、自らを封印することで安定した状態へと戻した。
ダークヴォルマはさもおもしろい、といった声色で説明をしてくれた。そしてフィーナの絶望を感じ取ったことでさらに奴はニヤリと笑う。
「ショックだろう。最も尊敬する者が殺されたときいて」
無言で俯くフィーナの腕にダークヴォルマの手が伸びた。捕まれた箇所から伝わるその体温は生き物のものとは思えないくらい冷たく、突き刺さる。
「お前はどうやっても私に敵うことはない。それならば生きながらえるほうがいいだろう?先ほどお前がいったように私のこの剣は神族の血が少々必要…。
だが、それよりももっと手っ取り早くこの剣を完成する方法があるんだ。」
腕を掴むその手にぐっと力が込められる。
「破壊属性を持つ…そう黒魔力をすべて注ぎこむこと」
言うとおりにしてくれれば命まではとらない、と付け加える。
今まで無言だったフィーナがゆっくりと口を開いた。
「私は…魔力を失うということか」
『プルート、汝の主をして我が心に従えん。汝の力を呼び覚まし大いなる世界を開くことを…』
リコリスがプルートのカードを頭上へと掲げると、スーッとプルートが煙のように現れた。半透明の体が段々色を帯びてゆく。
「我が主、リコリス様。何用でしょう」
呼び出されたプルートを前に、初めてもんスターズトレーヤーの力を目の当たりにしたメルが「すごい!」と歓喜の声を上げた。
そんなメルをよそに、リコリスは真剣な顔つきのままプルートに命ず。
「時空空間を開き、ダークヴォルマのもとへ導いて」
主の命令を、「承知」と受け入れるとすぐ、プルートは手に持つ大きな鎌を振り上げ一振りする。
するとすっぱりと綺麗な切れ目が現れる。これが時空空間へとつながるのか、とシオンは恐る恐る中を覗き込んだ。真っ暗で何も見えない。
「どうしたの、シオン。勢いよく行っちゃいなよ」
「おわッ!?」
トン、とメルが軽くシオンの肩を押すとまるで強い力に引き込まれるようにその中へと吸い込まれてしまった。
「おおおぅわッ!?」
その強い力に引き込まれるまま、どんどんどんどん落ちていく。世界が反転するように体が回ると、そのままドスンと底らしいところへ落ちた。
顔面から着地したシオンは気持ち悪さを感じる間もなく、さらに起き上がる間もなくおいうちをかけるようにメル、アルミオン、リコリスが背中に振ってきた激痛に耐えなければならなかった。
綺麗に着地したラフィスは何を遊んでいるんだ、といった呆れた表情が物語っていた。そしてすぐに視線をあたりへ配らせる。
「ここがダークヴォルマの居場所か」
真っ暗で自分達の声以外は何も聞こえない。
何とか立ち上がったシオンも一通りあたりを見渡したが上に同じ。
「ねぇ、メル。メルも何も見えない?」
この中では最高の視力を誇るメルに、リコリスが尋ねたが彼女も首を振るだけだった。
「まぁここにいてもしかたがない。ダークヴォルマとフィーナを探そう」
アルミオンのいうとおり、みんなは二人を探しに歩き始めた。どこにいるかはわからないけれど、ここにとどまるよりマシだ。
「どうやら客人が来たようだな」
ダークヴォルマは微妙に変わった時空の流れを感じ取り始めていていた。
そして時間がないと急くようにフィーナに決断を迫った。
「さぁ、魔力を失って助かるか。それとも最後まで力を自らのものにしておくか。要は生か死かだ」
「…死だな」
キッとダークヴォルマを睨みつけ、はっきりと発した一言。
それが意外だったのか、ダークヴォルマが一瞬言葉をなくした。
数秒の空白の時間が流れたのち、ダークヴォルマがようやく口を開いた。
「お前…命が惜しくはないのか?」
「私は…」
フィーナの言葉は途中で中断された。彼女の腕を掴んでいたダークヴォルマの腕が、一本の矢で射抜かれたからだ。
ダークヴォルマは「ちッ」と舌打ちして、突き刺さった矢を抜き取るとそれを放り投げる。そして矢が飛んできた方向をじっと見据えた。
「お早いご到着で、みなさん」
ダークヴォルマの視線の先にはシオン、リコリス、アルミオン、メル、ラフィスの姿が。
彼の腕を貫いた矢はメルが放ったらしい。弓に手をかけていた。
「フィーナ!それから…ダークヴォルマ!」
二人の姿を確認したシオンが、剣の柄に手をかけスラリと刃を抜く。
「騒がしい奴らだ。…今ここで皆殺しにしてもかまわないが、それでは面白みがない」
駆けつけてきたみんなの殺気を受けているのにも関わらず、ダークヴォルマの余裕は変わらなかった。
「時の狭間へ来い。そこで相手をしてやろう」
それだけ言い残すと奴は意外にもあっさりと姿を消してしまった。
少々拍子抜けしたシオンだが、今はそれどころではない。急いでフィーナに駆け寄った。
「フィーナ無事か?怪我はない?」
「・・・あぁ」
彼女の声は沈んでいた。
「…一度ここから抜け出そうか。リコリス、またお願いできるかな」
「あ…はい」
アルミオンもリコリスも、メルもフィーナの様子を不思議に思っていたが、とりあえずはここから脱出することが先決。
アルミオンのその提案に、リコリスはプルートを呼び出し、またもとの世界、テスタルトへ戻っていった。
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