暖かい光





もとのテスタルトへ戻ったとき、既に日は落ちかけており肌寒いくらいの気候になっていた。



「フィーナ、どうしたんだろうね?」

時空空間から抜け出し、たどり着いた街、アイゼラーへ向かう途中。

ダークヴォルマに連れ去られてからというもの、フィーナの様子がおかしいのはみんな承知だった。ただ本人に聞くこともできず、メルは隣にいたアルミオンに小さく尋ねたが

「僕にも分からない…けどあんなフィーナを見るのは初めてだよ」

アルミオンもただ首をかしげるだけだった。生気が抜けたように、ただただ歩いているだけ。いつもの気丈な態度など全然見ることができない。

そんなひそひそした声を聞いてか聞かずか、ラフィスが急にフィーナに近づき「おい」と低く声をかける。

「ダークヴォルマと何があった?」

周りがあんなに配慮していたことをいとも簡単に訊いてしまうのはある意味尊敬の域だ。だが彼が至って真面目で。

「ダークヴォルマと戦うのはお前だけじゃないんだ。奴のことは包み隠さずすべて話してくれ」

「じゃあ逆に訊くがラフィス。お前は神様に転生させてもらい、過去一切の記憶が残っているはずだ。…フェーンフィートさんは、ダークヴォルマに殺されたのか?」

じっとラフィスを見据え、逆に問いただすフィーナ。ラフィスはぴくりとフェーンフィートという名に反応したが、静かに頷く。

「そのとおりだ」

それをきいたフィーナは、ほぼ反射的に顔を彼からそらした。

「フィーナ。もしかしてそれで元気がなかったの…」

二人のやりとりをじっと見ていたアルミオンが、ぽつりと呟いた。

確かにフィーナにとってのフェーンフィートの存在はそれほど大きかったのだ。すべてを切り捨てて、彼女のように強いドラゴンになりたいと努力してきた。

それゆえにショックが隠しきれないのもまた事実。小さいころから一緒だったアルミオンだからこそそれが痛いほどわかった。

「…ラフィス。ダークヴォルマはまたその強さを手に入れるかもしれないぞ」

不意にフィーナが呟いた言葉。だがそれは、さきほどラフィスが投げかけた質問の答えだとすぐに理解した。

「なんだと?」

ラフィスが眉をしかめる。

「あいつは私の黒魔力を使い、自らの持つ剣を完成だせようとした。…私がそれを断ったため、その方法では不可能のようだがな。ただし…」

「神族の血をもつ者…私の村の生贄だね」メルが口を挟むと、そうだと彼女は頷く。

「その『生贄』を使えば剣を完成させられないこともないだろう…」

「でも、メルの兄ちゃんが生贄には誰も出させないって…!」

シオンがその会話に割って入ると、メルがふるふると力なく首を横に振った。

「…所詮お兄ちゃんは長老の息子ってだけの形だけの長老だから。村の支配権はそんな若いお兄ちゃんよりも年長者が事実上握ってるよ…」

「そんな…」

あたりに重苦しく、居心地の悪い沈黙が続いた。

が。そのときだった。

「あ、あれですよ。アイゼラーは」

少し離れたところにあるぼんやりとした光をリコリスが発見した。







アイゼラーにつくとまず宿屋へ向かい、休息をとることにした。

その間、リコリスはプルートを呼び出し、ダークヴォルマが最後に残した「時の狭間」についてきいてみてくれるとのこと。

シオンは、どっと襲ってきた疲労感に負けて剣をおろし、そのままベッドに倒れこんだ。

部屋の片隅で座り込んでただでさえピカピカしている斧の手入れをしているラフィスをすごいなぁ、と苦笑して感心していた。

アルミオンはというと、リコリスと一緒にプルートの問いだしに行っていてここにはいない。

その静けさからか、重くなっていく瞼を持ち上げることができずウトウトと浅い眠りについていた。

それからそれくらいたっただろうか。

バタバタと騒がしい足音が。それからバタンと勢いよく部屋のドアを開く音。

「シオン、ラフィス!ちょっと来て!時の狭間のことがわかったらしいよ!!」

極めつけにメルの大きな声。眠気もすっかりととび、シオンとラフィスはメルに連れられてリコリスたちのいるすぐ隣の部屋へと向かった。

「あ、シオンさん。…もしかして寝てたの?」

ドアと開けるなりアルミオンの苦笑い。そしてリコリス、さらにフィーナの姿が。

意外と穏やかな空気だった。

「それで、時の狭間というのはどこなんだ」

ラフィスが早く言え、といった形相でリコリスのほうを見たので、リコリスは慌てて説明を開始した。

「プルートによると、時と時の流れるとっっっても薄い膜のような空間らしいんです。ただし、膜といってもその空間内に入ってしまえば四次元みたいなものなんですが…」

「それで、そこには行けるのか?」

「プルートが、100パーセント行けるとは限らないがやってみると…。それほど行くのに困難な場所なんです」

これで以上です、とリコリスが最後に付け加えるとラフィスは「そうか…」と一言だけ言ってまた部屋に戻ってしまった。

あいかわらずなんだから、とアルミオンが息をついたときフィーナも突然

「散歩に出てくる」

と一言残し部屋を後にした。部屋を出て行く彼女の後ろ姿を見て、シオンも思い立ったように彼女を追いかけて部屋を後にした。







街であるアイゼラーもこの時期、しかもこの時間となっては誰も外には出ていなかった。

点々とした灯と薄い灰色の月の光が暗い道を照らすだけ。

フィーナは通りを抜け、街から少し離れた草原にきていた。草原といっても草もまちまちで、ごつごつした岩も露出しているし、だだっ広い大地のようだ。

フィーナに追いついたシオンは一瞬その雰囲気に彼女に声をかけるのを躊躇したが、勇気を出して言葉を搾り出す。

「フィーナ?どうしたんだよ」

するとフィーナはシオンを振り返った。

「フェーンフィートさんは奴に殺されたといっていた…」

無視されるものだと思っていた彼の質問に存外あっさりと返事を返した彼女に内心驚いた。

「あ、あぁ…」

「正直、ダークヴォルマに勝てるのかどうかわからなくなってきた…」

いつになく悲しそうに笑う彼女をなんとか元気づけたくて。ただし、今のシオンには何がしてあげられるだろうか。

「大丈夫だよ、フィーナ。俺たち、もう強くなったし!それに仲間だっているわけだから」

結局出たのは安っぽい励ましの言葉だとシオン自身が一番よくわかっている。

その直後、シオンの顔の真横で灼熱の炎が風を切り、破裂した。フィーナの魔法、ファイアボールだ。

「!?」

驚いた拍子に仰け反ったシオンだが、フィーナを見てからはっとした。

「人間は弱い…!限りなく非力な生き物だ…!」

挑発しているわけでも、怒っているわけでもない。フィーナのその表情がとても辛そうだったから。

「フィーナ、絶対大丈夫だって。フィーナがそんなのだったら勝てるものも勝てないって」

懸命にフィーナを元気付けようとするも、フィーナの不安は一向に取り除かれる気配はない。

俯いたまま、ただ黙り込んで。風になびく髪の毛も無造作に宙に広がるばかり。



しかし、そのらしからぬ弱気な姿勢。それが頭にきたシオンは右手でパンっと彼女の頬を勢いよく叩いた。乾いた空気に響く乾いた音。

そのままぴくりとも動かない彼女の頬が、少し赤くなった。それで我に返ったシオン。

さっと血の気が引くのを感じた。

初めてフィーナに手をあげた。そしていくらドラゴンだとはいえ、女の子(?)を殴ってしまったのだ。

「あ、あの…フィーナ…?」

恐る恐るその表情を読み取ろうとするも、彼女の髪の毛に隠れてまるで見えない。

意を決したシオンは、またゆっくりと口を開く。その声は自分の予想以上に優しいものだったと思う。

「フィーナは人間は非力だっていったよな。確かにオレもフィーナやアルミオンみたいに魔法が使えるわけでもないし、ドラゴンになれるわけでもない。

でも、リコリスやメルやラフィスやアルミオン…そしてフィーナが一緒に戦ってくれるからがんばれるんだよ。

確かに人間は非力だけど、仲間と一緒なら無限大の力の可能性があると思うんだ。みんなのおかげでオレは光を得た。

だから今度はオレがみんなの…フィーナの光になろうと思ったんだ。それでも闇が怖いっていうんなら…」

シオンはまったく動かなかったフィーナの手をとり、軽く握る。その手は夜風にさらされてもう冷たくなっていた。




「フィーナはオレが守るよ」




サァーっと冷たい風がその大地を通り抜けた。

今までぴくりとも動かなかったフィーナが顔をあげ、ようやくシオンの目を見つめ返した。驚いたように目を丸くして。

だがその表情に先ほどのような曇りは一切ない。

「今まで、フェーンフィートさんが死んだことで光が失われたと思っていた。」

風にのってきこえた小さい彼女の声。だがその声ははっきりとシオンの耳に届いた。

「しかし、今はお前という光がいるんだったな…」

フィーナは握られている手を握り返す。私は守るべき側で守られる側ではないんだが、と言っていたが


「シオン、ありがとう…」


これが、初めてみた彼女の温かい笑顔だった。






 
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