満身創痍




――いよいよ決戦は明日ですね。

この世界を頼みます、竜の導きを受けたものよ――





「シオン、起きろ」

ぐっすりと深い眠りについていたシオンは、自分を呼ぶ声に目が覚めた。

あれから宿屋に帰り、戦いに備えてすぐ寝たシオンなのだがもう朝なのだろうか、と体を起こす。

だが窓の外はまだ暗かった。あたりも静まりかえっている。

「なんだよ、まだ朝じゃないじゃんかー…。もうちょい寝かせて…」

また布団にもぐりこもうとするシオンの布団がべりっとめくられた。寝ぼけ眼でその布団をめくった人物…いや、自分を起こそうとする人物を見ると意外なことにラフィスだった。

「…ラフィス?どうしたんだ?」

「お前に用がある。さっさと剣を持って表へ来い」

ラフィスは用件だけ言うと踵を返して部屋を出て行ってしまった。いまだ状況がわからないシオンだが、とりあえず言われたとおりに剣を持ち、ベッドから出た。

隣のベッドではアルミオンがまだ寝息をたてていた。彼を起こさないように、なるべく音をたてずに部屋の外、そして宿屋の外へ向かった。

朝はまだ寒く、マントも羽織ってくればよかったと少し後悔したシオン。夜というよりも夜明け前のようだ。東の空が明るくなってきている。

ふとあたりを見回すと、広場にラフィスの姿があった。こんな時間だから、広場には彼一人しかいない。

こんな朝早くに身支度まで整えてるなんて王宮勤めはやっぱり違うなとのんきなことを考えて彼のもとへ歩いてゆく。

「ラフィスー、こんな時間にどうしたんだ?」

不思議そうな顔をして彼に近づくと、彼は突然話を始めた。

「1000年前、オレは神に選ばれ、ダークヴォルマを倒す運命にあった」

「…?あぁ」

「それからダークヴォルマを前にして、オレは破れた。封印されたダークヴォルマは現代に甦ったが、今の世に精神も身体も強いダークヴォルマに勝てるような逸材が存在しなかった。

神は苦肉の策としてオレを現代に再び転生させ、奴の力に対抗しようとしたがオレが転生した1年後、お前が生まれたんだ。お前が奴に対抗する選ばれた者なんだ。」

ラフィスは愛用の斧を取り出し、軽く構えた。

「オレは一番ダークヴォルマの恐ろしさを理解している。…お前が奴に勝てる奴か試してみたい。オレを殺すつもりで全力でこい」

「え、えぇっ!?」

おろおろしているシオンをよそに、ラフィスはいきなり斧を振り上げてきた。

カァンッ!!

間一髪、剣の鞘で斧の刃を跳ね返したが、一瞬の隙もみせずラフィスはまた間合いを詰めてくる。

混乱していたシオンだが、これはまずい状況だということば理解できたらしく鞘から剣を抜いた。

「ラフィス、絶対戦わないといけないのか!?」

ラフィスの斧を剣で懸命に防いでいく。

「オレに負けるようでは奴には到底勝てない」

そして猛攻を続けるラフィス。

意を決したシオンは、汗ばんだ手に力をこめグッと剣の柄を握り締めた。

(ラフィスの斧とオレの剣じゃあ重さが違う…。あんな重たい斧じゃあオレのほうが早さは有利なはず!)

剣を振り切り、ラフィスの斧を弾くとシオンは間髪いれずに懐に飛び込んだ。

その瞬間、もらった!と確信したのだが…

「甘いな」

ラフィスは斧の柄の部分でシオンの剣を受け止めると同時、左足で風を裂く。

ドゴォッ

「う゛ぁッ!!」

腹に激しい痛みを感じ、シオンの体は後ろへ倒れた。

痛みに顔を歪めつつも、体を起こそうとしたのだがラフィスの斧が自分の真上で煌いているのに気づき、転がるようにして横へと逃れる。

シオンがいた場所には、ザンっと音をたてて刃が地面にめりこんだ。

シオンは急いで彼と距離をとり、体勢と乱れた息を整える。

(早い…!オレよりも…)

身のこなし、力、戦いにおいてのセンスも自分を上回っている…今の一瞬の攻撃だけでシオンはそう悟った。

そして腹の痛みよりもラフィスから放たれる威圧のほうがシオンの神経を支配する。

ラフィスは一気にシオンとの間合いをつめ、再び斧による猛攻を始めた。

攻撃も次第に重くなり、腕に痛いほどの衝撃が伝わる。

「鳳孔波!!」

ラフィスが斧を横なぎすると疾風が吹きぬけ、シオンの体を切り刻む。

「うああぁッッ!!」

その衝撃にシオンは片膝をつき、剣で己の体を支える形になった。

「お前のその果敢な勇気は認めてやろう。だが…お前の力はこの程度なのか?これで本当にダークヴォルマに勝てると思っているのか…?」

シオンはラフィスを見上げると、彼は自分に向かってまっすぐと斧の刃を突きつけていた。

「いや…まだまだ…勝負はこれからだ…!!」

その刃に臆することもなくシオンはそういうと

「紅蓮剣ッ」

自分の剣をラフィスに向かって払い、炎の精霊石の力による紅蓮の炎の壁を作り出した。

視界が真っ赤に染まったが、ラフィスは難なく斧でその炎を消し払う。

しかし、その直後シオンがまた間合いを詰めに突進してきた。そしてラフィスに剣を振り上げる。

「無駄だ!」

ラフィスも向かい来るシオンに、斧を振り上げた。

(いまだ!)

シオンは振り上げていた自分の剣をラフィスの斧の柄の部分に振り下ろす。重力も斧の重さも相まって斧は勢いよく地面に突き刺さった。

「何!?」

ラフィスは予想外のシオンの攻撃に、一瞬の怯みをみせた。

ガッ

シオンは地面にめり込んだ斧を片足で抑え固定し、剣の切っ先をラフィスの額へ突きつける。

「…勝負あり、か?」

肩で息をするシオンは力なく言う。

「…ちっ、お前は初めからオレの斧を狙っていたのか…」

ふぅと少々悔しそうに息をつくラフィス。彼からはもう殺気は感じ取れなかった。

「殺すつもりで来いといったのにこの有様か」

「殺すわけないだろー?ラフィスみたいに強い奴がいたら、心強いじゃん」

にっと気の抜ける笑顔を浮かべ、シオンは切っ先を下ろす。そして鞘にそれを収めた。斧を固定していた足もどける。

「セントラル王国との戦いといい…なるほどな…」

お前は真に選ばれた者なんだなと呟き、ラフィスも自分の斧を納める。

「悪くない戦いだった」

「オレからしてみれば悪い戦いだったけどな」

ボロボロの自分の体に苦笑するしかない。

だが、ラフィスはそんなことには気にもとめず踵を返した。

ダークヴォルマ復活により、ドス黒さを帯びてしまった空に

いつの間にか東のほうの空は白っぽく見え始め、朝日が昇っているのだろうなとわかった。

「そろそろ朝だ。宿へ戻るぞ。…その傷はアルミオンにでも治療してもらえ」



スタスタと宿へと帰っていくラフィスを追いかけるように、シオンもその道を帰っていった。





 戻る >>