最後の決戦


「まったく、珍しく早起きだと思ったら…どこでこんな怪我したの」

アルミオンが全身傷だらけなシオンに手当てをほどこす。

「あぁー…、まぁちょっと戦い前のリハーサルみたいな…」

それに苦笑して返事するシオン。

「へぇ…。よし、これで終わりっと」

と、彼の様子とラフィスの様子から大体を察したアルミオンはそれ以上きいてはこなかった。

シオンとラフィスが宿屋に戻った時は、もう既にみんな起きており、出発の準備も整っていた。

これからいよいよ時の狭間。

街の人の迷惑にもならないため、シオン達は街からすこし外れた場所――シオンとフィーナが昨夜行った場所――で

時の狭間へいくのにプルートを呼び出すことにした。





「シオンはなかなかだっただろう、ラフィス」

あのだだっ広い大地に行く途中、メンバーの最後尾を歩いていたフィーナがその隣にいたラフィスに話しかけた。

「…あぁ。だが少々甘いな」

ラフィスは先のほうをリコリスたちと歩くシオンを軽く見、そう返す。

「初めてあいつを見たときは、まさかこんなに成長するとは思わなかった」

真顔でどぎついことを隣で言われ、「昔はそんなに弱かったのか」と心の中でラフィスは密かに思った。

「……そしてこれが最後の決戦か」

「………今日はいやにおしゃべりだな」

普段は自分からはあまり話しかけないフィーナ。今日の様子を不思議に思ったラフィスは探りを入れるように彼女にそういったが

「…………そうだな」

彼女に別段代わったところは見られなかった。自嘲気味に唇を持ち上げたこと以外は…。





「よし、このへんに行ったら誰にも迷惑かからないでしょ!」

あの大地に着き、メルが仁王立ちであたりを見回す。その表情はいつもよりも堅く感じられた。

夜よりも明るくみえるせいか昨夜よりも広く、寂しく感じる場所だった。

「じゃあここから時の狭間へってことで…いいね。それよりもメル、かなり緊張してるみたいだけど大丈夫?」

アルミオンが心配そうにメルの顔を覗き込む。

「ん…。大丈夫。でもなんだか緊張しちゃって」

そう笑うメルだったが、その笑顔は苦しそうだった。

このために今まで旅をしてきたのだ。みんなの精神状態も、緊張も極限に高まっているだろう。

「リコリスも…平気?」

アルミオンの横で立ちすくむリコリス。彼女の面持ちも明るいものではない。

「はい…。大丈夫ですよ」

「そっか。…シオンさんは…意外と大丈夫そうだね?」

最後に後ろのほうにいたシオンを振り向いた。何事もないようにケロリとしたシオンと目が合う。

「あぁー。なんかあんまり実感なくってさぁ…」

「あはは。さすが肝が据わってるというか…」

「いや、あいつは鈍感なだけだ」

安心してにこりと笑うアルミオンに、呆れたフィーナが釘をさす。

「だが、これから先は命の保障なんかない。覚悟がないものは邪魔なだけだ。…行きたくない奴は行かなくてもかまわない」

彼女が冷たいほどにみんなに言い放つ。

「いえ、覚悟ならみなさんについてきた時点でできてます」

「ここで行かないわけにはいかないでしょ」

「愚問だ」

リコリス、メル、ラフィス。それぞれが真剣に答えた。

「…シオン、お前も覚悟はできてるか?」

みんなのその様子をみた後、フィーナはシオンと向かい合う。

「覚悟がなかったら、今こんなところなんかにいないって」

にっと笑うと、彼女は「よし」といった感じで頷いた。

「それでは…プルートを呼び出しますね」

腰のカード入れから「PLUTO」と書かれたカードを取り出し空へ掲げる。

カードが淡い青い光を放ち、ふわりとプルートがそこから現れる。リコリスはまっすぐにプルートを見据えた。

「プルート、時の狭間へ私達を連れていって」

「承知。…しかし、前言ったとおり必ずしもうまくいくとは限りません。」

下がっていてくださいと、みんなから少し距離をあけるとプルートは大きな鎌を持ち上げ風を切る。

時空空間への道を開いたときよりもその鎌は速く、シオン達にはシュバッという音しか聞き取ることはできなかった。

だが、空に虚ろに映る黒い切れ目から時空は切れたのだろうと察した。

「どう?プルート…うまくいった?」

心配そうにリコリスが、時空の切れ目を見つめるプルートに尋ねると

「切れ目自体はうまくできたのですが…切れ目を入れることによって少々時空の狭間という空間がもろくなっています。気をつけてください」

念を押すように言ってプルートは煙のようにしてカードの中へ再び戻ってしまった。



「よし、みんないくか…!」

時空の切れ目を前にし、シオンは一番に時の狭間へと足を踏み出した。前のような躊躇はもうないようだ。

そしてシオンに続くようにしてあとの6人も時の狭間へと誘われていった。









「うわぁ…やっぱり真っ暗…」

何もみえない時の狭間の中、シオンは落ち着きもなくキョロキョロとまわりを見回す。

あたりは暗いのに、みんなの姿や自分自身の体は見えるというのが不思議なもの。

「おい、油断するな」

まだ剣も構えていないシオンに、ラフィスが一睨みする。

シオンは慌てて剣の柄に手をつけた。



「やぁ、みなさん。ようこそ、時の狭間へ。気に入ってくれたかな?」



「!?」

どこからともなく聞こえてきた、忘れもしないダークヴォルマの声。6人は、神経を尖らせて暗がりの仲必死にダークヴォルマの姿を探す。

すると、まるでプルートのようにふわりと暗闇の中から浮かび上がるダークヴォルマがいた。

「本当にこの私を倒せると思っているのだな、哀れな人間どもよ」

くつくつと喉の奥で笑うダークヴォルマ。その顔は、前と同じく深くフードをかぶっていて見ることはできない。

「だが、別にかまわない。もう既に世界を闇へと浄化する準備は整っている」

「黙れ、ダークヴォルマ…。覚悟するがいい!」

そしてその腕に持たれていたのは柄も鍔も刃も真っ黒な剣…。

完成した、奴の剣だった。

何よりも先駆けてラフィスがダークヴォルマに飛び掛っていく。完全に無防備だったダークヴォルマはラフィスの速さについていけず攻撃を直にくらった。

ザシュッ

…はずだったが、あたりに飛び散った鮮血はなぜかラフィスのものだった。

「ぐあっ…!」

「ラフィス!!」

ラフィスの顔が歪む。アルミオンは、間髪いれずにラフィスのもとへと向かい、「ヒール」を唱える。

ダークヴォルマがラフィスに触れるのなんて目にも映らなかったが、ラフィスの怪我が足がもげるほどの大怪我だった。

「あいつの動き、かなりはやいよ…」

メルがぼそりと呟く。彼女の動体視力では、奴の動きを捉えることができたようだ。奴は触れていないわけではない。確かに斬っている。

シオンは試しに、斬空剣を奴へと放ってみた。残空剣とは空気を使う衝撃波で、その衝撃波はパンッと奴の前で弾け散った。

「うわ…。全然効いてないじゃん…」

シオンの表情が渋くなる。

「フン…。それならば奴より早く動けばすむだけの話だろう」

もうアルミオンの治療を施されたラフィスは、再び斧を奴へまっすぐ構える。

「グランドウィット!!」

斧による素早い連続技をダークヴォルマに繰り出した。斧は何重にも見えるほどすばやい連続攻撃。

だがダークヴォルマに効いているような様子は微塵も感じられない。むしろ、今のダークヴォルマには余裕さえ感じられる。

「どうした、ラフィス。昔のお前のほうが強かった気がするぞ!」

ガッ

ダークヴォルマが、ラフィスの斧を素手で止め右手をラフィスの額へと突き出した。

「ラフィス!!」

ラフィスの危険を察知したシオンが駆け出し、ダークヴォルマの攻撃を阻止しようとしたその時

「うッ!?」

急にダークヴォルマの手が止まった。彼の手には十本ほどの矢が突き刺さっていた。紛れもないメルの矢だった。

「今だよ!」

メルの叫び声と同時、ダークヴォルマの一瞬の隙をついたラフィスが奴に斬りかかった。

深くはないが、胴体に傷を負ったダークヴォルマは後ろへとよろめき、手に刺さった矢を抜き捨てた。

それからすぐに前へ腕を突き出す。

「いでよ、デモンズゲート」

間髪いれず繰り出された暗黒魔法だ。彼の後ろから地獄の門が現れ、すべてを吸い込んでいく。

「うわッ…!!やばッ…」

シオンの体がそれに飲み込まれるように宙へと浮く。

「シオンさん!」

リコリスのモンスターがなんとかシオンの体を引き寄せ、必死で地面にへばりついていた。

しかしこのままではいずれ飲み込まれてしまう…。みんなの脳裏に恐怖がよぎる。そのとき、

「甘いな。ブラックホール!」

フィーナの声が轟き、ブラックホールが現れ、こちらもすべてを飲み込もうと吸い込んでいく。

だがそれが見事お互いを打ち消し、激しい旋風を巻き起こしていたデモンズゲートは消えうせた。

「今だ!」

暗黒魔法デモンズゲートを詠唱した後に生まれた隙をついて、シオンはダークヴォルマのもとへ駆け抜けていき、煌く刃を振り下ろす。

ガキイィンッッ

シオンの剣とダークヴォルマの剣が激しくぶつかる。一歩でも引けば、そこにまつのは死であると確信していた。

二人はお互い一歩も引くことない。だが力ではシオンが負けてしまうのは当然といえば当然のことだ。

ぐっとダークヴォルマの刃がシオンの目の前まで近づいていく。

「ホーリーライト!」

火花を散らして剣を交える二人のもと…否ダークヴォルマのもとへ無数の光の槍が向かってきている。

アルミオンの白魔法だ。

「ふん…くずどもがぁ…ッ!」

ダークヴォルマは、シオンごと剣をなぎ払い、そしてホーリーライトをなぎ払った。

その力はまさに神。

「哀れな人間よ。力で私にかなうとでも思ったか!」

嘲るように、声を張りあげるダークヴォルマ。ダークヴォルマのその態度や口ぶりから疲れなどは感じられない。まるで底なしの力だ。

と、次の瞬間ダークヴォルマの背後をついて虎のような形状をしたリコリスのモンスターが彼の後ろから鋭い爪をたてて襲い掛かる。

「無駄だ…」

しかし難なく跳ね返されたモンスター。ドンっと横に倒れたが幸いなことに深い傷ではなかった。

そしてこの時、モンスターに気をとられていたダークヴォルマは反応は遅れたのだろう、背後から真一文字にシオンの剣を受けた。

「うぐッ!?」

さらにラフィスの猛攻がダークヴォルマに片膝をつかさせた。

「みんな、下がってて!!」

後ろからメルの声。弓をひくキリキリという音も聞こえた。

「いっけぇ!!」

シュンシュンと風をきり、5、6本の矢がまとめてダークヴォルマにむかって飛んでいく。

「このようなおもちゃに…!私が2度とやられるものか…!!」

ダークヴォルマは片膝をついたまままとめて綺麗に5、6本の矢を手に納めた。

「くらえ…ファイアストーム!!」

しかし、今度はフィーナによる灼熱の炎の嵐がダークヴォルマの体を包んでいく。

剣による衝撃波でその炎を消そうともがくも彼の表情は苦痛に歪んでいた。

あのダークヴォルマをここまでおいつめることができた…。もしかしたら勝てるかもしれない、とシオンにそんな期待が浮かぶ。

が、そのとき灼熱に燃えていたダークヴォルマの体が突如発光し始めた。

淡く優しい光などではなく、どす黒くどことなく金色がかったその光はだんだんと強くなっていく。

何事だと、みんなが体を強張らせてダークヴォルマに注目した。

「こんな人間ごときに、こんな傷を受けるとは…な…。わ…たしは…わたしはこんなところなんかで負けていられ…ないのだぁあぁあーーッ!!!」

今までとは格段に違う、強力な力をひしひしと体で感じた。痛いほど、奴の気が突き刺さる。

そしてさらに金色とも黒色ともいえぬ光は強まっていく。ついにはその光はバラバラと時の狭間自体を壊していった。

それがシオン達にも迫ってくる。

(やばい…!!もう駄目だ…!!)





真っ黒な光に包まれ意識が朦朧とする中、自分の前にブラックドラゴンが見えた気がした…。





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