竜の導き



「おい、起きろ」

横腹になにやら痛みを感じ、シオンはゆっくりと目を覚ます。

目の前にはフィーナの顔。どうやら今の痛みはフィーナの蹴りをくらったかららしい。

「フィーナ…。ここどこ…あッ!?ダークヴォルマは!?」

横になっていた上体を起こし、あたりを一通り見回したが岩がゴツゴツした草原のようなそんな場所に自分達はいた。時の狭間ではなさそうだ。

わけがわからず挙動不審になっているシオンを尻目に、フィーナは数メートル先に転がるシオンの剣を拾い、それを彼に投げてよこす。

「ここはテスタルトのどこかだろう。私達はこっちの世界に投げ出されたようだ。…そしてダークヴォルマならあそこだ」

フィーナは“あそこ”と自分達の頭上の方向を示す。彼女の指の先をたどっていくと…

「あ、あれ…って…!?」

頭上にある“ダークヴォルマ”の姿に愕然としたシオン。今までローブをかぶっていた彼の姿が露になっている。

背中からは漆黒の翼が生え、神話に描かれる悪魔のようなその姿。

そして色という色を失ったように黒一色で覆われている体。殺気とも狂気ともいえない禍々しさがにじみ出ているようだった。

「あいつはまだ私達がどこにいるのか気づいていない。だが私達を探している。見つかるのは時間の問題だ」

確かに彼らの位置は幸いなことに岩に囲まれて上からでは見えにくい。

いまだダークヴォルマを凝視しているシオンの傍らでフィーナが低い声で言う。それでシオンが我に返ったように彼女のほうに視線を戻す。

「そういえばアルミオンたちは!?」

「わからない…。だが、きっとどこか他の場所で生きているはずだ。…そう遠くない場所だろう」

「それなら、早く合流して奴に勝つ方法を考えないと…!テスタルトがめちゃくめちゃになる!」

シオンが慌てて立ちあがる。そして走りだそうとしたがそれは叶わなかった。フィーナに強く腕をひかれたからだ。

「きけ、シオン。あいつは時空間が不安定だったといっても、それを壊すほどの力を持っているんだぞ。

今までのように簡単に攻撃できるとは考えにくい。むしろ今のお前の力では傷すら与えられないだろう」

「じゃあ、どうするんだよ!?」

「今からお前の剣に私の力のすべてを注ぎ込む」

力強く、フィーナが言い切った。緊迫した彼女の様子に、シオンは息をのむ。

そんなシオンを気にすることなく、「剣をもて」とフィーナは命令した。シオンはただ、彼女のいうとおり剣を自分の胸のあたりまで持ち上げた。その刃にフィーナの手が軽く触れる。

「フィーナ…。力のすべてを注ぎ込むって…?」

小さくそう尋ねると、

「すべての力だ…。体力、攻撃力、魔力…それと」

フィーナはまっすぐシオンを見据えて口を開く。



「生命力もだ」



「生命…力ってフィーナ死んじゃうじゃないか!」

半ば焦るように半ば怒鳴るようにシオンは言った。だが、フィーナは表情ひとつ変えはしなかった。


「神様が創り、民が愛したこの世界…私もフェーンフィートさんのように守りたい。だからシオン。お前がしっかりしろ」

いつもと違い、柔らかい彼女の声。それが余計にシオンには痛く突き刺さった。

彼の顔が情けなく歪んでいく。

「でもフィーナ…オレ…」

「これはお前にしかできないことだ。私はお前を信じている。そしてこれで私の役目も終了だ」

剣が温かい光を放ち始めた。それと同時に彼女の体はゆっくりと透けていく。

シオンは喉がつぶれたように声がでず、ただフィーナと声を絞りだすのがやっとだった。

だんだんと色を失ってゆく彼女をただただ見つめることしかできなかった。





「シオン…。お前ならこの世界の光になれるだろう」



彼女の体は完全に色を失い、すぅっと消えてしまった。最期まであの強い瞳でシオンを見据えたまま。

シオンはフィーナを掴むように手を伸ばしたが、それはただ空を掴んだだけ。

と、ズシッと急に彼の手元が重たくなる。剣の刃が薄い緑色を帯びていた。まるでフィーナの髪を連想させるような…。

締め付けられる胸を必死で押さえ俯き、シオンはその剣の柄を強く握り締めた。血がでるほどに唇をかみ締めた。瞳をギュッと瞑った。

「フィーナ…」





「シオンさん!!フィーナ!!」



岩の奥からアルミオンが慌てたように顔を出した。彼に続き、リコリス、メル、ラフィスも一緒だ。

どうやら必死でシオン達を探していたのだろう、シオンをみると安堵して胸をなでおろした。

「シオンさん…よかった。無事だったんですね」

リコリスが緩く微笑んで彼に声をかけたが、反応はない。

「シオンさん?どうかしたの?それにフィーナは…」

彼の様子と姿の見えないフィーナに懸念を抱いたアルミオンだったが、シオンの持つ緑色の光を帯びるその剣をみてはっとした。そしてすべてを悟った。だが…

「おい。あいつがオレたちに気づいたようだ」

ラフィスの言葉に、空を見上げると一直線にこちらに向かってくるダークヴォルマの姿が。

各々が体勢を整え、ダークヴォルマを睨みつける。

がシオンはいまだ放心状態で、ダークヴォルマもそれを狙ったかのようにシオンに狙いを定め襲ってきた。シオンにダークヴォルマの剣が突き刺さる…と思われたが

ガキィッ

「何をやってる!?死にたいのか!?」

間一髪ラフィスの斧がそれを受け止めた。ラフィスもシオンの様子の違いをわかってはいるが、今はそんなことは関係ない。目の前の敵を倒すことだけに集中しなければならない。

「貴様ラミンナ殺ス…!!」

ダークヴォルマの目は血走り、力任せにラフィスを引き飛ばす。ラフィスの体は抵抗なく岩に押し付けられた。

「ラフィスさん!!」

アルミオンが白魔法をかけようと、彼のもとへ走ろうとしたが

「回復なんて必要ない」

ラフィスはよろよろと立ち上がり、また斧を綺麗に構えた。

「…アルミオンさん。メルとラフィスさんがダークヴォルマをひきつけておいてくれると思います。だからアルミオンさんはシオンさんのことよろしくお願いします。

私がダークヴォルマの攻撃を受けないようにお二人の補助もしますから」

リコリスがダークヴォルマを睨みつけたまま数枚のカードからモンスターたちを召還し、アルミオンに言う。

3人でダークヴォルマと戦わせるのは危険だが、今はみんなの力に頼ってシオンの状態を元に戻すしかない。

アルミオンは、わかったと返事をして剣を握ったままぼぅっとしているシオンのほうへ駆けていった。



「シオンさん!何をしてるの!!」

声を荒らげて、少々きつい声色でシオンにそういうとシオンの視線がアルミオンへと移った。

「アルミオン…。オレ、どうしたらいいかわからなくて…。フィーナのこと守るっていったのに…!!」

全然守れてなんかないと、苦しそうに自嘲気味に笑うのを見てアルミオンの胸もしめつけられるようだった。

「シオンさん…フィーナさ、剣になったんでしょ」

確信してはいたが、アルミオンは確認の意味でもそう言った。

「フィーナはさ、シオンさんにダークヴォルマを倒してほしいんだよ。シオンさんなら倒してくれるって思ったからそうしたんでしょ…?

それならシオンさんはそれに応えるべきだよ。それをフィーナは一番望んでるんだ…。」

アルミオンのその言葉を聞き、シオンの手に力が篭った。強い、強い、力。そして剣をすっと構える。

「そうだ…オレは闇を倒す…!!」

シオンの瞳に光が灯った。



「シオン!!あぶない!!!」



その刹那、メルの叫び声と共にダークヴォルマがこちらに真っ黒な光の球体…暗黒魔法をこちらへ放つのが見えた。人一人くらいの大きさほどの大きな塊。

ごうごうと音を立てて、まっすぐとこちらへ飛んでくる。

パシッ

だが暗黒魔法の球体は消えた。否、斬られた。シオンの剣が真っ二つに切り崩したのだった。

(すごい…。これが…フィーナの力を得た剣…)

確かな力を感じたシオンは、覚悟をきめ、果敢にダークヴォルマへ突き進んでいった。

「ダークヴォルマァァァッッ!!」

カァンと火花を散らし、ダークヴォルマの剣とシオンの剣がぶつかる。

ビシビシと異常なまでの剣圧がシオンにプレッシャーをかける。二人の激しい剣圧は離れたところにいるリコリスやメル、ラフィス、アルミオンにも伝わった。

「スベテホロビルガイイ!!ワタシハスベテヲ無ニ帰シ、スベテヲジョウカスルノダァ!!!」

「そんなこと…だれがさせるかぁッ!!」

シオンが全身全霊を剣にかけ、ダークヴォルマへ一歩踏み出す。

「オレはお前を倒す…!!」

シオンの剣に、炎や氷、風…すべての精霊石が反応し、ダークヴォルマの体に渦巻いてゆく。

「ウガァッ…!!」

一瞬、ダークヴォルマの力が緩んだのをシオンは見逃さず、さらに力をこめダークヴォルマとその奴の剣を力押しする。

シオンのその剣撃により、ダークヴォルマの体にビシビシと傷が作られてゆく。

そしてそのとき。シオンの剣が淡い光を放ち始めた。

ダークヴォルマの体はその光に吸いよせられるように見事真っ二つに斬られていく…。

「アアアアァアァッッ!!!」

甲高い悲痛の叫び声をあげ、ダークヴォルマの体が真っ二つになったとき、奴の体はまばゆい真っ黒な光を発散し、その光と同じく跡形もなく消えうせた。

しんとした静寂があたりを包む。

「オレ…勝ったのか…?」

剣を交えていたシオンは力が抜けたようにカランと剣を足元へ落としてしまった。手にも足にも力という力がはいらなかった。頭も体も石のように重く、機能してくれない。

シオンはそのまま意識を手放し、勢いよく前のめりに倒れた。

ただ、みんなが名前を呼びながら駆け寄ってくるのを最後に感じ取ることができた…。









「おい、シオン。起きろ!」

どこか懐かしい声。ぼうっとする目をシオンはこじ開けた。

「シオン!!起きたか!!」

彼のぼやける視界に映ったのは懐かしい親友の顔。

「グ…レン…??」

シオンが小さい声でそう尋ねると、グレンは嬉しそうに顔をほころばせた。

「無事でよかったな、シオン!!久々に会うのがこんな状況ってのもアレだけどな」

喜々として話すグレンに耳を傾けながらも、シオンは首と目だけを動かし、今の状況を把握しようとする。

「ここは…オレの部屋…?」

見覚えのある家具の配置。そして懐かしい匂い。ずっと使い続けていたこのベッド。

「そうだぜ。さっきなんかものすごい光が見えたもんでな。そっちの方向に行くと倒れたお前と傷だらけのお前の仲間がいたってわけだ。びっくりしたぜ、まったく。何してたんだよ。」

どうやら、あのダークヴォルマと戦った場所はシオンの故郷の近くだったらしい。シオンはとりあえずみんなの無事に安堵して、そっかと小さく笑った。

「まぁ、ちょっとね。いろいろあってさ…。それよりグレン」

シオンはようやくベッドから痛む体を起こす。

「仲間達に会いたいんだけどさ、どこにいるの?」

「あぁ、今外にいるけどよ。無理はすんなよ」

「うん、ありがと」

シオンがドアをあけると、アルミオン、リコリス、メル、ラフィス、全員がシオンの家の前で待っていた。

ドアの開く音をきいて、一番最初にふりむいたのはリコリスだった。

「シオンさん!もう体は大丈夫なんですか?」

「うん、もう大丈夫だよ」

そうですか、と微笑むリコリス。

「シオン!お疲れ様!!そしてありがとう!!ほら、こんなに綺麗な世界に戻ったんだよ」

どす黒かったテスタルトの空は美しい青を取り戻していた。元気のなかった草花は活き活きとその葉を広げている。

そして何より、人に明るい笑顔が戻っている。

「それから…フィーナのこと…」

メルとリコリスはしゅんとなったように、小さな声でいった。目が赤いということからさっきまで泣いていたのだろうか…。

「僕が二人にも話したんだ…。ラフィスはもうフェーンフィートさんから『神族ってのは物に全身全霊を入れることができるのよん』ってきいてたらしいからね」

アルミオンはその手に持っていたシオンの剣を持ち主に手渡した。どうやら、預かっていてくれていたらしい。

「あぁ…。でも、フィーナはきっと後悔してないと思うから…。これでよかったんだよ」

シオンはアルミオンから剣を受け取り、腰にさした。



「闇から世界を守ったんだ」



シオンが今までで一番いい笑顔をみせた。

「みんな、本当にありがとう…」




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